逢いたい

同性愛を扱った作品は幻想だと思っております。
いつか、もっと美しい話が書けるような人間になっておりたいものです。

「もう我慢できない!」
 彼女は叫んだ。至近で聞いていた男はのけぞり、まじまじと彼女を見た。
 丈夫そうな太い脚。健康美を通り越してマッチョに近い。喋るたびに上下するのど仏。 長い髪はともかく、ドスのきいた野太い声に脳髄が現実拒否した。
 咄嗟に動けず、男は気絶したのだ。
 
 そもそもの発端が、ゲイのショーパブに行きたいが、一人では嫌だと言ってせがむ女がいたのでついてきた。
 乗せられてしまったのが、運の尽き。
「おもしろいね。あーゆーの。ま、オレはゲイと知り合いになりたいとは、露ほども思わないけどね」
「そう、興味はあるのね」
「物珍しいからね、今はまだ」
「指くわえてるんじゃダメよ。楽しまないと」
「君も良くよく趣味が良いよね、あ、でもオレを誘ったってことは、女一人で恥ずかしかったからなのかな」
「物珍しいから、ね。それに相手はあなたじゃなくちゃ嫌だったのよ」
 そこまでは良かった。まるで恋の駆け引きに似通ったやりとりをした気がすでにあった。

 気がついた男は、まず自分の裸身に虫さされのようなうっ血した跡が、まんべんなく散らされていることに驚愕した。
「ひー、なんだこりゃ。ここどこだ?」
 みればどこかのホテルらしい。
 パニックする男の額にヒヤッとした感触がし、彼はとりあえずわめくのをやめた。
「具合はどう?」

「あー、眠れない」
 意識がはっきりしてくると、男は文句を言い始めた。
「何もすることがないのが、いけない」
「あら、じゃ、ジャンケンでもする?」
「そんな子供じみたアソビに興じる気はないね」
「あら、アタシ大学のころ、彼氏の部屋でえんえんやっていたわ」
「えんえん……?」
「軍艦、ハワイ、朝鮮が、グーとパーとチョキなわけ。勝ったほうが音頭をとって、お互いが疲れるまでえんえんと」
「なぜそんなことを」
「言わずもがなよ。二人して無言でいたら気まずいじゃない。あたしは照れ臭いからそうしたけど、彼はどうだったのかしらね」
 そんな情報、聞かずもがなだった。
「彼、月に一回ストマックエイクで休むから、心配したわ。お粥作って持ってったくらい」
「世話女房タイプだったのだね」
「思えば若かったわ。彼は同期生だったけれど、大学はいるのに二浪してたから年は上だった。男の人はミステリアスで、自分より何でも知ってると思っってた」
「結構カワイんだね」
「今はどうだかわからないけれど、心は乙女だったもの。一緒に町に出かけるごとに、おもちゃみたいな他愛のない小物を買ってた。記念に、一つずつ」
「玩具は、年下だから甘く見られてたんじゃない?」
「結構じゃないの」
「だめだ。そんなの続かないよ」
「そうね。でも初恋だったのよ」
 まるで首から上だけすげ替えたような、ダンディな男を、ものすごくごっつい女と異世界人が、物珍しそうに観察している。店の裏で残飯を漁る猫すら、ずるそうな目で、舌なめずりして様子をうかがっている。
「さっきから何?」
「何ってことはないでしょう。アタシたちもう……」
「気持ちの悪いことを、いわないでくれ」
「気持ち悪いですって? あれだけアタシの体をもてあそんでおいて!」
「だって君、オレたち友人だろう? ゲイパブに同行するくらいだ。色っぽい展開なぞ誰も期待してないと思わないか?」
「うーん、それはいわば伏線なのよ。アタシを見て。今度こそオンナになったアタシを」
 その姿態は……ボンッキュッボーン!
「酔っててもこの感触は変わらない。アタシに触れて。そして時間いっぱい抱きしめて」
 彼女のバストはこりこりしており、十代のそれに勝るし、腰には適度な肉感があり、まろやかな曲線を描いてはいるものの、いかんせん骨格が男だ。彼女は男だったのだ。
 化けるなら徹底して頂きたいもんである。
「これでもあなたの意に沿わない? 男の声を出したから? ねえ、アタシ、恋に破れるのは慣れてないのよ。だから、おしまいにするなら優しくして。あなたを恨まずに済むように……」
 おとこは全く他意もなく彼女を傷つける。
「はあはあ――」

「おーすっげ!」
 男は彼女の体におぼれ、酔いしれた。酒が抜けきってなかったのが彼を、酔わせ続けていたのかもしれない。
 それでもしたいことは成した。
 あえかな呼吸、誘うかのような表情、身をくねらせて声を漏らす様が、素人とは思えない。それだけ彼女の魅せる姿が幻想的だった。
 安ホテルを出てすぐの、別れ際の台詞がこうだった。二人、顔を合わせ、
「もう一回ー」
 またあなたと、逢えますか?
                                                                                                                                                                       了

逢いたい

下世話ですみません。