花、ジェノサイド

相模原の大量殺人事件をモチーフにしています。
下手な小説ですが読んでみてください。

第一章

平凡な住宅街。斉藤と書かれた表札。リビングでは、男性と小さな女の子
が、テレビを見ている。奥の台所では、妻の斉藤まさ子が、朝食の支度を
していた。
と、突然画面が消え、ニュースキャスターが映る。
アナウンサー「ここで、番組の途中ですがニュースをお伝えします。本日
午後三時ごろ、障碍者施設に一人の女が侵入し、利用者全員と職員を殺害
し、施設は放火により全焼、犯人の女性は、その後の捜査により、逮捕されました。名前は、ながすはるか、、、。」
まさ子「長須、、、はるか、、、?」
と、持った湯呑を落としてガチャンと割ってしまった。
娘「ママが変だよ。」
夫「おい、まさ子、大丈夫か?」
まさ子「私、、、止められなかったんだわ!」
と、顔を覆って泣き出す。
夫「どうしたんだよ、関係ないよ、こんな事件とは。」
まさ子「亡くなられた、徳永先生も、本当にやるとは思わなかったので
は、、、。ああ、私、責任があるわ!」
夫「おい、徳永先生って誰だよ?」
まさ子「徳永先生は徳永先生よ!ああ。もう、私ときたら、何もできない
で!殺された人は、もう帰ってこないし、徳永先生だってもう帰らないの
に!」
夫「一体どうしたんだ?何かこの事件にお前がかかわったのか?」
まさ子「私、その犯人知っているのよ、、、同級生だった!」
夫「そうだけど、同姓同名ってのもあるぞ。」
まさ子「いいえ、これは真実よ。きっと、あなたは離婚してというでしょ
う。私はもうだめだわ、、、。ごめんなさい、妻として失格よね!」
夫「そうか、、、。しばらくどこかで休め。今は、誰かに話を聞いてもら
うことが悪い時代ではなくなっているから、だれかカウンセリングの先生
を探して、話を聞いてもらって来い。そのほうが、プロだから、もっと効
率よく、解決してくれるだろうし。」
まさ子「でも、もう離婚では?」
夫「まあ、お前が誰かに話を聞いてもらいに行かなかったらそういうかも
しれない。簡単に離婚したら一番の被害者は誰なのか。それを真剣に考え
てから、離婚してくれ。」
まさ子「わかったわ、、、。その、カウンセリングの先生を探してみる。」

翌日、案内された地図を頼りに、まさ子は小さな事務所へ行った。思い切
ってチャイムを鳴らすと、
カウンセラー「どうぞ、お待ちしておりました。」
と、ドアを開けてくれた。自分の母親よりも年上だと思われる、やさしそ
うなおばさんだった。
カウンセラー「どうぞ、お入りください。」
まさ子「はい、よろしくお願いします。」
まさ子は、カウンセラーについて、一つの部屋にはいった。
カウンセラー「ここで座ってください。」
部屋はお香の香りが漂っていた。まさ子は、言われた通り椅子に座った。
カウンセラー「お茶をどうぞ。」
と、彼女の前に紅茶を置いた。そして、まさ子に向き合って座った。
カウンセラー「今日は、何を相談に来られましたか?」
まさ子「あ、あの、、、平たく言えば、、、今日凄惨な事件がありました
が、、、。」
カウンセラー「確かにあったわよね。」
まさ子「その犯人と私、、、面識があったんです。」
カウンセラー「ああ、それを誰かに話したかったね。安心して。ここでは
他言することもないから、あなたの苦しみを全部話して御覧なさい。そう
すれば、楽になれるはずよ。」
まさ子「本当にそうでしょうか?」
カウンセラー「なんでもいいわ、話して御覧なさい。」
まさ子「はい、あの犯人である長須はるかは、私の高校の同級生だったの
です、、、。」

回想、中堅の公立高校。授業も聞かずメールを打っている生徒たち。
教師「こら、こっちを向け!」
いくらどなっても効果はない。」
教師「こっちを向け!」
それでもだめだ。
教師「そうか、お前たちは犯罪者になりたいんだな。よし、警察に通報を
するか。」
と、いうとやっと授業を聞くようになるが、三十分したら、元に戻ってし
まうのである。
生徒たちのほとんどは茶髪で、男子は腰でズボンをはき、女子は尻が見え
るほど、スカートを短くしていた。ところが、その中にただ一人、スカー
トを規定道理にしている生徒がいた。
教師「長須、お前は模範生なんだからな。もっと勉強しろよ。」
教師は、彼女の前では優しくなる。それは入学した直後から変わらない。
その生徒が、長須はるかだった。
はるか「先生、質問があるのですが。」
教師「なんでしょう?」
はるか「あの単語は何て読むのですか?」
教師「Vacationとかいて、バケーションと読みます。休みとか休暇とい
う意味でね。」
はるか「わかりました。ありがとうございます。」
と、その答えを再びノートに書き込むのは、まさしく優等生そのものだっ
た。

放課後
同級生「まさ子さん、お茶しない?」
まさ子「ああ、いいわよ。」
同級生「じゃあ、行こうか。」
まさ子「でも私、この町の地理はよく知らないわ。」
まさ子は、高校に入学したのと同時に父の転勤で引っ越してきたばかりだ
った。
同級生「案内するから大丈夫。」
まさ子「じゃあ、行くわ。」
と、何人かの同級生と学校を出ていく。

喫茶店
同級生「ねえまさ子さん。」
まさ子「なんでしょう?」
同級生「あの、長須って女、どう思う?」
まさ子「偉い人だと思うわ。」
同級生「どうなんだかね。気取り屋で、先生のご機嫌ばかりとっててさ。」
同級生「逆にさ、私たちもおんなじことを押しつけられて、迷惑だわ。」
同級生「それ同館!あたしたちまで、気取ったことを押し付けられる原因に
なっているのを気が付かないのよ!」
まさ子「そうかもしれないわね。」
同級生「まさ子さんも気をつけなさいよ。まだ、こっちに引っ越したばかりなんでしょ?ああいう女を見たことないでしょうから。もう、洗脳されるから、こうしてバリアを作ってね。」
まさ子「は、はい、、、。」

数時間後、まさ子は喫茶店を出て、電車の駅に向かった。空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。まさ子は急いで改札をスイカでとおり抜け、電車に飛び乗った。
ところが、窓からは、いつまでも見覚えのある風景が出てこない。
まさ子「あれ、間違えちゃったのかしら。」
アナウンス「間もなく、東田子の浦駅に到着いたします、、、。」
まさ子「あれ、次の駅は富士川駅では、、、?」
よく見るの、電車の座席の色も、いつもの色ではない。
まさ子「まあ、間違えたんだわ、どうしよう!」
はじめての経験だった。前に住んでいたところでは、ほとんどの電車は単線だったから、こんな間違いはしたことがない。首をひねって考えていると、
声「まさ子さん」
まさ子「え?」
振り向くと、はるかだった。
はるか「どうしたの?」
まさ子「いえ、、、その、、、。電車を間違えてしまって、、、。」
はるか「本来ならどこへ?」
まさ子「ええ、富士川なんだけど、、、。」
はるか「なら、東田子の浦駅で、下りの電車に乗り換えて。要は、戻る形を
とれば、富士川駅に着くわよ。まあ、二度手間になるのが嫌なら、バスも出
ていて、富士川で降ろしてくれるのもあるわ。」
まさ子「この次の駅のどこにバス乗り場が?」
はるか「ええ、バス乗り場なら、改札出てすぐのところにあるわ。」
まさ子「それでいいの?」
はるか「ええ。目の前に大きなバスが止まっているからすぐわかる。大体富士川駅は停車するから、どれに乗っても心配することはないわよ。」
と、電車が止まってドアが開く。
はるか「じゃあ、ここを出てくれれば帰れるから。また明日。学校でね。」
まさ子は言われるがままに電車を降りた。改札口行の出口は一つしかなかったからすぐわかった。改札を出てみると、確かに大きなバズが五台程止まっていて、行先は様々だが、ほぼすべてのバスに「富士川駅経由」と書いてあった。まさ子はその一つに乗った。ちょうど帰宅ラッシュの時間であり、多少混雑していたものの、バスはまさ子の家までちゃんと載せて行ってくれた。

自室。勉強をしていたまさ子は、雨の音を聞いて、急いで窓を閉めた。
まさ子「あんなに親切に教えてくれるなんて、、、。」
確かにそうだ。それがなかったら、ずぶぬれになって帰ったかもしれない。
まさ子「あのひと、そんなに気取り屋じゃないわね、、、。あ、お礼しなくちゃ。」
と、慌ててスマートフォンを取り出し、学校の連絡網を引っ張りだして、はるかの電話番号を、ラインでつなげることに成功した。
まさ子「今日はどうもありがとう。必ずお礼します。」
と、メールを打ち、再び机に戻った。同時に雷が鳴ったが、まさ子は気にしなかった。しばらくすると、はるかかから、かわいい猫のスタンプが送られてきた。
まさ子「なんだ、よくはやってるスタンプじゃない。普通の人と同じだわ。」
確かに、何も送ってよこさないほうが怖いかもしれない。
まさ子「スタンプをありがとう。これからもよろしくね。」
と、次のように帰ってきた。
はるか「ありがとう。受験、頑張ろうね。」
まさ子「うん。お互いにね。」
はるか「本当ね。」
意外に明るいな、と、まさ子は思った。
まさ子「また学校で会いましょう。」
学校は、黒雲で覆われていた。まさ子の家からは見えないが、肝試しでもできそうなくらいだった。

第二章

翌日。まさ子が学校に到着すると、はるかが下駄箱の前で、靴を脱いでいた。
まさ子「はるかさん。」
はるか「あら、おはよう。」
まさ子「昨日はありがとうね。おかげではやく帰れたわ。」
はるか「ああ、ライン見て安心したわ。無事に帰れたのね。まあ、ここら辺の電車はわかりにくいものよ。ああいうミスは誰でもするから、気にしないでね。」
まさ子「はるかさんって、、、大人ね。」
はるか「まあ、そんなことないわよ。単に、ここは通過点だし。」
まさ子「どういうこと?」
はるか「卒業しておけばいいのよ。私が目指すところは違うんだから。」
まさ子「行きたい大学でもあるの?」
はるか「ええ。もちろん。」
まさ子「どこ、、、?」
はるか「東大よ。」
まさ子「と、東大!それなら辺鄙な高校にいないで、もっとしっかりした高校にいたほうが、、、。まあ、余計な心配なのかしら。」
はるか「そうね。でも、学校の勉強は何に役にも立ちはしないの。私の両親がそれをよく言ってた。かえって、予備校のほうが学校より優れているって。だから、それなら余分な勉強を減らしたほうがいいじゃない。部活だって、今の時代は意味がないと思うのよね。時間の無駄だわ。」
まさ子「そうか、それではるかさんは、帰宅部なのね。」
はるか「そうよ。毎日予備校に直行して、終電までひたすら勉強。運動なんてやっている暇なんかないわよ。」
まさ子「でも、そんなに勉強して、体壊さない?」
はるか「年寄じゃないから、そんなことは言わないわ。そんな甘えたセリフ、口にだって出すものじゃないと思ってる。受験というのはね、とにかく与えられた環境を打ち破って、偉くなることの集大成だと思うの。そもそも
日本では親の援助で大学に行くでしょ?そこからすでに間違いだと思うの。そう考えると、国立でお金もかからないで、偉くなれる東大は、一番理想的だと思うのよね。」
まさ子「すごいわね、はるかさんは。私にはとてもできないわ。」
はるか「ああ、もうそこで甘えてる。日本人の悪いところよ。そう思うんなら私とおんなじことをしなさいよ。そうしたら絶対幸せが待ってるわ。」
と、チャイムが鳴る。
はるか「まあ、時間のたつのは早いわね。もう、授業開始の予鈴だわ。でも、私には必要ないんだから、さっさと行きましょ。」
はるかは、下駄箱を締めて、さっさと教室に行ってしまった。まさ子も驚きながら教室へ戻った。

数日後。定期テストが行われた。その順位表が、廊下に張り出された。その第一位として君臨したのは、長須はるかだった。
教師「頑張ったな。」
はるか「ええ。」
教師「この次も頼むぞ。」
この口調に、何人かの生徒たちは、彼女を冷たい目で見た。
生徒「あんたさあ、気取りすぎてない?」
生徒「教師と仲良くしすぎよ。」
生徒「国公立に行けるのが保証されているとでも思ってるの?」
はるかは何も反応しなかった。聞こえないふりをしているのだろうか。
生徒「だったらさ、私たちにも国公立いける方法を教えてもらいたいよね。あんただけが、それを保証されているんだったら!」
教師「こら!そんな不満ばかりいうのなら、この順位表を見ろ!それがすべてを語っている!」
生徒「へえ、先生は、えこひいきをしていますね。はるかさんだけには違う態度で接するんですか。」
教師「馬鹿たれ!長須の爪の垢でも煎じて飲め!」
生徒「そのためにはどうしたらいいのです?」
教師「自分で考えろ!」
生徒「ほーらまた逃げましたね。教師ってのは教える仕事なのに、いざとなると何も教えてくれない。」
教師「それなら長須に聞いてみろ。すぐに答えは出るぞ。」
と、職員室に戻ってしまった。
生徒たちは、はるかの周りをぐるりと囲んだ。
はるか「なに?またやる気?」
生徒「ええ、もちろんです。陛下!」
と、言いながら彼女のほほを、こぶしでなぐった。別の生徒は彼女の足をけった。これではもはや集団リンチだ。汚い言葉を浴びせながら、彼女たちは、はるかを殴るけるを繰り返す。
お手洗いから戻ってきたまさ子に、生徒が声をかけた。
生徒「ほら、まさ子。面白いことやってるわよ!」
と、集団リンチの現場に彼女を連れて行った。
それを見てまさ子は何とかして止めなければと思った。
まさ子「ね、みんな、、、。」
と、言いかけたが、生徒の一人が振り向いて、
生徒「なに?」
と、不機嫌そうに言った。その顔が恐ろしく、
まさ子「ああ、なんでもない。」
と、だけ言い残して、自分は次の授業が行われる、美術室に、逃げて行ってしまった。
丁度、授業開始のチャイムが鳴り、集団リンチはそれで終わりになったが、はるかの顔はあざだらけになっていた。
美術室に一人で入ってきたはるかを見て、まさ子は声をかけてやろうかとも思ったが、
まさ子「もし、助けたら、私も集団リンチにあうようになるのかしら。」
という考えが頭をよぎり、声をかけなかった。はるかは、美術の授業でも、東大受験の本ばかり読んでいて、教師のはなしなど、そっちのけだった。
授業が終わると、はるかは我先に帰っていく。その日はまさ子も家に用事があったので、部活を休んで帰ろうとすると、はるかがいた。もう、電車の乗り方を教えてくれた、彼女ではなかった。
まさ子「はるかさん。」
はるか「何?」
二人は、通学路を歩き始めた。
まさ子「顔、大丈夫?すごい大きなこぶじゃない。」
はるか「放っておけば治るわよ。」
まさ子「頭痛くない?病院行ったほうが、、、。」
はるか「気にしなくていいわ。私、これから予備校に行くのよ。」
まさ子「今日は休んだら?頭を打ったら大変よ。」
はるか「ええ。今は大変だと思うけど、東大に入ったら、私、幸せになれるから大丈夫。今は苦しくても、きっと東大にいったら、楽になれると思う。
偉くなれたら、何十倍もお金がもらえて、あのひとたちより、楽しい生活ができるわ。だから、今日のことは気にしないの。」
まさ子「すごいわね、はるかさんは。」
はるか「ええ。だって、東大へ行ったら、日本一の学生になれるんだもの。
ほかの国の大学生とも触れ合って、間抜けな日本人とはさようならできるわ。それを楽しみに待つのが受験というものじゃないかしら。」
まさ子「そこまで強い意志があるなんて、私には、、、。」
はるか「まさ子さんはやりたいこととか、興味があるところとかないの?」
まさ子「わからないわ。でも、何か書きたい気持ちはあるんだけど。」
はるか「物書き?小説家?」
まさ子「そう。」
はるか「誰か好きな作家でもいるの?」
まさ子「うーん誰かな、、、。私はよく知らないから、、、。」
はるか「それじゃダメ!生半可な気持ちで生きたら、人生はおしまいよ。もっと、実りのある学問にしなさいよ。そんな風に芸術家を気取ってはいけないわ。とにかく、自分を食べさせるのは自分なの。それを頭の中に置いていけば、正しい生き方はおのずと見えてくるわ。」
まさ子「ああ、先生が言ってたわね。」
はるか「そうそう。医療介護福祉。これが正しい生き方だって、先生たちは何回も教えているじゃないの。」
まさ子「そういうところだけは信じるの?」
はるか「当り前じゃない。テレビを見てみなさいよ。一番犯罪に走るのは誰かしら。職がないと頭がどんどんおかしくなって、殺人をするようになっているじゃない。そうならないようにするのは仕事を持つことなの。そして、仕事に早くありつけるのが学歴なの。だから、日本一の東大を出るのが一番よ。」
まさ子「そうなのかな、、、。でもできない人もきっといるわよ。」
はるか「いいえ、私のほうが正しいわ。だから、いじめになんて負けるもんですか!じゃあ、私、予備校あるから。」
と、さっさと横断歩道を走っていく。

夜、まさ子の自宅。
まさ子「ただいま、、、。」
母親「お帰り。お父さんから話があるから、こっちにいらっしゃい。」
まさ子「はい、、、。」
なんとなく予想はしていた。
まさ子「お話って?」
父親「ああ、まさ子、すまんな。」
父は、小さくなっていた。長年営業マンとして暑い日も寒い日も、外回りをしていた。
父親「去年に胃を摘出してよかったと思ったら、昨日大腸で引っかかってしまって、、、。」
まさ子「それで?」
父親「また、がんセンターに戻らなければならないから、週に一度は通わなければいけない。それで、、、。」
まさ子「いいわ。先は言わなくても。私、わかるから。」
父親「すまん。お前が一番大事な時に、それをみんなできなくさせてしまって、、、。父親として、失格だ。殴っても怒鳴っても構わないから、最後の願いだけ聞いてほしい。」
まさ子「心配しないで、お父さん。もし、治療費がかさむようだったら、私、学校やめるから。」
父親「でも、お前には勉強も部活もあるだろう?仲のよい友達だっているだろう?」
まさ子「残念ながらお父さん、私は何もないのよ。友達も誰もいないし、それにあの学校、なんか玉が外れた気がしたの。だって、ただへらへらしているだけの人か、変に大学目指して威張っている人しかいない。私には向かないわ。この際だから、私、さよならしてもいいと思う。」
父親「そうか、、、無理していうなよ。」
まさ子「だから、無理なんかしてないわよ。もし、どうしても勉強したかったら通信制もあるから気にしないで。」
母親「そうよ、その手があるじゃない。お父さん、今時こんなこと言う娘はいないわよ。」
まさ子「ううん、違うの。私、ほんとに今の学校は嫌い。だから、逃げたいっていつも思ってた。いいチャンスだわ。それに人生には仕方ないこともあるから。」
母親「まさ子。私より大人になったわね。私が、あんたくらいの時は、そんなこと言わなかったわよ。」
まさ子「お母さんは、経験がないからそういうこと言うの。だって私、物心ついた時から覚えてる。お父さんは何回も入退院を繰り返して、うちは違うんだなってなんとなくわかってたし、それに、ほかのクラスメイトの親御さんよりかっこいいなと思っていることさえあるわ。」
母親「それほんと?」
まさ子「お母さん、変にとらないでね。私、お父さんが一生懸命病気と闘っているのを何年見ていると思ってるの?」
母親「そうね。親としては、あんたには十代を思いっきり楽しんでもらいたいという気持ちのほうが大きくなるものなのよ。」
まさ子「時代は変わったの。学校へ行って、いい点数取るより、お父さんのために働いたほうが、私にとって生きがいなのよ。それはわかって。」
父親「ごめんな、、、。」
まさ子「お父さん、謝らなくていいわ。今は、病気を治すことだけ考えてね。」
母親「この年で、こんなに親のこと心配するなんて、誰に似ているのかしら。」
まさ子「誰にも似てはいないわ。私自身だからよ。」
母親「まあ、全く。」
父親「よし、今度の手術がうまくいったら、いくらでも好きな勉強をさせてあげるからな。」
まさ子「お父さん。それはいらないわ。」
母親「ほんと、よくできたというか、変わった子ね。」
家族三人、にこやかに笑い、その日はしゃぶしゃぶを食べた。

第三章

五年後。
東京のある小さな町。マッチ箱を二つ重ねたような小さな家。表札は斉藤と書いてある。
居間には仏壇があり、そこにはまさ子の父親の写真が置かれている。そのそばには、小さな女の子が、スケッチブックを広げて何か絵を描いている。
そして、鼻歌を歌いながら、リンゴを切っているまさ子。その近くには、男性用のスーツが干してある。
と、インターフォンが鳴る。
声「ごめんください。」
娘「あ、パパ?」
まさ子「いいえ、この時間じゃまだ帰ってこないわよ。」
娘「おばあちゃん?」
まさ子「おばあちゃんは、旅行に行っているでしょ?それに、今の人は男の人よ。」
娘「じゃあ、誰かな?」
まさ子「たぶん、宅急便のお兄さんか、、、。」
娘「じゃあ、美紀子が出る。」
と、机の上から印鑑をとって、玄関に走っていった。ところが、
美紀子「怖いおじさん!ママ助けて!」
と、まさ子のところへ駆け寄ってきた。
まさ子「怖いおじさんって、、、。」
声「申し訳ありません、どうしてもお伝えしたいことがありまして、、、。」
まさ子「何が怖いの?」
美紀子「小指に絵が、、、。」
まさ子は、とっさにそばにあった物差しをもって、
まさ子「二階にいってなさい。」
とだけ言い、自分は玄関先に行った。
まさ子「あの、どちら様でしょうか、、、?」
玄関には青白い顔をした男性が立っている。年はおそらく四十代だろう。やせてやつれており、確かに娘が言った通り、両手には炎の刺青があり、着物を着用していることから、暴力団の関係者だろうか?しかし、それにしてはやつれた姿だった。
男性「初めまして。徳永芳樹と申します。」
まさ子「い、一体何なんです?サラ金に借りたような覚えはありませんが、お宅間違いでは、、、?」
男性「いえ、斉藤まさ子さんですね。旧姓小野まさ子さん。」
まさ子「なぜ、私の名を知っているのですか?」
男性「ええ、僕の店に来た女性がそう漏らしていました。唯一のお友達だったそうですね。」
まさ子「い、一体誰のことです?私は、ここの人間ではありません。結婚して、こちらに来たんです。」
男性「長須はるかという女性をご存じありませんか?」
まさ子「ながすはるか?ええ、、、ああ、、、。」
男性「僕は、芸名を彫一といいます。彫刻の彫に漢数字の一。それで、僕の職業は大体わかってしまうと思いますが、、、。」
まさ子「なんですか、背中を預けてくれとでも?」
男性「それより、長須さんのことを本当に覚えていらっしゃらないのですか?彼女のラインを見せていただきましたが、登録されていたのは、あなた一人しかいなかったのですよ。だから僕はどうしてもあなたに力を借りたくて、散々調べてここにたどり着いたのです。どうか、彼女を救うために、協力していただきたい。きっと、唯一の友人であるあなたなら、何とかすることができるでしょうから、あ、、、。」
早口にそういって、彼は座り込んでしまった。そして咳をした。それがまた、単なる風邪とは明らかに違う、何か別のものだと、まさ子にもわかった。
まさ子「お、おからだでもお悪いの?」
なお、咳をし続ける、男性。これは演技ではなさそうだ。それがしばらく続いて、頭もふらふらとしているらしい。
まさ子「あ、あぶない!」
といったが、彼は下駄箱に、ごちんと頭をぶつけてしまった。
まさ子「美紀子、こっちに来て!怖いおじさんじゃないわ。この人。」
美紀子は恐る恐るやってきた。
まさ子「居間へ運ぶから手伝って。」
と、彼を背負い、居間のソファーに寝かせてやった。父が亡くなる数か月前に、この行為をさんざんやったから、慣れていた。
美紀子「本当に怖いおじさんじゃないの?」
まさ子「ええ。大丈夫よ。」
と、彼の眼が動き出し、やがて意識が戻った。
まさ子「あの、もう一度、説明してくれませんか?どうして私たちを訪ねてきたのか。」
芳樹「ええ。一月ほど前のことだったのですが、、、。」
と、彼は、ソファーに座り直し、手拭いで顔を拭きながら語り始めた。
芳樹「突然、予約もなしに長須はるかという女性が訪ねてきたのです。その日は別の人が予約をして、終わった後だったのですが、、、。」
まさ子「つまり、タトゥーのお願いをですか?」
芳樹「まあ、英語で言えばそうなります。」
まさ子「ああ、有名人の中にもそういう人はいたような、、、。」
芳樹「そうなんですけどね、彼女が依頼したのは、般若とか、不動尊のようなものだったんです。まあ、暴力団とかがよくやりますよね。それなんですよ。」
まさ子「ええっ!彼女が?」
芳樹「はい、嘘ではございません。本当のことです。」
まさ子「ちょっと待ってください。東大へ行くような人が、なぜそんな、あ、徳永さんには大事なお商売ですけど、そんな、、、。」
芳樹「この仕事ですから、非難されて当然です。東大へ行くと、彼女はあなたに伝えたのですか?」
まさ子「ええ、さんざんいってましたよ。ほかの生徒が先生に叱られている中、彼女は特別に扱われていました。成績もすごくよかったし、きっと私は、東大へ行くんだろうなと思ってたんです。私は、高校を中退してしまったので、その後の彼女はわからないのですが、、、。」
芳樹「そうですか、、、彼女、東大にはいっていないんですよ。」
まさ子「ええ!」
芳樹「はい。不合格だったといっていました。浪人することは、親御さんの方針で許されなかったそうです。そこで仕方なく、介護施設で働いているそうで、僕のところにやってきたのは、そのころからですね。」
まさ子「そうだったんですか、、、。」
芳樹「僕は、彼女のような職種の人は、彫るのをやめろと説明しました。彫れば、彼女は不利になってしまいます。きっと、なんのメリットもないといいました。でも、まったく聞こうともしないのです。そのうち、彼女は、障害のある人のせいで、自分の人生はだめになったと言い出して、、、。」
まさ子「で、どうして私のところへ?」
芳樹「ええ。僕では、説得するにも力不足です。彼女のスマートフォンを見させてもらいましたが、ご家族と、あなたのラインしか登録されておりませんでした。彼女は、はじめてきたときから、自分には友達が一人もいない、と言っていましたが、このままでは彼女の人生もめちゃくちゃになってしまう。どうか、説得を手伝ってください。お願いします!」
まさ子「でも、私は、、、。」
この人と一緒に外へ出るなんて、、、。
芳樹「たった一人の友人である方に、説得してもらえば、彼女も納得してくれると思うんですよ。」
まさ子「でも、彼女とは、面識はありません。私は、」
芳樹「そんなことないですよね。彼女からあなたの話は聞いています。彼女は、あなただけを本当の友達だと思っていたようです。」
まさ子「私には、時間の余裕もないし、、、。」
芳樹「もしはるかさんが、事件を起こしたりしたら?」
まさ子「事件?」
芳樹「はい。だから、協力してほしいんです。もちろん、このプロジェクトが終わったら、もう決して、ここには来ませんから。それは約束します。」
まさ子「わ、わかりました。私も協力しますので、、、。」
芳樹「ありがとうございます!」
と、いい、改めて咳をする。
まさ子「ただ、私は子供もいますので、影響のないようにお願いします。それだけは守ってください。お願いします。」
芳樹「ええ、わかりました。」
と、改めて手拭いで顔を拭き、まさ子に最敬礼した。
まさ子「よろしくお願いします。」
美紀子が心配そうに母を見ていた。

翌日、まさ子は指定された場所に車でいった。芳樹は、カフェの中で待機していた。
まさ子「こんにちは。」
芳樹「来てくれてありがとうございます。では、早速ですが、、、。」
まさ子「ええ、まずは、彼女がどこにいるのかをおしえてください。」
芳樹「はい、いまは、奥多摩にいるみたいですよ。奥多摩の精神障害者施設である、東樹園という。」
まさ子「奥多摩ですか?もちろん都内ですよね。」
芳樹「まあ本当に東京なのかわからないくらいのところでしたけどね。」
まさ子「そんなところがあるんですか?」
芳樹「はい。電車は一両しかないですし、すごい辺鄙なところですけど、東京なんですよね。まあ、障害者施設はこういうところの方が、
たてやすいという理由もありますけど。」
まさ子「都心からはどうやっていくんですか?」
芳樹「中央線で、二時間くらいかな。」
まさ子「そんな遠いところ!」
芳樹は、スマートフォンを出して、「東樹園」と、検索する。
芳樹「ここですよ、はるかさんが勤めているところは。」
まさ子「見せてください。」
と、スマートフォンを拝借して内容を把握した。
まさ子「病院みたいですね。精神障害者というと、学習障害みたいなものかしら、、、?」
芳樹「ついのすみかですよ。」
まさ子「ついのすみか?」
芳樹「ええ。うつ病や統合失調症の方で、身内がない方を引き取る施設ですよ。もう高齢の人ばかりだから、ついのすみかというのです。つまり、長期入院していて、親が亡くなったことにより、かえる家がないという人を引き取っているのです。」
まさ子「そんな施設があるんですか、私は知りませんでした。」
芳樹「ええ。多分どこにでもあると思うのですが、知らないだけですよ。」
まさ子「でも、彼女はなぜそのような施設に?」
芳樹「はい。高校を卒業して働き口がなかったのだそうです。辛うじて、そこに入ったみたいで、、、。」
まさ子「そして、刺青を、ですか?」
芳樹「そうみたいですね。」
まさ子「本当にそんなことがあったのですか?」
芳樹「ええ。誓約書を持ってきたのですが、ご覧になりますか?」
まさ子「誓約書?」
芳樹「はい。これです。」
と、一枚の紙を見せた。そこには、長須はるかの名前が書かれていて、住所は確かに奥多摩、職業は施設職員と書かれている。しかし、その先は何も書かれていなかった。
まさ子「当店は、芸術的なものとして、刺青を行っています。なので暴力団関係者、犯罪者の施術は固くお断りいたします。また、一生消えず、痛みを伴うものですので、ご理解していただけたなら、ここに印鑑と氏名をお書きください。でも、彼女、サインしていないのですね。」
芳樹「ええ。僕は断固として、彫らないといったのです。しかし、彼女は何回も押しかけてきて、ほかのお客さんも困っているくらいでした。」
まさ子「困ってる?」
芳樹「ええ。ほかのお客さんに彫る間は、いつもスマートフォンなどの電源は切っておいて、何かあれば、後でかけなおすようにしているのですが、電源を入れなおすと、彼女の着信が大量に表示されたりして、、、。」
と、いいまた咳をした。
まさ子「本当にそうなのでしょうか?」
芳樹「また、それを言うんですか?だって、、、僕みたいな者と接点を持つのは、こういうときしかないとおもいますよ。」
まさ子「まあ、確かにそうですが、、、。」
芳樹「とにかく、はるかさんにはいろいろ問題があることは確かです。何しろ、親御さんとももめているらしい。」
まさ子「ええ?私、授業参観とかで、彼女のご両親にもあったけど、二人とも優しそうな顔でしたよ。」
芳樹「他人からみるとそうしか、見えないでしょうね。この仕事をしていると、それがなんとなく感じ取れるのですが、」
まさ子「だって、彼女、お父様は学校の先生で、お母さまが声楽とかされていて、、、。お金には困っていない様子でしたよ。」
芳樹「ええ、それは高校生の時のはなしですね。でも、今は違います。お母さんは、病気で倒れたと聞きました。」
まさ子「ええ?そんなことほんとに?」
芳樹「まさ子さん、今の時代、健康だった方がある日突然心の病に襲われるのは珍しいことじゃないんです。そして、そのせいで、一気に家庭が崩壊するのも。」
まさ子「でも、心の病なら自分次第で何とかなるんじゃないですか?私の父のような、末期がんとは違うんですよ!」
芳樹「まさ子さん。それこそ、心の病を持つ人への落とし穴です。心の病というのは、ガンと同じ。下手をすると死ぬことだって大いにあり得る。それに、ガンの治療と同じくらい、いや、それと同じくらい、かかることだってあります。そして、大概のひとは、自分で何とかしろと言いますが、それは不可能なことです。」
まさ子「でも、福祉制度だってあるでしょ、」
芳樹「はい。まあ、そう言えばだれでも、その人に振り回されないようになりますね、、、。」
と、言い、再びせき込んだ。
まさ子「そうですよ。そう言ってあげればいいんです。悪いんですが、私は子供もいるんです。他人の話を聞いたり、介入したりする余裕はありません。じゃあ、これで帰らせてください。」
と、伝票をたたきつけるように彼の前に置き、さっさと店を出てしまった。

第四章

ある日のこと。夫の秀之が、深刻な顔をして帰ってきた。
まさ子「おかえりなさい。どうしたのその顔?」
秀之「いや、大したことはないんだけどね。」
まさ子「でも、何か辛そうよ。」
秀之「まあ、飯でも食べさせてくれ。」
まさ子「すでにテーブルにおいてあるから。」
秀之「ありがとう。」
と、食堂に入っていき、置いてあったカレーを口にした。
秀之「いや、実はね、うちの会社の新入社員が、うつ病のために精神科に入院したんだよ。」
まさ子「精神科?」
秀之「最近の若い者は弱ったなと感じるよ。なんとも、課長が自分の大学時代にいた、ひどい教授と容姿が似ているというんだ。入り始めたころは、一生懸命我慢していたようだが、課長が軽く彼女の肩をたたくと、大パニックになって、てんやてんやの大騒ぎ。」
まさ子「それで?」
秀之「うん、コピー機を壊したり、課長の湯呑を投げつけたり、、、。まあ、同僚が警察を呼んでくれたけどさ。警察の人の話も聞かないで、殺してやるって、猛獣みたいに叫んでた。」
まさ子「怖かったでしょう?」
秀之「まあ、恐ろしかったね。きっと、措置入院にでもなるだろ。でも、回復したら、彼女はどうなるのだろう。本当に、今の人は、困難から立ち直る力がなさすぎだ。みんな、親が過保護すぎるからいけないんだ。何も仕事をしていないのに、道路を堂々と歩けるのは、日本だけではないのかな。」
まさ子「そうかもしれないわね。」
秀之「その通り。今の子供は甘やかされすぎ。だから、美紀子には、早いうちから教育をさせなければだめだぞ。夢を持つなんて、間違いに決まってる。それよりもやりたくない仕事をがまんしてやるほうが、よほど素晴らしい。それをうんと教えろよ。」
まさ子「わかったわ。」
秀之「頼むぞ、やっとできた一人娘なんだからな。他人とは違う、素晴らしい女性に育てあげなければ。」
まさ子「ええ、それはわかる。」
秀之「じゃあ、明日の仕事の支度するよ。ごちそうさま。」
と、席を立ち、自室に戻ってしまった。

しばらくすると、まさ子のスマートフォンがなった。
まさ子「はい、、、。」
芳樹「徳永です。今、大丈夫ですか?」
まさ子「ええ、手短に。」
芳樹「実は、はるかさんのご両親が家を出てしまったそうで、、、。」
まさ子「彼女が家を出たのではなく、ご両親が?」
芳樹「はい。彼女のツイッターを見たらそうなっていました。」
まさ子「ツイッター?」
芳樹「ええ。はるかさんの投稿ありますよ。見てみてください。アカウントをメモしてください。」
まさ子は手帳を開き、彼女のアカウントを書いた。
まさ子「ありがとうございます。彼女のツイッター、アクセスして見ます。」
と、電話を切った。そして、急いでパソコンの電源を入れ、ツイッターを起動させた。そして、検索欄に、教えてもらったアカウントを打ち込むと、はるかの投稿が表示されていた。
まさ子「親なんてばからしい、私を捨てた。だったら私なんていらないんだ、、、。」
はるかのアイコンは、セフィロトの樹の画像が掲載されていた。
まさ子「なんでうちの親は、こうなのだろう。ほかの人はどうして買い物にいったり、外食しているのに、私にはできない。だからもう必要ないんだ。だから、私は、将来復讐できる日を待っている。」
次の項目をまさ子は声に出して読んだ。
まさ子「私は、頭のおかしいといわれている、精神障碍者の世話をしている。彼らは大の大人なのに、ありえないことを口走り、ふろにも入らなかったりする。ああ、なんで私だけ、こんなに不幸なのか。この人たちをみんな殺せば、楽になるかな、、、。」
まさ子は、最後まで読むことはできなかった。
まさ子「これ、きっと嘘よね。」
そう思うことで、何かほっとした。
まさ子「あの、やつれた男だって、信用できないわ。ああいう仕事は、嘘ばかりつく人を相手にするんだし。でっち上げよ。」

カウンセリングルーム
カウンセラー「なるほど。つまり、嘘だと思うことで、安心したのですか?」
まさ子「ええ。その通りです。でも、私、馬鹿ですよね。あのツイッターが本物だったなんて、、、。だから、徳永さんも浮かばれませんよね、、、。私は、なぜか、自分を守らなくてはと思ってしまったのでしょうか、、、。」
カウンセラー「それで、自分をせめてしまっているわけですね。そのツイッターを見たあと、徳永さんには、どうしたのですか?」
まさ子「ええ、、、。ここからまた私、ひどい人間になってしまうのですが、、、。」
カウンセラー「私は、なんでも聞くことが仕事。他人に漏らしたりはしないから、気軽にお話ししてね。」
まさ子「はい、心の準備が必要なので、次の時にします。」
カウンセラー「わかりました。じゃあ、お待ちしています。」

自宅
料理を作っているまさ子。
秀之「ただいま。おい、カウンセルはどうだった?」
まさ子「ええ。まだ、話したりないくらいだわ。」
秀之「そうか。それなら週に一回くらい言ったほうがいいな。家のことに支障がない範囲なら、また行って来ればいいさ。」
まさ子「本当にありがとう。あの事件のことはまだ報道されているの?」
秀之「ああ。連日大騒ぎだ。何しろ女一人の犯行だからな。なんでも職員の茶に睡眠薬を混ぜ込んで、職員は全員眠っていたそうだから。」
まさ子「まあ、信じられないわ。」
秀之「でも、本当にあったことだからな。だからこ厳しさが必要なんだよ。」
まさ子「そうかもしれないわね。」
秀之「また、美紀子を頼むぞ。」
まさ子「ええ、そのうち。」
秀之「それじゃ遅いぞ。しっかり。」
まさ子「ええ、わかってるわ。」
秀之「じゃあ、飯を食べてさっさと寝るよ。明日も遅くなるからね。」
まさ子「わかったわ。」
と、料理をテーブルの上に置く。
ガンガン食べている秀之。隣の部屋では美紀子の幸せそうな寝息。まさ子はそれを見ていると、不安を感じるのであった。

第五章

カウンセリングルーム
まさ子「こんにちは。」
カウンセラー「どうぞ、お座りください。今日は何をはなそうか。」
まさ子「徳永さんのことで、、、。」
カウンセラー「いいわ。なんとなく、話してちょうだい。」
まさ子「はい、、、。じゃあ、」

自宅にいるまさ子。スマートフォンが鳴る。
まさ子「徳永さんからだ、、、。」
と、一応メールを開いてみる。
再び、彼女のツイッター。
まさ子「本当にあの人たちは、ここにいるべきじゃない。私が教えてあげたい。あの人たちって、、、。」
さらに読むと、
まさ子「この加藤って人は、作業を覚えないというより、覚えようとしない。それは、新しい道具を使いたくないと主張するが、そうしないとこの世界では、やっていけないのに気が付かない。私がいま介助してやっているけど、外へでたら、どうするの?自分の立場をわかっていない。死ね。」
もう一つ記事がある。
まさ子「また、悠人という利用者は、自分が偉いと夢想していて、誰のいうことも聞かない。病気だからといえば、大暴れ。ああもう嫌だ。死ね。」
さらに記事が送られてくる。
まさ子「美香子という女性は、いつもひどいことをされたことばかり話し、自分んのいうことを聞かないと、調理室の包丁を持って、体を傷つける。それがかっこいいと思っている。死ね!」
次に送られてきた記事が、昨日の最後の投稿だった。
まさ子「私は、この施設で働いて何になる、単に金がほしいという理由だけではない。この施設に放り出されたのだ。あのだめおやじのせいだ。だめおやじが、ここに就職させ、もう出ないようにさせた。自分の糧は自分で稼がなきゃいけないが、ここにいる奴らはみんな憎たらしい。ああ、殺したい!」
まさ子は、思わず、スマートフォンを落としてしまった。

カウンセリングルーム
まさ子「怖かったんです。あんな内容の投稿を押し付けられて、、、。私も殺されるんじゃないかって、、、。」
カウンセラー「確かにそう思うわよ。誰でも。それは、当り前よ。」
まさ子「ありがとうございます、、、。」
カウンセラー「それで、徳永さんのメールはきたの?」
まさ子「はい、来ました。もちろん、画面ははるかさんのものでしたが、私は、もう見るのも怖くなったのです。もしかして私のところにも来るのではないかと。」
カウンセラー「徳永さんには?」
まさ子「はい、もう送らないでとメールをしたんですが、、、。」
まさ子は、下を向いてすすり泣いた。

その日。まさ子のスマートフォンが鳴った。
まさ子「はい、、、。」
芳樹「まさ子さんですか?今日、一緒に来てほしいのです。」
まさ子「一緒にってどこにですか?」
芳樹「はるかさんの自宅ですよ。」
まさ子「彼女の!私は怖くて、とてもいけません!」
芳樹「ツイッター、見ましたか?」
まさ子「怖くて見ていられません!」
芳樹「今日、声明文を、郵便で送るそうなんです。何とかして止めに行かなければ。」
まさ子「あの、それは本当のことなのでしょうか?」
芳樹「本当のことって、ツイッターに書かれているからわかるでしょう?」
まさ子「でも、本人が書いたものではないのかもしれませんよね。どこかの外国のテロ組織が、彼女のアカウントを盗んで、勝手に書いているだけなのかもしれませんよ。彼女はきっと、いつも通りに働いているのではないのですか?あなたが、勝手に夢想しているだけなんじゃないですか?そんなことに私を巻き込まないでください。」
芳樹「確かに、この仕事をしていると、そういう人もいないということは嘘になります。でも、彼女が、僕のところに、刺青を申し込んだときの顔から判断すると、明らかにこの人は、何か裏がある、と思ったんですよ。だけど、僕では説得することは難しいのです。どうか、一度でいいから彼女に会って、いただきたい。」
と、言いながら、電話の奥でせき込んでいる。
まさ子「ほかのだれかを当たってください。私は、夫もいるし、子供もいる。他人の犯罪に手を染めることは、到底できませんから!今の生活が一番大切だって、わかるでしょう?誰でも!」
と、スマートフォンを床にたたきつけて、壊してしまった。画面がガラスのように飛び散った。

カウンセリングルーム
まさ子「ここからが、私は全く気が付かなかったのですが、戻った時は新しいスマートフォンの設定をしていました。まあ、単に、SIMカードを変えた
だけだったのですが。

カウンセラー「ご主人にはそのことは話しましたか?」
まさ子「いえ、夫には単に道で落として壊れただけだとしか言いませんでした。」
まさ子は顔を覆ってすすり泣いた。
まさ子「そのあと、、、。」

雨が降ってくる。車軸を流したような大雨。スマートフォンの設定を終わりにして、まさ子はびしょ濡れになった洗濯物をとりこんでいた。

一方。
芳樹は、せき込みながら外へ出た。いつも使っている傘をさして、駅へ行き、中央線にのった。とりあえず一度では奥多摩に行くことはできない。
まず、芳樹は立川駅で下車した。そして、青梅線に乗り換えるため、改札にむかった。
と、その時だった。彼は激しくせき込み、口から血が出た。一瞬頭がもうろうとしたが、すぐに化粧室に駆け込み、手洗い場で血液をふき取った。
幸い、ラッシュアワーは過ぎていたし、観光客も少ない時期なので、だれもそれに気が付かないし、寄り付くこともない。
気を取り直して、芳樹は青梅線に乗り込んだ。わずか一両の小さな電車。前の席には、小さな赤ん坊が、母親と一緒に眠っていて、本当に幸せそうだ。
はるかは、このような幸せを感じることはなかったのだろうか?彼女の顔はすべて作り物だったのか?

奥多摩駅。芳樹は数人の客と一緒に改札口を出た。
確か、東樹園には歩いて行けるはずだ。従業員寮も近くにある。
しばらく歩くと、急な坂道が続いた。さらに風も吹いてきた。彼の傘がさかさまになるほど強い風だ。
また、吐き気がした。しゃがんでたまったものを出した。その色なんて気にせずに、彼は坂道をのぼった。そのうち、傘もどこかへ放り投げた。役になんて立たないからだ。
雨のせいで東樹園の建物は、いつになっても見えてこなかった。あまりにも苦しくて、彼は再びせき込みながら座り込んだ。また口から血が噴き出た。それはかつてない、大量のもので、吐き出すというより、噴水のよう、、、。
それっきり、彼はわからなくなった。

翌日から、まさ子のところには、メールも電話もかかってこなかった。
まさ子「やっぱり、嘘だったんだ。」
と、彼のアカウントを消去して、
夕食づくりを開始した。
まさ子「これでまた、いつも通りに戻れる。ああ、よかったわ。」
なんだかほっとして、鼻歌をいい声で歌いだした。

食卓
秀之「おい、今日はなんだか格別にうまいな。」
美紀子「はい、ビールよ。」
秀之「お、ありがとう。お前も気が利くようになったな。」
美紀子「ありがとう。」
秀之「よかった。必ずいい学校にいけよ。」
美紀子「うん。」
まさ子「まあ、こんな早い時期から学校なんて。」
秀之「いやいや、そうしないと、メンツが立たないじゃないか。」
まさ子「まあ、そうね。」
その夜、まさ子は幸せだった。
秀之「いいか、まさ子。とにかく子供を一人前の大人とするには、厳しくしなければだめなんだ。最近の子供は甘えてばかりいるんだから、すべて自分でやらせて突き放す。これが大事なんだ。」
まさ子「そうね。」
秀之「そうすれば、必ず娘は俺たちにお返しをくれるさ。」
まさ子「ええ。そうね。変に守るより、いいのよね。何かをねだってきたら、」
秀之「怖い顔をして、脅かすんだ。」
まさ子「わかったわ。そうして従わせたほうが、私たちも楽だしね。」
秀之「その通り!」
まさ子「わかったわ。」
と、秀之に絡みついた。
どこかで鶏が鳴くまで、二人はそうしていた。

第六章

いつも通りに料理をしたり、洗濯物を干したり。まさ子の生活は平凡な毎日にもどった。しかし、刺青の男が、逮捕されたというニュースは流れなかった。

奥多摩町は、何でもない、いなか町だ。一軒、精神科の病院があった。
そこの閉鎖病棟には、、、。
患者「あの患者さんには近寄らない方がいいわよ。明らかにおかしいんだから。」
患者「混ぜ混んでほしくないよね。ここは、田舎だよ。病棟のあるところか、ここしかないから。」
声「殺してやる!」
看護師「いい加減によしなさい!」
声「なんで私がこんなところに、はやく出してよ!」
看護師「だから、もう少し落ち着いてからといったでしょ!」
声「そう、ならあんたを殺してやる。」
と、けたたましい非常ベル。そして、何人かが飛び込んできて、吹き矢を吹いた音。
患者「またやってるよ。こわいね。女とは思えないわ。」
それから、叫びはピタッと止まるが、患者たちはまだ震えていた。
数日後、ナースステイション。
看護師長「きょうから、ここで働いてくれる、鈴木由美さんだ。」
由美「はじめまして。鈴木由美です。よろしくお願いいたします。」
看護師「若いわね。それも精神科で働くとはめずらしい。」
由美「はい。がんばります。まだ看護大学を卒業したばかりの未熟者ですが、ご指導を。」
看護師「どちらの大学?」
由美「聖路加です。」
看護師「まあ、すごい大学ね。それなのに、こんな辺鄙なところで働くの?」
由美「はい。その方が自分なのためになると、医師であった父が教えてくれたからです。だから、私は、こちらの病院に応募させていただきました。」
看護師「お父様の病院継いだら?」
看護師長「まあ、積もる話はあとで、とりあえず由美さんの担当患者を決めましょう。」
看護師「あの若い患者さんをつければ?若いから勉強になるわよ。」
看護師「そうそう。厄介な人ほど勉強にはなりそうね。」
看護師長「ちょっとまって、新人さんにはかわいそうですよ。いきなり難しい人をつけるのは。」
看護師「でも、いい大学を出たんだから、やり方くらいわかるんじゃないの?」
看護師長「いや、はじめは、なれるまで大変だ。だから、症状の軽い人を。」
由美「いや、私、やります。」
看護師長「よした方がいいよ。」
看護師「いいんじゃないですか?看護師長。若い人で、こんなにやる気のある人は、めずらしいし、将来のためにもなりますよ。」
由美「私にやらせてください。 」
看護師長「うーん。」
看護師「やらせてあげたらどうですか?」
看護師長「わかりました。許可しましょう。ただ、辛くなったらすぐに言ってくださいよ。」
周囲から拍手がおこる。
看護師長「じゃあ、患者さんの見回りを始めてください。」
全員「はい。」
と、それぞれの持ち場へいく。
看護師長「じゃあ、これがその患者さんのカルテです。」
由美「はい。わかりました。病室はどこですか?」
看護師長「保護室です。」
由美「わかりました。鍵をかしてください。」
看護師長「危険な患者なので、念のためさすまたを。」
由美「はじめは、何も持たない方がよくありませんか?私、
大学ではそう聞きましたが。」
看護師長「いや、あの患者は特別です。」
由美「新興宗教でもやっていたのですか?」
看護師長「どうなんだろう。」
由美「違法薬物とか?」
看護師長「検査したところ、それはでなかったそうです。」
由美「暴力団に入っていたとか?」
看護師長「彼女がなにも言わないので、詳細はわかりませんが、刺青があるから、可能性もありますね。」
由美「何をいれたのですか?」
看護師長「般若です。色は入っていませんが。」
由美「わかりました。すこし、彼女と話をしてみます。」
看護師長「ぜひ、お願いしますよ。」
と、由美に鍵を渡す。由美は一礼して保護室にむかう。

保護室
声「殺してやる!」
と、ドアに体当たりする音。
由美「ちょっとまってください。」
と、覗き窓から顔を見せる。
由美「はじめまして。今日からあなたの担当看護師になりました。鈴木由美です。」
患者「バカに丁寧ね。」
由美「あたりまえじゃないですか、初めて患者さんを受け持ったのですから。」
患者「まあ、新人?」
由美「はい。精一杯、回復するお手伝いをします。どうぞよろしくお願いいたします。」
患者「若くていいわね。あたしも、そのくらいの年だったらな。どこ大なの?」
由美「聖路加看護大学です。」
患者「へえ、高級なところを出てるのね。それじゃあ、他の人より礼儀正しいわけだわ。」
由美「ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね。」
患者「はい、こちらもです。」
由美「さっき、変なこと言っていましたけど、あれはなんなんですか?」
患者「ええ。過去を思い出すと、そうなってしまうのです。辛い過去があって。」
由美「もしよかったら、話してくれませんか?」
患者「大学、受験に失敗して。」
由美「それで?」
患者「はい。それから何もかも嫌になって、なんにもするきがなくなったんです。まあ、家に余裕がないので、二回以上じゅけんすることは、許されなかったものですから、介護施設で働き出したけど、」
由美「うまくいかなかったの?」
患者「はい。施設の人たちは、みんな頭がおかしくて、変なことばかり口走っていました。そういう人たちだから、進歩も何にもないわけで、毎日毎日おんなじことの繰り返しです。体は立派なおじさんなのに、なんでこんな簡単なこともできないのか、と、怒りたくなる人もいました。こういう仕事は、砂を噛むように喜びは得られません。だから、生きていても仕方ないんじゃないでしょうか。殺してやったほうが、やっと楽になれると思うんですよね。」
由美「それは間違いよ。誰でも、平等に生きる権利はあるの。それを援助するのが、看護師とか、介護の仕事なんじゃない。」
患者「いや、あなたの方が間違いですよ。医療とか、介護は、一番正しい生き方なんですから、こんな安い賃金では、おかしすぎる。」
由美「でも、お金だけがすべてではないわ、クライアントさんのことを想ってあげなきゃ。」
患者「いいえ、お金がすべてです!クライアントなんて関係ない。正しい生き方というのは、お金をもらって、親に安心して逝ってもらうこと。それができないから、私は、だめなんですよ。これ、みんな学校で習ってきました。だから利用者を殺してやったほうが。」
由美「どうして利用者を殺してやると思うの?」
患者「口減らしですよ。いわゆる間引き。ほんとに、あの人たちは、学習も成長もなにもない。一生懸命生きるなんて到底思えません。だから、間引きしてもいいんじゃない。」
由美「でも、その障害のある人の家族はどうだろう。」
患者「みんな親はとっくに死んでますよ。そうしなきゃ親御さんも浮かばれない。精神科に長く入院している間に死んでいるんです。ほらね、また殺す理由がわかったでしょ!」
由美「でも、自分のことも、あなたは自信がないのね。」
患者「はい。だから、殺害して、」
由美「他のことで、自信を持てばいいのよ。そうすれば、自信がないなんて言葉は必要なくなるわ。そうすれば、殺人者になる必要もないの。一緒に、頑張ってみない?」
患者「本当に?」
由美「だから、私のまえでは、間引きなんていわないでね。約束して。」
患者「ありがとう。」
声「由美さん、打ち合わせ始めるわよ!」
由美「はい、いまいきます!」
患者「ありがとう。」
由美「約束よ。じゃあ、呼んでるから。」
と、保護室を小走りに出ていく。
その日から、保護室から叫び声は、全く聞かれなくなった。
患者「ああ、やっと静かになったね。」
患者「安心して入院できますね。」
患者たちもほっとしたようであった。
由美は、毎日、その患者と話をするようにした。両親も誰も彼女を訪ねる者はいなかったので、彼女が会話するのは由美だけだった。
由美「そう、そんなにつらかったんだ。」
患者「ええ。試験の点数とるために、三日ぐらい眠らないで勉強してた。」
由美「塾なんかは?」
患者「予備校にはいっていたけど、学校の勉強は、大体三日前から。」
由美「東大にいくためだものね。」
患者「ええ。そのほうが優先だったの。でも、学校でも成績よくないといけないのよね。」
由美「両立は大変だったでしょうね。」
患者「ええ。いじめにもあったから、すごいでしょ、これ。集団リンチのあとよ。」
由美「きゃあ!」
患者がそでをめくったので、思わず腰が抜けてしまった。
患者「怖がらないでよ。傷跡を消すには、こうするしかなかったのよ。」
患者の腕には龍が火を吹いていた。
患者「これのおかげで救われたわ。集団リンチの時にこれを見せたら、みんな逃げてった。」
由美「誰かに彫ってもらったの?」
患者「当たり前でしょ。初めにお願いした人は、すごく倫理観の強い人で、体もよくなかったから、渋谷にいってお願いした。やっぱり、東京のほうがらくよね。そういうところは。高校を卒業して、こっちへ来てすぐに入れたわ。」
由美「でも、退院してどうするの?そこまで派手に入れたら、就職だって、できないでしょうし、、、。」
患者「まあね、、、。せめてレーザーで薄くして、働きたいわ。」

廊下。看護師たちが何か話している。
看護師「あの由美って人、腕がいいのかしら。おかげであの女が暴れなくなったじゃない。」
看護師「新人のくせに、なんでそこまでできるのかしら。」
看護師「やっぱり、聖路加のせいよ。態度が堂々としてるし。私なんて専門学校なんだから、あの女からみたら、虫けらだわ。」
その日、由美は更衣室に入って、普段用の靴を履いて帰ろうとしたが、白い靴は、口紅でべたべたに汚されていた。
由美「これって、、、。」
だれのいたずらか、すぐわかった。
翌日の昼休みには、弁当を開けようとすると、
由美「きゃあ!」
中にはムカデが入っていた。仕方なく売店でおにぎりを買って食べるしかなかった。

保護室
そんないじめがあっても、彼女は懸命に厄介な患者の話を聞いた。
患者「由美さんは優しいね。」
由美「そう?」
患者「私なんて誰にも相手にされないのよ。聞いてくれるのは由美さんだけ。」
由美「まあ、そういってくれてありがとう。」
患者「でも、由美さんのおかげで、私は間違ってたことに気が付いたわ。」
由美「どんなこと?」
患者「だって、一生懸命勉強するひとは、なかなかそうはいないってこと、私、よく知ってるわよ。変な人しかいない世界に私、何十年もいたけど、本当にそういう風に働いている人は初めて会ったわ。」
由美「ちょっとくすぐったいけど受け止めるわ。ありがとう。」
患者「私も、早くここから出れるように努力します。」
由美「一緒に頑張ろうね。」
患者「ええ。」


ナースステイション。
医師「で、長須さんはどうだった?」
由美「だいぶ落ち着いてきたようです。刺青も、自分で、レーザーで薄くするといいました。」
医師「そうか。では、もういいかもしれないな。」
由美「何がですか?」
医師「ああ。もう、ほかへ移ってもらおうかと。ほかにも何人か入院が必要な方がいて、その人たちを入れてやりたいんだ。」
由美「そうですね。確かに、精神科はパンク寸前のところが多いですよね。私も、彼女と話をして、もう、ほかへ行ってもらっても、いいと思いましたよ。」
医師「よし、そうしたら、彼女に誓約書を書かせて、退院の準備をさせよう。」

翌日
由美「長須さん。」
長須「はい。」
由美「おめでとう。あと数日で、外へ出られます。」
長須「よ、よかったです!」
由美「これまでを悔い改めて、よりよい生活をしてね。しばらくは、ここの付属機関である、クリニックに通院してね。もし、一人でいくのが、難しいようであれば、私が、お宅を訪問して、送り迎えするけどどう?」
長須「いえ、私一人で行きますよ。」
由美「車の運転はまだ禁止よ。」
長須「大丈夫ですよ。どっちにしろ、運転免許は私はとっていないので、電車かバスになりますから。」
由美「じゃあ、必ず、このクリニックに通ってね。あと、家事の手伝いとか、薬の服用とか、訪問看護もあるんだけれど、」
長須「由美さんが来てくれるんですか?」
由美「いや、私は病棟が専門だから、別の人にお願いすることになるかな。」
長須「大丈夫です。あんまり、他人を家の中に入れるのも抵抗があるし。」
由美「そうか。でも、必要があったら言ってね。あなたは、一人で暮らしているのだから、いろいろストレスはあるでしょうからね。」
長須「大丈夫です。わたし、一人で生きられるようになります。」
由美「そっか。よかった。じゃあ、はなむけの言葉。二度とこないで。意味わかる?」
長須「わかります。私も二度と、こちらのお世話にはなりたくありません。」
由美「いつまでも元気でくらしてください。」
長須「お世話になりました!」

数日後。病院の正面玄関から、一人の女性があらわれ、一度も後ろを振り向かずに正門を通って行った。正門を出る前はありふれた女性の顔だったが、
そこを過ぎてしまうと、彼女は呵々大笑して、軽やかに歩き出してしまった。

同じころ。
まさ子の家に来客が来た。夫の母親の妹だった。まさ子には義理の叔母だった。
当然、夫は仕事に出かけていた。
まさ子「どうぞ座ってください。」
叔母「秀之は?」
まさ子「まだ仕事から帰っていません。」
叔母「そうか、秀之がいればお願いできたんだけどな。」
まさ子「お願い?」
叔母「そうよ。説得の。」
まさ子「誰を説得するんです?」
叔母「私の娘。」
まさ子「あれ、結婚したはずでは?」
叔母「出戻りなのよ。」
まさ子「出戻り?」
叔母「どこかの国の兵士みたいな顔でね。結婚して、よその家に行けば、幸せになれると思っていたんだけど。」
まさ子「兵士みたいな顔って?」
叔母「そうよ。ありとあらゆることに対して叫ぶように返答するの。兵士が捧げつつするときみたいな声色でね。どこでそんなことを身に着けてきたんだろう。挙句のはてに自分は悪人だから、刑罰として刺青を入れると言い出して、、、。まあ、そういうところが妄想というのかな。そういう症状は、お医者さんに教えてもらってたんだけど、うちの中で精神疾患が現れるとは思わなかった。」
まさ子「いつからそういうことに?」
叔母「それがわからないのよ、嫁に出してしばらくはよかったんだけど、だんだんおかしくなってきて。結局離婚して、かえってきた。でも、本当に恐ろしいわよね。ある意味ガンより怖いわよ。だって、見たり触れたり感じたりするところが病むわけだから。刺青師の徳永さんが説得してくれたから、何もせずにすんだけど、毎日毎日捧げつつの態度で接しなきゃならないのは、本当につらいわね。」
まさ子「徳永?」
叔母「そう。あの人が、娘さんがおかしいって電話をよこしてくれて、発覚したの。ほんと、いい人ね。なんであの人が刺青師なんだろ。ああして親身に付き添ってくれて。ああいう人こそ、誰かを助ける仕事についてもらいたいものだわ。でも、、、。」
まさ子「でも?」
叔母「もう、亡くなったの。ここにはいてくれないわ。」
まさ子「亡くなった?」
叔母「そうよ。東樹園のすぐ近くで。警察は窒息死だって言ってた。何年も前から、重い病気だったらしいから。」
まさ子「そうだったんですか、、、。」
叔母「本当、もう少し、あと十年は生きてほしかったわ。世の中って、そういう良い人は、早く亡くなるようにできているのかしら。モーツァルトが35歳で亡くなってるから、そうなっているのかもね。」
まさ子「で、今娘さんはどこに?」
叔母「うちにいるわよ。やっぱり自分のうちがいいらしくて。まあ、言葉が通じないとか、いつまでも捧げつつのままでいるとか、問題はあるんだけど、私は、徳永さんの遺志を継いでいこうと思ってる。あのひと、私にこう言ったの。心の病に対する、一番の薬は年だって。そうするしか手立てはないって。だから私たちは、その時を静かに待つしかない。それでも、いいって、私たちのほうが頭を切り替えないと、もうやれないのかもしれないわ。」
まさ子「そうだったんですか、、、。」
叔母「秀之に言って頂戴、あんまり詰め込みすぎると、うちの子みたいになっちゃうって。まあ、あの子はそれが愛情なのかと思っているかもしれないけれど、それは全然違うほうに解釈されるほうが、はるかに多いんだって。」
まさ子「わかりました。」
とはいったものの、秀之に話す気にはなれなかった。
叔母「じゃあ、私、また来るわ。秀之にくれぐれもよろしく言っておいて。
私、これで帰るけど、また何かあれば相談にも乗るわよ。」
まさ子「はい、ありがとうございます。」
叔母「ここではタクシーは呼んでもらえる?」
まさ子「はい、近くにありますよ。」
と、急いでスマートフォンを取りに行く。


秀之「ただいま。」
美紀子「おかえりなさいです。」
まさ子「今日は馬鹿に早かったわね。」
秀之「ああ、仕事がひと段落ついたんだ。よし、美紀子、勉強しようか。」
美紀子「うん!」
と、二人して、父親の部屋へはいる。
まさ子は、叔母の言葉を思い出したが、美紀子は楽しそうに勉強しているので、関係ないと思いなおしてしまった。
食器を洗いながら、考えるまさ子。
まさ子「まあ、うちでは幸せだからそれでいいわ。」
と、すぐに忘れてしまったのであった。

終章

東樹園
長期入院を強いられ、やっと地球に帰ってきた患者たちを引き取って住まわせる施設である。
みんな、内職したり、絵をかいたり、音楽を聴いたり、、、。好きなことをやっている。もう残り時間も短い人たちであるので、勝手に好きなことをやらせようというのが、この施設のコンセプトだった。
職員は、五人いた。みんな精神関係の資格を持っているひとばかりだ。建物は、普通の一軒家で、収容施設のようには見えない。
と、突然インターフォンが鳴った。
職員「あら、誰かしら。」
声「長須はるかです。」
職員「まあ、長須さん!戻ってきてくれたの!」
と、ドアが開く音がして、
はるか「はい、戻ってきました。今日、退院してきましたよ。」
職員「おからだは大丈夫だったの?」
はるか「ええ。四週間でおしまいになったのです。」
職員「まあ、そうだったの。利用者さんたちも待っているわよ。早く入って。」
はるか「上がらせていただきます。」
と、職員室に入っていった。
施設長「おかえりなさい。よく帰ってきてくれましたね。」
はるか「大丈夫です。軽い過労です。」
職員「過労って怖いんですよ。来月からでもよかったのに。」
はるか「いえいえ、そんなことはしませんよ。すぐにでもこっちに戻ろうと決めてしまったし。あ、そうだ、、、。」
と、カバンを開ける。
はるか「これ、病院の近所のお茶屋さんでかったお茶です。よかったら、みなさんで飲んでください。」
と、一つの袋を取り出す。
施設長「そんな、無理しなくてもいいんだよ。」
はるか「いえ、迷惑をかけましたから、ちゃんとしなければと思いまして。」
職員「まじめな方なんですね。はるかさんは。」
はるか「そんなことありません。」
職員「だって入院したのに旅行にいったような感じなんだもの。」
はるか「いやいや、特に悪いところもなかったのですから、気にしないでください。」
施設長「ちょうどみんないるから、飲んでみようか。」
はるか「じゃあ、私、入れてきますから、飲んでください。」
と、給湯室に行った。しばらくして、茶を淹れた湯呑を盆にのせて現れた。
施設長「利用者さんにも分けてあげてね。」
はるか「わかりました。」
再び給湯室に行く。戻った時には、職全員が眠っていた。はるかは、利用者の湯呑に再び同じものを入れ、利用者のテーブルの上に置いた。
はるか「みなさん、三時のおやつですよ!集まって。」
従順な利用者たちは、すぐに集まった。みな、テーブルの上の菓子を食べながら、その茶を飲んでしまった。十分後、彼らは全員眠ってしまった。はるかは、そこの調理室に向かい、あるだけの包丁を取り出し、職員、利用者の首や胸を次々に刺した。施設は血の海になった。みんな睡眠薬で眠っていたから、悲鳴も何も上げなかった。ほとんどの者は、即死だったと思われる。
さらに彼女は、テーブルの上に、貯蔵されてあった灯油をまき散らし、そこへマッチをすって投げ込み、やいほいと出て行った。

数日後。はるかは、一人暮らしの家に戻っていた。
声「ちょっとお伺いしたい。」
はるか「なんですか?」
ドアを開けると、二人の強そうな男性が立っている。
男性「実は、先日の、東樹園放火殺人事件について、聞きたいことがあるのだけど。」
はるか「誰のことをですか?」
男性「ここで先日なくなった、徳永芳樹さんの関係者だね。」
はるか「徳永?彫一ですか?」
男性「そうだよ。東樹園のすぐ近くで、喀血して亡くなっていた。特に目立った外傷はなく、喀血による窒息死であることには間違いない。」
はるか「そんなことは関係ありません。なんで私がかかわらなきゃならないのです?それに、放火した後だから指紋も何もないんでしょ。」
男性「まあ、それは確かにそうだけど、徳永さんは、亡くなる前に署に相談にきていて、私たちは、初めは冗談と思っていたのだが。」
はるか「そうですよ。冗談ですよ。」
男性「でも、だんだんに神妙性が沸いてきてね。徳永さんが見せてくれたツイッターを見ると、本当にそうだなと思うようになったんだ。」
はるか「私のツイッター、勝手に見たんですか?」
男性「そうだよ。」
はるか「なんで他人のものに?」
男性「まあ、他人であっても、その人を想うんだろうね。それが彼を動かしたのだろう。」
はるか「余計なお世話よ、他人に介入してもらうところなんて今の時代はないじゃない。」
男性「徳永さんは、最期に、君に対してダイレクトメッセージを出したんだよ。わかるか?」
はるか「ダイレクトメッセージ?」
男性「読んだことないの?」
はるかの顔が、一瞬崩れた。
男性「どうか、東樹園を攻撃するのはやめてほしい、と。」
はるか「そう。」
急に開き直った態度をとった。
はるか「でも、私は間違ってない。だって、何も役に立たない人をこの世から消してあげたんだから。どうせ、その人たちは、頭がおかしくなって、家族にも見放され、生きていたってどうにもならない人たちなのよ。だから、本人も家族も苦しむんじゃない。それを私は解放させてあげただけ。」
刑事「ではこの人のメッセージは、だれにあてて書いたものだろうか。」
はるか「知らないわ!」
刑事「署でゆっくり話を聞かせてもらおうか。」
はるか「仕方ないわね。敗北か。」
と、声高らかに笑いながら護送車に乗り込んでいった。

護送車は、彼女を乗せて、道路を走っていく。周りにはおびただしい報道陣たち。その中でも、彼女は笑っていた。



まさ子「これがその全貌です。」
カウンセラー「徳永さんのことはいつ、お知りになりましたか?」
まさ子「はい、警察の方から聞きました。あの事件が報道されたとき、私は、はるかが犯人だとは思いませんでした。」
カウンセラー「それは、徳永さんの言ったことが本当になったからではないですか?」
まさ子「そうかもしれません。私は、どうしたらいいのでしょうか。」
カウンセラー「今、はるかさんに対して、言いたいことはありますか?」
まさ子「なんだろう。はるかさんは、本当に殺人者になってしまったのでしょうか?」
カウンセラー「もし、よろしかったら、警察に配属されている、臨床心理士の方を通じて、お会いしてみますか?」
まさ子「そうですね、、、。」
カウンセラー「怖いですか?」
まさ子「いえ、そんなことはありません。勇気を出していってみます。」
カウンセラー「わかりました。では行ってみましょう。」
まさ子「はい。」

警察署。まさ子はカウンセラーと一緒に、刑事課へ行く。刑事に連れられて、取り調べ室へ案内してもらう。
刑事「実はですね、はるかと面会したい人が、もう一人おりましてね。いまここにきているのです。」
カウンセラー「お名前は?」
刑事「鈴木由美さんという、看護師さんです。」
まさ子「看護師さん?」
刑事「ええ。はるかは、両親の依頼で、精神科に入院をしていました。その時の担当看護師だったそうで。」
まさ子「じゃあ、私も一緒にいさせてもらえませんか?」
刑事「どうぞきてください。年上のあなたが一緒なら、由美さんは安心するかもしれません。」
まさ子「わかりました。」
刑事「由美さんどうぞ。」
と、涙を線で流しているように泣き降らした女性が現れる。
まさ子「あなたが、由美さん?」
由美「はいそうです。」
まさ子「あの、、、。」
由美「私の責任です。看護師である私が彼女が回復していると思い込んでしまったので、、、。」
まさ子「そんなこと、、、。」
由美「いえ、私が、彼女を止められなかったから、、、。」
刑事「二人さん、中にお入りください。三十分程度にしてくださいませね。」
と、ドアを開ける。
そこに、はるかがいた。
まさ子「はるかさん、、、。」
高校時代のはるかとはえらい違いだった。
まさ子「本当にあなたが、、、?」
はるか「本当よ。私は、よいことをしたの。だって、誰からも必要とされない人を、始末してあげたのよ。」
まさ子「そんなことはないわよ!はるかさん!」
はるか「へえ、あんたまでそんなこと言うのね。」
まさ子「じゃあ、あの、徳永先生だって、必要ないとでも?」
はるか「ええ。そう思ってるわ。」
まさ子「どうして?あんなに意欲的だったあなたが、東大に落ちただけでどうしてそこまで?」
はるか「だって、一番必要のないとわかっているのはこの自分だから。だから、同じように必要とされてない人たちを抹殺したかったのよ。」
まさ子「なんで?だって、誰でも生きる権利はあるはずだと思うのだけど。」
はるか「いいえ、必要のない人はきっといるの。私は生まれてくるべきじゃなかったのよ。家族も、東大に落ちたら、すごい態度が変わってしまって、
私は必要ない子だったんだって、よくわかったわ。それに、成績がよくなきゃ愛されない生活は、もう疲れた。それでもう十分よ。広い世の中へでても、誰もほめてなんてくれないから。だから私、そういう人が暮らす施設で、働いてみようと思ったけど、その人たちは、もう、最期が近いから平気なのよね。でも、私は疲れたわ。そういう人たちの間で働くの。」
まさ子「はるかさん、それは本当にはるかさんなのかな。」
はるか「当り前よ。生まれた時から、私は、はるか。」
まさ子「どうして、その気持ちを誰にも打ち明けなかったの?」
はるか「当たり前でしょ!何かわからないことがあっても、自分で考えろしか言わない人のほうが多いから、私は本当に怒りを持ったのよ!誰かに打ち明ける?答えはすぐにわかるわ。自分が悪いって。でも、ほかの子はなぜか許されるのよね。質問って、身分が高い人でないと、できないものかしらね!」
まさ子「はるかさんは、身分の高いひとでないと、」
はるか「ええ!だからこそ東大にいきたかったのよ!」
まさ子「でも、できる人もいれば、できない人も、、、。」
はるか「そんなことを言ってるから、甘いのよ!私はとにかく、身分が高い人と肩を並べたかった。それだけなのよ。」
まさ子「肩を並べてどうするの!」
はるか「だから、身分が低いから、解放されるのよ!」
まさ子「そんな考え、どこで身に着けたの?」
はるか「生きてきて身に着けたわ。ここでは、身分制度はまだ存在する。そして、高い人たちだけしか、幸せにはなれない。幸せは自分次第なんかじゃない、身分が作るもの。それがわかったから、身分が高くもない癖に、高尚なものについて語っている人たちは、本当に憎い!」
まさ子「はるかさん、、、。私が尊敬してたはるかさんとは、もう違うんだね。」
はるか「ええ。だって、身についたんだから。だから、始末できて本当によかった。」
まさ子「徳永さんは、それを何とか違うほうにもっていきたかったんだと思うわ。」
はるか「違うほう?何よそれ」
まさ子「身分制度なんてないってこと。」
はるか「は?なんであのやつれた男が?」
まさ子「病むと、身分なんてなくなるから。誰でも、病んだときは、身分なんて関係ないのよ。みんなおんなじ症状で悩まされて、身分が高いから助かるのかってことはまずない。」
はるか「そんなことない!身分が高い人は、いい治療を受けられる。それもわからないのね!いい大学行けば、いい大学に行けば、いい会社に入れて、たくさんのお金がもらえるのよ。そうすれば、ハイレベルな医療を受けられて、命は助かるの。簡単なことじゃない!」
まさ子「でも、それがありえない人だっているわ。」
はるか「絶対にない!それさえあれば、私はここまで不幸にはならなかったんだから!」
まさ子「はるかさん、、、。」
と、ハンカチを出して涙をふく。
カウンセラー「帰りましょうか。このひとは、なにを言っても難しいでしょうから。」
はるか「ええ、帰ってもらって!日本語のわからない人が多すぎるから!」
カウンセラー「はい。」
と、泣いているまさ子を連れて、署を出て行った。由美は、いつまでも泣きはらしただけだった。

喫茶店
まさ子「本当に人ってなんのためにいるのでしょうか。彼女のように、二度と助からないって本当にあるんですね。由美さんの表情を見ていないどころか、見ようとさえしていなかったってのが、人間じゃないように見えました。」
カウンセラー「そうね。これから、精神鑑定とかいろいろ行われるから、彼女に実刑がどのくらい課せられるのかしらね。」
まさ子「由美さん、泣かないで。まだ、あなたには先があるのよ。」
由美「先なんていりません。それなら私だけを殺害してくれればいいのに。それなのになんて言うやり方をして、、、。」
カウンセラー「由美さんは、一度心をいやすといいわね。もしかしたら、日本ではなく、国を変えたほうがいいかもしれない。外国に行ってやっと救われた人も、私はたくさんみてきたし。」
由美「はい、私は、精神科に向かなかったかもしれません。もう少し、勉強してから、看護師になるべきでした。こんな事件を起こすんだってことも、
見抜けなかったのですから。」
カウンセラー「まずは、ゆっくりして、そうしてから看護師になればいいわよ。若いんだから、まだ時間はある。」
由美「わかりました。私は、どこかの町医者の先生につきます。そのほうがずっといいような気がするのです。」
カウンセラー「そうよ。それでいいのよ。一度や二度の失敗くらい、だれでもするから。」
由美「ありがとう、、、ございます。」
まさ子「思ったのですが、一番大切なことは。」
カウンセラー「何?」
まさ子「きっと、個人個人で幸せの基準をつくっておくことですね。それが一番なのかもしれない。そしてそれは、学校で身につくとは限らないということです。」
まさ子が何気なく窓のほうを向くと、そこは大きな公園で、ピクニックをしている家族、バトミントンをしている親子、ベンチで本を読む老夫婦、様々な人がいる。
まさ子「あの人たちの幸せはなんなんでしょうか。」
と、言いながら、コーヒーカップをテーブルに置く。

終わり

花、ジェノサイド

最後まで読んでくれてありがとうございました。
何かありましたら、感想でもください。お待ちしています。感想は「花びらのうた」の感想欄よりお願いします。

花、ジェノサイド

よい大学に進めず挫折し、ジェノサイドへの道を突っ走る女性と、平穏な人生を手に入れた女性。そして、何とかジェノサイドを止めようとする刺青の男の物語。シナリオ形式です。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一章
  2. 第二章
  3. 第三章
  4. 第四章
  5. 第五章
  6. 第六章
  7. 終章