5S
無題
本当は耳を塞いで死んでいたい
何度も何度も死んでいたい
三大欲求と死んでいたい私の欲は
矛盾のない星座のように
綺麗に綺麗に並んでいる
いつでも生活者としての私は
精神の死を甘受している
働いて働いて死んでいる
返事をしながら死んでいる
パソコンに向かいながら死んでいる
死人になれば安心だった
錠剤に頼れないときは
死人になるしかなかったのだ
「プラトニック・スウィサイド」
名だたる文豪の作品で
この言葉を見つけたときは
漸く私は生き返った
生き返った心地になった
薬にならない寓話も童話も
一緒くたに飲み込んで
ネガティヴな化学反応に悶えながら
私は何度も精神を殺していた
プロポーズのうた
1つ屋根の下で暮らせるわけがない
僕はこの世の誰よりも他人らしい他人
コンビニの蛍光灯に柊の葉がとまる
真空管アンプから流れる時間
冷たい空白を埋めるには
生活音が良しとされた
鯨を見送って蜃気楼を渡る
生活者として時間旅行をする僕に
あなたは夜空を指差して微笑する
繊細なビニール傘だけ残して
部屋を出たことを思い出して
空白の時間を再検討することを考えた
5S
ありとあらゆる感情は雑然とし、
ありとあらゆる表情は混濁し、
私は常日頃
悪鬼のスパムメールを踏んでしまう
この頃鎖は重くなり
すっかり片付かない机の上で
自分を潰して過ごす中、
それでも整頓された思いがあった
死を思う、
そのことだけはファイリングされて
キャビネットに収まっている
空は晴れている
キャビネットは整然としている
つまり、もはや、願望というガチャガチャとしたものでも、自暴自棄だなんてチャラチャラしたものでもなかった
整頓されてしまってある。
しかし、手の届くところにある。
そんな感情として
白いテプラが貼られていた
常にある、整頓されて置いてある
手を伸ばす意義を見失うほど
酷く事務的に置かれていた
役所とたわごと、
婚姻届を提出した後
「晩年、ですね」
そう言ったら君は笑った
君はたわ言と受け取ったようだった
君にとってはプロローグ
私にとってはエピローグ
君は幸せを願い
私は安寧を願う
私は、
嵐を終わらせたかった
傷つく事を終わらせたかった
戦う事をやめて
全てを灰色と飴色に染めて
死を待つような心地で
君と抱き合っていたかった
家なんていらなかった
暮らす場所なんてどこでもよかった
お金も必要なだけでよくて
仕事も定年まで続けるし、
家事は一緒にやろうと思っていた
友だちもそんなにいらなかった
君さえいればよかった
私も君もいい夫婦になんてなれないかもしれないけれど、命が尽きるまで君といられるのならなんだってよかった
私は結婚とは、
そういうものだと思っていた
なんなら結婚なんて
しなくたってよかった
役所の帰り道、君は近くのうどん屋に私を連れて行った
一緒にうどんを啜った
君は私に指輪を買おうとしてくれたけど、何にもいらないから、また一緒にうどんを啜ってほしいと願っていた
きつねでもいいし月見でもいい
あったかいものを一緒に食べていたい
特にうどんはとてもいい
あったかくて白くて長いから
幸福そのものみたいな形をしてるから
君が欲しい幸せの形がこういうものならいいのにと何度も考えていた
君は微笑んでいた
「どんな家庭にしたい?」
なんて、空想にふけっていた
「君がいるならそれでいい」
湯気の中で呟いてみたけれど
君はうどんを啜っていた
ハッピーエンドの詩
ある、ない、は、日常的閑話
喜びなんてお芝居です、
台所に立つ絶望を、
幸福論者が刺しに来る、
地獄のような責め苦の果てに、
最期は君と抱き合いたい、
エンドロールに、
僕の名前は無かった
5S