読むことが仕事のあなたへ。

PCに残ってたものです。
気力があれば続き打ち込みます。
キャラの名前は仮称です。変えるかもしれませんし変わらないかもしれません。でももうふだけは変えません。かわいいしね!!

知り合いの方はデジャブ感じるかもしれませんが、それは、まぁ、その時の自分のことなんて覚えてないので仕方ないですねはい。

序章

そもそもどうしてこうなったのだろう。
 妻がいて娘がいて、仕事もやりがいがあってそこそこの給金を受け取って、これといったトラブルも無くこれまで生きてきた。
「―――あれ、俺、幸せじゃね?」
「何ー? どうしたの? 急に感慨深いこと言っちゃって。」
居間で四歳になる娘を抱きながら、のぺーっとしている妻が尋ねてくる。
「いや、俺にも分からん。てか声に出てたのか……、恥ずかしい……。」
「ほんと恥ずかしいよねー。で、何でそう思ったの?」
「うーん………、なんていうか、今まで必死に生きてきて、ようやく幸せを実感したというか……? ……何か違う気がする……。」
「ふーん………。そういうのってアレでしょう? 今の幸せに満足しているってことでしょ? だったらそれでいいじゃない。幸せならそれでいいじゃない。」
 幸せならそれでいい。
 確かにそうか、と思う。
 だけど――、


「―――成程な。まぁ今はそうでも妥協はしたく無い。もっと幸せになるために、いや、もっと幸せにする為に、もっと頑張るから!!」


「…………………………………………………私はあなたが幸せなら、それで幸せよ……?」


「…………。」
「…………。」
 おいどうするんだこの空気。
調子に乗って恥ずかしい事を言ってしまったら、その調子で返されてしまったじゃないか。
マジでどうしよう………。
 顔が火照り、背中が妙に汗ばむ。
「おかーさーんっ!! おーもーいーっ!!」
………我が娘は天使か何かだろうか!?
「え、あ、も、もうふは可愛いから仕方ないよー。」
「そ、そうだよ。俺も混ざりt」
「「それはダメ。」」
「………、そうですか………。」
 娘と妻からの拒否。
 心に突き刺さる……。
「………。じゃあ、そろそろ買い物に行こうか。もうふは何食べたい?」
「はんばーぐっ!!」
「えー、またぁー?」
「そうだぞ、もう三日連続ハンバーグじゃないか。」
「はんばーぐっ! はんばーぐがいいのっ!!」
「………、………ごめん、俺は娘が可愛いので何でもいいです………。」
「………………。じゃあ、ハンバーグにしようか。明日は別のにしようねっ!」
「うんっ!!!」
 一瞬ジトッとした目で俺を見つめてきた妻は、すぐにもうふに視線を向けてそう言った。
「ふぅ。じゃあ、お父さん車出してねー。」
 立ち上がって言う妻は、背中を軽く蹴ってくる。
「くるまーっ!」
「うん、じゃあ行こうか。」
 外行の服に着替え、家を出――、


「…………………………ロリコン?」


―――どんな爆弾質問なんですか俺の嫁!!?
「いや、今のはロリコンじゃないと思う。思いたい。娘に送る愛情とか甘やかしの類だと思いたい。」
「へー。」
「いや本当だって。」
「へーー。」
「いや、ちょt」
「へーーー。」
「何かごめん………。」
「………限定抹茶プリン二つ。」
「………分かりました……。」
 どうしてこうなった………。
 娘に嫉妬する妻なんて可愛過ぎじゃないですか……?

―――こんな些細な日常でも、意識すれば幸せだと感じることが出来る。
 通りで最近少し太ってきた訳だ……。
 でもまぁ――、
―――幸せならそれでいいか………、なんて……。

□   □   □

「ねぇ、ここ分かんないんだけどさ………。」
「お前が分からない事を俺が分かると思うか?」
「………だよねー……。」
「やめて認めないで。」
「だって事実だし。」
「まぁそうなんだけれども!」
「まぁいいや、専門家さんに訊いてくる。」
「じゃあ最初からそうしろよ!!」


「…………………、………あなたと話したかったのよ、もうっ………!!!」


「………………。」
 何この子可愛い。
「~~~っ!! もう戻るからっ!!」
「お、おう………。」
 勢いで自分の書斎に戻った妻は何故か涙目だった。
………恥ずかしいなら言わなければいいのに………。
「いや、まぁ、言ってもらった方が嬉しいけどさ………。」
 一週間ぶりの休日。
だけど妻には休日なんてない。
家事もそうだが彼女には仕事がある。
―――翻訳家。
 それが彼女の仕事だ。
 翻訳家はその名の通り、英書を日本書にしたり、逆に日本書を英書にして、エンターテイメントの言葉の壁を無くす仕事だ。
 翻訳家は、元の本の書かれた国の文化を詳しく知っている必要があるらしく、『忙しいというより勉強不足を痛感する。』といつだかに言っていた。
―――一度、『しんどいならやめてもいいよ。』と妻に言うと、『翻訳家は私の夢なのッ!!! ふざけたこと言わないでッ!!!!』と激怒された。
本当に離婚直前まで行ってしまった時は泣いて土下座した。
………いや、ホントに……。ホントに泣いて土下座したんだって……。
我ながら今でも恥ずかしくて仕方がない。

「ねーねー、おとーさーん……、どらえもん、終わったー………。」
「ん? 終わったのか?」
「…………うん……。」
「眠いのか?」
「……ん………。」
「じゃあもう三時だし、お昼寝しようか。」
「んー………。」
 やばい可愛いっ!!!
 今まで何を考えていたかを忘れるくらいにはっ!!!
毛布のように温かく、柔らかで、優しい子になって欲しい、という願いを込めて付けた名前だけれども、体現しすぎではありませんか!!?
「ふぁあ………。」
「じゃあお布団の所行こうなー。」
「んー……。」

 子守唄を歌いながら、思い出す。
………………泣いて土下座……か、……。
 最悪だ、思い出してしまったじゃないか。
 アレはもう思い出したくも無い………。
 妻がイギリスに家出とか、お義父さんに殴られるとか、思い出しただけで背筋が凍る。
―――笑って帰って来た時には本気で離婚しようかと思ったが………。
 まぁ今は、永遠に離れたくないが……。
「もうふはもう寝た?」
 小声で話しかけてきたのは妻だった。
「あ、ああもう寝たよ。寝息も立ててて可愛いぞ。」
「……………すぅ……。」
 やっべ焦った………、クサいことを考えていた時に急に話し掛けられると驚いてしまう………。
「…………本当、可愛いわね……。」
 妻はもうふの頬をツンツンと突く。
「プニプニしてるー……。」
「………ふぇ……、やめ……、おかーさ………。」
「あ、ご、ごめんね……。」
 一瞬、もうふが起きてしまったのかと思ったが、すぐに寝息を立て始めた。

「よかった……、眼覚ましちゃったのかと思ったよ……。でもやっぱり、本当に可愛いわね………。」
「ああ、お前の血を引いてるだけあるよ………。」
 本当に可愛かったです……。ありがとうございました……。お腹いっぱいです……。
「………やめてよ。」
「事実だし。仕方ない。―――あ、コーヒー淹れるけど、飲む?」
「………………飲む。」
 まぁ、インスタントの粉にお湯を注ぐだけなのだが。
キッチンで湯を沸かす。
「あれ、砂糖多目だっけ?」
「………今日はブラックで飲む。」
「飲めんの?」
「飲めるわよっ!!!」
 まだ砂糖を入れていない方はそのままお湯を注ぎ、入れた方には牛乳も入れる。
「カフェオレ?」
「いいだろ。甘いのが飲みたい気分なんだ。」
「…………お子ちゃま。」
「お子ちゃまで悪かったな。たまの休みなんだ。糖分接収しないと。」
「私休み無いもーん!」
「………、……そうだけどさ。」
 そうなんだが、それを言われると何だかつらい。というか申し訳ない。
「………。」
 ズズズ……、とコーヒーを啜る。
………甘っ。砂糖入れ過ぎた……。
「苦っ! ブラックってこんなに苦かったっけ……?」
「替えようか、お子ちゃま。」
「~~~っ!! いいっ! 飲むっ!!」
 はい可愛い。
「ほら、意地張るなって。砂糖入れてやるから。」
「いいのっ!」
「飲めてないじゃん。」
「飲みますーっだ!!」
 そう言い、熱いコーヒーを一気に飲む妻。
「あっつっ!!!」
「ほら、水。」
「ありがとう………。」
 こうなることを見計らって水を入れておいて良かった。
 ごきゅごきゅ……、と勢いのある音。
「ああ~~~~~っっ!!! 美味いっ!!!」
「ビール飲んだ後の親父か何かかよ………。」
「違いますぅ!! あなたの可愛い可愛い愛しの妻ですぅ!!!!」
「ああ、そうだな。」
 自認している所は褒めてやらなくては。
 コップを口に運ぶ。
あれ、美味い……。甘めも慣れたら良い味になるな……。
「……………やめてよ、もうっ……。」
「………自分で言ったんじゃんか……。」
「だけど恥ずかしいものは恥ずかしいのっ!!!」
「はぁ……。」
 だから俺にどうしろと?
「何の溜息よっ!!」
………言わなきゃ分からない。
だから言おう。コレは俺の心情、本心だ。


「お前は、いつまで経っても、何をしてても、可愛いな、って思っただけだよ…………。」


「言わせんなよ……、恥ずかしい。」
「ズルいよ、………ホントにもう………。」
 そう言って、妻はおもむろに「………ハグ。」と言って―――――――、

――――――――――――あれ? おかしい。記憶が無い。
 ただ、何か素晴らしい事があったような………。
 何故、顔が赤くなっているんだ?
 何故、今妻が俺の背中にのっかかっているんだ!?
 何故、今妻に『あててんのよ』なんてされているんだ!!?


「あー! いいなー! もうふもそれやるーっ!!!」


――――!!!?
 いつの間にか起きて来ていた娘が、背にもたれかかる妻とは逆側の、膝の上に座り、テレビのリモコンをカチカチと触っている。
「おかーさん、どらえもん、つけてー。」
「えー、お父さんに点けてもらいなさい。今お母さんはお父さんで忙しいからー……。」
「じゃー、おとーさんやってー」
「………………………………お、おう……。」
 危っねー……、もう少しで逝ってしまう所だった……。
肩に顎を置かれ、耳元で愛する人の声を聴き、胡坐を搔いた膝の上には愛する娘が上目使いで「おとーさんっ!」と自分を頼る。


………あ、コレ、ヤバいわ。


「よくよく考えたら、これってすごく――――、」


「何?」
「どーしたの?」
「…………いや、何でも無い。―――ほら、リモコン貸して、もうふ。」
「うんっ!」

―――幸せに自分が耐えられないなんて、チャンチャラおかしいだろう?

 どらえもんを三人で見ながら、俺はそう思った。

―――いつまでもこの日常が続きますように………、なんて……。

□   □   □

 今日は同僚と外で飯を食うから弁当はいらない、と妻に告げると、とても不機嫌そうな顔で「しっしっ! もうはやく出てけっ!」と見送られた。
 ああもう最悪だ……。
「こんなことならお前と飯行くのやめときゃよかったよ。」
「何言ってんすか、中村さん。今日は俺と飯いくって二週間前から言ってたじゃないっすか。」
「今日始めて妻に言ったんだよ。そしたら、『折角早起きしたのにっ!!』って怒られた………。」
「ヒューヒュー!」
「黙れ。」
 こういうふうに冷やかされるのが一番嫌いだ。一応この山田も分かっていて言っているのだろうが、流石にやめてほしい。
「でも愛妻弁当なんてすごいっすよねー。俺も嫁さん欲しいっす。」
「彼女もいないのに?」
「それを言うのはやめて下さいよ……。」
「仕返しだ。」
「えー……、てか中村さんは結婚して何年になるんっすか?」
「二十歳で結婚したからもう七年。」
「すっげぇー!! 七年も一緒にいて未だに弁当作ってくれるなんて、本当にいいお嫁さんっすねー!!!」
「だろう? 当たり前だ。」
「俺に下さい。」
「誰がやるかっ!!!」
………本当にコイツはもう………。
 俺じゃなくてもいい妻なんだ。絶対手放すものか。
 俺が一番愛してる。これだけは断言できるっ!!
「はぁ……、お前は今いくつだよ、山田。」
「え? 俺っすか? 何歳に見えます?」
「………もういい帰る。」
「ちょっと待って下さい! 待って下さい!!! 二十五っす!! 中村さんの二個下っす!!」
「へー。」
「何すかその反応!? なんで質問したんすか!?」
「何となく?」
「じゃあやめて下さいっす!!!」
「えー。」
「えー、じゃなくって!!」
 ははっと笑って誤魔化す。
 コイツをイジるのが楽しくなってきてしまった。
 妻も俺をイジるときはこんな気持ちなんだろうか……。
―――アイツが楽しいと思うんなら俺は何でもいいか……。

―――ピローン♪

「あ、ごめんメール来た。」
「はいっす。」
「じゃなくてLINEだった。」
「じゃあ後でいいじゃないっすか………。」
「いや妻からだからそれは無理な話だ。」
「親バカならぬ妻バカっすね……。」
「聞こえてるぞ。」

つ『つま』しい人 : へるぷ
(12:30)

 どういうことだ。何かあったのか……?
「ちょっと待ってなんか『へるぷ』ってきた。」
「どうしたんすか?」
「分からんから聞く。」

も『だんな』人  : どうした?
(12:30)既読
つ『つま』しい人 : せき、やば
(12:31)
も『だんな』人  : 今から帰る
(12:31)既読
つ『つま』しい人 : ありが
(12:33)
つ『つま』しい人 : とう
(12:33)

「ということで帰る。」
「えー!! 折角の約束楽しみにしてたんすよ、俺!!!」
「知らん。」
「ひっでぇっす!!!」
「………五千円やるからこれで飯食ってこい。奢りだ。釣りはいらん。」
「さっすがっすね!!! ありがとうございますっす!!!」
 そう言うと、山田はどこかに向けて走り出して行ってしまった。
「………ああ、小遣いが……。」
 溜息一つ。
 だけど―――、
―――今は小遣いの心配よりも妻の心配が最優先だ。

□   □   □

「申し訳ありません社長! 早退させていただきます!!」
「ああ、分かった。早く行ってやりなさい、中村係長。」
「はい! ありがとうございます!!」
「………、………コレが無ければ、すぐにでも部長に昇進なんだがな………。」

□   □   □

も『だんな』人  : 大丈夫か、今帰ってる。あと三十分くらい待っててくれ
(12:44)既読
つ『つま』しい人 : え、本当に帰って来たの?
(12:50)
も『だんな』人  : そりゃあな
(12:50)既読
つ『つま』しい人 : ごめん、嘘
(12:57)

「マジかよ!!!!」
 俺がどれだけ心配したと思っているんだ………。

つ『つま』しい人 : 会いたいなーって思って思わず打っちゃった笑
(12:58)

「笑じゃねぇよ!!!!」

つ『つま』しい人 : 怒った?
(12:58)
も『だんな』人  : 怒ってないけど呆れはした・・・
(12:58)既読
つ『つま』しい人 : ・・・・・・ごめん
(13:00)
も『だんな』人  : いいよ、俺も逢いたかった
(13:00)既読
つ『つま』しい人 : じゃあ私の所為じゃないよね。抹茶プリンお願いします笑
(13:02)

「またかよ……。」
 これで何度目だ……。」

も『だんな』人  : 了解……
(13:02)既読

はぁ……、と溜息を吐き、スマホを置く。
 あのプリン屋には通いすぎてしまって、店員さんとは顔見知りになってしまった。
「ここからなら十分くらいかな……。」
車に乗っているとは言え、家から会社とプリン屋は真逆の方向にある。
………正直面倒だ……。
「まぁ、いいや……。」
 妻の笑顔が見れるのならそれでいい。
 娘の笑顔が見れるのならそれでいい。
 幸せに障壁くらいないと割に合わないだろう?

―――俺はそのためなら、なんでもやるさ………、なんて……。


□   □   □


「本当に大丈夫なのか?」
 家に着いた俺は、いの一番にそう尋ねた。
「大丈夫だよー。嘘だって言ったじゃん。ねー、もうふー。」
「うん! おかーさんげんきだったよ!!」
「ほら。」
「……ならいいや。」
 すでに社長に謝ることが確定した。
………何にも無いなら、もうどうでもいい……。
 出世? 
………俺の性格じゃ多分もう無理だよ……。
 さっさと部屋着に着替えて、居間に戻り、キッチンでインスタントコーヒーを啜りながら、
「てかさぁ、前もこんなの無かったっけ?」
 と尋ねる。
尋ねるのは心当たりがあったからだ。
「うーん……、覚えてない。」
「二週間前。」
「んー? 知らない。」
「もうふが熱出たって言って――」
「分かんない。」
「だから――……、ああ、もういい。知らねぇ……。どんどん昇進が無くなってくけど俺は知らねぇ……。」

 二週間前。同じようなことがあった。
 妻からLINEで、

つ『つま』しい人 : もうふが40度の熱出した!早く帰ってきて!!!お願い!!!

との連絡があり、急いで帰宅した所、ぴんぴんとした元気な可愛い娘がお迎えに来てくれたのだ。
「………何? 私達よりも会社を取るの?」
「とるの?」
「んなわけあるか。優先順位くらい分かってるから帰って来たんだっての。」
 何のために働くか?
―――愛する妻と娘のため。
 妻と娘を放って置いてする仕事には何の意味も無い。


「…………ありがとう。」


 背に抱きつかれた。
「……! ………、………。………どういたしまして。」
 驚愕、思考、冷却。
―――そして感謝。
 言いながら、振り向いて。………振り向き様に、俺から―――、


―――キスをした。


 出来るだけ優しく、それでいて長く。
 一瞬前まで飲んでいたコーヒーの苦みなんて感じなかった。ただただ、甘かった。
………娘が見ている?
まぁ恥ずかしくはあるが、今はいい。
―――伝えるべきことが、あるから―――。


「………………大好きだ。」
「……………………………………………私も、大好き………。」


「………………おかーさん、ぷりん。」
「―――じゃ、じゃあ、プリン食べよっか! ほらあなた早く出して!!」
「あ、ああ!!」
 四歳の娘に気を遣われてしまった。
この子はきっといい子になるんだろうなぁ………。
「もうふは抹茶かチョコか普通のどれがいい?」
「まっちゃっ! おかーさんとおんなじのっ!!」
「えー、抹茶はお母さんのものだよー! 誰にも渡さない!」
「子供か。」
「違う!」
「はいはい。」
「てか俺のは無いの?」
「「ない。」」
「ハイ………。」
 買ってきたのは俺なんだけどな……。このままプリンが食べれないのなら小遣いアップをねだらなくては………。
「じゃあおかーさん、まっちゃひとくちちょうだい!! もうふのちょこひとくちあげるから!!!」
「………………何この娘すっごく可愛い………。あ、うん、そうしよっか!」
「おい本音出てたぞ……。」
 というか抹茶・チョコ・ノーマルと二つずつ買ってきたけれど、このままじゃ俺はノーマルだけしか口にできないぞ。
 俺だってチョコや抹茶が食べたいから二つずつ買ってきたんだし。
「な、なぁ俺にも一口ずつちょうd」
「「うん。」」
―――………THEツンデレ天使とはこのことだろう。
 飴と鞭が上手い具合に作用してしまっているのが自分でも分かる。
一生尻に敷かれるんだろうな……。

「はい、じゃあ、おとーさん、あーん。」
「あーん……。チョコも美味いなぁ。はいじゃあ、お母さん、あーん。」
「ちょ、やめてよ……。」
「あーん!」
「……もうっ。………あーん……。んっ……。美味しいわね、普通のも。……じゃあもうふ、あーん。」
「あーん! ん! 美味しいっ!!」
 何故だろう。
 ただプリンを食べているだけなのに。
―――すごく幸せだ。
「娘にあーんってされたら数倍美味しいでしょう?」
「旦那にあーんってされたらさらにうまいだろう?」
「ふふふっ」
「ははっ」
「どーしたの? おかーさん、おとーさん。」
「いや、何でも無いよ。な、お母さん。」
「うん。なんでもないわよ。ね、お父さん。」
「ふふふっ」
「ははっ」
「もーうっ! なんでわらってるのか、もうふにもおしえてよーーっ!!!」
「「教えなーい!」」
「なんでーっ!!!!」

―――こんな幸せが永遠に続けば、それがいいなぁ………、なんて……。


□ ■ □ ■ □


「ごほっ、ごほっ………。~~~~ゲホゲホッ!!」
「! おかーさん、だいじょうぶ?」
「………大丈夫。お仕事するから遊んでていいよ……? ケホッ……。」
「…………うん。じゃあなにかあったら、もうふをよんでね!?」
「うん。ありがとう。」
 最愛の旦那との愛の結晶である最愛の娘、もうふが私の書斎を出ていく後姿は、とても心配している様子がありありと見えた。
「四歳の娘に心配されるって……。ゴホッゴホッ!! ああ~~……、じんどい……。」
 やばいなコレ。
 意識が朦朧としてきた。
 やばいやばいやばい……。
 
―――ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ!!!! ゲホッ!!! ……ヴォェ……。
 
 ついに吐いてしまう。
 止まらない咳。
 息が出来ない。
 しんどい。
頭が回らない。


「…………………たすけて、あなた……。」


 あ、やば………。

―――ガタンッ!!

 座っていたイスが横転。
 視界が九十度回転して見える。
「どうしたの!!!!!??? おかーさん!!!」
 あ……、もうふがわざわざ来てくれた、
 天使に見えた。
 あ、ヤバい。
 もうふがいるっていうことは、……もうふの前じゃんか。
 ちゃんと『お母さん』しないといけないじゃん………。
「…………だ、大丈夫だよ。ゲホッ!!」
 何で咳が出るんだ。もうふに心配をかけるだけじゃないか。
「けど!!!」
「大丈夫。大丈夫だから、ね? とりあえずお父さん呼ぶから……。」
「ほんとにだいじょうぶ?」
 大丈夫じゃ、ない。
 すごくしんどい。
 死にそうなくらい胸が軋む。
 けど―――、


「大丈夫よ。お父さんが来たらお母さんは復活しちゃうし、プリン買って来て貰えたらさらに大☆復☆活よ!!」


 私は、母だ。
 もうふにとっては世界で一人だけしかいない、母親だ。
 そんな母が娘を心配させてどうする?
 有り得ない有り得ない。
「………、………よかった、ふっかつだね! じゃあ、もうふ、どらえもんみてくるからね!!」
「うん、行ってらっしゃい。」
………娘が行った。
「………。………こほっ……。」
 ああダメだ。
 咳をしたらダメだ。もうふが心配してしまう。
 だから、咳をしたらダメだ。
 咳をしたらダメだ。セキをしたらダメだ。せきをしたらだめだ。せきをしたらだめだ。せきをしたらだめだせきをしたらだめだせきをしたらだめだ――――、

つ『つま』しい人 : へるぷ
(12:30)

―――つーーっと、滴った。
「あれ? なんでだろ……?」
 涙が零れた。
 また迷惑を掛けてしまう。二週間前もこうだったのに。
「だからか、な……? 何で? なんで……?」

も『だんな』人  : どうした?
(12:30)

「~~~~~っっっ!!!」
 分かった。
 涙が零れた理由が。


―――優しすぎるのよ、あなたは……。


 優しすぎるから、頼りたくなるのよ。
 優しすぎるから、泣きたくなるのよ。
 優しすぎるから、甘えたくなるのよ。
「どうしてこんなに返信が早いのよ? サボってんの?」
 文句は山ほど出てきた。
 けれど。それよりも。何よりも……!


「………嬉しい……。」


 たった四文字で救われた気持ちになる。
「ゴホッゴホッ……。や、やばい……、これ……。」
 そんな気になっても目の前にその人はいない。
 朦朧とした頭で、精一杯頑張って―――、

つ『つま』しい人 : せき、やば
(12:31)
も『だんな』人  : 今から帰る
(12:31)

「何でそんなに、してくれるのよ……?」
 私はそんなに可愛くだってないし、我儘ばっかり言うし、家事もあんまりできないし。
「そんな私をいつもいつもあなたは………っ!!」
 鼻水まで垂れてきた。
 嬉し涙か風邪によるものかは分からない。
 だけどこれだけは言える。
………絶対に今の顔は見られたくない。
 見られたくなくても、私の旦那に伝えたいことがある。
「本当に私はあなたに―――、」

つ『つま』しい人 : ありが
(12:33)
つ『つま』しい人 : とう
(12:33)


「―――感謝しているの。」


□   □   □


も『だんな』人  : 大丈夫か、今帰ってる。あと三十分くらい待っててくれ
(12:44)

「おかーさーん、はい、おちゃのんで!」
「ん。ありがとう、もうふ。もうだいぶ落ち着いたよ。」
「よかった! おとーさんは?」
「もう帰って来るって。」
「ぷりんもって?」
「あ、忘れてた。」
………プリンの話をしなくてはいけなくなってしまった。
 けれど、このまま咳がひどい状態のままじゃ、「プリン買って来て」なんて言うのも変だし………。
「やばいどうしよう返信しなきゃ。あ、もう五分も経ってる。あああどうしよう!!」

つ『つま』しい人 : え、本当に帰って来たの?
(12:50)

「やってしまったあああああ!!! ―――ゴホッゴホッ!!」
「だいじょうぶ?」
「きゅ、急に叫んだらダメね。やっぱり。」
ああどうしようどうしよう。本当に最悪だ。
何よこの聞き方。逆に心配されちゃうじゃないっ!

も『だんな』人  : そりゃあな
(12:50)

「ああああああああ!!!! 大好きよ、あなたっっっ!!! ―――ごほゲホゲホッッ!!!」
「………だいじょうぶ? おかあーさん……?」
「う、うん。メンタル以外は大丈夫よ……。」
「めんたる?」
「恥ずかしくて死にそうなの。」
 自分がやってしまった事を悔いる気持ち。
 それにたいするお咎めすらない優しい旦那への感謝。
 病気のときに言い寄られるとさらに好きになってしまう吊り橋効果(?)。
―――うん、やばい。消えてなくなりたい。
「しんだらやだよ!!! おかーさんしなないで!!!!」
 あああ! 今度はこっちがパニクった!!
「あ、泣かないで泣かないで。嘘嘘、嘘だから。冗談だから大丈夫よ! 言葉の綾だから大丈夫よ!!」
「おかーさん、しなない?」
「うん! 死なない! 元気元気!!」
「……よかった!」
 こっちもよかったです泣き止んでくれて。
「ごめんね、心配させて。」
「だいじょうぶだよ! もうふつよいもん!!」
「そうだね。もうふは強いもんね。」
 そう言う娘の頭を撫でる。
くすぐったいと嫌がるがそんなこと気にしない。
だって、顔が満面の笑みなんだもの。
………心配させてしまったのはもうふだけじゃない。旦那もそうだ。
 どうしようどうしよう。
 心配させたくない。
 そりゃまぁ心配してほしいけれど、自分から言うのは何か違う。
「――――――謝らなきゃ。」
 心配はしてほしい。
 けれど信用を失うのはもっと嫌だ。すごく嫌だ。
だから私は、いつもの『私』を心掛けて―――、

つ『つま』しい人 : ごめん、嘘(12:57)

ダメだ、コレじゃダメだ。
コレじゃただの酷い人だ。
恥ずかしいけれど、本心を伝えないと………、

つ『つま』しい人 : 会いたいなーって思って思わず打っちゃった笑
(12:58)

「笑って何よ私!」
「あ、もう、せき、とまったの? おかーさん。」
「………驚きすぎて出なかったのかな………? コホッ………。」
 絶対に怒ってる。この文面はフザケ過ぎた。

つ『つま』しい人 : 怒った?
(12:58)

 あの人が怒った所は見た事がない。
 だけど、あの人が怒ったらきっと―――、
「別れる、とか、嫌だな………。」
 有り得ない。とは思う。
 何年も一緒にいるが、これだけ愛してくれる人は他にはいないだろう、と断言できる。
「どうしたの? おかーさん。」
「………ん、何でも無いよ。」

も『だんな』人  : 怒ってないけど呆れはした・・・
(12:58)

「ですよねー。そうなりますよねー。あなたって人は本当に、優しい……。」
 私が言って欲しいことをしっかりと分かってくれている。
「おとーさんはやさしいよ!!」
「本当にね。」
謝らなきゃ………。
どう謝るべきか?
―――すみません?
いや違う。
―――実は本当なの、って言う?
 それは無い。心配だけは掛けたくない。
「ダメだ、とりあえず―――」

つ『つま』しい人 : ・・・・・・ごめん
(13:00)
も『だんな』人  : いいよ、俺も逢いたかった
(13:00)

「………何この人、神か何かですか!!? ヤバい!! ヤッバイ!!!」
「おかーさん、おちついて。」
「コレが落ち着いてられるもんですか!!! もうふ、こっち来て!!」
「え? うん……。」
 我が親愛なる娘、を思いっきり抱く!!
「もうっ! いたいよっ! おかーさん!!」
 そう言って、娘が私を振りほどいて壁際に逃げる。
「あ、ごめん………、優しくするから、もう一回。」
「えーっ……。」
「そこを何とか。」
「じゃあぷりんはやく!」
「………忘れてましたごめんなさい。」
 いやもう幸せ過ぎて………。

つ『つま』しい人 : じゃあ私の所為じゃないよね。抹茶プリンお願いします笑
(13:02)

「はい言っといたよー! だから早くハグー!!」
「うん!!」
「ああかわいい!! もう幸せだ! 幸せ過ぎる!!!」
「よかった。おかーさんのせきがとまってもうふもうれしい!!」
「…………咳のことはお父さんには秘密にしてね。私達二人だけの秘密。」
「うん!!」
「プリン二つ食べてもいいから。」
「やったぁ!!」
―――娘のことを思うと、つらい咳も止まる。
―――あなたのことを想うと、幸せになれる。


………だから私は、こんな幸せがいつまでも、いつまでも続けばいいなぁ、なんて……。



□ ■ □ ■ □


2017ねん 4がつ 3にち はれ

 きょうも おかーさんの せきが ひどかった
 おとーさんが かえってきたら
 おかーさんが げんきになった
 おとーさん すごい

 みんなで たべた ぷりん おいしかった!


□ ■ □ ■ □

一章

「あ、あった……。」
 入学式。
 クラス割表に自分の名前があった時の安心感は、とてもじゃないが言い表せない。
「一年五組か……、遠いな……。」
 五組と六組だけ北校舎の四階。
 同じ学年だと言うのに、クラスごとに階差があるなんて、学年が仲良くなることが出来無さそうだな………。
 入学式をつつがなく終え、同じクラスに同じ中学出身者がいないことや、塾に通わず高校に入学したこと、それと人見知りな性格が災いして、めでたくボッチとなり、帰宅。
 ここまでがいつものパターンだろうな、と思っていた。
 思っていたのだが……、


「ねぇ、中村くんだよね! 私、田中!! これから一年間、よろしくね!!」


……………………女神が降臨した。この昏い闇の世界に。


―――一目惚れだった。
 もうそれはもう一目惚れだった。
 肩まで伸びた艶々とした黒い髪。制服を程よく崩した着こなし。ほのかに香るいい匂い。大きくも無く小さくも無いジャストサイズな胸。目線。顔つき。身長。体格……。
―――ドンピシャ好みのタイプだった。
 自分でも驚いた。
「え、あ、うん………。よろしく、田中さん……」
「あ、中村くんは部活どこ行くか決めた!?」
 まだ話し掛けてくれるんですか女神様!!?
「え、いや、まだ………。」
 どうして俺はいつもこう緊張して言いたい事がハッキリと言えないんだ!!
「私、文芸部にしようと思ってるんだけど、今の所誰も入らないみたいで………。」
「文芸部?」
 初耳だった。
 あまり聞かない名前だ。
「えっとね、小説とか書いたり、短歌とかやったり、………ようは好きなことができる部活だよ!!」
「ふーん………。」
 また素っ気ない態度を取ってしまう。
 興味が無いわけじゃない。
だけど――、
「よく分からないね、その部活……。」
「ごめん、説明不足で……。」
「え! いや、そんなことないよ!? 逆に興味が湧いたから、見学してみる。」
「え、本当!!!??」
 途轍もない喰い付きだった。
 一瞬、殴られるのかと思ってしまった。
「やった!! じゃあ一緒に行こうよ! 今日!! 今から!!」
 と言う田中さんは俺の手を掴み、立ち、走r
「え、まだホームルーム終わってないよ!? だから今、先生待ってたんでしょ!?」
「いいの!!!」
「いや、よくねぇよ!!!」


□   □   □


 担任の先生にこっぴどく怒られた後、俺達は文芸部の部室前に来ていた。
「ごめんね………、私の所為で怒られちゃって………。」
「………いや、止められなかった俺も悪い………。」
「ごめん………。」
「いや、もういいよ……。はやく入ろうぜ。」
「うん………。」
 微妙な空気の中、俺達は部室に入ろうと、ドアノブに手を掛け――、


「―――お、新入りか?」


 肩に手をポンッと置かれる。
「!」
 驚いた。
 茶髪の、眼付の悪い、見るからにヤンキーさんの先輩だった。
 そんな先輩が来られたこともそうだし、手を置かれたこともそう、さらに自分がこんなことに驚いてしまった事実に驚いた。
―――自分がどれだけのコミュ障か、思い知らされたようで………。
「は、はい!! 文芸部に入りたくて来ました!! 田中です!! よろしくお願いします!!!」
「おう、よろしくな。お前も?」
「え、えっと………、」
 急な質問に答えられないのは俺の悪い癖だと自認している。
「い、いえ、中村くんは見学です! 無理言って着いて来て貰いました!!」
「ふーん……、何? お前ら、付き合ってんの?」
「え!? そ、そんなことないです!! 付き合ってません! 友達です!!」
「…………………はい、友達です。」
 付き合ってないと断言された少しの哀しみと、友達と言ってくれた嬉しさが微妙に交じり合って、何故か反応が遅れてしまった。
何となく悔しかったけれど、まだ出会って初日。
友達と言われるだけでも俺は嬉しかった。
「ふ~ん………。はぁ……、成程ねぇ………。」
 どういうことですか何が成程なんですかもうお見通しってことですか先輩!!?


「まぁ………、その………。頑張れよ、中村も……。」


「………はい……。」
…………すごくいい人でした。ヤンキーとか思ってしまってすみませんでした………。
 他人を見かけで判断することは罪だと、今更思い知る。
「まぁとりあえず、ここで話し続けるのもナンだから、入れよ、新入りども。」
 文芸部の部室は、校舎に隣接した部室棟二階の一番端。
隣の美術部、さらに隣のESS部は、部員が居ないそうで文芸部の部室は妙に寂しい。
「失礼します……。」
「あ、失礼しまーす!!」
 例えどんなに寂しかろうが、ここでは俺が一番の後輩。
 挨拶やなんだの礼儀だけはしっかりとやらなくては。


「あ、新入部員? 早いね……。私、ちゃんと挨拶出来るできる子は、好きよ……?」


―――グッラァマナスな大人の女性だった。
 ボンッキュッボンッ。
その一言で全てが形容出来そうな先輩だった。
 髪をお団子で纏め、一つに括っているのが何故か子供っぽく感じる。
「……………きれいです、先輩………。」
 田中さんまでもが思わず見惚れていた。
 女性が女性を本心で褒めることなんてない、と聞くが、コレは仕方のないモノだろう……。
でも何故か、どこかで見たことがあるような………。


「ちょ、先輩、一応は俺の彼女なんすから、そういう好きとか言うのは………、」


 え、付き合ってるんですか、先輩達!?
―――俺、この男の先輩を尊敬するよ。すげぇ………、一生付いて行きたい………。
「そんな嫉妬はいらないよ。柴田君。私がどれだけアナタを好きか、知ってるでしょう?」
「っ。」
 何ですかこの謎のラブコメは!
「はわわわ………。」
 はわわわって! 田中さんがはわわわって!!
「…………、ごめん。ふざけ過ぎた。この子達、入部するの?」
「っ、っと、こっちの女子は入部するそうっすけど、そっちは………。」
「―――入って。今すぐ。」
「ハイッ!!!」
 睨まれた。
 すごい勢いで睨まれた。
 声が裏返ってしまったのも仕方ない。仕方ない筈だ……。
「よし、良い子だね。じゃあ入部届取ってきなさい。」
「あ、はい!」
「あ、私も行くよっ!!」
………何故か、すごく怖かった。………何故だ……。
 この琴線に触れられる感覚が、何と言うか………。


「よかったよー! 中村くんが入ってくれて!! 私すっごく嬉しいよ!!!」


「え、あ、うん………。」
 ヤバい。
 可愛い。
 何この笑顔。きっと天使か何かだ………。
「ていうかさ、先輩達すっごく優しいよね!」
「あ、うん……、まぁそうだよね……。」
 そんなに優しくなさそうってことよりも、田中さんが話しかけてくれたって言うことが嬉しくて、緊張してしまう。
「………、入部届ってどこにあるのかな?」
「…………………あ、」
 よくよく考えたら知らない。
 ていうか入学初日に部活に入るヤツも訊いた事がない。
「………よくよく考えたら入学初日に部活に入るって中々おかしいよね、私達……。」
「俺も思ってた………。」
「………。」
 何故黙る!?
「で、でもさ。俺はもう入るって決めたし! とりあえず先生に訊いてみようぜ!」
「あ、うん……!」
 これで、良いんだろうか。
 正直言って、俺は田中さんに惚れた身だから何も言えないが、ここまで付いてくるなんて、いい加減に田中さんも俺の気持ちに気付いているんじゃないか………?
―――そう考えるとすごく恥ずかしいな………。
 でも、俺だってやる気はあるんだ。
 いつまでかかってもいい。
 絶対に気持ちを告げる。
「あ、先生いた! 私行ってくるね!!」
「あ、俺も行く。」
 たった、と駆けていく田中さん。
 その後ろを追いかけていく俺は、多分、凄く滑稽なんだろうな………、なんて。


□   □   □


 五月、初夏の頃。


「あ、ダーリン! 帰ってきたn………、………ごめん中村……。」


「………。」
 学校にも慣れてきた頃、部活にも足蹴よく通い、何となく怠惰な日常を過ごしていたその日。
 俺は地雷を踏んだ。
「お、俺、ジュース買ってきますね!!!」
 とりあえずここは一度身を引くのが吉―――、
「待て中村ァ………。」
「ヒィッ!!」
 思わず叫ぶ。
 鬼かと思った………。
「ヒィッ!! って何!? 先輩だよ私!」
「す、すみません、佐藤先輩!! 俺は何も見てません!! 俺はジュース何がいいか聞きに来ただけです!!」
「もう柴田君が行ってくれたわよ………。」
「そ、そうなんですか!? 四人分だと重いと思うんで、俺、手伝ってきます!!」
「だから待てっての!!」
 ガッ、と首根っこを思いっきり掴まれる。
「ぐへっ!」
「ちょっと座って。」
「いや、いいでs――。」
「座れ。」
「………ハイ。」
 正座だった。
冷たいタイルの上に直に正座だった。
「で、よ。」
「で、ですね………。」
いったい何を言われると言うんだ。
 怖くて仕方がない。
 いや、正直あんなことを言っていた先輩が怖い。
 色んな意味で。
「………、他の人には内緒だからね。分かってる? 中村。」
「はい、それは勿論。」
 きっと言ったところで誰も信じてくれないだろう。
 学年TOPの博識な佐藤先輩が年下のヤンチャっぽい彼氏のことを『ダーリン』と呼んでいると言っても。
「………ねぇ、」
「はい。」
「絶対に秘密だからね。」
「はい。何回言うんですか……。」


「不安なのよ。『私』が『私』じゃなくなりそうで。」


―――まぁ、確かに先輩のイメージは変わった。
 『凛としたカッコイイ先輩』が今や『恋に浮かれる可愛い少女』に見える。
「ね?」
「………確かに、そうです。」
「でしょう?」
「でも、俺にとっては『先輩』は『先輩』です。例えどんなに変わっても、尊敬すべき人です。」
「…………。」
 アレ? 俺なんか変なこと言った?


「―――なんで柴田君と同じこと言うのよ、君は………、」


―――ガラガラガラッ……。
「あれ? 中村来てたのかよ、じゃあ手伝いに来いよな……、四人分なんてマジで持ちにくいんだから。」
「あ、すみません……。」
 ちょうど戸が開く音に重なって佐藤先輩の言葉が聞こえなかったが、秘密にしろと言われたのでこれ以上は聞けない。
「ほらよ。」
「あ、ありがとうございます。」
 投げ捨てられたパック詰めのジュースを受け取る。
「え、何ですかこの味?」
「不味いことで有名な『黒ゴマオレンジミルク』。」
「絶対に不味いじゃないですかコレ!!」
「いや、固定ファンがいるそうで、販売中止になるほど不味い訳じゃ無いらしいぜ。俺は嫌いだけど。」
 でもそういうギリギリのラインをウロチョロしてるってことですよね!?
「まぁ、四の五の言わずに飲め。美味しいかもしれないだろ?」
「えー………。」
 仕方なく、本当に仕方なく。ストローに口を付ける。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何かもうニオイだけで………。」
「飲め。」
「飲みなさい。」
「どうして佐藤先輩まで!?」
「………何となく、かな? ほら早くしなさい。一口でいいから。」
「…………ハイ……。」
―――覚悟を決めろ、男ならやる時はやれ。
………いや、こんな所でこんな覚悟をする必要はないんじゃないか?


―――………ゴクン……、ん……。………あ、ヤバ…………。


「~~~~~~~!!!!!」
「あ、吐くならトイレ行って来いよー。」
 コクコクと頷く。
―――コレ、無理だ、マジで。


□   □   □


 お花畑に肥料を撒いて、部室に戻ってくると、


―――俺の飲んでいたジュースを美味しそうにゴクゴクと飲んでいる田中さんが、いた。


「! コレ美味しいです先輩! 何でもっと早く教えてくれなかったんですか!!?」
「いや、あの………。あ、中村、よく帰って来たな勇者よ。だがまた事件だ。しかし言っておくが俺は止めたんだぜ? 一応は。衛生上の問題とか、男にしかわからない問題とか………、色々あるから、止めたんだぜ? 俺は………。」
…………………………微笑する。
「大丈夫ですよ俺そういうのはあんまり気にしないですから。」
………………………………………微笑する。
「一応、私も止めたのよ、中村君。だからその顔やめて。達観した菩薩のような顔をやめて!!!」
……………………………………………………微笑する。
「えー……。俺、そんな顔してないですよー……。」
…………………………………………………………………微笑s


「ん~~っ!! 美味しいっ!! あ、これって………、よくよく考えたら、間接キs」


「「あああああああ!!!!!」」
「ど、どうしたんですかっ!!? 先輩達!!」
「いや、何でも無い。」
「何でも無いわよ。」
「………じゃあ止めて下さいよー、びっくりします。」
「……………………………………………………お前がやめてやれよ。」
「しっ!」
「?」
………………………………………………………………………………。
「とりあえず、俺、ちょっと頭痛くなってきたんで今日は帰ります………。」
「お、おう。まぁ頑張れよ、中村。」
「頑張りなさい、中村君。」
「え、中村くん帰るの? じゃあ私も一緒に帰r」
「「今日は俺/私と一緒に帰ろう!!!」」
「え!!?」


□   □   □


『間接キス』
「―――何をやってくれてるんだあの人はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 止めて下さい止めて下さい。
 そりゃあ男の妄想をぶつけたりしたことはまぁ多少少しそれくらいはあるけれど、現実に起きるとソレは何と言うかとても恥ずかしいんだよ!!!
「ヤバいヤバいヤバいヤバい。」
 たかが間接キス?
 俺がやった訳じゃ無い?
 でもあれは多分、分かっててやってましたよ奥さん!!
 ! 分かっててやるってことは………、
「………いや、ない。」
うん。
「ないない。」
うんうん。
「ないないないない!」
 うんうんうんうん!
「絶対にそれはない勘違いだって!!」
 うん!!!
「それはそれで少し悲しいな……。」
………うん。
「もう寝よう………。これ以上考えれば考える程、きっともっと悶えることになる………。」
 そう思って、俺はとりあえず、思考停止することにした。


□   □   □


「嘘、だろ……?」
 四〇度。
 眼前に見える視界がぼやけて見えたのは熱っぽかったから分かる。
だけど、四〇度って………。
「どう? 熱、あったの?」
 そう尋ねる母に、体温計を突きつける。
「嘘でしょ、五月よ……?」
 嘘じゃないです見たら分かります。
「…………、私、今日休むから、あんたは早く寝なさい。」
「うん………。」
 どうせ休めないんだろう?
 知ってるよ。
 うちはシングルマザーで、母さんはいつも、『休んだら信用を無くすからね……。』と口を酸っぱくして俺に言い、どんなに疲れていても毎日出勤していた。
「………ハァ、あんたが考えてることくらいお見通しよ、今日は絶対に何があっても休みを取る。だから寝なさい。」
「……………………………分かった。」
 お見通しだそうだ。
いつも俺が困っているときは、自分の事を後回しにする。
―――だから母さんなんて嫌いなんだ。
 氷枕を用意し、自室のベットに潜り込む。
「あ、ダメだ。スマホを触る気にもなれない………。」
 だけど流石に部にくらいは連絡を入れた方がいいだろう。
 そう思って、仕方なく、重い体を動かし、その辺に転がっていたスマホを取r――、
「―――アレ、ない………。」
 枕元に置いていたはずのスマホが無い。
「あ、落ちてる……。」
 あった。けれど、ベットの下に潜り込んでいた。
 手を伸ばすが、取れない。
「あれ? 指が当たってるんだけどな………。」
―――スカッ、スカッ。
 ダメだ取れない。
「くっそ、一回立たなきゃいけないか………?」
立つのもしんどい。
 だけど取らないと。
「〝あ〝あ〝あ!!! よっごいぜ!!!」
 あれ? 俺の声ってこんなんだっけ?
 てか今まで声出てなかったのか?
「………よし、取れた。」
いや、多分声は出てる。
―――ボフッ、とベットに倒れ込む。
 とりあえず連絡しなきゃ………。

中村@文芸部 : ねつ40度出ました。今日はやすみます

あ、ダメだ……。
もう俺の全気力を使いきった………。
………もう、寝る………。


□ ■ □ ■ □


いない。
 後ろの席に中村くんがいない。
 いないのに授業が始まっている。
―――遅刻かな? そう思っていた。
 だけど違った。

 いない。
 後ろの席に中村くんがいない。
 いないのにもう昼休みが終わりそうだ。
―――サボりかな? そう思っていた。
 中村くんに限ってそんなことはしないだろう。

 いない。
 後ろの席に中村くんがいない。
 いないのにHRが終わってしまった。
―――本当に、どうしたのかな………?

 心配だった。
 心配で、胸が張り裂けそうだった。
 昨日のアレよりも胸が痛かった。
「あれ? 見てないのかお前、中村熱でたから休むってよ。」
「本当ですか!!?」
「お、おう……。」
 部活の時間、柴田先輩に中村くんのことを尋ねると、そう返って来た。
 それに対する、私自身が驚くほどの喰い付き。
 あれ? 絵私ってこんなに行動的だったっけ?
「40度だってよ。昨日のアレで色々堪えたんだろうな………。男って言うのはそんなもんなんだよ………。」
急に悟った表情になった柴田先輩は、「俺、ジュース買ってくるわ……。」と言って、部室を出て行ってしまった。
「田中ちゃんは今日、スマホ持ってきて無いの?」
 尋ねてきたのは佐藤先輩だった。
「………はい。今日は忘れちゃって……。」
 今日この時ばかりは自分を呪いそうになった。


「………………今日は、部活無しにしようか。」


「え……?」
「私用事あるし、彼氏と可愛い後輩を二人きりにするのは癪だし。」
「え、私何もしないですよ!」
「でも、よ。嫌なものは嫌なの。」
「えー……。」
 絶対に何もしない。というか、先輩が何もしてこない。
 柴田先輩は意外とそういうことを気にする人だ。
だから私が例え何をしようと、あの先輩は何もしてこない。
まぁ私も何もしないけれど。
「ねぇ、田中ちゃん、私達が付き合っていることを知ってるのは、文芸部の子達だけだから、皆には絶対に秘密ね?」
「はい! もちろんです!」
「一応、親にもバレてないから。」
「すごいですね!」
 あのくらいあからさまだと、すぐにバレそうなものだけれど、やはり佐藤先輩はこの高校一の秀才。親や周りの人に絶対にバレない方法があるんだろう………。
「そんなに目をキラキラさせなくても、教えてあげるわよ。皆に秘密で付き合う方法。」
 目は口ほどにモノを言うとはこのことだ。今すぐにでもご教授願いたい。だけど。
「………でも、」
「?」
「………今はいいです。私にも用事が出来ました。」
「………、………。そう……。」
―――行かなきゃ。今すぐ。
「はい。じゃあ、私、行きますね。」
そう言って、教室を出――、
「じゃあ、ちょっと待ちなさい。」
「でもっ!」
「住所分かるの? 田中ちゃん。」


□   □   □



「あの子にガツンと言ってやりなさい、田中ちゃん。」



□   □   □


 ヤバい。
すごく恥ずかしい。
 さっき住所も知らずに駆けだした時よりも恥ずかしい。
 入学式初日に知らない男子に声を掛けたときよりも………!!!
 顔が赤く染まっているのがはっきりと自認出来る。
 目がグルグルと廻っている。
―――恥ずかしい。
 羞恥心が心を染めていく。
 だって――――、


――――――――――――キス、しちゃったから。


………しちゃった。しちゃった!!
 どうしようどうしよう。
 家に入れて貰うときにお母さんに『カノジョさん?』って聞かれた時も焦ったけれど、今、すごく、焦ってます。
 しかも焦って『その予定です。』とか言ってしまったけれど、その時よりも数倍、いや数億倍、今の方が、焦ってます。
 ヤバいです。
 何故か敬語です。
 半端ないです。
 焦ってます。
 自分がアワアワしてるのが分かります。
 きっとまたはわわわ言ってるんでしょう。
―――いやいやいやいや、ヤバい。
 これはヤバい。
 気持ちいいとか思ってしまったのも、ヤバい。
 風邪がうつってしまっても、ヤバ―――、
―――それはまぁいいか。中村くんが治るならそれでいいや。
 で、でも、まだ告白もして無いのに寝込みを襲った形になるし。
 いくら可愛かったからとはいえ、カノジョの一人や二人いるかもしれないし。
そうなると勝手にNTRしてしまったことになるし……。
ああ、ダメだダメだ。
 考えれば考える程に泥に嵌っていく。
「ああもう取りあえず冷えピタ変えてあげないと!」
 さっきもそう考えて、キスをしてしまったのだ。
 だから今回は絶対にキスしないぞ!
―――とりあえず、貼らなきゃ―――、


「――――――好き、………です……。」
「…………………………………………俺も、……好きだ……。」


「………。」
「………。」
「………え、起きてたの?」
「………うん。」
「………いつから?」
「………最初からずっと。」
「………何で言わなかったの?」
「………夢だと思ってた。」
「………いつ夢じゃないって気付いたの?」
「…………………………………………………………キs」
「いや言わなくていいです本当にごめんなさい。」


―――――――――ヤバい!!!!!! 果てしなくヤバい!!!!!!!!!


「…………ごめん、とりあえず私帰るね?」
 恥かしさが大パニックしているので一刻も早く家に帰りたい。
―――ガッ、
 腕を強く、掴まれた。
「―――っ!」
「………ごめん、強すぎた。」
「うん……。」
お願いだから早く帰らせて!! 私もう顔が真っ赤なんです!!


「―――田中さん。もうちょっと。もうちょっとだけでいいから、ここにいてくれない、かな……? じゃないと俺、こんなことまで夢だって思ってしまいそうで………。」


―――そう言う中村くんの腕は震えていた。
 きっと、怖いのだろう。
 中村君はあまり友達がいない。中学の時からそうだ、と彼自身が言っていた。
 この言葉も、告白も、途轍もなく勇気が必要だったのだろう。


―――だけど、私は、そんなあなたが好き。


「うん、もちろんだよ。夢だったなんて言わせないよ。私の彼氏さん。代わりに『黒ゴマオレンジミルク』奢りね?」
「………ははは、もう彼女さんの尻に敷かれ始めてるのか、俺。」
「そうかもね。」
「………やめてくれよ………。」
 違うよ、尻に敷かれているのは、私。
 惚れたのは両方でも、先に言った方が言われた方に従うしかないの。
 ケンカと同じ。
 先にした方が、負け。
「―――私の負けだよ、中村くん………。」
「………ごめん、なんて言った? 頭がボーっとしてて……。」
「ううん。何でもないよ。」
「………えー……。」
 掴まれた手はいつの間のか離され、絡まれる。
 だけど嫌じゃない。
だって、


―――中村くんを、愛しているから。



□ ■ □ ■ □


一年生が居ない部室。二人っきりの部室。
 一か月ぶりに彼にベッタベタに甘えることの出来る花園の完成だ。
「ねぇ、ダーリン、私の事好き?」
「好きじゃないです。大好きですよ、朱理さん。」
 一瞬すごく焦ったが、その後に最大の幸福が待っていた。
 怒ろうかと思ったが、今はどうでもいい。目いっぱい甘えたい。
「ねぇ、そろそろ敬語やめてよー。二人っきりの時くらいはいいじゃないー!」
 そう言って、彼の肩をガクガクと揺さぶる。
「いや、もうこれは癖と言うか……、一応朱理さんは俺の彼女なんで頼みは聞きたいっすけど………。」
「…………じゃあ、やってよ………。」
「えー……。」
「お願い。」
「………分かりました。ちょっと待って下さい………。」

読むことが仕事のあなたへ。

読むことが仕事のあなたへ。

成長の物語

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-09-30

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著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 序章
  2. 一章