もう、同じ夢はみれない
9月期のSS分です。
幼さを出すために、ですます調を使いましたが、なれないことはやるべきではないですね……。
たくさんNGを出してしまいましたが、最終的に、この形になりました。
毎月SSを出していくので、よければそれも、みていってください。
もう、同じ夢はみれない
もう、同じ夢はみれない
the134340th(ホシ)
点滴が、またポツンと落ちました。音なんか鳴らないのに、なぜだか、そう感じました。灰色の管、繋がっている左腕、ホルター心電図、煤けたカーテンに囲われて、あとは無機質なベットと、わたしがいつも愛用しているラジオ。
隣のベットのおじさんは、この間お亡くなりになりました。わたしの目の前で、あっけなく、息を引き取りました。
ここがそういう場所なのだと、気付いたのは、わたしが七つの頃。わたしには、学校に行く権利もなければ、パパやママに甘えることも、そして大きくなることさえ、許されないのです。
退屈です。この病院には、何もありません。テレビはついていますが、有料ですし、周りはおじいちゃんおばあちゃんばかりです。時々、幼い子も入院しますが、そういう子に限って、必ずお亡くなりになります。
不思議です。亡くなったって、無くなったと同じ読み方。生きているときは、ひとりふたりって数えるのに、なぜだか死んだら一体二体って、数えます。
わたしは思います。死んだら、どうなるのかなって。天国や地獄に行くのかな、それとも、お星さまになるのかな。ずっとずっと、夢ばっかりみてるのかな。
うんうん、どれも違う。わたしが思う死んだ状態っていうのは、夢をみていない、眠っている状態と一緒だと、わたしは結論付けました。だからわたしたちは、毎日一回ずつ、死ぬ練習をしているのです。そう思うと、なんだか死ぬのは、別に怖くないことなんだなって、それとなく気が付きました。
死期はもうすぐです。苦いお薬を飲むこともなければ、点滴もなくなります。そして、パパとママに会えることも、できなくなります。
どこでそれを知ったのでしょう。いえ、悟ったのかも、しれません。この間、ママがわたしをどんな顔をしてみていたのか、わたしにはわかります。
涙は必死にこらえていましたが、深い深い、目の下のクマ。涙が流れたあとの、まだ乾ききってない、涙痕。それはもう、決して枯れそうには、ありませんでした。
緩やかに迫る死期ですら、何かの出来の悪い小説の一部とすら、思います。いえ、そうであって欲しいのです。わたしの命も、誰かの心に、残っておいて欲しいのです。
あぁ、幼い頃に遊んだともこちゃん、元気でいるのかな。また、会いたい。でも、きっとわたしの顔なんて忘れて、今も学校でお勉強をしているんでしょうね。
わたしは気まぐれに、ラジオを付けます。テレビと違って、よく音楽が流れるところが、とってもいいです。まるで一期一会みたい。そう、この言葉が、ぴったりです。
わたしの好みの曲があれば、よくのわからない音楽も流れます。でも、それすらいいと思えます。
あっ、この音楽。聴いたことあるし、わたし好みの曲です。
曖昧に鼻歌を鳴らします。
もしもわたしにお金があったら、そうしたら、お気に入りの音楽をいつでも流せるのに。高い入院費を払っているパパとママに、強請ることすら、億劫に思います。
あれ? なぜでしょう。好きな曲を聴いているはずなのに、なぜだか暗い気持ちになりました。
よくないな、うん、よくない。この考え方はよくないです。
なんだか、わたしがわたしでなくなるような、そんな考え方。どんどんぼやけて行って、蜃気楼のように溶ける。そんな感覚。
わたしはいつの間にか、ラジオを放り投げていました。もう、寝よう。
そう、死ぬ練習です。練習すれえば、死ぬことすら、怖くありません。そう、だから、わたしは眠りに就くのです。
おやすみなさい。
※
やぁ。数時間ぶり。元気にしてた? 今日はよく会うね。まぁ、毎日会ってるんだけどっさ。でも、あんまり寝すぎるのも、よくないぜ?
あぁ、わかるよ、君の気持ちは、さ。でも、それだけじゃ浮かばれないだろ? もう少しはさ、楽しく過ごそうよ。限りある命なんだからさ、じゃなきゃ、僕も悲しいよ。なぁ? そうだろ?
今日は君の大好きな、パパとママも来るしさ、ちょっとは楽しそうにしないと。
えぇ? また死人をみにきたって思うのかい?
色褪せないね、君のそういうところ。まるでずっと後ろ向き。風向きは、いつも向かい風。
仕方ないって? そりゃ、まぁ、そうだけどさ。
でも、僕はずっとずっと、君のことを知っているんだよ。誰よりも、もしかしたら、君よりも、君のこと、知っているんだ。だから、君が嬉しいと、僕も嬉しい。君が悲しいと、僕も悲しい。だから僕は、君が幸せになるべき方法を、ずっと探っているんだ。それは、決して嘘じゃない。
アハハ、こんなこと、夢の中で言っても、どうせ忘れ去られるんだけどね。ハハッ。でも、そんな僕のだって、実は結構辛い思いをしてるってことも、いつかは理解してくれると、僕は嬉しいな。
さぁ、短い夢はおしまい。もうパパとママがくる。
えぇ、どうしてそんなことがわかるのって?
だって、いつも来る時間は、これぐらいだったし。ほら、僕は君のこと、よく知っているだろう?
僕も、ずっと君の体に住まわせてもらっているからね。だから、自然とわかるんだ。
切っても切れない、まるでパパとママの遺伝子みたいな、僕たちの縁。大切にしよう、ね?
あぁ、ほらほら、早く起きないと。
ラジオ、ちゃんと拾っておきなよ。さっきまで立ってたんだ。立てないわけがないだろ?
なぁ? そうだろ?
じゃあ、お話はここまでだ。また話せるよ。きっと、ね
※
いつもみている夢をみました。夢の中は真っ暗なのに、どこを手探りしても、姿形なんてどこにも見当たらないのに、わたしのことをどこまでも知っていて、だからかなぁ? 少しだけわたしをからかうような、でも、どこかで優しく頭を撫でてくれているような、そんな夢を、みていました。
この夢は幼い頃からみています。わたしの中に、もうひとり、わたしがいるような、そんな夢です。
パパとママにも、話したことはあります。あるのですが、これが厄介極まりなく、わたしの中にもうひとり、わたしがいるということを、信じてもらえないのです。だって彼は、男性なんだから。
でも、彼とはよく会うのです。表に出ないだけで、体がないだけで、彼は確実に、この世に存在しているのです。でも、少し大人になったからか、それを他のひとに言うのもなぁ、なんて思うようになりました。信じてくれないことが圧倒的に多いですし、それを言うたびに、ひとは変な顔をします。だからわたしは段々、彼と話したことを、誰にも言わなくなりました。それでわたしは構いません。ふたりだけの世界で、わたしたちは通じ合っているのですから。
「しずく~、来たわよ~」
ママの声です。
「しずくが好きそうな、ケーキ買ってきたぞ」
パパもいます。
「ありがとう」
この病院ではケーキというものが、なかなかでないので、とってもありがたいです。
でも、わたしが一番食べたいものは、ママの手作りのハンバーグです。もう、しらばく食べていません。家族で食卓を囲うということを、わたしは忘れてしまっています。
わたしって、そんなに重症なのでしょうか?
確かに、一時期は点滴の数も凄くて、現実と夢の世界が曖昧で……。
いえいえ、いいのです。今は、パパとママと楽しくお話しなければ、いけないのです。
だって、パパとママに会えるのは、週に一回、日曜日だけなんですから。
ママとくだらない話をします。とってもくだらない、きっと寝て起きたら、忘れてしまうような、そんな、くだらない話。
パパはそれを、遠くから眺めるように、立っています。あまり会話には混ざりません。その代り、カメラを持っています。撮った写真を、たまに見せてもらいます。パパが撮る写真には、必ず大切なひとが写っています。パパはそれを、思い出というのです。
段々日も暮れてきました。刻々と、空は色を濃くしていきます。次第に真っ暗になって、太陽の光から、次はお月さまが顔をのぞかせます。
今日のお月さまは、にっこり笑うような三日月でした。それをみたパパとママは、帰りだす準備をし始めます。
きっとわたしがもっと元気なら、もっと一緒にいれたのに。どうして、わたしには子供特有の、そんな当たり前な権利が、使えないのでしょう。
いえいえ、いいのです。今日はケーキを食べさせてもらえましたし、それにわたしが少しでも元気になれば、いずれかは家で過ごせる日が、きっときます。そのときに一杯甘えましょう。そう、たらふく。
看護師さんが来て、一日の最後に苦い粉薬を飲みます。わたしはまだ錠剤が飲めないのです。あぁーあ、せっかく甘いケーキ食べたのに。わたしは必ず、寝る前に必ず苦い思いをすることになるのです。
しかし、わたしは病人なのです。お薬は飲まないといけません。
「おやすみなさい」
そうして、わたしはまた、同じベットにくるまります。
今日一日が、終わろうとしています。
わたしはまた、死ぬ練習をします。
※
美味しかったな、ケーキ。生クリームが甘すぎてさ。いや、文句を言ってるんじゃないんだよ。僕も甘い方が好きだからね。それは、君もわかっているだろう?
だってまだ、辛いのは、苦手だもんな。あと、苦いのも。
なぁ、どうだった? パパとママはさ。もっと話したいって、ずっと思っていただろう? 知ってるんだぜ、だって、僕は君なんだから。
叶うといいな、その願い。
あぁ、悪い。起こしちまったか? ほんと、ごめん。
でも俺は本当にそう思うんだぜ。だから、俺も必死に願っているさ、その、幸福を、ね。
何か、また同じ夢をみていた気がします。また、わたしの中の彼と、話していた気がします。
彼と話しても、それは夢の中。目覚めてしまえば、忘れてしまうものです。ママとのくだらない会話よりも、大概忘れてしまうものです。
喉が渇いたので、冷蔵庫からペットボトルを取り出して、そしてそれを一気に飲み干します。ごくっと喉から音が鳴って、それが耳に響きます。
そうすると、なんだかトイレに行きたくなりました。ベットから立ち上がります。
くらいくらい、トイレまでの道のり。わたしがもっと幼いころは、ひとりでトイレまで行けなかったものです。特に、病院のトイレまでなんて、絶対無理でした。でも、それも慣れ始めてきたころです。
カラカラと点滴棒が、音を立てます。消火器が、僅かに赤みを廊下に反射しています。通路と書かれたプラネタリウムが、まるで夜光虫かのように、輝きを放ちます。
あれっ? なんだかふらふらしてきました。薬の副作用でしょうか? なんだかまるで、地に足がついていないような、ちょっとだけ浮いているような、そんな錯覚。
わたしが気付いたころには、大きな音を立てて倒れていました。
あぁ、わたしはここで生まれて、ここで死ぬんだ。そう思った先は、また、夢の中でした。
あれ? まだ生きてる?
あぁ、まだ生きてるよ。
あれ? もう死んだと思った? まだ早すぎるよ。それぐらい、君にはまだ、生きていて欲しかったからさ。
あぁ、でも、こうやって会話をするのは、久しぶりだよなぁ。そりゃあ、死んだと思うわけだ。いつも僕は、ひとりで語ってばっかりだったからさ。
でもさ、最後に話をしたかったんだ。
もう時期消える命だから。
あぁ、でも大丈夫さ、きっと、君はうまくいく。そうなるように、はかってある。
どういうこと?
時期にわかるさ。また、パパとママに甘えられるような、そんな毎日がやってくる。
あぁーあ。また、僕はひとりで語ってばっかり。
でも、いいんだ。これが最後でも。少しだけ、君と話せた。
そうだ、少し不器用な君の歌、僕は好きだったよ。
オーディエンスは、僕だけだったけれどね。
じゃあ、時間だ。
さようなら――
※
わたしは今まで、彼を探したことなんて、ありません。だってずっと、わたしの中にいたから。わたしの中に住み着いて、いつも、話しかけてくれたから。
だってそうでしょ? ほかの人たちは、目を探したことがある? 口を、鼻を、手足を、探したことが、あるでしょうか?
でも、今は彼のことを、ずっと探しています。彼は、いなくなってしまったのだから。
彼がいなくなったと気づいたのは、またわたしがベットで目覚めてから。灰色の管が、またいっぱいついていて、喉にも刺さっていました。それがなんだか気持ち悪くて、吐き気がしました。
ママからは、何かを嗚咽するかのような、悲鳴に近い涙を流していたし、パパが強く握っていた左手も、握り返すことはできませんでした。
でも、わたしは長い年月をかけて、順調に、回復をしていきました。
あのとき、パパとママは、それはもう、とてつもない心配をしたかもしれないけれど、だんだん笑顔が戻っていきました。笑顔で話すことも、時期にできました。
わたしの入院生活は、まだしばらく続きそうです。でも、いつかは退院する日がくるだろう、と、お医者様は言っています。何がこうなって、そこまで落ち着いたのか、お医者様は、目をぱちくりさせて、不思議がっています。
でも、わたしにはわかります。
わたしの中の、彼が死んだのです。あのとき、トイレに行こうとして、倒れたとき。わたしの身代わりになったのです。彼が一体何者だったのか、わたしには、まだわかりません。それにもう、夢の中の彼の言葉を、思い出すこともできません。
「しずく、行くぞ」
今日はパパがわたしを公園に連れて行く約束です。ママは手作りのご飯を、作ってくれます。
丁度春の季節だったから、桜が綺麗です。パパはまた、カメラで写真を撮ります。桜を背中越しに、わたしを写して、パシャリと一枚。パパはそれを、思い出と言うのです。
ママの手作りご飯、美味しかったな。また、食べたいな。
いえ、食べるのです。また、数日後には病院に戻らないといけませんが、それでも、今だけはありったけに、甘えることが許されています。
「おやすみなさい」
今日一日が終わろうとしています。もう、苦い薬を飲む必要はありません。いい思い出ができたなら、いい思いで、寝ることができます。
でも、ひとつだけぽっかりと、心の中に穴が開いたような、感覚がひとつ。
彼のことです。
あれから、めっきり夢をみることは、できなくなりました。彼がわたしに話しかけることはもう、ありません。
思ったより声が低くて、男らしい話し方。あの彼の言葉はもう、聴こえません。
もう忘れてしまう一方なのでしょうか。それが、少し怖いです。
わたしはまた、死ぬ練習をします。布団にくるまって、また彼に会いに行こうとします。
でも、わたしはもう、同じ夢はみれません。
もう、同じ夢はみれない
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。