ジゴクノモンバン(2)
第二章 二人の男
「さあ、みんな入ったな。門を閉めましょか、青鬼どん」
「そうやな、赤鬼どん。ん、待てよ、そこの地面に人間がふたり倒れてるで」
「さっき、黄鬼どんが網から放り出した奴らや。おい、そこの二人、さっさと立ち上がらんかいな。地獄の門を閉めてしまうで」
それでも二人は地面に転がったまま動こうとしない。
「す、すいません。わたしは、さっき船から落ちて、三途の川の水をたくさん飲んでしまい、お腹が満杯で、動けないのです。溺れてしまいそうなところを信号機の黄色のような鬼さんに助けられて、こうしてここまで連れてこられました」
「ええ、私も、同じでしょうなあ。黄色の鬼さんが船から落ちないように注意しろと怒鳴っていたのですが、後ろから乗ってきた人に押され、船縁から落ちて、そのまま気を失ってしまいました。その後のことはよく覚えていませんなあ」
この二人、ひとりは背広を着たサラリーマン風の若い男。もうひとりは、服はぼろぼろで髪がぐしゃぐしゃで、人生を、いや人間そのものをリタイアしたような男。全く対照的な姿だ。
興味を持った青鬼が、ふたりに話しかけた。
「お前たち、現世で何やらかしたんや。見たところ、一方は、身なりもきちんとしているし悪いことするような奴には見えん。もう一方は、まるでごみ箱から出てきたような姿しとる。いた、体全体がごみ屋敷や。よっぽど悪いことしよったに違いない。さあ、話をしてみい」
二人は互いに顔を見合わせて、どちらから口を開こうかためらっている。
「地獄に来てまで遠慮せんかてええ。どっちからでもええから、しゃべってみい。ほな、わしが指名したる。まずは、背広にネクタイ締めとるお前からや。お前、死ぬときに白装束に着替えんかったんかいな。地獄には似合えへんかっこうやなあ。お前、みんなから浮いとるで。お陰で、三途の川にも溺れんかったんかいな」
「しょうもない冗談言わんとってえなあ。青鬼どん」と茶々をいれる赤鬼。
「すいません。このままの姿で首を吊ってしまいましたので、着替える暇がなかったのです。死んでからも背広を着ているとは思ってもいなかったのです。周りのみなさん方の準備がよいにびっくりしました」
「若気の至りやなあ。まあ、しょうがないわ。誰も生きとることで精いっぱいで、死んだときのことを考えてないからな。今回の一件で、性根にはいったやろ。いつ死んでもええように準備して生きとかなあかんちゅうことや」
「はい、しっかりと性根にはいりました。次、死ぬときは、ちゃんと準備してから死にたいと思います」
「心配せんでも、もう死ぬことはないで。地獄で一生暮らすんや。それで、お前は、何で地獄へ来たんや」
「それを話さないといけないのですか」
「別にしゃべらんでもええけど、どうせ閻魔さまの前に座らされて、洗いざらいの悪事がばれたんやさかい、その時、言いたりんこともあったやろから、もういっぺん白状してみい。ちっとは胸がすきっとするで。どうせ地獄の中へはいったら、口では言えん辛い目にあうんやから、しゃべるんやったら今のうちや」
「それなら、話をさせてもらいます」と直立不動になるサラリーマン。
「そんなに、気合をはめんでもええで」
「実は、見たとおり私はある商事会社に勤めていました。仕事がけっこう忙しく、営業の実績も順調に上げていたのですが、ある日、つい、ギャンブルに手を出して、回収した売上げ金の一部を使い込んでしまったのです」
「ようある話やなあ」
「使い込んだお金を穴埋めしようと、つい、サラリーマン金融からお金を借りたのです」
「また、ようある話しや」
「それで、その借金に知らない間に利子がついて返す金が倍増になってしまい、その借金を返そうと、また別のサラリーマン金融からお金を借りたのです」
「また、また、ようある話や」
「後は、ご存知の通り、あちらこちらのサラリーマン金融から金を借り続けまして、借金が雪だるまどころか、身長四十メートルもある怪獣ぐらいに増え、正義の味方のウルトラマンも対抗できず、当然、返す段取りもつかなくなりました。会社にも、自宅にも、こわーい声の鬼のような人からの電話が、昼となく夜となく度々入るようになりました」
「誰が、鬼や。わしら、そんなアルバイトはしとらんで。それに、鬼は悪いことをする奴らを懲らしめるんや。変な譬えはやめてんか」
「す、すいません。人間界では、ひどいこと、悪いことをする人を鬼というもんで。まだ、生きていたときの気分が抜けないもので、失礼なことを口走りました。それで、その鬼みたいな、いや、鬼ではない悪い奴は、電話をかけるだけに治まらずに、会社や自宅にも押しかけて来るようになり、私は、どこにも居場所がなくなりました。どこへ行くあてもなく、風に漂うように歩いていると近所の小さな公園に着きました。ベンチに座ってぼんやりしているうちに、木の枝が私の眼に飛び込んできました。風が吹いて、枝が揺れ、そのようすがなんだか自分を手招いているように見え、つい、ふらふらと近づき、枝にベルトをひっかけて首を吊ってしまったのです」
「ほんまやなあ。ズボンにベルトがないわ。ベルトはこの世に置いてきたんかいな」
「さっきからズボンがずれて、歩きにくくて困っています」
「借金で首が回らなくなって、その首をとるために、首吊り自殺かいな。よう考えとるがな」
「いえ、首はとれませんで、首にベルトが食い込んでしまったので、死んでしまったのです。おかげさまで、今でもちゃんと首がついています」
「いちいち反論せんでもええわ。そっちの奴は何してきたんや。見るからにぼろぼろの服着とるなあ。あんまり、この世ではええ暮らしはしてなかったみたいやなあ」
「ええ、わたしも、このサラリーマンさんと同じように、昔は、きちんと背広を着て、ネクタイも締めて働いていました」
「サラリーマンにさんつけんでもええわ。それにしてもほんまかいな。どう見ても面影はないで」
赤鬼と青鬼は放浪者の周りをぐるぐると回り、指で体のあちこちをつついてみた。
「ちょっと臭いますなあ、青鬼どん」
「これでもまだましなんと違うか。三途の川で落ちんかったら、もっと臭かったはずやで」
「黄鬼どんにちゃんと言うとかなあきまへんなあ。ちょっと変わった奴はいっぺん、剥ぎ取りばあさんに頼んで、地獄へ来る前に、せんたく板でごしごしと洗ってもらわんとあかんわ。そうせんと、地獄の中がくそうてたまりまへんな」
そんな鬼たちのぼやきにおかまいなしに男はしゃべり続ける。
「ある日、満員電車に乗っていた時のことです。あと少しで駅に着くなと思っていたら、電車が急ブレーキをかけたのです。乗っていた私は前方に大きく揺れ、倒れまいと必死でつり革に捕まりましたが、個人の力なんて所詮わずかなもの。後ろから押しかかってくる人々の重圧に耐え切れずに、親指が、小指が一本ずつ離れてゆき、最後にはとうとう頼みの綱の薬指さえも滑り落ち、私の体は前方に投げ出されてしまいました。最後の砦として何のゆかりもない私に全体重を預けていた他の乗客たちも、ダムの決壊による怒涛の水流のごとく、いっせいに電車の床面に向かって倒れていったのです。きゃーという女性の声、冗談はやめてくれという高校生のゆがんだ笑い。山のように折り重なった乗客。その後、線路に人が落ちたので、やむなく急停車をしました、御迷惑をおかけしましたと案内放送がありました。後から新聞で読んだら、飛び降り自殺だったそうです。先程まで一体感を味わっていた乗客たちは、全く赤の他人の顔をして、思い思いに立ち上がり始めました。みんなの犠牲となり床に這いつくばった私は、モップのようにゴミが付いたまま背広の襟を正しました。どうして、服がこんなに汚れるんだ。私の怒りは電鉄会社へと向けられました。それなのに、電車は何事もなかったかのように動き出し、乗客もまたいつものような無感動の顔を装っていました。ただ、私の体の痛みだけが現実のものとして残りました。いつもの駅を降り、いつもの改札口を通り、いつもの会社へ行こうとした時、自分の心にこんなことしていていいのかと疑念が湧いたのです」
「なんや、難しげなこと言うとるで、このおっさん」
そんな茶々にも関わらずしゃべり続ける放浪者。
「心の反応に合わせるかのように、足は会社への道から反対方向に転換し、公園に向かったのです」
「そりゃいかんわ、休むんやったら、会社に連絡せなあかんで。それが社会人の努めや」
「そのまま公園のベンチに座りじっとしていました。太陽が左のほほを照らし、顔の正面を照らし、左のほほを照らしました。それが何回か繰り返されているうちに、公園でそのまま住んでいたのに気がつきました」
「気がつくんが遅すぎるわ。なんや、ようわかったような、わからんような話やなあ。それで、なんで地獄へ来たんや。公園に不法滞在ぐらいの理由で、地獄には来んやろ。ほかになんか悪いことしとんとちゃうのか」
「私もよくわからないのですが、思いつくとしたら、ハトにエサをやりにくる人がいて、あんまりお腹がすいていましたので、ハトに石を投げて追い散らし、そのエサを奪って食べたことでしょうか」
「なんや、みみっちい話やなあ」
「そうです。ハトのエサは豆粒ほどの大きさなので手で拾うのが大変でした。そのあたりの木の枝を折り、箸にして口に放り込んだのを今でもはっきりと覚えています」
「そういう意味やないがな」
「私に追い払われたハトがうらめしそうに目を丸くしてこっちを見つめていました。ポーポーポッポッポと」
「ハトが豆鉄砲かいな」
「その日の晩、この頃に珍しく雪が降り始めました。今年の初雪でした。寒さから逃れようと公衆便所の軒先に体を埋め、震える手で100円ライターをつけ、ささやかながら暖をとっていました。ライターの炎をつけるたびに、昔の家族との団欒のようすが浮かんできました。鍋をつついている4人の姿。そう、この時期には、家族揃ってよく鍋をしたものです。私が好きなのは、寄せ鍋です。豚肉に鶏肉、えびにあさり、はくさいと大根、豆腐と春菊、給料日には蟹がはいるんです。それらを箸でつかみ、もちろん木の枝の箸じゃないですよ、器にとり、七味をかける。この七味はできればゆず入りがいいですね。本来なら、寄せ鍋の具が主役であるはずなのに、この七味が脇役から躍り出て主役となり、七味を味わうために、具を食べている、そんな気がします。私の人生もそうでした。会社の中では、肉や野菜になりきれず、いつも七味のような調味料として端っこに座っていたのです。いてもいなくてもいい存在。賞味期限も遠い過去のこと。そんな自分の気持ちを知ってか知らざるか、鍋ではいつも七味が一番おいしいと思うのでした。その次は、焼肉が浮かんできました。焼肉も私の大好物です、そして妻にとっても。なぜなら食事の準備が簡単だからです。肉は買ってきたままのラップをとり、野菜類は洗って適当な大きさに切り、盛るだけ。その後はわたしが焼く肉奉行と化すのです。しかし、私が仕切れるのは、卓上コンロの火をつけ、鉄板が暖まった頃、おもむろに牛脂をのせるところまで。さあ、肉をのせましょう、たまねぎをのせましょう、しいたけはよく焼かないと家族が主導権を握りだします。私の役目は、放っておいても溶ける牛脂をあえて箸でつかみ、鉄板の上を何度も何度も繰り返し往復すること。まるで電車通勤と同じです。この意味のない作業こそが私の人生そのものなのです。家族の中では、大黒柱になりきれず、大きな声もだせず、誰かのあとをついて歩き、どうでもいいことに一所懸命になっていたのです。そんな自分の気持ちを知ってか知らざるか、焼肉ではいつも牛脂を鉄板に必要以上に塗りたくる、必要でもない役を買ってでたのです。もちろん無料で」
「なんでも人生に譬えんでもええで」
「次は、何でしたでしょうか。そう、すき焼きでした」
「なんでもええけど、ほんま、鍋もんばっかりやなあ」
「そのすき焼きの風景が現れるかどうかのときに、なんとあろうことか、ライターの火が消えてしまったのです。私は慌てて、もう一度ライターに火をつけました。再び、すき焼きの風景、それからおでんの風景、お好み焼の風景、湯豆腐の風景が次々と現れては消え去りました。そのうちにライターのガスもつき果てて、私はライターを手に握り締めたまま眠りの淵に落ち込んでしまったのです。水の中を漂うような感覚から、体が宙を浮いているような気分になり、ふと目が覚めたのです」
「ハトのエサが、腹にあたったんとちゃうのか」
「目を開けると、公園のベンチがどんどんと小さく見えだし、確かに自分は空に浮かんでいるではありませんか。さっきまで自分がいたはずの公衆便所を見ると、もうひとりの自分がダンボールの部屋の中で、ひざを抱えたまま、うずくまっている姿がみえました。ああ、自分の魂が、このまま、空に召されるのだと感じたのです」
「ここは空やないで、地獄やで。このおっさん、自分の話に酔ってまっせ。満員電車からずっと酔い続けとんと違いまっか、なあ、青鬼どん」
「ほんまやなあ、赤鬼どん。話を聞いたら、泣けるような泣けんような、笑えるような、笑えんような話や。それにしてもお前たちふたりとも家族があったんやろ。なんでこないなことになったんや。今さら言うても遅いか。今、家族はどうなっとんのや」
「私は、こわーい人たちからの電話がかかりだしてから、迷惑がかからんように妻と離婚しました。子供は妻の元にいます」
胸を張ってしゃべるサラリーマン。
「迷惑かからんように言うけど、それまで十分迷惑かけとるがな」
「すいません」
背を丸め、うなだれるサラリーマン。
「わたしは、公園に住みだしてから家族とは何十年も音信不通ですなあ。生きてるいるのか、死んでいるのかわかりません。今、家族は、ライターの火の中にいますよ」
遠い目をして返事をする放浪者。
「あんたが死んどんのは間違いないで」
「そうですね」
サラリーマン同様にうなだれる放浪者。
「まあ、そんなことどうでもええわ。それより、青鬼どん、さっきの話ですけど」
「なんや、さっきの話やいうて」
「いっぺん、地獄の中を見てみたいという話でっせ」
「そりゃ、見てみたいけど、この持ち場を離れるわけにはいかんがな。もし、他の鬼にでも見つかったら、閻魔さまにどやされるぜ。どやされるだけならええけど、この仕事、首になってしまうで」
「誰かに代わりしてもろたらええんです」
「誰かいうて、誰がおるんや。さっき黄鬼どんも言うてたけど、今、地獄は大忙しやから人手不足で代わりをしてくれる奴はおらんでえ」
「ほら、そこにおりまっせ」
「そこやいうて、あのふたりの人間か」
「そうです。あの人間です」
「あのふたりが門番してくれても、わしらが地獄の中にはいってたら、ここに来る黄鬼どんにばれてしまうがな」
「大丈夫、大丈夫。そこんところは考えてますわ。あいつらにわしらに化けてもらうんです。まず、わしらの顔の皮をひきはがして、あいつらの顔の皮と交換しますのや。次に、わしらの鬼のパンツとあいつらの服を交換して、あいつらの体も赤と青のペンキで塗ってしまう。ひとこともしゃべらんようにうなずくだけにしたら、これで大丈夫。ばれんのとちゃいますか」
「大丈夫が2回続いたけど、ほんまに大丈夫かいな」
「大丈夫、大丈夫、おまけに大丈夫。三遍言うたら大丈夫でっしゃろ。あっ、4遍や。人生もいっぺん、地獄もいっぺんでっせ。なんでもやってみまひょ。ほな、さっそく実行や、そこのふたり、こっちへ来い」
「門の中へはいるのではないのですか」
「ええから、こっちこい」
ふたりは恐る恐る青鬼と赤鬼のそばに寄ってきた。
「ええか、今から、わしらの言うことよう聞くんやで。いっぺんしか言わんで。お前らの人生もいっぺんやったさかい」
立ち尽くしたままうなずくふたり。
「わしらは、これからお前らふたりの代わりに地獄へ行って来る」
「すると、私たちは極楽へ行けるのですね」
手をとりあって喜ぶふたり。
「何喜んどんのや。そんなこと一言もいうてないで。それに地獄へ行くか、極楽へ行くかは閻魔さまが決めることや。わしらにはそんな権限はないわ。それにお前らはこうして地獄に来とる。そんな話やない。わしらふたり、門の中の地獄に用があってな、ちょっと行ってこなあかんのや。今、地獄も忙しいてなあ、わしらの代わりに門番をしてくれるもんがおらへんのや。そこで、お前らふたりに、わしらが帰ってくるまで門番をして欲しいんや」
「地獄の門番など、今までしたことがないので、私たちふたりにできるのでしょうか」
互いに顔を見合すサラリーマンと放浪者。
「そんなん、わかっとるがな。地獄の門番したことのある人間なんかおるもんか。なあに、門番やいうても簡単や。さっきお前らふたりを連れてきた黄鬼どん知っとるやろ」
「はい、あの方は、私たちが三途の川で溺れていた時に助けてくれた命の恩人です」
「どんな命かわからんけど、まあええわ。黄鬼どんが、お前らみたいな地獄行きの人間を連れて来るさかい、その時に、この門を開けたらええだけや」
「でも、この姿では、すぐに人間だとわかってしまいますけど」
「心配せんでもええ。すぐに変えたるわ」
赤鬼と青鬼は、右手で自分の顔の皮を引き剥がすと、今度は、左手でサラリーマンと放浪者の顔の皮を引き剥がし、それぞれの顔に貼り付けた。
「痛、いた、いたたたたった」
あまりの苦痛に顔を抑えてしゃがみこむ人間ふたり。
「まだ、地獄の中に入ってもいないのに、もう、お仕置きですか」
泣きながら鬼たちに訴える。
「心配あらへん、もう、すんだで。痛みは一瞬や。もう、大丈夫や」
自分たちの顔をゆっくりと触れるふたり。
「そこの水溜りで、自分たちの顔をみてみいや」
鬼の言葉に促され、水溜りに顔をつきだす。
「あっ、鬼や、鬼や、赤鬼と青鬼や」
お互いを指差しながら叫ぶ。
「そんなに、驚かんでもええで。これから地獄はもっと驚くことばかりや。あっはっはっは」
「さあ、次は、服を着替えよか。その背広とずた袋みたいな服とわしらのパンツと交換や。
どっちが、背広で、どっちがずた袋を着るんや、赤鬼どん」
「そんなん、決まってまっせ。サラリーマンの顔は、赤鬼のわたしがつけてますし、放浪者の顔は、青鬼どんがつけてまっせ」
「こりゃ、やられた。つい、近い方の奴の顔を選んでしもたわ。着る服のことまで考えてもなかったわ。もういっぺん、顔交換のやり直しや」
「か、かんべんしてください。もう一度、あの痛さには耐えられません」
手を摺り合わせ、青鬼に泣きをいれるふたり。
「こいつらも、あんなに言うとんです。ちょっと地獄の中を覗いてくるだけやさかい、辛抱してえなあ。青鬼どん」
「ちぇっ、しゃあないなあ。我慢したるわ」
2鬼と2人は、背広と赤のトラのパンツ、ずた袋と青のトラのパンツを交互に履き替えた。
「さあ、これで完璧に人間に変身や。わしら二人さっそく地獄の中へ行ってくるさかい、後のことは任せたで。さあ、青鬼どん。急ぎまひょ」
「なんや、あんまり気が乗らんけど。初めて着るこのずた袋が重いせいかいな」
「まだ、そんなこと言うて。舌が一枚しかないわたしらに、二言はありまへんで。さあ、行きまひょ」
渋る青鬼を後ろから押す赤鬼。
「早く、帰ってきてくださいね。こんなことがばれたら地獄よりももっと恐いところへ連れて行かれますから」
「心配せんでもええわ、地獄より恐いところはどこにもあらへんで。生きとったときのほうがもっと恐かったんとちゃうか、サラリーマン。ちゃんとお勤めしとったら、地獄のおみやげでも買って来たるわ。そうやなあ、地獄温泉たまごでもどうや」
意気揚々と門の中に入る赤鬼とまだ気持ちの整理つかない青鬼。後に残された偽者の鬼たちは、地獄の中にはいる鬼たちを不安そうに見送った。
ジゴクノモンバン(2)