白と黒の境界線

序曲


 静かな、闇の中。

時刻は深夜2時。車さえ一台も通らない。

僅かな明かりだけが、アスファルトのみ照らしている。

「こちら配置につきました」

「こちらも準備出来ました」

暗闇の中、無線で会話するスーツ姿の集団。

「よし、合図をしたら突入するぞ。気を引き締めろ」

 空気がピリピリと張り詰める。

視線の先には古びたアパート。皆見つめる場所は同じだった。

片方の集団はベランダ側、もう片方は玄関側。3つ目の集団は少し離れた所で指示を出している。

「突入!」

次の瞬間玄関側にいた集団が勢いよく階段を駆け上がっていく。そして足で思い切りドアを蹴破る。

「動くな!」

拳銃を突きつける。

部屋の中には女と、その上に馬乗りになっている男。人間とは思えない形相で女の首を絞めている。

今にも殺そうとしていた。

「やめろ!」

男3人がかりで男を押さえつける。

「離せぇ!」

「範田憲明だな。午前2時12分、殺人未遂の現行犯及び5件の殺人容疑で逮捕する」

押さえつけてもなお、離せ、やめろ、殺させろと喚いている。

助かった女は顔面蒼白で既に死んでいるのではと思わせたが、生きてはいた。

「大丈夫ですか。おい!救急車を呼べ」

すぐに一人の警官が抱き起こし安否を確認する。

しかし女は意識を失い、ぐったりと項垂れた。

男も先程まで喚いていたが、急に静かになりブツブツと独り言を喋り始めた。

警官に両脇を抱きかかえられ部屋を後にする男。数人の警官達もそれに続き部屋を出て行く。

一人の警官が部屋を出る前に振り向き、部屋の中をぐるりと見渡した。

その部屋には、被害者達の体の一部が保存されていた。

何かの液体に浸かっている。

耳、舌、目、指、陰茎と並んでいる。

その光景はおぞましく、異様な雰囲気となっていた。

邪悪な光景に、少しぞっとしながら跡部は部屋を後にした。



この事件が起きたのは、もう夏も終わる頃の事だった。

夜明曲

 靴音だけが響く、頑丈な檻がいくつも並ぶ場所。

ふと靴音が止み静まりかえる。

 「203号、時間だ」

靴音の主が一箇所の檻の前で足を止め、名前を呼んだ。

中には203号と名付けられた男が一人、じっと黙って座っていた。

言葉を発さずに、静かに立ち上がり扉の前まで歩く。

 203号が扉の前で立ち止まるのと同時に、看守が扉を開けた。

開いた扉の前に立つ203号、その視線は看守の方には向いてなく、ただ真っ直ぐに、一点を見つめていた。

ゆっくりと扉の外に出た203号がふと空を仰ぎ、ふぅ、と息を吐く。

そしてまた視線を正面に戻し、表情もなく、歩き始めた看守の後ろに着いていった。

コツ、コツ、と今度は二つの靴音を響かせながら。




 「今日暑いですね」

強い日差しの中スーツのジャケットを片手に持ち、男が二人、公園のベンチで休んでいた。

「まだ聞き込みは残ってるんだ、音を上げるのは早いぞ」

「分かってますよ」

少しネクタイを緩ませながら気だるそうに話す森山。

「・・・そういえば今日みたいに暑い日でしたよね。あの事件は」

「そうだな・・・片山から聞いたんだが、実は今日が出所の日だそうだ」

森山は一瞬驚きの表情を見せ、次には悔しみの表情に変わった。

「あんな奴、世に出すべきじゃないのに」

「確かにな。だが、我々警察に出来る事は被疑者を捕まえる事だけだ。その後の事は裁判に任せるしかない」

「そうですけど・・」

「さ、次行くぞ、いつまでも休んでる暇はないんだ」

跡部は立ち上がり、森山に激を飛ばす。

「はい!」

再び歩き始めた二人。

跡部は片手に持ったジャケットの中で、ギュっと拳を握りしめていた。

白と黒の境界線

白と黒の境界線

ある青年が殺人を犯す。 その凶気は、優しかった青年を狂わせ、殺人鬼へと変えていく。 何が彼を変えてしまったのか。 原因は幼き日にあった・・・

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 成人向け
更新日
登録日
2012-08-27

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  1. 序曲
  2. 夜明曲