こんな夢を見た #2
もっと奥へ,もっと奥へ。
そう言う声が聞こえたので,わたしはiPhoneに映ったキャラクターを,先へ先へとひと差し指で引っ張った。
長い隠し通路に入ってしまったようで,周囲はまったく見えなくなった。光の矢印と,薄ぼんやりしたドット絵が浮かび上がっている。
そのうちに,トランスポートに踏み入れたらしい。周囲が開け,一面が雪に変わった。左手下に目指すべき教会が見えた。いや,教会というよりも,塔が重なってできた城と表現する方が正しい。
入って気づいたのだが,いつの間にか,わたしがその世界の住人だった。城に見えたそこは,学生寮だった。どうやら,外部との接触を遮断され,学生生活に専念しなければならない特殊な寮らしい。
その事実に気づいたのは,石造りの螺旋階段を降りた時だった。青や黄のダンボールが,階段のすぐ下に散乱している。あるものは,すでに開かれ,あるものは,これから開かれるのを待っている。
「これは何なの。」と,わたしは通りかかった制服姿の女の子に尋ねた。それは,わたしも着ている,この寮の制服と違ったので,異世界からの交換留学生に違いなかった。
「中に入っているのは,すべて原書よ。」
そう言われて,聞くまでもなく知っていたのに気づいた。
わたしはかねてから学びたかったイタリア語の原書を探した。けれど,その子は,わたしの考えを見透かして「イタリア語はないの」と教えてくれた。
「それに,あなたは来たばかりでしょ。あなた宛の原書は,ここにはないの。」
顔色を変えずに,その子はそう言った。この子は人形なのだ,そう思うと,冬なのに半袖を着ているその子の肘は,可動部分が全方向に動くように丸い玉でできているのに気づいた。
後ろにわたしの好きな子が立っていた。いや,好きな子ではない。もう付き合って長い。心だけでなく,体も交わしている。けれど,二人の関係はとても上品なものだと,皆が褒めてくれていた。
「これを使って。」
その子は,原書が届かないわたしのために,無地のノートを差し出してくれた。触った感触は,とても紙とは思えないほど硬い。わたしはすっかり安心した。これなら,上向きに寝転がってもペンが走る。
わたしは寝転がらないとアイデアが出ないし,記録もできないのだ。
「ありがとう。いつも。」
そう言葉にしたかったけど,もう冬が終わる予感がしていた。春になれば,わたしたちは寮から解放されて,汚れた街に繰り出す。街には,わたしが望むものは何もない。けれど,寮生は行動を共にしなければならない。
寮はわたしたちの行動規範のすべてだった。違反すれば,存在基盤が焼けつく。
「せっかくノートくれたのに。もう春になってしまう。街に出ないと。」
わたしは悲しかったが,その悲しみは,なぜかこれから行く街の掃き溜めのように汚れているのが分かったので,なるべく隠そうと努めた。
春が来た。
寮は溶けてなくなり,わたしたちは汚物の街へ行かねばならなかった。わたしと上品な付き合いをしている子が,わたしの手を取った。
「これ,新しいノート。」
そう言われて,前にもらったノートを,あの溶けたお城においてきてしまったことに気づいた。ごめんなさい,と謝りたかったけど,もらったノートを手にして,謝罪は必要ないと思った。
手渡されたノートはウールでできているのか,ふわふわもこもことしていて,わたしの手の中で弾んだ。これでは何も書けない。
汚物の中で唯一きれいな,そのノートは,けれど何も記録できないノートだった。だから,わたしは,その子に音声記録を頼んだ。
その瞬間,わたしの声は音を失った。仕方がないので,身振り手振りで「音声」と「記録」を表そうとするが,まったく伝わらない。
途方に暮れたまま,わたしは,けれど,この絶望的な試みを続けようと決心した。
こんな夢を見た #2