こんな夢を見た #1

 夢を震わす大きな音がして目が覚めた。
 布団の足元の高いところが,ぼんやりと明るい。あそこには仏壇があり,誰が火をつけたのか,灯明が橙にそこだけ染めている。
 「かなこが。わたし,かなこを。」
 ふゆこさんの声が少し離れて響いた。ふゆこさん,と近づこうとすると,暗がりの畳を何かがべっとりと浸している。直感的に血だと思った。そして,敷き布団に覆われているのが,かなこさんなのだと思った。
 「ふゆこさん,昨晩,あれだけのことがあったから。仕方がないよ。」
 そう掠れた声でつぶやきながら,でも「あれだけのこと」が何を指しているのか知らないのに気づいた。
 「でも,かなこは。」
 ふゆこさんが,鉄の塊をごとりと落とした。硝煙の匂い,嗅いだことも無いのに,ぼくはそう確信していた。
 そのまま,しばらく,ふゆこさんと膝を合わせて座っていた。
 どのくらい経ったのか,薄汚れたカーテンから,醒めた夜の光が漏れさしてきた。敷き布団の下から,冷えた白色の肌がくるぶしまで露わになっている。ぼくは,動かない,そのかなこさんの顔が思い出せなかった。たぶん,割れた西瓜のように,赤黒い中身をぶちまけているのだろう。
 隣部屋と襖一枚で仕切られていることに,今更のように気づいた。その襖の脇に洗面台が設えられている。ぼくは,立ち上がると,両手の甲に飛び散った赤を,そこで濯ごうとした。
 目が合った。
 襖の隙間から,引きつった顔に張りついた眼が,じっと覗いていた。こちらの視線に気づくと,そそくさと下がったその顔は,綺麗に化粧され,大仰な着物に踊り縄の刺繍がほどこされている。と,その隣に,妹と思しき小太りの娘が,白粉に白装束の出で立ちで,こちらをうかがっている。
 見られた。かなこさんの屍体は隠れているが,現場そのものを目撃された。ぼくは思い切って襖を開けた。
 二人を横にはべらせて,中央の籐椅子に,ガウンをまとった青白い顔の男が座っている。整えられた短髪は,どこか異国の美男子を思わせる。もっと大事なことがあるかのように,こちらを一瞥さえしない。しかし,それとなく意識しているのは伝わる。
 「つまらない,本当につまらない。そう思うだろ。」
 男は,隣の部屋で何も起きていないかのように,着物の方に声をかけた。眼の端でぼくを捉えている。決まりが悪くなったぼくは,襖をそっと閉めた。
 「ふゆこさん。見られた。逃げよう。」
 ふゆこさんは,かなこさんが下に横たわっている敷き布団を見つめたまま,黒くなっていた。朝まだきの仄暗い部屋の中で,染み出した赤の絨毯に漆の色を添えている。
 これではだめだ。隣の部屋が静かな今,動かなければならないのに。
 ぼくは,ふと,襖の右手が全面,透明なガラス戸になっているのに気づいた。こんな丸見えの部屋で,ふゆこさんと,おそらくは,かなこさんと三人で夜を過ごしたとは。
 と,そのガラスを通して,階下が見えた。狭い木張りのつやのある通路の先が,ぽっかり一階に空いている。ここは何もかもが不安定だ。廊下でつまずこうものなら,奈落行きだ。そう思った時だった。人影が一階を斜めに通り過ぎた。あれは。
 こちらの視線に気づいたのか,その人物は足をとめた。それは,先ほど隣部屋にいた,踊り縄の着物をまとっていた者だった。化粧をすっかり落としている。その顔を見て,ぼくはそれが男のものだと気がついた。
 その「彼」は,見られているのを承知で,ぼくを見返している。その眼は,先の驚きとは違い,自分の本体をぼくに確認させたいと願っているように思われた。
 見られたぼくは,今「彼」を見て,かなこさんの件は,誰にもばれない,「彼」は誰にも話さないと確信した。

こんな夢を見た #1

こんな夢を見た #1

一話完結です。「夢を震わす大きな音がして目が覚めた。布団の足元の高いところが,ぼんやりと明るい。あそこには仏壇があり,誰が火をつけたのか,灯明が橙にそこだけ染めている。「かなこが。わたし,かなこを。」…

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-28

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