カタルシス

能力者が差別され、常人が尊い世界

プロローグ1

 ――いつからだろう?みんなの「色」が変わった。今まで何色ものだった「色」が今は1つになっている。もっと詳しく言うなれば、五采を成していたのが一采に成った。各々が放つ気体が猫から虎になった。それぞれが勇士になった。それまでの褐色が鮮色になった。
いつからだろう?私たちが正義なのか悪なのかわからなくなったのは。反対運動が果たして純粋な正義なのか。私たちが正義だと名乗るには客観性が低すぎるのではないか。私たちが今何をやろうとも、世間は認めない。私たちはもともと何もかも認められていないのだから。
いつからだろう?自らの苦しみを人のせいにしたのは。自分だけが恵まれていない、そうやって印を押された存在だと自分に言い聞かせていたのは。自分をただ諭すだけだった。自分がただ潰れてしまわないように。
いつからだろう?自分が弱いと感じたのは。強いのは必然なのに、なぜ弱いのかと。
いつからだろう?誰がこの世界を作ったのか、と・・・・・・。――


     ***


 「何をするつもりだ?」
確信満ちていた声に思われた。
「何が?」
純粋な声だった。
「・・・・・・学校に喧嘩売るつもりか?」
「・・・・・・」
その沈黙はつまり肯定を意味していた。

 「頼むから、・・・・・・
――やるしかないんだ。
やめてくれ。・・・。
今しかないんだ。今やらなきゃこの先何もできやしない。
お願いだから、・・・・・・
学校側が何かを(ほの)めかしたんだぞ。俺らは、従うまでだ。・・・・・・
これ以上、・・・・・・
俺たちを苦しみから解放しなきゃ、・・・・・・
俺たちの居場所を潰さないでくれ!」

第1話 希望とは何か

 ただ、気まずかった。

 彼らは、何をするにも気を遣わなければならなかった。


 彼らは、これまで歩いてきた道を迷っている。何度も何度も繰り返しては、苦しんでいる。

 彼らは、これから歩む道を恐れている。自分を出せず、他人に合わせることしかできず、自ら傷ついている。

 彼らは、今歩いている道に希望が持てない。ただ、無心に歩いているだけだ。なにもかも信じることができない。自分の存在|意義(いぎ)がわからない。今も昔も、きっと将来も。

 つまり、彼らの時間軸の中には光と呼べるものが一切無い。

 では、どこでそれらを見出すのか?答えは無い。否。その疑問自体が間違っている。

 彼らは希望(きぼう)などという幸せに満ちた言葉とはかけ離れすぎていた。

 もし、仮に彼らが希望だと思うものを持っていたとしても、常人から見ると、つまり客観視すると、それらは失望である。彼らにとっての希望は、常人にとっての失望である。

 彼らはなにもわからないまま、どういう経緯を辿(たど)ってこうなったのか知らないまま差別されている、あやつり人形みたいなものだ。

 そもそも、彼らに人権が与えられていないのだから、彼らを人形と呼ぶには相応(ふさわ)しかった。


 彼らは闇を無にすることしかできなかった。

 彼らの歩く道は闇だと定義づけられ、この町の(おきて)に洗脳され、人々には理由もないのに不快(ふかい)に感じられた。

 彼らが光を与えようとしても、人々は闇としてしか受け取れない。受け取る側の感じ方によって光か闇かが決定されるならば、やはり彼らの行為すべてが闇であった。

 光を与えようとしても闇しか与えられていないならば、やはり無にすることしかできないのである。

 彼らが犠牲になるのは必然であると、誰もが考えていた。もしくは、無意識のうちにそうなってしまう。そうなってしまっていた。

 
 彼らの人生は生きていなかった。

 生きている人生とは、家族に恵まれ、財産に恵まれ、地位に恵まれ、名利(みょうり)に恵まれ、食に恵まれ、友に恵まれ、恋人に恵まれ、学問に恵まれ、あらゆる才能に恵まれ、なにより、光に恵まれ、時に失敗するとしてもそれを(かて)にして強くなっていく、そういう人生だとするならば、彼らの人生はやはり生きていなかった。


 彼らの命は生きていなかった。

 命が生きているというのは、自我があり、自律して自立して、その人であるという自己同一性を持ち、というようなことであるならば、やはり彼らの命は生きていなかった。

 彼らは人権が与えられていないが故に、人ではなく、ものである。人々に使われるものである。

 彼らは、人に使われ、自我を貫くことができない。

 彼らは、世間で雇ってもらえないから自立もできない。

 彼らは、人ではない動物として扱われていて、大きくひとまとまりで能力者としてだけ捉えられているが故に、独自性を持たない。持てない。

 彼らを定義づけするならば、彼らは他の動物や虫と同じ程度である。極端な話、殺されても構わないのだ。人々の生活を妨害するのだから。

 彼らは、魂は持つが、命がない、そのような生き物である。

 ただ、息をしているだけの、存在する意味を持たない何か・・・・・・。


     ***


 今もそうだ。彼らは何も悪くない。むしろ人々の方が悪かった。なのに、何もできない。
「ごふっ!」
紀乃貫之(きのつらゆき)の左頬は赤く()れていた。彼は3人の人々に囲まれて、集団暴行を受けている、そんな状況だった。


     ***


 その少し離れた先に、2人の少女がただ立ち尽くしていた。
「あぁ・・・・・・、ゆき君・・・・・・。」
と言って、彼女は1歩進みかけたが、肩をもう1人の彼女に掴まれ、制された。掴まれた彼女は一瞬震え上がった。何に恐れたのかは彼女にもわからないが、なぜか鳥肌立ってしまった。

 振り向き、顔を合わせるが、もう1人の彼女は首を振り、否定の意を示した。彼女は目頭に雫を浮かべ、もう1人の彼女の方を見つめ尽くしている。


     ***


 その傍で、まだ一方的な暴行が続けられている。
「文句でもあんのか?あ?」
「お前らが俺らにぶつかってきたんだろ?」
「なんか言えよ!この野郎!」
口々にそう言いながら、囲んだ中心にいる貫之を躊躇(ちゅうちょ)なく蹴っていく。

 貫之は為されるがままだった。彼もまた、この町の掟に虐げられているのかもしれない。
彼は殴られる(たび)に「ごふっ!」、蹴られる度に「がはっ!」という鳴き声をあげている。

 通り過ぎていく人は横目で見ながら、何もないかのように過ぎ去っていく。それは、汚物を見るような目だった。


     ***


 その傍らで、もうその光景を見られなくなってしまったのだろうか、彼女はもう1人の彼女の胸にうずくまって泣いていた。

 悲しみの泣き声をあげて・・・・・・。

 もう1人の彼女は拳を握りしめ、歯ぎしりをして、彼らをただ見つめていた。見つめることしかできなかった。怒りに満ちたその目と、何もできない悔しさに満ちた瞳孔。

 まるで、今は彼女がもう1人の彼女を抑止しているようだった。

 否。お互い動けないようにしていたのだ。ただ単に、均衡を保ち続けていた。


     ***


 「腹立つんだよなー!!」
まだ蹴られ続ける貫之。
「くそっ!神経に触るなー!!」
まだ蹴られ続ける。
「こいつっ!うぜえなっ!」
まだ。
「くたばれよっ!」
まだ。

 「こいつ殺していいか?それから、後であの女の子たちと遊ぼうぜっ!」
貫之の血が逆流し始めた。彼は、発言者の方を(にら)む。
「あ?なんだこら?文句あんのか?」
権威、もとい人権を持つ者からの威嚇(いかく)に貫之は屈することなく睨み続ける。

 「文句あんなら親に言いな!」
貫之の(いきどお)りが増した。
「お前らはな!所詮(しょせん)俺らに遊ばれるためだけの道具なんだよ!人じゃあないならものだ!ほらよ!俺らのために精一杯(せいいっぱい)奉仕しろや!」
完全に貫之の逆鱗に触れた。

 貫之は発言者に超高速移動で近づき、腹に1発拳を食らわし、吹っ飛ばした。
「ぐはっ!」
ただし、貫之は傷つきすぎていたため、威力も低く、二次攻撃へ移れなかった。
ずどっ!
「がはっ!」
ずどっ!ずどっ!
「ぐっ!がはっ!」
貫之は嘔吐した。苦しみながら、2、3歩後退する。

 「やってくれたな。」
とだけ言い残し、2人はもう1人を抱え去っていった。

 そこには倒れた貫之とただ立ち尽くしていた2人の少女しかいなかった。

 通り過ぎる人は彼らに目もくれず、過ぎ去っていく。まるで、彼らがそこにいないかのように。

 まるで、彼らが外にいる虫であるかのように。

第2話 希望なき現実

 目を覚ました瞬間、さぞかし(まぶ)しかっただろう。

 ――・・・・・・温かいな。――
と、貫之が感じたものは天井の灯りだった。白い白い真っ白な光だった。貫之は、その光の中にまたさらに強い光があるように感じた。それは、電球の光よりも、もっともっと優しい光だった。

 その光には、奥行(おくゆき)があった。どこまでも、天までも伸びる奥が。

 永遠という言葉が相応(ふさわ)しいものは他にはないと思われた。

 その光の中に、暗闇は存在しなかった。

 「よっと。」
と言って、上半身を起き上がらせる。身体の痛みは全く無かった。
――光音が治してくれたんだな・・・・・・。――
ただし、心の痛みが残っていた。

 それは、光音が癒しても取れないもの。光音ではまだ取れないもの。おそらく、これからも取れないもの。決して、決して。

 「あっ!ゆき君起きた〜。」
貫之が寝ていた布団の足下にいる光音に気づかれた。光音はさぞかし嬉しそうに貫之を見つめている。目を大きく開かせて。貫之は特にその目に応じることなく、平均よりも細い目で光音に視線を返した。

 「そこにいたのかよ・・・・・・。」
「うん!そうだよ!私は淡雪荘で唯一(ゆいいつ)で一番の看病役だからね!ちゃんと、ず〜っと見ててあげてたんだからね?」
「まあ、そうか・・・・・・。ありがとな。いや、寝てたけどな。」
「ま、まあね〜。」
えへへと付け加えて、人差し指で頬をかく。

 なぜか光音は元気だった。この場合は空元気(からげんき)と言った方がいいのかもしれない。先ほど――あの1件からどれくらいの時間が経ったかは貫之にはわからないが。――、あんな光景を涙ぐまりながら見ていたというのに。その疑問は貫之も感じたようだった。その(いぶか)しさが、色に出てしまっていたのかもしれない。

 「ゆき君、大丈夫?もう痛みは無いはずだけど・・・・・・。」
「大丈夫だよ。ありがとな。・・・・・・それより、お前こそ大丈夫なのか?あんな光景見ちゃって。・・・・・・ごめんな。俺があんな性格じゃあなければ・・・・・・。」
「いやいやいやっ!元々は私があの人たちにぶつかっちゃったのがいけないの・・・・・・。ほんとにごめんね。ゆき君にばっかり辛くて苦しい思いをさせちゃって・・・・・・。でもねでもね・・・・・・、

 彼女はもしかしたらこの後、後悔すると思った。この言葉を選んでしまったことに。しかし、光音は・・・・・・、自ら決めた。ゆっくりと告白するように。

 自分を犠牲にしてまで、私たちを守ってくれるゆき君は・・・・・・大好きだよ。」
涙ぐんでそう言った。涙が光音の頬を伝いながら、流れていった。やがて、それが口元まで達した時、それはしょっぱかった。

 貫之には、何もできなかった。ただ、それを見つめ尽くすことしかできなかった。

 言葉を掛けてあげることすらできなかった。目を合わせることしかできなかった。


 貫之は思い出したかのように、言い放った。光音は、涙を手の甲で(ぬぐ)っている。
「そういえば、・・・・・・」
どうして、貫之は最初に聞かなかったのだろうと疑問に思いながらも口にした。
「なんで、俺、ここにいるんだ?誰が運んできたんだ?」
「ああ、それはね・・・・・・、」
「あたしだよ、あたし。」
新しい声のする方へ顔を向けると、そこには只水音がいた。入口の柱に寄りかかっている。

 「あたしがあそこからあんたを運んできてやったんだよ。感謝しな。」
軽く頬を赤らめながら話す只水音。それを、いつもの眼差しで見る貫之。最も目を輝かせていたのは光音だった。


     ***


 なんということもない会話が途切れ途切れ続き、それが終わりかけた時、只水音が口を開いた。
「あんたもさあ、あんなむきになることなかったんじゃあないの?」
「それは自覚してるんだけどさあ、ついああなっちゃうんだよ。」
「ゆき君めっちゃ怒ってたよね。めっちゃって言うよりめっさ怒ってたね。」
「なんであっちからぶつかってきたのに、俺らのせいになるんだよ。絶対おかしいだろ。」
「それが世の(ことわり)なんだから仕方ないだろ。なんだ?あんた今までずっとあんな感じでやってきたのか?それなら、よくここまで生きてこれたな。」
「なんの皮肉だよ・・・・・・」
「だってそうだろ?」
「・・・・・・」
――なんか、お前らがああいうことされるのがすごい腹立つんだよ。まあ、言えないけどさ・・・・・・。――

 光音が発した。なんの脈絡も無く。
「まあ、やっぱり物事は臨機応変にだね。今回はゆき君が悪いわけじゃあないのは知ってる。もちろん、私たちも。だけど、悪いことを指摘するのと、悪いことを制御するのとじゃあ全然違うよね?むろん、私たちには制御する力、目に見えない力が目に見える力を制御しちゃってるからね。」
「つまり、あたしらは・・・・・・
彼女は確信していた。
弱いんだよ。」

 そして、貫之は確信していなかった。だからこそ、(もろ)かった。だが、これだけは確信していた。
――ああ、そうか、結局俺は、一番弱かったんだな。――

カタルシス

カタルシス

紀乃貫之を始め、この町には18人の能力者がいる。 彼らは均衡のために差別され、自由を得られなかった。 ただ自分たちの居場所が欲しいだけなのに・・・・・・。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-26

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  1. プロローグ1
  2. 第1話 希望とは何か
  3. 第2話 希望なき現実