ENDLESS MYTH第4話ー1

ENDLESS MYTH第4話ー1

《王家の物語》

 クリスタルで建設された街並みは5つの大きな石畳の道で構成されていた。その中央には雲をも貫くクリスタルの塔が経ち、惑星バエウを首星とする星間王国の首都グンタロスの象徴となっていた。その周囲を飛翔するクリスタルの船舶は、忙しく宇宙とクリスタルの都を行き来していた。
 ひときは巨大な戦艦がクリスタルタワー「ワート」へゆっくりと飛行してきて、クリスタルの桟橋をその円錐型の側面から伸ばし、クリスタルタワーへ接触させた。
 筒状になった桟橋の中を悠々と歩き、クリスタルの床をクリスタルの甲冑を揺さぶって歩く女性は、その手につけた小手や胴当てに青い鮮血をつけていた。
 周囲に居るトーガのような衣服をまとった人々は、怪訝な顔でその様子を見ているが、女性はかまうことなく、幅も長さも天井の高さも壮大な通路を早足で歩いて行く。
 その腰のクリスタルを薄く削ったベルトに帯刀したクリスタルの柄の剣が、クリスタルの通路の光を反射している。
 廊下の突き当たりに達すると、門のような巨大な扉があり、それもまたクリスタルでできている。
 扉の横からレーザーが放射され、彼女の全身をスキャンすると、人物認証を終えると分厚く巨大な扉はその巨体に似合わない滑らかさで左右へ自動で開き、広大なクリスタルの部屋へ彼女は甲冑で進む。
 室内は陽光がクリスタルに乱反射して、鮮やかに光っていた。扉と対峙する幅の広い窓からは、クリスタルの都が一望でき、すぐ上には惑星バエウの雲が手に届く距離に見えた。
「姉上、ようやく惑星ボニーサを手に入れました。タウタ恒星系で残る国家はあと7千万をきりましたぞ」
 喜び勇み、その大きな胸を張って、クリスタルの大きな椅子に座る、モハンリアン独特の赤い髪の女性へ報告した。
 姉上と呼ばれたジェザノヴァ星間国家執政官ン・メハは、モンハンリアン特有の額と両目尻、顎に埋め込まれたクリスタルを歪め、困った表情を浮かべた。
「報告はもう聞いています。わざわざ私のところへ赴く必要はありません。軍服でしかも敵種族の血で濡れた姿を事務官たちが見たら卒倒してしまうますよ」
 姉は妹を嗜めるように、しかし優しく言う。
「執政官殿に口答で伝えたく思いましてな」
 勇ましく言うジェザノヴァ星間王国軍省総官ン・トハは、誇らしげである。
「その気持ちは分かりますが、立場をもう少し考えてください。貴女は軍省の最高司令官なのです。それなりの振る舞いをしてください」
「小言はけっこう。報告は終了しましたので、これで失礼いたします。戦後処理は執政官殿にお任せします」
 と踵を鳴らして踵を返すと、悠々とまた部屋をあとにしようとした。
 しかしその赤毛を引っ張るように、姉の声が張り詰めた糸のような声で言った。
「総官殿、報告書を忘れずに提出してください。戦後処理に現地の状況や戦闘の経緯が必要になります。万が一、戦犯者を裁くとなれば、証言が必要になりますからね」
 武器を扱うのは得意とするが事務を苦手とする妹は、一瞬、ためらいを顔の四方に埋め込まれたクリスタルに浮かべるも、すぐに無視するように分厚い扉を抜け、また広大な廊下を、クリスタル独特の甲高い音を響かせ、自らが指揮する軍艦へと戻って行った。
 困ったものですね、と首を横に振って溜息交じりに心中で言うと、執政官の姉はトーガの皺を整えるように手払いして、クリスタルの椅子から立ち上がり、色白い腕で赤毛を1つ撫でると、デスクの上に色白い手をかざす。するとホログラムが現れる。姿はまるでデスクの上に登った小人のように見える。
「国王の予定は?」
 それは国王の秘書であった。
「陛下は現在、連邦会議中です。まもなく終わりの予定時刻ですが、終了後、ご連絡いたしましょうか?」
「父も話しの長い人だから、予定より時間がかかりそうね。終わってからでいいから、連絡をちょうだい」
「承知いたしました」
 秘書と連絡を終える手、クリスタルに椅子に座り、背面の窓からクリスタルの都を見る。
 と、その前を大きな影が抜けていった。軍省が管理する軍港へ戻る妹の軍艦であった。姉に見せつけるようにわざと、ワートの側面に添って飛行させたのだと、姉は軽く微笑みをたたえた。
 こうした子供のような妹が彼女は可愛く思え、仕事に追われる彼女の癒やしになっていた。

 惑星バエウ標準時間で2時間経過した。ワートに集まるジェザノヴァ星間国家に属する数多の国家の大使との連邦会議は毎日のように行われ、国王のン・ドフは各国の政治状況、経済状況、軍事状況を把握し、星間王国国王としての職務に忙殺されていた。
 また国王は80代続く国王の中でも長話で有名であり、亡き前国王が政治に無頓着だったこともあり、名君として歴史に必ず名を残すとは言われていたものの、長話でもまた歴史に名を残すという陰口は、おもしろおかしく語られていた。
 国王執務室へ執政官であり国王の長女でもあるン・メハが訪れる。
 国王執務室へ続く転送装置は王族と一部の事務官や高官しか認証されておらず、転送した先の広大な通路には、無数の兵士がクリスタルライフルを装備して、ずらりと踵を並べていた。
 通路へ現出した瞬間、天井からレーザーが放射され不審物を所持していないかをチェックされる。それで許可がでると廊下を歩くことができた。
 が、10歩もあるけばすぐにまたスキャナーのレーザーが当てられ、体内までくまなくチェックされる。
 それを兵士たちの視線の先で行われるのだから、愉快なはずがない。
 何度となくそれを繰り返した後、ようやく執務室のエネルギーシールドの前に立つことができる。
 扉の前にシールドが張り巡らされ、国王の秘書の許可が下りるとシールドが解除され、扉が開閉するのだった。
 全室には2時間前にホログラムで会話すた秘書の姿がある。秘書は複数いるが、執政官はもっとも彼女がお気に入りであった。
「陛下がおまちで――」
 と言いかけると奥に座っていた女性が執政官に声をかけてきた。
「陛下はご多忙ですので、お話は短くお願いいたします」
 トーガの上からでも胸の大きさと、色白のモハンリアンにしては珍しく、匂うような色気のある女性であった。
 ン・メハはこの秘書を好いておらず、彼女の姿を見た途端、それまで笑みだった顔が急に強ばり、
「分かっています」
 と、刺々しくいうと、つかつかと執務室のシールドつきの扉を抜け、執務室へ入っていった。
 そこは長いクリスタルの橋が一直線に国王のデスクへ伸び、壁は滝のように水が流れ、橋の両脇には池のようになって、稀少な魚類が泳いでいる。
 観葉植物も今では絶滅したものばかりだ。
 クリスタルのデスクに俯き、光の文字で流れるデータに眼をやっていた、赤い髭が伸びた、大柄の国王は、執政官を一瞥するとまたデータへ眼を戻した。
「すまないな、会議が長引いてしまった」
 言葉に感情はこもっていない。
 いつものことだから特別長女は感情を抱かず、逆に自分も感情を言葉の端にすら乗せることをせずに、国王への報告だけを口にした。
「軍省総官が先ほど帰国いたしました。戦況は我が軍の勝利とのことです。これより現地へ職員を派遣して、戦後処理をただちに開始しいたします」
 事務的な報告だけが口から滑らかに出る。
「効率よく、迅速に済ませてくれ。次期戦闘への資金調達も兼ねての戦後処理だということを忘れぬように。あと現地で暴動、残党のゲリラ戦闘が予想されるから、軍省にはそのことも伝えておいてくれ」
「分かっております。では失礼いたします」
 ゆっくりと頭を下げ、うやうやしくわざと嫌味っぽい態度をして振り返り、クリスタルの通路を出ようとした。
「母さんは元気にしているか?」
 データから眼を離すことなく、これも感情がこもっていない声色で国王は娘へ尋ねた。
「ご自身でお確かめになればよろしいではありませんか?」
 振り向くことなく、娘は鼻で笑うように答えた。
「あやつの性格を知っているだろう。わたしが顔を出したところで、不機嫌になるばかりだ。あやつのことはお前に任せる。なにかわたからだと言って贈り物をしておいてくれ」
 そういうと再び仕事の中に没入していった。
 心中にイライラとした塊を抱え、再び国王へ深々とお辞儀をすると振り返り、執務室を出て行く。
 彼女の顔には家族を仕事の下に敷いた父親の姿が、他人のようにしか思えない感情がにじみ出ていた。

ENDLESS MYTH第4話ー2へ続く
 

 

ENDLESS MYTH第4話ー1

ENDLESS MYTH第4話ー1

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-25

Copyrighted
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