さくらもち

瀬戸かもめ

 私の二作目の小説であり河童探偵の第二話なのですが、正直に言って、私の中では失敗作という位置づけになっています。でも公開する気になったので公開しようと思います。公開するにあたってほとんど見直さなかったのも自信のない証拠といえるかもしれません。また、第二話の公開も季節外れになりましたが第三話の公開は(もう書き終えていますが)もっと後になると思います。

  ――ここでいう「桜もち」は全て道明寺である。あしからず。

 事実として、狐は家出した。春休み、四月の頭のことである。
 狐といっても化け狐で、化け狐の高校に通っている。家出の理由は親との喧嘩である。しかし家出したとはいえ親は親で、日が暮れても帰ってこないとなると心配して息子の捜索を始める。
 夜、三十郎が一人でくつろいでコーヒーを飲んでいると携帯電話が鳴った。狐の女性からの息子を探してほしいという依頼であった。この川流三十郎という河童は探偵である。しかしまだ駆け出しの探偵で、探偵事務所なるものは持たず電話で依頼を引き受ける。人間の家に居候しているため、その家を事務所にできないという事情もあるのだ。さてこの女性、もし会って話す必要があるならできるだけ早くしてほしいということで、家に来てもらうことになった。人間の住人は帰省中で家の中は河童一人、それに、狐は変身が上手いから心配はいらないようである。
 チャイムが鳴って、三十郎がドアを開けると前に立っていたのは着物姿の若い女性であった。客間兼居間に通して座っていてもらい、三十郎は台所でコーヒーを入れた。コーヒーを持って客間に戻ると座っているのがいつのまにか狐になっていた。ウミウサギガイの貝殻のように白く、毛並の整った狐で見るからに高貴そうであった。名前は稲荷麗子という。
コーヒーを小さく飲むと狐は語りだした。話を要約してみると次のようなことらしい。家出した子供の名前は健太くんといって今度二年生になる。今朝、将来のことで父親と口論になり家を飛びだしたきり日が暮れても帰ってこない。彼の学校の友人や親戚に手当り次第電話をかけたがどこにも来ていないという。ひょっとすると妖怪の世界を出て人間のいる世界に潜入しているのではないかと思われたため人間のいる世界に暮らす探偵の三十郎に捜索を頼みたいという次第である。三十郎は、子供が家出した同じ日に探偵に依頼するとはお金持ちのすることは違う、と思った。
さて、こんな手がかりもなにもない状態だが三十郎はあっさり捜索を引き受けてしまった。ミミズク氏の情報網を使おうという魂胆である。
 よって、母狐が帰ったあと三十郎が向かう先はもちろんミミズク氏のもとである。彼は人間のいる世界で妖怪を見守っている交番のような者たちの一人で、三十郎とは旧知の仲なので仕事の上で情報を提供したりしてくれている。三十郎はミミズク氏の広大な情報網なら失踪した狐くんの消息もつかんでいるのではないかと考えた。
 三十郎は住宅街のある一軒の家の前に来た。その家の前庭の木にミミズク氏は常駐している。余談だが、この時期だと三十郎は頭のお皿が乾かないように浅く切ったビニール袋とキャップを被っている。また擬態のために人間の服も着ている。
「ミミズクさん、こんばんは」
「三十郎。また何か事件かい?」
「はい、狐が家出した事件です」
「名前は稲荷健太」
「はい、そうですが」
「さっき母親がやってきたんじゃ。あいにく、わしの方には情報が入っておらん」
「そうですか……」
「それに狐は化けるのが上手いから、人間に化けたとしても変身を見破りにくい。それに狐火学園なんかに行く優等生じゃあ、そんじょそこらの狐と違ってわしでも見破れん可能性が高い。だからわしはその件には協力できんじゃろう」
 直後、三十郎は引き受けたことを後悔した。が、やがてできるだけ自分でやってみる気になった。手がかりがない以上、難しいことは始めからわかりきっていたことである。とはいえ、家に帰ってからも後悔は続いた。

 次の日、ところは変わって田舎の一軒の家でのこと。
「ヨモギ、どうしたの? さっきからエノキくんの方ばっかり見て」
「なんか、エノキくんのようすがどっかおかしいなって思って」
 話しかけた方はサクラ、話しかけられた方はその妹のヨモギである。春休みが明けるとサクラは中学一年に、ヨモギは小学二年になる。この二人は三十郎が居候している家の住人である。今、家族四人で帰省していて、三十郎が留守を預かっているのである。
 一方、三十郎はひとり寂しい空間にいた。
 その日、三十郎は鬱々とした日を送ったが、夜電話があった。
「もしもし、三十郎?」サクラからである。それも非常に小さな声。
「もしもし、サクラちゃん?」
「うん。なんかね、ヨモギのことなんだけど。今、いとこのエノキくんが来てて、そのエノキくんを偽物じゃないかって疑ってるんだけど、本人かどうか確かめる方法ってないかな?」
 それを聞いた三十郎は、狐くんがもし人間に化けているのならそのエノキくんに化けている可能性もあるだろうと思った。実家と狐くんの家の距離もあまり離れているとはいえないから偽の里帰りだって行うことは不可能とはいえない。しかし、エノキくんイコール狐くんという、そんな都合のいいことがあるだろうか。
 それに、まだ疑問がある。
「エノキくんは何歳?」
「えっと、九歳かな」
「お母さんも一緒? エノキくんの」
「うん。いるよ」
「じゃあ、なんでヨモギちゃんは疑ってるの?」
「なんか、エノキくんは野菜が好きで結構食べるはずなんだけど、ヨモギちゃんが見てたらすきやきの野菜をあんまり食べてなかったみたい。あとお漬物も」
「ふーん、食べ物かあ。じゃあ偽物かもしれないし、本物じゃないとも言いきれないし難しいね。あ、そうだ。エノキくんが来たのって今日?」
「そうだけど、どうしてわかったの?」
「さあ、なんでかなあ?」
エノキくんが本当は狐だと仮定してみると、二択の問題なのである。
ちょっと考えてみよう。子供一人で親の実家に帰省する場合、基本的に毎日連絡を取り合うだろうと考えられる。だから狐くんが一人で家出した場合、電話をかけるとエノキくんが二人いる事態になり、偽物がいることがバレるのは確実である。でも、保護者を含めて二人でやって来たとしたら家と連絡を取っている形跡がなくてもあまり不審がられない。つまり、狐くんが一人で逃げたとは考えにくい。だから、もし狐くんがエノキくんに化けているなら、狐くんはだれかと一緒に家出したということになる。
 そして、エノキくんが本物かどうか知るためにはエノキくんの帰省中に家に電話をすればいい。もしエノキくんとそのお母さんがいるなら、偽物の存在が明らかになるし、野菜の件から帰省している方がどうやら偽物らしいと思われる。
 三十郎が考え事で長く黙っているのをサクラは待っていられなかったようで、
「それでエノキくんが本物かどうか調べる方法はないの?」と訊いた。
「エノキくんの家に電話をかけたらいいと思うよ。それでエノキくんが出たら確実に偽物がいるってことだね」
「あ、そっか。じゃあ早速電話してみる。番号、登録してあったはずだから」
 電話を切ってしばらくするとまたかかってきた。本当に偽物のエノキくんがいるらしい。電話口のサクラちゃんがおびえたような声なので、慰めてやろうとして三十郎は言った。
「僕、いま家出中の狐を捜してるんだけど、もしかすると偽エノキくんの正体はその子かもしれないんだ。怖くないから、いっしょに化けの皮を剝いでやろうよ」
 この『怖くない』が本当かどうかわからないが、一応サクラちゃんは落ちついたようだ。
「どうやるの?」
「ちょっとした実験なんだけど、」
 三十郎は小声で作戦を告げた。
 次の日、サクラは家族で花見に行こう、と言った。昨日の作戦のことはヨモギにも話してある。さて、ここで家族というのはサクラの祖父母、両親、妹、叔母、いとこ(エノキくん)を指す。エノキくんのお父さんは仕事の都合で来ていないそうである。
 帰省先の家から一行は車で公園へ向かった。途中の道から見える畑に薄紅色の花の木があったが桜ではなくてプラムだという。
 公園に着くと昼前で、ちょうど見頃のきれいな桜を見つけると、その木の下にレジャーシートを広げた。
 稲荷寿司入りのお弁当を食べ終わると、次はデザートの桜もちである。
 ヨモギは桜もちを一つ手に取ると慎重に葉を剝がしてからぱくっと頰張った。ヨモギの隣にいたエノキくんはそれをちらと見た後、同様に葉を剝がしだした。

 花見から帰ると、サクラは三十郎に電話した。
「三十郎。実験成功だよ」
「わかった。じゃあエノキくんに電話代わって」
「うん。……エノキくん!」
「なに?」
「電話代わってもらっていい?」
「だれから?」
「それはお楽しみ」
 一瞬嫌そうな顔をしたが、出ないと相手に悪いと思ったのか電話に出てしまった。
「こんにちは」
「だれ?」あどけない子供の声。
「川流三十郎っていいます。君は稲荷健太くん?」
沈黙のあと、声を落として、「そうだけど、一体どうして……」
「君のお母さんに捜してくれって依頼を受けたんだ。言い忘れてたけど僕は探偵だよ」
「でも、どうやって場所がわかったの?」
「偶然だよ。あと、ちょっと実験させてもらったけど」
「どんな?」
「名付けて、桜もちの葉を剝がすかな作戦。本物のエノキくんは葉っぱつきの桜もちが大好物らしいから、普段葉っぱを剝がさないヨモギちゃんに協力してもらって様子をサクラちゃんに観察してもらってたんだ。本物だったら周りの人の食べ方には影響されないはずだよ。ヨモギちゃんが野菜好きでないことも考慮に入れてるしね」
「そっか。まねしたのばれてたんだね」
「そうそう。ところで、どうして家出したか、相談したいことでもあったら乗ったげるよ。こっちは無料でいいから」
「河童さん口固い?」
「固いよ。嘴だから」
「そっちじゃなくて」
「固いです。商売柄、秘密厳守ですから」
「それがね、父さんは僕に大学は医学部に行けって言うんだけど、」ちょっと間があいて、「僕は医学部には行きたくないんだ。というのも、……実は、僕には好きな人がいて、その子はあまり勉強できないし、金銭的な余裕もあまりないから一緒に医学部行けるわけでもないし、もし僕が行ったとしたら忙しくてその子と会えなくなるかもしれないし、それにあんまり医者になりたいとも思わないし、それで、ここに一時的に潜伏していたんです」
「ふむふむ。わかるよ、その気持ち。僕の父さんもそうだった」
「そうなんですか」
「うん。探偵になりたいって言ったら猛反対された。早く家業をついで川の神になれって言うんだ。条件付きで許してもらったよ。だから、行きたくないって言ったんだったらもう気持ちは伝わってると思うよ」
「それだったら、もう帰ってもいいかな。駆け落ちくらいのつもりで来たけど」
「やっぱりエノキくんのお母さんの役をしたのがその好きな子だったんだね」
「うん。でも、駆け落ちはちょっと冗談。まだ友達だよ」
「いっそつき合っちゃえば?」
「え?」
「好きでも告白しなかったら後で後悔するかもしれないよ」
「……うん。わかった。僕から勇気出して言うよ」
「もし失敗したりとかで相談したかったら電話してよ」
 三十郎は携帯の番号を言った。
「河童さん、本当にありがと。僕、頑張るから!」

 その夜、三十郎はミミズク氏に事件の一部始終を報告した。
「三十郎。事件解決おめでとう」
「ありがとうございます」
「でも、最後まで騙されていたようじゃの」
「何にです?」
「あの後、春ちゃんが健太くんにつき合ってほしいと言ったそうだ」
「春ちゃんって健太くんの好きな子ですよね」
「ああ」
「つまり、健太くんが先に告白できなかった。……それか、健太くんだと思っていたのが春ちゃんで春ちゃんだと思っていたのが健太くんだった、ですか?」
「後者じゃ」
「なんでですか?」
「健太くんが父親と進路のことでもめたのは事実じゃ。しかし本当に医学部に行きたくないのは春ちゃんの方なんじゃ。彼女は妖怪(ひと)のお腹を切ったりするのは怖くてどうしてもしたくないようでの」
「春ちゃんはあまり勉強できないし、お金もないっていうのは?」
「そんなの噓っぱち。だいたい自分のことを勉強できるって言うかね? 確かに健太くんに比べりゃ多少劣るかもしれないがあれは秀才中の秀才じゃから仕方ない。春ちゃんくらい勉強ができれば医学部には入れるじゃろう。それに春ちゃんも狐火学園に行っているんだからお金がないというのはまず間違いじゃ。電話のとき、無意識に『医学部』と自分のことを言ってしまって、あとは適当にとり繕ったらしい。ところが三十郎の調べが甘くてばれなかったから本人も驚いとった」
「健太くんのもめたのは?」
「健太君の父親は弁護士で、子供を法学部に入れたいようじゃが本人は嫌がっているということじゃ。春ちゃんが健太くんに相談して一緒に家出に踏みきったというわけじゃ。」
「どうやって化けたんですか?」
「事前に家に忍び込んで写真アルバムを見たらしい。別に何もとってはいないようじゃが」
 本当に手に負えない狐たちである。
「でも、どうやってわかったんですか?」
「わしの情報網じゃ。本人らが来ておるからの」
 二人の狐が近づいてきて、ぺこっと頭を下げた。
「こんばんは、川流さん。この度はご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「いえいえ。君は春ちゃんだね。で、後ろの君は健太くんだね」
「はい。……本当にごめんなさい」
 二人はミミズク氏に呼ばれてこの町に来て早速叱られたらしい。人の家に入るのはまだしも、化けるのはたちが悪いと。しかしミミズク氏も二人が親にまで怒られるのは可哀そうだと思ったらしく三十郎と談合する時間を与えてくれた。
そんなわけで三十郎は狐と一緒に、行きつけの喫茶店に入った。注文して暫くすると店の主人の五徳猫氏がコーヒーを運んできた。ちなみに五徳猫というのは頭から五徳の三本足が出て、二本に分かれた尻尾の先に火がついた少し人相の悪い猫の姿の妖怪である。彼は河童の渋い表情を見るや否やニヤニヤしている。
 さて、これから三人は沈んだ空気で不味くなりそうなコーヒーを啜りつつ、事件を穏やかにまとめる方法を考えるのであった。

さくらもち

さくらもち

前作に続いて河童探偵2作目です。

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