太平洋、血に染めて 「大五郎の思い出」

太平洋、血に染めて 「大五郎の思い出」

 第一話「炎のサムズアップ」と第二話「ぐっどらっく!!」の間に
 起こった出来事です! トーマスじいさんのシーンをカットしたもの
 を劇場版(第一話として)に収録しました!!
 なお、完全版には未収録です!!

*オープニング
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm8436183
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm2366873(予備)

 空が(あか)い。海も(あか)い。空母の甲板にいるのは自分とヨシオのふたりだけ。ヨシオは舳先(へさき)で仁王立ちになり、腕組みをしながら夕陽を見つめている。ヨシオがなにものなのか、大五郎にはわからない。空母の乗組員には見えないが、彼はいつもカタパルトオフィサーのイエロージャケットを羽織り、おなじくカタパルトオフィサーのヘルメットを身につけていた。
 舳先の示す水平線の向こうに、夕陽が半分沈みかけている。
「おじさん、ばんめし!」
 大五郎はヨシオのズボンをひっぱった。ヨシオは腕組みを解くと、だまったまま左舷(さげん)のタラップに向かって歩きはじめた。大五郎も、だまってヨシオのあとにつづいた。
 甲板の上に長く伸びる、ふたつの黒い影。右舷(うげん)中央にそびえるブリッジは、ミサイルの直撃を受けて上半分吹がき飛んでいる。ブリッジのまわりには、まん中から〝くの字〟に折れた戦闘機やヘリコプターの残骸が転がっていた。動力は生きているが、スクリューや舵は魚雷で破損している。この空母は自力で航行することができないのである。生き残ったわずかな乗組員と避難民の集団を乗せたまま、ただ当てもなく太平洋をさまよいつづけているのだ。
「あっ」
 大五郎とヨシオがタラップを降りようとしたとき、ひとりの老人が甲板に上がってきた。酔っぱらいのトーマスじいさんだ。
「へへ。夕陽を見ながら一杯やろうと思ってな」
 と、夕陽のように赤い顔でトーマスじいさんがニタリと笑った。どうやら、すでに〝出来上がっている〟ようだ。
「このあたりには、凶暴な〝海のギャング〟がうようよいるんだ」
 トーマスじいさんのよこを通り過ぎながらヨシオが言う。
「せいぜい海に落ちないよう、気をつけるんだな」
 肩で笑いながら、ヨシオはタラップを降りていった。
 トーマスじいさんは忌々しそうにヨシオの背中をにらみつけながら鼻を鳴らした。
「たまに口をきいたかと思えば、あの言いぐさよ」
 グチをこぼしながら肩をすくめると、トーマスじいさんはウイスキーのボトルを大きく傾けた。
「あんなやつに関わるとロクなことがねえぞ、ぼうず」
 息が酒臭い。
「あらいちゅー!」
 大五郎は鼻をつまみながらタラップを駆け降りた。


   ※あらいちゅー(荒井注)・・・・・大五郎は「アル中」と言いたかったらしい。

 夕食が済むと、大五郎はひとりで格納庫へ向かった。空母は外から見ると大きいが、艦内は通路の幅が狭く、どの部屋も小さかった。
 ちょうど甲板の真下に位置する格納庫は、とても広かった。艦首から艦尾までつづく、まるで立体駐車場のようなところだ。格納庫は戦闘機やヘリコプターなどを収納する場所で、ここで整備をしたりするのである。だが、この空母には飛行可能な航空機は一機も残っていなかった。本来なら航空機で埋めつくされている格納庫には、フォークリフトや航空機をけん引するためのトーイングカーが数台残っているだけだった。
 格納庫の天井には、梱包材の〝プチプチ〟のように並んだ丸い照明が端から端までつづいている。空母の中には陽の光が差し込まないので、通路や部屋には常に明かりが灯っていた。
 大五郎は左舷にある航空機用の大型エレベーターのほうに向かった。そこには、スクラップになった戦闘機が一機だけ放置されているのだ。戦闘機といっても、キャノピーが失われたコクピットの部分だけだ。それでも、大五郎は十分満足していた。操縦桿を動かしたり、スイッチをいじったり、遊園地の乗り物よりも楽しいと大五郎は思っていた。
 ――カチャン
 大五郎がコクピットで遊んでいると、ちょうど反対側の隅のほうで物音がした。大五郎はコクピットから身を乗りだして音のしたほうを見やった。
「あっ」
 男がひとり、格納庫の隅でなにか作業をしている。長い金属のパイプや戦闘機の増槽(ぞうそう)――機体の外に取りつける燃料の増加タンク。シッポのないマグロのような形をしている――をトーチバーナーで溶接して、なにかを組み立てているようだ。大五郎は男のほうへ行ってみた。
「おじさん、なにしてるの?」
 大五郎が声をかけると、男はバーナーの火を消してゆっくりとふり向いた。
「イカダをつくっているのさ」
 青い顔で男が笑った。ものすごく哀し気な、いや、どちらかといえば不気味な笑顔である。マユの端が下がっていて、とても残念そうな表情に見える。そして青白く濁ったうつろな瞳は、完全に喜怒哀楽を失っていた。
「坊や、名前は?」
 静かな声で男がたずねてきた。
「だっ、だいごろう!」
 いささか戸惑いながら大五郎は声を張った。
「お、おじさんのなまえは?」
 疑わしい表情をしながら大五郎も訊ねた。
「ブラウンだ。ガーランド・ブラウン」
「がー……らんど……?」
 大五郎は「はっ」とした。以前に観た映画で似たような名前を聞いたことがあるのだ。その映画の登場人物も、どことなくこの男に似ていたような気がする、と大五郎は思った。もっとも、その映画のタイトルは忘れてしまったのだが……。
 ガーランドがふたたび作業をはじめた。
「おじさん、イカダをつくってどうするの?」
「逃げるのさ」
 ガーランドは作業をつづけながら答えた。
「どこに?」
「どこでもいい。とにかく、この空母から脱出するんだ」
「どうして?」
 トーチバーナーの火を消すと、ガーランドはゆらりとふり向いた。()いだような青白い眼が、じっと大五郎を見つめてくる。
「ここにいたら死ぬからさ」
 ささやくような声で言うと、ガーランドは弱々しく首をふった。かすかに笑みを浮かべているが、マユの端が下がっているので泣いているようにも見える。そして、声にも張りがない。顔色も、まるで死体のように真っ青である。どこか体の具合でも悪いのではないか、と大五郎は一応心配してやった。
 ぼそぼそと呟くような小さな声でガーランドがつづける。
「この空母は、もう動かないんだよ。無線も通じないし、レーダーも故障している。そして水も食糧も底を尽きかけている。いいかい、ダイゴロー」
 ガーランドが大五郎の眼をのぞき込んできた。
「ここでじっと救助をまっていても、助かる保証なんてどこにもないんだよ」
「でも、うみにでたらサメにくわれるよ?」
「もちろん、危険なのはわかっているさ。でも、おじさんは生きる努力をしようと思う」
 そう言って残念そうな表情でほほ笑むと、ガーランドは妙な歌を口ずさみながらふたたび作業をはじめた。

 すべては~主の~御手(みて)に~♪

「へんなうた!」
 大五郎は飛び跳ねながら笑った。
「おまじないさ」
 ガーランドは歌いつづけた。大五郎も、夜の格納庫に元気よく歌声をひびかせるのであった。

 いつの間にか眠っていたようだ。大五郎はスクラップになった戦闘機のコクピットで目を覚ました。ガーランドは、まだ作業をつづけているのだろうか。
「あっ」
 ガーランドがトーイングカーを使ってイカダを運んでいる。左舷のエレベーターに乗せて甲板に運ぶつもりらしい。
 鉄パイプで組んだイカダは大人が五、六人ほど乗れる大きさで、浮力は航空機用の増槽だった。〝川の字〟に並べた三本の(から)の増槽の上に、正方形に組んだ鉄パイプを溶接しただけのシンプルなものである。そして、増槽の両端部分には小さなキャスターがひとつずつ取りつけられており、地上でも楽に運搬できるようになっていた。
 いよいよ船出である。大五郎も、はりきってエレベーターに向かった。
「おじさん、できたんだね」
 トーイングカーの運転席でガーランドが親指を立てた。やはり、彼は残念そうな顔でほほ笑んでいるのであった。
 エレベーターが甲板についた。空は、まだ薄暗い。風はなく、波も穏やかそうだ。
「おじさん。このイカダ、どうやっておろすの?」
 甲板に上げたのはいいが、ここからどうやって海におろすのか。大五郎には見当がつかなかった。
「まず、イカダの後部に、このロープを結びつけるんだ」
 ガーランドがイカダの後部に長いロープの端を結びつけた。そして、空母の舳先にある適当な突起物に、もう片方の端を結びつけた。それから、鉄パイプに鉄板を溶接してつくったオールを別のロープでイカダに結びつけた。
「あとは、こうするのさ」
 ガーランドがイカダをうしろから押しはじめた。
「おっこちた!」
 海に落ちてゆくイカダを指差しながら大五郎は叫んだ。
「でも、おじさんはどうやってイカダにのるの?」
「このロープを伝って降りるんだよ」
 舳先にある突起物に結び付けたロープをつかみながらガーランドが言った。
「ダイゴロー、きみも来ないか? おじさんと一緒に脱出するんだ」
「やだ!」
「ここにいたら、まちがいなく死ぬんだよ?」
 大五郎の顔のまえにあたまをかがめてガーランドは言う。
「ダイゴローは、死ぬのが怖くないのかい?」
「こわくない!」
「ダイゴロー。きみはまだ小さいから、死ぬということがどういうことなのか、よくわかっていないんだよ」
「おいらは、こわくない! みんながいるから、こわくない!」
「きみってやつは」
 ガーランドが呆れたようにため息をついた。哀愁を帯びた瞳で大五郎の眼を見つめながら、ガーランドは弱々しく首をふっていた。
「それじゃ、おじさんは行くよ。元気でな、ダイゴロー」
「おじさんも、げんきでね!」
 ガーランドがロープを降りていく。背中には、大きなリュックを背負っている。三日分の水と食料が入っているらしい。
「さよなら、おじさん!」
 大五郎が手をふると、ガーランドもイカダの上から手をふって応えた。
 舳先の示す水平線が、にわかに輝きはじめた。日の出である。

 すべては~主の~御手に~♪

 白みはじめた空に、ガーランドのさわやかな歌声が響き渡る。大五郎は舳先でひざを抱えながらガーランドを見送っていた。
「まぶしい!」
 大五郎は掌で陽の光をさえぎった。白く輝く太陽の中へ、ガーランドのイカダが消えてゆく。
「――え?」
 イカダの右側から三角形の黒い背ビレが走ってくる。白く輝く波を切り裂きながら、走っている。ガーランドのイカダを目指して、まっすぐ走ってゆく。
「あっ!」
 黒い背ビレがイカダを切り裂いた。イカダはばらばらに砕け散り、ガーランドは海に投げ出されてしまった。ガーランドが溺れている。溺れながら、なにか叫んでいる。
「おじさん、あぶない!」
 ガーランドに向かって大きなサメが飛び跳ねた。
「くわれたーっ!!」
 大五郎は絶叫しながら飛び上がった。
 ガーランドは大きなサメにひと口でのみ込まれてしまった。
「おじさーん!」
 朝陽に向かって、大五郎は叫んだ。
 きらきらと輝く水面に、イカダの残骸がきらきらと輝きながら漂っている。

 すべては~主の~御手に~♪

 空耳だろうか。大五郎の耳に、ガーランドのさわやかな歌声が聞こえてきたような気がした。
「おじさん……」
 大五郎が例の歌を口ずさもうとしたとき、うしろのほうから足音がひとつ、ちかづいてきた。
「あっ」
 ヨシオである。彼は大五郎の傍らに立つと、腕組みをして水平線を見つめはじめた。
「おじさん、おはよー!」
 ヨシオはだまって水平線を見つめている。やはり、返事をしてくれないのだろうか。大五郎がそう思ったときである。
「小僧、名は?」
「だいごろう!」
「大五郎、か。いい名だ」
「おじさん、あのね……」
 大五郎は、さっきの出来事をヨシオに話そうと思った。
「……なんでもないや」
 やっぱりやめた。たとえ話したとしても、おそらくヨシオは関心を示さないだろう。
 大五郎はヨシオのとなりで水平線を見つめながら、ガーランドの歌をそっと口ずさんだ。

エピソード「大五郎の思い出」

               おわり

太平洋、血に染めて 「大五郎の思い出」

第二話「ぐっどらっく!!」へつづく!!


*エンディング
 https://www.youtube.com/watch?v=a8tS4a3OjUQ
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm1922896

*提供クレジット(BGM)
 この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました!
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm26416721
 https://www.youtube.com/watch?v=ATW98jAjD2E(予備)

【映像特典】
 https://www.youtube.com/watch?v=wu4aKZ-iwcE
 https://www.youtube.com/watch?v=fKq2X62kDAI
・ロックオン!(大五郎が戦闘機のコクピットで
 遊んでるシーンで使用したBGM)
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm13639478

太平洋、血に染めて 「大五郎の思い出」

第一話「炎のサムズアップ」と第二話「ぐっどらっく!!」の間に起こった出来事です!

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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