ジゴクノモンバン(1)

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一章 地獄の一丁目

ここは地獄の一丁目。地獄の門が聳え立つ。固く閉ざされた門の前に、二人の鬼が自分の身の丈ほどもある金棒を持って、直立不動で立っていた。
「なあ、青鬼どん」
「なんや、赤鬼どん」
「最近、ようけの人間がこの門を通りますなあ」
「ほんまや、おかげで、ここんところ毎日、二四時間交代制で、見張りせなあかんがな。おかげで、最近寝不足気味や。あー眠た、さっきから、あくびばっかりしてしゃあないがな」
「年は、小さい奴から、若いんを過ぎて、年寄りまで。肌の色は、白いんから、黄色を経て、黒いんまで、ほんまにようけ通りますな」
「ほんまに、ほんまや。最近は、中年いう世代かいな、若うもないし、年寄りでもない、中途半端の年の奴らが、特に多いわ。年齢だけでなく、生き方まで中途半端やったんやろか、背中丸めて、こそこそ歩きよる。生きとったとき、あんまり楽しいんなかったんやろか?」
「そうですなあ、まるで、地獄へ行くようなおどおどした顔の奴らばかりでっせ」
「何いうとんや。わしら、地獄の門番やで。ここ通る奴らは、みんな、地獄行きや」
「ほなけど、青鬼どん。あんた、地獄の中を見たことありまっか?」
「それや、それや、それやがな、赤鬼どん。恥ずかしい話やけどな、実は、わしは、かれこれ何十年も地獄の門番やってるけど、地獄の中は見たことないんや。わしら、青鬼一族は、先祖代々、地獄の門番の専門職やさかい、よっぽどのことがない限りこの門の中に入ることはないんや。地獄の話を聞こうと思うても、門で声かけた人間どもは誰も戻ってこんさかい、中のことはわからへん」
「それは、わたしら赤鬼一族も一緒でっせ。先祖代々、門番の仕事を仰せつかって、毎日一所懸命地獄の門を開けたりー、閉めたりー、閉めたりー、開けたりー、同じことの繰り返しばかりでっせ。いや、いや、何もこの仕事に不平不満があるわけではありまへんで。地獄に落ちてきた人間どもを地獄の中に放り込むんは、それはそれで大事な仕事やと思うし、気心の知れ、昔馴染みの青鬼どんとこうして一緒に門番の仕事できることは楽しいことや。そやけど、こうも毎日、毎日、同じことの繰り返しやとなんぼわしら鬼かて、ちょっとはいろんなこと考えますわ」
「そりゃ、そうや。わしも門番の仕事がいややちゅうわけではないけど、せっかく鬼として生まれてきた以上、全部とは言わんがせめて半分、いや十分の一、いや百分の一ぐらい地獄のことを知りたいんは、鬼の情ちゅうもんや。わしらだけでなく、この地獄で働く鬼たちも同じこと考えとんのと違うか」
「いや、いや、そんなこと考えとんは、わたしらだけやと思いまっせ、青鬼どん。みんな、毎日の生活に追い回されて、そんなこと考える暇がないんか、それとも考えることをやめてしまったんか、元から思いもつかんのか、そのうちのどれかでっしゃろ。足元ばっかり見て、遠い彼方の大事なことまで心が回らんのと違いまっか」
「そうやなあ、心が回らんと目が回って地獄に落ちてくるんかいな」
「うまいこと言いますけど、わたしらは、すでに地獄におりまっせ」
その時、ピー、ピー、ピーという笛の音とともに、おっちら、こっちらという掛け声に合わせて、電車ごっこの一団がやってきた。
「ここは地獄の一丁目、一丁目。さあ、みんな着きましたでちゅよ。ここが到着駅の地獄の門でちゅ。運転手は僕だ、乗客はみんな。みんなはここで降りまちゅよ。さあさあ、降りてくださいね。急いで、降りて、怪我をしてはいけませんから、ゆっくりでいいでちゅよ」
運転手役の鬼が振り向いて、着いてきた後ろの人間たちに向かって声を掛けている。しかし、一行が到着したにも関わらず、相変わらず話を続けている赤鬼と青鬼。たまりかねた運転手の鬼が大声をあげる。
「何、さっきから話してんでちゅか。いや、何話してんのや、赤鬼どんに、青鬼どん。さっさと、この門を開けてくだちゃい。いやいや、開けてえなあ。ほら、今日も、閻魔さまの命令で、百人もの人間どもを連れてきたんや、まさに一個連隊やで」
「これは、これは黄鬼どんやおまへんか。気いつかなんだがな。すんまへんな。こりゃまた、今回も、ぎょうさんの地獄行きの人間を連れてきましたなあ。それにしても、ええ大人が子供の電車ごっこかいな。しゃべり方まで赤ちゃん言葉になってまっせ。電車もそうやけど、あんたの船、こんなにたくさんの人間が乗りますのかいな」
「乗るも乗らんも、閻魔さまの命令やさかい、しょうがないやおまへんか。一人でもこの世の岸に残したらあかんのや。待っとる奴は、みんな、船に押しこんむんや。三途の川を無事渡ったら、そのまま陸に引きあげて、閻魔さまの前に座らし、閻魔さまのご裁定の後、極楽へ行く奴は桃鬼どんが道案内して、地獄に行く奴はわしが引き連れてきたんや。それにこれは子供の遊びやおまへんで。生きとったとき、ろくなことしとらんやった奴らやから、途中で逃げ出したりせんように、催眠術で子供の頃に戻しとんのや。この電車から降りた途端、ちゃんと元の大人に戻るんや。ほんまは、戻らんほうがええのかも知れんけどな。今から、地獄の怖いお仕置きが待ってるやさかい。まあ、それまでは、わしも電車の運転手や。こいつらに合わせて、赤ちゃん言葉しゃべってんねん。サービス、サービス。わしは、サービスのプロやからな。こら、どこへ行っとるんや、そこのガキ、いや、そこの坊ちゃん、そっちへ降りたらだめ、だめでちゅよ。ほんま、こいつら、ほっといたら自分勝手な行動ばっかりや。やっぱり、子供の頃に戻しても、言うこと聞かんがな。生まれたときから、地獄行きの性格なんやろか。そんなんやったら、元々、地獄で生まれたらよかったんや。わしがいちいちここまで連れて込んでもよかったのに。それにしても、ああ、しんど。たまには、わしも、桃鬼どんみたいに極楽へ行ってみたいわ。あっちは、たったの二、三人ぽっちやで。それに較べてわし一人で、こんだけぎょうさんの人間をここまで連れてこなあかんのや。地獄も最近赤字続きやさかい、人件費節約で、わし一人のワンマン電車になってしもうたんや」
「極楽へ行く奴は、そんなにちょっとの数でっか」
「よう聞いてくれた、赤鬼どん。そんだけ、最近は悪いことする奴がようけ増えたちゅうことや。それとも、ええことする奴がおらんようになったことだけのことかも知れん。まあ、どっちにしろ、連れて行くのが、ようけの人数でも、少ない人数でも、給料が一緒では、割が合わんわ。近頃、耳にする能力給制度や実績主義やないけど、もうちょっと、仕事の量で判断して欲しいわ」
「ほんま、黄鬼どんは、よう働きますな」
「わしもそない思うとる。このままずっと働き続けたら過労死や。死んだもんの面倒を見る奴が、死んでしもうたら洒落にならんがな」
「気いつけなあきまへんで。自分の体は自分が一番知っとるさかい。疲れたら、休まなあきまへん。計画的に、年休はとらなあきまへんで」
「休みを取りとうても、わしの代わりの奴がおらんから、取らへんのや。こないに、地獄に来る奴が多いんやったら、地獄も週休二日にしてもらわな、わしの体が持たんがな」
「ほな、閻魔様に、提言を兼ねて手紙でも書きまっか」
「黄鬼どんと赤鬼どんの話に割り込むようやけど」
頭をひねりながら青鬼がしゃべる。
「なんや、青鬼どん」
「わしら、鬼たちは死んだらどこへ行くやろか」
「そんなん、極楽に決まってまっせ。青鬼どん」
赤鬼が胸をはって答える。
「そうかいな。わしら、ずっと生きとるさかい、あんまり死ぬこと考えてないけど、人間を懲らしめとるんには間違いないやろ。やっぱり地獄と違うんかいな」
「何いうてますねん。わたしら悪いことをした人間を懲らしめとんでっせ。ええことしとんに間違いないですわ。それに、死んで地獄に行くんやったら、今と同じや。死んだ意味があらしません」
「そりゃそうやなあ。ほんでも死ぬことに意味があるんかいな」
「そりゃあ、あるんと違いまっか。死んだらすべてが終わりまっせ」
「そりゃ、生きとる時のことが終わるんだけで、死んだら死んだで、死んだ後の世界が待っとんと違うんか」
「なんや、頭がこんがらがってしまいそうですな。つまり、死んでも、地獄が待っとるということですか。ほんだら、わたしらまた、門番せなあきまへんな」
「何を訳のわからんこと言うてんのや、赤鬼どんに、青鬼どん。わしは忙しいから、早いとここいつらあんたらに預けて、また、船着場に戻らなあかんのや。さっさと、その地獄の門、開けてえなあ」
「すまん、すまん、黄鬼どん。今すぐ開けるさかい。なんや、その網にかかっとる人間たちは」
「こいつらか。さっき来る途中、わしが目を離し取ったら、船から三途の川に落ち込んだ奴らや。そのままにしといたら溺れてあの世に戻ってしまいよるさかい、急いで網で拾い上げたんや。網から出すんが、面倒くさいよって、そのままにしとんのや。ほんま、大変やで。船を漕ぎながら、人間救いもせなあかん。一人で何役もせなあかんのや。ほら、お前ら、さっさと、網から出んかい」
黄鬼が網を振り回すと、ふぎゃーと言いながら、生きていたときは救われなかった者たちが落ちてきた。
「ひい、ふう。みい、よう、九十八と、網から落ちてきた二人足して百。ほな、確かに、今回は、百人連れてきたよって、わしは電車に乗って船着場に戻るで。まだ、次から次へと人間が向こう岸で待っとるさかい。はよ戻らな、相棒の桃鬼どんに怒られるわ。ほな、後は任せたで、青鬼どんに、赤鬼どん。また、来るで、さいなら」
黄鬼どんはそう言い残すと、電車のひもをひきずりながら、ひとりで帰っていった。後に残されたのは、ひも電車から降り、元の大人に戻った地獄への一行総勢百人。
「おい、お前たち。今から、この地獄の門を開けるよって、ちゃんと並んで入るんやで。列乱しよったら、お仕置きがまっとるで」
地獄へ来たら、どうせ全部お仕置きやと文句を言う人間たち。
「何、ぶつぶつ、言うてんねん。地獄に来てから仏さんに助けてもらおうと頼んだかてもう遅いで。それは、生きとるときに、ええ行いして、頼むもんや。さっさと入れ。地獄の試練がお待ちかねや」
赤鬼と青鬼は地獄の門を開き、金棒を振り回しはじめた。人間たちは、何て乱暴な鬼や、地獄には人権がないのかと怒りながら、ぞろぞろと門の中に入っていく。

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地獄の門番を世襲制で勤める赤鬼と青鬼が、地獄に落ちてきた人間どもと一緒になって、観光気分で、生まれて初めて地獄巡りをするロードムービーです。 1章 地獄の一丁目編

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-26

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