「想い」の果てにある世界
始まりは契約
まずこの物語を読むにあたり、あなたに知っておいて欲しいことがあります。そして考えて欲しいのです。
「信仰」あなたはそれの真意をどれほど理解していますか。世界が始まって先ず初めに人は神を信仰し、偶像、時には人間へと対象を変化させました。対象にそれほどの価値はなくその「信仰」という行為自体に価値がありました。その大抵は昔からの戒め、言い伝え、あるいは権力者の陰謀で成り立っていました。そして今、此処に二人の〈神〉が信仰されはじめられました。
人間とは実に矛盾した生き物です。ある人はこう良いました。
「他人の自由を否定するものは、自ら自由を受けるに値しない。」
もっともな意見です。だけど僕は同感を持つだけで共感は持てません。当たり前じゃないですか、だってそんなものはただの綺麗言。人間はヒトの自由を奪いあいながら柵のなかで生きているのですから――――。
*
「お前もそうかよ、バカ。」
天からそんな声が降り注ぎ、この男『村内真吾』は自分を取り戻す。
「ここは―――あぁ、そうか教室。」
真吾は今まさに契約を終えたのだ。今から彼は一人の少女もとい神を信仰することになった。
「どいつもこいつも、俺の話をどうしてボーっと聞く。」
先ほどの天の声の主。真吾のクラスメイトの田辺涼太郎は不満を漏らしていた。いい加減気が付いても良さそうなものだけれど彼の話は毎回と言って良いほど面白くなかった。そのためクラスに友達は少なく彼はまともに話を聞いてくれる真吾のことを唯一の親友だと思っているのだ。実際のところ受け流しているだけの真吾からすればただ迷惑な話なのだけれど。彼は自らの話が親友の真吾にもまともに聞いて貰えずイラついていたのだった。
今、それどころではない真吾は適当に彼の不満を受け流し帰路に着く。平日の十五時半、普段よりも速足で帰宅すると予想通りの展開が彼をまっていた。
*
「しっかり分かるように説明しなさいよ。」
「だからさっきから私が説明しているじゃないですか、彼と私は将来を約束した仲だと。」
「あなたの話は信憑性がないの。本当のことを話してって言っているの。」
「どこが信用できないのですか、私の身分は先ほど説明したはずです。」
真吾がリビングの扉を開けるとあたかも戦場かと疑いたくなる様な有様になったそこに二人の少女は言い争いを繰り広げていた。そしてそこに投下される兵隊が一人、半ば諦め状態で重たい足をリビングへ踏み入れた。
時刻は十九時、妹の「村内美優」に状況を理解してもらい何とか現状は落着いた。無駄にあの少女が瓦解をうむような言い回しをしていたために三時間半もの時間を費やしたがそこは心の奥底に深く深く閉まっておこう。
美優には今後、協力してもらう必要があるだろう。真吾は素直に有のままを話したのだった。
契約と儀式とそれによる副産物
契約とは信仰であり服従であり信頼である。彼は生涯を通じて彼女の味方であり、彼女は彼の生涯において力を与える。ここにおいてこの規則は絶対であり破る事が出来ない。
そして彼は力を得る、彼女と共に過ごすための力を――――。
*
「つまるところそれは人生を捧げる事に等しい。」
夢の中に出てきた少女はそう告げた。余談だが僕は夢を夢だと気付くことが出来るのだ。夢の中なら何をしても許されるのだからこんなに楽しい時間はない。けれどこの時は何かが違ったのだ。何一つの根拠なく僕はこれが現実へ直行すると理解した。これが契約だと理解した。
「力が欲しいか。」
少女は僕に問いかける。
「力が欲しい。」
僕はただ一言、そう答えた。本当は力など必要なかった。僕はそれなりに満足した生活をしている。ただ、彼女が僕に問いかけたとき美しいと思った。僕が守らなくてはいけないと悟った。全てを犠牲にする決意を決めてしまった。全ては一瞬―――。光が僕の体に入り消えた。契約の証が確かに僕に宿った。
まずはこの少女に彼女に、話しを聞く必要がある。真吾は自分の部屋に人生で初めて家族以外の女性を招きいれ丁寧に扉を閉めた。ただこれは夢なのだけれども。
彼女は自らの目的を言う。
「私はミカです。リオを倒すために貴方と契約を結びました。これから先、私と貴方は運命共同体です。どうぞよろしく。今から貴方の家に行きますそこでまた会いましょう。」
「おかしなことを言うのですね、ここは僕の家ですよ。」
ミカが契約の時とは別人の様な口調で話しをするのに彼は驚きながらも何とか返事をする。と、同時に僕は現実へ引き戻された。
*
どれほどの時間がたっただろうか二人の間に会話はなく真吾は緊張していた。それもその筈、人生で二度目、彼は家族以外の女性を自分の部屋に招きいれていた。それも今回は現実で。
真吾は妹に説明した後、取りあえず話し合えと妹に言われ、改めて自分の現状を理解した。
「情報が少なすぎる。」
ボソッとつぶやいた声にミカは敏感に反応した。
「貴方はどのような力を得たのですか。」
彼が望んだ力を彼女は把握できていなかった。
「それは僕が聞きたい。僕にどんな力を渡したんだ。」
彼女は唖然とした。力を望み、得た時それが手に入ったと理解できる様になっている。こんな事態はありえないのだ。彼女は質問を続ける。
「では、貴方はどのような力を望みましたか。」
「ミカを守る力だよ。」
彼は恥しかったのか、いつもより小さな声でだけどはっきりとそう答える。それを聞いた彼女は頬を少し赤く染めながら頭の中で嬉しそうに彼をアホウだと罵倒したのだった。
契約とはそもそも力を望むものしか行わない。行えない訳ではないのだが、力を必要としない人間がどうして厄介ごとに自ら巻き込まれようとするのだろうか。実質、なにも望まない人間が契約できる筈がなかった。だが実際に彼は何の力も望まなかった。ただただ彼女を守りたいそれだけだったのだ。あえて言うのなら望んだのは彼女を守る力だった。
しばらく彼女は考え込みある見解をみいだした。
「面白い、空白ですか。」
そう呟き彼女は笑みを浮かべながら彼に自らの見解を説明しはじめた。
「貴方は力を具体的に指定せず望みました。つまり未定なのです。これから先、貴方が特定の力を望めばそれを手に入れる事が出来る筈です。ただし本来は契約の時に決定している力なので本当に心の底から強く望まなければそれは実現されません。契約とはそれほどに大きなものだからです。」
偶然なのだろうか彼が考え出した結論とそれは相似していた。彼はここで少し意地悪な質問をしてみる。
「もしその力がミカを傷付けるものだとしても手に入るのか。」
「試してみるといいじゃないですか。」
二人の関係を確かめるのにそれ以上の言葉は必要なかった。彼女は分かっていたのだ。彼にそんな事が望めないことを。望んでもそんな力は手に入らない事を。
その日、疲れていた彼はもう寝ることにしミカを妹に預けベッドにダイブした。
*
早朝、目覚めると定番過ぎる展開に真吾は少し心が揺れた。ミカが彼のベッドに潜り込んでいたのだ。果たしてどれ程の葛藤があっただろうか、彼は恐るべき精神力で何とか欲望を押さえつけ彼女を叩き起こした。彼女の第一声はこうだった。
「貴方は頭が弱いのですか。」
「僕は馬鹿ではない。」
「馬鹿なんて言っていませんよ。ただ心底アホウだとは思いますけど。」
彼は彼女の真意を分からなかったが、さほど重要な話ではないのだろうか、彼女は話をそらしてしまった。
「朝食を頂きたいです。」
「僕達には親がいない、だから家事は分担してやっている。食事は妹の担当だ。」
二人はリビングで美優の用意した朝食をとることにした。
*
結局のところ何も解決していない事に美優は呆れていた。
「兄貴は頭が弱いのか。」
本日、二度目になるその問いを彼は聞いていた。当然答など求めていない彼女はミカを睨みつけた。
「彼はアホウなのですよ。」
他人事のように目線を受け流しミカは食事を続ける。しばしの沈黙が場を制していた。
「ピルルルルルーピルルルルルー。」
それを打ち破ったのは電話の音だ。真吾は電話を取り美優に渡す。
「江崎さんからだ。」
彼女の親友である江崎陽菜は良く家に電話をかけてくる。少しはタイミングを考えて欲しいものだけれど、相手からすればそんなこと分かるはずがないのだから仕方がないのだろう。電話を切り美優は一方的に用事ができたと告げ勢い良く家を出て行った。
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彼女は怪談が好きというだけで、物語に深く介入してしまうのです。可愛そうですが、それもあの方の望んだことなら仕方がないのです。あの方の力は絶対性を持ち、不可能はありません。あの方の気の向くままに世界は姿を変えます。あの方は多分世界そのものなのでしょう。
*
その日、陽菜はある企みをしていた。最近学校で話題になっている怪談、儀式をしようというのだ。怪談好きの彼女の胸はいつにもなく高まっていた。噂を聞く限り、その儀式と呼ばれる怪談の成功率は約九割をマークしていたからだ。これまでの怪談とは分けが違うのだ。その高鳴る鼓動を何とか押さえつけ放課後まで待つと彼女は普段仲のいいグループを誘いその儀式を実行した。
〈儀式の内容は次の通りだ。〉
そう書き記された紙を広げ彼女達は期待と不安と疑心を抱きながら儀式の方法を再確認する。
●儀式は特別な場所を必要としない。
●儀式は三人以上で行い、全員で手を繋ぎ輪になる必要がある。
●儀式は参加者全員が同時に「儀式を始める。」と発言することで開始する。
●儀式は参加者全員の共通した願いを一つだけ叶える。
儀式は始まった。そしてこの少女達の願いは叶った。ただ少女達は一部始終をそいつに陰から見られていたことに気が付いていなかった。
「想い」の果てにある世界
続く