天から貰った危険物

『112億』
 2xxx年年現在の人口で、世界各国が食糧危機に陥っている。
 日本はまだそんな事にはなっていないが油断はしていられない。
 そんな日本のとある県のとある学校で、一人の生徒が授業を受けていた。
彼の名前は、神藤魔琴(しんどうまこと)。
 聖徳中学校二年Ⅱ組で、学校ではまだマシな生徒だ。見た目も普通より少しだけ陰鬱なだけだ。性格もいたって真面目だが、初対面で明るい、というイメージは、まずもたれないだろう。 
 聖徳中学校は不良学校だ。しかも生半可なものではなく、県下一という大層な肩書きまである。もちろん学校は荒れまくりで、至る所に落書きがあり、廊下には煙草が落ちていることもある。教室は喧嘩の戦場となったり、たむろしたりする場所など、いろいろな役目を果たしている。    
教師は完全に諦めていて、ここに来る教師というのは他ではすでに用済みになっているらしい。生徒会室は聖徳中のトップがおり、手っ取り早く頂上を取りたいならここに居る連中を叩けば良いという事だ。
生徒会も居ないというわけではない。しかし魔琴一人だけだ。そんな魔琴も家路についてい
た。
「はぁ今日も疲れた……」
 ちなみに今日は四月十一日。進級直後というわけである。

 四月十四日。
 魔琴がその日の授業を終え、帰ろうとしていたところに話しかけてきた奴がいた。
「よぉ、神藤」
 二年Ⅳ組の橘川涼太(きっかわりょうた)だ。
 去年同じクラスだった奴で、人は悪くない。少し古めの特攻服を着ているがそれ以外には特におかしな所は無い。たしか前にいたグループとはちょっとしたトラブルがあり、抜けたはずだ。
「おぉ、久しぶり」
「お前、今時間あるか?」
 きた、不良の決まり文句だ。橘川が一人で絡んでくることはまずないから、やはり新しいグループに居るということだ。ここで素直に応じると間違いなく無傷ではすまなくなる。
「悪い。今日ちょっと用事があるから」
「いいじゃねぇか。ちょっとだけだから」
「お前のちょっとは、二~三時間くらいあるだろ」
「そこまでひどくはねぇわ。ほんとちょっとだから。頼むぜぇ」
「そうだぜ、神藤」
『ちょっとだからさぁ』
そう話しかけてきたのは三年Ⅳ組の金堂隼人(こんどうはやと)と、三年Ⅰ組の渡邊碧透(わたなべあおと)だ。
 二人とも聖徳中四天王だ。基本的に二人で行動していて、大抵の相手なら一分もかからずにやってしまうという噂があるほどだ。
 そんな二人が何故こんな所にいるのか、魔琴は理解できなかった。だが、すぐに答えがでた。
「本当に時間がねぇなら、つくればいいだろぉが」
 御子上凱亜(みこがみがいあ)。
 聖徳中最強と呼ばれている者だ。ちなみに三年Ⅲ組。
さすが聖徳中最強とだけあって不良の手本のような格好をしている。しかし、よく見ればただ単にかっこつけるために着ているのとは違うのがわかる。本当の怪物だ。
 これなら、金堂と渡邊がここに居る理由にもなる。
 とにかくこれはまずい。不良グループとかそういう問題ではなく、単純に四天王二人と聖徳中最強に囲まれれば誰でもそう思うだろう。
「あれ? 御子上もぉ出て来ちゃったの」
『そうだぜ。まだ早いって。もうちょっと俺たちに任せても良いじゃねぇか。出番少なくなるしなぁ』
「うるせぇ。ちょっと黙れ」
「ひぃ、怖っ」
『そんなカリカリするなって』
聖徳中最強を相手に、凄い会話するなぁさすが四天王と思いながらも、魔琴は脱走準備をする。この隙になんとか逃げられるかもしれない。しかし、そんな魔琴の最後の望みは
「おい。とにかくついて来い。文句は言わせねぇ」
簡単に途切れてしまった。
もうこうなったらついて行くしかない。ここで逆に刺激して病院送りなんてことになったら、余計面倒くさい。
「わかった」
「少しでも逃げるそぶりを見せれば、その時点でぶっ殺す」
「わかってるよ。でも、一つだけ聞いて良いか?」
「何だ? 早く言え」
「何で俺? 他にも強い奴は沢山いるだろ」
「ふっ、そんなことか。別に、お前を仲間にいれようってわけじゃねえ。まじめに勉強なんてしてるお前を見てるとむかつくんだよ。だからお前をボコボコにするってことだ。そんだけだ」
(おいおいマジかよ。勧誘じゃなくて最初からボコボコにするつもりだったのかよ。こうなったらダメもとでも、グループにはいるとか言って許してもらうようにしてみるか)
「そういう事か。だったら俺が、あんたらのグループにはいらせてくれって言ったら、許してくれるか?」
「そんな事で許すか。別にグループにはいれとはいわねぇ。これから先、お前がどうしようがそんなの知らねぇ。ただお前を一回ボコボコにするだけでいいから。そうすれば、俺たちの気も晴れるし、この先お前を守ってやってもいい。お前は、今日、一回ボコボコにされるだけで、この先からまれることもなくなる。それも保障してやる。どうだ、いい話だとは思うけどなぁ」
(やっぱ許してくれないか)
一見いいことを言っているように見えるが、要は、今日ボコボコにさせろって事だ。
魔琴はその意図がすぐにわかった。しかし、もう引くのは難しいと思って無駄な抵抗はしなかった。
「わかった。すきにしてくれ」
「おっ、話せばわかんじゃねぇか。じゃあ、さっさと行くぞ。余計な無駄話で時間食っちまったからな。橘川お前はもういいぞ。帰れ」
「えっ、御子上、それ酷くない?」
「うるせぇ。お前手加減しそうだしな。元クラスメイトだからとか言って」
「……」
「ほらな、やっぱりだ。だから帰れ」
「……わかった」
(げっ、橘川帰るのかよ。これはまずいなぁ)
「他の奴も手加減するなよ。じゃあ早く行くぞ。これ以上時間を無駄にするわけにはいかねぇ」
「は~い」
『わかってるって』

 七区の公園。聖徳中からさほど離れておらず、そこそこの広さがあることから、喧嘩、タイマン、などの時なんかによく使われる公園だ。他校との乱闘も大体ここでやっている。
そんな公園で魔琴は、御子上、金堂、渡邊、下瀬古、墨岡、蜂野、椿、の七人の三年に囲まれていた。全員不良というのは言うまでもない。
下瀬古は、去年のトップの補佐をしていた奴だ。墨岡は、無口だが実力は確かだ。蜂野は、御子上の良いライバルで何回も喧嘩をしている。椿は、警察に何回かお世話になっていて、おそらくこの中ではある意味一番危険だろう。
 もはや一触即発状態だ。いつやられてもおかしくない。
魔琴も喧嘩は弱くはないのだが、これだけの大人数は相手にできないし、第一、相手が怪物ばかりで、一人ずつでも恐らく勝てないと思う。魔琴に今出来るのは、どれだけ自分が受けるダメージを少なくするか、ということだ。最低でも歩いて帰りたい。
「どうする? 誰からする?」
 蝶野が聞いた。
「一人ずつやるの?」
下瀬古が言った。
「面倒くせぇなぁ。さっさとやるぞ」
 御子上の一声。
(くる! 誰からだ? 全然わかんないぞ)
 一応背中は壁に預けてあるが、何の慰めにもならない。
 脱走する隙もない。
 ヒュッ! と風を切る音がした直後、魔琴は右脇腹に激しい痛みを感じた。足で蹴られたと思うが、軌道さえも見えない。とてつもない速さだ。
 勝敗はもう決定していた。
 渡邊に蹴られた直後、金堂と墨岡が同時に殴りかかってきた。渡邊の蹴りよりは速くはない。だが、ギリギリのところで急所を外させるのが精一杯だった。嗚咽がはしったが何とか耐えた。
 しかし、その次の御子上の一発を魔琴はもろにくらい、ほとんど意識がなくなった。そこが限界だった。
その後のことはほとんど覚えていない。気がついたら周りには誰も居らず、魔琴だけだった。どれくらい時間が経ったのかさえわからなかった。空はまだ明るいが、夕暮れ時に近づいている。
 指を動かしてみる。とりあえず大丈夫だ。目もやられていない。耳も聞こえるようだ。五感は使えるようだ。腕や足も、恐らくついている。相手が道具を使わなかったのは幸いか。
ここまで一方的にやられながら、五体満足でいられるほうが珍しい。
(まぁこれで、今後からまれることもなくなるか。御子上が言っていた事が、本当ならばだけど)
「はぁ、歩けるかなぁ」
 魔琴は、そう言って、立ち上がってみる。すこしふら付いたが、歩ける。
何かの視線を一瞬感じて、まだ誰か残っているのかと思ったが、周りを見てもやはり誰もいないので気のせいだと思った。気にしてもしょうがないし、明日も学校あるから帰るか、と思い、公園から出ようとした瞬間、
「ねぇ」
誰かに話しかけられた。

 時間はすこし戻る。魔琴が、ボコボコにされているところを、見ている人物がいた。
「あーあ。こりゃ悲惨だな。思った以上に弱いし」
その人物はそう言った。
 それから五分後には、魔琴を囲んでいた三年は居なくなっていた。
その人物は、
「おっ、やっと終わったかな。後は彼が起きるまで待つだけか」
そう漏らした。

 魔琴に音も立てずに話しかけてきたのは、女子だった。
 天空美夜(あまそらみよ)。
 魔琴の幼馴染で、中二までの八年間ずっと同じクラスだ。  
 茶髪のストレートで、その髪は腰のあたりまで達している。背は比較的小さく、天使というのがとても似合う清楚なイメージだ。眼はなぜか碧眼で欧米人と見間違えるかもしれない。指は細くすごく鮮麗だ。
性格も悪くはなくいたって普通なのだが、なんとなく難しい感じだ。
 しかし、美夜は去年の夏から不登校で、実際、魔琴も顔を見るのは七ヶ月ぶりだ。噂では男子に告白されすぎてそれが嫌になり不登校になったという。
 最初は驚いたものの、そんな美夜が何故魔琴の前に突然現れたのか。何故、この場所で魔琴がやられることを、知っていたのか。そして、どうして不登校になったのかなど、魔琴は聞きたいことが沢山でてきた。
「神藤君だよね?」
「……あぁ」
「私が、目の前に居るのがびっくりでしょ」
 美夜は凄く笑顔だった。
「なんでお前こんなところに居るんだ?」
「別に、私がどこに居ようと勝手でしょ」
「まぁそうだけど。で、俺になんか用か?」
「神藤君こそ私に聞きたいことあるんじゃないの?」
(うわ、見抜かれてる)
「無いと言ったら嘘になるからなぁ」
「でしょ」
「じゃあ幾つか」
「いいよ。あっ、でも私にも答えられる範囲ってのが、あるからね」
「わかってる。無理に答えろとは言わない。じゃあ一つ目」
「うん」
「どうして不登校になったんだ?」
「うーん…………。やっぱり、私が話そうと思っていたことを話してもいい? そうすれば、不登校のこととか色々説明できるから」
(相変わらず掴み難いなぁ。まぁそれも天空の個性か)
「わかった。天空が話しやすいようにしてくれればいいから」
「ありがと。じゃあどこから話せばいいかなぁ。まぁ、まずは夏休みの間になにがあったか、から話すわね」
「うん」
「単刀直入に言えば、私はある力を手に入れたの」
「ある力……?」
「そう。その力がこれ」
 美夜がそういうと、突然彼女の周りに四本の剣が現れた。本当に突然だった。剣は美夜を守るように、剣先を上に向けて浮いている。
 魔琴は、自分が住んできた世界が壊れる音がした。現在の物理法則では、到底説明できないような現象。科学者が目にしたら、自分は何をやっているんだ、と自問自答を繰り返してしまうだろう。
「どう。驚いたでしょう」
「おっ驚いたっていうレベルの話じゃないぜ、これ。お前……何でこんなことが出来るんだよ?」
「だから、これが私の手に入れた力なの。もうちょっと詳しく話すと、この剣を自分の物として扱う、ということなんだけどね」
「そんな事言われても……それにその四本の剣に何かあんのか? まぁ虚空から突然出てきただけでもすごいけど」
「えっと、この剣はね、異世界とつながっているの」
「はぁ? どうゆうことだよ」
「厳密には、一本につき一つの異世界とつながっているんだけどね。」
「それでもまだ意味が分かんないのだが?」
「じゃあ、ちょっと長くなるけど、私が知ってることを話すね。まず、この白と黄色を基調にした、他の剣よりすこし太いのは、天使が住む世界、通称『天界』とつながってるの。次に、このほとんどが黒でできていて、他の剣よりすこし細くて長いのは、悪魔、又は堕天使、が住む世界、通称『魔界』とつながってる。で、そこのマンガとかにでてきそうな日本刀は、私達、人類が住む世界、通称『人界』とつながってる。四つ目の、その七色に光り輝いていて常に形が留まっていないのは、この地球がある世界、通称『地界』とつながってる。けど、この『地界』と、さっき説明した、『人界』はすこし特殊で、同じ世界に在るのに別々に扱われているの。で、最後にもう一本あるんだけどわかる?」
 美夜は一本一本の剣を丁寧に説明していった。
「なるほど。大体のことはわかったけど、剣は四本しかないのに五本目があるってところだけは全く理解できん」
 魔琴は率直な感想を言った。
「正確には四本しか見えてない。でも、確かにここに五本目の剣が存在するの。無色透明で私にも見えてないんだけど、ここにあるって感じるの」
「そうなのか。じゃあここにあるってことにして、その五本目の剣はどんな異世界とつながっているんだ?」
「その世界にはね名前がつけられないの」
「名前がつけられない?」
「そう。だから人によってその世界の呼び方は違うの」
「そうなのか。それでお前は何て呼んでるだ?」
「『真界』」
「『真界』?」
「そう。『真界』。その世界には何もなくて、誰も見たことがないんだけど確かにそこに存在しているの。簡単に表すなら、『無』ってこと。これで、とりあえず私が手に入れた力について、知っている事は話したけど、ここまでで質問は?」
「えっと、沢山あるけど二つだけいいか?」
「わっかた」
「一つめ目は、そんなに重要じゃないんだけど、それぞれの異世界に通称があるなら、その剣にも名前とかあるのか?」
 魔琴は見えている剣四本と、そこにあるはずの五本目の剣を指して言った。
「まぁ正式な名前は無いけど、私はその剣に対応している異世界の通称の頭文字をとって呼んでるよ。例えば『天界』につながってる剣なら「天剣」みたいな感じで」
「でもそれって「人剣」とか「地剣」になるんだろ。なんかおかしくないか?」
「だってしょうがないでしょ。呼びやすいように呼んだらそうなったんだよ」
「まぁ分からなくもないが。じゃあ二つ目」
「うん」
「これは意外と重要かもしれないんだけど、異世界とつながっているからなんなんだ?」
「ふぇ?」
 美夜は想定外の質問をされたみたいで、変な声を出した。それでもなんとか頭を回転させ、魔琴の質問に答えたようだった。
「えっと、剣が異世界とつながってるってことは異世界は存在するの。これってすごい事じゃない? 私は、はっきり言ってこの世界に飽きていたの。でもこの力のおかげで異世界とつながってるのよ。これを使わないわけにはいかなでしょ?」
「うーん……まぁ確かにそんな力があったら使いたくなる気がしないでもないが……」
「でしょ」
「でも、その力ってどうやって使うんだ? 剣が異世界とつながってるってだけで、その異世界に行ける訳ではないんだろ?」
「まぁ確かにそうなんだけど、ある方法を使えば行くことができるの」
「どんな方法なんだ?」
「その剣で斬られればいいの」
 美夜は凄くあっさりと言った。
「斬ら……れるのか」
「そう」
「それって、斬ったものならなんでも異世界にいくのか?」
「うん。正確には命のあるものだけだけど」
「じゃあ木とかでもいくんだな」
「うん。だからもちろん人もいくよ。ここ重要ね」
(人もいくのか。まぁ普通に考えればそうだよな)
「その斬られた人って異世界にいったあとどうなるんだ? 帰ってこれるのか?」
「いや。現段階では帰ってこれないよ」
「……それって死ぬことと一緒じゃないのか? もっと言えばこの剣を使った奴は人殺しと一緒じゃないのか?」
「それは違う!」
 いきなり美夜がそう言った。魔琴が聞いたことの無いような大声だった。
「ごめん……。ちょっと熱くなりすぎたね。でも本当に違うの。これを使っても人殺しになんかには絶対にならない。あんな奴らとは一緒にしてほしくない」
美夜は落ち着きながらもきっぱりとそう言った。
「……そうなのか。とにかく人殺しにはならないんだな。俺はそれだけ分かればいいよ」
「ありがと。えっとこれで質問はいい?」
「とりあえずは」
「それで次になにを話せばいいんだっけ?」
「美夜がどうしてこのタイミングで俺に会ったかってことかな」
「あー、わかった。じゃあその事話すね」
「うん」
「えっと、理由は二つあってどっちも話したほうがいいよね?」
「できればそうしてほしいけど、……つらいことなら無理しなくていいよ」
 魔琴はさっきのことを思い出してそう付け足した。
「いや大丈夫。心配してくれてありがと」
美夜は笑顔でそう答えた。その顔があまりにも可愛くて、魔琴はつい見惚れてしまった。そんな魔琴の様子を知ってか知らずか、美夜は
「あれ、どうかした?」
そう聞いてきた。
 魔琴は慌てて
「いっ、痛っ、いやなんでもない」
舌を噛みながらもなんとかそう答えた。
「そう。ならいいけど。で、理由っていっても二つがつながるから結果的に一つになるんだけど……どうでもいいよね。それで一つ目の理由は剣が余ったからなの」
「剣が余った?」
「うん。力を手に入れたときに、なにかの手違いでそれぞれ二本ずつあるんだよね。それで二本持ってても意味ないから、神藤君にあげようと思ってき来たの」
「なっ、何で俺なんだ?」
「え? 幼馴染だから」
 美夜はさも当然のことのように言った。
「……まぁいいや。で、その剣ってそんな簡単に渡していいものなのか?」
「うーん、たぶん駄目かな。でもいいよ。大丈夫」
「いや、それを言われて安心できるわけ無いだろ」
「えっ、そう?」
「それに二本あるなら、二刀流とかで使えるんじゃないのか?」
「それは無理でしょ。だって一本のほうが楽だし扱いやすいし、それに私、女だし」
「……最後のそれいる?」
「一番大事だよ! それに私も二刀流を何回か試してみたけど、次の日の筋肉痛とかやばすぎて、一日中ベッドから起きられないこともあったんだから。剣の処分もできないし、どうしようかと考えた末に、誰かにあげるっていう案を思いついたんだよ。だからお願い。この剣を受け取ってくれない?」
 美夜は眼に涙を浮かべかねない顔で頼んできた。
「そう言われてもなぁ」
 魔琴は表ではそうは言ったものの、内心美夜を助けたいと思っていた。
「ダメ?」
 魔琴はその美夜のダメ押しに完全に負けた。
「……わかった。でもその剣を預かるだけだからな」
「本当?」
「あぁ、嘘ついても仕方ないからな」
「嬉しい! やっとこれで……」
「うん? どうした?」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
「うっ、うん」
 魔琴は美夜の感情の起伏の差に若干驚きつつも、元気を出してくれてよかったと思った。
「ねぇ神藤君」
「ん?」
「どうせ持ってるなら使いたいと思わない?」
「えっ、それってなんかさっきと言ってること違うような……」
「だって持ってるだけじゃもったいないでしょ?」
「でも……」
「本当に使いたくない?」
 魔琴は美夜の強い押しに、また負けた。
「まぁ使いたいかも……」
「でしょ」
「でっ、でも使い方とかわかんないし。どう使えばいいのか……」
「大丈夫。私が教えるから。それに私の二つ目の理由もこれだし」
「どうゆうこと?」
「神藤君と一緒にこの剣の修行をするってこと。これが二つ目の理由だから」
「一緒に修行って……まさか、お前この剣使えないのか?」
「いや、そうじゃなくて、一人だとどうしてもできることが限られるじゃない。だから神藤君と二人ですれば今まで出来なかったこととかできるし、それに、人に教えることで見えてくることもあると思うの」
「まぁ確かに一人よりは二人でしたほうが上達するわなぁ」
「それに……」
美夜はいかにも恥ずかしそうに言った。声が小さすぎて最初のほうしか聞こえず、なんて言っているのかわからなかった。
「え? なに?」
「……」
 それでもまだ恥ずかしいのか、美夜は黙ったままだった。
「まぁ言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「いっ、痛、いや言わせて」
 美夜はかなり動揺しているようだ。彼女が舌を噛むなんて珍しい。
「……うっ、うん。待つから。気持ちの整理ができてからでいいよ」
 魔琴はなんだかドキドキしてきてしまった。
「ありがと。でも、もう大丈夫。まだちょっと恥ずかしいけど……これは言わなきゃいけないことだから」
「そんなに重要な事なのか?」
「いや、剣には全然関係ないことだけど、個人的にはすごく重要な事だから……」
「そう、なのか」
 魔琴は自分の頭の中から余計な雑念を追い出したかった。けれど追い出そうとすると結局そのことを考えてしまい、結果的に頭の中での悪循環をおこしてしまっていた。そのせいで舌が上手く回らず、美夜に変な返事を返してしまった。
「そっ、そんなに変なことじゃないから、神藤君も普通に聞いてね」
「わっ、わかってる」
 美夜は意を決したようだ。
「私は――」
 その後の美夜の言葉は聞こえなかった。というより聞くことができなかった。
ドッ! という音がしたからだ。そしてその直後、魔琴の体は中に投げ出されていた。受け身も取れず、三年から受けたダメージもあった魔琴は、地面に打ち付けられた。
意識こそはあったものの体は全く動かなかった。むしろ意識があっただけでも奇跡と呼べるぐらいだった。
(くそっ、美夜は大丈夫なのか?)
 辺りを見渡してみても砂埃が舞っていて視界が悪く、美夜の姿は見えない。けれど近くに倒れているような感じもないから、とりあえず直撃はさけたということがわかった。
 それから、どれくらい時間が経ったかわからなくなってきた時、どこからか
「あれー? 逃がしちゃったかな?」
そんな声が聞こえた。しかし、魔琴はそっちに顔を向ける余裕もなかった。
「まぁいっか。チャンスはまたあると思うし。今日は一旦退散かなぁ」
 その声が男か女かもわからないほど急速に、魔琴の意識は無くなっていった。魔琴が意識を失う前、最後に見たのは美夜が自分に駆け寄ってくるところだった……

 ドッという音がする直前、美夜はとっさに後ろに三歩下がっていた。一瞬でも遅れていたら、今頃美夜はこの世にいなかっただろう。
奇襲にも程がある。せっかくいいムードだったのに、と思いながらも美夜は戦闘準備に入っていく。美夜は一人で一国の軍隊とも渡り合えるぐらいの力をもっているから、美夜に気づかれずに奇襲を仕掛けるということは、相手も相当な猛者だろう。
(この戦いに神藤君を巻き込んではいけない。今は相手に勝つことよりも、神藤君を守ることを優先させなくちゃ)
 美夜は一瞬でそう判断した。
 そして魔琴の位置を確認しようとしたがそこで彼女は気づいた。さっきの砲撃かなにかで砂埃が舞い、視界が極端に悪くなっていたのだ。
(これはマズイ……。ここで神藤君を消されたら、今までの私の努力が全て水の泡になる。それだけは何としてでも避けなきゃ。でも、どうすれば? いやいや落ち着け。最初の一撃は私を狙って撃たれたものだった。だったら相手の狙いはおそらく私。もしかしたら相手は神藤君に危害をくわえないかもしれない。今はその可能性に欠けるしか……だったら、隠れておくしかないみたいね)
 美夜はその答えをはじき出すまでにわずか一秒の半分もかからなかった。
 彼女が手に入れた力は五本の剣だけではなく厳密には、超人的な肉体と思考回路も含まれていた。そうでなければ軍隊とも渡り合えないし、最初の一撃も避けられなかった。
「見―つけた」
 ッ! 美夜は慌てて振り返った。まただ。近くにいるのに全く気配が感じられない。
(これは相当な奴ね……おそらく奴とはまともに渡り合うことさえできないわね。ここは全力で逃げるに他ないわ。隠れるなんて悠長なことしてられない。相手を私が引き付けておけば、神藤君にも危害が及ばないしね。彼には悪いけど、もうちょっと待ってもらって、後で回収するしかないわ)
 美夜はそれだけ考えると、あとは全力で逃走することだけを考えた。本気で逃げれば一秒で約一キロは移動できるが、その姿を一般人に見られたら後々面倒くさいし、なによりこの場所からそんなに離れたくないと考えていたから、その力を使うことはためらった。
そのかわりに周りの気配に全神経を集中させた。なんとか極僅かな気配を感じ取ったが、それ以上は感じ取れなかった。
 美夜は逃走の仕方の最終確認をして『真剣』を手に取った。五本の剣は攻撃だけでなく防御にも一応使える。
ちなみに剣の攻撃の仕方にも色々あって、そのままの切れ味で相手をぶった切るのもいいし、真空刃を起こすこともできる。高度なものになってくると、地震や雪崩、嵐などの自然災害を起こすこともできる。
 もちろん防御でも使えないことはないのだが、攻撃と違ってただ振り回すだけでなく自在に操ることが必要になってくるから明らかに攻撃のほうが有利だ。
しかも美夜はそんな大技をまだ使うことが出来ないし、なにより魔琴が近くにいるということで彼に危害を加えないように戦うとなるとそんな技は使っていられない。結果的に剣で出来る防御は微々たるものだった。
 実際には、剣にも頼らず、持ち前の身体能力で攻撃をかわし続けた。途中で逃げるということを考える余裕もなくなっていた。
 やがて相手の攻撃もおさまってきて、ある時を境にぴたりと攻撃が止んだ。
 美夜は防戦の途中で一つの疑問を持ったが「まさか、そんな馬鹿な」と思い強引にその疑問を否定した。
 美夜はそれより魔琴のほうが心配だった。流れ弾が飛んだとは思わなかったが、それでも姿が見えないと心配だった。辺りを見渡しても砂埃で視界が悪く、魔琴は見つからなかった。
それから十分くらい探しただろうか。視界もだいぶ晴れてきて周りの様子がはっきりとわかるようになってきたころ、三十メートルぐらい先に誰かが倒れているのがわかった。
 美夜が急いで駆け寄ってみるとやはり魔琴だった。どうやら彼は気を失っているみたいだが、目立った怪我はないようだ。
「大丈夫?」
返事がくるとは思わなかった。しかし、美夜はそう聞かずにはいられなかった。
「とりあえずどっか安全な場所に運ばないと」
 美夜はそう言うと魔琴を軽々と持ち上げ、公園を後にした……

 魔琴が目を覚ますとそこは家の中だった。魔琴が居る部屋の中には何も置かれておらず、とても質素な造りだった。
隣を見ると美夜が座っていた。どうやら寝ているらしく目を閉じていた。
魔琴は今が何時かもわからなかった。とりあえず美夜を起こしても悪いのでそのままにしておいて魔琴ももう少し休むことにした。
 それから二時間後、美夜が目を覚ました。彼女はまず時間を確認した。時計の針は六時のところを指していたが、外が朝靄に覆われていることから午前六時ということがわかった。昨日の公園での一騒動が、大体午後五時前後だったことを考えると、そこからもう一二時間以上が経っているということだ。
 魔琴も美夜が動き出したのに気がついて目を覚ました。
「あっ神藤君おこしちゃった?」
「いや、そんなことはない。大丈夫」
「そう。よかった」
 美夜は笑顔で言った。だが、その後の会話が続かず、なんとなくぎこちない空気が流れた。しばしの沈黙。魔琴はそれに耐えきれず話を切り出した。
「あ、あのさ」
「うん?」
「ここ何処だ?」
「あっ神藤君には説明してないんだっけ」
「うん」
「ここは私の家」
「お前の? えっ、一人で住んでるの?」
「一応は、ね」
「そうなのか……」
 魔琴はなんだか聞いてはいけないことを聞いてしまった感じがした。
「あっ、別に気を遣わなくていいよ」
「いや、でも……」
「大丈夫」
「そう、か?」
「うん」
「もう一ついいか?」
「もちろん」
「俺を助けてくれたのはお前だよな?」
「うーん……なんかちょっと違うけど一応は」
「その、ありがと……」
 魔琴はその一言がものすごく恥ずかしかった。けれどその後の美夜の言葉に魔琴は驚いた。
「ううん。私のほうが謝らないといけないのに、お礼を言われるなんてみっともないよ」
「なんでお前が謝るんだよ」
「あのさ……」
「ん?」
(話の切り替え方が鋭すぎる……でも……)
 まただ。あの時と一緒だ。何かを言おうとしているのだろうけど恥ずかしい感じ。美夜がこの状態になってしまったら魔琴に出来ることはない、とさっき感じた。ただひたすら待つだけだ。それが何分何時間なのかはわからないが、待つだけだ。
「呼び方……」
「呼び方?」
 魔琴はいきなりすぎて、何を言われているのかわからなかった。
「だから、呼び方を……その……「お前」じゃなくて昔みたいに「美夜」にしてほしいんだけど」
「はい?」
「簡単に言ったら「美夜」って呼んで欲しいってこと……」
 最後のほうは聞き取れなかったが、魔琴は美夜の言いたいことがわかった。美夜のことをお前と呼んでいたけど、それを美夜にしてほしいということだ。魔琴は、なんだそんな事かと思った。
「わかった。「美夜」な」
「うっ、うん」
 美夜が恥ずかしそうに俯くから、なんだか魔琴まで恥ずかしくなってきてしまった。
「それで、美夜」
「はっ、はい」
 美夜はなんだかすごく緊張した返事を返した。
「昨日のあれは何だったんだ?」
「あれは奇襲だったの」
 美夜はさっきの恥ずかしい素振りを少しも見せずそう答えた。
「奇襲って何だよ? それに美夜は大丈夫だったのか?」
「うん。まぁそこは何とか切り抜けたけど……」
 美夜はそのあと十分ぐらい昨日の戦闘のことを語った。
「で、結局大丈夫だったんだな」
「うん」
「美夜が無事なのはわかったけど、なんで俺は無事なんだ? その、最後に俺を拾ってくれたのは美夜だってことはわかったけど、戦闘途中に流れ弾とかきてもおかしくなかっただろ?」
「それはおそらく私を狙っていたから。それに相手がものすごい猛者だったから流れ弾とかも無かったんだと思う」
「それでか。でも、なんで美夜だけが狙われたんだ?」
「たぶん……これのせいだと思う」
 そう言って美夜は五本の剣を見せた。
「なんでそれを持ってると狙われるんだよ? 別に異世界とつながってるってだけで、他に凄いことは無いんだろ?」
「異世界とつながってるってことは充分すごいことだよ……って言ったよね。それにこの剣は、今までの世界にあった剣よりも莫大な力を使うことができるし、それを応用して自然災害も起こせるんだから」
「なっ、そんなことできるのか。それなら狙われてもおかしくないかもしれないな……」
「でしょ」
「それで結局奇襲を仕掛けてきたのはどんな奴なんだ?」
「私もそれを考えているんだけど、中々納得のいくような理由に辿りつかなくて困ってるの」
「納得のいくようなってことは、納得がいかなくても何かしらの答えは出てるんだな?」
「まぁあるけど……」
 美夜はそこで言葉を濁した。
「とりあえず言ってみろよ」
「でもこれは本当に、可能性として限りなくゼロに近いんだけど……」
「うん」
「私と同じ力を持った人が、とある理由で私を消しに来たってこと」
「美夜と同じ力……」
 そこまで言って魔琴は気がついた。
「それってまさか……」
「そう。そのまさかよ」
「その五本の剣か」
「そういうこと」
「でもこの力って、美夜だけが手に入れた特別な力じゃないのか?」
「私そんなこと言ってないわよ」
「えっ」
「確かにこの力は珍しいし強力だけど、私一人だけのものじゃない。世界中を探せば沢山いると思うし、日本にも全部で百人近くはいるんじゃないかな。まぁその中には剣を五本全部じゃなくて三本とか場合によっては一本しか持ってない人もいると思うけどね」
 魔琴は美夜が何を言っているのかよくわからなかった。しかし美夜が冗談で言っているとも思わなかった。少し考えた後魔琴は美夜のことを信じてみることにした。
「……一本だけって使えるのか。その……色々と」
「自然災害は技術と力があれば一本でも起こせるし、そもそもこの剣は一本扱うのに相当な体力が必要だから、二刀流や三刀流なんてしてる人事態見たことも聞いたことも無いんだけどね。だから五本持っていようと一本だけであろうと、戦闘能力にはほとんど影響が無いと考えていいわね。でも、しいて言うなら、剣が多いとカードを沢山使えるってことかな」
「剣が多いからって必ずしもいいわけではないんだな」
「そういうこと。で、話を戻すけど、その力を持ってる人が、こんな田舎の県に私以外に二人も三人も居るなんてことが考えられないのよね」
「まぁ、確かにそうだよな」
「だから私と同類の人が襲ってきたのは考えにくいのよね」
「でもさ」
「うん?」
「もし、美夜を倒すためだけに他の県から来たって考えれば、ありえなくも無いんじゃないか?」
「あっ、その手があったか……だったら、可能性が格段に上がるわね。本当に私と同類の人が襲ってきたのかもしれない……」
「まぁ、俺が考え付くのはここまでだけど」
「いや、神藤君がその案を出してくれたから気付けたよ」
「役に立ってるならよかった」
 魔琴は美夜の役に立てるのが素直にうれしかった
「あっ!」
 美夜はなにかに気付いたらしく少し大きな声を出した。
「どうした?」
「あのさ……」
「うん」
「まだ剣を渡してなかったよね?」
「あっ、本当だ」
「今渡してもいい……よね?」
「うっ、うん」
「じゃあ持ってくるからちょっと待ってて」
 美夜はそう言うと部屋を出てった。魔琴は部屋に一人取り残され何をしていいのかわからなかったから、とりあえずもう少し横になっておくことにした。
 それから美夜が戻ってきたのは二時間後の午前八時過ぎだった。
 魔琴はいつの間にか寝ていたようで、戻ってきた美夜に起こされた。
「神藤君、神藤君」
「ん? あ、もしかして俺寝てた?」
「うん。熟睡だったよ。私が体を揺らしても中々起きなかったから」
「ごめん」
「ううん。私も色々と準備に時間がかかっちゃったから。逆に寝ててくれてちょっと安心したよ」
「そうなんだ」
「うん。それで、いよいよ本題に入るよ」
「剣だな」
「うっ、あっ、先に言わないでよ」
 美夜がちょっと拗ねた感じで言った。
「あ、駄目だった?」
「まぁいいけど。それで、剣を預けるけど、特にルールとかは無いから普通にしてていいよ」
「剣を受け取ること自体が初めての経験だから何が普通なのかはわからないけどな」
「まぁ細かいことは気にしないで。でも剣を持つなら私と同じ力を持っといた方がいいかも。力がなかったら銃刀法で捕まるしそれに、隠し場所とかにも困るし。別に強制はしないけど私は力を手に入れた方がいいと思う」
 美夜はあの時と同じように、半ば泣きそうな顔でそう言ってきた。さりげなく剣を隠しながら。
(うわ、そんな顔されたら断れないじゃねぇか。それってほとんど強制だろ。しかもなんか昨日もこんな会話しなかったか?)
魔琴はそう思ったが、言葉にするのはやめておいた。それに魔琴も力に興味があったし、銃刀法で捕まるなんてまっぴらだった。
「わかった、俺もその力に興味あるし教えてくれ」
 そのとたん美夜の顔が明らかに明るくなった。
「本当! 嘘だったらかなり怒るよ」
「大丈夫、嘘じゃないから」
「やった! ……」
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもない」
「そうか。ならいいけど。で、どうやってその力って手に入れるんだ?」
「大丈夫そこは心配しないで。私が教えるから。まぁ修行みたいなもんね」
「そうか……わかった。で、いつから修行するんだ? 力っていってもそんな簡単に手に入れることが出来る訳じゃないんだろう?」
 魔琴は、あえて何をするかは聞かなかった。
「まぁ、確かに簡単じゃないけど一カ月ぐらいでいけると思うよ」
「そんなもんなのか」
「あっ、でも一日中やって一カ月だから」
「えっそんなにかかるのか。じゃあ俺は一年ぐらいかかるかもな」
 魔琴は半分冗談、半分本気でそんなことを呟いた。しかしそれを聞いた美夜がいきなり怒りだした。
「なんで? 一カ月本気でやれば終わるのに、なんでやろうとしないの?」
「いや、だって学校とかあるし。さすがに修行のために学校を休むわけにはいかないだろ?」
 魔琴は驚きながらも尤もな答えを返した。
「別に学校休んでもいいんじゃない? あんなところ行っても何の得にもならないし」
「いや、でも勉強しないといけないし」
「じゃあ神藤君は私より勉強を取るんだね?」
「それは違うって。勉強も大事だけど、それを美夜と比べるのは間違ってる」
「じゃあ学校休んででも修行しよ? ね?」
「でも……」
 魔琴は言葉が続かなかった。
「大丈夫。絶対悪いようにはしない。学校で勉強するより有意義だったって言わせてみせる。だからお願い一緒に修行しよ?」
 魔琴はこれ以上反論する理由が見つからず、さらに美夜の勢いに負けた。
「わかった。一カ月本気で修行するよ」
「本当? 嬉しい」
美夜は満面の笑みでそう答えた。
「でも、そうなると色々と問題が出てくるんだけど、どうするんだ?」
「どんな問題?」
「まずどこで修行するんだ?」
「大丈夫そこは任せて。私別荘があるから」
「べっ、別荘なんてあるのか」
「うん。まぁ去年色々とあってね。そこ誰もいないし絶好の場所だけど」
「えっ、誰もいないのか? それって二人きりってことだよな……」
「うん。そうだけど何か問題でも?」
「い、いや別になんでもない」
 魔琴は自分だけが照れているのがなんだか恥ずかしかった。
「他に何か問題ある?」
 美夜は照れている魔琴に疑問を感じている様子だったが、そう言った。
「い、いやもうない」
 魔琴は咄嗟にそう答えてしまった。本当はもっと聞きたいことがあったのだが、これ以上美夜と話していると、自分が自分じゃなくなる気がして話を切ってしまった。
「そう? でも神藤君は親とかに一カ月いなくなるって話さなくていいの?」
「ああ、それに関しては大丈夫。俺の家も色々とあって、俺が居ようが居まいが関係ないからさ」
「そう、なんだ。まぁ詳しいことは聞かないけどそれならよかった」
「ああ、ありがと」
 魔琴も美夜もそれぞれの家庭環境には触れないことにした。
「じゃあ今から行く?」
 美夜がわくわくした声でそう聞いてきた。
「今からは早くないか?」
「そう? じゃあ明日の午前八時に七区の公園に集合は?」
「わかった。それでいこう」
「一応言っとくけどここからはもう後戻り出来ないからね。覚悟を決めて」
「力を習得するだけなのにそんなに覚悟がいるのか。けどもう大丈夫。覚悟は決まってる」
 魔琴は若干苦笑いを浮かべながらも真剣にそう答えた。
「それならよかった。じゃあ明日の八時ね」
「うん。俺も帰って準備するわ……って何持っていけばいいんだ?」
「うーん……最低限の服ぐらいかな」
「服だけでいいのか?」
「うん。生活用品はあっちにあると思うから。それに確か洗濯機とかもあったからあっちで洗濯すればいいし」
「そうか、わかった。そういえばここってどの辺だ?」
「えっと十区だけど」
「そうか。それなら歩いて帰れるわ」
「わかった。じゃあまた明日」
「おう。じゃあまた」
「あ、ちょっと待って」
「ん? まだなにか言い残した事でもあるのか?」
「明日の服装なんだけど」
「うん。それがどうかしたのか?」
「学校の制服を着てきてくれない?」
「わかった。それだけか?」
「うん。ごめん引きとめちゃって」
「いや、こんな短時間引き止めたにはいらないから。じゃあまた明日」
 魔琴はそう言うと自分の家を目指した。

魔琴は帰り道で色々な事を考えていた。なんで美夜が「制服で来て」なんて言ったのか考えていた。しかし、そこで気が付いた。
(また剣をもらってない……)
 なんというか美夜も魔琴も抜けている。一番大事であるはずの剣をほっといて話を進めているのだから。
 しかし魔琴の頭はすでに明日からの生活にとられていた。
(修行っていっても何するんだ? 第一その修行に俺は耐えることが出来るのだろうか。それに御飯は? お風呂は? 寝る所は? 普段と変わらない生活が出来るのか? あーなんかだんだん心配になってきた)
 考えれば考えるほど魔琴の頭は悪いことを考えてしまう。無理やり楽しいことのように思ってみるけど、それに対する悪い意見がどんどん強くなっていく。
(はぁー駄目だ。どう考えても安心できない。美夜を信じてない訳じゃないけど、どうしても不安になるんだよなぁ……けど後戻りはできないし頑張るしかないか)
 魔琴はそう思いながら家に帰り、支度をした……

翌日四月一六日。午前七時五十分。七区の公園に一つの人影があった。
魔琴だ。彼は五分くらい前から美夜を待っている。
美夜に言われたようにちゃんと制服を着て手には小さなカバンがある。その中には最低限の服だけが入っていた。待ち合わせは八時なのだが、魔琴は居てもたってもいられなくて来てしまったという訳だ。
「ああ……胃が痛い……」
 魔琴はやはりこれからのことが色々と不安だった。そのせいで、昨日もほとんど眠れなかった。
「ごめん。待った?」
 彼女が彼氏に言いそうな言葉をかけてきたのは美夜だ。美夜と魔琴はもちろんそんな関係ではない。
「いや、大丈夫」
 魔琴はそう言いながら振り返った。
「それならよかった」
 美夜は普段は結んでいない髪を、ポニーテールにしていた。それはそれでまたかわいかった。
 そして何故か美夜も制服を着ていた。美夜の制服姿はまさに男のロマンそのものだった。
 その姿に魔琴は言葉を失い見惚れてしまった。
「どうしたの?」
 魔琴は美夜に声を掛けられてもまだ言葉が出なかった。
「おーい。帰ってこーい」
美夜にそう言われ魔琴はやっと我に返った。
「あっ、ごめん。なんでもない」
「あ、戻ってきた。よかった。」
 美夜はそう言うと笑顔を返した。
「あのさ」
「ん?」
「おまっ……じゃなくて美夜の別荘はどこにあるんだ?」
「あれ、それ話してなかったっけ?」
「うん」
「えっと、私の別荘は……山の中にあるよ」
魔琴はある程度の場所は想像していたけど、その想像を遥かに超える答えが返ってきて、返す言葉が見つからなかった。
「……そんなに驚く?」
「だって、山……山の中だろ。驚くなっていう方が無理だ。それに山の中って色々と困るだろ」
「例えば?」
「まずどうやって行くんだよ」
「あっ、それは大丈夫。私の超人的身体能力を使えば大体、十分で着くから」
「あのー俺はどうやっていけば……」
「え? 私が連れていくけど。あっ、でもその間は目を瞑っといた方がいいかも。その、色々とあるから……」
「そうなのか。まぁ俺何にはわかんないから、全部美夜に任せるよ」
「わかった。じゃあ神藤君覚悟はいい?」
「ああ。無かったらここに居ないから」
「じゃあ行こう。ここに長居する必要もないし」
「わかった。眼瞑るぞ」
「うん。じゃあ行くよ。五、四、三、二、一、……ゼロ!」
 その瞬間魔琴の耳から音が消えた。何となく体が持たれているのはわかるのだが、それ以外の情報が全く入ってこない。眼を開けようかとも思ったが怖くて開けられなかった。それから大来五分位しただろうか。いきなり皮膚や耳の感覚が戻ってきた。
「神藤君聞こえる?」
「ああ、なんとか」
「よかった。気を失ってるかと思った」
 美夜は半ば冗談でそう言ってきた。
「あとどれくらいだ?」
「五分位かな。もう山の中に入ってるよ」
「えっ、もう入ってる?」
「うん」
「あのさ……ここって大仙か?」
 大仙というのはこの辺で一番高い山のことだ。
「そうだよ。だってこの辺でまともな山ってここぐらいしか無いでしょ」
「まぁそうだけど」
美夜の言っていることは間違ってはいない。
 そのあとは二人とも特に話すことも無かったが、前のような気まずい空気は流れなかった。
 魔琴は眼をもう開けてもいいかなと、思ったが、なんとなく怖かったのでやめておいた。
そうこうしている内についに美夜の別荘に着いたようだ。なんとなく体が持ち上がった気がしたが気のせいだと思った。
「神藤君、着いたよ」
「うん。あのさ……眼開けていいか?」
「あっ、いいよ。もう大丈夫」
 魔琴は眼を開けた。十分位しか眼を閉じていなかったのに、やけに外からの光が懐かしく感じられた。
そして魔琴は眼の前にあるものに眼を疑った。
「こ、これが美夜の別荘……か?」
「うん。そうだけど」
 美夜はなんでも無い事のように言った。
 その別荘は二階建てで、本当に立派だった。森林の中にポツリと建っているのだが、その存在感は圧倒的なものだった。もはやその別荘を引き立たせるために、森林があるのでは無いかと思うほどだ。
「なんか凄いところだな……」
 言葉で表すには、それ以外にピッタリくるような言葉は無いような気がした。
「そう? 私にはよくわかんないや」
 そう言う美夜が魔琴にはなんだか羨ましかった。
「じゃあ行くよ」
「うん……」
 それでもまだ魔琴は眼の前の建物に慣れなかった。これから一カ月ここで暮らすということ考えると、なんとなく胃が痛くなってきた。
 そんな魔琴の様子にようやく美夜は気付いたのか、声をかけてくれた
「神藤君、大丈夫だよ。そんなに緊張しなくても」
 魔琴はなんとなく的が外れている気がしたが、それでも美夜が声をかけてくれたことが嬉しかった。
「ありがと。もう大丈夫」
 魔琴は少し強がったが、美夜を心配させるようなことをしたくなかった。
「そう。それならよかった」
 美夜は笑顔で返してくれた。
「あ、練習は明日からね。今日は、ここで一カ月暮らすための準備をするから」
「わかった」
 魔琴は心からよかったと思った。今日から練習するとか言われたらどうしようかと思っていたところだったからだ。
「まぁ今日は午前中で全部の準備が終わると思うから、昼からはゆっくり出来ると思うよ」
「そうなのか。って待て。準備って何するんだ? 美夜なにも持ってきてないよな?」
「まぁ、そうなんだけど。長い間使ってないから色々と不備があるかもしれないし。今日はそのあたりの確かめかな」
「なるほど。あのさ、この際だから色々と聞いていいか?」
「いい……けど、答えれるの少ないと思うよ。それでもいい?」
「うん。いいよ。じゃあ一つ目」
「うん」
「まず、食料はどうするんだ? この辺にスーパーとかコンビニの気配はしないし」
 魔琴は一番重要だと思うことを聞いた。
「あぁ、それね。それは……」
「それは……」
「企業秘密」
 美夜は笑いながら言った。魔琴にとっては笑い事じゃないんだが。
「企業秘密って……そんなことで納得できるかぁ!」
 魔琴はほとんど本気で言った。
「だから、答えれ無いのもあるって言ったでしょ」
 しかし美夜はそれをするりとかわした。
でも、魔琴もここだけは譲れない。
「いや、それでも――」
 しかし美夜に言葉を挟まれた。
「大丈夫。断食なんて事はしないから。ちゃんと三食保障する。だからこれ以上は詮索しないで。お願い」
 美夜は危機迫る顔でそう訴えてきた。美夜は本当に、表情が人に与える影響をわかっている。
 そんな顔をされたら魔琴もこれ以上は聞けない。
「まぁ、美夜が大丈夫っていうなら信じる」
「ありがと。ごめんね。答えれ無くて」
「いや、いいよ。質問もう一つだけいいか?」
「うん」
「力を手に入れるための修行ってどんなことするんだ?」
「それは明日話すよ。今話しても混乱するだけだと思うし。それに修行前に余計な考えを持っちゃうかもしれないし」
「なんか、それを聞く限りきついことしか思い浮かばないのだが?」
「まぁ、そのへんは神藤君の想像に任せるよ」
 これ以上言っても美夜は教えてくれなさそうだったので、魔琴は諦めた。
「まぁ、いいや。答えてくれてありがと」
「なんかごめんね」
「ううん」
「じゃあ、とっとと終わらせて今日はゆっくりしよ。ね?」
「そうだな。それには俺も同意だ」
「じゃあ入るよ」
「う、うん」
 魔琴はなんだか緊張してしまった。美夜の言葉も間違っていなかった。
別荘っていうぐらいだから、家の中もかなり豪華な造りになっていると思った。
 しかしいざ入ってみると、とても質素な造りだった。
壁の時計は午前八時四十分を指していた。
「どう? 普通でしょ」
 本当にその通りだった。どこの家にもあるようなテーブル、ソファ、椅子、キッチンなどがあった。こっちの方が使いやすいと魔琴は思った。無駄に高そうな物だと、使う度に気を遣わなくてはいけないからだ。
「ああ。ちょっと意外だった」
「別荘って言っても豪華とは限らないからね。豪華な方がよかった?」
「いや、こっちの方がよかったよ」
「そう? それならよかった。それで今思ったんだけど、今日、神藤君はほとんどすること無いかも。あ、でも部屋の様子を見たりとか、その服とかを片づけたりしたら午前中は潰れるかも」
「そう……か」
 魔琴はここで一つの疑問を持った。
つまり部屋は相部屋なのか、と。
 これはかなり魔琴にとって重要だった。もし相部屋だったら何かと気を遣わなくてはいけないし、それになにより恥ずかしいと思う。だから絶対に聞いておきたかったが、それを聞くだけでも恥ずかしかった。そんな魔琴の様子に美夜はなにかを感じ取ったのか、こう言った。
 つまり、
「相部屋…………じゃないよ」
と。
その言葉を聞いた瞬間魔琴はほっとした気分になったが、同時に少し残念でもあった。
「だよな。よかった」
「あっ、それちょっと酷いかも。私は別に相部屋でもいいんだけど……」
 最後の方はほとんど聞きとれなかった。美夜のいつものパターンだ。
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでも無いよ。神藤君の部屋は二階の一番右ね。収納棚とか沢山あると思うから好きに使って」
「わかった。美夜は何するんだ?」
「私はキッチンとかの点検とかをしとくよ」
「そうか。じゃあちょっと行ってくる」
「うん。終わったら下りてきて」
「わかった」
 そう言って魔琴は二階に上がって行った……

 魔琴はドアを開けてまず驚いた。部屋は一人で使うには十分すぎる広さだった。さらにベッドもあり高級ホテルでしか見れないような物だった。
(これすごいな。使うのにちょっと躊躇ってしまうなぁ)
 魔琴はそう思いながらもベッドに寝てみた。
(うわ! これ、やば!)
 魔琴はせっかくあるのだから、これを使わない訳にはいかないと瞬時に思った。
(毎日こんなベッドで寝れるなんて幸せすぎる)
 魔琴はおそらく今年一番幸せな顔をしただろう。それほどこのベッドは気持ちよかった。
 しかしいつまでも寝ている訳にはいかない。
(さてと、服の整理をしますか)
 時計の針は午前九時あたりを指していた。
魔琴はそれから一時間位で服の整理をした。
最も服の整理だけなら十分もいらなかったのかもしれないが、整理をしながら部屋の至る所を見ていたらこんなに時間がかかってしまったのだ。
(あれ、もう十時だ。美夜は仕事終わってるのかなぁ)
 魔琴は二階に下りて行った……

 魔琴が二階から下りてきたとき、美夜は寝ていた。
 ソファの上で子猫のようにかわいく眠っていた。声をかけて起こすのも悪いので、部屋の中を色々と見て回ろうかと思ったとき、ふと眼の中にテーブルの上に置かれている紙が視界に入った。さっき上がって行く時はこんなの無かったな、と思いながら見てみると美夜の書き置きだとわかった。
その書き置きには
『ちょっと疲れたので寝ます。適当に家の探索でもしといて下さい。二階には確かテレビのある部屋もあります。お昼までには起きると思うけど起きなかったら無理矢理にでも起こして下さい』 
と、書かれていた。
魔琴はなんで美夜がそんなに疲れているのか疑問に思ったが、書き置きにも書かれている家の探索を始めた。
そこで魔琴はあることに気付いた。
家はとても広かった。一階を見るだけで三十分もかかった。
「この家どんだけ広いんだ……」
 魔琴はそんな溜息を漏らした。
 二階も見終わったら時計はもう十一時十五分を指していた。
 魔琴は美夜をそろそろ起こすかなぁと思って階段を下りたが、その美夜はもうすでに起きていた。
「あ、美夜起きたか」
「うん。ごめんね。勝手に寝ちゃって。作業したら疲れちゃって」
「いいよ。家見て回るのも楽しかったし」
「本当! じゃあ家を見た感想ある? 無かったら別にいいけど」
「一つ凄いなぁと思ったことがあるんだけど……」
「うん。教えて!」
「この家に最初に入った時、俺、凄い質素だと思ったんだ」
「うん」
「でも家の隅々まで見てみると、こんな俺でもわかるような、落ち着いた豪華さっていう感じがあったっていうか。なんか本当に凄いと思った」
「そうなんだ。この家、私以外に入った人は神藤君が初めてだから、なんて言うのか凄く心配だったんだけど、そう言ってもらってよかった」
「そうか。それならよかった」
「どうする? もう御飯にする?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、さっさと食べてゆっくりする?」
「うん。そうだな」
「じゃあ私作るから待ってて」
「わかった。まぁなんか手伝えることあったら言って」
「じゃあもしかしたらお願いするかも」
 そう言って美夜はキッチンに行った。
そのあとは結局魔琴も一緒に二人で楽しみながら普通に御飯を作った。大量という点を除いては。
「……なぁ、こんなに大量に作って食べられるのか?」
「大丈夫」
 美夜は自信たっぷりにそう言って食べ始めた。食べ始めたのは午後0時前だった。
 実際にものすごい食べっぷりだった。速度こそは早くはないものの、手を止めること無く黙々と食べていた。
(凄い……凄すぎる。俺もそこそこ食べる方だと思っていたが、これは……比べものにならない。この小さな体の何処にこんなにはいる所があるんだ……)
 魔琴はとりあえず言葉にはしなかった。言葉にしたらなんとなく悪い気がした。
 食べ始めてから一時間ぐらい経った時美夜が聞いてきた。
「神藤君もっと食べる?」
 魔琴はもはや限界だった。けれど美夜が黙々と食べる中、勝手に席を立つのは悪いかなと思い、座っていたのだ。実際には開始二十分ぐらいでお腹が一杯だった。
「いやもういいよ」
「そう? わかった。まだ私食べてていい?」
「いいよ。好きなだけ食べて」
「ありがと。食器は洗っとくから、くつろいでて」
「わかった。じゃあお先」
 魔琴はそう言って席を立った。
とりあえず暇つぶしに、探索途中に見つけた本がたくさんある部屋に行こうと思った。さすが図書委員長だけあって本には関心があるらしい。
(確かあの部屋は二階だった気がする)
そう思い魔琴はまた二階に上がって行った……

 魔琴が居なくなったテーブルでは美夜が一人黙々と昼ごはんを食べていた。
「かなり食べたかな。使う力が大きいとかなりのエネルギーを消費するから、結果的に食べる量も多くなっちゃうんだよね。あんまり誇れることじゃないんだけど」
 美夜は苦笑いしながらも食べる手は止めない。
「明日から大変になるし今のうちに食べとかないといけないし。もうなんか色々と疲れた。いっその事逃げようかなぁ。でも準備しちゃったし、あぁ、憂鬱すぎる」
 美夜は心の中で葛藤していた。世紀末のような顔で。これでは折角の顔が台無しだ。
 それでも美夜は食べ続け、食べ終わったのは午後二時前だった。おそらく二十人前位食べた。
「まぁ腹八分目がいいって言われてるしね。こんぐらいにしとくか」
 二十人前も美夜には腹八分目らしい。お前の胃袋は底なしか、とつっこみたくなる量だ。
 それから美夜は食器を洗い魔琴が来るまでのんびりと過ごした……

魔琴は本が沢山ある部屋で悩んでいた。
「うーん」
 魔琴が悩んでいるのはどっちの本を読むかということだ。
一冊は戦国武将の解説本。もう一冊はあらすじを読んで面白そうと思ったファンタジー系の本だ。
「どっちも持っていくかなぁ……でも、なんだか図々しい感じもするしなぁ……かといってどっちか決められないし。うーん……」
 悩み始めて早五分。決めるどころか、ますます悩んでいた。しかも本が一冊増えている。
「駄目だ。これ以上時間かけても決まらん。眼を瞑って適当にとった一冊にしよう」
 そして魔琴は一冊とった。とったのは戦国武将の解説本だった。
「よし、これにしよう」
 魔琴が本を選んだ時、午後一時二五分だった。
「あれ、もうこんな時間か。本を選ぶのに時間をかけすぎたか。仕方ないからここで読むか」
 そう言って魔琴は本を開いた……
 それから魔琴は二時間弱でその本をいっきに読み終えた。
「ふぅ、終わったー。中々面白い本だったな。美夜はさすがに食べ終わってるよな……」
 魔琴はそんな不安を持ちながら階段を下りて行った……

 魔琴が一階に下りると案の定美夜は寝ていた。どうやら美夜も何処からか持ってきた本を読んでいたようだが、その途中で寝てしまった感じだ。
「よく寝るなぁ……」
 魔琴は半ばあきれ気味でそう言った。
「起こすのも悪いからまた読んどくか。まだ読みたいのあるしな」
 そう言って魔琴はまた二階に上がって行った。
 その姿を美夜は片目で見ていた……

「ふう、危なかった。やっぱ本にはカバーをかけておかないとね。なにがあるからわからないから」
 そう言ったのは美夜だ。美夜は寝てなどいなかった。ただ単に寝たふりをしていただけだった。
「にしてもまさかこのタイミングで下りてくるとはね。さすがこの私が見込んだだけあるわ」
 美夜は軽く笑いながらそう言った。
そして手元の本に眼をおとす……

 魔琴はファンタジー系の本を読んでいた。早くもその世界に入り込みしばらくは帰ってこれなさそうだ。大体のページ数は三百くらいだろうか。この量なら魔琴はおそらく三時間程度で読み終わってしまうだろう。
「面白いなぁ。なんでこの本図書館に無いんだろ?」
 魔琴はなんとなく思った疑問を言葉にした。
 しかしその疑問もすぐに忘れてしまい本に没頭した……

 魔琴が本を読み終え一階に下りた時美夜はすでに起きていて、夕食の準備をしていた。
「あ、神藤君」
「あっ、美夜何時ぐらいに起きた?」
「えーと、五時ぐらいかな」
「そうか。手伝った方がいいか?」
「大丈夫。もうすぐ終わるから」
「わかった」
 それから十分ぐらいして美夜が夕食を運んできた。その時、時計は午後六時半を指していた。
「出来たよ。夜は少なめだから」
「あ、うん……」
 そこにあったのはざっと十人前ぐらいの夕食だった。
「これって少ない方?」
「えっ、そうだけど。これ私がいつも食べてる量の半分くらいだよ」
「そう、なのか……」
 魔琴はこれ以上なにかを言うのはやめようと思った。
「どうかした?」
「いや、何でもない。食べるか」
「うん。」
「いただきます」「いただきます」
 二人同時に言って食べ始めた。
 夕食は一時間ぐらいで終わった。片づけは魔琴がすべて引き受けた。全て片付け終えたのは午後八時ぐらいだった。そこから美夜と魔琴の二人は小学校の時の思い出話をした。
「神藤君覚えてる? あの時はさぁ……」
「そうそう。それで……」
 二人の思い出話は一時間以上続いた……

 魔琴が寝床に着いたのは午後十時過ぎだった。
「今日は楽しかったなぁ」
 魔琴は一日を振り返ってそう呟いた。
「あっ、剣もらってない……まぁいっか。どうせ明日もらえるだろうし」
 魔琴はなんだかんだいってすっかり剣の魅力にとりつかれていた。
「明日から大変になるかなぁ」
 魔琴は期待と不安を持ちながら眠った……

 四月一七日。まだ新学期が始まって七日しか経っていなかった。
 魔琴が起きると時計は午前七時を指していた。
 魔琴が寝ぼけた顔で一階に下りるとすでに美夜が朝食の準備をしていた。
「あっ、神藤君おはよう」
「おはよう。美夜早いな」
 魔琴は感心するように言った。
「まあね。毎朝六時には起きてるから」
(なんでそんなに早く起きれるんだよ。羨ましい限りだ)
「神藤君は寝れた?」
「ああ、ぐっすり寝た。あの布団凄く気持ちよかったから」
「本当! よかったぁ。この家に泊まるの、神藤君が初めてだから、凄く不安だったんだよね」
「まぁ、そうだよな。あの布団なら誰が寝ても気持ちいいって言うと思う」
「よかった……」
 美夜は本当に安心した顔でそう呟いた。
「それで、何時くらいから修行するんだ?」
「九時からね」
 美夜は具体的な時刻を言ってきた。
「わかった。それでさ……一ついいか?」
「いいよ。なに?」
「服はどうすればいいかなと思って。その……最低限の服しか持ってきてないから、寝るときの服しかないんだ。普通の服は制服ぐらいしか――」
 そこまで言って美夜が口を挟んできた。
「大丈夫。制服でいいよ。そのために昨日制服を着てきてもらったんだから」
「制服で修行するのか?」
「うん。ダメかなぁ」
「い、いや別にいいんだけど、なんで制服?」
「えっ、だって制服ですれば学校に行ってるような気分になるでしょ。私はこれは修行というよりどちらかといえば、学校の特別授業を受けてる感覚でしてほしいから。だから制服でしようかなぁって」
「そうなのか……」
(美夜も色々と考えているんだなぁ。たぶん俺が修行に行くか決める時に、学校のことを持ち出したからこんなことを思いついたのかもな)
「御飯食べる?」
 美夜が聞いてきた。喋りながらも作っていたようだ。
「うん。食べる」
「いただきます」「いただきます」
 二人同時に言って食べ始めた。
 美夜はどうやら朝は沢山食べるようで、昨夜の三倍近くはあった。
「相変わらず凄い量だな……」
「そう? 神藤君も修行した後ならこれぐらい食べるかもよ」
「そんなに辛いのか?」
「まぁ、それはやってみてからのお楽しみってことで」
「二時間後にはわかることだしな」
「そういうこと」
 その後は特に会話も無く二人は黙々と食べ続けた。
 四十五分くらいで魔琴は食べ終わり、先に席を立った。
「じゃあ先に準備しとくわ」
 美夜は口の中の物をすべて飲んでから、
「わかった」
そう答えた。
 魔琴は美夜のその答えを聞いて二階に上がって行った……

 美夜はその後三十分くらいで全て食べきった。
「御馳走さまでした」
 美夜は律義にそう言った。
「さてと、私も準備しますか」
 美夜はそう言って席を立った……

 魔琴は二階に上がった後すぐに制服に着替えた。
「これで準備完了……本当にこんなのでいいのか?」
 魔琴は多少の疑問を感じそう呟いた。
「なんか下に行くのも美夜に悪い気がするしなあ。かといってすることも無いし……」
 時計の針は午前八時を指している。
 まだ修行の時間まで一時間はある。
 仕方なく魔琴は、昨日迷って読んでいなかった本を読むことにした。
 魔琴は物語に入りすぎることだけに注意して魔琴は本を読み始めた……

 午前九時魔琴と美夜は家から二百メートルくらい離れた森の中に居た。
「なぁこんなところで何するんだ?」
「えっと、凄く簡単な事なんだけどね」 
「うん」
「神藤君、瞑想って知ってる?」
「えっと……あの、眼を閉じて何かを考えるやつか?」
「まぁそんな感じ」
「それをやるのか?」
「そういうこと」
「でもそれで力が使えるようになるのか?」
「大丈夫。私もこの方法で使えるようになったから」
「そうなのか。美夜はその瞑想を一人でやったのか?」
 魔琴は何気に思ったことを聞いた。
「えっ、そ、それは……」
 美夜は一瞬たじろいだが、すぐに返事を返した。
「一人でやったよ。うん。一人で」
「そうなんだ。凄いな」
 魔琴も、いくら家で一人で居るとはいえ、たった一人で修行をするのはちょっと厳しいなぁと率直に思った。
「で、瞑想の時に思い浮かべてほしい事があるの」
「思い浮かべてほしい事?」
「うん」
「どんなこと?」
「えっと、ちょっと想像出来ないかもしれないけど……」
「そんなに現実離れしたものなのか?」
(まぁ、そもそもこの状況が既に現実じゃ無い気がするんだが……)
「『神』を想像してもらいたいの」
「へっ?」
 魔琴はあまりにも大きい存在の名前を言われて思考が止まった。
「神藤君大丈夫?なんか私言っちゃいけないこと言った?」
「いっ、いや、想像を絶する答えだったから。でも、どうやって」
「そんなに難しいこと考えなくてもいいから。じゃあ、神藤君が思う『神』のイメージを思い浮かべてみて」
「『神』のイメージかぁ」
 魔琴は少し考えた。
「うん。だいぶ思い浮かんできた。それでどうすればいいんだ?」
「そのイメージをずっと思い浮かべといて。それで、眼を閉じてずっと『神』に全神経を集中させて」
「うん」
「それで一二時までの約三時間ずっと瞑想しとくの」
「……ずっとか?」
「うん。ずっと」
「それが修行ってやつか?」
「そういうこと」
「確かにこれは別の意味でえらいかも。もっと肉体的な修行をするのかと思ってたから」
 魔琴は若干苦笑いでそういった。
「先に内容言ったら『神』の余計なイメージを考えちゃうでしょ。このイメージには出来るだけ素直なものがいいから」
「そうなのか。詳しい事はよくわからないけど、美夜がそういうのなら確かに前もって言うのはよくないのかもしれないな。で、俺が瞑想している間、美夜は何してるんだ?」
「えっ、あ、私も一緒に瞑想する」
 美夜は少し慌ててそう言った。
「え、でも美夜はもう力を手に入れているんじゃないのか?」
「瞑想はやればやるだけ力が上がるから、やって損は無いの。だから大丈夫」
「ふーん。そうなんだ」
「うん。じゃあ始めていい?」
「うん……あっ、ちょっと待って」
「どうかした?」
 美夜は若干不機嫌になりながらも返事をした。
「あのさ……剣ってまだ受け取らなくていいのか?」
「あぁ、そのことね。どうせなら使えるようになってから渡した方がいいかなって思って。神藤君はそれでいい?」
 魔琴はそうなのかと思い、了承の返事をした。
「もう質問ない? 始める前に全部聞いとくけど」
「いや、もう大丈夫。ごめんスタート遅れて」
「じゃあ始めるよ。『神』を思い浮かべて……」
 そう言って美夜は静かに目を閉じた。
 魔琴もそれにならって『神』のイメージを思い浮かべながら、眼を閉じた……
 
「神藤君!」
 魔琴は誰かに呼ばれた気がしたので恐る恐る眼を開けた。
「……ん?」
「あっ、やっと起きた。神藤君おはよう」
「……美夜か。あ、ごめんもしかして俺寝てた?」
「うん。ぐっすりと」
 美夜は笑顔でそう答えた。
「あのさ……俺寝てて大丈夫だったのか?」
「うん。だって神藤君少しでも『神』のこと考えたでしょ」
「まぁ最初の三十分くらいは……」
 魔琴は最後の方は言葉を濁しながらもそう言った。
「神藤君。今はそれでいいから。一カ月あるんだし」
「わかった」
「じゃあ御飯にしよ」
「そうだな」
 そう言って美夜と魔琴は家に入った。
 二人で昼食の準備をし、席について食べ始めたのは午後一時前だった。
 食事の量は朝の二倍近くあった。
「なぁ、こんなに食べれるのか?」
「大丈夫。神藤君も今までの二倍近くは食べれると思うから」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「……私もそうだったから」
「美夜も?」
「うん。だって私、小学校のころこんなに食べなかったでしょ?」
「まぁ確かに」
「だから大丈夫」
(まぁ美夜がそういうなら大丈夫なんだろう)
 そのあとは特に会話も無く二人は食べたが、魔琴はふと思った事を聞いた。
「午後って何するんだ?」
 魔琴が聞いた。
「えっと、驚かないで聞いてよ」
「うん」
「……午後も瞑想なんだけど」
「……」
 魔琴は言葉が出なかった。というより出したくなかった。瞑想は辛くは無いのだが、飽きるというのが魔琴の正直な感想だった。
「しかもこの先一五日は瞑想なんだけど」
「…………」
 魔琴は自分が美夜にからかわれているのかと思った。その可能性を信じた。
しかし、美夜の顔はいたって真剣で、それが冗談じゃ無いというのがわかった。
「……だから言ったでしょ。修行だ、って」
 今度は少し笑みを含んで言った。
「本当だな」
 魔琴はもはや開き直って、笑顔で言った。
 その後も二人は時々会話をしながら食事をして二時前には食べ終わった。あれだけあった量の御飯も全て食べてしまった。
「本当に全部食べたなぁ……」
「ほら言ったでしょ」
 美夜は笑顔で言った。
「午後は二時半からね」
「わかった。二時半から何時までするんだ?」
「うーん……たぶん六時かな」
 魔琴は素直に頷いた。
 それから二人は間もなくして午前と同じ場所に居た。
「じゃあ始めるよ」
「うん」
 二回目とあってか魔琴もスムーズに瞑想に入れた。
 今度は魔琴も寝なかった。が、それは魔琴の思い込みで実際には三十分くらいで眠っていた。

 魔琴は一人でに眼を開けてしまった。なんとなく時間が来た気がしたからだ。そしてその勘は間違っていなかった。
「あ、神藤君気付いた? 瞑想の効果がこんなに早く出るなんて……凄い……」
美夜は神妙な顔でそう言った。
「眼、開けて大丈夫だったか?」
「うん。私もそろそろ神藤君に声をかけようかと思っていたから」
「そうか。ならよかった。じゃあ今は六時くらいか?」
「うん。御飯の準備しよっか」
 魔琴もそれに同意して家に入った。
 昼よりは若干少なめの夕食だったが、それでも充分に満足できた。
「明日も疲れると思うから早く寝た方がいいかもね」
「そうだな。今日と同じくらい疲れる訳だからな。早く寝るわ」
「うん」
 それから魔琴はお風呂に入って布団に入ったのが午後九時過ぎだ。
「これが修行か……思ったのとなんか違うけどこれはこれで辛いなぁ。でも、なんで『神』のイメージなんだ? まぁ、気にしてもしょうがないし寝るか」
 そういって魔琴は布団をかぶった……

 二日目からは初日の繰り返しだった。魔琴は午前七時くらいには起きて午前九時から一二時まで瞑想、昼食を挟んで午後二時からまた瞑想、午後六時には終わって夕食をとり午後九時には布団に入るというのが一日の流れだった。
 最初のうちは美夜との会話も多少あったが、一週間を過ぎてくるとその会話も必要最低限のものになってしまった。
それでも魔琴は必死に瞑想をした。
 そしてついに一五日目を迎えた……

 五月一日。
 魔琴は普段より三十分早く起きた。
「美夜おはよう」
「あ、おはよう。今日は早いね。どうしたの?」
「だって今日でとりあえず瞑想が終わるだろ? だからなんか早くに眼が覚めちゃって」
「そっか、今日って十五日目なんだっけ。意外と早かったね。じゃあちょっと早いけど御飯にする?」
「そうだな。食べよう」
 魔琴がそう言うと美夜が朝食を持ってきた。どうやら既に作り終えているようだった。
「いただきます」「いただきます」
 二人はそう言って食べ始めた。
「なぁ、美夜」
 食べ始めてから十分ぐらいして魔琴が口を開いた。
「何?」
「明日からの修行って何するんだ?」
「それは明日になってからのお楽しみ」
「そう言うと思った」
 魔琴は若干呆れながらそう答えた。
「教えてくれないってわかってるのに何で聞くの?」
 美夜も笑顔でそう答えた。
「いや、もしかしたら教えてくれるかもしれないって思ったから」
「ふーん」
 その後も多少の会話をした。二人は午前八時前に食べ終わった。
「じゃあ俺二階に行っとくわ」
「わかった」
 魔琴は階段を上って行った……

「はぁ今日でとりあえず瞑想は終わりかぁ。長かったような短かったような……」
 魔琴はその後も自分の部屋でこれまでの一四日間を思い出した……

 美夜もリビングで一四日間を振り返っていた。
「やっと半分か……先はまだ長いわね」
 美夜がそんなことを考えていた。

 午前九時。魔琴と美夜はいつもの場所に居た。
「心の準備はいい?」
「ああ、いつも通りにやるだけだしな」
 その言葉を合図に魔琴と美夜は瞑想を始めた……

 その後は今までとほとんど変わらなかった。
 午後も瞑想をして午後九時には布団に入っていた。
「これで本当に力なんか手に入ったのかなぁ。美夜はこれで手にいれたって言ってたし……。でも、もう終わったんだし心配してもしょうがないか。明日はどんな修行するのかなぁ……」
 魔琴は不安を抱えて眠った……

 同時刻、美夜も部屋で明日からの修行の準備をしていた。
「とりあえず明日からは……まぁ瞑想の時よりは楽しいからいいけど」
 そう言うとまた手元の本に眼をおとした……

 五月二日。
 魔琴は少し寝坊をしてしまったみたいで、時計の針は午前七時三十分を指していた。
「やばっ」
 魔琴は速攻で着替えて、急いで階段を下りて行った。
 一階ではすでに美夜が朝食の準備を終えて待っていた。
「ごめん。先食べといてよかったのに」
「大丈夫。今日も九時からだから時間はまだ沢山あるし。それに一人で御飯食べても楽しくないし……まぁ、でも、八時になっても下りてこなかったら食べようと思ったけど」
 美夜は笑いながら言った。
「そうか。じゃあ食べようか」
「うん」
「いただきます」「いただきます」
 二人は普段の倍くらいの速さで食べた。
 午前八時三十分。美夜と魔琴はリビングでのんびりしていた。
「なぁ美夜」
「ん?」
「今日の修行って何するんだ?」
 魔琴は昨日も聞いた質問をした。
「えっと、今日からは剣の使い方と体力の強化かな」
 魔琴は凄く驚いた。
「そっ、それって本物使うのか?」
「そうだよ」
「……って言うかちょっと待て。俺は力を手に入れたいだけで、剣を使いたいとは言って無いぞ」
「言ってたよ使いたいって」
「…………それってもしかして七区の公園で美夜に五本の剣を見せてもらった時に言ったことか?」
「うん」
「それは……たぶん俺と美夜の意見が食い違っているかも」
「どういうこと?」
「俺があの時使いたいって言ったのは認めるけど、それは剣を預かる時に最低限必要な力を使えるようになりたいって意味なんだ」
 美夜のその時の顔は凄く困惑していた。
「で、でも……」
 そして美夜はこう切り返してきた。
「だったら昨日までの瞑想で終わりなんだけど……」
 美夜は凄く残念そうに言った。
「そうなのか?」
 その後は一番辛い時間だった。魔琴も美夜も黙ってしまい、それが五分間ぐらい続いた。
 魔琴もこの生活を大切にしていた。ただでさえ一カ月しかないのに、それがもっと短くなるのは嫌だった。美夜を特別な眼で見ている訳ではないけど、魔琴はこの生活が楽しかった。今までのように学校に行っているだけでは絶対に出来ない体験。
「うん……」
 美夜がこの世の終わりのような顔で言った。
「……俺にも、使えるようになるのか?」
 その瞬間美夜の顔が、花が咲いたように明るくなった。
「大丈夫。絶対使えるようになる」
「……わかった」
 時間にすればわずか十分。しかし魔琴にとってはこの十分が凄く心に残った。
「で、今日は何するんだ?」
 魔琴は改めて聞いた。
「えっと、今日はまず神藤君に剣を渡して、基本的な剣の扱い方の練習かな」
「わかった。ついに剣を貰えるんだな」
 魔琴の心は瞑想をした十五日間でかなり変わっていた。
最初のころは剣を受け取るのが何となく嫌だったけど、早く受け取りたいと思うようになった。
「まぁ瞑想と同じくらいかそれ以上の辛さかなぁ」
 美夜が小声で呟いた……

 午前九時。魔琴と美夜は家から五百メートルくらい離れたところに居た。
「瞑想の時より家から離れるんだな」
「うん。この修行の方がどちらかというとスペースをとるから。で、はい、今日は「天剣」の修行ね」
 そう言って美夜は肩に担いでいた一本の剣を手渡してきた。
「……これどうやって受け取ったらいいんだ? 普通に手で触って大丈夫か?」
「うん。大丈夫。それに今の神藤君なら、私みたいに浮かせることも出来ると思うよ」
「え、でも浮かし方とかわかんないし……」
「神藤君、何のために瞑想したの?」
「えっ、……よくわかんない。力を手に入れるためにしたんじゃないのか?」
「そうだよ。で、その力は剣を扱いやすくするんだよ。剣が浮いてて他人から見えなかったら楽でしょ。隠し場所にも困らないし。神藤君にはその力が既に備わっているんだよ」
「そうなのか。本当に使えるのか?」
「うん。試しに剣が浮かんでいるところをイメージして」
「わかった」
 そして魔琴は眼を閉じて、剣が浮かんでいるところをイメージした。
 二分くらいして、
「神藤君、眼を開けてみて」
 美夜にそう言われた。魔琴は恐る恐る眼を開けてみた。
 そこには剣が浮いていた。
「本当に……」
 それ以上言葉が出なかった。
 自分が起こしたのかという疑問と同時に不思議な感覚があった。
「ね、言ったでしょ」
 美夜は当然といった顔でその剣を見ていた。
「……これどうすればいいんだ?」
「どうすればいいって?」
「この状態で修行出来んのか?」
「うん……まずは「天剣」を手にとって」
 美夜は若干呆れながらそう言った。
「あ、そうか。これ持って大丈夫だよな」
「うん。持っても爆発とかしないから」
 そして魔琴は剣を持った。ほとんど重量感を感じなかった。
「……なんでこんなに軽いんだ?」
「それも力のおかげ……神藤君、たぶんこれから沢山不可解な事があると思うけどそれは全部力のせいだと思った方がいいよ。いつでも私がいる訳じゃないし」
「そうだな。わかった。で、これを使ってどんな修行するんだ?」
「うーん。剣は使わないかなぁ。神藤君はたぶんもう使えると思うよ」
「使えるようになってるのか……それも瞑想のおかげ?」
「うん」
「じゃあ、この剣を美夜みたいに消すこともイメージすればできるのか?」
「うん。試しにやってみたら?」
「わかった」
 魔琴はそう言うと再び眼を閉じて、今度は剣が消えるところをイメージした。
「神藤君もういいよ」
 美夜にそう声をかけられ、魔琴は眼を開けてみた。
「……本当だ。見えない……これ、剣はここら辺にあるんだよな?」
「うん。心配なら剣がここにあるところをイメージしてみて」
「わかった」
 魔琴が眼を開けるとそこには剣があった。
「ね。あるでしょ」
「うん……」
 魔琴はここで一つの疑問を覚えた。
「なぁ、これってイメージすれば何処でも剣がでて来るのか?」
「うん。だって剣は見えてない状態でも神藤君についてくるから」
「剣が勝手に付いてくるのか……なんか凄いな」
「今は付いてこさせるために神藤君と調整してるの。もしこれで剣が消えないってことがあったら神藤君はその剣は使えないの」
「ふーん、そうなのか……で、結局今日は何するんだ? 剣の扱い方はしないんなら……」
 魔琴はいやな予感がした。不良学校に通うとはいえ体育は苦手な方なのだ。
「体力の強化ね」
美夜はさらっと言った。
「……やっぱり?」
「うん」
 それからは地獄だった。十二時までひたすら走りっぱなしで、午後も大仙の登山だった……

 午後九時三十分。
 美夜は自分の部屋で伸びていた。
「まさか神藤君にあんなに体力があるなんて……はぁ」
 美夜は深い溜息をついた。
「これは私の想像以上の結果が出るかもしれないわね」
 美夜は一人で静かに笑っていた……

 同時刻、魔琴も部屋で今日一日のことを振り返っていた。
「にしてもまさか本当に浮くなんて……」
 魔琴は自分が手に入れた力をまだ少し疑っていた。
「そういえば美夜ってあんなに体力無かったんだな……」
 魔琴はその夜ひどい筋肉痛に魘されるのであった……

 五月三日、午前九時。美夜と魔琴は昨日と同じ場所に居た。
「今日は……何するんだ?」
 魔琴はなんとなく答えがわかりながらもそう聞いた。その顔は凄く憂鬱だ。
「今日もまずは剣を一本調整ね」
「なぁ美夜」
「ん?」
「これって何で一本ずつしてるんだ? 全部まとめて調整すれば早いのに」
「そんなことしたら、たぶん神藤君の体が持たないと思うよ」
「えっ、そんなに危険な事なのか? 全然わかんないんだけど」
「まぁ最初のうちはそうだと思うよ。でも、沢山使っていくうちにわかってくると思うよ」
「そういうもんなのか……で、今日はどの剣なんだ?」
「えっと今日は「魔剣」ね」
 そういって美夜は肩に担いでいた一本の剣を渡してきた。
「じゃあ、とりあえず浮かせてみて」
「わかった」
 魔琴は眼を閉じて昨日と同じように剣が浮いているところをイメージした。
「神藤君もういいよ」
 美夜にそう言われ魔琴は眼を開けた。
 そこには「魔剣」が浮いていた。
「よかった。浮いて」
 美夜がそう言った。
「これで浮いて無かったら、俺とあってないってことになるんだっけ」
「そうだよ。まぁそんなことは無いと思うけど」
 美夜は笑顔でそう言った。
「消すやつもやった方がいいか?」
「うん。まだ二本目だしね。感覚にも慣れといた方がいいから」
 美夜のその言葉を聞いて魔琴は昨日と同じように剣を消した。
「大丈夫みたいだね」
「よかった。これでもし消えてなかったらちょっとビビるわ」
 魔琴は笑いながら言った。
「じゃあ今日も……」
「……やっぱり体力の強化?」
「うん。そうだよ」
 その後は昨日とほとんど変わらなかった。
 もちろん魔琴が昨日と同じように筋肉痛に魘されたのは言うまでも無い。

 五月四日。剣の扱い方の修行を始めて早くも三日目。
 いつもの場所で、
「今日はどの剣だ?」
魔琴は美夜に聞いた。
「今日は「人剣」ね」
 美夜はそう言って肩に担いでいる剣を取りだした。
「わかった。イメージするよ」
 そう言って魔琴は眼を閉じた。
 一分くらいして魔琴は五感で何かを感じた。
(なんとなく、浮いた気がする)
 そう思って魔琴が眼を開けると、美夜が今まさに声をかけてきそうな顔でいた。
 眼前にはやはり剣が浮いていた。
「あっ、神藤君」
「よかった。浮いてて」
「どうしてわかったの? まだ私声をかけてないのに……」
「なんか、もういいかなって体が感じて、それで」
 美夜は凄く驚いていた。
「消すやつもまだやっといた方がいいのか?」
 魔琴は美夜の気持ちなんて露知らずそう聞いた。
「え、あ、うん。一応やっといた方がいいかも」
「わかった」
 その後は昨日とほとんど一緒だった。
 さすがに三日目になれば魔琴の筋肉痛も少し引いてきたが、相変わらず辛い修行だった。
 五月五日。この日は「地剣」を受け取って前日と同じような修行をした。
(なんか最近生活のリズムがずっと同じ気がするんだけどなぁ)
 魔琴は部屋で一人そんなこと思っていた……

 五月六日。
 魔琴はいつものように七時に起きて一階に下りて行った。
「あ、神藤君おはよう」
「おはよう」
「今日でとりあえず最後だね。トラブルが無いといいけど」
 美夜はいつもの笑顔でそう言った。
 午後九時。魔琴は最後の剣を受け取ろうとしていた。
「神藤君見える?」
「まぁ、なんとなく。でも「真剣」って美夜も見えないんじゃないのか?」
「前はそうだったんだけど、神藤君との修行のおかげで見えるようになってきたみたい。神藤君だって見えるようになったんでしょ?」
「まぁ、瞑想のおかげだな」
「そうだね。じゃあいつも通り浮かせてみて」
「わかった」
 そう言って魔琴は眼を閉じた。しかしいつまでたっても剣が浮いたというあの独特な感覚が来なかった。
(あれ? おかしいなぁ。俺なんかミスったか?)
 美夜も声をかけてこない。
 魔琴はついに我慢出来ずに眼を開けてしまった。
 そこに剣は浮いていなかった。
「どうして……」
 魔琴はついそう漏らしてしまった。
「もう一回やってみたら?」
「わかった」
 魔琴はもう一度イメージしてみた。しかし、結果は同じだった。
「やっぱり駄目……?」
「……」
 美夜もその言葉に返してはくれなかった。
「まさか……俺とあってないってことか……」
(なんで? いつも通りに俺はやったぞ。美夜も黙ったままだし、わからないことが多すぎる)
 その時美夜が小声で言葉を漏らした。
「どういうこと? なんでよりによって「真剣」なのよ……もう意味わかんない」
 最後の方はほとんど投げやりだった。
「美夜、理由わかんないのか?」
「わかんないよ! …………ごめん大声出して。でも本当にわかんないの。まさかこんなことが本当にあるなんて思わなかったから。私だって他の人から聞いたことがあるだけだから……」
 美夜は怒った顔から一転して情けない顔になった。
「まぁ、駄目なら仕方無いか。俺は「真剣」はなしだな」
 魔琴は美夜を少しでも慰めようと明るく言った。
「神藤君はそれでいいの?」
「うん」
「でも、後々大変になると思うけど本当にいいの?」
「それでも大丈夫」
 今の魔琴には後々なにが大変になるのかわからなかったが、それでも少しでも美夜を安心させるためにそう言った。
「……じゃあ仕方ないから今日も修行する?」
「そうだな」
 そう言って二人は修行を再開した。
 午後一時、魔琴と美夜はリビングに居た。
「どういうことなんだろうな」
「本当だよね。まさか「真剣」が使えないなんて……」
「でも別に、特に支障は無いんだろ?」
「……いや、ある。って言わなかったっけ?」
「あぁ、後々大変になるって言ってたやつ?」
「うん」
「何が大変になるんだ?」
「……はっきり言って「真剣」は五本の剣の中でも一番重要なの」
「どうしてだ?」
「それは……ある掟があるからなの」
「掟? 何それ?」
「私も詳しい事は知らないんだけど……それでもいい?」
「うん」
「とりあえずどこから話せばいいかな……じゃあこの剣で生きてるものを切ったらその剣に対応する世界に行くのはわかるよね?」
「うん」
「だから例えば木を切ったら、形は変わるけどその世界に突然「物」が生まれるのね」
「うん」
「それで、どの世界でも危険物は共通なの」
「……もうちょっと説明をしてほしいのだが?」
 魔琴は美夜にそう頼んだ。
「えっと、例えばこの世界ではライオンとか危険でしょ?」
「……うん。なんか違う気がするけど」
「しょうがないでしょ生きてるものなんだから。……それでライオンを切ったらその世界にいくでしょ?」
「うん」
「そうするとライオンはその世界で危険なものに変わるの。それがなんなのかは私にもわかんないんだけどね」
「なるほど。で、それが掟と何の関係があるんだ?」
「えっと、その掟を簡単に言うと、其々の世界に極力危険物を飛ばさないってこと」
「……なるほど確かにそれは大事な掟だな。で、掟と「真剣」とのかかわりはあるのか?」
「うん。すごくあるよ。「真剣」は『真界』とつながってるでしょ」
「うん」
「それで『真界』にはその掟が無いの」
「えっ……あ……そうか」
 魔琴は何かに気付いた。
「『真界』は確か『無』なんだよな」
「そう」
「ってことは、飛ばされた途端に無くなるってことか?」
「そういうこと。人でも動物でも植物でも飛ばされたら一瞬にして無くなるの。もちろん危険な物も。だから「真剣」は相手がどんな奴かわからなくても使えるの」
「でも逆にそれ以外の剣は相手がわからなければ使えない、出来るだけ使わない方がいい……ってことか」
「そういうこと。決して使ってはいけない訳ではないんだけど、その後のことを考えるとやっぱり使わない方がいいと思う」
「じゃあ俺がこれ使えないってことは死活問題じゃないのか?」
「そう。だから「真剣」だけは使えるようにしてほしかったの。最悪、これ以外は使えなくてもよかったの。でも一度拒否されたらその剣は絶対に使えないって言われてるし……私は余りがこれだけしかないし……」
美夜は黙ってしまった。
(どうすればいいんだよ。美夜は黙っちゃったし。しかもなんか泣きそうな雰囲気まで出てきてるし。でも俺にとっても死活問題なんだろ……でも……どうにかなんないのか? せめてこの空気だけでも何とかしないと。でもその方法にはやっぱり俺が覚悟を決めなきゃいけないし……美夜の笑顔と自分の命どっちが大切か……)
 そして魔琴は結論を出した。
「いいよ。「真剣」なくても。だから美夜がそんな顔するなって。せっかくの顔が台無しだぞ」
 魔琴は努めて明るく言った。
(これは美夜の笑顔をとった訳じゃない。結果的に楽しくなると思ったからだ。うん、絶対そうだ)
 魔琴は自分にそう言い聞かせた。そうしておかないと今にも顔が真っ赤になりそうだったからだ。
「本当にいいの? だって神藤君にとっては死活問題なんだよ?」
 今回の美夜は一筋縄ではいかなかった。
「大丈夫。それに、戦闘とかするかもわかんないのに」
 魔琴はほとんど冗談で言ったが美夜には冗談に聞こえなかったようだ。
「神藤君! ……ごめん。でも、その力を手に入れたのに戦闘を免れることが出来ると思わないで。常に自分は狙われてるんだってことを覚えといて」
 美夜は必死の形相でそう言ってきた。
「わっ、わかった。でも俺は「真剣」が無くても大丈夫だから。心配するなって」
「でっ、でも」
「美夜」
 魔琴は美夜を宥めるように言った。
「こういう言い方はよくないのかもしれないけど、俺だってこれでも男だ。だから大丈夫。前襲われた時みたいに何も知らない訳じゃないんだ。だから……信用してくれ。な?」
 美夜はそれでもまだ不満があるようだったが、
「……わかった」
なんとか了承してくれた。
「じゃあ……午後の修行しないか?」
「えっ?」
 美夜は虚を突かれたように言った。
 時計の針は二時一五分を指していた。
「私達一時間以上も話してたの?」
「そう、みたいだな」
 魔琴と美夜はお互いに顔を見合わせてつい笑ってしまった。
「なんか、情けないというか……何というかだね」
 美夜はとりあえず調子を戻したようだ。
「まぁ、いつまで考えていても仕方ないし」
「でも、神藤君が「俺だって男だ」って言ったところはかっこよかったよ」
 美夜はいたずらっぽく笑って言った。
 魔琴はその瞬間顔をリンゴのように赤くしてしまった。
「なっ、そ、それは、気にしないで」
 美夜はその姿を見て完全につぼに入ってしまったようで、その後十分間くらいはずっと笑っていた。
「あのー、美夜さん? そろそろいいんじゃないですか?」
 魔琴は半分呆れながらそう聞いた。
「えっ、だって、ふふふ、」
 それでも美夜はまだ面白いようで笑っていた。
「午後の修行はいいのか?」
 魔琴はそんな美夜にいたってまじめに聞いた。
「ふう、あっ、そうだったね」
 時計の針は午後二時三十分を指していた。
「まぁ、今から始めよっか」
美夜がそう言ってきたので魔琴もそれに同意した。
その後はいつもと同じように午後六時まで修行をした。
 魔琴と美夜は午後七時には食卓に着いていた。
「なんか今日は色々あって疲れたなぁ……」
 魔琴は一人呟くように言った。
「そうだね。本当に色々あったよ」
 美夜は魔琴の言葉に返してきた。
「え? あっ、ああ、そうだな」
「まぁ食べよ」
 そして二人はいつもの生活テンポに戻っていった。
 それからの十日間は毎日ほとんどが体力の強化だった。時々剣をかまうことはあっても本格的な修行はしなかった。
 十日目の午後九時魔琴は自分の部屋に居た。
「今日で修行は終わりなんだよなぁ。美夜は明日のこととか何も言ってこないし。全くどうするんだよ……」
 魔琴は一人で愚痴を言っていた。
「ああー、もうわかんないや。明日になればわかるし、さっさと寝るか」
 魔琴はそういうとベッドに横になった。
 五分後魔琴は静かな寝息を立てていた……

 五月十八日、午前一時四十五分。そろそろ丑三つ時と言っていい時間帯になってきたころ、魔琴はふと眼が覚めた。
(あれ? 何で眼がさめ――)
 た、とは言えなかった。
 それはベッドの中に美夜がいたからだ。しかも魔琴の眼と十センチも離れていない。
(ななな、なんで美夜が!)
 魔琴は心拍数が倍ぐらいに跳ね上がった気がした。
(とりあえず美夜を起こさなきゃ)
 魔琴はそう思うと美夜を揺り起こした。
「う、ん? 地震?」
 美夜は完全に寝ぼけていた。
「美夜、美夜! 起きろって」
 魔琴は決して大声にならないような、しかし美夜には確実に聞こえる声でそう言った。
「……あ、神藤君。おはよう。ってあれ? まだ朝じゃ無いじゃん。起こさないでよ」
 美夜はそう言うとまた寝ようとしてしまったので、魔琴は慌てて話しかけた
「美夜! なんでこんなところ居るんだ?」
「こんなところってどういうこと? ここは私の部屋でしょ? 神藤君こそなんでここに居るの?」
 とりあえず美夜は起きたようだ。しかし最後の方はかなり怒っていた。
「なんでってここは俺の部屋だぞ」
「え? そんなことは……」
そこで美夜は言葉を止めてしまった。
 そしてすべてを思い出したような顔をした。
「そうだった……もしかして私寝てた?」
「うん。ぐっすりと」
 魔琴はありのままをすべて伝えた。
「ごめん。吃驚したよね」
「まぁ吃驚したけど、でも、美夜の寝顔は凄くかわいかったけど……」
 そこまで言って魔琴は自分の言っていることが凄く恥ずかしいことだなぁと思った。
 美夜もそれに気が付いたようであえてそれに関しての返事はしなかった。
「えっと、それで美夜は俺の部屋に何しに来たんだ?」
 魔琴は当たり前の疑問を口にした。
「知りたい?」
「当然だろ」
「えっとね、神藤君に一つの提案があってきたの」
「提案?」
 魔琴は思いもよらない言葉に返事をしながらも眼を点にした。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。で、その提案っていうのが剣の力を使ってみないってこと」
「剣ってあれを? 使う?」
「うん。戦闘に慣れといた方がいいし」
「……ってことは人と戦うのか?」
「そうだよ」
「だとしてもそんな簡単に人と戦えるような場所が……」
 魔琴は言葉の途中で気が付いた。あったのだ。一カ所だけ人と戦える場所が。
「まさか、お前――」
 魔琴の言葉は途中で美夜に遮られた。
「神藤君、お前じゃなくて「美夜」ね。それで神藤君が思いついているところがたぶん正解だと思う」
「じゃあ、……聖徳学校なんだな」
「そういうこと」
「でも、それは……」
「神藤君よく考えて。私はこの実践は神藤君にとって一石二鳥だと思うんだけど」
 魔琴は少し考えて答えが出なかったので美夜に素直に聞いた。
「なんで一石二鳥なんだ?」
「……神藤君、普通の学校生活をしたいと思ったことが無い?」
「確かにそれは思ったことがあるけど」
「なら今回その思いが叶えられるかもしれないのよ」
「なんでだ?」
「聖徳学校を実践場所としたら次の日には学校は使い物にならなくなる。そうすれば神藤君は他の学校に移ることが出来る。そういうこと」
「何で学校は使い物にならなくなるんだ?」
「えーそこからぁ……つまり私たちは剣を使うのよ。剣で聖徳中学校の生徒と教員を切るってこと。だから最終的には生徒も、教員も、全員がいなくなるってこと」
「そうなれば、学校として機能しなくなる……あー、そういうことか」
「やっとわかった?」
「でも、待って、そうなると、周りから何で俺だけが生き残っているんだ? って言われないか?」
「そ、その辺は学校を休んでいたって言えば済むんじゃないの?」
「そんな簡単にいくものなのか? 生徒四百人がいっきに消えてる中で、残った奴が疑われるのは当然のことだろ? しかも消えなかった理由が学校に来てないって事だったら余計に疑われるんじゃないのか?」
「そこは大丈夫。たとえテレビ局みたいなのが来ても対応する人がいないし、万が一教育委員長みたいな人が答えても、私達の事には特に触れないと思う」
「そうなのか?」
「うん。だから聖徳中で戦闘実践しない?」
「うーん……」
 魔琴は悩んでいた。確かに不良中学校にいたら普通の学校生活は送れない。けど、だからといって普通の学校生活を送るためだけに危険を冒すのも気が引ける。けど、さらに考えると美夜のこれまでの話からして、これからいつどこで襲われてもおかしくないという状況だから、一回でも多く実践はしておきたいという気持ちも浮かんでくる。
 それに聖徳中で命を落とさないとも限らない。なにせ相手は県下一の不良中学校なのだから。剣を持っているからといって過信は禁物だ。
 魔琴がそんなことを考えていると美夜が横から話しかけてきた。
「神藤君そんな難しい顔しなくてもいいじゃない」
 美夜は苦笑いだった。
「いや、でも、これはかなり大事なことだろう?」
「そんなに大事かなぁ。本当に大丈夫だって」
 美夜はダメ押しをしてくる。
 そして魔琴はついに覚悟を決めた。
「わかった。その提案のった。聖徳中で実践だな」
 その瞬間美夜の顔が喜びに変わるのが手に取るようにわかった。
「うん! 本当にいい?」
「なんで今さら確認するんだよ。大丈夫、よく考えたからもう気持ちが変わることは無いと思う」
「よかった…………あっ!」
 美夜は何かを思い出したようにいきなり声をあげた。
「どうしたんだ?」
「あのね……、本当に実践するんだよね?」
「うん」
「だったら、その、修行の別メニューがあるんだけど、それをした方がいいと思うんだよね」
「つまり、まだ修行は終わっていないと?」
「そういうことです」
 美夜が珍しく敬語を使った。
「まぁいいや。体力強化じゃないんだろ?」
「あ、うんそこは安心して。修行をするなら剣の詳しい使い方と応用の仕方だから」
「じゃあ修行するよ。それは何日ぐらいかかるんだ?」
「うーん一週間あれば充分かな」
「じゃあ、あと一週間延長だな」
 魔琴は少し笑いながらで言った
「そうだね」
 美夜も少し笑っていた。
「ところで美夜」
「ん?」
「……いつまでこの部屋に居るつもりだ?」
「え? なに……あっ、ごめん。すぐ出ていくね。本当真夜中にごめんね」
 美夜はそう言うと大急ぎで部屋を出て行った
(一体なんだったんだ? 全くなんでこの時間帯に話をしたんだか。別に夕食の時にでもしてればよかったのに)
 魔琴はそんな疑問にも不満にも似た感情を持ちながらまた眠っていった……

五月十八日。
魔琴はいつも通りに午前七時に起きていた。夜中に一回起きたので寝過ごすかと思ったが、習慣というのはそう簡単には変わらないらしい。
 魔琴が一階に下りていくといつも通りに朝食が用意されていた。
 しかし、食卓に美夜の姿は無く、珍しくソファで寝ていた。
(まさかのパターンですか。美夜が寝てるなんて。まぁとりあえず起きるまで待ちますか)
 魔琴は美夜の子猫のような寝顔を見てそう思った。
 美夜が起きたのは午前八時前だった。
「ん……あれ? 寝てたか……神藤君起こしてくれてもよかったのに」
「いや、なんとなく悪い気がしてさ、まぁ食べよう」
「そうだね。早く食べないと」
「修行の内容は御飯が終ってから教えてくれ」
「わかった」
 美夜のその言葉を合図に、二人は凄い勢いで食べ始めた。
二人は約二十分で食べ終わった。とても綺麗な食べ方とは言えなかったが、二人には関係なかった。
「じゃあ今日も九時からね」
「うん」
 魔琴と美夜は其々の部屋に向かっていく……

 午前九時、魔琴と美夜は瞑想をした場所に居た。
「ここでするのか?」
 魔琴が聞いた。
「うん。そんなに動き回ることも無いから」
「わかった」
 それからはずっと剣を振り回していた。最初のうちはよくわからなかったが、美夜が懇切丁寧に教えてくれたので魔琴も大分剣の扱い方がわかってきた。
「戦闘の時は極力剣を持たないんだな」
「うん。行動の邪魔だし何もしなくても剣は付いてくるから。ここぞの時だけね。でも、神藤君は「真剣」が使えないんだから余計に注意して使わないといけないけど……」
「そうなのか。まぁ、仕方ないな」
 その後も魔琴と美夜は修行を続けた。
 そんな毎日が過ぎていき残る日も後一日に迫ったころ、魔琴はとりあえず戦える技術が身に着いた。
「これで神藤君も戦えると思う」
 美夜がそう言ってきたのは、五月二十三日の午後八時過ぎだ。
「そうなのか。明日が最後だよな」
「うん」
「じゃあ、明日は何をするんだ?」
 その言葉を魔琴がいった瞬間美夜が少したじろいだ。
「それは……」
「うん」
 それでも美夜は何とか言葉を絞り出した。
「明日は私と戦うの」
「なっ……、それマジか?」
「うん……でも大丈夫。心配しなくても」
「だって本物の剣を使うんだろ? 下手したら俺か美夜がいなくなるかもしれなってことだろ?」
「え? 本物は使わないよ。そんなことしたら二人にとっても自殺行為だよ。使うのは木刀だから。明日はあくまでも実践での動きとか、相手の攻撃を避けるってことが重要になってくるから」
「そう、なのか。それならよかった」
「うん。じゃあ今日はもう寝て明日に備えよ」
「そうだな。疲れが残ってると美夜を退屈させるからな」
 魔琴はそう言うと部屋に行った……

 午後八時半過ぎ、魔琴は自分の部屋で一人瞑想をしていた。
 魔琴は寝る前の十分間に瞑想をする癖が付いていた。
「よし、終わり」
 魔琴はそう言って瞑想を終わった。
「本当に明日美夜と戦うのかよ。はぁ、なんか憂鬱だなぁ。でも美夜も結構本気だったから早めに寝とくか……」
 魔琴が寝つけたのは約一時間後だった。

 五月二十四日。魔琴は午前六時には眼が覚めていた。
(あれ? 何でこんな早くに眼が覚めたんだ? 昨日は確か寝つきは悪かったんだけどなぁ)
 魔琴はそんな疑問を持ってが、考えても仕方ないので一階に下りて行った。
「あれ? 神藤君今日は早いね。まだ御飯の準備してないんだけどいい?」
「あ、うん。俺のことは気にしないで、いつもどうりの時間でいいよ」
「わかった」
 美夜が朝食を持ってきたのは午前七時前だった。
「ちょっと早いけど御飯にしよっか」
「いいのか?」
「うん。私がお腹減っちゃってて」
「じゃあ食べるか」
 二人はゆっくり食べながらも午前八時前には食べ終わっていた。
「なぁ、美夜」
「ん?」
「本当に今日戦うのか?」
「うん。そうだけど。あっ、もしかして神藤君私に負けるのが怖いの?」
 美夜はニヤニヤしながらそう言った。
「いや、そうじゃないんだけど……」
「え、じゃあ何?」
 美夜は既に勝ち誇ったような顔をしていた。
 魔琴は真実を話すほかなくなった。
「……正直に言うと勝てないんじゃないかなって、ちょっと思ったりして……」
 魔琴は凄く情けなかった。人生でベスト3には絶対に入ると思った。
「やっぱりそういうことね。大丈夫その辺は心配しないで。別に負けてもいいから。重要なのは実践で死なないことだから」
「でも、なんか負けるのは――」
「神藤君! 死んだら何にも出来なくなるんだからね。それにまだ負けるって決まった訳ではないでしょ」
「いや、でも、俺はまだ剣を持って一カ月もたたないし、剣を実際に使った期間は一週間もないいんだぞ。それで勝てっていう方が無理だろ」
「でも相手はそんなの待ってくれないよ? 生きるか死ぬかのたった二択しかないんだから。練習出来る時にはしといた方がいいの。練習では死ぬ事は無いんだから。ね?」
 魔琴は美夜のそんな勢いに押された。
「あ、う、うん。わかった。美夜と戦うよ。まさかそんなに本気だなんて思わなかったから」
「神藤君この際だからもう一回ちゃんと肝に銘じておいて」
「何をだ?」
「常に自分は死と隣り合わせになっているって事を」
 美夜は凄く神妙な顔でそういった。
「わかった。肝に銘じておくよ。で、どんなふうに戦うんだ?」
「どんなふうにって言われてもなぁ……」
「じゃあ、最初はどうするんだ?」
「あ、最初はそれぞれの好きな場所からスタートで、それでフィールドはこの大仙全部ね」
「全部使うのか? そんなことしたらお互いが見つからないんじゃないのか? それに移動にも困る……」
 魔琴は言っている途中で気が付いた。今の自分は超人的能力を持っているということを。
「そうか……なら大仙全部でも大丈夫だな」
 魔琴は一人で勝手に話を進めていたが、美夜も魔琴が何を考えているのかわかったみたいで同意するように頷いた。
「あとなんか聞きたいことがある?」
「あ、あとどうやって勝敗をつけるんだ? 木刀って言っても殴ったら結構痛いんだろ?」
「それはお互いに極力当てないように注意するしかないわね。でも、仮に当ててもそんなに痛くないと思うけどなぁ」
「いや、痛いだろ。確かに普通の人に殴られたら痛くないかもしれないけど、美夜が殴ってきたら確実に怪我をすると思うぞ」
「そっか、神藤君の体も丈夫になってるけど、私の力も半端無いから結果的に一緒になるね。そこに気付かなかったよ」
 美夜はさっきまでの神妙な顔から一転して無垢な笑顔でそういった。
「じゃあ、いつも通り九時スタートね。あ、でも今回は九時までに自分のスタート場所を決めておくこと。勝敗は木刀で相手に一太刀浴びせた方が勝ち。ルールそれでいい?」
「うん」
「じゃあ私は行きますかな」
「早くね? まぁ、でもあと一時間もないからな。俺も行くか」
 魔琴がそう言うと二人は別々の方向に行った……

午前八時五五分、魔琴は鶯の鳴き声が響く静かな森の中に居た。
そんなどこかほのぼのした雰囲気とは対照的に、魔琴は木刀を右手に持ちながら周りの気配に凄く神経を使っていた。
(ふう、あと五分でスタートか。今のところ美夜の気配は近くにないな。まぁ、まずは美夜が動くのを待ちますか。攻めるよりも守る方が好きだし)
 魔琴はそんな事を思っていた。

 午前九時。魔琴と美夜の練習が始まった。
(やべー。練習なのにこの世のものと思えないほど緊張する。これ、実践になったら精神的に持たないかもな)
 魔琴は冗談ではなく、本気でそう考えていた。
事態が急激に動いたのは意外にも遅く、十一時半を過ぎた頃だった。
 魔琴は近くに美夜の気配があるのがわかっていながら一歩も動かなかった。出来るだけ相手の場所がわかってから動きたいというのがあった。
(くそっ、大体の方角はわかるのに眼で確認できない)
 魔琴は少しイライラしていた。
 しかもそんな状態が十分くらい続き、完全に硬直状態になってしまっていた。
(こっちから打って出てみるか? でも、もし美夜の眼の前なんかに出たらただじゃ済まないしなぁ)
 しかし美夜は待ってくれなかった。明らかに魔琴との距離を詰めていることがわかるように気配が感じられた。そして魔琴はついに美夜を視界の中に収めた。
(いたっ――)
 魔琴がそう思った瞬間美夜が一気に距離を詰めてきた。
 魔琴は慌ててとりあえず美夜とは逆の方向に駆け出した。駆け出したとは言っても、時速三六〇〇㌔の速さだ。
 二人はそこからとてつもない速さで追いかけっこをした。美夜が距離を詰めれば魔琴が慌てて距離をあける。その繰り返しだった。
(このままじゃ埒があかない。どうするかなぁ)
 魔琴は逃げながらもそんなことを考えていた。
 五分くらいしただろうか美夜の速さが明らかに速くなっていた。徐々に魔琴との距離が詰められていく。
(やばいな。こうなったら打って出てみるか)
 魔琴はそう思うと一気に美夜に向かって方向を一八〇度かえた。
 美夜が一瞬怯んだのがわかった。魔琴にはそれで充分だった。
 思い切り美夜の腕を狙って木刀を振り下ろす。美夜のその手に木刀は無い。
(貰った!)
 魔琴は勝ちを確信した。が、その木刀が美夜の腕に当たることは無かった。魔琴が木刀を振り下ろす瞬間、美夜の手に袖から落ちてきた短い木刀が握られていた。美夜はその木刀で魔琴の木刀を防いでいた。
(なっ! そんなのありかよ)
 魔琴がそう思っている間も美夜は両手に木刀を持って魔琴に襲いかかってくる。
(一旦退くか)
 魔琴はそう思うと二、三度美夜の木刀を受け止め一目散に逃げていった。
 そして逃げている途中に午後〇時になった。
 魔琴は家に向かった……

 家に着くとすでに美夜は帰ってきていた。
「美夜早いな」
 魔琴は普通に話しかけた。傍から見ればさっきまで二人が木刀を交えていたなんて思いもつかないだろう。
 時計の針は午後〇時十分を指していた。
「そう? 神藤君が遅かったんだよ。だって大仙の何処に居たって本気を出せばこの家に帰ってくるまで五分もかからないと思うから。まぁ、私も今さっき帰ってきたところだから」
「そうか。なぁ美夜」
「何?」
「この修行、午後もするのか?」
 魔琴は恐る恐る聞いてみた。出来れば午後はしたくなかった。
「勿論するよ。神藤君凄く神経使ってたでしょ?」
「まぁ。それなりには」
「それでいいの。ここは田舎だからまだいいけど都会なんかに行ったら、どこから襲ってくるかわかんないからね。だから、今から常に神経を使っているってことに慣れておいたほうがいいの」
「……わかった。けど二本持つとかありかよ」
 魔琴は若干投げやりにそう言った。
「え? だってダメって言ってないし。それに私が二本持ってても神藤君に一太刀もいれられなかったから別にいいでしょ」
「確かにそうだな。でもなんか動きが少し鈍くなかったか? いつもの美夜ならもっと早かっただろ? まぁ手加減してくれてたなら感謝するけど」
「あれは……ずっと走り回ってたから疲れたの。中々神藤君が見つからないから。それで、やっと見つけた時には既に体力が限界にきてたの」
「何でずっと走り回ってたんだ? 別に俺が来るのを待ってればよかったんじゃないのか?」
「だって神藤君動きそうになかったし」
「まぁ、……確かに」
 魔琴は苦笑いで答えた。実際にそうだったからだ。
「それに、とっとと神藤君を叩いて、やっぱり私が強いんだってことを確認したかったから」
「…………」
 魔琴は聞かなかったことにした。
「まぁ、午後もあるから早く食べよ」
「そうだな」
 二人は家の中に入っていった……

 午後二時。この日二回目の美夜との実践がスタートした。
(二回目だけどこの緊張には全然慣れないなぁ。瞑想の時は一回で緊張はとれたのに。しかも今回は四時間もあるし……どうやって切り抜けるかな)
 魔琴はそんなことを考えていた。まだ近くに美夜の気配は無い。
(今回は時間が長いしなぁ。こっちからも何かを仕掛けないとなぁ。午前中と同じ場所だしなぁ)
 魔琴はとりあえず動くことにした。とは言っても決して自分が疲れない速度でだが。
 魔琴は一時間ほど動いたが幸い美夜とは出会わなかった。
(ふう、美夜はどこ行ったんだ? まぁ大仙も広いし仕方ないか。さすがにちょっと疲れたし、休憩するか)
 魔琴は足を止めて再び周りに神経を集中させた。
事態が動いたのは午後三時過ぎだった。
 魔琴に向かっていきなり木刀が飛んできた。
「ッ!」
 魔琴は何とか木刀を避けた。が、それと同時に美夜が後ろから襲いかかってきた。魔琴は後ろからの攻撃は絶対的に避けられないと思った
(木刀で受けるしかない、か)
 魔琴はそう思うと振り向きもせずに腕と木刀だけを背中にまわした。
(神経を集中させて……ここか!)
 その瞬間美夜と魔琴の木刀がぶつかった。
「え?」
 美夜のそんな声が聞こえた。
 魔琴は思い切り木刀を薙ぎ払った。美夜の木刀が落ちる音がした。だが、魔琴はそっちを気にもかけず音速を超える速さで一気に逃げた。
「やられた……」
 逃げる直前に美夜のそんな声が聞こえた気がした……

「危なかったな。まさか投げてくるなんて思わなかった……」
 魔琴は美夜から逃げた後三十分は走っていた。
「俺は木刀を一本しか持ってないしな……投げて使うなんて出来ないし。接近戦に持ち込まないと。まぁ、もうちょっと休憩したら今度こそこっちから打って出ますか」
 魔琴が動いたのは午後五時を過ぎてからだった。その間は美夜の反応も全くなかった。
「よし、そろそろ行くか」
 美夜は十分くらいで見つかった。美夜は絶えず動いていたので魔琴は距離を常に一キロに保ちながら追った。
(あとは何処で襲うかだな……)
 そして魔琴は十分後ある事に気がついた。
(これ、さっきから同じところを何回も回っているような?)
 そしてその疑問は間違っていなかった。
 突然美夜の気配がしなくなった。
(――ッ!)
 魔琴は一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに頭を回転させた。
(同じところを回っていた……まさか一番的確な逃げ道を探していたのか? たったそれだけのために? けどこれ以外には考えられない。だったら追うのはかなり難しくなったな……)
 魔琴は少し肩を落としながら足の回転を緩めた。
(はぁ、まだまだだな)
 そして一瞬気を抜いてしまった。本当に一瞬だった。にもかかわらずそこが決め手だった。
 美夜が真横から弾丸のように出てきた。
(なっ……無理だ……避けれそうに無いし、他に何かいい手段も見つからない)
 魔琴は完全に諦めることにした。このまま美夜に一太刀いれられてしまえばいいと思った。
 そして美夜は魔琴の腕を狙ってきた。
 ゴッ!
 鈍い音が森の中に広がりそしてまた静かになっていく……

「痛っ!」
 魔琴はソファの上でそう絶叫した。
「あっ、ごめん。大丈夫?」
 美夜が包帯を巻きながら心配そうに聞いた。
「かなり響くかも……美夜がもうちょっと手加減してくれれば」
 魔琴はふてくされたように言った。
「ごめん。でも私も必死だったから、つい力が入っちゃって。本当は私も直前で力を緩めようと思ったんだけど何か出来なくて。でも、見た限りでは骨に異常はなさそうだから、普通に動かせると思うよ」
 美夜にそう言われて魔琴は腕を動かしてみた
「確かに動かしても痛くないな。まぁ、骨が折れてなかったらいいよ」
「たぶん明日には包帯も取れると思う」
「そうか」
 時計の針は午後六時三十分を指していた。
「美夜。御飯の準備はいいのか?」
「え? ああ、まぁ今日の夜は簡単な物にするからいいよ。それよりも神藤君の怪我の方が大事だし。この場面で御飯を取るほど私も食い意地が張っている訳じゃないよ」
 美夜はさらっと言ってみせた。
「それは……ありがと。でも、俺、食べれるからそんなに気い使わなくていいよ」
「そう? じゃあ七時になったら作るよ。もうちょっと休憩しときたいし」
 美夜はそう言うと魔琴に寄りかかってきた。
(えっ、ちょ、ちょっと待って、何だこれは? 何かのフラグなのか?)
 魔琴は体を強張らせた。十分経つと美夜が寝てしまったようで魔琴はますます動けなくなってしまった。次の日の朝、魔琴が筋肉痛で唸っているのを美夜は知らない。
 午後八時。美夜と魔琴はお茶漬けに漬物という今までの食事がウソのような軽い物を食べていた。
「美夜はこれだけで足りるのか?」
「まぁ、私は大丈夫だけど。神藤君は?」
「俺はこれだけでも充分だよ。今日はなんかお腹すかなくて」
「そうなんだ。まぁ今日の修行は、筋肉と脳に相当きてると思うから早めに寝た方がいいよ。疲れを残さない方がいいしね」
「じゃあ俺はお風呂入ってもう寝るかな」
「わかった……って、もう食べたの?」
「うん」
「まぁ、いいや。おやすみ」
「おやすみ。お風呂入るけどね」
 魔琴は 午後九時前には寝た。美夜も午後十時には布団に入った。

 五月二五日。魔琴は久々に寝坊した。自分の部屋から出たのは最終的に午後〇時を過ぎてからだった。
 一階に行くとさすがに美夜が不機嫌そうだった。
「……おはようございます」
「神藤君」
「はい……」
「私だって一時間や二時間位なら普通に待てた。けど、さすがに昼まで起きてこないとは思わなかったよ?」
「反省してます」
 魔琴は立場が無かった。食卓の上にはまだ手のつけられていない朝御飯があった。美夜は魔琴を待っていてくれたのだろう。
「もう……そんなに昨日の修行は辛かった?」
 魔琴はその質問に少し答えあぐねた。
「それは……うん。辛かった」
 魔琴は、本当は筋肉痛で唸っていたというのは言わなかった。
「まぁ、いいや。朝御飯と昼御飯、一緒になるけどいいよね?」
「うん。俺のせいだしな」
「じゃあ、食べよ」
「いただきます」「いただきます」
 二人は食べ始めた。
「なぁ美夜」
「ん?」
「聖徳中にはいつ頃実践に行くんだ?」
「五月三十日」
 魔琴は具体的な日にちが返ってきて吃驚した。
「何その顔。日にちを決めてあるのが吃驚って書いてあるよ。私だってそこまで適当な訳じゃないんだから日にちくらい決めてるわよ。それに神藤君のこれからの人生を左右するかもしれないからね」
「そんなに重くないだろ」
「いや、いやいや、大事だよ。このまま不良学校に通うのと、普通の学校に通うのとじゃ雲泥の差でしょ。不良学校になんて通ってたら、就職どころか高校に行けるかもわかんないんだよ」
「そう言われてみればそうかもなぁ」
「神藤君考えたこと無かったの?」
「高校なんてまだまだ先の事だと思ってたから。でも、もうあと二年したら高校生か」
「今回の実践が成功したら、ね。普通の高校生活を送るには絶対に失敗できないからね」
「そうだな。で、なんで五月三十日なんだ?」
「え? うーん。なんとなくかな」
「……ごめん聞いた俺が悪かった。気にしないで」
「えっ、何でそこで悲しい顔になるの? ちょっと待ってよ」
 二人はそんな楽しい雰囲気の中、食べ終わった。まだ午後一時にもなっていなかった。
「午後は何するんだ?」
「特にすることは無いかも。あ、でも実践の作戦立てたいから二階には行かないで」
「わかった。待っとくよ」
 美夜が二人分の飲み物を持って食卓に着いたのはそれから五分後だった。
「じゃあ、いい?」
「うん」
 魔琴は何をするのかいまいちよくわからなかったがとりあえず肯定の返事をした。
「で、神藤君も知ってる通り聖徳中は北校舎と南校舎がある」
 そう言って美夜は聖徳中の全体の見取り図を出してきた。
「……下調べも済んでるのか」
「え? ああ、このこと? 相手の情報を掴んでおくのは基礎中の基礎だから。その点でも聖徳中は勝手がよかったから。で、今回は折角二人居るから北校舎と南校舎を一人ずつが担当するかたちでいい?」
「一人でその校舎を制圧するのか?」
「そういうこと」
「一人で、できるのか?相手は数が多いし間違っても県下一だぞ」
「大丈夫。相手は何もしてない人間だから。この一カ月を思い出してみて。神藤君は力を手に入れたんだから。昨日の私との戦いだって、普通の人間が見ればたぶん何が起こってるかわかんないと思うよ」
「まぁ、美夜がそこまで言うのなら……」
「いい? で、どっちを担当する?」
 魔琴はすぐさま南校舎を選んだ。北校舎には、生徒会室があるからだ。
「わかった。じゃあ私が南校舎ね。で、制圧は一階からして」
「わかった」
「絶対にだよ。あと一人も残さずに次の階に行って。一階なら、もしも教室なんかに追い詰められても窓から逃げれるから。命が一番だからね」
「うん」
「あ、それと……、はい、これ」
 美夜はそう言うと何かを手渡してきた。携帯電話だった。確か世界最小だったはずだ。
「何でこんなのを?」
「連絡用に持っておいて。もしもの時のためだから」
「わかった。一応な」
「あと一つだけ」
「なんだ?」
「相手に絶対に同情しないこと。いい?」
 その時の美夜はすごい迫力だった。
「自分の命を一番に考えること。最悪の場合私が神藤君をおいて逃げるかもしれないし、その逆だって十分あり得る。そこだけは絶対に覚えておいて」
「わ、わかった」
 時計の針は午後一時十分を指していた。
「あのさ、これからの日程ってどうするんだ?」
「えっと、明後日にはこの家を出ようと思う。で、二日休んで実践ね」
「わかった。まぁ、特に荷物をまとめることもしなくてもいいから、今まで通りに過ごせばいいか」
「そうだね。なんか短かったね」
「ここに一カ月も居たんだよな……今思うとなんか凄いな」
「あ、神藤君。ここでの事をあんまり人に言わないでね。二人だけの秘密にしといて」
 美夜は顔を少し赤らめながらも妖精のような顔で言った。
「う、うん。絶対誰にも言わない。約束する」
「よかった。じゃあ話は終わりだから、後はゆっくりしといて」
「じゃあ俺は二階に上がっとくよ」
「わかった。御飯出来たら呼ぶね」
「うん」
 魔琴は二階に上がって行った……

「はぁ……」
 魔琴は本を読みながら長い溜息を吐いた。
「明後日にはここを出るのか……なんか寂しいな」
 魔琴はそう思いながら本に眼を通していく……

 美夜に呼ばれたのは午後六時過ぎだった。
「いつもより早いけどいいよね?」
「うん。全く問題なし」
 二人は二時間以上をかけて食べた。
「なんか今日は凄くゆっくり食べたな」
「まぁ、束の間の休息ってやつだね」
 二人はその後も特にすることは無く、午後十時には布団に入っていた。
 翌日も一日中、良く言えばのんびり、悪く言えばだらだら過ごした。
「なぁ、美夜」
「何?」
「本当に聖徳中を潰すんだよな?」
「潰すって……まぁ、いいけど。本当に行くよ。神藤君も気持ちの切り替えがすぐ出来るようにしておいてね」
「う、うん」
(気持ちの切り替えって何だ? 気を引き締めろってことか?)
 魔琴は改めて美夜の性格が難しいということを感じた。

 五月二七日。ついにこの家を離れる時が来た。
 午前七時、美夜と魔琴は朝食を食べていた。
「最後の朝食だな」
「そうだね」
「何時くらいにここを出るんだ?」
「うーん。昼食を食べたら、かな。だから大体二時前後だと思う」
「わかった。今日は家で休んで明日と明後日で最終確認と準備だっけ?」
「うん。でも、私が全部やるから神藤君は気にしなくていいよ」
「何か悪いな。美夜ばっかりに面倒事を押しつけて」
「私がやるのは当たり前だよ。これに神藤君を巻き込んだのはこの私なんだから。だから気にしないで」
「わかった。で、当日は何処で落ち合うんだ? それも決めておいた方がいいだろ?」
「そうだね。うーん……じゃあ七区の公園に朝八時集合は?」
「わかった。それでいこう」
 その後も二人は最後の朝食を楽しんだ。
「じゃあ、昼になったら呼ぶからそれまではゆっくりしてていいよ」
「わかった」
 魔琴はそう言うとまた二階に上がって行った。
「神藤君、読書好きだなぁ」
 美夜はそうポツリと漏らした……

 午前十一時四十五分。魔琴は自分の部屋で、読書ではなく瞑想をしていた。
「…………」
 どうやら部屋に上がった後からずっとしているようだ。
「神藤君、御飯だけど」
 美夜がドアの外から声をかけた。
「え、あ、うん。わかった。すぐ行く」
 魔琴は眼をあけるとそう言った。
 二人は最後の昼食を食べていた。
「ついに最後か……」
「そんなにしみじみとしなくてもいいでしょ。別に実践が終わったらまた来てもいいんだし」
「そうか? でも、とりあえずの区切りだからな。もしかしたら聖徳中で何かあるかもしれないし」
 魔琴はあえて具体的には言わず、ぼやかした。
「大丈夫だって。神藤君はこの家から出る準備した?」
「ああ、だって荷物って言っても特にないしな。今思うと美夜には本当にお世話になったよ。ありがとう」
「いいよ、そんなの。この後、私は少し家の片づけとかあるから神藤君はゆっくりしといて。終わったら呼ぶから」
「俺にもなんか手伝えること無いのか? なんか美夜にばっかりやらせてるから」
「ありがと。でも気持ちだけ受け取っておくよ。神藤君は休んでて」
「……わかった」
 その後も二人は昼食を食べた。
「じゃあ二階上がってもう一回忘れ物とかないか見てくるわ」
 午後一時三十分、魔琴は二階に上がって行った……

「よし、これでいいな」
 魔琴は一人部屋でそう呟いた。ベッドのシーツは綺麗にたたまれていた。魔琴は美夜の手伝いが出来ないせめてもの償いに部屋の中を隅々まで綺麗にした。
「後は美夜に呼ばれるのを待つだけか……本も片付けちゃったしすること無いなぁ。うーん。瞑想するか。これが本当に最後の瞑想だな」
 魔琴はそう言うと眼を閉じた。
「神藤君、そろそろ行こう。ごめん、私のせいでこんなに遅くなっちゃって」
 美夜がそう声をかけてきたのは午後四時を過ぎてからだった。
「う……あ、行く?」
「うん。神藤君は大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 魔琴は少しの荷物を持って部屋を出た。
 二人は一緒に家を出た。
「一カ月間お世話になりました」
 美夜はいきなりそう言うと家に向かって礼をした。魔琴もそれにならって慌てて礼をする。
「ねぇ、神藤君」
 美夜は魔琴に向き直りながらそう言った。
「なんだ?」
「思い出に写真撮ろうよ」
「いいけど、カメラなんて無いだろ」
「え? あるよ。神藤君だって持ってるでしょ?」
 美夜はそう言いながら、魔琴に昨日渡した携帯と同じものを取り出した。
「あっ、そうか。って、その携帯で写真なんて撮れるのか? 小さすぎてカメラもついて無いんじゃないの?」
「ちゃんと付いてるよ。そんなに劣化してないから。じゃあちょっとこっち寄って。カメラに入んないから」
「わ、わかった」
 魔琴は美夜にちょっと寄った。
「もうちょっと。まだ入んないよ」
 魔琴は思い切って美夜との距離をほとんどゼロにした。
「あーまだ駄目」
「どんだけ小さいんだよ」
 魔琴は呆れながらそう言った。
「うーん……神藤君ちょっとこれ持って」
「わかった」
 美夜は魔琴に携帯を渡した。そしてほとんど魔琴に抱きつく形になった。
魔琴はいきなりの事に気が動転した。
「え、ちょ、美夜なにしてんの?」
「え? こうすれば入るでしょ? 神藤君早く撮って」
 確かに携帯の画面の中には二人がピッタリと入っていた。
何も知らない人が見たら、おそらくカップルの写真だなと瞬時で判断できるような構図になっていた。
「と、撮るぞ」
「うん」
 魔琴は意を決して撮った。
「撮ったぞ」
「あと二、三枚撮って」
「え……わかった」
魔琴はその後美夜の要望通りにし、結果的には十枚以上撮った。その間魔琴はずっと顔を赤くしていた。
(なんなんだこれは。またなんかのフラグですか?)
 美夜はそんな魔琴の気持ちを知る由も無かった。
「じゃあ、そろそろ行く?」
「あ、う、うん。そうだな。大体三十分くらいだっけ」
「うん。神藤君は道知らないんだっけ」
「ここに来る時は眼を瞑ってたからな」
「じゃあ、私の後に着いてきて。のんびり行こうと思うから見失うことも無いと思うし」
「わかった」
 美夜は走りだした。言っていた通りゆっくりだった。とは言ってもそれは魔琴の感覚で、一般人が見たら眼を点にするだろう。
 二人はそんなペースで二十分ほど走った。
「今どの辺だ?」
 魔琴は走りながら聞いた。
「うーん、このペースで後十分くらいかな」
「じゃあ、もうちょっとだな」
 十分後美夜と魔琴は七区の公園に居た。
「ふう、帰ってきたな」
「そんな大袈裟なことじゃないって。じゃあまた月曜日に」
「うん」
 美夜は先に帰っていった。
 一人残された魔琴は
「……帰るか」
 どこか物足りなさを感じながら帰って行った。

 五月三十日、午前八時。美夜と魔琴はそれぞれの任務の最終確認をしていた。
「神藤君、大丈夫? なんか顔色悪いけど」
「え? ああ……昨日ほとんど寝れなくてな。まぁでも大丈夫」
「辛くなったら早めに言ってね。違う日にしてもいいんだから」
「いや。今日するよ。覚悟もきちんと決めてあるし。先延ばしにしたら気持ちが切れるから」
「わかった。じゃあとっとと終わらせよう。あ、それと私がどうなろうと気にしないで。生徒が一人も居なくなったら神藤君は家に帰っていいから」
 美夜が無理に明るく言った気がした。
「……じゃあその逆もあるな」
「今回の最優先事項は、この学校から生徒を一人残らず消すことだからね」
「わかった」
 二人は走らずに慎重に歩いて学校に向かった。その間二人は一言も喋らなかった。
 十分くらいかけようやく学校に到着した。魔琴はおもわず唾を飲み込んだ。
「じゃあ行くよ。上手くいけば午前中で済むから」
 美夜のその言葉で二人は正門から堂々と入って行った……

 校舎の中はとても騒がしかった。
「まだ朝八時半だぞ……何でこんなに生徒がいるんだ……?」
 そう言った魔琴の隣に美夜は居ない。魔琴はとりあえずいつものように登校したような雰囲気を出していた。そこに声をかけてきた奴がいた。
「あれ? 神藤か。久々だな。学校来てなかったから死んだのかと思ったよ」
「え? ああ、久しぶりだな。――橘川」
「おお、何かあったのか? お前が学校休むなんて異常だからな」
「まぁ、ちょっと色々あってな」
「そうか。まぁ、生きてるなら良かったよ。じゃあな」
 橘川はそう言うと去って行った。
(ふう。俺が変わったって気付かれなかったか。まぁ普通はそうだよな。でも誰かに話しかけられるなんて思わなかったな)
 魔琴はそう思いながら一年Ⅴ組の教室に入って行った。教室には机と椅子が一つずつ置いてあった。それ以外には何もなかった。
(変わってないな。全くこの学校は本当にどうなっているんだか)
 魔琴はその机にカバンを置いた。特に傷も無く壊れていないようだ。
(ふう。九時からだよな。俺は「天剣」と「人剣」だけを使うんだよな。ああ、もう半端無く緊張する……何か俺情けないな……)
 魔琴はその後も十分くらい一人で頭を抱えていたが、ついに覚悟が決まったようで、顔をあげた。
「よし、そろそろ移動するか」
 魔琴は教室を出て玄関に行った。そして魔琴はそこで最後の瞑想を始めた。瞑想をするとなんか心が落ち着くからだ。
 ちょうど一分して魔琴は眼を開けた。時刻は午前八時五五分。
(よし準備完了。後五分。美夜はどうしてるかな……)
 魔琴はそう思うと右にある北校舎に続く短い廊下の方を見た。まだ破壊音は聞こえない。
(みんなには悪いけどこれも俺の人生を変えるため……)
 まだ少し時間は早かったが魔琴は動き出した。これから戦場と化する所へ。
(まずは気付かれないように一人を飛ばしてみるか)
 魔琴は辺りを見渡し手頃の生徒を探した。生徒はすぐに見つかった。階段下に一人で蹲っている生徒だった。
(見たこと無い顔だな。一年か? たぶん学校に馴染めなくて一人でいるんだろうな……可哀想だけどあれが一人目だな)
 魔琴はその生徒に音を立てることなく近づいた。そして、一秒後にはその生徒は居なくなっていた。魔琴は一秒の間に、虚空から「人剣」を取り出し生徒の腕を撫でるように斬り、再び剣を虚空に戻した。その生徒が消えたのを知る人は居なかった。
(よし! 誰にも気付かれてないな。この調子でどんどんいくか)
 その後は順調だった。一人を飛ばすのも段々速くなってきて十分の一秒程になっていた。
三十分ほどで一階の生徒は朝の半分以下になっていた。しかし徐々に周りの眼が魔琴を怪しむようになっていた。
(もう少しだけ辛抱だ。気付かれたら作戦通りに強行突破しなくちゃいけなくなる。せめて一階だけでも楽に制圧したいよ)
 魔琴はペースを上げた。片っ端から飛ばしていった。勿論、周りの眼はどんどん怪しくなっていったがそれも気にしなかった。
(後少し。相手が打って出るのが早いか、俺が飛ばすのが早いかのどっちかだ)
 二分後、南校舎の一階に音は無かった。
(危な! 後一分遅かったら完全にばれてたな。ギリギリのところでの勝利だな。まぁ本番はここからだと思うけど……)
 魔琴は息を吐いた。ここまでは全てが順調だった。怖くなるくらいに。
(まぁ余計な心配しても仕方ないか。でも次は二階だしな……俺がやってるって多分ばれてるし急ぎ足でいきますか。ここまできたら自分の命最優先だ。相手がどうなろうともはや関係ない)
 魔琴は自分の心の中で何か新しい物が芽生えた気がした。そしてそこからもう戻れないということもなんとなく感じた。
(これでいい……これでいいんだ。俺は今まで平和に暮しすぎていた。これが人の世界……なんだ)
 そう思いながら二階への階段を上り始めた。そしてその様子を見ている人物が一人いた……

 魔琴が二階に上がると誰もいなかった。
「どういうことだ……くそっ! やっぱ気付いてたか。でもこれはどういう作戦なんだ? 全く先が読めん」
 そう思いながら魔琴は一歩を踏み出してしまった。それが失敗だと気がついたときには既に遅かった。上から机が落ちてきたのだ。魔琴はとっさに反応したものの、剣を握っていなかったので左手で防ぐのが精一杯だった。
「つッ!」
 腕に鈍い痛みが走ったが気にしてはいられない。魔琴はすぐに右手で剣を握った。
(落ち着け! 相手は唯の人間だ!)
 急速に上がる心拍数を魔琴は必死に落ち着かせた。そして剣を握り一気に走った。厳密には逃げだした。
(ここは……一旦退散だ!)
 音速を超える速さで、壁をも突き破り外に逃げた。魔琴は学校から百メートルくらい離れたところで止まった。
「危なすぎる……美夜に笑われるよ。まだちょっと痛むなぁ」
 魔琴は自分の左手を見た。骨折はしていないようだが痣があった。
「これで相手も完全に敵対心を見せてきたってことだ。もう同情なんて絶対しねぇ。叩きのめしてやる」
 魔琴は復讐心を煮え滾らせていた。
「早く終わらせるか……」
 魔琴はそう言うと再び戦場に戻って行った……

 中峰大和(なかみねやまと)。聖徳中四天王の一人だ。
「なんで……こんな、とこにいるんだよ?」
 魔琴はそう言うのが限界だった。
 学校に戻った魔琴は二階を制圧するのに後一歩のところまで来ていた。そこに現れたのが中峰だった。
「どうしたのかな? そんなに驚いて。え?」
「だってお前は……四天王だろ? 何で生徒会室に居ないんだよ?」
 その瞬間、中峰の顔が明らかに悪くなった。
「んだよ、結局それかよ。考えてみろって。俺がここに居るって事は四天王が変わったんだよ。もっと詳しく言えば、この学校の順位が変わったんだよ。つまりトップが」
 中峰は面倒くさそうに言った。何人にも説明してきたような口振りだった。
「そんな……だってお前らは最強だったんだろ? 今年の一年に凄い奴が入ったっていうのも聞いて無いし。トップが変わったって事は御子上が負けたんだろ? 一体何があったんだよ?」
「……転校生だよ」
「は?」
「だから、転校生」
「…………」
 言葉にならなかった。そんな事があるはず無いと思った。こんなところに来る物好きがいるとは思わなかった。例えそんな奴が居たとしても、聖徳のトップを簡単に取れると思わなかった。
「そいつは化け物か?」
「化け物だよ。誰も歯が立たなかった。あの時の事は思い出したくない」
「そう、なのか。そいつは生徒会室に?」
「まぁ、そうだが……もうこの話はいいだろ。てめぇは今すぐここから消えるか俺のサンドバックになるかだ。どっちでもいいぞ。選べ」
 魔琴はそう言われ自分が置かれている状況を思い出した。周りはほとんど三年に囲まれていた。
「そうだった。俺、結構やばい状況だ。勿論、俺は逃げたりましてや、お前のサンドバックなんかになるつもりはねぇ。お前を消すだけだ」
「ふーん。結構いい度胸してんじゃねぇか。まぁ、ただじゃおかないからそのへんは安心しておけ」
(なめた口きいてるぜ。あんなんだから四天王落とされるんだよ)
 魔琴は余裕さえあった。負ける気がしなかった。お互いの距離はおよそ五歩。魔琴なら、ほんの一瞬で詰められる距離だ。
少しの沈黙の後、中峰が一歩を踏み出してそのまま走ってきた。しかしその動きは魔琴にとっては歩いているのと同じ動きにしか見えなかった。
「遅いんだよ!」
 魔琴は今まで自分が出した事のないような声を出した。そして一発で決着をつけるように剣を握ると同時に中峰との距離をゼロにした。その時に見た中峰の顔は地球外生命体を見るような顔だった。魔琴は剣を握り、次の瞬間――グジュ! という音がした。
 それは魔琴が中峰を斬りつけた音ではなかった。勿論中峰は既に魔琴の眼の前から消えていた。
「なんだ?」
 周りの三年はニヤニヤしていた。
「お前気付いて無いのか?」
「バカじゃねぇの」
「傑作だな」
「何でもうちょっといいところ狙わないんだよ」
「死んだ中峰もいい仕事したな」
「本当だよ。中峰のご冥福を祈っています、みたいな」
「これで俺達でも勝てるようになったんじゃねぇの?」
「でも、よく当てたな。俺にはあいつの動きなんて全然見えなかったぜ」
 三年たちは楽しそうに話している。
「お前自分の足見ろって。そうすりゃわかるよ」
 魔琴はそう言われて何気なく足を見てみた。そこにはナイフが刺さっていた。ナイフといっても護身用のナイフでほとんど攻撃性能は無い物だ。
「なっ……」
 三年たちは少し残念そうに笑っている。
「言っちゃったの?」
「面白くないじゃねぇか」
「でも本当に気付いて無かったんだな」
 魔琴は三年の言葉なんか耳に入らず、自分の右足に刺さっているナイフをずっと見ていた。
「抜かないのか?」
「怖いんじゃないの?」
 魔琴は恐る恐るナイフを抜いた。べったりと血が付いていた。傷口からは血が流れ落ちた。
(何でこんなもんが刺さってんだよ……まさか投げたのか? でもこんなもんが刺さるには相当な勢いが……)
 魔琴はそこまで考えて傷口の位置を改めて見た。傷口は足の前面にあった。
(前から投げた……まさか自分の勢いで刺さったって事か……情けねぇ、けどだからといってこいつらを許すわけにはいかねぇ。残った奴らも全員消してやる)
 そして魔琴は一歩踏み出そうとした。が、足が動かなかった。どうやらナイフに少量の毒薬が塗られていたようでそれが足の自由を奪ってしまったようだ。
(くそっ! ふざけんなよ。不良は毒薬なんかも持ってるのかよ。足が動かないんじゃちょっと厳しいな……守ることはできても、今までのような速さのある攻撃ができねぇ)
 魔琴は動くことをやめ剣を握り返した。
「あれぇ? 動けないの?」
「まさかの毒かよ」
「すげぇな。さすがに毒なんかは持ってないぜ」
「所詮ここも田舎だしな」
「でも動けないなんてますます勝機が見てきたんじゃないの?」
「ここで事をおさめておかないと、あいつに何されるかわかったもんじゃないしな」
「そうそう。あいつは本当に鬼だよ」
 魔琴は三年の雑談にも似た会話の事なんか聞く気も無かった。どうやったら自分がこの状況から助かるかだけを考えた。
(結構な人数を相手にしても何の問題もないが……全員消した後に歩けるかが問題だな。怪我を酷くさせない事を考えたら、余計に速くこの状況を抜け出さなきゃいけねぇ)
 魔琴はそう思うと動かない足はほっといて動く片足に体重をかけ、剣を振り回し始めた。誰に当たろうがこの場所に魔琴の仲間など居ないのだから関係なかった。周りを囲っていた三年の数がどんどん減っていった。
(やっぱ所詮人間だな。例え俺が怪我を負おうと奴らが強くなった訳じゃねぇ)
 魔琴はその後も一方的な殺戮を繰り返した。中には殴りかかってくる勇敢な奴もいたが魔琴は相手にしなかった。五分後、魔琴の周りには誰もいなかった。逃げるという手段を選んだ奴もいたが魔琴はそっちには眼を向けなかった。
「終わったか。とりあえず止血しないと……どっかに丁度いい布か何か無いのか?」
 魔琴は辺りを見渡してみたがそんなものある訳が無かった。
「まぁ、服でいいか」
 魔琴は制服の下にきていた服を破って傷口を縛り、止血をした。
「これでいいか。とりあえず片足だけで何とかするしかないか……」
 二階にはもはや誰の気配もなかった。
「まぁ、中峰に勝てたしそんなに辛くないだろ。他の奴らは生徒会室に居ると思うし」
 魔琴は片足で三階への階段を上って行った……

 美夜は走っていた。
「ああ、もう、何でこんなに来るのよ。多すぎだし。斬っても全然減らないし。神藤君は大丈夫かなぁ……」
 こちらも心配しているようだった。

 魔琴は三階の廊下を慎重に歩いていた。最初に入った教室には五人ほどの三年がいた。魔琴はそいつらを何事もなく消した。途中少し声をだされたが他の教室には聞こえていないようだった。
「ここまできたからには失敗は許されないな。まぁ元々そうなんだけど。この階には特に強そうなのもいないし速く終わらせて美夜と合流するか」
 そう思いながら魔琴は次の教室に入って行った。珍しく机や椅子が沢山あった。
 そこには意外な人物がいた。
「神藤……ついに来たか」
「橘川……お前逃げたんじゃないのか?」
 橘川は教卓の上にすわっていた。
「誰が逃げるって? 俺はこれでも二年の中だったら一番なんだぜ。だからこんなところに居るんだよ。二年が三年の教室に居るって凄いだろ?」
「お前そんなに喧嘩強くなかったろ?」
「……それは去年までの話な。現にここにいるだろ? いい加減認めろって。俺だって変わったんだよ。神藤、お前がどんな理由でこの学校の奴を殺しているのか知らない。けどな、俺はお前をここで病院送りにする。それならまだいい方だな。最悪お前が死ぬかもしんねぇ。でも俺はそこまでしてでもお前をここで止める。俺達の日常は絶対に壊させない」
「そうか。まぁ精々頑張ってくれ。俺だってここでお前に足止めを食らわされる訳にはいかねぇ」
「お前怪我してんのにそんなこと言えるのか? どんな方法で殺してるのか知らねぇけど、俺は絶対に殺されない」
「まぁいいや。話してても埒があかないし。不良の会話なんて所詮、小学生レベルだしな」
「そうだな。まぁ、とっとと終わらせてあげるから安心しな」
 橘川はそう言うと手に持っていたナイフを投げてきた。
「ッ!」
 魔琴は過剰に反応して避けた。
「あれ? その傷もしかしてナイフでやられたの? だから足を引きずってたのか。それなら納得がいくよ」
「どういうことだよ?」
「え? あ、お前ここ一カ月休んでたんだっけ? だったら知らないよな。そのナイフ毒が塗ってあっただろ?」
「……ああ」
「それ、多分御子上のだよ」
「御子上だと?」
「そう。この一カ月で色々とあって御子上もタブーに手をだしたんだよ」
「……転校生か」
「そう言う事。だから俺もナイフの練習ってとこ」
 橘川は立て続けに三本投げてきた。魔琴は仕方なく全て避けた。剣はまだ握るべきではないと思った。
「流石だな。伊達に殺ししてないな」
 橘川は特に驚きもせず淡々とナイフを投げてくる。一体どこに隠しているのかと思うほど持っていた。
「まだまだここからだな。いつでも降参していいぜ」
「ふざけたこといってるな。こっちもそろそろ本気出さなきゃお前に失礼だな」
 魔琴はそう言うと遂に剣を握った。
「それが……殺しの道具か。銃声が聞こえないから銃じゃ無いとは思ったけどまさか剣とはな。しかも何もないところから出すなんてふざけてるな」
(お前の方がふざけてるよ。まさか驚かないなんてな。こればっかりはお前に拍手をあげてもいいわ。まぁ、でもあいつに同情してる暇ないし、さっさと終わらせますか)
 魔琴は片足でいっきに距離を詰めた。机なんかは散らばっているだけだから避けるのは簡単だった。どうしても邪魔な物は剣で薙ぎ払った。しかし、あまり速さは無く普通の人間でも避けれる速度だった。
「来たかっ!」
 橘川は楽しそうに叫んだ。そして教卓の中から一本の剣を取り出してきた。
「なッ!」
 魔琴が振り下ろした剣は橘川の剣で見事に受け止められていた。
「これ支給品なんだけどなぁ。意外と使えんじゃん」
(どうなってやがる……あれって俺と同じ「人剣」だよな……)
 魔琴は完全に思考速度が低下していた。何かを考えるのも面倒くさくなっていた。
(とにかく勝てばいいんだ。たとえどんな方法でも)
 魔琴は橘川めがけて何度か剣を振り下ろした。しかしどれも防がれた。
「神藤! 甘いな!」
 橘川は廊下に出た。魔琴もついていこうとした。だが、片足でついていける訳が無かった。
「やっぱりか……相当きてるな、お前の足。悪いけどこの勝負おれが貰った」
 橘川は余裕さえ見せて笑った。
(最悪足はどうなってもいいか。義足とか後で付けて貰えば。とにかくこいつに勝たないと)
 魔琴はもう一度左足に力を入れた。そして一気に橘川に向かって駆け出した。片足でも何とかなった。
「尊敬するねぇ。でもそう言うのは無謀って言うんじゃないの?」
 橘川は楽しそうに言った。そしていとも簡単に魔琴の攻撃をかわした。勢い余った魔琴は左足で止まろうとしたものの、止まれず壁にぶつかってしまった。壁が抜けなかったのは幸いだった。しかし橘川には背中を向けていた。そこに橘川が容赦なく剣を振り下ろしてきた。
「これで終わりだぁ!」
 魔琴はおもわず眼を瞑ってしまった。
 直後、ゴッ! という鈍い音が廊下に響いた。
「え?」「え?」
 二人の間の抜けた声も響いた。
 最初に口を開いたのは橘川だった。
「なんで……なんで斬れないんだよ……ふざけんなよ! この不良品がッ!」
 橘川はそう言うと剣をもう一度魔琴に振り下ろしてきた。結果は同じだった。魔琴は痛がっていた。しかし、死とは程遠いものだった。
「ここでお前を殺して俺が名をあげるはずだったのに……」
 魔琴はやっと意識が戻ってきた。
「俺死んでないのか……まぁなんでもいいや。とにかくここから逃げないと」
 魔琴はイライラしている橘川を横目に片足で逃げ始めた。速くは無かったが取り乱している橘川に気付かれる事は無かった。
(でも、なんで斬られなかったんだ? あれは確かに「人剣」だったんだけどな……まぁわからない事は後で美夜に聞けばいいか)
 魔琴は逃げながらそんな事を考えていた。
その頃橘川は、
「ああ、もうどうやって殺せばいいんだよ。俺の持ってるナイフじゃ殺傷能力は期待できないし……」
 魔琴を殺す方法を必死に考えていた。
「殴るだけじゃ弱いし、かといってナイフでめった刺しは後から気分が悪いし……くそっ! やっぱさっきの一振りで仕留めなくちゃいけなかったんだ……でもどうにかしないと。どうやったら……」
 橘川は十分ほど考え、一つの妙案を思いついた。
「……いける。これなら間違いなく奴を仕留める事ができる。でもそれには……」
 橘川は準備をしていった……

 魔琴は一階にいた。
「まだ、背中痛むなぁ。とりあえずここまで逃げれば……っていう距離じゃないんだけどなぁ。逃げないよりかはまだましか。橘川は「人剣」が使えないようだったし。でも、なんで使えなかったんだ? 瞑想をしていなかったとか? それともこの剣にはまだ秘密があるのか……?」
 魔琴の思考はかなり回復していた。
「これからどう動くかな……移動は極力避けたいしな…………でも、橘川があれ以外に切り札を持っていなかったら結構楽なんだけどなぁ」
 魔琴は少しづつ移動していく。左足に少し痛みを感じていた。
「橘川はあれを支給品だとか言ってたけど本当なのか? もしそれが本当だったら一体誰から貰ったんだよ……」
 魔琴は階段ではなくとりあえず一階の廊下を歩くことにした。手前から三番目の教室にさしかかった時に魔琴は少し空気が変化したのがわかった。
(いくら手負いだからといっても、これぐらいならすぐにわかるわ!)
 次の瞬間、前方にある西階段から橘川が飛び出してきた。
「いたか、神藤! 今度こそお前を消してやる」
 橘川は手に「人剣」を持っていた。
「それでどうやって俺を消すんだよ」
 魔琴は冷静に言い放った。しかし橘川は慌てなかった。
「別に俺が消すって言った訳じゃねぇ。俺もそこまでバカじゃないんだよ」
 魔琴は橘川とは別の気配を感じ取った。その気配は後ろからした。
(なんで今まで気配が消せてたんだ? 後ろには特に気を使っているのに)
 魔琴はそう思いながらも後ろを振り替えった。そこには毒ナイフを持った奴がいた。
「久しぶりだな、神藤。一カ月でなんか凄く変わったみたいだな。こんな事をするなんて」
 御子上は親友に話しかけるような口調だった。
「お前……橘川どういうことだ」
「どういう事って言われてもなぁ……俺と御子上が手を組んだだけだ」
「なんでお前らが手を組むんだよ?」
 その問いに答えたのは御子上だった。
「なんでって、そりゃあお前を消すためだよ」
 御子上はさらっと言ってのけた。
「俺そんなに命狙われてるのか……」
「当たり前だろ!」「当たり前だろ!」
 二人同時に言った。
「お前自分が何してんのかわかってるんだろうな?」
「え? まぁ、わかってるつもりだけど」
「だったら命狙われて当然だってこともわかるだろ」
「そうか?」
 橘川と御子上はもはや呆れていた。
「お前バカだな」
「本当だよ。まぁお前が狙われる理由はそれだけじゃないんだけどな……」
「まぁでも、俺もここで死ぬわけにはいかないし、ここで聖徳中最強だった御子上を倒せば他にこわい敵もいないし、だからお前らを俺は全力で倒す」
 魔琴は「人剣」をもう一度強く握りながらそう言った。
「お前のその勇気だけは褒めてやるよ。でも絶対俺は死なねぇ。例え橘川が死んでも、だ」
 御子上のその言葉とともに場の空気が一変した。三人ともから殺気が溢れ出ていた。
 橘川と御子上は、それぞれが何かを企んでいるような感じだった。
(一人だったらどうにかなるんだけどなぁ……橘川はいいとして問題は御子上なんだよな。あの毒の塗ってあるナイフが万が一刺さったら結構なダメージだよな……とりあえず挟まれてるこの状況をどうにかしないと)
 魔琴は悩んだ結果、御子上の方に突っ込んで行った。
「血迷ったか!」
 御子上が楽しそうに叫んだ。魔琴は片足で踏ん張って駆け出した。さっきのような無理なスピードはつけなかった。途中、御子上が何本かナイフを投げてきたが、魔琴は全て剣ではじいた。
「御子上! 絶対に通すなよ!」
「てめぇ誰に向かってそんなこと言ってるんだ? これでも俺は元聖徳中トップだぜ」
(じゃあなんで毒塗りナイフなんて卑怯な物使ってんだよ)
「なんでナイフを使ってるかって? そんなのちょっと考えたらわかるだろ。使わなきゃいけないような状況になったからだよ」
(また転校生がらみか……ていうか御子上は人の心が読めるのかよ……不良なんてしてたらそんな特技も習得できるのかよ。まぁ何があったのかは知らないが今の俺には関係ねぇ。とにかく一刻でも早く南校舎を制圧することが俺の目的だ)
「ふーん。関係無いのか。まぁ別にいいや」
 御子上はさらにナイフを投げてきた。橘川と一緒で、一体何処にそんなに隠しているのかというほどナイフを持っていた。魔琴はそれらをすべて弾きながら御子上との距離をさらに詰めた。
お互いの距離が五歩くらいになった時、御子上が再び口を開いた。
「俺はさぁ、確かにナイフなんて飛び道具使ってるけど、本当は接近戦の方が得意なんだよ。だからナイフを弾いたくらいで勝てると思うなよ」
「そんなこと言うなんてお前も変わったな。前ならそんなこと言わなかったのに」
「くっ! 黙れ!」
 魔琴は一歩距離を詰めた。御子上はまだ左手にナイフを持っている。しばしの沈黙の後魔琴は一気に距離をゼロにした。それと同時に御子上の指先を狙って「人剣」を振った。
 しかし御子上はいとも簡単に避けた。力は抜いたもの普通の人間にはまず見えない速さだったはずだ。
(なんで避けれるんだ……)
「知りたいか? まぁお前の冥土の土産には丁度いいかもしれないな」
 御子上はそう言いながら右手で殴ってきた。魔琴はギリギリのところでかわした。
「流石だな。まぁこれぐらいは避けて貰わないと面白くないしな」
 そう言うと今度は右足で蹴りを入れてきた。魔琴はその蹴りを今度は「人剣」の刀身で受けた。御子上の蹴りは思ったより強く魔琴は若干押された。御子上はすぐ足を引っこめてきた。どうやら「人剣」に過剰に反応しているようだった。魔琴はこのチャンスを逃がすまいと思い、腕の持てる限りの力を使って御子上の体を右から薙ぎ払うように剣を振った。剣は物凄い早さで御子上の右腕に迫った。
(貰った! これだったら御子上も受ける手段がない!)
 魔琴はそう思った。しかし「人剣」が御子上を捉えることは無かった。
 その代わりに乾いた金属音がした。剣と御子上の間にはもう一本の「人剣」があった。そしてそれを握っていたのは橘川だった。
「なっ……お前……どうやって……」
「どうやって、って言われてもなぁ……別に特別な事はしてないぜ。お前が御子上の方に駆け出した時に俺もお前を追っかけただけだ。それで御子上がなんかやばそうだったから助けただけだ」
「でもお前の「人剣」は使えないんじゃなかったのか?」
「それは勘違いだな。確かにこの剣は斬れないけど特殊な金属であることに変わりねぇ。だからお前の剣も止めれたんだよ」
(これはまずいな……ここで御子上は仕留めるつもりだったのに。とにかく一人でもいいから速く消さなきゃ勝ち目はない)
 魔琴は一歩下がり剣を構えなおした。橘川も膝立ちの状態から体を起こした。
「どうして俺を助けた。別にあのまま黙って見てりゃ俺はこいつに消されてたかもしれないんだぜ?」
 今まで黙っていた御子上が口を開いた。その言葉は凄く重たかった。
「結論から言うと、大事な駒が減るから。二人で戦った方が勝てそうだし、俺の苦労も減るから。そんだけ」
 橘川はそう答えた。
「駒、ねぇ……」
「あれ? もしかして気に障るような事だった? 昔は御子上だってそんなことよく言ってたじゃん。俺だって言われたことあるし」
 橘川の眼は明らかに御子上をバカにしていた。
「でも今は変わっちゃったんだよねぇ。あいつが来て聖徳のパワーバランスがおかしくなったから。おまけに神藤もなんか覚醒しちゃってるし。だからあんたは俺と手を組んでるんだよな。別にあんたがおかしいんじゃねぇ。でも、あんたの短い時代は終わった。それだけは、はっきりしてるな」
 しかし御子上はいたって冷静だった。怒っている様子はしなかった。
「橘川、舌がよく回るな。別にお前がどんな事を言おうと俺には関係ねぇ。ただ神藤さえ殺せればそれだけでいいんだよ」
(御子上怒ってないし……ありえないだろ――)
 魔琴の思考はそこで中断させられた。剣を手にした橘川が一直線に突っ込んできたからだ。魔琴はとりあえず迎え撃つ事にした。
(この足でこれ以上無理な動きをすると、後々どうなるかわかったもんじゃない。移動はほとんどできないと考えた方が……待て、これは全部御子上に筒抜けなんだよな……あんまりいい状況じゃないな)
「よくわかってんじゃねぇか」
 そう言った御子上はナイフを手にしていた。魔琴がそっちに一瞬だけ気を取られていると橘川がいっきに距離を詰めてきた。
「これで終わりだぁ!」
 橘川は剣を振り下ろしてきた。しかし、魔琴は振り下ろされる剣のスピードよりも早く「人剣」を顔の前で構えた。頭への攻撃は完璧に防げる形だった。
(何とか間に合ったか……)
「フッ」
 御子上が笑った。
 橘川の剣は頭には振り下ろされなかった。
「ぐっ……ああああ!」
 魔琴は自分の右足を抑えながら辺りを転がっていた。
「これでだいぶ楽になったな」
「そうだな、橘川。もう俺一人でも大丈夫だな」
「……? どういう意味――」
 橘川はそれ以上言葉を続ける事ができなかった。魔琴の足を叩いた位置から前のめりになって倒れた。その背中にはナイフが刺さっていた。
「ふぅ、これでとりあえず安心できるな。後一時間もすればあいつは強力な毒に侵されて死ぬな。まったく調子に乗ってるからこんなことになるんだよ。まぁ、精々自分の不甲斐なさを嘆くだな」
 魔琴はその様子を廊下に寝転がりながら片目で見ていた。痛みは少しづつ引いてきたようだった。左足に影響が無いことから立ち上がる事はできそうだったが、右足がどうなっているかは考えたくもなかった。
「あれ? 神藤もう気が付いたのか? 思ったより早かったな」
「お前……最初からこうするつもりだったのか!」
「いや別にそうするつもりは無かったんだけどな、あんなこと言うからちょっと頭にきて、それでだ」
(やっぱ怒ってたのかよ……、これはまずいな。橘川がいなくなったのにむしろ危険になってる気がする。なんだこの感じは)
 魔琴は体が振動するのを感じた。
「久々に俺の血が騒いでるんだよ。こんな感じになるのは1カ月ぶりくらいだな」
 御子上はあの時と同じような眼をしていた。今までの眼が死んでいたかのようだった。
「どうやらこっちも、そろそろ本気をださなきゃいけないみたいだなぁ」
「お前そんな嘘が通じるとでも思ってんのか?」
 魔琴の言葉は嘘ではなかった。しかしそれは切り札と呼べるものではなく、攻撃の幅が少しだけ広がる程度だった。
「しかも何でこのタイミングなんだ? おかしいところが沢山あるんだよ」
 御子上の言葉は正しかった。
「……まだ自信が無いからだよ。それに二人居る時にやると絶対に俺が殺されるから、しなかった。でも今はお前一人しかいない。だからだせるんだよ」
「そういうことか。まぁ、俺の勝利は確定しているけどな」
「勝手に言ってろッ!」
 魔琴は「人剣」を「天剣」と、取り替えた。
「新しい剣か? まさかそれが切り札かよ。笑わせてくれるぜ」
 魔琴は御子上の話にこれ以上返さず、「天剣」を握りなおした。御子上との距離はおよそ二十歩弱。魔琴は眼の前の空気を斬るように剣を横薙ぎに振った。
「何してんだ――――ッと。危ねぇ」
 御子上を襲ったのは、真空刃だった。
「これが切り札ねぇ。ただの遠距離攻撃じゃねぇか。俺絵のナイフと何ら変わり――」
 魔琴は立て続けに真空刃を放った。
「これ以上お前と話すつもりはねぇ。俺は絶対にお前を倒さなきゃならねぇ。もしお前がまだ俺を殺したいって言うなら、これから一言も喋る余裕なんてねぇ」
「そうかい。そんなに熱くなる理由は知らねぇけど、俺もここでお前を殺しておかないと生きていけないしな。橘川みたいに」
 魔琴はそれ以上御子上の会話に付き合わなかった。真空刃を打ち続けた。
御子上は最初避けていたがそれも面倒くさくなったのか途中からは毒塗りナイフで真空刃を処理していた。
「単調な攻撃で逆に助かるよ。喋る余裕もできるし。そんなんじゃ、いつまでたっても俺を仕留めることはできないな」
 御子上は挑発気味にそう言ったが、魔琴は真空刃を止めなかった。そして五分が過ぎた頃すっかり御子上は慣れてしまい逆に少し押していた。
「おいおい、あんだけの大口叩いといてその程度かよ。やっぱお前は、所詮神藤だな」
 御子上はそういうと遂に毒塗りナイフを一本投げた。そのナイフは真空刃の間を通り抜け魔琴に向かって一直線に飛んでいった。
「――ッ!」
 魔琴は持っていた「天剣」でナイフを弾いた。しかしその一瞬の間、真空刃が止み、御子上が一気に魔琴に向かって突っ込んできた。冷静になっていれば対処できたものの、突然の出来事で魔琴は思考回路が一瞬だけ止まってしまい、結果それが致命的な事になった。
「これで本当に終わりだぁ!」
 御子上は叫びながらナイフを突き出してきた。魔琴はそれを左腕で受けた。
「バカかぁ! ……ってあれ?」
 御子上は確かにナイフを魔琴の腕に突き立てていた。しかしそれは刺さっていなかった。ごく普通の左腕にナイフは刺さっていなかった。
「なんで刺さってないんだ……左足には刺さってたじゃないか!」
 魔琴はその問いには答えなかった。かわりに「天剣」を御子上に振り下ろした。しかし御子上はギリギリのところで剣を避けた。
(なっ! またか。なんで避けれるんだ……)
 魔琴は二、三回斬りつけたもののどれもかわされてしまった。そのうえ距離を開けられてしまった。
「まさか刺さらないなんて……そんなのありかよ……」
 御子上は希望を失ったような顔をしていた。魔琴は「人剣」に再び持ち替えた。
「これで終わりにしてやるから。安心しろ」
 魔琴はそう言うと一気に御子上に迫った。御子上は剣を手に持っていたが、魔琴はそれをわかった上で御子上に斬りかかった。
 廊下に再び乾いた金属音が響いた。その音は暫く止まなかった。そしてその後金属音がもう一度響いた。しかしその音は金属同士がぶつかった音ではなかった。
「折れた……だと?」
 御子上の持っていた金属は根元から折れ、辺りに散らばった。魔琴の「人剣」は傷一つなかった。
「自分の運命を呪いな」
 魔琴は今度こそ御子上に勝ったと思った。
「ぐッ!」
 そんな悲鳴が聞こえた。それは――魔琴のものだった。
「何が……何が起きた!」
 魔琴は背中に鈍い痛みを感じていた。橘川に殴られたところとは違うところが痛かった。
「俺は……絶対……お前を……はぁ、殺す」
 息も絶え絶えにそんな事を言ったのは橘川だった。死んだように倒れていたが意識はまだあった。橘川が投げたのは金属の破片だった。
「お前……止めは刺しておくもんだな。油断大敵っていうのは本当だな」
 魔琴はそう言うと橘川を真空刃で八つ裂きにした。悲鳴は聞こえなかった。橘川は見るも無残な姿になっていた。異世界に飛ばすという考えはもはや無かった。
「これで、一人完全に消した。あとはお前だけだ、御子上」
 御子上は眼の前で行われたことに顔を青くして膝をついていた。もはや肉塊になった橘川を見て、自分もああなるのかと想像しているようだった。
「何か最後に言うことは?」
 魔琴が追い打ちをかけるようにそう聞いた。御子上にとっては悪魔の声より恐ろしいものだったかもしれない。
「たっ……助けてくれ……」
 御子上は何とか声を絞り出した。
「頼む……なんでもするから、命だけは――」
 魔琴は「人剣」で御子上の腕を軽く撫でた。それが魔琴の答えだった。
「命は助けてやる。けどそれ以上の事はしねぇ」
 魔琴は誰もいなくなった廊下で一人そう呟いた……

 魔琴は南校舎の三階の廊下を歩いていた。
「よし、全員いなくなった。美夜に連絡入れなきゃな」
 魔琴が携帯を開くと一件のメールが届いていた。時刻は午前一一時四十五分。
「メール? 美夜は電話で連絡入れるって言ってたのにな……」
 魔琴は少し疑問を覚えながらも美夜からのメールを開いた。そこにはたった一文しかなかった。
「なっ! どういうことだ……」
 魔琴には予想外の一文だった。
『助けて』
 たったそれだけだった。
「何が……美夜がやられたのか……? まさか、噂の転校生か……とりあえず北校舎に――」
 魔琴はそう思うと、片足で一気に廊下を駆け抜け階段を下りて一階に着いた。下りたというよりは落ちた感じだった。玄関を通り北校舎に入った。
「美夜は何処に……生徒会室か!」
 生徒会室は三階だから階段を上らなければならない。
「くっそ! どうなってるんだ!」
 魔琴は自棄になりながら東階段を上り始めた。
 二階に上がった時魔琴はあることに気付いた。
「この校舎誰もいない……美夜が全部やったのか……」
 魔琴はそう思いながら三階に上がっていった。
「はぁ……中々辛いな。でも、美夜を助けたら今回の実践は終わりだな。これで俺もこの学校からおさらばか」
 そして遂に三階に着いた。生徒会室があるためにほとんどの生徒がこの階に来ることはまずない。
「やばいな。まさか俺がこの階に足を踏み入れるなんて……」
 魔琴は既に雰囲気が違うと思った。この階独特の雰囲気が漂っていると思った。
「生徒会室は何処に――」
 魔琴の心配は無用だった。生徒会室は階段を上ったところのすぐ隣にあった。
「こんなところにあるのかよ……これじゃ確かに誰も三階には来たがらないよな……とりあえず美夜がいる可能性が高いのはここだよな」
 魔琴は引き戸の取手に手をかけた。
 そして深呼吸を三回してから魔琴は一気に戸を開けた。
 そこには――


 誰も居なかった。
「なっ…………」
 魔琴は言葉がでなかった、とかいう問題ではなかった。十分間以上その場で固まっていた。校舎事態が静かだったため余計に魔琴は固まっていた。
 三十分経ってようやく魔琴は動きだした。
「美夜は別の場所に居るかもしれない……」
 魔琴そう思うとわずか一分で北と南を合わせたすべての校舎を見て回った。しかし美夜どころか誰も居なかった。
「誘拐……? でも、美夜がそんなことされる所が想像つかないし。それに美夜が普通の人間に負ける訳が無いし……本当にどうなってるんだ?」
 時刻は十二時半。メールの着信時刻は十一時二十七分だったからすでに一時間が過ぎている。
 魔琴はもう一度生徒会室に行くために、階段を上っていた。
「転校生はそんなにやばい奴なのか? 橘川は生かしといた方が良かったか? まぁ仕方ないな。美夜もたったこの一文じゃわかりずらいんだよなぁ。それともこれを打つのが精一杯な状況にまで追い込まれていたのか? その辺も誰かに聞きたいんだけど誰も居ないし……」
 魔琴はそこまで言って重要な事に気が付いた。
「誰も居ない……って事は今回の実践は成功したのか? いや美夜が誘拐されてるのにそんなことは言ってられないか……でも、美夜は何があっても生徒を消すのが最優先事項って言ってたしな……まさか、美夜はこうなることをわかっていたのか? 流石の美夜でもそんなことは無いか……」
 魔琴はもう一度生徒会室に入っていた。何か美夜が残したものが無いか確認するためだ。魔琴は十分以上散策したが、これといったものは何も見つからなかった。
「やっぱり駄目か……どうするんだよ……」
 魔琴はそこで三十分以上これからのことを考えていた。
「美夜を助けに行きたいけど場所がわかんないし。それに美夜が勝てない相手なんて俺勝てる訳ないし。かといって帰るのも気分が悪いし」
 その時メールが来た。いわずとしれず美夜からだ。魔琴は物凄い速さでメールを開いた。携帯が壊れるんじゃないかと思うほどの速さだった。
『神藤君へ、私のことは心配しないで。だから家に帰ってて。また私から連絡するから』
 魔琴はその文を読んで少し安心した。
「とりあえず美夜は生きているか……なら帰ってもいいのか? でも、心配しても俺に出来ることなんて無いし……美夜も帰っていいって言ってるし……」
 魔琴が帰ると決めたのは結局午後三時すぎだった。最終的にはほとんどやけくそだった。
「美夜が死んだわけじゃない。それに美夜は気にするなって言ってたし、メールも来たし大丈夫だ」
 魔琴は気持ちが変わらないうちに学校をでた。一人で歩いて帰る魔琴の姿はとても寂しいものだった。
「俺はそうすればいいんだよ……今後のことだってあるのに」
 魔琴は家に帰るまでに合計三十回以上溜息をついた。
「ただいま……って言っても誰も居ないんだよな」
 魔琴はすぐに自分の部屋に向かった。その後は部屋から一歩も出なかった。御飯も喉を通る気がしなかったので食べなかった。お風呂には一応入っておいた。
「はぁ、明日からは連絡待ちか。美夜はいつするとは言って無かったからな……できるだけ新しい学校には早めに行きたいんだけどな」
 その夜は一睡も出来なかった。なんだかんだいって美夜のことを考えていた。それに、もしかしたら連絡が来るかもしれないから携帯を握っていた。つい三日前までは一緒に居たのにどこか遠くに行ってしまったような気がした。
「本当、なんなんだろうな……」
 夜は深けていった……

 魔琴はメールの着信音で起きた。太陽は大分傾いていた。
「……ん? ……ってまさか美夜からか!」
魔琴は握っていた携帯を開いた。しかしそこにはメールの着信は無かった。
「あれ?」
 メールが来ていたのは机の上に置いてあった、魔琴の携帯だった。
「何だ……こっちかよ……」
 メールの内容はたわいもないものだった。それを読んだら一度は落胆したものの、魔琴も落ち着いてきた。
「まぁ、焦っても仕方ないな」
 魔琴は何気なく時計を見た。
「げっ……もうこんな時間かよ」
 時計の針は午後四時二十五分を指していた。どうやらいつの間にか寝てしまいそのままだったようだ。魔琴はそれほど疲れていた。
「二、三日で連絡が来るとは思えないし、気長に待つか」
 魔琴は着替えて、何か食べる物を買うためにコンビニに行った。一日以上食べてないとさすがにお腹が減った。
 コンビニで適当な物を買って帰ってきたとき。郵便物が届いていた。
「なんだこれ? まぁ俺宛ではないよな」
 魔琴はそう言いながらも一応誰宛か確認した。それは魔琴宛だった。誰からかはわからなかった。
「俺に? まぁ、部屋で開けてみるか」
 魔琴は部屋に入って早速開けてみることにした。箱の中にはさらに封筒があった。魔琴はそれを無造作に開けた。
「これっ……美夜からか!」
 封筒の中には手紙と一枚の写真が入っていた。魔琴はまず手紙を読んだ。

『神藤君へ
  突然いなくなってごめん。というか誘拐されました。でも大丈夫。神藤君は心配せずに新しい学校に行って。学校の手続きとかは全部こっちがやるから。それと最後のお願い。私のことはもう忘れて。私と関わっててもいいこと無いから。今までありがとう』

 そこで手紙は終わっていた。
「これ……だけ? こんなのありかよ」
 魔琴は写真の方も見てみた。それは――
「これって……」
 美夜と魔琴が別荘を出る時に撮ったものだった。その時の美夜の表情は魔琴が見てきたどの表情よりも可愛かった。
「これ貰って俺はどうすればいいんだよ……」
 魔琴は五分くらい写真を眺めていたがそんな事をしていても仕方ないので封筒が入っていた箱をあさってみることにした。
「何も入って無いと思うけど……あ、なんかあった」
 箱の隅に袋があった。半透明なので中身まではわからなかった。魔琴は袋を開けてみた。
「……あれ? また手紙だ」
 袋の中には手紙と何かわからない白い粉が入っていた。魔琴はとりあえず手紙を読んでみることにした。
「…………これ、薬か」
 手紙の内容は凄く簡単なものだった。白い粉が薬でそれを飲めば魔琴の足の傷は三日で治るというものだった。魔琴は何の疑いも無くその粉を飲んだ。
「何の味もしないなぁ。これ本当に……」

 魔琴は深い闇に落ちていった……

天から貰った危険物

天から貰った危険物

  • 小説
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-26

Copyrighted
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