if -キャリー-
この作品はスクウェア・エニックスのスマホアプリ、ポップアップストーリーの二次創作小説です。ゲームをプレイしていることを前提とした(ry
前回はこの辺わりと真面目に書かせてもらったので、今回はちょっとテケトーさせてもらいますw
今回はタイトルの通り、キャリーがメインのお話です。
先日の個人レッスンはキャリーのためにリアルを削り、その甲斐あってなんと2位、「キャリーを支える者」の称号をいただきました。
実は自分にとってこの「2位」というのがけっこう大事で、「1位は取らないんだ‥‥。敢えて1位の下について負けたい」などとカッコつけて言おうと思ってたら、最終的にぶっちぎられて、青草も足りず取ろうにも取れないくらい離されてしまいましたがw
で、なんで2位が欲しかったかというと、その辺の心情を作品に込めてみました。
今回もラノベ換算で40ページほどの短編となってますので、軽い気持ちで読んでもらえたら~と思います。
1.
刺さるような鋭い陽光を瞼に受け、日差しを防ぐはずのそれは役目を果たし切ることができず眼球がちくりと痛むような眩しさに不満を訴え、主たるオレを睡眠という名の至福の沼から強引に引きずり上げる。
手をかざして、瞼の代わりに陽光を遮る。しかしその手のさらに先にあるモノが、遮るまでもなく再びオレを影の中へと導いてくれた。
ああ、再び安眠に戻ることが‥‥じゃないや。今、何時だ。
今は半分が空白となっている、ダブルサイズのベッドの枕元に置いてある目覚ましに半開きの瞳を向けた。
日差しを遮る役は果たしてくれないくせに、視界だけはしっかり遮ってこようとする重い瞼を無理矢理持ち上げて時間を確認すると、長針はてっぺんに近い位置にあり、短針は8の数字を指している。
いつも起きる時間よりも1時間ちょっと遅い。
いや、そうじゃなく――。
やばっ、寝坊した! と思ってガバっと起き上がり‥‥いや今日は休日じゃんかとすぐに気づいてプシューと息を吐いた。
「あら、ごめんなさい起こしちゃった?」
日差しを遮り寝起きに優しい影を提供してくれる人物が、朝日を後光としながらカーテンを開けた姿勢で振り返り、柔らかな笑みを浮かべる。
「ん‥‥起きたかったからちょうど良い」
「今日はお休みなんだから、ゆっくり寝てれば良かったのに」
「いいよ。あんまりだらけてると明日がしんどい」
親愛の情を目に見える形で表現するため、おはようのキスとか、意味も無く抱きしめたりとか。
そんなことをしていた時期もあったけれど、いつの間にかそういうのもほとんどしなくなって、お互い適度な距離感を保てるようになっていた。
ずっと一緒に居られる、落ち着いた距離感。物理的に距離を詰めなくたって、お互いのことが好きだって分かりあえる関係。
今の自分たちは、そんな感じ。
朝の柔らかな日差しを浴びて美しく輝く緋色の長髪は、軽くウェーブを描きながら背中を流れる。鮮やかな血液のように大きく赤い瞳は少し垂れ気味で、優しさと妖艶さを兼ね備えているよう。女性にしては背が高く、すらりと伸びた背筋と、身体の前面には豊かな双丘が、服の下からも隠しようのない圧倒的な存在感を見せつけている。
そして胸以外で注目すべきと言えば、背中と頭の左右で静かに揺れる、一対のコウモリのような羽。
ひとつ屋根の下、同じ部屋の同じベッドで共に寝起きしている彼女、キャリーはサキュバスと呼ばれる種族の女性だ。対するオレは人間であり、本来であれば夢の中で精を搾り取られて糧とされる捕食関係にあると言える。
けれど実際のところそんなことはなくて、オレたちの関係は普通の、と言えるのかどうかは分からないが、結ばれている関係自体はいたって普通の――夫婦。
生活そのものも変わったことなんてない。朝起きて一緒にご飯食べて、仕事に行ったり遊んだりして、夜も一緒にご飯を食べて、夜の営みがあったりなかったりしてお風呂に入って一緒に寝て、起きて。
種族なんて関係なく、2人は普通の男女として、愛し合う関係として生活を共にしている。
この世界にはたくさんの種族がいて、多種族間の交流も少なくない。難しいことは何もなくて、なるべくしてなった関係なのだろう。
1つだけ少し変わっていると言える点は、オレたちは元々教師と生徒の関係だったという点くらいか。あれからそれなりに時間が経ったが、キャリーは元々オレが指導する生徒の1人だったのだ。
「どうしたの? ボーっとして。もう少し寝たかったら、また起こしてあげるわよ?」
「あー、いや、なんというか、日常における何気ない幸せを改めて噛みしめていたといいますか」
「ふふ、またよく分からないこと言っちゃって。朝ごはん、すぐ作るわね」
そう言い残し、キャリーは寝室を後にした。
朝食の準備をしていたためかキャリーはエプロン着用で寝室に来ていたのだが、やっぱりあの子はエプロン姿がよく似合う。
夢魔という「性」を強く想起させる種族でありながら、家庭的。そういうギャップが大きな魅力のひとつだよね、やっぱり。
なんてことを考えつつベッドを抜け出し、タンスの中から服を取り出し着替える。共用のタンスゆえ、2つ上の引き出しにはキャリーのパンツが入っているのも知っているが、こっそりと嫁のパンツを見てハァハァするほど飢えてはいないので開けたりはしない。いくつか刺激的な下着を持ってることくらいは知ってるけど。
寝室のドアを開けると短い廊下があり、トイレと浴室に挟まれたドアを開けると、12畳ほどの広々としたダイニングキッチン。ゆったりと使える広さのキッチンに4人まで掛けられる机がくっつけられて、一対の椅子が向かい合う。その奥にはソファとテレビに挟まれる位置にローテーブル。キッチンの背後の少し奥まった位置にもう一つドアがあり、そこはデスクや本棚の置かれた仕事部屋となっている。
そんな造りの、2人暮らしには十分ゆったりとしたマンションの一室で、目の前ではちょうど準備を終えたらしいキャリーが机に朝食を並べているところだった。
「おはよ。朝メシありがとね」
「ええ、休みの日くらいゆっくりして」
「お互い様だろ。晩メシはオレが作るよ」
「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
向かい合って席に着き、「いただきます」と朝食を開始した。
いつもながら、キャリーの作るご飯はとても美味い。特別凝っているわけではないけれど、適度な味付けと適度な量。「今」の「オレに」合った食事をいつも提供してくれる。
それだけオレのことを理解してくれているということであり、本人も好んで食べているのだから食の感性が似通ってきているということでもある。
そういうことに気付くたびに、夫婦してんなーってどこか他人事のように思ってしまう。
キャリーがまだ学生だった頃からこの子は良い嫁になれるだろうとは思っていたが、まさかこうして自分の側にいてくれることになるとは思わなかったから。
――そう思うと、なぜか胸が痛んだ。
彼女自身がオレを選んでくれて、同じようにオレも彼女を選んだはずなのに、なぜか目の前の彼女がひどく遠くにいるように感じてしまう。
思わず食事の手を止めてジッと見つめていると、それに気づいたキャリーも顔を上げた。
「ん? どうかした?」
不思議そうに首を傾げる彼女。さらりと長い髪の毛が揺れて、自身の肩を撫でる。その髪はとても柔らかくていい香りがすることを、オレはよく知っている。
サキュバスってのは基本的に男を喜ばせるための身体をしているから、オレが髪の毛フェチとかそういうわけではなくて、そう感じるのが普通らしい。そういう性質を、本人はあまり好ましく思っていないようだが。
オレはじっとキャリーを見つめて、おもむろにそんなことを尋ねた。
「なあ、キャリーはオレのこと好き?」
きょとーん、と。目を丸くして、見つめ返される。
やがて可笑しそうに軽く吹き出して、バカな質問に真っすぐな答えを返してくれた。
「ええ、もちろん。好きでなかったら、ここには居ないと思うわ」
当たり前と言えば、当たり前の返答。だけどなぜかそれが嬉しくて、頬が緩む。
「それじゃあ、あなたは私のこと好き?」
尋ね返され、その返事に迷いはなかった。
「もちろん、好きだよ」
その言葉は喉にも舌にも引っ掛かることなく、するりと滑るように自然に口をついた。
これが本音なんだろうなぁだなんて、他人事みたいに自分の声を聞く。それくらい、自然に口をついた言葉だった。
キャリーの「好き」という言葉になぜか一抹の寂しさのようなものを抱きつつ、自分の「好き」は素直に聞き入れることができる。それがどういう心境によるものなのかは、自分でも良く分からない。
「愛してますよキャリーさん」
「もう、なんなのよ急に」
自分の気持ちを誤魔化すように茶化し、呆れ笑いを頂戴する。新婚のように「好き」を言い合ってピンク色の空気が充満するようなことはないけれど、少しだけ空気が暖かくなるように感じた。
――こうして2人で新たな人生を歩み始めて早1年。
オレはキャリーに選んでもらえたことを、本当に幸せだと感じている。
2.
朝食を終えてリビングのソファで寝転がっていると、頭のすぐ横にキャリーが腰かけた。
もふっとスプリングが沈み込み、わずかに頭の位置が下がる。
「今日はどうするの? どこか出かける用事とかある?」
読んでいた本を閉じて、意味も無く手を伸ばした。指先に触れるキャリーの頬は、温かく滑らかだ。
「いや、何も。とりあえず午前中はごろごろしたい」
「お仕事はしなくていいの?」
「働きたくないでござるー」
駄々をこねて太ももに後頭部を接触させて、膝枕をしてもらう。よしよしと頭を撫でられるも、「脚が痺れるからもうおしまーい」と5秒ほどでボテっと頭を落とされた。
キャリーの卒業を見送ってからも、オレはセントフェーレス学園で教員を続けている。
当時は新人だったオレもすでに何組もの学生を冒険者へと導き、それなりにベテランの先生として在籍させてもらっている。
キャリーは卒業後、しばらく冒険者として各地を旅し、いくつもの依頼をこなしてそれなりに名の知れた冒険者となった。
今は活動を少し緩めて、近隣の依頼を主に請け負う地域密着型の冒険者をしている。そして時には講師として、オレと共に魔法学の授業を手伝ってくれたり。
魔法に関してはいつの間にやらオレも敵わない部分が増えてきて、そういう部分を補ってくれるのは非常に助かっている。
卒業生ということもあって、学園側がすんなり認めてくれたのもありがたかった。
そんな感じの共働きのおかげで、今みたいな広さに余裕のある部屋を借りて、そこそこ豊かな暮らしを送れているのである。
キャリーたちが学生だった頃はちょうど、必ずしも大袈裟な表現ではなく世界の危機というべき事件が起こっており、魔物の被害も激しく冒険者の需要は高まっていた。
だがその事件もいまや教科書に載る程度には過去のこととなり、魔物の動きも生態系の一部に組み込まれる程度に鎮静化している。魔物といえど元々は敢えて人間を襲う凶悪な生物ではなく、悪意ある先導がなければ行動範囲がナワバリの外に及ぶことは少ない。
犯罪が撲滅することはなく、魔物の被害もゼロではない。しかし世界的に見れば、今の世の中は十分平和であると言えた。
それこそ、こうして冒険者の2人が家庭を築き、剣と魔法を閃かせながら巨大なドラゴンと戦う必要もなく、仕事をしながら休日はデートなんかしたりして、ずいぶんと呑気な生活が許されるようになっているのだから。
ただそうなると、まあそろそろ、自分たちの次のことも考えてみたりするよね。
寝転がったまま手を伸ばし「あのさー」と声を掛けると、伸ばした手を握りながら「うん?」と返事をくれる嫁。
「えっとですね‥‥そろそろ、僕たち2人の子供とか、欲しかったりしませんか」
「そうねー。私は女の子がいいわ。自分の娘なら好きなだけ好きなことできるものね!」
即答ありがとうございます。ホントこの子は、こういうところ昔からブレないな。
親になるってのは簡単なことじゃなく、考えなければならないことがたくさんある。けれど今の自分たちは、それを考え始めてもいい立場になって来たんじゃないだろうか。
再び、自分でも把握しきれない複雑な気持ちを腹の底に揺らめかせながら黙り込んでいると、キャリーがハッと何かに気付いたように小首を傾げた。
「もしかして、今からシたいっていうお誘いだった?」
「あー、いやいや‥‥。えーと‥‥‥‥違う、ですよ‥‥」
「なんで歯切れが悪いのかしら」
「いや、否定するほど間違っちゃないと思って。まあでも、今はゆっくりしたいかも」
サキュバスらしくというべきか、こちらのそういった欲求には寛容だ。勘違いとはいえ、唐突な要望にもさほど抵抗はなさそうだった。
キャリーはにっこりと微笑んで、膝枕はしてくれないままにもう一度頭を撫でて言った。
「私は、いつでもいいわよ。今はあなたといられるだけで満足してるから、焦ってはいないわ」
そう言うキャリーの瞳は言葉通り幸せそうに緩んでいて、見つめる瞳の中にはオレの顔が映しこまれている。
そんな彼女を見ているとどうしようもない幸福感に満たされ、だけど同時に腹の底で燻るような焦燥感も抱いていた。
なんだか今日は、感情が不安定だ。
「なあ、今日はずっと側にいてくれない?」
「それじゃあ、いつも通り過ごせばいいのね」
優しい笑みを浮かべて見下ろすキャリーの手が、後頭部に添えられる。少しだけ視界が揺れて、頭の位置がちょっとだけ高くなった。
「5分だけよ」
再び膝枕をしてくれたキャリーの体温を感じながら。
少しの間、瞳を閉じた。
××× ×××
ぼんやりと半日を過ごして、いつの間にやら夕方が近づき始めていた。
小さな音量で流していた音楽は長めのプレイリストを2つほど消化していて、昨夜から読み始めていた本もあっという間にあとがきに差し掛かっている。
少々ダラダラしすぎた感もあるが、まあ、たまにはこういう日があってもいいかもしれない。
開いていた本の最後の1行まで読み終わり顔を上げてひと息つくと、疲れた脳を癒すような心地良い声が、寝転がったソファの背もたれを乗り越えて降り注ぐ。
「ねえ、冷蔵庫の中が少し心もとないから、一緒にお買い物行かない?」
夕食の準備をしようと思ったのか、キッチンから戻って来たキャリーがソファの上からオレを見下ろした。長い髪がさらりと流れて、清流のせせらぐような幻聴を得た。
「うん、いいよ。ていうか、晩メシはオレが作るって言ったのに」
「そうだったかしら。まあ、そんなにこだわらなくていいじゃない」
家事は分担。気づいたらやる。それが自分たちのスタイルだ。どちらかがやらなくてはいけないという決まりは定めていない。
というか、だらけすぎて体が重い。起き上がるのがめんどくさく、寝転がったままキャリーに向けて両手を突き出す。
「抱き起こしてー」
「甘えないの」
ぎゅむー、と鼻をつねられた。手厳しい奥さんだ。甘えさせてくれる時は甘えさせてくれるんだけど。
どうでもいい補足をすると、オレは甘えるよりは甘えられるほうが好きなのだ。座ってテレビ見たり本読んだりしてる時に、黙って寄り添ってきたり膝枕を求められるのとか大好物です。人前ではお姉さんなキャリーだけど、旦那さんには甘えんぼなことが多いのだ。えへへ。
どっこいしょー、と気だるい勢いをつけて起き上がり、テキトーな私服から一応の余所行きの服に着替える。ジーパンとポロシャツという、いい加減でありながら間違いのない無難な服装だ。
レディの支度には時間がかかるというが、だらだらしすぎてこちらが着替え終わった時にはキャリーも準備を済ませたようだった。
クリーム色のニットワンピースに細いベルトを巻いて、黒いニーソックスを履いただけのシンプルなスタイル。小さな青い石のペンダントが控えめながら良いアクセントになっている。
近所に買い物に行くだけでもオシャレを怠らないのは、我が嫁ながら流石である。女子力が高いというべきか、嫁力が高いというべきか。とりあえず、並んで歩いていて鼻が高くなりますな。わははー。
「なんかその服、昔も似た感じの着てなかったっけ」
そんな美人妻を見ながら、ふと記憶の端に引っ掛かるものがあった。どこか懐かしいような見慣れたような、そんな既視感がニューロンの隙間をヒュンヒュンしている。
「ええ、学生の時にウルスラちゃんに服を借りたことがあったんだけど、なんだか凄く気に入っちゃって。今でも少し真似させてもらってるのよ」
おー、なんとも懐かしい名前だ。召喚士になったとかならないとかそんな噂を耳にしたことがあるが、元気にしているだろうか。
「今頃、みんなどうしてるのかしらね」
キャリーも同じことを考えていたらしく、どこか遠くを見つめて懐かしそうに呟いた。
「ちゃんと幸せになれているかしら。私たちみたいに、ね?」
パチリとウィンクを飛ばしてくるキャリーは、普段より少しだけ幼く見えてとても魅力的に映った。
距離を詰めて、キャリーの柔らかな頬に手を添えて見つめ合う。
そのまま、軽く唇を触れ合わせてから笑顔を向けあった。
そんな行為に、今は気恥ずかしさよりも嬉しさと愛しさのほうが勝る。
幸福な今を再認識してから、車のキーを手に買い物へと出かけるのだった。
3.
「今日は何が食べたい?」
「なんでもいいわー」
「その返答、一番困るヤツ」
「言う方からすれば一番楽なヤツよ」
キスをして幸せを確かめ合ったらエンディングが流れて終了する青春群像劇ではないのが、人生というヤツだ。
幸せってのは日々の生活と地続きで、今が幸せだと思うなら明日も幸せにするために今日を過ごさなければならない。
小難しいこと言ってるけど、要は今夜の晩御飯作らなくちゃいけないねって話。
1人で自分の食事だけ作っていた頃は適当なワンプレートのご飯ばかりだったが、2人分作るようになってからは、特にキャリーが振るまってくれる見事な料理を日々口にするようになってからは自分も頑張らにゃーと思い、幾分か料理の勉強もさせてもらったものだ。
この子は本当に、「夜のアレやコレ以外はさっぱりなの~(はぁと)」みたいなイメージを持たれがちなサキュバスとはかけ離れていて、自信たっぷり「家事全般できます!(キリッ!)」って感じ。
だからキャリーは当初、家事は全部やってくれると言っていたのだが、昔からこの子に家庭的なイメージを抱いていたオレとしては、一緒に台所に立つことがちょっとした夢だったりしたのだ。
ただまあ、現実では台所に2人立つと狭くて邪魔な場合が多いので、結局別々に立つことがほとんどなんだけどね。たまには一緒にするけどね。
んで、今日はオレが当番しようと思ったから尋ねたらこの返答である。
とはいえ実を言うと「何食べたい?」って質問は優しさではなく、自分が献立を考えたくない横着から来る場合が9割を占める。理想と現実ってやつはいつだって離れ離れなのだ。人生ってのは世知辛いね。
まあ考えるとは言っても、料理番組でも見てインスピレーションが爆発しない限りはありがちな食材でありがちなメシとなるのが常だ。そして現在、家にはありがちな食材すら不足している状態である。
というわけで買い物かごを押している足が止まるのは、とりあえずお肉のコーナー。いつものことだ。
「鶏肉と豚肉どっちがいいですか」
「どっちでもいいわ」
「じゃー鶏肉な」
「しっかり下準備をすれば豚よりも味が染みて、私は鶏の方が好きよ」
「じゃー最初からそう答えて」
「自分で作るって言ったんだから、レシピも考えてくれなくちゃダメじゃない」
ごもっともです。しっかりと横着を見抜かれている。出来たお嫁さんを持つと大変ねー。
訪れているのは家から少しだけ離れたスーパーで、わざわざここに来る理由は単純に安いから。ガソリン代のことも考えて、来店頻度は控えめにして多めに買い込むのが生活の知恵。特売品の情報はネットのチラシで見られるのです。我ながらすっかり主婦なのです。今日はお砂糖が安いので買っておかなくちゃいけませんわー。
そんな買い物上手な旦那さんを、隣で奥さんがじっと見つめてきていた。熱烈な視線に気づいて目を合わせると、特に反応を示すでもなくじっと見つめられる。
なんだろう、衆人環視の中でちゅーでもしてラブラブ夫婦を見せつけたいんだろうか。提案したらお菓子コーナーにでも逃げられそうなので言わないけど。
キャリーはしばらく黙り込み、一度周囲に視線を走らせてから、再び視線を向けられた。
「ねえ、周りから見たら私たちってどう見えるのかしら」
すごく今更な、不思議な質問でありながら、なぜか懐かしく思える質問。
重くなりつつある買い物カートを押しながら、傍らの嫁の澄んだ赤色の瞳を見つめ返す。
「そうだな、選択肢としてはラブラブカップルかイチャイチャ夫婦か、はたまた爆発物だな」
「そういうのはあの子たちみたいなのを言うのよ」
キャリーが示す先には手を繋いで肩を寄せ合い、時にほっぺたをくっつけ合って胸焼けしそうな甘ったるい桃色言語を過剰に振りかけ合うカップルがいた。あまりに高度な言語を使用しているため、教師たるオレにも何を言っているのかちょっと良く分からない。
「キャリーもああいうのしたい?」
「したくないわ。するなら帰ってからにしましょ?」
ちょっとからかってみたら、悪戯っぽい笑みを浮かべて上目遣いな視線を向けられた。
こういうからかいは、やっぱりキャリーのほうが一枚上手だ。
「ていうか、夫婦以外に何に見えんのさ」
「先生と生徒とか」
「いつの話ですかね」
「今よ。私にとっては、先生はいつだって先生だもの」
噛み合わないようで、噛み合っているような会話。不自然なはずの流れは、なぜかオレにはごく自然な流れのように感じられていた。
「ま、なんでもいいよ。オレはキャリーのことが好きで、キャリーはオレのことが好き。それだけで十分なんじゃないっスかー」
長い時を共に過ごせど、こういうセリフはやっぱり照れる。
少しだけ早口に言い切ると、キャリーはオレの正面に立って真剣な表情で見つめて来た。
「あなたが好きなのは、私だけ? いいえ、本当に――私?」
唐突な問いかけ。そしてそれは、あまりにも愚問。
ついさっき、好きだと言い合ったばかりじゃないか。
――なのにオレはなぜかキャリーの眼を見ることが出来なくて、思わず視線を逸らす。
なぜ、そうだと言えないのか。好きだという言葉はあんなにも簡単に口を言えたのに、〝お前だけが〟好きだと言おうとすると、喉にも舌にも、唇にも激しい抵抗を受けてすぐに言葉が出てこない。
「オレは――」
××× ×××
――少しだけ、記憶が飛んだ。
買い物を終えて家に帰って、ご飯を食べてひと息ついて、布団の上で軽く汗をかいて風呂に入って、今は肩を寄せてソファに座り、お酒を飲んでいる。
どちらも酒好きというほどではないが、こうして時折一緒に少量の酒を飲むこともある。
2人とも果実酒が好きで、今飲んでいるのは赤ワイン。ちょっとだけしっとりした時間を過ごしたくて、今日買ってきた少しだけ高級なワインだ。
ワイングラスなんて洒落たものは用意せず、普通のガラスのコップに赤紫の液体が注がれていた。
グラスの液体を揺すりながら、ここに至るまでの記憶を掘り返す。
キャリーの問いに、いったい何と答えただろうか。
その部分だけなぜか記憶が曖昧で、だけど分かっているようで、次第にそのことが意識から失われていく。
オレはすぐに記憶の発掘作業を中断して、キャリーの頭に頬を寄せる。
今はただ、肩と頬に触れるキャリーの温もりを感じていたかった。
それが、今の、オレの、幸せだと思ったから。
「どうして泣いてるの?」
突然の声に振り返り、自らの瞳に触れる。
だけどそこには涙など流れていなくて、だけどキャリーの言葉は真実で。
「なんでだろ‥‥」
「なんでかしらね」
キャリーはコップをテーブルの上に置いて、オレの頬にそっと手を添えた。
「今日は、甘えたい? それとも、甘えて欲しい?」
おねだりするような、それでいて全てを包みこんでくれるかのような瞳が、オレの瞳の奥を覗き込む。
苦悩なんて全部お見通しのような深い瞳で、その全てを受け入れてくれるような柔らかな瞳。
「‥‥甘えて欲しい」
正直に答えると、笑顔の中の母性を奥に仕舞い込んで、あどけなさだけを残した笑みを浮かべて膝の上を占領された。
自分より一回りほど小さなその子の身体を、背中からぎゅっと抱きしめる。髪の毛に顔を半分うずめて、全身でキャリーの全てを感じる。
温かい。柔らかい。芳しい。心地いい。優しい。寂しい。愛しい。嬉しい。
触れた部分から様々な感情が溶けだして、不安な気持ちがほんのわずかに和らいだ。
「今だけは、こうしててもいいかな」
「どうして? 今だけじゃなくって、いつまでもしていていいのよ? 私はあなたにこうして欲しくて、あなたと一緒にここにいるのだから」
キャリーと一緒にいて、彼女の愛を感じる度に、言いようのない不安が胸中を支配する。
1人では耐えきれず、だけどオレは1人じゃないから、目の前の大切な人に、不安の半分を請け負ってもらうことにした。
彼女に触れている時だけは、確かな安らぎを得ることが出来るから。
「‥‥今だけ、こうさせて」
懇願するような、言い訳をするような、呻きのような声が漏れる。
キャリーはそれ以上は言及せず、ただオレのことを受け入れてくれた。
「ふふ、私に甘えてって言ったのに、あなたが甘えちゃってるわね」
「あー、面目ないぜキャリーお姉ちゃん」
「私はどっちでも好きよ。よしよししてあげましょうか?」
「それは勘弁して。むしろお兄ちゃんって呼んで」
「なにがむしろなのかさっぱり分からないわお兄ちゃん」
ちょっとだけ重かった空気は、普段通りのバカなやり取りであっという間に霧散してしまう。
不安な気持ちも気づけばどこかへ行ってしまって、この子がこうして側にいてくれる幸せを、改めて噛みしめるのだった。
――今だけは。
4.
いつも通りの朝。隣ではキャリーが静かな寝息を立てている。
時計を見ると、時刻は7時前。早すぎず遅すぎず、いつも通りの時間。今日は休日ではないので、めんどくさくても起きて学園に行かなければならない。
静かにベッドを抜け出して、リビングへ。
先に起きたし、今日は自分がご飯を作ろう。昨日できなかったから、ってほどの気負いはない。
そうして朝食の準備をしていると、遅れて起き出してきたキャリーが長い髪をあちこち跳ねさせながら、パジャマのままで大きなあくびと共に現れる。
「おはよ。もうちょっとで出来るから、待ってて」
「おはよ‥‥うん」
半眼でペタペタと床を鳴らしつつ、冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぐ。
ごくごくと豪快に喉に流し込み、ぷへーっと乳臭い息を吐き出した。
「これ以上おっぱい大きくしてどうすんの」
「大は小を兼ねるわ‥‥」
返答がよく分からないのは寝ぼけているからだろう。しゃきっとしていることもあれば今みたいにボケっとしていることもあり、寝起きの落差は激しい子だ。
朝食が出来上がる頃にはさすがに目も覚めていて、雑談を添えつつご飯を食べ終えるとコーヒーを淹れてひと息つく。
一時期キャリーはブラックを飲んでいたが、胃が荒れるから止めなさいと、今はミルクだけは入れるようにさせている。せっかくこんなに美人なんだから、中身も大切にしなくちゃね。
準備を終えて出かけるまでの時間。2杯目のコーヒーを飲みながら息を吐いていると、私服に着替えたキャリーに背中から抱きしめられた。椅子に座っているので頭を胸元に抱きかかえられる形になり、後頭部に柔らかな感触。
などと、ぼかしても仕方ないので、おっぱいが当たってると直球な表現をしておこう。大抵はからかったりするための道具として活用されていたが、今では単なるじゃれ合いみたいなものだ。
「どうしたの?」
「んーん、なんとなく。ちょっと甘えたいなー、って思って」
「体勢的には甘やかされてる感あるけど」
「いいのよ。こうしたいんだから、こうさせて」
我がままで甘えんぼな嫁に苦笑を返しつつ、この状態に甘んじる。
「ねえ、先生?」
頭の後ろから聞こえてくる声に、「んー?」と気の抜けた声を返す。
「学園で、生徒に手を出したりしちゃダメよ?」
「それ、ブーメランじゃね?」
「私以外の子にってことよ」
ぎゅー、と後ろから頬を抓られる。柔らかな手で引っ張られた頬は、痛みを感じることはなかった。
「我がままだって言われても、あなたには私のことだけ見ていて欲しいの」
頬を抓る手は力を失い、頬に添えられた彼女の手に自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ。我がままなんて、言われ慣れてるから」
「誰に?」
「‥‥さあ、誰だろう」
曖昧に答えて、もふっとキャリーのおっぱいにもたれかかる。柔らかい。そして大きい。
突如、キャリーの身体が離れてガクリと首が後ろに倒れた。と思ったら視界を端正な顔に占領されて、唇の先が触れ合って、すぐに離れる。
「ほら、そろそろ行かないと。遅刻しちゃうわよ」
時間を取らせた張本人がそんなことを言って、微笑みかけた。
「キャリーは? 今日は出なくていいの?」
「隣町で、たまに魔物の被害が出てるらしいわ。だからお昼頃に行ってくるわね。帰りも遅くなるかもしれないから」
「気をつけてな。油断しないように」
「大丈夫。あなたを心配させたくないもの」
可愛いことを言ってくれる嫁に笑顔を向けて、玄関へ歩を進めた。
キャリーもその後に続いて、いつものように見送ってくれる。
「それじゃあ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
靴を履いて、玄関の扉を開ける。扉の隙間から朝の陽ざしが差し込んで、オレを照らした。
朝の光を受けて、世界が白む。視界の端から輪郭を失っていくように、朝日に浸食されてゆく。
眩しさに目を細めながら振り返ると、見送るキャリーの表情はどこまでも幸せそうで、だけどその時のその瞳は、決してオレのことを映してはいなかった――
5.
――刺さるような鋭い陽光を瞼に受け、日差しを防ぐはずのそれは役目を果たし切ることができず眼球がちくりと痛むような眩しさに不満を訴え、主たるオレを睡眠という名の至福の沼から強引に引きずり上げる。
手をかざして、瞼の代わりに陽光を遮る。しかしその手のさらに先にあるモノが‥‥一応、多少は日差しを遮ってくれてるけれど、日陰を与えてくれるには小さすぎて結局自分の手に頼るしかなかった。
‥‥なんか、超眠い。なんで? 今、何時?
布団の乱れたシングルのベッドの上でもぞもぞと寝返り、枕元に置いた目覚まし時計に2割ほどしか開いていない瞳を向ける。
日差しは眩しいわ瞼は異常に重いわで全然前が見えない。こめかみを押さえながらどうにか瞼をこじ開けて時間を確認すると、長針と短針は腕を大きく伸ばして背伸びの運動――。
6時‥‥だと‥‥。
本来ならあと1時間は寝ていられたはずなのだ。今のオレの状態的に、その1時間の差はあまりにも大きい。
「せんせー! 起きた?」
裏ボス級に凶悪な睡魔に抗いきれず頭を抱えてうずくまるオレとは対称的に、元気いっぱいの可愛らしい声が容赦なく鼓膜をふるふるさせてくる。
「‥‥おやすみなさい」
「もー! 早く起きなきゃダメだよー!」
再び眠りに墜ちようとするオレを、睡魔を素手で殴り飛ばすようにガクガクと身体を揺らして心地良い眠りの淵から引きずり上げる。
朝の柔らかな日差しを浴びて艶やかに輝く桜色の髪の毛は左右で結ばれて可愛らしいツインテールに。鮮やかな血液のように赤い瞳は丸く大きく、ぱっちりと開いて死にそうなオレの顔を映しこんでいる。年相応に背は低く、立ち姿はちょこんとしていて愛らしい。発育途上の胸部前面は垂直降下を果たしており、将来に期待できるかどうかは際どいところだ。
そんな可愛らしさ以外で注目すべきと言えば、背中と頭の左右でパタパタと揺れる、一対のコウモリのような羽。
朝からオレのことを叩き起こしてくれた彼女、エメリアはサキュバスと呼ばれる種族の幼女だ。対するオレは人間であり、本来であれば夢の中で精を搾り取られて糧とされる捕食関係にあると言える。
けれど実際のところそんなことはなくて、むしろこちらがエメリアの純潔を捕食‥‥するわけもなくて、オレたちの関係は普通の――教師と生徒。
そんな普通の関係であるはずのエメリアが、なぜ朝からオレの部屋にいるのかというと‥‥‥‥なんでだよ。全力で問いたださねば。
この世界にはたくさんの種族がいて、様々な種族の様々な才能を持ち合わせた子供たちが集まっているのが、オレの務めている学園、セントフェーレス学園だ。
彼女だけが特別なわけじゃなく、種族の異なる人々の交流はこの世界のいたるところで見受けられる。
「もー、せんせーってばちゃんと早起きしないと大きくなれないよー?」
「あっちもこっちも大きいんで大丈夫です‥‥」
寝ぼけているせいで、自分でも何を言っているのかよく分からない。エメリアも眉根を寄せて不思議そうな顔をしている。
「‥‥ていうか、何してんだよ。何でオレの部屋にいるの? 鍵は? 閉まってたろ?」
「せんせーが教えてくれた解錠の魔法使ったんだよ♪」
‥‥おうふ、なんということだ。そういえば確かに、オレはそんなものを教えてしまっていた。
分かりやすい例として、魔力の錠を施しているオレの部屋、今現在ベッドの上でげんなりしている、まさにココの解錠魔法を教えていたのだった。
時間に関係なく、何かあったらいつでも来いと言って教えたのだが、今ばかりは勘弁してほしかった。少なくとも、今のエメリアは緊急事態で来ているとは思えない。
「オレ昨日クリスの特訓に付き合わされて、帰って寝たの4時前なんだよ‥‥」
「すまない、教官殿。今、何か掴めそうな気がしているんだ! 頼む、もう少しだけ付き合ってくれないか!」などと燦然と輝く瞳を向けられては無下に断ることも出来ない。
最終的には瞳を煌々とさせながら「これだ、この動きだ!」と満足そうに帰っていったので、こちらとしても達成感はあったのだが、それで疲れが無くなるわけではない。
挙句、「とても心地良い疲労だ! 明日は遅刻するかもしれない!」とあんなにも爽やかな笑顔で言われてしまえば怒ることも出来ず、そしてオレはそんな理由で遅刻など出来ない。
彼女に罪はなく、感情のぶつけどころが無いから困りものだ。
「えー! 全然寝てない! せんせー、大丈夫?」
「いや、全然大丈夫じゃないから寝たいんですけど‥‥」
エメリアの可愛さに若干癒されつつあるけどね。
「じゃあ今日は、エメリアが朝ごはん作ってあげるね!」
「マジかよ‥‥天使か‥‥」
「せんせーはゆっくりしてて。エメリアが全部やってあげるから! お着替えも手伝ってあげちゃうんだゾ♪」
「おお‥‥バブみ‥‥」
今すぐエメリアの胸に飛び込んで、おへその中心でママって叫びたい‥‥というのは冗談として。
「ていうか、朝ごはんキャリーが作ってくれてるんじゃないの?」
「へ? なんで?」
きょとーん、とした目を向けられて、しばし思考が追い付かず妙な空気が流れ、ぼんやりとした頭で、ああ、しまった、と失敗を悟る。絡まる思考と記憶が、ようやく整列を始めていた。
「‥‥いや、ゴメン。夢でキャリーが朝ごはん作ってくれてた」
「あー、キャリーのご飯すっごく美味しいもんね!」
あー、エメリアの笑顔すっごく素直可愛いですね。
いまだ半眼で天井を見つめながら、そっか夢か、とどこか安心したような、残念なような想いを抱いていた。
「キャリーがね、早寝早起きしたら大きくなれるよって教えてくれたから、エメリア頑張って早起きしたんだよ」
なるほど、キャリーの影響か。余計なことしやがって、とは思わない。エメリアが健康優良児に育ってくれれば先生も満足です。
「‥‥いや、それはいいけど、なんでオレまで起こされてんの‥‥」
「早起きは3ギルの得、ってことわざがあるらしくてね、せんせーにも得してほしかったから!」
わーい、なんて優しい子なんでしょう。僕は今、優しさは時に人を傷つけるって言葉の意味を痛感してるよ。眠さで苦しみにビシバシ襲われてる真っ最中だからね。
「せんせーが喜んでくれたら、エメリアも嬉しいから。だってエメリア、せんせーのことが大好きだもん!」
「――――。」
夢の中で、彼女と交わし合った「好き」という言葉が自然、思い起こされる。
早くも霧散し散り散りになりつつある夢の記憶の中で、その場面だけはやけに鮮明に残っていた。
多分、それだけは現実のオレの気持ちと強く結びついているからだろう。
決して悪い気分ではないが、少しばかり重い気分だ。
あの関係とあのやり取りが嫌ではなく、思い出すだけで確かな幸せを感じてしまうから、余計に。
「あー、うん、ありがと。先生ちょー喜んでますよー」
「せんせー、まだ眠い? それじゃあエメリアが~、目が覚めるようにおはようのちゅーしてあげよっか~?」
少しだけ恥ずかしそうに、はにかみながらそんなことを言ってくれるエメリア。
この甘々なピンク色の空気。夢の中ではすっかりなくなってしまっていた新婚風の野菜炒めに柚子胡椒で軽く味を調えて‥‥ダメだ、眠すぎて謎のタイミングで昨日の晩メシが混ざってきた。
「わーい、ちゅー」
とても棒読みな喜びで、エメリアの小さな唇と親指がちゅーを果たす。エメリアは不満気だ。可愛い。
大きなあくびをしながらぼりぼりと頭をかいて、重い体を無理矢理ベッドから立ち上がらせた。
「ごめんエメリア、マジで朝メシお願いしていい? あるもの何でも使ってくれていいから。で、食ったら部屋に帰って準備しておいで。時間はじゅーぶんあるから」
少しばかり皮肉を込めつつお願いすると、エメリアは元気いっぱい「はーい!」と了承してくれた。
エメリアの作る料理はまだまだ上手とは言い難いが、今のうちに家事を練習しておくのは悪い事ではないだろう。本人にとっても、もしかしたらオレにとっても。
いつも通り‥‥とは少し言い難いものの、日常と呼ぶに差し支えない光景に、オレは少しだけ頬を緩めた。
終.
おかしな夢を見たからといって日常の何かが変わるわけではなく、いつもと同じように出勤した学園は昨日と何か変わっているところなんてなくて、自分も含めていつも通りの様相を呈している。
オレはまだまだ新人教師で、初めて受け持った生徒の卒業はもう少し先。世界の危機が去ったとは言い難く、少しでも強くなるために生徒は日々鍛錬に勤しんでいる。魔物の脅威は人類にとって大きく、冒険者の需要は日々増している状況だ。
愛だの恋だのとばかり言っている余裕はなく、この子たちの結婚なんてずっと先の話だろう。
そしてオレも独身真っ盛り。朝起きたらご飯を作ってくれてる素敵なお嫁さんはいない。今朝は可愛いエメリアさんが作ってくれたけど。
ややぼんやりとしながら廊下を歩いていると――向かいからキャリーが歩いてきた。
制服を着て、授業の用意の入ったカバンを提げている。彼女はまだ学生で、それこそ結婚などまだ先の話だろう。
彼女はオレの生徒で、オレは彼女の教師だ。
恋人同士ではなく、そうなる未来は――恐らく訪れない。
「あら、先生、おはよう」
こちらに気付いたキャリーがいつも通り挨拶をくれる。いつも通りの、柔らかな笑顔と、意識せずとも身についているのであろう妖艶な仕草。
今朝の夢を思い出しながら改めて彼女を見ると、やっぱり魅力的で可愛らしい少女だと思う。
好きかどうかと尋ねられれば、オレは迷わず好きだと答えるだろう。
偽らざる本音で、自然と「好き」が口をつくだろう。
――だけど、夢のように彼女を幸せにするのはきっとオレじゃない。
告白されたわけではないし、愛してるなんて言葉を頂戴したわけでもない。それでも、彼女にとって自分が少なからずの好意の対象となっているのだろうという予感はあった。
会えば声をかけてくれるところ。わざわざ近くまできて話してくれるところ。何かあれば一番に探しに来てくれるところ。必要以上に世話を焼いてくるところ。構ってくるところ。触れてくれるところ。言葉の端々。
そしてこちらを見つめる時の、瞳の奥の熱。
そんな小さな要素がたくさん集って、もしかしたらという予期を与えていた。
もしかすると、14歳前後で発症しがちな妄想や自惚れを主とする病気なのかもしれない。むしろ、そうであればいい。
オレはキャリーの前に立つと、そっと彼女の頭を撫でた。
「えっ、せ、先生‥‥? 急にどうしたのかしら‥‥」
珍しく照れた表情を浮かべて、わずかに動揺を見せる。攻めるのは得意だが、突然攻められると弱いのはキャリーの可愛いところのひとつだ。
そんな魅力も再認識しながら、よしよしと頭を撫でる。
「キャリーは、いいお嫁さんになれると思うよ」
「え、えぇ‥‥? だから、急になんなのよ、もう‥‥」
キャリーからすればあまりに脈絡のない言葉に、動揺に加えて混乱も付与される。状態異常対策は常に万全にしとかないとね、などと冒険者の心得を教えているわけではない。
「キャリー、困ったことがあったら、いつでもオレを頼ってくれよ。キャリーのためなら、オレは少々の困難なんてものともしないから」
心境の説明は全略で、言いたいことだけを一方的に告げてみる。
キャリーは相変わらず戸惑いを浮かべながらも、わずかに微笑みを返してくれた。
「ええ、今も遠慮なく頼らせてもらっているわ」
美人で可愛らしくて、スタイルはいいしおっぱいも大きいし、優しくて料理も出来て母性が溢れる。改めて考えると、ホントに理想的な子だ。こんな良い子、世界中探したってそうそう見つからないぞ。
だから言い寄る男は多いだろうし、実際よく告白されると本人も言っていた。
だけどそんな男の大抵の本音は下心を基調とした、恋と性欲を混同するまでもなく欲求丸出しの性欲全開野郎なんだろうけど。
種族としてのイメージとは裏腹に、彼女はソレを望んでいないのは知っているし、そんなことすら知らない男にはこの子を渡すわけにはいかない。などと父親面をしてみたり。
でもキャリーを奪いたければオレを倒してからにしろ! くらいは言いたい。せめてオレの屍を踏み越えるくらいの気概を持って、キャリーのことを愛して欲しい。
それくらいの執着なら、許されるはずだ。誰に許してもらうのかは、自分でも判然としないのだが。
「ふふ、どうしてそんなに真剣な目で見ているのかしら。もしかして、私が夢にでも出てきちゃった?」
「おー、実は正解なんだ。少しばかりセンチメンタルな気分になってる」
「あら、本当なの? じゃあ今朝は洗濯物が大変だったわね」
「オレは思春期の中学生か。エロい夢じゃないです。展開の一部にエロいことも含まれる、という程度です」
「あら残念。でも、昨日は先生の夢に入った記憶はないんだけど」
「ちょっと待って、逆に昨日以外は入ったことあるの? 何気に衝撃の事実」
「時々シリアスな過去の夢でびっくりするのよね‥‥」
「しかもけっこうな回数な感! 動揺を禁じ得ない!」
「だけど時々はちゃんとエッチな夢も見てるから安心するわ」
「わーお! 僕のプライバシーがどこに落ちてるか誰か知りませんかー! ていうかなぜ、なぜオレは覗かれたの!?」
「興味本位よ!」
さすがキャリーだ、普通は言えないようなことを堂々と言ってのける! そこにシビれも憧れもしないけどな!
「それで、どんな夢?」
訪ねられて、少しだけシリアス回帰。夢のキャリーが重なり、つい視線を逸らす。
「‥‥内緒。色々と恥ずかしいから。多分聞いたキャリーも」
「あら、先生になら少しくらい夢でいやらしいことされても構わないわよ」
「言った通りそういう場面もなくはなかったけど、恥ずかしくなるほどの内容ではないッス」
念のため訂正を入れてから、一転。少しばかりシリアスな方面へと思考の路線が変更される。
「あのさ、キャリーは‥‥今、幸せ?」
唐突な質問にキャリーは目を丸くする。視線を横に向けて、少しだけ考えるような間を空けてから、すぐに笑顔に戻り頷いた。
「ええ、ここには可愛い子がたくさんいるし、みんないい子ばかりでとても幸せよ」
その笑顔を見て、オレの心は急速に熱を帯びる。
――そうだ、オレが求めているのはこれなんだ。
幸せそうな、キャリーの笑顔。
オレはこの笑顔を、守りたい。
「そっかそっか、それは良かった。キャリーさんが幸せそうで先生も幸せ」
「それに、こうやって先生が頭を撫でてくれるのも幸せよ?」
今度はその言葉に、激しく胸を握り潰されるようだった。
オレはキャリーが笑顔に、幸せになって欲しいと願う。
ただし――。
「あのな、キャリー。オレはお前の事をずっと、支えていきたいんだ」
「‥‥‥‥うん」
言葉の裏に潜ませた想いを受け取ってしまったらしいキャリーは、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
すぐに想いが伝わるのは、必ずしも良い事ばかりじゃない。
「‥‥そうね、ありがとう、先生」
「キャリーを導いてくれる人は、きっと居るから」
――オレではない、誰かが。
キャリーは一歩踏み出して、ほんの一瞬だけ、オレの胸に額を寄せた。
それからすぐに顔を上げて、いつもの余裕を滲ませたような笑みを浮かべる。
「エメリアのこと、あんまり独り占めしちゃダメよ? 私だってあの子のこと、大好きなんだから」
「あー、善処します‥‥」
「エメリアのことばっかり見てちゃダメよ。もっと色んな子にも目を向けないと」
「大丈夫、ちゃんとキャリーのことも見てるよ」
「ふふ、流石先生ね。それなら良かったわ」
そう言ってひらりと手を振り、すぐ横を通り過ぎて教室へと向かって行ってしまった。
その背中を見送ってから、オレも歩き始める。
好きって言葉は、いつでも幸せばかりを運んでるわけじゃない。
好きだから手放すという矛盾も、時に存在する。
どれだけ大切にしたくても、その全てを得るなんてのは幻想にすぎず、自分の身に余ることなんて、珍しくない。
二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉があるように、無理をして不幸を招いてしまうくらいなら堅実に、たった一つの幸せを求めるべきだ。
そんな風に自分らしくもなく慎重な考えを抱いてしまうほど、今のオレには大切にしたいものがあるから。大切にしたいと思える子がいるから。
どれだけツラくとも、オレは残りの一兎を野に放たなければいけないんだ。
「あ、せんせーっ! おっはよー!」
と、正面の角を曲がって姿を見せたエメリアが、こちらに気付くなり元気いっぱいに駆け寄って、というか駆け抱き着いてきた。
「せんせー、目、覚めた? もう元気? エメリアと遊べるくらい元気?」
「はいはい、元気げんき。エメリアの朝ごはんのおかげでちょーゲンキっスよ」
「わーい。せんせー好きー」
そのまま腰にしがみついて引きずりを所望するエメリア。わーい、容赦ない。
「もー、ホント楽しそうだな。あのさ、エメリアは今幸せですか?」
先程キャリーにも尋ねたことを、エメリアにも尋ねてみる。状況が状況だけに、少しおどけた口調にはなってしまったけれど。
「うん! エメリアはせんせーと一緒にいられたら、いつだって幸せなんだゾ!」
即答とはいえ、嘘や建前など忘れてしまったかのように真っすぐな言葉に、少しだけ呆れを含ませながらも、ついつい頬の肉がゆるゆると笑みの形を作ってしまう。
よしよしと頭を撫でて、ぺりぺりと糊付けされたエメリアを引き剥がす。幼女を引きずって歩く気力などございません。
「えー、せんせ~‥‥エメリアのこと幸せにしてくれないの~‥‥」
むーっと頬を膨らませて文句を垂れるエメリア。
確かに目は覚めたが、朝からエメリアと遊ぶ元気は充填されていないのだ。
けれどエメリアのその不平に、今の心境のオレはきちんと応えてあげなければと思うのだった。
「――してもいいって言ってくれるなら、喜んでするよ」
どれほど意図を汲んでくれたかは分からないけれど、エメリアはにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべる。
オレはその笑顔がなによりも大好きで、ずっとずっと見ていたいと思えるもの。
この笑顔を守るために手放したもの。
だけどそれは、オレの手を離れた途端に幸せを失うわけではない。
何もかも自分だけが幸せにすることが出来るだなんて、自惚れたことを言うつもりはない。
自分以上にあの子を幸せにしてくれる人はきっといて、本当に大切にしたいのなら、自分の気持ちを二の次にしてでも彼女の幸せを願うのなら。
中途半端な執着なんて抱いてはいけない。笑顔でその人の下へ送り出してあげなくてはならない。
オレに出来ることは、その後の彼女を陰ながら支えてあげることだけだから。
――もちろんそのぶん、その執着が向かう先はある。
それはもうたっぷりと執着して、一瞬たりとも目を逸らすことすら許さないくらいに執着させてもらおう。
たった1つのなにより1番大切なものを、この手で幸せにするために。
それが、夢ではなく現実の、オレの最高の幸せだから。
if -キャリー-
読了ありがとうございました。夢オチなんてサイテー!
まあ、こんな感じのことをレッスン中、大真面目にずっと考えてました。本気すぎて、キャリー幸せになってね‥‥って思いながら何度かマジで半泣きになってみたりw
私は「愛は重くあるべき」「愛は重ければ重いほど良い」を信条とするヤンデレ崇拝者なので、大抵どのゲームやってても心に決めた1人を怖いって言われるくらい愛でまくってます。
ちなみに世間一般的に認知されてるであろう包丁持って監禁する系のヤンデレは、あくまでごく一部の姿。ヤンデレというのは奥が深く、また広義であり、当初の意味から少しずつ変化を遂げた多種多様なヤンデレがあり‥‥と語り出したらナンボでも語れそうなんで割愛。ヤンデレ=刃傷沙汰って認識は違うよってことだけ。
そんな感じで(?)、私の信条の1つとして「好き」に1番以外の順序は付けたくないのです。「この子は正妻!この子は側室!」みたいなのも個人的には大嫌いです。ヤメロっていうのじゃなくて、自分はしたくないって意味で。
それでポプストではエメリアのことがめちゃくちゃ好きで、前回もとりあえずエメリアとちゅっちゅする話を書いちゃうくらい好きで、仲の良い数人だけでやり取りしてるSNS内では如何なくその性癖を発揮させてもらってます。
しかし、だがしかし――!
それ以外の生徒が嫌いかって言ったらそんなワケなくて、特にキャリーの家庭的で実は一途なところとかホント好きで、衣装やジョブの引換券が1枚あったら迷わずエメリアだけど、もう1枚あったら迷わずキャリーを貰ってたくらい好きです。
だからまあ、順位はつけたくないとはいえ、結果的に2番目に好きなのはキャリーってことになって、もし1位を取るならエメリアに捧げたいって思ってたから、それが出来なかった以上キャリーで1位を取るわけにはいかないから「2位」の称号が欲しかったワケです。
レッスンが始まってとりあえず走り始め、ランカーを目指せると分かってから大真面目にキャリーのことについて考え、「キャリーには幸せになって欲しいけど、その役目を果たすのはオレじゃない‥‥」とか頭沸いてる感じのことを本気で考え始めて、「幸せには出来ないけど、支えてあげたい‥‥!」とか思いつつレッスンしてたらこんお話が出来上がってました。
ちなみに物語の世界観は完全に現代ですが、ファンタジーではなく日常生活を主として書きたかったので、その辺はご勘弁デス。
先述したようにキャリーと本気でちゅっちゅする話は書けないなーと思ってたので、最大の譲歩案として夢オチを採用しました。妄想くらいは許しておくれーって感じで。あくまで私の書いてるくらう先生はエメリア大好きの人、っていうのは崩せないのです。
それでもキャリーのことがどんくらい大事かは文章中に込めてるつもりなので、伝わってると嬉しい!
要約!
エメリアが最愛なのは譲れないけどキャリーのことも大切で、レッスンも半端な気持ちで2位取ってないぜ! ということです!
短くまとめようと思ったのにあんまり短くなくなってしまった。
せっかくなので他にもポプスト作品書けたらいいなと思ってます。ぜひぜひ読んでもらえたら嬉しいです。あと感想も貰えたら超嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。