存在

手足の動作をゆっくりとして、電車から駅のホームへと降り立ち、またゆっくりと、足を一歩ずつ動かして、階段を下って、改札口まで。傍に居るから、手は繋いだまま。
電子マネーで支払う時に離した手を伸ばして、再び繋がる。楽しそうな気持ちは、ゆっくりとでもまた、一歩ずつ歩き出す、その足元から伝わる。目的地に着くことより、歩くことが目的。思う通りに動いてくれる、地面から離れてくれる、地面に着いてくれる、また、地面から離れてくれる、着いてくれる。夢中で遊ぶ時と同じように、歩くことしか見えていない。日曜日の朝、信号も少ない、公園までの道のり。
転びそうになっても、繋がった手にぶら下がって、お猿さんなのだというかのように、けらけらと笑って、見上げてくる。今度はそのまま、その遊びに夢中になってしまいそう。でも、爪先は引っかかる。舗装されたアスファルトとぶつかる驚き。そうだ、そうだった、と繋がっている手にぶら下がるのをやめて、それぞれの足を伸ばして、かかとまで地面にくっ付ける。それから、また、ゆっくりと一歩ずつ、歩き出す。途中、信号機のパーポー、、という音にすごく興味を惹かれる(顔を上げて見ている)。その間に、ちょっと休みをする。汗を拭いてもらったり、冷たいお水を飲んでみたり。知らない人がいて、歩いていた。知らない人がいて、立ち止まったりした。知らない人は、知らないのだろう。歩くと跳ねる、この気持ちを。拍手をしている、この気持ちを。信号機はまた、パーポー、と鳴り出した。拍手はやめて、また歩き出した。ゆっくりと、を忘れてしまって、前に向かって転びそうになった、けど、つかまれた手が繋がって、小さいお猿さん。おっとっと、立ち直して、パーポーに近付いて、離れて、離れて、聞こえなくなった。寂しくなるかな、と思うのは大人の都合なのだろう、夢中はいつでもなれるのだ。足で踏んで、足で踏んで、公園の入り口は見えてきた。手を繋ぐ人は気付いて、手で繋がった合図をされる。顔を上げる、先を見つめる。どこまでも走っていい、と言われたことを覚えていない。けれど、あの楽しかった気持ちは知っている。
「うー!」
と声を上げた手と足は、急ぎたくて仕方ない。でも、ゆっくりと歩く。慌てているのかもしれない、と手が繋がる人は思い、楽しいものが続くのだから、と繋がる先で、夢中になった世界は、賢く判断しているかもしれない。ほっぺにボタンがあるみたいに、嬉しい気持ちは吹き出して。世界はだんだんと、公園になっていく。
広場の真ん中に駆け出し、一周して戻って来る。繋がっていない手は、その間に、大事な報告を済ませ、大事に時間を確認して、大事に姿を捉えている。片手で手をふり、もう片方の手で、身体を支えている。
お腹をぴったりと芝生にくっ付けて、大人しくする犬を初めて触る、その顔に、生まれた気持ちが表情を作り、歯を見せて、声を上げる。そこにも表れる気持ちが届いて、聞いている人の気持ちが生まれる。思わず表情、犬の傍で膝を立ててそれを見ていた人も。声は重なり、犬の尾が振られる。夢中になっている手は、犬の頭に触れている。
飛んで来るといいな、と歌われる二枚の羽。チョウチョは、花壇に飛ぶ。言葉でそう説明する人は、繋がる先で、じっと見ている高さの視線に合わせてしゃがむ。これは黄色、これは葉っぱ。これが土。これが、レンガ?音の違いに顔を向ける、なになにおしえて、と言わんばかりの目線。話していた人は気にする、花壇を作るそれが正しくレンガであるか、ということを。(おそらく)聞いていた目線は知りたがる、語尾が半音上がった、その意味を。そのうち、うーん、と鳴る鼻の音。空いていた手が動いて、頭を撫でて、言葉がその一つずつを紐解いていく。いち、に、さんと数えられていく影。
日が昇る昼、手足の動作をゆっくりとして、立ち上がる。公園の出口へと続く歩道を歩く、歩く。抱かれて眠る息のリズムが、見ている夢を表すように、忙しない。むにゅっと動くほっぺのボタンも、同じように休止中。支えられた背中を一度、二度軽く叩く。傍に立って、覗き込んでいる顔と顔が見つめ合い、微笑み合った。それから強く支えられた背中に押されて、歩みはゆっくりと、ゆっくりと進んで行く。大事な報告は、気持ちをもって告げられた。それに優しく応える、言葉はふわふわと心地良く感じられた。足取りが軽くなる、そういう、意味の不思議にとらわれる、そうして言葉は不思議に増えていく。
「次の角を曲がろうか。」
そう言いつつ曲がり、歩く、歩く、ゆっくりとした駅までの道のり。する寄り道はついでに香ばしい、パン屋さんとなった。開けるドアにカラン、カランと迎える音。
「めろん。」
腕の中に包まれていたはずの存在。起きて初めて指示をした、その言葉で買われた結果になった。

存在

存在

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-19

Copyrighted
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