メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話・上
メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話「僕の戦う意味」・上
「遼斗、そんな動きじゃ駄目だよ、私との距離を保ちつつ、周りの状況も見て!」
先を飛ぶ桜が僕を見ながら言った。彼女のウィッチドレス(魔法少女の服で魔力を帯びており、見た目からは想像できないほどの防御力を誇る)は白くて、立ち襟と長袖のしゃれたデザイン(後で教わったところに寄ると、ローブ・モンタントという種類らしい)だった。
「ファミリア形態は魔力消費が低く抑えられるから速度は抑えなくてもいいんだよ」
別にわざと遅く飛んでいるわけではない。桜が速すぎるのだ。そのことを話すと、桜は腕を組んだ。
「それは困ったものだね」
うーん、と桜が悩んでいると前方からバルカン砲を装備したドローンが飛んできた。速度からしてまるで別物といえるほどに改造が施してあるようだ。
「桜、前!」
「分かっているよ。三機近づいている他に別方向から一機来ているね。前の三機は壊しておくから、別方向からの一機をサーチして、迎撃してみて」
「えっ、おい、ちょっと、ファミリア形態は戦闘向きじゃないって」
僕が言っている間に桜は一気に距離を離して、前方の三機へ突撃する。手に持った白い杖、その先の赤い宝石がキラリと光ったように見えた。まるで、久々に力を発揮できると喜んでいるようだった。
僕はとりあえずデバイスコアで広域サーチをかける。確かに僕たちの後ろから迫ってきている。とりあえず身を翻し、迎撃へと向かう。ファミリア形態は魔力消費を抑えているため、魔法弾の攻撃力も低い。一撃で破壊することは難しいだろう。
視界にドローンの姿が見えた。バルカン砲の砲身がこちらに向けられたのが分かった。
「撃たせるかよっ!」
怒鳴るように言いながら、弾幕を張るように魔法弾を連射する。ドローンは冷静に照準をつけようとするが、それを乱され、動きが鈍った。
「チャンス!」
変身を解いて、人の姿に戻る。空中戦は未だに慣れない。移動しながらの射撃魔法の命中率は七割以下、機動力もファミリア形態には劣る。
しかし、攻撃魔法の威力はファミリア形態の倍以上にはなる。
移動をやめて、右手をドローンに向ける。撃つだけならばすぐに出来る。しかし、どの程度の威力にするか、当たるためにはどれくらいの速度で目標へ向けて放つのか。頭の中で計算すると、威力を高めた魔法弾を撃つ。次の瞬間はドローンは魔法弾で撃ち抜かれ、爆発四散した。
「おっ、なかなかやるね。ちょっと攻撃的すぎるけど私の支援もなく倒せたのは感心だね」
桜が僕の視線に入ってきた。
「……これ、連携のテストだって分かっていますか?」
「もちろん! だから分担して敵の分隊を倒したじゃないか」
「うーん、これで合格できるかな」
「大丈夫だよ。時間内に障害をクリアしながらフラッグを回収するだけなんだから」
「まだ魔法を十分に使いこなせていない僕には大変だよ」
僕が不安な様子を見せると、桜は笑顔を見せる。かつてほどではないが、明るく、僕の不安なんて消し飛ばしてくれるようなものだ。
「だから、練習しながらテストをすればいいんだよ」
むちゃくちゃな話だが、桜は本気である。
僕だってなにもしないでこのテストに挑んだわけはない。それどころか、桜の部屋で話した後は連日、猛特訓だった。
「分かったよ、桜。先を急ごう」
僕は言いながらファミリア形態であるツバメへ変身する。
「距離は一定に保って、今度は索敵の練習をしてみようか」
「……今度は索敵。そんな項目あったかな?」
「あったはずだよ。これもウィッチとパストラルの連携だからね」
「でも、パストラルは監視役だよ」
すると、桜は小さく首を振った。
「私は射撃や砲撃が得意なウィッチだよ。索敵してもらえれば相手に先制攻撃をしやすくなるよ。先制攻撃が出来るというのはそれだけで有利。戦場での生存率もウィッチたちと交戦しても勝率をいくらか上げられるよ」
話にのせられているような気もしたが、正論に聞こえる。
「というわけでよろしくね。大丈夫、誘導弾を展開しておくから、攻撃されてもすぐに迎撃してあげるよ……私が把握していたらね」
なんだか最後、けっこう重要なことを言っていた気がするが、とにかくやってみよう。
ファミリア形態で先行する。桜の方が速いに決まっているんだけど。
周囲の状況を把握するためにサーチ魔法を展開する。地上は荒野のため、見晴らしが良く、姿を隠すことは難しい。……前方から三つなにかが近づいてくる。地上には対空砲が四基か。脳裏にレーダーのような画像が出て、周りの状況を把握する。距離はどれくらいだろうか。僕のサーチ可能範囲は半径一キロメートルくらいだ。改造したドローンの速度を考えると……。
まもなく視界にドローンが入ってきた。慌てて桜に連絡を入れるが、地上から砲弾が飛んできた。
「って、攻撃できるのかよ」
精度も悪くない砲撃を避けながら、ドローンたちと距離を取る。相手の動きは良く、こちらを取り囲もうと動いている。
なんだか動きが良くないか、こいつら。
『インベーダー戦でも使われたタイプの無人機ですね。実戦データから適切な作戦をすぐに組むようにプログラムが組まれているから手強いよ』
魔法を使った直接会話、テレパシーみたいなもので念話とも呼ばれている、で桜が話しかけてきた。
「早く言ってくれないかな、そういう情報は」
『私だって今気づいたんだよ。さっきの無人機くらいの動きかな、と思っていたんだけど』
「それなら、早く来てよ」
『うーん、ちょっと待っていて。うまく時間を稼いで』
「ちょっ……囲まれかけているのに」
後ろからドローンが一機近づいてくるのが分かる。他の二機は別の軌道を描きながら僕の行く手を遮ろうと動いている。
『空中での囲い込みね。無人機は戦力的にそれほど強くないからインベーダー相手に三対一で倒すような戦術をプログラミングしてあるの』
「分析は良いから、応援を」
『戦術的な欠点としては追い込むという動きをしているせいで無人機間の距離を一定にしたがる指向が強いことかな。人なら臨機応変に距離感をルーズにしていくんだけど、機械ということで多少無理でも戦術を優先してしまうの』
「それで、厄介にしか聞こえないけど」
『囲い込み戦術プログラムはタイムスケジュールも設定されているんだけど、それが消化されないうちに囲い込みが成功してしまうと戦術を切り替えるためにプログラムの変更と各機の役割分担の再確認を相互リンクして再設定するわけなんだ』
「……わかりやすく言って」
『そのままのことを言っているんだけど、まあいいか、要はどれか一機に接近して相手のプランを崩して、別の戦術をとらせれば時間は稼げるよ』
「近づけ……? 包囲されるぞ」
『だから、それをさっきから説明していたんだけど……あっ、目標発見。それじゃあ』
「おい、桜!」
一方的に念話を切られる。背後に迫るドローン。他の二機は徐々に僕との距離を縮めている。一機に近づく、か。
僕はツバメになった自分の身体を翻し、背後に迫るドローンに向かっていく。
どうせなら、すれ違いざまに攻撃を当ててやる。ドローンのバルカン砲がこちらを向いた。この速さと距離ならすぐに交差するだろう、と楽観しながら魔法弾を撃つ。すぐ傍を弾丸がよぎったことを感じた。ツバメの身体で受けたらひとたまりもない。そんなことを考えたのはドローンから通り過ぎた後だった。サーチ魔法で相手の距離感を確認すると、いちいち隊列を整えた後で今度は三機が横に並んでぼくを追跡し始める。戦術を変えた、ということか。
さて、どうする。逃げて、桜が来るのを待つか……いや、やってみよう。さっき一機壊したんだ。三機くらい倒してやる。
僕は変身を解くと、右手を、並んで突撃してくる三機へと向ける。
「我、放つは撃滅の光。沈め、我に仇なす者よ!」
詠唱を終えると右手の先より直径一メートル近くの光線が放たれる。真ん中の一機は直撃したのを確認できたが、左右の二機は避けたように見えた。早速、サーチして状況を確認する。
左右から二機のドローンが突撃してくるのが見えた。バルカン砲の弾速を考えると、避けるのは至難の業だ。どうする、防御魔法を展開するか、それとも退くか。
考えているうちにドローンが僕の視界に入ってきた。撃たれる……!
すると、その二機は突然爆発した。
『判断が遅いよ。逡巡が一番の悪手だと思って戦わないとこれから先、大変だよ』
桜の声が聞こえた。間もなく、桜が僕の視界に入ってきた。
「でも、時間稼ぎどころか、数的不利も気にせず互角に戦ったのは良いね。そういう戦い方、けっこう好きだよ」
桜が笑顔を見せた。僕は少し照れる。
「それじゃあ、先に進もうか。っていってももう、フラッグの手前なんだけどね」
桜はそう言うと、前を飛んでいった。僕もそれに続く。
「えっ、それじゃあ、もう終わりか?」
「うん、あそこにあるから取りにいこう」
桜が指さす。コンテナの山の上に大きなフラッグがあった。僕は早速、コンテナの山の上に立つとフラッグを抜き取る。
『目標達成。検査を終了します』
機械音声が聞こえた後、周囲の風景が変わる。荒野から白いパネルで覆われたドームの中に移動する。いや、そもそもドームのシステムで見せられていた光景だった。コンテナはさすがに実物だが。
「お疲れ様。とりあえず、ここを出ようか」
『魔法少女とパストラルは控え室へ移動してください。
隣に立つ桜が言うと、続けて機械音声でアナウンスが聞こえた。
控え室は簡素なつくりで、十畳くらいの広さにロッカーやソファーなどが一通り置いてあった。僕はとりあえずソファーに座る。
「合格できたかな」
「フラッグをとったからどんなに意地悪な評価をされても及第点にはなるわ」
桜は僕の向かいのソファーに座って言った。いつの間にかドレスを解除して、ワンピース姿になっていた。
僕は深く息を吐いた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと安心したんだ。それなら君が死ぬことはないよね。契約を切られて、死ぬことは」
「うん、大丈夫だよ……」
控え室のドアが開く音が聞こえた。ドアの方向を見ると、セレナ博士が笑顔で立っていた。
「二人ともお疲れ様。なかなか良い動きだったわ。というより、一応、テストなんですから練習みたいなことはしないでね。見ているこっちはひやひやしたんだから」
上機嫌のセレナ博士の様子を見ても結果は悪くないように思えた。
「博士、結果は?」
「問題なしよ。現時点の採点でも合格しているよ。あとはどこまで評価されるか」
「それじゃあ、契約を切られることは」
「? ああ、そういえば、三回目だったね。二回も失敗しているようには見えなかったから忘れていたよ」
ようやく安堵できた。連日の訓練の成果が出て良かった。
「それにしても、桜さん、今までと随分態度が違いますね」
セレナ博士が笑顔で話しかけると、桜は腕を組んだ。
「そう? いつもと同じよ、博士」
無愛想になった桜に僕は内心驚いた。
「前からそういう態度なら苦しまなくても良かったのに」
「嫌みを言いに来たの?」
「そんなことないわ。お知らせがあってね」
お知らせ? しかし、博士と桜は仲があまり良くないな。
「二人の合格が決まったのは良いんだけど、あなた今、ウィッチランキングに入っていないから、入れ替え戦のついでに紛争地帯に派遣することになったの」
「随分と気が早いのね」
「来週には行ってもらうわ。場所はベトナムのディエンビエンフー盆地。中華同盟と太平洋連盟の戦いの仕上げに出てもらうわ」
「ディエンビエンフーでの戦い。確かネットでも話題になっていますね。二週間前から小競り合いをしているとかで」
「決着がつかないから、白黒つけるいみでウィッチ戦が発令されたというわけよ、天羽さん」
「僕らはどちら側なんですか?」
「日本は太平洋連盟寄りだけど、セイレム機関としてはあなた方を中華同盟側のウィッチとして参戦させるわ」
そんなことしていいのだろうか、僕は日本国籍だし。
「そんなことをして売国奴とか言われないでしょうね」
桜が厳しい口調でセレナ博士に言うと、彼女は苦笑した。
「あら、その程度のことで誰も非難なんてしないわよ。特にこの国の人たちはそういうのに疎いでしょう。日本さえ良ければいいのだから、安心しなさい。それじゃあ、詳しい対戦形式と出撃が予想される敵味方のウィッチ情報は後で送っておくから」
セレナ博士はそう言うと、控え室から出て行った。桜は舌打ちをする。
「早速、実戦投入か。君、明日から特訓だよ」
「特訓多すぎませんか、桜さん」
やけに張り切る桜を前に肩を落としながら言った。すると、桜はしかめ面を見せる。
「何を言っているんだ。実戦に出たら君は自分よりも実力も経験もある人たちと戦わないといけないんだよ。少しでも差を埋める努力をしないと私たちの目的は達成できないよ」
目的、世界を変えること。具体的には人々が争い合うことを、魔法少女たちが殺し合うことを止めることだ。
魔法少女たちの殺し合い、ウィッチ戦とは今も世界各地で行われている国家間の小競り合いが長期化しないために行われる決戦形式である。両軍が取り決めたルールにより、魔法少女たちが戦い、決着をつけるというものだ。勝ち負けは判定が入るが、死者が出ずに終わることはない。理由は簡単だ。必ず死者が出るようにルールが作られているからだ。最低でも一人、敗戦側の魔法少女が死ななければならない。
「……世界を変えるためにも、か。桜、君は……いや、待てよ」
僕は質問を途中でやめて、周りを見ると、ソファーを立った。桜も察したようで立ち上がるとドアまで行く。
「気にしているようならいいところがあるよ」
桜はそう言って、部屋を出た。僕はその後に続く。
着いた先は桜の部屋だった。僕は盗聴を気にしていたのだが、桜の部屋はそれこそ盗聴機がたくさんあるのではないか。
僕が怪訝な表情をしていたようで、桜は部屋のロッカーを開いてみせた。僕はロッカーの光景を見て驚いた。ざっと見て十個以上の盗聴機が取り付けられていた。桜はそれを閉じる。
「ロッカーは特注の防音仕様。そして、ロッカーを閉じると録音していた音声が自動再生されるから大丈夫よ」
「監視カメラは?」
「ないわ。魔法少女といっても年頃の女の子ですからね」
桜はそう言って、部屋の中央の瓦礫に座った。
「そんな理由で監視カメラを免除されたの?」
「……付けたら壊して、代わりを持ってきたらすぐに壊したわ。そのうち諦めたの」
「ナノマシンで苦しまされたりしなかったの?」
「したけど、魔法弾を撃つくらい、息を吸うようなものよ。それだけ監視カメラっていうのは嫌なの」
「見えないくらい小さいものを仕掛けてないかな」
「ないわ。サーチ魔法で確認済み。だから安心して」
まあ、聞いていたところで、見ていたところで十四歳の少年少女が世界を変えるという言葉を聞いていたから危機感を抱くだろうか、大の大人たちが。
「桜、さっきの続きだけど、僕は今度の戦いで魔法少女の死者を出さないようにしたい」
「……死者を出さずにウィッチ戦を終わらせるのはセイレム機関が定めた最低限の規定でも禁止されているわ」
「死んだように見せかけるのはどうかな?」
「ちょっと待って、けっこうハードル高いところから入るのね」
僕に言わせれば桜の特訓だってハードルが高い。
「難しいかな。魔法を使っても」
「心肺停止させて、蘇生か。短時間ならいいけど、あまり長いと障害が残るかもしれないよ」
「だから魔法なんだよ」
「そんな便利な魔法はあるかな。私も戦闘向けの魔法ばかり練習していたからそういう工作系の魔法はあまり知らないよ」
「知っている人とか知らないかな?」
「ふむ」
桜は腕を組んで目を閉じて、考える。そして、はっとすると目を開けて、手を叩いた。
「イザベラとか、どうかな」
「イザベラ?」
「そう、イザベラ・イリュリア。大戦の時に一緒に戦った魔法少女だよ」
言われるまでもなく、僕はイザベラのことを知っている。
「でも、確か、イザベラさんはクロアチアの出身でしょう。今は欧州の駐屯地にいるって聞いたけど」
「詳しいね。でも、イザベラさんと連絡を取る方法はあるよ」
「? どうするの」
すると、桜は立ち上がった。
「ちょっとついてきて、トキに会いに行こう」
「雨竜さんに?」
桜の後に続いて、僕は別棟にある雨竜さんの部屋を訪ねた。
部屋に入ると、玄関があり、靴を脱いで上がると畳の敷かれた和室に入った。中央には雨竜さんが正座で座っていた。
くつろぐ時に正座か、よく足が痺れないな。
「どうした、彩花? テストはどうした?」
雨竜さんは視線を桜に向けて言った。
「合格は決まったよ。あとは評価を待つだけ」
桜が言うと、雨竜さんは目を閉じてふっと笑った。そして、目を開けると身体を僕たちへ向けた。
「そうか、安心したぞ。戦友を失いたくはなかったからな。それで、何の用だ?」
「実はイザベラと連絡を取りたいんだ」
「イザベラ……イザベラ・イリュリアのことか。あいつに何の用だ」
「ちょっと相談事だよ」
「ほう、私には言えなくて、イザベラには言える相談事か。私はそんなに頼りない戦友か」
雨竜さんが拗ねた様子を見せる。意外にめんどうくさいなこの人。
「桜、まずは雨竜さんに相談してみようよ」
「えー、トキは私以上に戦闘志向が強いよ。バトルマニアっていうのかな、だから相談相手にならないよ」
桜が僕を見て呆れた様子で言った。すると、雨竜さんは眉を顰めた。
「ずいぶんな言い様だな、彩花。私とて剣術だけをして育ってきたわけではない。他のことも知っている。お前たちよりも年上だからな」
雨竜さんは胸を張って言った。彩花に足りないものだな、と僕は彼女の胸を見て思った。
「どこ見ているの、君」
「あっ……いや、雨竜さん、僕たちは今度実戦に出るんですが、その時のウィッチ戦で誰も死なせたくないんです」
「誰も? 敵もか?」
「そうです。だって、魔法少女は異星人の手から僕たちを守ってくれたんですよ。どうして、殺すんですか。僕は彼女たちの命を救いたいと思います」
僕は思わず少し強い口調で言った。雨竜さんは僕の目を見ながらそれを聞くと、桜へ顔を向けた。
「なんだか、お前のパストラルは変わっているな」
「ふふっ、でもお気に入りなんだ。それで、トキはなにか方法を知っている? 相手を仮死状態にする魔法とか、一時的に心肺停止させるとか」
「そんなもの、知っているわけがないだろう」
あまりにも潔い即答に僕と桜はなんと返して良いのか困った。雨竜さんも相談を促した手前、気まずそうだった。
「分かった、イザベラに連絡を取ってみよう」
雨竜さんはそう言って、スマートフォンを取り出した。
「国際電話って高いんじゃない?」
「かまうものか。私たちは魔法少女、世界屈指の高給取りだぞ」
言いながら、雨竜さんはイザベラの名前を言った。すぐにイザベラと電話がつながる。
「ああ、私だ。元気だったか? 相変わらず、ぶっきらぼうだって? 余計なお世話だ。ところで、面白い話がある。彩花が復帰した。それだけじゃない、彼女からお前に話があるそうだ。どこかで話は出来ないか? ……ん、そうだな……わかった」
雨竜さんはそう言って通話を切った。
「あれ、どうしたんですか?」
「ああ、そういえば、デバイスを使ったシステムがあったことを思い出した」
「スマホで連絡を取ればいいと思うけど」
「新開発のシステムだからな、使ってみたいんだ」
雨竜さんの意外に新しもの好きな一面が見えて、新鮮だった。
雨竜さんは部屋の奥にある机の傍へ行くと、引き出しを開けて、タブレット端末のようなものを取り出して、机の上に置いた。
「たしか……」
雨竜さんは端末を起動させると、タッチパネルでなにかを操作した。端末のディスプレイになにか表示されている。
「よし、繋がったようだぞ」
「早いですね」
「インベーダーどもの技術を使ったものらしいからな」
『久しぶりですね、トキ』
落ち着いた若い女性の声が聞こえた。
「そうだな、イザベラ。欧州はどうだ、そちらも小競り合いは多いか?」
『ええ、一月に数度は出撃していますよ……確かに彩花の反応がありますね』
「久しぶり、イザベラ」
桜が陽気な声で挨拶をする。彼女は顔見知りの人の前だと以前のような明るい様子を見せる。
「久しぶりですね、彩花。実戦へ復帰するそうですね、もう戦えるのですか?」
「まだ訓練しかしていないけど、動けるよ」
「ウィッチ戦はそうあまいものではないよ。彩花がいない間に戦い方が変わった。インベーダー相手に圧倒的な力を誇っていたからといってウィッチ相手でも同じようにいくとは考えないでほしいですね」
なかなか手厳しいことを言う人だな、と思った。
「それはなんとかするよ。それより、相手を仮死状態に出来る魔法はないかな」
音声だけの通話だが、桜は笑顔を見せていた。
「……ウィッチ戦で相手を仮死状態にして生かす、というわけですか。その程度でセイレム機関の判定を逃れられるとでも」
「それじゃあ、どうすればいいかな?」
「どうすれば……そんなことせず、普通に戦えば良いでしょう」
イザベラの言っていることは正論かも知れないけど、それでは意味がない。僕は魔法少女も含めてみんなを助けなければならない。桜もそれは同じ気持ちのはずだ。
「それじゃあ、意味がないんですよ」
僕は思わず声を出した。……僕の声は通じているかどうかは確認していなかったけれど、黙っていることは出来なかった。通じていなくても自分の意思ははっきりしておきたかった。桜と雨竜さんは少し驚いて僕を見る。
「……男の声? 男がいるんですか、彩花、トキ」
雨竜さんは顔に手を当てる。
「……ああ、別に良いだろう。というか、まだ慣れないのか?」
「別に。だからといって会話を切るつもりはありませんが、良い気分ではありません」
「とにかく、この二人の計画は興味深いから話くらい聞いてもらえないか?」
雨竜さんはイザベラに協力を仰いだ。彼女としても魔法少女たちが死んでいくことを防ぎたいのだろう。
「確かに魔法少女が戦の中で死ぬのは悲しいことです。しかし、それは以前の大戦でも同じことだったではないですか」
「違いますよ。大戦の時は異星人相手に人類を守るために戦死した。でも、今は人類同士の争いで死んでいるじゃないか」
「……しかし、大戦が終わった今、私たちにはそれくらいしか存在価値がないのではないでしょうか」
「そんなことはない。魔法少女だって僕たちと同じ人間だ。戦争がないからといって存在価値がないことはないよ」
「そう思うか? 私たちの力は強力だ。力を持たない人間からすれば危険だぞ」
イザベラが言った後で僕は桜を見る。
「それでも、僕は命を助けてくれた人が殺し合いをする世界を正しいとは思わないよ」
すると、イザベラは苦笑する。
「大戦のことも知らず、魔法少女でもないのに知ったようなことを言う」
「僕はなんとか誰も殺さないでウィッチ戦を終わらせる方法はないか探しているんです。力はあるのにただ流されるだけよりもマシだと思います」
「お前、私が流されているだけとでも言いたいのか!」
イザベラが語気を荒げて言った。
まずい、協力を頼んでいる相手を怒らせてしまった。どうやってここから立て直せばいいのだろう。
内心動揺していると、不意に笑い声が聞こえた。イザベラの笑い声ではない。男の声だった。誰だろうか。
「イザベラよ、俺は彼の言っていることが面白いと思うがね。日々殺し合う運命にある少女たちを救う。魔法少女でない俺でさえ、興味を持つのになんでお前はそんなに冷ややかなんだい?」
「エディ、あなたは少し無責任なことを言うのを控えてほしいです」
エディ……今、笑っていた人の名前か。
「無責任? 俺よりは君の方が無責任だよ。戦死する魔法少女のことなんて知らないというのはどうかと思うぞ」
「エディ、あなたはパストラルですよ。セイレム機関の方針に従うべきではないですか」
「ルールには従う。しかし、魂まで売った覚えはない」
エディとイザベラが言い合っているところで雨竜さんが咳払いをした。
「お前たち、仲が良いのを自慢するのは良いが、天羽たちの言うことをまじめに検討してくれないか」
「まじめに検討していますよ!」
イザベラが大きな声で言った。
「ほう、君が噂の桜 彩花のパストラルか。テストに合格したそうだね」
もう結果が知れ渡っているとか、早すぎないか。
「少し驚いたか。まあ、欧州で知っているのは僕くらいかもね。たまたま機関のデータバンクを眺めていて知ったくらいだから」
「ハッキングですよ、違反ですからね」
イザベラが注意するような調子で言った。
ハッキングかよ。これは思ったよりヤバい人物と話しているんじゃないか。ちなみにクロアチア人のイザベラとエディという外人の言葉を僕が理解できているのはデバイスによる自動翻訳機能のおかげだ。そうでなければ英語のテストで七十点程度の僕がこんなに素早く言葉を理解できるはずがない。
「雨竜、俺は天羽少年のプランをもう少し聞きたい。そして、聞くからには相応の協力をするつもりだ」
エディが真剣な様子で言った。僕はその言葉をなんだかとても心強く感じた。
「勝手に何を決めるのですか、エディ」
「お前は嫌なのか? なんて奴だ。同胞の死を黙ってみているなんて、パストラルとして悲しいよ」
「あなたはいつもそうやってからかいますね……しかし、私はもうその手にのりません。といって、天羽というパストラルの言うことも確かに興味があります」
「ということは」
僕はこみ上げる期待感に押し出されるようにイザベラに尋ねた。
「エディと同じく、内容次第で協力させて頂きます。あなたの考えがあまりにも浅慮であれば断りますが、それでもいいですね」
「僕はプロじゃないから、自信も何もないけど、聞いてもらえるならば」
僕はそう前置きした後で、ウィッチ戦で誰も死者を出さない方法を話した。それはところどころ拙く、イザベラとエディから途中で指摘が出た。しかし、最終的には二人の協力を取り付けることに成功した。
メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第三話・上
少しペース遅れ気味ですね。もう少し早く書けるように頑張っていきたいです。