少年
一話
僕が自分と異なる性の服飾で着飾るのを好むようになったのは、いつからでありましょうか?
そして、その遠因を両親との死別に求めるのは間違いでしょうか?
まだ、小学校も出ていなかった、幼い日の私には何故か「死」という現象がとても新鮮に感じ、悲哀の感情が一切出て来なかったのです。
それはさておき、大変なのは姉です。元来、人への依存度が異常に高い姉は両親の死によって自我意識の崩壊とも言うべき状態に陥りました。
その頃からです姉が、僕に女装を強いるようになったのは。
今となれば、あれは心の溝を埋める為の行為だったのか、と理解出来きますが、当時は嫌悪感しか湧かなかったのであります。
しかし、人間と云うものは不思議でして、いつしか嫌悪感は快感へと変わっていきました。
「ねえねえ薫ぅ、また今日も馬鹿なオヤジさんから、金を稼いで来てちょうだい」
姉はそう言うとセーラー服のレプリカを僕に投げつけた。
要するに姉は僕に援交親父を騙して金を巻き上げろ、と言っているのです。
今年で中学生になる僕も、高校生になる姉も、こうした詐欺紛いの行為で飯を食べていくほか無いわけです。
僕が性転換するのに大規模な手術は要らない。
簡単な化粧とかつらを被れば、自分で言うのも何ですが相当な美少女に生まれ変わるのです。
そんな美少女に言い寄られ理性を保っていられる男なんていません。これは男の僕が一番分かってます。
さてそろそろ、いつもの狩場の某駅前に到着します。
僕は狩りと称するぐらいですから、獲物の顔をナマで見てから仕留めるのが流儀だと思ってます。
僕が立ちんぼと云う古典的な手法をとる所以はここにあるのです。
眼下を通り過ぎる人々は、僕の心が曇っているせいか、皆陰鬱な表情に見えてしまいます。
黄昏時のスクランブル交差点を通り過ぎる有象無象の中に、僕は獲物を見つけました。
二話
それは背広のよく似合う背の高い男でした。
年齢は見た感じ働き盛りの30代って所でしょうか。
僕は逃がさぬ様に速歩で駆け寄った。
「あ、あの道に迷ったみたいなんですけど、案内して貰えませんか?」
その容姿と違わぬ可憐で、か細く今にも消え入りそうな声で、袖を引きながら呼び止めた。
「ええ、別に構いませんよ。時間もありますし、私が案内しましょう」
「ありがとうございます!! えっと、東雲っていうカフェに行きたいんですが、なかなか見つからなくて……」
「ああ、東雲ね。あそこは裏道だから確かに分かりにくい。」
こうして近くで顔を見てみますとなかなか整った容姿をしています。
時計もスーツも舶来品で、身包み剥がせば、かなりの大金が手に入りそうです。
そんな事を考えてますと、ちょうどいい工合に人気の無い路地に差し掛かります。
「あの……実は私、家出してます。今晩だけでいいですから泊めて貰えませんか? 勿論、下のお世話のほうも……」
男は最初から全てを理解していた様な微笑を浮かべて言い放った。
「いえいえ、このような可愛い少女に手を出すなんてとんでも無い。私を見くびらないで下さい。」
更に男は続けて
「何かしら訳があって、家出をした事でしょうから、話は聞きます。それから判断しましょう。私が匿うか、家に帰すか」
僕は率直に恐怖した。
驚きを通り越して恐怖した。
これ程までに正義感や貞節観念の高い男がいるのでしょうか?
「まあ、そんなに身構え無いで、ほらここですよ君の行きたかった喫茶店は、ここで一服ついでに与太話でもしましょう。」
男はそう言いながら小洒落た扉を開け僕をエスコートしてくれた。
ウエイトレスはやけに年の近い親子だと思ったのに違い無い。
人がいるのにも関わらず、どこか薄暗く静閑な雰囲気を持っている店内は、まるで古い無声映画みたいな不気味さを持っています。
「何飲みたい?」
「えっと、レモネードお願いします。」
「ケーキとかは要らない?」
「あ、大丈夫です。」
「遠慮は要らないのに、ダイエットかな?」
男は早口で注文を済ますと、こんな感じで話題を切り出した。
「さてと、本題に入る間に私たちはまだ名前も知らない。お互いに軽く自己紹介をしましょう。」
男は女子中学生にとっては仰々しい名刺を僕に渡した。
“〇〇商事 広報部次長 斎藤 拓哉”
「まあ、見ての通り社畜もとい普通のサラリーマンですよ。」
彼は「普通の」と言っていますが、彼の勤め先の〇〇商事は日本で5本の指に入る総合商社で、
この若さで次長職は相当なエリートです。
「あ、佐藤梨沙っていいます。今年で中学1年生になります。」
勿論偽名ですが、年齢は偽らないようにしています。 女装していても、やはり実年齢が一番自然です。
「中学1年生かぁ 若いなーその頃の私は実は相当な根暗でしてね、家出なんか考えられなかった。
あ、これは別に皮肉じゃ無くて君の行動力を評価しているんだよ。本当に、」
彼のさも達観しているかの様な口振りにイラっときた。
「本当ですか?どうせ学生時代は、大人の言うことばっかり聞いているお利口さんだったのでしょう?本心では人生のレールから脱線した私を見下しているのでしょう?」
しまった! つい興奮して本音が出てしまった。
彼が幻影の女子中学生、佐藤梨沙に語りかけているのは、分かっています。
しかし、不思議なことに彼の言葉が真の自分に対してものだとしか思え無いのです。
「いやいや、本当ですよ。それに 僕はレールに乗った人生なんか歩んでません。不登校まで経験しています。けれど、私には“家”という逃げ場があったが君にはそれが無い。だから君から見たら生温いと思われても仕方がありません。」
彼は怒った僕に少々戸惑っている様子だった。
「ええ、確かに両親と死別し姉に性的虐待を受けている私よりかは生温いですね。」
僕は敢えて事実そのままに語った。
すると男は自分の得意な話題だったらしく目の色が変わり
「おお、それは同性でしかも近親者から性的な虐待という訳ですか!いやー中々興味深い。実は私、趣味というのも変ですが心理学を少し嗜んでまして、少しは役に立てるかも知れませんね。」
僕は内心思った。幾ら女装が精巧なものでも、精神面では勿論男。であるのにそれすら看破できない人の「心理学」とやらが本当に役立つのか、
少し試してみたい。
三話
「なら今夜泊めて頂けますか?そこでゆっくりとカウンセリングを受けます。」
「もちろんいいですよ、私のはカウンセリングとは少し違うんですが、まあ似た様なものです。早速タクシーを呼びましょう。」
彼の家は普通の住宅街とは似ても似つかない山奥にぽつんと建っている西洋風の建造物です。
こんな見事な
少年