アレキサンドライト

作詞した歌詞の世界観を文章にしてみました。

出会い

「綺麗な瞳の色だね」
ハッと顔を上げた彼女は、読んでいた本から目を離し、翡翠色に光る瞳をまん丸にして彼を見上げた。
「君はどうしてここにいるの？」
彼女のいるベッドの脇に立っている彼は、問いかける。
「僕はね、どういうわけかだんだん目が見えなくなる病にかかってしまったようなんだ。あと1年もしたら僕の目は使い物にならなくなるらしい。」
彼をじっと見つめたままの彼女はやっと口を開いた。
「私は2年前から原因不明の病気にかかってる。どうしてこの病気になったのかも、どうやったらこの病気が治るのかもわからない。わかっているのは、この病気は私から1つずつ奪っていくっということだけ。」
「1つずつ奪っていく？」
「そう。2年前は突然片方の腎臓が動かなくなった。去年は胃が機能を失って、食べ物をうけつけなくなった。こうやって、だんだん死に近づいてる。」
真剣な眼差しで彼女の話を聞く彼はしばらく黙っていたが、こう問いかけた。
「その瞳の色は、その病気のせい？」
「いいえ、この目は生まれつき。今は緑色に見えてると思うけど、夜に蛍光灯の光に照らされると赤色に見える。突然変異の１種だろうって医者には言われたけど、もしかしたらこの目が病気の原因なのかもね」
そう言って、彼女は少しだけ笑ったように見えた。彼は彼女の話を聞いてふと思い出したようにその名を口にした。
「アレキサンドライト......」
「アレキサンドライト？なにそれ？」
彼女は彼の言葉を繰り返した。
「宝石の名前だよ。自然の光に当てると緑色に見えて、人工の光にあてると赤色に見えるんだ。」
「へぇ。私の目と同じだ。すごいね、見てみたい。」
「今度見せてあげるよ」
「持ってるの？」
「退院したら探しに行くよ」
彼女は呆れた顔で彼を見つめた。彼は笑っていた。
「ところで、名前は？」
「茜。花宮茜」
「僕は石川翠。今日から君の隣のベッドにお邪魔するよ。よろしく、アカネちゃん」
「アカネでいいよ。長いから。よろしく。」
そう言って彼女は持っている本に目を落とした。彼はもう少し話したそうに彼女を見つめたが、本に夢中の彼女に話しかけられず、自分のベッドに戻って行った。
こうして、彼と彼女は出会った。

早起き

彼が目を覚ましたときには彼女は昨日の本を読み進めていた。
「おはよう」
「......」
「早起きさんなんだね」
「......」
無視しているのかと思ったが、本を読む事に集中している事に気づいた。その眼差しはやはり綺麗で、彼は数分の間そのまま見つめ続けた。そこで異変に気づいたのか、彼女はようやく彼がに気づいた。
「おはよう」
「おはよう......」
挨拶だけ交わすと、また本を読む体制に入ってしまった。
「その本、面白い？」
「全く」
「ならどうしてそんなに真剣に読んでるんだい？」
「私の勝手でしょ」
少し強めの口調で返された僕はそこで本に対する質問をやめざるを得なかった。
「それにしても早起きさんだね」
「あなたが遅いだけ」
彼は苦笑いを浮かべた。
「あら、2人とも起きてたのね。おはようございます。」
次に何の話をしようかと考えている間に、看護師さんがやって来た。
「おはようございます、安西さん。」
「おはようございます。」
どうやらアカネはこの看護師さんを知っているようだ。
「あなたが昨日この部屋に入った石川翠くんね。初めまして。担当の安西です。」
優しい笑みを浮かべた安西さんが彼にそう告げた。人柄が顔に出ているのか、いかにも優しそうな人だ。
「初めまして。よろしくお願いします。」
軽く頭を下げてそう返した。
「隣の花宮茜さんも私の担当なので2人一緒に問診しますね。」
それから数分の間、今の気分はどうだとか昨日はよく眠れたかなんて質問が続いた。話しているうちに、段々緊張も薄れていた。
「はい、終わりです。私は他の仕事に戻るんだけど、アカネちゃん。この後ミドリくんに病院の中を案内してあげてくれない？」
今まで本を読みながら質問に答えていたアカネは眉間にシワを寄せて安西を見つめた。
「なんで私が」
「同じ部屋だから」
満面の笑みで見つめられ、ため息をついたアカネは渋々本を置いた。
「それじゃあ、よろしくね。」
そう言い残して、安西は部屋を出ていった。

中庭

アカネの案内で2人は病院内を回った。
「説明しなくても大体の部屋に立て札がついてるから、何の部屋かわかると思う。だから場所だけ覚えて。」
「そうだね。僕らの部屋は病院の端の方だから、こんな所まで初めて来たよ。」
「......」
「ところで、本当に綺麗な病院だね。当たり前だけど、掃除されてて白が綺麗だ。」
「......」
「...返事くらいしてくれてもいいんじゃないかな？」
苦笑いを浮かべた彼がそう言うと、彼女は振り返って彼を睨みつけた。
「......黙ります」
彼は黙って彼女について行くしかなかった。案内を頼まれたのが余程嫌だったのだろう。彼が何度彼女に話かけても返事は無く、ただ鋭い眼光が飛んでくるだけだった。病院内を一通り見終わり、最後に中庭へ出た。
「緑が綺麗だ...。」
中庭の真ん中に立つ、緑が青々と茂る木を見上げて彼はそう呟いた。
「患者さんの気分を良くするためにこの庭はあるんだって」
「君もよく来るの？」
「そうね、たまに本を読みに。」
彼女の視線の先には木製のベンチが2つほど並んでいた。
「ちょっと座らない？」
彼女は少し嫌そうな顔をしたが、彼はそそくさと片方のベンチに腰掛けた。彼女も仕方なくと言った顔で、隣のベンチの彼とは離れた方に腰掛けた。
「えと .....アカネちゃんは僕の事が嫌いなのかな？」
「アカネでいい。どうしてそう思うの？」
「僕が話しかけても答えてくれない時があるし、今もその...表情がずっと変わらないから。」
少しの間しか彼女と関わっていないが、見かける時はいつも無表情で、何か考えるようにどこか遠くを見つめている。
「誰にだってそう。別にあなたが特別じゃない、そういう性格。」
「そっか。でも僕と君は同じ部屋だし、少しくらい特別になってもいいんじゃないかな？」
いつも以上の笑みを浮かべて彼女に問いかける。
「私は他人に興味が無いの。誰も特別じゃない。みんな等しく他人。」
彼は少しガッカリしたように肩を落としたが、まあそうだよなぁ、と小さく呟いて再び彼女に向き直った。
「でもね、逆に僕は君と仲良くしたいんだ。少しずつでいいから、ダメかな？」
気持ちのいい青空を眺めていた彼女はしかめっ面で彼の方を見た。
「どうして」
翡翠の瞳で見据えられて少しドキッとした彼は少しどもりながら答えた。
「僕はその瞳の色を一目見たときから君に興味が湧いているんだ。」
彼女は少しの間、何かを確かめるかのように、彼を見つめた。もしかして、と彼が期待の目を向けていると
「あなたが私に興味があっても、私はあなたに興味無いわ。」
はっきりとそう言われた彼はあからさまに落ち込んでいたが、少し俯いて考えた後に
「なら、君に興味を持ってもらえるよう頑張るよ」
そう言って彼は微笑んだ。彼女は困惑しているようだった。
「何を勝手なことを......」
「今日は絶好の散歩日和だね、お二人さん。」
彼女の反論は歩いてきた中年の男性によって遮られた。
「おはようございます、先生。」
「おはよう、ミドリくん。目の調子はどうだい？」
石川翠の主治医である高田。40代後半と聞いたが年よりも若々しく、優しそうな面持ちの人だ。
「昨日と変わりないです。」
「そうか。でも年の為だ、今日から1週間は毎日検査をさせてもらうよ。そのために君を呼びに来たんだ。」
「そうですか、わかりました。よく僕がここに居るとわかりましたね。」
「ああ、私のデスクはこの中庭側にあってね、仕事の合間に眺めてるんだよ。さっきもそうしてたら丁度君たちがいたというわけだ。」
高田は自分の部屋を顎で指しながら答えた。
「アカネさんは、体調に変わりないかな？」
「......はい」
伏し目がちに、いつもより小さい声で答えた。
「そうか、それはよかった。先週は大変だったからね、また何か体に異変があったらすぐに教えてね」
「......」
これ以上話したくない、というかのように彼女は黙り込み、質問に答えることはなかった。一方の高田は苦笑いを浮かべるだけだった。
「それじゃあ行こうか、ミドリくん。」
「はい、先生。アカネ、また後で。」
彼女に手を振りながら彼は中庭を後にした。先生とアカネのやり取りにぎこちなさを感じたが、色々あるのだろう。少しして彼が振り向いたときには、彼女はこちらに背を向けて、自室への道を辿っていた。

続きます。