汽笛


汽笛は届いているのだろう、なぜならこうして、手紙は届く、書かれた内容は感謝している、主に、ネズミの言葉で書かれている。私はそれが読める、そしてそれをヒトの言葉に通訳できる、ヒトにも、ヒトの言葉を解するネズミにも、ただ、聞き手はネズミに限られる、なぜなら、その手紙の宛先はネズミたち、汽笛を鳴らしている張本人たち(こういう表現をネズミは好む、何かの本で読んだらしい。)、私は、だからネズミたちに読んであげる、ネズミたちの時間は限られ、ネズミたちが使う呼吸はすべて、汽笛に、捧げられるために、彼らは常に黙っていて、手紙を目で追うことしか出来ない、
それで満足は出来ない、
ネズミたちは聞いてみたい、
感謝の言葉に震えてみたい、
だから私は頼まれる、ネズミの言葉で、
読んで欲しいと、ヒトの言葉で聞いてみたいと、
「あー、あー、今日もこうして送ります。今日もきちんと届いていました。」
ネズミたちは喜んでいる。
それを見て、僕も嬉しく思う。朝に飛んでいるペリカンが、海の上に落とす荷物を取りに戻る、それから動き出す港の近くの、灯台の足元の、温かくも寒々しい場所で。

不合理な造形にも意味はある、とキャプテンは言う、何も知らなかった私はその言い方に従うし、この目で見ても納得する、口の大きなベルに合うように、とてもとても長く伸びていく構造、金色に光り輝いて、マウスパイプは無数のマウスピースにたどり着く、全力で走るように、大きな音を出そうと思うなら、その全部を吹かなきゃ鳴らない構造、もっと違う形の、もっと大きな力を働かす事が出来る構造を、選ばなかった構造。
最初から、ネズミたちは必要とされていた、息を吹き込むため、吹き込んだ息を通らせて、そのお花みたいな(「広げた、片一方のお鼻の穴みたいな」という冗談を、キャプテンは下品にも好む)、空気の抜け穴から汽笛のように、ボォー!という遠くにも届くような音を、大きく、長く響かせるために、見えない対岸の、本当に見えない対岸の、そこから続く陸にいるはずのものに、聞かせるための動力として。
原因として。
キャプテンは、一つのマウスピースの前に進んで、息を吸い込んで、息を吐く、それでもちろん、汽笛は鳴らない、音はならない、キャプテンはそれを知っている、私もそれを予想していた、ネズミの誰もがそうだろう、キャプテンはただ、やり方を見せてくれただけ、その長い長い、距離を感じさせてくれただけ、私はそれを知っていると思う。
真似は出来ない、私はネズミではない、 ネズミはネズミだから。
だから私は感じる、キャプテンが吹き込んだはずの目一杯の息が、いつかそこから出て来ることを、一番近くの私がそれを聴くことを、私は待ちわびる、そのために、私は言った。
「良かったら、私は手伝います。何か出来ることは?」
不合理な構造をしたハサミ(ネズミにとって、という意味で)の、刃と刃をどうにか動かして、キャプテンは一つ目の手紙を、一通目のお礼を私に渡した、キャプテンはそこで初めて背中を向けて、私にお願いをした、私はそれを為した、為して初めてのお手伝いを済ませた、手紙にはこう書かれていた。
「あー、あー、届きましたか?読まれていますか?」
二度目の大きな、汽笛が鳴りました、キャプテンがネズミたちに向かって、高らかに宣言した、そう言うと、キャプテンが喜ぶのだった。

もちろん、手紙の送り主について、話し合った事はある。
モグラか何かか、と推測もし合った、学芸会でも何でも、モグラを演じたことがある、そういう、私とネズミたちの間で思い出を話し合ったことからの、連想だった。
こちらからも手紙を出すべきか、時間を掛けて話し合った結果、それはやめた。
ネズミたちは汽笛が好きだったし、私もネズミたちが吹く、汽笛のボォー!という響きが好きだったし、手紙をくれる、モグラかもしれないし、そうでないかもしれない、送り主たちもそうだろうと、思い至った結果だった。
手伝い合った私とネズミたち、汽笛の光り輝く姿を、布巾で拭いて、元に戻し合った。
それでさっき、もう何度目かの、汽笛が送られた。
返事はまだ来ない。
聞いてすぐには書けないだろうと、珍しく、ネズミたちのうちの、ネズミがみんなに言っていた。

そうそう、と引退したキャプテンにも、久しぶりにあって、たくさん話した。
キャプテンはネズミが好きだった。
でも、モグラ説を、キャプテンは否定しなかった。
理由は聞きそびれた。
次にあったら。

さて、と手紙の封が開かれる、私が吸えるだけの、息は吸った。

汽笛

汽笛

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-17

Copyrighted
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