夜のピアス
「ミトコンドリアに悲哀があるの」
新宿で迷子になった私は呟いた
誰かのピアスが光った
光った先に賢人がいた
宇宙の真理とか
猫のくしゃみとか
そういうものは全部同じで
名前も存在も全部同じで
悲哀がなんだって?
光るピアスは唸り声を上げた
腕が熱かった
わたしの腕か、誰かの腕か
涙が溢れてきた
一瞬のこと、
頬を伝った涙は冷たくなっていた
新宿から逃げ出したら
路地裏に豆電球を見付ける
豆電球はひっそり生きている
私は惰性で、
豆電球の細胞分裂に付き合う
今度はきっとうまくいく
豆電球の行く末は狐とアマリリスが混ざり合った存在のようであった
煙草に火をつける
吸わないくせに火をつける
豆電球がむせた
「ここより先は多分危ない」
@夜の特異点
ペーパーナイフと
シェイクスピアが
並列だ
そういうことなら言語は捨てよう
そうそう、ここから先は無為だよ
「そうじゃなきゃいけない」
豆電球は失敗していた
豆電球は何者にもなれなかった
ミトコンドリアの悲哀
豆電球の憂鬱
そこには煙草の煙が満ちている
並列する「夜」
私には難しいこと
算数よりは簡単で
月曜日よりは難しい
スカートぐらいに厳しくて
珈琲ぐらいは緩そうだ
賢人に聞くことは無い
誰かのピアスが宙に浮く
迷子の私は揺れている
揺れる私
改造車が横切って
ミラーボールが近付いた
「明日はここですよ」
大学生は笑っていた
中学生は戸惑って
高校生は俯いた
私の頬はひきつる、
とにかく、
歪に笑って誤魔化した
空から怒号が響いた
電車が来たので慌てて乗った
駆け込み乗車だった
やってしまった
ここまでしか行けないということだった
電車の窓から
山が見える
「あれは故郷の山だった」
山から猫が降りてきた
路地裏の豆電球を連れて行く
私を乗せた電車は
先程から
同じところを何度も走っている
私は笑って誤魔化している
猫は豆電球と暮らすだろう
私の故郷で暮らすだろう
私は笑って誤魔化している
夜のピアス