才能やろうはバカヤロウ
僕はこれといった特技もないし長所もない。だからといって抜きん出た短所もない。はずだ。しかしこんな僕でも誰かの素晴らしい才能に直面した時に嫉妬するだけの立派な心は持ち合わせているらしい。頭の回転が早いやつ、運動が得意なやつ、感性の豊かなやつ。外国語が堪能なやつ、コミュニケーション能力が高いやつ。才幹のあるやつは周りにたくさんいる。しかもそういうやつは大抵一つの資質にとどまらず、二、三個持っていることが多い。おそらく生まれる時に僕から奪っていったのだろう。窃盗罪で捕まえてやりたいところだが、スマートフォン片手にどこの国の警察に電話しようか思案した後にふと手を降ろした。電池切れだ。僕の携帯は肝心な時に限って電池が切れている。
普通に生きていれば周りにこういった素敵な人間はまあまあいる。たくさんはいないことが唯一の救いなのかもしれないが、まあ、まあまあいる。そういった人間となあなあに共存することも可能だろう。でも嫉妬するだけの立派な心を持ち合わせている僕にとってお互いを害さない距離でのうのうと生きていくことがとても害であることは言うまでもない。本当は声を大にして言いたいけど。天の贈り物を持って生まれた人間と向かい合わなければいけない時、僕はいつもセピアな並行世界にポオンと投げ込まれた気持ちになる。自らがこれまで築いてきた全ての価値観が色褪せ、前時代的なものに感じられてどうにもイヤな気分だ。このセピア世界にはカラーテレビが置いてあり、その中から神の祝福を受けた人間が僕に話しかけてくるのだ。出来ることならチャンネルを変えてやりたいところだが、この世界にはキー局が一つしか無いらしい。もちろんリモコンなんか見当たらないけど。
こんな劣等感を抱えながら生きていく自分に見切りをつけるために髪を切りに出かける。髪とともに尋常一様な価値観を切り落とすのだ。パソコンで美容室を調べてきちんと予約をする。普段はタレンティッドな人間は好かないくせに、容姿を整える時はイケてるやつに頼みたい。女性の気を引くために容姿は大切なのだ。悪いか、僕にだって少なからずそういう気持ちはある。そのためには床屋よりも美容室。そういうものである。予約時間ぴったりにお店に到着、今回担当してくれる才能余る君が話しかけてくる。どんな髪型にしますか。僕は云う。バッサリ僕の価値観とともに切り落としてください。
数十分後、お会計をしながら考える。価値観も切り落とせないなんて神に愛された人間たちも実は大したことないのかもしれない。無い物ねだりで必要以上に絢爛に見えているだけなのかもしれない。いや、事実はどうあれ、シティボーイのセンター街とも言える美容師も大したことない。結局はみんな持っているもので必死にもがいて戦っているのだろう。僕と彼らの間には大きな溝なんてないのかもしれない。そんなことを考えながら矮小な価値観を切り落とさなかった僕は美容室を出る。その瞬間にまた卑屈な僕とイケてる才能やろうとの戦いの火蓋が切って落とされた。
才能やろうはバカヤロウ