分裂する話
絶叫する白血球
私は飛び起きた
大きな雲が空に浮かぶ
空気が濃い
存在が圧縮される
血が煮え立つ
たまらなくなる
謝りたくもなる
汽笛が聞こえる
野花が揺れた
「空ビンは、隣町に置いてきた」
弟が牛乳を買ってきた
早々に私に飲ませてくれる
「恋は有害、愛は猛毒」
ハツカネズミがケタケタ嗤う
「南に出来たショッピングモールに、花柄のワンピースが売っていて、それは妹に着せてあげたい。」
弟が喋る代わりにハツカネズミが鳴く
私には花柄のスカーフを、
私には花柄のハンカチを、
私には星柄の裏生地を、
大きな雲が何かを落とした
予感がする
雲は宇宙に向かって成長していたのだった
私は何かを忘れた
絶叫する白血球
糾弾する赤血球
私の体は2つにも3つにも分かれた
「やだ、やだ、やだ」
分かれることは痕跡が薄れることで
私はどうしても忘れたくないことがあって、
それは弟がくれた牛乳の味でも
ハツカネズミの鳴き声でも
空気の濃さでも
存在の密度でも
煮え立つ血の温度でも
花柄の何かでも星柄の何かでもない
忘れたくないことだけ
私は忘れなかった
何度、見失ったとしても
とてもとても大事なことで
とてもとても大事なもので
だから私は忘れなかった
痕跡が如何に薄くなろうとも
忘れたくないという思いは
忘れなかった
分裂する話