2時間17分52秒

2時間17分52秒

『ごめん。用事済ませて行くから、2時間ぐらい遅れる』

待ち時間ができた。
今から約2時間弱、暇だ。
何をしようか。駅前のベンチで考えては見るが、集中できない。
お盆か何かは知らないが、普段の倍以上の人が歩いている。足音も声もうるさい。
なんならセミもうるさい。
駅前に飾り付けられたように並んでいる数本の木々。コンクリートジャングルという行き場のない空間の中、まだ見ぬ雌のためにミンミンと鳴いている。
来るわけねぇだろ。どこで生まれちまったんだお前らは。
そしてこの暑さ。今日も最高気温を更新。
何十年間ぶりとかなら分かるが、3日ぶりに更新って何だよ。暑すぎだろ日本。

とりあえず、近くにあった自販機の前に移動し、何が売っているのか眺めた。夏なのに「あったか〜い」があって、少し笑った。誰が買うんだ。物好きか。
ポケットの小銭と相談した結果、ミネラルウォーターを買った。カラカラの喉を潤すだけなら、これでいい。お金がなかったからとか、160円が高く感じたからとか、そういうのではない。

ベンチに戻ってしばらく頭を抱えていたが、これじゃダメだと思って、とりあえずショッピングモール目指して歩きだした。
しかし後で気づくことになる。この選択肢は間違っていると。

炎天下の中を歩くたびに寿命が削れて行くような気がした。落ちて行く汗一滴一滴に俺の体の大事な成分が溶け出していき、地球へと吸収され、その後…は…何年後かに土の中から新しい俺が生まれるのかも知れない。
まぁ、全域コンクリートだから、仮に土まで届いたとしても、ぶち破って出てこれないから死ぬか、そもそも熱々のコンクリートに落ちた汗は蒸発し、雲になり、雨として降るか。それだな。雨で決定。
それにしてもいろんな人がいる。記憶力が普通の人の500倍くらい、いい認識だから、街を歩いていると、大体の人は見覚えがある。しかしながら今日は新顔ばかり。意味のわからない格好をしている人もいる。割と現代人だが、現代のファッションは全くわからん。服って生きていく上でそれなりに齧らないといけない要素だと思うが、俺自身齧り方が分からない。服は毎回店員に選んでもらう。1番“無難”な物を。だから俺は「カジュアルだね」としか言われたことない。奇抜を嫌う俺だが、1度ぐらい奇抜だねと言われてみたい気もする。あー、やっぱりない。なかった。

前方を歩く華奢な女の子の髪の毛は、ハワイアンブルーだ。夏だし、かき氷と間違えてかけられてしまったに違いない。今すれ違った女の子はレモン、さらに前方を歩く男はりんご、とてつもなく図体がでかい彼は練乳だろうか。
かく言う俺も、味付けをしていた時代がある。少し濃いめのりんごだったんだが、今はもう社会的に無理だ。日本は世知辛い。そんな言い方をすると、髪の毛に味を付けている人は社会に属していないと捉える人もいるだろうが、そう取ってもらって構わない。事実、俺の髪の毛がりんご味の時は、社会的に終わった位置で生きていた。その位置の方が面白いんだけどね。自由も聞くし、世知辛くないし。
ただ世間体がよろしくないから、正規ルートの人生が歩めない。糞食らえだが、俺は歩まないといけないと悟っているからきっぱりやめた。白いフリも慣れたもんさ。俺らは正規ルートで生きるよりほんの少し早く大人になれるんだ。唯一のメリットであり特権だな。

ぶらぶら歩いて30分ほどが経過した。いや、30分しか経っていなかった。体感的には数年ほど歩いた気がする。そろそろショッピングモールに着いてもいいのに、まだ着かない。地図を見ても駄目だ。アプリを閉じて、そっとポケットにしまった。と、その時。
ドンッ
「あ?いってぇな」
髪の毛にしっかりと味を付けているヤンチャなお兄さんの肩が、俺の肩に、当たった。もう1度。ヤンチャなお兄さんの肩が、俺の肩に、当たった。
「すみません。スマホをポケットにしまう動作で、腕が触れてしまったようです。すみませんでした」
「は?謝って済むと思ってんのか?」
あらま。このお兄さん、かなりのヤンチャらしいな。今時珍しい。
「では、どうしたらいいですか?」
「金出せ金。3000円でいい」
リーズナブル。なんてリーズナブルなんだ。危うく払いそうになったわ。
「あー、すみません。今持ち合わせが1000円しかないです」
「嘘つけ。財布見せろ」
「嫌です」
「いいから見せろって」
「財布の中なんてプライバシーの塊ですよ?一緒に警察行きますか?」
「は?お前からぶつかって来たんだろうが。ぶっ殺すぞ」
「お、恐喝ですか。いいでしょう。ほら、そこの路地、行きましょう」
「上等だよ」

現代では、タイマンや喧嘩はしちゃいけない。確か決闘罪という法律があった気がする。
だがしかし、俺も男だ。やるときはやらなければいけない。いい歳になって、いつまでもこんな輩(と言っても年上だが)になめられているようじゃいけない。
とかまぁ、考えながら、俺は財布の中の1万円を差し出した。ヤンチャなお兄さんは「最初から渡せやクソ」と捨て台詞を吐いて、街に消えた。平和的解決である。

1万円札の無くなった財布は、だいぶ軽く感じた。何でだろう。あんな紙切れ1枚なのに、持っているときの重みが違う。心持によって重さというのは変化するのだろうか。そういうことにしておこう。悲しくなんかない。大丈夫。いける。涙は出でいない。

夏はどうしてアイスが食べたくなるのだろう。
暑いからだ。間違いない。
ただ、冬にも無性に食べたくなる時がある。
どういうことは、アイス自体にそう言う魅力があるのだ。
Q.E.D。
そんなこんなで、この辺で話題のアイスクリームのお店に立ち寄った。
暑すぎる影響で行列に並ぶ人達はゾンビのように見えた。
そのゾンビの一員になり、スマホをいじる。
最近入れたゲームでお気に入りのゲームを開く。
お皿の上に、ただただひよこを積んでいくゲームだ。
画面上のひよこをタッチして投げる、タッチして投げるを繰り返す。崩れてしまったら負け。
このゲームの何がいいのか、はっきり言ってわからない。
このゲームに限ったことじゃないが、よく分からないのにやってしまうことは多々ある。
68匹積んだところで、崩れてしまった。まずまずと言ったところだ。
数十分が過ぎた。ゾンビから人間に蘇生した人たちが、笑顔で帰っていく。さぁ、何を食べようか。
悩んだ末、バニラにした。『本日のオススメ、濃厚マンゴー』も惜しかったが、まずは無難なところから攻めていった。

…美味い。夏を吹き飛ばすような爽快感。火照った体から一気に熱が逃げていくような感じがした。

「ごめーん!待った?」
いつの間にか、目の前に君がいた。
「待った?じゃないよ。2時間17分52秒は待ったよ!」
そう言うと、君は笑った。
「なに子供みたいなこと言ってんの。鼻先にアイスなんかつけて。さっ!気を取り直してお出かけしよー!」
そう言って君は歩き出した。

鼻を手で拭ってみると、確かにアイスが付いていた。
どうやって付いたのかわからないそれがおかしくって笑った。
子供から大人になるにはまだまだ時間が必要だなと思った。

2時間17分52秒

2時間17分52秒

「さて、なにをしようか」

  • 自由詩
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-14

Public Domain
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