月光海月~gekkoukurage~
題名が決まりました。
テーブルの上には、もうすっかり冷めてしまった紅茶。
いまにも割れそうな窓から、わずかに光が差し込んでいた。
金髪の女性は、椅子に座ったっきりピクリともしない。緑色のガラスのような瞳は、一点を見つめて動かなかった。
まるで人形のようだ。
汚れた赤いドレスからわずかに見える手足は、青白くやせ細っている。
対して、その女性の反対側に座っている少女は、興味深々といった様子で女性を見ていた。
くりくりと忙しく動く澄んだ青い眼と、同じく青くて綺麗な長い髪が、少女がただの人間ではないことを語る。
「・・・何をお探しかな?ペン?本?指輪?何にしろ≪遺品≫だろう?」
「・・・・・・・・・・。」
「…この店が何の店かわかってるよね?」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・キミには口がないのかい?」
優しかった少女の声色が、徐々にイラついた声に変わる。
それでも女性はなにも言わない。
いつの間にか、女性と少女の間に少年が現れ、退屈そうに二人を交互に見つめ始めた。
見慣れた少女に、今日もまた世話を焼く。
「そう焦ることもねーんじゃねぇえの?まあ・・・暇だけど」
薄ピンクの頬と、長い睫に、赤い唇。もう何千年と変わらない姿の少女。少年はずっと見てきた。
・・・支えると決めた。守り抜くと決めた。彼女が寂しくないように、そばにいると誓った。けれど彼女は、
支えなくても守らなくても寂しくても、生きてしまえることを俺は知っている。
《あの人》の代わりになれるくらいに強くなれたら。何度も思った。何度も願った。だけど・・・
もう何千年と変わらない姿の少女。魔法の日にちが伸びるたびに、人間の面影すらうしなっていく。少年はずっとずっと見てきた。今も、きっと明日も。
「お、っと…」
フッと、沈黙が破られる。
「夫・・・?キミの?」
こくん、と女性はうなづいた。いや、うなだれたようにも見えた。
いまにも消えそうなか細い声で、
「夫、の・・・い・・・遺書・・・に・・・」
と言うと、ゆっくりとどこからか小さなカバンを出す。緑の目は今もどこかを見つめたままで動かない。
冷めた紅茶の横に、少し黄ばんだ紙が置かれた。
「契約書だねぇ!!」
それを見るや否や少女が嬉しそうに身を乗り出す。契約書と呼んだその紙を広げ、内容を読みはじめた。
「悪魔との契約書!コレはキミの夫が悪魔と結んだ契約だ。願いを聞く代わり、に…」
言いかけて、固まる。
「・・・どーした?」
少年が心配そうに少女にといかける。
「――――これは・・・。ボクには・・・」
何かをぼそぼそとつぶやいた後、少女は突然立ち上がった。
「あ、の・・・なにか…あったのでしょうか・・・?」
「キミの欲しているものを渡すことはできないよ。帰ってくれない?」
少女が冷たく言い放った。さっきまで澄んでいた青い眼は、光を拒否したように暗い。
「え・・・?」
訳が分からないというように、女性は顔を上げた。
「おい!折角の客だろ?!」
少年も必死に少女をなだめようとする。
「お前は黙ってろ」
「でもッ!」
少女の足元に魔方陣が現れた。どこからともなく風が吹き荒れて、≪遺品≫が巻き込まれていく。
「キミ、何でこの女性に憑りついてるんだ?」
低く静かに響く少女の声。
女性がぴくっっと動いた。
「まぁどうせこの女性の夫が遺した≪遺品≫目当てだろうがな?」
青い髪を逆立たせ、女性をにらみつけて少女は言う。
「契約でしばりつけて操るなんてナンセンスだ」
ははは、と女性が笑い出した。
「分かっているならさっさとこいつの≪遺品≫をよこしな!!!」
眼をむいて叫ぶ。
「契約したんだ!!天に昇らせる代わりにこいつに残すはずの≪遺品≫は俺がもらうと!!!!」
「やっぱり憑りついていたんだ。≪遺品≫は賢者の石の指輪だろう?何に使うつもり?」
「それは教えられないね はやくよこせと言っているだろう!!」
悪魔が姿を現した。意識のない女性がばたっ っと床に倒れこむ。
「悪いけどボクは悪魔が嫌いだ。渡すつもりはないね」
とびかかってくる悪魔に向かって、少女はつぶやいた。
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