夏の落とし物

夜深く、薄型テレビを止めた。

ガチャガチャとどうでも良いトピックを、、若い

タレントが、必死に可笑しくしようともがいてい

て、、静寂が欲しいと思った。

ガチャガチャとしたタレントの声の代わりに、

リンリンと、申し合わせた様に、僅か数センチの

虫達が、合唱団を形成している。

虫達は、羽根を使って鳴く。

タレントは、喉を使って鳴く。

喉は涸れる、羽根はどうなのだろうか。


虫達の鳴き声は、、私の心を邪魔しない。

喉を使って鳴くタレントは、日常の一切に

少し辟易している今の私に、安らぎは与えない。

10分も聴くと、幾分、心のバランスが、平和にな

った。


ゆっくりしたテンポで、、昼間の出来事が思い返

された。



今日、私は、誰とも会話をしていない。

昼間聴いたのは、、思いがけない蝉時雨。

昼間見たのは、、私にも起こり得る、何でもない

日常。

終わったかと思った夏を、蝉はまだ、終わらせて

いなかった。

脱皮をしてからは、あっという間の蝉の時間…


蝉時雨はやはり、どちらかと言うと、私の心を

せき立てる。

そして、昼間見たのは、、人々の日常…

仲睦まじいカップル、、モデルルームに集う、幼

児を含む家族連れ、、黒い洋犬と戯れる夫婦、

『この国は平和だ』から、、私も平和なのだろう

か、、

昼間かいま見た日常には、、会話があった。

勿論、一人で写真を撮っている人も居たけれど。


いつからか私は、人を信じられなくなったのか、

居ても良い筈の人、在って良い筈の会話、、私に

は無いものが多いのだろうか。


信じられる人も本当は居るのかも知れない。

いつからか、、距離が生まれ…

いつからか、、内面を隠して…


それは、、私が自分の生を繋ぐ為の、、楽をする

為の、、

知らない間に身に付いていた、、私なりの術、

確信犯的手段…。


暫く、耳に届かなかった、夜の虫達の声が、再び

通じ始めた。


虫達はやはり、パートナーを探しているのか、

たった数センチの身の上で…


先刻、テレビを止めたのは、正解だった。

再び、届き始めた虫の音に、、

何年も心を閉ざして生きていた、、

自分の、、身勝手さを恥じた。


何故、、今宵、、こんな事を考えたかは、

自分でも良く解らなかった。

少し不思議な夜が終わろうとしていた。


虫の音は、止むことがなかった。

夏の落とし物

夏の落とし物

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-10

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