指輪
三題話
お題
「すきま」
「ピンキーリング」
「おまじない」
「…………」
私の言葉を受け止めた先輩の、驚いたような困っているような、その顔を見ているのが辛くて私は俯いた。
「うん。ありがとう。でも……」
その先の言葉は判り切っていて、だから、私は笑みを浮かべて顔を上げた。
先輩に泣き顔なんて見せたくなかったから。気を遣わせたくなかったから。
「でも、ごめんね。他に好きな人がいるから」
うん、知ってる。
それが誰なのかも、その人のことをどれだけ想っているのかも、全部知ってるから。
◇
「おはよー。あれ、その指輪どうしたの?」
朝、教室で席に着いてぼんやりとしていると、カナが話し掛けてきた。
「うん、ちょっとね」
「もしかして彼氏からのプレゼントですかい?」
「まさか。自分で買ったんだよ」
それ以前に彼氏なんていない。
何か変化があると全て恋愛事と絡めてくるのだ、カナは。
「なんだー。つまんないの」
「そもそも私に彼氏がいないの知ってるでしょ」
「わかんないじゃん。昨日突然に出来たとか」
まあ、その可能性は……ううん、全くなかったね。
そうなのだ。全くなかったのだ。
「でもタミちゃんだって好きな人がいないわけじゃないでしょ?」
「まあねー。いないと言えば嘘になるかな」
カナは私の言葉に笑顔を見せて、
「だよねだよね。知ってるよ。タミちゃんはあの先輩が大好きなんだもんね」
そんなことを言い放った。
「……なわけないじゃん」
当然私はそれを否定する。
そう、カナには隠し事をしようとも必ず看破されてしまう。ぽわぽわしているようで、周りをよく見ていて鋭い。
だからあの先輩のことだってわかっていそうなのに、そんな素振りは見せない。
「ふうん。じゃあタミちゃんの好きな人は誰なのかな?」
「私が大好きなのはカナだよ」
「えへへ、それじゃあ両想いだね」
それはいつもと変わらない、私達の日常だった。
◇
他に好きな人がいる。
そんなのは前から知ってる。
「……えっと、カナ、ですよね?」
私がそう言うと、先輩を息を飲んだ。
「あ、えーと……う、うん」
「たぶん部内のみんなも知ってますよ。本人はどうなのかはわかりませんが」
「そ、そうなのか」
「そうですよ」
カナの前だと、あからさまに表情が明るくなって嬉しそうだし。
とはいえみんなに優しいのが先輩なのだけど。そして嘘をついても丸わかり。
そういうところが好きなんだ。
誰よりも内面が綺麗な先輩が、大好きなんだ。
「だから、先輩を試してみたんです」
私は意地悪く笑う。
「私がカナと親友なのは知ってますよね? 先輩がもし私の告白を受け入れていたら、カナへの気持ちはその程度だったのかと、怒っていたところです」
これはさすがに言い訳が苦しいかな。
「そうか……いや、なんかごめんね。でも俺は本気でカナちゃんのこと好きだから。タミちゃんには迷惑かけるかもだけど、これからもよろしくお願いしたい」
そして差し出された先輩の右手を、優しく握り返した。
大きくて温かい手。
私はそこへ左手も重ねる。
「あれ、その指輪、素敵だね」
「…………」
先輩はよく人を見ている。
左手小指にある指輪といった小さな変化も見逃さない。
「ありがとう、ございます」
さて、私の心にぽっかりと空いた隙間は何で埋めようか。
◇
「タミちゃんと同じ指輪が欲しいなぁ。かわいいし」
「これはおまじないで着けてるだけだから、カナには関係ないかもよ」
「へぇ、どんなおまじないなの?」
「ヒミツ。誰かに話したら効果がなくなりそうだもん」
「……ずばり、恋愛関係とみた」
「あはは、そうかもね」
指輪