アイドル御堂刹那の副業 約束の詩
レコーディングスタジオ
「それじゃ、最後の曲、本番行くよ」
「はい」
小原リカコは、眼の前にあるマイクに向かって唄いだした。
やっとここまで来た。
歌手を目指して上京し、ストリートミュージシャンから始めて五年、インディーズレーベルだがようやくCDアルバムの制作にこぎ着けた。
そして、今まさにアルバムの最後の曲、『夢と約束』を録音しようとしている。
ヘッドフォンから前奏が流れる。この曲の歌詞は子供の頃の思い出を元にして書いた、非常に思い入れの強い曲だ。
リカコが唄いだした。
何か変だ、スタジオがざわついている。
そして、直ぐにレコーディング中止の指示が出た。
夢と約束
数日後、リカコの家に一人の少女が訪れた。
「事務所から除霊を頼まれた御堂刹那です」
「あの、あんたが……」
レコーディングが中止された理由は、リカコが唄い出すと、その場にいない子供の声が入ってしまうからだ。
何度やり直しても同じで、機器に異常は見つからず原因は不明。
レコード時代によく霊の声が入っているとの噂が流れたが、これは編集段階で背後のノイズに気付かなかったり、削除したはずのコーラスの一部が残っていたのが原因だ。
しかし、今回は明らかに違う。レコーディングの最中に聞こえてくるのだ。
「えっと、拝み屋の、助手ってわけじゃないよね?」
刹那はリカコを見つめたまま答える。
「はい、違います。それと、あたしは本職の拝み屋でもありません」
「え? じゃあ、ナンなの?」
「これでも一応アイドルです。拝み屋は所属事務所からムリヤリやらされている副業です」
リカコは溜息を吐いた。随分となめられた物だ、マネージャーが事務所で霊能者を手配すると言ったが、来たのが霊感アイドルとは。
仕方ない、一刻も早くレコーディングを再開しないと、リリースが遅れてしまう。それどころか、余りもたつくとアルバムの話自体無くなるかもしれない。
「わかった。それでどうすればいい? 儀式とかするんでしょ?」
「いいえ、特にそういった事はしません。いくつか聞きたいことがあるので、中に入れてもらえますか?」
リカコは仕方なく刹那を部屋に通した。
「小原さん、確認しますが、『夢と約束』以外の曲は問題なくレコーディングできたんですね?」
「ああ、そうだよ」
「この曲と他の曲に違いはありますか?」
「特に無いよ。アタシが作詞作曲している。レコーディングの曲のほとんどがそうだ。
ただ、思い入れは一番強いかな」
「どういう事ですか?」
「友達との思い出を歌詞にしたんだよ」
「歌詞には、『もう会えないけど、さよならは言わない。いつも一緒にいるから』とありますが、彼女は……」
「ああ、亡くなったよ。もともと身体の弱い子で、自宅にいるより、入院している方が長かった」
そう言うと、リカコは本棚からアルバムを取り出した。
「この子だよ」
病室で撮った写真を見せる。十歳ぐらいの少女が二人写っている。一人はお見舞いに行ったリカコ。そしてベットで上半身を起こしているのが、
「恵子、あの声の主さ」
「気付いていたんですね」
バカにするなと言いたげにリカコは鼻を鳴らした。
「アイツの声を忘れるもんか。それに歌手になりたいってのは、恵子の夢だったんだ」
「代わりに小原さんが、その夢を叶えたんですね」
「違うッ!」
リカコは刹那を睨み付けた。
「アタシは恵子の夢を盗んだんだ。しかも、その事を歌詞にまでした。それで怒っているんだろ?
アンタ、アルバムを見せる前に恵子のこと『彼女』って言ったよな? あたしは『友達』としか言ってない。どうして女だって判ったんだ?
視えてんだろ? 恵子はここにいるんだろ?」
涙で声が震えた。
刹那は黙ってうなずいた。
「そりゃ、怒るよな、夢を盗まれたんだ。アタシはレコーディングの後、何度も何度も謝ってる。でも、まだいるって事は……」
「怒って何ていませんよ」
サラリと刹那は言った。
「ウソだッ、いい加減なことを言うな!」
「本当です。ただ、悲しんではいます」
悲しんでる……夢を盗まれ、思い出を汚されたからか。
「違います」
刹那は、リカコの心を読んだかのように言葉を続けた。
「悲しんでいるのは、あなたと一緒に唄えないからです」
「え?」
「恵子ちゃんは、レコーディングで最後まであなたと一緒に唄いたいんです。
あなたが書いた二人の思い出の詩を。
一度レコーディングすれば、二回目からは彼女は割り込まないと言っています」
「え? 話したのか?」
「普段はやらないのですが、霊とは声に出さずとも会話できます」
「ホントかよ……」
刹那はリカコを見つめて沈黙した。
いや、違う。
ズッと自分を見つめていると思っていたが、彼女が視ているのは自分の左側だ。
リカコは刹那の視線の先を追った。
だが、そこには何の変哲も無い自宅の空間があるだけだ。
「証明になるか判りませんが、二人だけしか知らない秘密を聞いたところ、あなたがクラスメイトのレオくんが好きになり、告白するにはどうしたらいいか相談を受けたと言っています」
思い出した、たしかに恵子に恋愛相談をした。恵子はバレンタインデーにチョコを渡して、そこで告白しろと言ったのだ。
当時は相談するんじゃなかったと思ったが、それは恵子が憧れていた告白の仕方だったのだ。彼女は翌年のバレンタインを迎えることが出来なかった。
「ホントに、やっぱホントにいるんだ」
リカコはボロボロと涙をこぼして座り込んだ。
明日へ
数週間後、リカコはプロダクションブレーブを訪れた。ここは御堂刹那が所属する事務所だ。
前もって連絡をしていたので、刹那が出迎えてくれた。
「この間はお世話になりました」
リカコは丁寧に頭を下げた。
「レコーディングはどうでした?」
「はい、御堂さんのお陰で、無事終わりました」
刹那は嬉しそうにほほ笑んだ。
「『夢と約束』をレコーディングしたのは一度だけです」
「え、でも……」
「恵子の実家に連絡して事情を説明したら、ご両親が現場に来てくれました。許可もいただいたので、クレジットにもちゃんと名前を入れるつもりです」
「大丈夫なんですか?」
「はい。二人の夢です、だから二人で唄って、二人の想いと声を届けたいんです」
「そうですか」
リカコは深呼吸した。
「恵子はまだアタシの隣にいますか」
刹那は首を左右に振った。
「喜ばなきゃ、いけないんですよね……」
「恵子ちゃんは夢を叶えたんです」
「でも、アタシはもっと一緒に唄いたかった」
「夢の続きは、小原さんに託したって事じゃないでしょうか?」
アタシは託された、恵子に……
「アルバムが出来たら送ります」
「楽しみにしています」
リカコは改めて礼を言ってブレーブを後にした。
恵子との夢は始まったばかりだ。
声は聞こえないがリカコの心の中で、恵子はこれかも一緒に唄い続ける。
- 終 -
アイドル御堂刹那の副業 約束の詩