わたしのオリンピック
今年はロンドンオリンピックの年! ということでオリンピックを少し織り込んだ話を書いてみました。
私はクリスマスシーズンで賑わっている商店街の中を同じ部活仲間の結城京輔君と歩いていた。ここはこの町で一番大きな商店街。やはりクリスマスだけあってたくさんのカップルがいた。
そして、そのカップルたちの姿を見た私、大宮千鶴は改めて心に決意した。
結城君に告白する――と。
結城君と出会ったのは今年の夏。部活帰り。結城君のふとした笑みにあっけなく心を奪われた。世間で言う一目ぼれ。
それからというのは結城君のことばかり考える日々が続いた。いつの間にか私の思考は彼一色に染まっていたのだ。
幸い、友達の話だと彼に恋人はいない。時期も時期だけに恋している乙女にとって、これほどのチャンスはないと思う。私は結城君と甘くて楽しくて一生の思い出に残るようなクリスマスを過ごしたい。女の子にとってクリスマスとはスポーツ選手にとっての四年に一度の祭典、オリンピックと同じものなのだ。
私は『彼の心』という金メダルを得るためにたくさんの努力をした。一つ一つの行動に気をつけて女の子らしく振舞った。彼と親しくなる為に毎日の会話やちょっとした気遣いも欠かさなかった。その成果もあってこうして一緒に帰る仲にまで進展することができた。だけど、最後の一歩だけはなかなか踏み出すことができなかった。
そう、それは告白だ。
過去に何度かチャンスはあったけど躊躇ってしまい、私の想いを伝えることはできなかった。
彼に振られることが――いや、振られて彼との関係が壊れることが怖かったのだ。
今日も彼の後ろでろくに会話を交わしもせず歩くことしかできていなかった。ここ数日はずっとこの調子だった。クリスマスはもう明日に迫っている。これが最後のチャンスだと言うのに……。
なにか、きっかけがあれば私も告白できるはずなのに。きっかけ、きっかけ…………。しばらく考えていると私は妙案を思いついた。
そうだ! この商店街を通り抜けるまでに告白できなかったら結城君のことはあきらめよう。これならば自分は結城君に告白するしかなくなるはず! 我ながらよく考えたと思う。よし! 絶対に告白してやる! 私は結城君との明るい未来を目指していきこんだ。
でも、その喜びも束の間だった。言おう、言おうと思っても『好き』の二文字が言えないまま、私のオリンピック終了の合図である商店街の出口に近づいていた。距離はあと少ししかない。
今度は焦りが私を襲った。言わなくちゃ。早く言わなくちゃ! でも、言葉が出てこない。声が出ない。もうどうしたらいいかもわからない。落ち着こうにも鼓動が止まらない。体が全然言うことを聞いてくれない。
そして、ついに彼が商店街を通り抜けようとした。最後の一歩を踏み出そうとした。それが何を告げるのかはわかる。
……ああ、行かないで。でも、やっぱり言えない。なにも言えなかった。彼は外と商店街の境界線を踏み越えた。
ああ……さようなら、結城君。君に恋して……私は幸せでした。
そして。
「……さようなら、私の恋」
――そう思った時だった。
結城君はこちらに振り返ったのだ。なぜだろうと思った。
「どうかした?」
「え、なにが?」
「いや、大宮が袖を引っ張ったから何か用でもあるのかなって」
「え?」
彼のコートの袖を見ると確かに私は強く掴んでいた。まるで親から離れたくない子供のように。
「ハハ……ハハハハ……」
我ながら呆れた。最後の最後で私の体は言うことを聞いてくれたのだ。いつの間にか胸の高鳴りも収まっていた。今なら言えると思った。
私は好きな人にこの胸に雪のように積もったたくさんの想いを言葉に乗せ、告げた。
「――好きです。私、口下手だからうまく言い表せないけど、その代わりにこれだけはいつまでもずっと言い続けられます。結城君が、京輔君のことが私は大好きです」
……やっと……言えた。彼に伝えられた。
後は彼の心に私の想いが届くだけ。神様お願いします。どうか届けて! 心から願った。
しばしの沈黙。私は恥ずかしくて彼の顔を見ることもできなかった。胸のドキドキが止まらない。お、おかしくなっちゃいそう……。
「お、大宮!」
「ひゃい!」
緊張しすぎてろくに返事もできなかったが照れているのか結城君は気にせず話を続けた。
「……あ~、その、なんというか……僕も口下手だからさ……うまく言葉にできないけれど……」
そこまで言うと結城君は急に私を抱きしめた。肩に回された腕にギュッと力が込められた。コート越しに結城君の温かさを感じた。
「大宮の気持ち、すごい嬉しかったよ。僕も……大宮のことが好きだ!」
「…………っ!」
私は倒れるかと思った。嬉しくて涙が溢れそうで……。全部こらえるので精一杯だった。だから、私は一言だけ振り絞る。
「…………ありがとう」
私の中で繰り広げられたオリンピックは誰よりも望んだ金メダルで幕を閉じた。
わたしのオリンピック
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