メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話・下
メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話「再会」・下
その日の夜から僕は桜 彩花という魔法使いについて調べることにした。すでに基本的な情報を持っていたがそれはあくまで彼女のファンという立場からだ。
今の僕はパストラルで、彼女のパートナーである。立場が変われば彼女を見るところも異なる。
それを痛感したのはセレナ博士の用意した動画を見たときだった。ソロでの練習の様子を収録したものだが、空中での機動力や魔法弾の精密さ、防御魔法の素早い展開と強度には息を呑んだ。これでも力は弱まっているのだから、驚きだ。
的を当てる演習では五百メートルは離れている標的の的を的確に破壊し、ゴム弾が装填された数十門の機関銃の攻撃をあっさりと避けては、決められたルートを通る。ナパーム弾の攻撃にもビクともしない全方位タイプのマジックシールドを見たときは本当に実際の映像なのかと怪しんだほどだ。
能力検査としては問題ない。しかし、パストラルとの合同演習では途端に問題行動が目立つ。まず、協調性のなさだ。
僕の動きが悪いだけではなかったことは三人目のパストラルとの演習を見て、分かった。パストラルは元軍人で魔法についての練度も高い人物だった。桜はその人物の様子を見てから、彼が魔力の量が少ないことを見抜くと、急に空を飛び、彼との距離を離して、演習を失敗に終わらせた。
他にも、技術が低いものには複雑な軌道を描いて移動し、見失わせる。技能はあるが、戦闘力に乏しい場合には無人機の殲滅演習でわざと距離をとり、孤立させてリタイアさせるなどそれぞれ的確である。
「って、感心している場合じゃないな」
これまで契約が打ち切られたパストラルは僕よりも経験があり、魔法をコントロールする力も上だ。彼らが出来なかったことを僕が実現するのはとても難しいというのは明白すぎる。
悩んでいても仕方ないので、僕は部屋を出て外を歩いた。
敷地内には外灯が多めに配置され、夜でも地面がはっきり見えるほどに明るい。
「ん、君は確か」
女性の声が近くで聞こえたので、僕はふと声のした方向を見る。
背の高い女性だった。彼女の雰囲気が男性のように凜々しいのに、女性だと一目で分かったのはその大きな胸のおかげだった。腰には日本刀を差していた。僕は彼女の名前を知っていた。
「おおっ、やはり、桜の新しいパストラル殿だな」
彼女は僕の顔を見て、そう言うと、傍に寄ってきた。今時、道着姿で出歩く人がいるものだな、と彼女の服装を見ながら思った。
「私の名前は雨竜 朱鷺姫(うりゅう ときひめ)。出来れば名字で呼んでほしい」
知っていた。当然である。彼女はランキング四位のウィッチ。『魔剣士』の異名を持つ、大戦でも大活躍した魔法少女である。
すると、雨竜さんは僕へ右手の平を向ける。自己紹介しろ、ということか?
「僕は、天羽 遼斗。まだ、正規パストラルになったばかりですよ」
「資質は確かだと、我が師から聞いているよ。そういえば、なにやら悩んでいるようだったが、なにがあった?」
いきなり踏み込んでくる人だと思いつつも、雨竜さんと桜は戦友でもあったことを思い出し、思い切って彼女に打ち明けてみることにした。桜の命を助けるためにも僕は必死だったのだ。
「……あいつめ、相変わらずだな」
事情を聞いた雨竜さんは愚痴るように言った。
「どうすれば、桜さんの動きについていけると思いますか?」
僕は率直に質問した。すると、雨竜さんは目を閉じて一考する。
「桜は超一級のウィッチだ。最近魔法を使い始め、ようやく正規パストラルになったばかりの君が容易に追従できることは至難だ」
やはり難しいのか。
すると、雨竜さんが目を開ける。
「しかしな、剣術と同じで、技術が上回っているからといって必ずしも肩を並べられないわけではない」
「えっ? それって、僕でも桜さんに合わせられるということですか?」
「彼女を知ることが出来れば、彼女の次の手も分かるだろう」
彼女を知れば、か。漠然とした話だ。
「知るって言うのは?」
「……明後日の昼、ここに来るといい」
雨竜さんはそう告げて、僕の前を立ち去った。なんとも急な立ち去り方だと僕は思った。外灯が彼女のピンとした背筋を照らしていた。
翌日、僕は以前、桜のパートナーだったパストラルに会うため、施設の外に出た。セレナ博士の紹介付だから相手も了解してくれた。
正規パストラルには通常護衛官がつくが、桜がまだランキングに入っていないため、護衛はなかった。その方が行動しやすいからいいけど。
駅まで歩き、最寄り駅から電車に乗る。そのパストラルがいるのは群馬県のとある駐屯基地だ。在来線と新幹線、最寄り駅からはバスに乗るという気が遠くなるような長距離だ。魔法で空を飛びたいのだが、軍の航空管制からしてそれは認められないという。
「おっ、遼斗じゃないか」
電車の中で座っていると、名前を呼ばれた。視線を動かすと、見知った顔が見えた。学校は休みのようで二人とも私服だった。
「健二に、晃(あきら)。久しぶり」
とりあえず挨拶してみると、二人は苦笑した。
「なにが、久しぶりだよ。突然、学校からいなくなったと思ったら、普通に電車に乗っていて、驚いたっての」
二人が笑顔を見せながら言った。学校では僕がパストラル候補生になったとかいう連絡はいっていないようだ。ということは正規パストラルになったということも。
「で、お前、今何をしているんだ?」
健二が聞いてきた。野球少年でもある彼らしく、Tシャツにジーパン姿とラフな格好だ。
「ちょっと、仕事みたいなものだよ」
「仕事? お前、バイトでも始めたのか? フリーターなんてよく許されたな」
「待てよ、健二。バイトじゃないかもしれないぞ」
チェックシャツ姿の晃が言った。
「バイトじゃない? それじゃあ、就職したってことか? まだ中学生だぞ」
「仕事をしながら勉強しているくらい珍しくないだろ。まさか、お前、パストラルの適正に通ったんじゃないだろうな」
晃の指摘は鋭かった。それでも、久しぶりに会った友人たちとは気兼ねなく会話をしたいと思ったから、わざとごまかした。
「そんなわけないだろ。実は、パストラル適正はなかったけど、別の職業の適性が見つかって、今は研修もかねて、お使いみたいな仕事をしているんだよ」
我ながら上手い嘘だと思った。
「別の職業って?」
健二がすぐに質問をしてきた。職業……まったく考えていなかった。
「ああ、それは秘密だよ」
「なんだよ、それ。まあいいや、お前、これからどこ行くんだよ」
「G県のZ市だよ」
「はぁ? 片道何時間かかるんだよ」
正直に行き先を言うと、二人は驚いた。まあ、滅多に行く場所ではないからな。
「だから仕事だよ」
「お前は早めに車の免許でもとったほうがいいな」
健二が言うと、僕らは笑い合った。久しぶりの平穏とした会話に僕は一時自分がパストラルであることを忘れ、すぐに普通の中学生に戻れるのではないかと錯覚した。
友人たちとの別れはあっという間であった。出来れば彼らと一緒にY市へ行って、遊びたかったが、それよりも桜と組んだことのあるパストラルに会うことが先だった。
昼を過ぎた頃に基地へ着いた。身分証の提示を求められたが、デバイスコアを見せれば驚くほどあっさりと中へ通してもらえた。
「今度のパートナーは随分と若いんだね」
基地内の一室へ案内された僕は、そこで三十代くらいの男性と面会した。
彼の名前は今井 貴史男(いまい きしお)。事前に調べたプロフィールによると戦時中は通信兵、戦後はパストラル適正を評価されて、半年の研修後、桜のパートナーになったそうだ。しかし、一週間で契約解除。その後、別の魔法少女と契約するも三ヶ月後の戦闘で右腕を失い、パストラルを引退、現在は基地で対魔法少女戦の戦術教官をしているそうだ。
「まあ、座ってくれ」
彼は右腕の義手をぎこちなく動かして、席を勧めた。僕が椅子に座ると、彼も仕事机の前の椅子に座った。
「さて、君のことは僕も知っているから自己紹介は省こうか」
「僕のことを知っているんですか?」
驚きながら言うと、彼は頷いた。
「割と話題になっているよ。二つの意味でね」
今井は義手の指を二本立てた。
「二つ?」
「一つは中学生で正規パストラルになったという特異性。もう一つは桜 彩花の最後を看取るパートナーになるのではないか、ということでね」
一つ目はともかく、二つ目は聞いていて不快だった。
「桜さんはまだ死んでいませんよ」
「そうだね、まだ死んでいないね。しかし、あんなひねくれた魔法少女なんてうまくつきあえないよ。僕は一度目の演習で感じたよ、彼女は戦うことを忌避していると。二度目の演習で思った、彼女は死にたがっていると。そして、三度目で確信したよ、彼女は絶望しているとね」
気取った言い方が気になるが、僕は彼に質問する。
「桜さんは、なにに絶望しているんですか?」
「落ち着けよ、彼女が絶望しているなんて推測に過ぎない」
「でも、そう思ったんでしょう?」
「君は年齢の割に遠慮ってものを知らないな。まあいい……僕が思うに、自分の処遇に不満なのだろう」
「処遇?」
意外な見解だった。
「考えてもみろ、彼女は大戦の英傑だぞ。それがどうして、セイレム機関の施設に軟禁されているんだ。自由を奪われ、危険視される。屈辱だろう。何百、何千、何万、何十万、何百万という異星人を屠った魔法少女がこの扱いだ。卑屈にもなる」
今井さんの言うことには一理ある。報われないから卑屈になった。本来、陽気な彼女が陰のある人物になってしまったのはそういう大きな衝撃があったからかもしれない。
でも。
「桜さんは名誉なんかを求めていたんだろうか?」
僕がふと言ってみると今井は少し驚いた顔を見せた。
「名誉は気にしていなかったとでも言うのかい? あれほどの戦果を立てたのに? 私には理解できないね。あそこまで戦って評価されないというのは」
今井さんが桜ならばそう思っただろう。しかし、桜は、なんというかそんなことを気にする人物ではない。彼女は褒められるために僕を助けたのだろうか。みんなからちやほやされるために世界中を飛び回り、戦い抜いたのだろうか。
違う。彼女が人々を助けたのはそういうことが理由じゃない。
それではなんだろう。
その、なにかが分かれば、彼女が戦ってきた目的が分かれば、彼女がどうして絶望してしまったのかが分かるかも知れない。そして、なにに、絶望したかが分かれば彼女のことを理解し、どうやれば立ち直らせることが出来るか分かるはずだ。
今井さんと会った帰り道、僕はそんなことを考えていた。
翌朝、目をこすりながら起き上がると、ふと魔剣士こと、雨竜さんとの約束を思い出した。
「……そういえば、昼にあの外灯のところで待ち合わせしていた」
正規パストラルになると定期的なミーティングや出撃、合同訓練や定期検査を除くと自由時間になる。ほとんどのパストラルや魔法少女にはトレーナーがついて、訓練メニューが用意されて各自でトレーニングとなる。僕の場合は特殊でランキング外、魔法少女ともまともに一緒に戦闘行動をとれない情けない正規パストラルのため、トレーナーも用意されずひたすら自由時間が多い状態になっている。
とりあえず、僕は桜と一緒に訓練したことを復習していた。桜との訓練のおかげで僕は正規パストラルになれたという想いが強かったからかもしれない。
「よし、約束通り来たな」
訓練を終えて、待ち合わせ場所へ行くと雨竜さんがいた。
「はい、ところで……これから、なにをするんですか?」
「うん、とにかくついてくると良い」
雨竜さんはそう言うと、歩き始めた。僕は後に続く。
雨竜さんの後に続いて、向かった先は研究棟だった。なんだって、こんなところへ案内するのだろうと思いながら、奥へと行く。カードキーが必要な区画も雨竜さんはカードを出して、あっさりと通る。警備員がいても顔パスだった。
ランキング四位ともなるとやはり扱いが違うのだろう。
「ここだ」
雨竜さんは立ち止まって、大きな扉を見る。黒く、無機質な扉だ。ネームプレートがあるが、それにはなにも書いていない。他の部屋のネームプレートを見ると、どうも研究資材などの物置場のようだ。
「何の部屋ですか?」
「中に会わせたい人がいる」
「人? この中に人がいるんですか?」
どうにもそんな雰囲気はなかった。雨竜さんはノックして黒い扉を開ける。
中に入ると、目の前に高い瓦礫の山があった。辺りを見回すと、クローゼットやベッドが見えたので人が暮らしているようだ。天井の高さはビルの二階ほどになりそうに見えた。
「彩花、いるか?」
雨竜さんが瓦礫の山を見て、言った。
「どうしたの、トキ」
瓦礫の上から声が聞こえたので、僕は見上げた。すると、瓦礫の山の頂に桜が立っていた。彼女は僕に視線を向けると、あからさまに不満な表情を見せた。
「なんで、あなたがここにいるの?」
「私が連れてきた。お前のパートナーなんだ、なにも問題はないだろう?」
「問題はあるわ。あなただけが来ると思ったのに」
「細かいことを言うな。お前はパートナーたちと会話をしなさすぎる」
「あなたと尾上さんのように剣術の師弟関係ではないから当然だよ」
「それは言い訳だな。サビーネとマイラーノはパストラル制度が出来てからずっと続いている。それまではなんの接点もなかったというのに、お前と天羽と同じだ」
雨竜が言うと、桜は瓦礫の山から飛び降りた。降りる直前で輪のようなものが彼女の足先に見えた。桜は何事もなかったかのように床に降り立つ。
何気なくやったけど、あれはなかなか難しい応用技だ。衝撃を緩和する魔法の輪(これ自体も防御魔法のヴァリエーションの一つだ)を展開して降りればいいが、それでは無駄が多すぎる。ピンポイントで発動できることが理想的だと候補生期間中に習った。
「私にとって彼がマイラーノになる、か。ふふっ、私はサビーネちゃんとは違うよ」
サビーネ。本名、サビーネ・フォン・ヴォルフスバルド。かつての大戦では桜の相棒として活躍した最強クラスの魔法少女。雷光騎士の異名を誇り、現在もウィッチランキング二位に君臨している。
「そうだな、お前とサビーネは違う。サビーネはこんな状況でもそれを変えようとできる限りのことをしている。それに対してお前はどうだ? こんな場所で死にかけている。天羽との契約が最後のチャンスだ。無駄にするなよ」
「トキ、私はもう……」
桜が雨竜さんから視線をそらすと、雨竜さんは舌打ちをして、背を向けた。
「今までは大戦をともに戦った戦友だから付き合ってやったが……これ以上、私の知っている『最強』が汚れるのは忍びない。距離をおかせてもらう」
雨竜さんはそう言って部屋を出て行った。
古風な言い回しといい、訪ねておいてあっという間に颯爽と立ち去る振る舞いといい、僕よりもよっぽど男っぽい。
桜は雨竜さんが出て行った扉をじっと見ていた。
「……私は、私はただ……」
「ただ?」
僕は思わず言った。彼女のことが知りたかったから、彼女を助けたいから。桜は僕の顔を見る。すると、ため息をついた。
彼女は瓦礫の傍に座り込む。僕もとりあえず床に座る。
「……どうして、私にそこまでつきまとうの? 契約解除は別に不名誉でもないわ。私の場合は特に、同情されこそすれ、評価が下がることはないよ」
「評価?」
評価が下がる? 僕はそんなことを一度も考えていなかった。昨日会った、今井のことを思い出した。
「評価なんてどうでもいいよ。僕は君を救いたいと思っているんだ:
「救う? あなたはパストラルでしょう? それなら、私を監視して、なにかあれば罰するのが使命じゃないの?」
監視、罰する……。僕は自分のデバイスコアを見た。
この正規パストラル用に改修されたデバイスコアには契約した魔法少女の魔力を制限することや命令に従わない場合は彼女らの体内を駆け巡るナノマシンに命令して苦痛を与えうることが出来る。これが強力な力を持つ魔法少女さえもパストラルに逆らえない。パストラルの持つ有利。これがあるからパストラルは有利に立てる。……でも、それは彼女らと対等とは言えない。まるで主従関係だ。間違っている。
デバイスコアの制御画面は僕の頭の中に直接投影させることが出来る。具体的には視界の中に画面が出てくる。
「制御システム、僕の制裁行使力にアクセスを」
『了解。コアの制裁権限にアクセスしました』
「それじゃあ、ナノマシンの操作権限と契約魔法少女の魔力制限操作権限を停止して」
『一度停止させると、システムメンテナンスを行うまで出来ませんが、よろしいですか?』
「ちょっと待って」
僕がデバイスコアの操作をしていると、桜が声をかけた。
「何を考えているの、そんなことがばれたら、君はどうなるか」
「死にはしないよ」
「そういうことを言っているんじゃなくて。勝手にそんなことをしたら、なにを言われるか」
「かまわないよ。でも、これで分かってくれるよね、僕は君に対して本気なんだ。絶対に君と一緒に戦えるようになってみせるよ」
僕は自分の気持ちをぶつけてみた。強硬手段過ぎるかも知れない。でも、不器用な僕にはこれくらいしかやり方が思い浮かばない。なにも伝えないまま、後悔したくはなかった。
桜は口を一度開けたが、すぐに閉じた。そして、床から立ち上がると、瓦礫を見た。
「……実は、私はお父さんもお母さんも小さい時にいなくなって、父方のおじいさんとおばあさんに育てられたんだ。最初は両親がどうしていなくなったのか分からなくて泣いていたけど、おじいさんたちは優しく私を育ててくれたから、幸せだった」
彼女はそう言って黒いロンググローブを付けた手で瓦礫に触れる。
「これはそんな思い出が詰まった家の瓦礫、すべては持ってこられなかったからこの部屋に入れるだけにしたよ」
「どうして、瓦礫を」
「思い出なんだ。捨てたら記憶だけになってしまう。そして、こんな辛い思いを他の人にしてもらいたくなかった。だから、厳しい戦いだったけど、戦い抜くことが出来たんだ」
「異星人との戦い、僕は守られるだけだったから戦うことがどんなに大変かは分からない。けど、桜たちに助けられたことはとても感謝しているよ」
言った後、ふと桜の顔を見ると、一筋の涙が流れていた。
「ありがとう、か。なんだか今聞くとちょっと、変な感じに聞こえるね」
彼女はみんなのことを、みんなの思い出を守るために戦っていたんだ。異星人との大戦と今世界各地で起きている紛争は違う。桜がかつて守ろうとした人々同士の戦いだ。彼女には信じられない光景なのだろう。
彼女が絶望しているのはこのことなのではないだろうか。
「桜、君はもしかして、魔法少女を含めたみんなが争っている状況に絶望しているんじゃないのか。これまで必死に守ってきた人たち同士が戦う状況、それに耐えられなくて、君はパストラルたちとの契約を解除するようなことをしてきたんじゃないのか」
思わず僕は推測を彼女にぶつけてみた。それだけ知りたかったんだ、彼女が何に悩んでいるのか、それを確実に知りたかった。
僕の推測が当たっているかどうかは桜の反応を見れば一目で分かった。桜は目を閉じた。
「……守ってきた人たち、か。そうだね、私は一人でも多く助けたくて、どんなに辛くても、苦しくてもインベーダーたちと戦った。それなのに、戦争が終わったのに、こんな結果になるなんて、もう、どうしていいか分からない」
桜は悲しげに言った。大戦中最強を誇った魔法少女が絶望に打ちひしがれていた。どんなに辛い状況でも、どんなに強い相手でも桜は戦後の世界が平和なものになると信じていたのだろう。それが、こんな結果になるなんて。
「それなら、世界を変えればいい」
自分でも何でそんなことを言い出してしまったのか。
「えっ?」
桜はまばたきをした。僕は続ける。いや、僕はすっかり熱くなっていた。彼女の気持ちを動かしたい想いでいっぱいだった。
「なんで諦めるんだよ、桜。君は最強の魔法少女だったんだよ。劣勢だった戦況をひっくり返したんだ。君ならきっと変えられるよ」
「適当なことを言わないで。今の私には以前のような仲間はいない。ひとりぼっちよ。この二年でみんなが離れていった。魔力も失った。もう力なんてないよ」
桜は泣きそうな顔で言った。
以前の仲間たちがいない、かつての力がない。それがどうしたんだろうか。
「仲間なら僕がいるよ。僕は君のパートナー、パストラルなんだ。仲間がいないなら、また集めればいいよ。力が足りないなら、僕が力になるよ」
そこまで言うと、桜がふふっと笑った。僕はそこで我に返って、恥ずかしくなったがすぐにそんな気持ちは吹き飛んだ。桜の目に涙が浮かんでいたからだ。
「変な人だな、君は。こんな私にそこまで言うなんて」
彼女の声はこれまでと違っていた。暗さのない、明るい声だった。かつて命を助けられた時に聞いた声にとても似ていた。
彼女は手で涙をぬぐうと、真っ直ぐ僕を見る。
「よし、君がその気なら練習をしないといけないね」
彼女はそう言うと、僕の両手を取って強く握った。突然のことに僕は息を呑んだ。
「早速、連携の練習をしよう! それとも、基礎練習かな。君の動きや魔力の使い方を見ると、まだまだ修正する必要があると思うよ。あっ、それは私もかな。一緒に練習しよう」
僕が正規パストラルの試験を受ける前の練習期間でも彼女は自主練を兼ねてやっていたが、彼女の目を見ると、僕の指導にも自身の修行にも力を入れるつもりだ。
すると、彼女は左手だけを離すと、右手で僕の手を引いて扉へと向かう。
「ちょっと、気が早くないか?」
「そんなことないよ! こんなことをしている間にももっと練習をしないと!」
「まるで別人だな、君は。切り替え、早すぎない?」
「いいじゃない、さっさと行こうよ!」
と、そんなやりとりをしながら、僕と桜は部屋を出て、桜がこれまでに見たことのない熱意で警備員や研究員たちから外出許可を取ると、練習棟へと向かった。その後の猛特訓のことはまた別の機会に話そう。思い出すだけでもかなりハードな内容だった。
メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第二話・下
遅くなりながらも投稿しました。仕事と両立しながら書くって大変ですね。他の方々はよく定期的に連載できるなぁと感心してしまいます。