鎮静

藤里 圭

「ささやかな幸せがささやかであればささやかであるほど、奪われる怖さが大きくなっていく…そういう生き物なんです」

鏡に映る青い顔をした私は
呟いた

私は心得た
青い顔をした私に口付ける

「沈むなら」

(こんなお日柄で)

黒い雲の隙間から金色の日差しが
屋根に向かって降りてくる

悪いことが終わる時のような
厳粛な空をしていた

長い間黒い雲の下に居たような、
そんな気分になった

遠い街の屋根は金色に輝いている
私の頭上の黒い雲にも亀裂が出来る

刺さるように光が降る

大好きな彼に会いたいと思った。

でも彼は、
無自覚に私を痛め付けると思う。

暗雲がすべて晴れた上で、
突きつけられた痛みを
私はうまく心の中で溶かせるだろうか

でも、いっそ、沈むなら、

いっそ、いっそのこと散々痛め付け
2度と立ち上がれないように
大好きな彼に…
大好きな彼の言葉で…

そこまで考えて
膝が震えた

鏡に映る私の顔は蒼白だ

暗雲が晴れる
薄い桃色と橙の
はにかむような夕空が広がる

恋人同士みたいな空が
青い私の上で
さらり、さらりと溶け合っている

あなたへの思いは終わらない

こんな空を見てしまったら
溢れるばかりだった

ああ、でも沈むなら、沈むなら、

「沈むなら」

終わらない思いは胸の中に
陽射しも眼差しも何も届かない

私の胸の内へ、
濁流のような私の胸の内へ、

沈める、
窒息するまで、
沈める。

あなたの存在は思い出に変える

夕空みたいな甘やかな
あなたの存在はもう、「思い出」

これから私が見るあなたは
思い出が抜き取られた
抜け殻になる

抜け殻には思いはない

抜け殻になったあなたへの思いを
断ち切って断ち切って

思い出になったあなたへの思いを
鏡の中の私と一緒に
あたためあって
抱擁し合って

私の命が尽きるまで
沈めた思いの微かな吐息を
感じながら


ささやかな、幸せを、奪われない
その幸福を口の中で溶かして

安心し切った笑みを浮かべて

眠りに落ちる

それはこんなお日柄で…

鎮静

鎮静

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-03

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