転生

遠藤健人

 ああ死んだな、と思った次の瞬間には、私は列車の中にいた。木製の堅い椅子に座っている。車内は薄暗い。天井を見上げると白熱灯がぼんやりと光っている。古い型の扇風機。本当に漁師が使う網のような網棚。これは電車ではなく古いSLか何からしいと私は思った。SLなんて一度も乗ったことがないけれど。
 鈴の音がチリンと鳴った。
 「ご乗車ありがとうございます。この列車は『ヒト発ネコ行き』でございます。皆様はヒトとしての天寿を全うされ、これからネコとしての新たな生を授けられることになっております。私はここにいる4人の皆様方が円滑に転生なされますようご案内させていただきます」
 しゃべっているのは車掌の恰好をしたネコだった。ヒトのような体つきで、制服を着て帽子を被っているが、頭部は完全にネコで、尻尾が生えている。そんな生き物が慇懃にしゃべっている。
 ネコ車掌は「4人」と言った。前の方の席に、おそらく初老の男性が一人、少し離れた席に高齢の女性が一人座っているのが見える、と思う。座席は2人掛けの椅子が向かい合う形になっていて、私のいるところからだと前方の乗客の姿はよく見えない。もう一人は、と思った瞬間、私はぎょっとした。私の隣に高校生らしき少年が座っている。少年はじっと窓の外を眺めているが…本当にはじめからこの席にいたのだろうか? 彼のこの存在感のなさは一体なんなのだろう。
 「ちょっと待ってください…私は…死んだのか…?」と言ったのは初老の男性だ。
 「そうです」とネコ車掌はきっぱりと言った。「ここには大体同じ時刻に、近い場所で亡くなられた方々が集められております」
 「にわかには信じられんが…どうやってここにたどり着いたのかまったく思い出せないんだが、私の死の状況について説明していただけませんか?」
 「そのあたりのことは私にはなんとも」
 「ねえ」と女性が声をあげた。「あなたさっき『ヒト発ネコ行き』と言ってました?」
 「はい」とネコ。
 「つまり、私たちはヒトからネコに生まれ変わる?」と女性。
 「はい」ネコ。
 「なぜネコなんです?」男性。
 「なぜ? 決まっているからです」ネコ。
 「どういう基準で?」女。
 「基準?」ネコ。
 「誰が決めたんです?」男。
 「誰が?」ネコ。
 「この列車はどこを走っているの?」女。
 「どこに向かってるんです?」男。
 「他にも列車があるのかしら。『ブタ発カエル行き』とか?」女。
 「一体、あなたは何者なんです? 何が何やらさっぱり…」男。
 「…そういう設定なんだよ」ネコ。
 「は?」急にぞんざいな口調になったネコに驚いたのか、男性は妙に甲高い声をあげた。
 「手短に済ませよう」ふうとため息をひとつついて、ネコ車掌は続けた。「生き物はみな、死ぬと魂が肉体を離れて別の種の生き物に生まれ変わることになっている。その魂の転生が、人間の場合だけうまく運ばないことがままある。自分の死の事実や生生流転の理を受け入れることができない者が多いからだ。そうした者の魂はどことも知れぬ場所をあてもなくさまようことになる。他の生き物はいちいち死ぬことにうろたえたりなどしないためこうした心配はないが、人間であった者の魂については来世への案内役が必要になる。それが私だ。ここまではよろしいか?」
 私は戸惑いを感じながらも、ネコ車掌と目が合うと軽くうなずいた。私は隣の少年を横目で見たが、話を聞いているのかいないのか、よくわからなかった。
 「この列車は転生についての説明と転生そのものを行うために用意されたもので、ヒトであった魂は必ず乗車することになっている。列車はいくつも出ているがすべて『ヒト発』で行先は様々だ。あなた方はこれからネコに生まれ変わる。なぜネコか? それはやつが決めたことだから私に訊かれても困る。ちなみにこのSLも単なるやつの趣味だ。まよえる魂はSLに乗り、私のような車掌の案内で転生する。そういう設定だ」
 「やつ、というのは?」男性が問う。
 「あなた方の言葉でいう『神様』だ」ネコ車掌が答える。「が、私にとってはただの『エサをくれるやつ』に過ぎん。そんなやつのことはどうでもよろしい。窓の外を見てくれたまえ」
 私はさっきから少年が眺めている窓の外を見た。真っ暗な空間に星々が輝いている。が、よく見るとてんでばらばらというわけではなく、2つで一組になって散らばっているように見える。
 「そろそろ本題に入らせてもらう。生き物はすべて、子が親を選んで生まれてくることになっている。あの星たちの一対は母親ネコと父親ネコを表している。あなた方はあの中から好きな一対を選んでくれ。直感でな」
 「直感で?」女性が問う。
 「そうだ。それぞれがどんな形や色のネコなのかは私にもわからない。直感は大事だぞ、ネコになってからもな。ああもう!」ネコ車掌は突然いら立った声をあげた。「やっぱり全然手短に済まなかった! すぐ飽きるんだ、この仕事は。どれにするか決まったら言ってくれ。話し合ってくれてもかまわない。私は少し休む」
 次の瞬間、ネコ車掌はただの茶トラのネコに変わっていた。ネコは一番前の座席の手すりの上で丸くなった。
 私たちはしばらくあっけにとられていたが、前方の2人が顔を見合わせると立ち上がって私と少年がいる席に近づいてきた。「あー、どうも」と初老の男性が挨拶した。女性の方はかなり高齢に見えたが足取りはしっかりしていた。男性は日本人ではなく、結構大柄な白人だった。2人は向かいの席に腰を下ろした。
 私は何か話そうとして「どうもこのたびは…」と言ってみたがうまく後が続かず、「…いや、こんなときになんですが、随分と日本語が堪能なのですね」と男性に言った。
 「は? 何を言ってるんです? 日本語? 私はずっと…」
 「あなた方の肉体はここにはない」と口を挟んだのはネコだった。眠っているわけではなかったのかと、私は少し驚いた。「あなた方はいま魂だけの存在になっている。魂に言語はない。ふつうの会話に思えるものはすべて魂の交感である」
 「…なるほど。もう何が起きても驚くまい」と男性は呟いた。
 私たちはぎこちなく自己紹介を始めた。初老の男性はケビンと名乗った。彼は死ぬ前の記憶をたどりながらゆっくりと話した。彼は、日本には妻とともに観光で訪れていたのだという。2人で街中を散策していたはずだが、どこかで記憶がぷっつり途切れている。多分、心臓麻痺か何かじゃないか、と彼は言う。気付けば列車の中だったが、その直前になにか胸が苦しくなったような…と思おうとすれば思えなくもない。享年60歳。
 老女はシズコと名乗った。娘との2人暮らしで、末期がんだったため在宅ホスピスケアを受けていた。意識を失ったのがいつ頃だったか定かではないが、死に向かう心の準備はある程度できていた。「最期は寝たきりで会話も満足にできなかったのに、今になって急に元気になったみたいで不思議な感じね」と笑う。享年88歳。
 「ケンジといいます。歳は45。トラックに轢かれました。多分、即死だったのでしょう」私の言葉に前に座る2人は息をのんだ。交差点で信号待ちをしていたら、突然横からトラックが突っ込んできた。そのときの光景は覚えている。幸い、痛みの記憶はまったくないのだが、しかしそんなことってあり得るのだろうか。都合よく改竄されている気もするが、そういうものなのかもしれない。よくわからない。なにしろ即死するのは初めての経験なので。
 「リョウタです」と少年は言った。「高校2年です。死んだのは…ケンジさんと同じです。多分同じ事故で僕も死にました」
 「ええっ、それは…」奇遇だなという言葉が出かけたが、それはなにか違うと思い引っ込めた。あのとき周りにどんな人間がいたかなんて私はまったく気にも留めていなかった。あの街には仕事の都合で訪れていただけで、たしかあのときは、煙草を吸いながら軽く昼食をとれる店が近くにないだろうか、とかそういうことを考えていたと思う。あの事故で少なくとも2人の死者が出たわけだ。大惨事だ。
 リョウタは母親と2人で暮らしていた。父親とは幼いころに離れ離れになった。事故に遭ったときは、学校に行く気がせずにただぶらぶらしていたという。不良というわけではなく、根は真面目だが気力というか精気というかそういったものがあまりない子だなという印象を私は受けた。
 「ふむ、人生いろいろだな。それにしても」とケビンは言う。「若い2人はこの状況で随分落ち着いているなという感じがするが。私とシズコさんはそれなりに人生を全うしたという感があるが…どうですかな?」
 「ええ、まあ、未練らしい未練は特にありませんが」とシズコさん。
 「私もはじめはうろたえたが、考えてみれば特別思い残したこともない。むしろこれから何が起こるのか楽しみなくらいだ。いや、異国の地で夫を急に亡くした妻には本当に済まないと思うが、それを除けば、ね。しかし、2人はどうかな。あなたは死にましたと突然言われたら、若い人はもっと取り乱したりしそうなものだが。あるいは、これは夢に違いないとか思ったりはしないか?」
 「そうですね…」と私は少し考えてみたが、そうするまでもなかった。「私は独り身でしたから、自分以外には守るべきものも特にないですし。それに、これが現実なら受け入れるほかないし、夢だったら覚めるまでつきあうしかないし、と私は思いますけどね」
 「なるほどね、たしかにそれは真理だが…随分あっさりしたものだな。達観しているというのか」とケビンは唸った。
 「ケンジさんは何だかネコ向きの性格な気がするわね」とシズコさん。言われてみればたしかにそうかもしれない。
 リョウタは、「僕は、生きてるときもそんなに楽しいと思ったことがなかったので」と言ったきり黙ってしまった。私は彼の妙な存在感のなさをはじめから不思議に思っていたが、さっきネコが言っていたように私たちが今は魂だけの存在であるのだとしたら、それは少年の魂そのものの力が弱っているということなのかもしれない。
 「…ならば来世に期待してみるほかあるまいよ」少しの沈黙の後でケビンが言った。「さて、そろそろ私は行こうと思う。実はどの星を選ぶかもすでに決めてあるんだ」彼は立ち上がって窓の外を指さした。その先には、黄と橙に輝く一対の星があった。それらはひときわ力強く瞬いているように見えた。「いつまでもここにいても仕方がない。もしこれが悪い夢なら早く覚めてしまえばいいんだ。車掌さん!」
 「うむ、ではこちらに来い」とネコは言うが、車掌の恰好に戻ろうとする気配もなく丸くなったままだった。
 「では、ごきげんよう。ここで出会ったのも何かの縁だろう、来世でまた会うこともあるかもしれないな」残りの3人も立ち上がってケビンと別れの握手を交わした。架空の体のはずなのに、彼との握手はがっしりと力強いものを感じさせた。
 ケビンが近づいていくとネコは言った。「では転生を始めるが、そんなに構えなくてよろしい。すぐ終わる。目を閉じて、選んだ星をしっかり心に思い浮かべながら、私の首回りを撫でろ」
 「…それだけ?」
 「そうだ」
 「…そうか、それはなんとも…あー、私は…ネコは嫌いではないんだが、軽いアレルギーがあるんだよ」
 「大丈夫だ。そんなけったいな肉体はとうに捨ててきたはずだ。今まで撫でられなかった分まで存分に撫でろ」
 「うむ…」ケビンは目を閉じてネコの首を撫で始めた。「…なあ、こんなことに本当に意味が…」
 「いいから黙って撫でろ…ごろごろ…」ネコは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。首輪についた鈴がチリチリ音を立てる。やがてケビンの体はだんだんと薄く透明になっていって、消えてしまった。何かの合図のように、汽笛の音が高く大きく鳴り響いた。
 「ほんとに消えちゃった」とシズコさんが小さく言った。
 私たち3人はまたなんとなくもとの席に戻った。なんだかわからない時間がしばらく流れた。
 「…ねえ、事故があったのってどのあたり?」とシズコさん。
 「えーっと、私は地元の人間じゃないのでよくわからないんですが…」と私。
 「あら、そうなの」
 「ええ」
 「…セブンイレブンの前あたりです」とリョウタ。
 「どこのセブン?」
 「どこの? えー、あ、スーパー西野がある交差点…」
 「えーっ、あのあたり? 前は毎日通ってたわ」
 「早くしてくれないかな」とネコ。
 「あ、すみません」となぜか私が謝る。
 「…そうね、じゃあ私ももう行くわ」とシズコさん。「あの星がいいと思うんだけど、どう?」彼女が指した方向には、2つとも白く輝いている星があった。「昔飼っていたのが真っ白いネコで、とても気に入ってたの」
 「いいと思います」と私。シズコさんの直感が、これだ、と言うのなら、それが正解なのだろう。
 ネコは、もうわかっているだろう? と言わんばかりに、今度はずっと黙っていた。ネコの喉の音。鈴の音。鳴り響く汽笛。
 シズコさんが旅立ち、私とリョウタの2人きりになった。次は私の番か? いや、こんな少年を一人きりにしない方がいいのだろうか?
 「さっき…」とリョウタが話し出した。「生き物はみんな子供が親を選んで生まれてくる、って車掌さんが言ってましたよね?」
 「ああ」
 「じゃあ、僕も父さんと母さんを選んできたんだな」
 それは私にとっても同じことのはずだったが、まったくその実感はわかなかった。いや、そんな実感がある人間などおそらくいないだろうが。
 「お父さんとお母さんのことは、あまり好きじゃなかった?」と私は訊いた。
 「父のことはほとんど知らないけど、母のことは…好きでも嫌いでもないです。でも母さんは、僕のことにあまり関心がないっていうか、もちろんお金がなくて大変だったからだけど、とにかく楽しかった思い出とか特にないです。あの、それで…」
 リョウタはそこでひとつ息をついた。精気がないと思っていた少年の声がだんだんと熱を帯びてきていることを私は感じた。
 「僕さっき、生きてても楽しくなかったって言いましたけど、別にすごく不幸だったわけじゃないんです。むしろほとんどなにも起こらずに終わってしまったのが空しくてたまらないんです。僕には夢とか熱中できるものがなかったし、取り柄らしいものもないし、親友とかもいないし、グレるとかもめんどくさいし…なんか、なんにもなかったなって。なんにも。母はすごく苦労して僕を育ててくれて、それだけでも恵まれてたんだと思うけど、それほどの価値が僕にあったのかなって。僕は、あなたは死にましたと知らされたときも全然悲しくも悔しくもなくて、そんな人生って何の意味があったんだろうって。何事も起こらずに最後は事故で…って、僕の命って一体なんだったのかわからなくないですか?」
 急に訊かれても困る。人生とはなにか? 何も成し遂げられずにただ生きて死んでいく命に意味はあるのか? そんな大問題の答えを私などが持っているはずもなかった。
 「しかし、意外とそんなもんじゃないのかな。波乱万丈の人生とか、自分はこれをやり遂げたんだと胸を張れるような人生の方が少ないだろう。私は、ちょっとみんな言いすぎなんじゃないかと常々思ってたけどね。夢を持てとか、生きがいが大事とか、明るく元気に生きましょうとか、そういったことを」
 何の慰めにもならないであろう言葉しか言えない自分がもどかしかった。こんな意味のない言葉なら言わない方がマシだったとすら思った。こういうときに私は猛烈に煙草を吸いたくなるのだが、あいにく持ち合わせてはいなかった。
 「たしかに、そうかもしれないですね…」とリョウタが小さく呟いた。彼の魂もまたしぼんでしまったようにさえ感じられた。
 こういう問題に即答できるような人間はむしろ疑わしいとは思う。しかしそれにしても大人としてろくに気の利いた回答ひとつ与えられないのは、私自身がそうしたことをろくに考えずのうのうと生きてきたからだと思った。私はもっと悩むべきなのだろうかと悩み始めたころ、少年が言った。
 「そういえば僕、運転手の顔見たんです、トラックの」
 「えっ、ほんとに?」
 「あ、すみません、顔じゃないけど、ハンドルに突っ伏してる感じだったのを見たんです」
 「そうか…わからないけど、その人も亡くなっていたのかもな。それこそ、心臓麻痺かなにかで」
 「でも、ならどうしてここにいないんです?」
 「いや、だって同じような時と場所で死んでたって、別の列車に乗ってるのかも。つまり、ネコ以外の生き物に生まれ変わるのかもしれないだろ?」
 「そうか。でも、それじゃあ…同じ事故で死んで、同じ種に生まれ変わる僕とケンジさんって、なんて言うんだろう…」
 私も彼と同じことを考えていた。死後に出会う縁というのも奇妙ではあるが、そういうものもあるのだろうか。
 「思うのだけど、私たちの魂には何か引き合うものがあるんじゃないかな。君の人生は一体何だったのか、ついでに言うと私の人生も一体何だったのか、それはさっぱりわからないし、もう終わってしまったことだけれど、私と君がここで出会ったことには意味があるのかもしれない。何か、大きな意味が…」
 そう話しながら私はあることをぼんやり考えていた。
 「車掌さん」と私はネコに話しかけた。「ちょっと訊きたいんだけど、私とこの子が同じ星を選ぶっていうこともできるんでしょうか?」
 「構わんよ」とネコは答える。「ネコは多胎動物であるからして」
 「たたい…?」と少年。
 「一度にたくさん子を産むということだよ。つまり、私と君が兄弟だか姉妹だかになってしまうということになるが…うん、考えると妙な話だがしかし…いやかな?」
 「いやとかじゃないんですけど、よくわかりません。どういうことなんです?」
 「うん、単なる思いつきなんだけど、私と君はまだここで離れ離れにはならない方がいいんじゃないかと思ったんだよ。いや思いつきというか、これが私の直感というやつなんだよ」
 自分でも、これが一体どういうことなのか考えながら私は話していた。このか弱い魂を誰かが守らなければならないということなのか、子供を持たなかった私にとってはこの少年こそが守るべき存在ということなのか。私とこの子の魂が一緒にいなくてはならない理由はいくつか考えられないこともなかったが、しかしそういう理屈ではなくて、ただこの少年を一人きりにしてはいけないという直感が私に働いたのであった。
 リョウタはうつむきながら私の直感の意味するところについて考えていたが、やがてゆっくりと顔をあげ、「僕は別に構いません」と言った。「ケンジさんがそう言うなら…あれです、ケンジさんはネコ向きの性格だから」彼はちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
 「ありがとう」私も少し笑いながらそう言った。「でも、どの星を選ぶかはリョウタ君に決めてほしい」
 「僕が?」
 「うん。なんとなくそれがいいと思う」
 少年は軽くうなずくと窓の外に目をやった。最初にそうしていたときのようにぼんやりとではなく、祈るようなまっすぐな眼差しで星々を吟味していった。
 「あれにします。あの星がいいと思う」と彼は言った。彼が指した方向には、穏やかに青色と赤色の光を放つ一対の星があった。
 「わかった。それにしよう」
 「そんなあっさり…ほんとにいいんですか?」
 「君の直感を信じるよ」
 私たちはうなずき合って立ち上がり、ネコのいる前の座席に近づいて行った。
 「まったく物好きだな」とネコが言う。「わかってると思うが、前世の記憶は一切残らないのだから、何の意味もないと思うがね」
 「ええ、でも、そういうことじゃないんですよ」と私。
 「ふん。おい少年」とリョウタの方を向いてネコは言う「来世がネコでよかったな」
 「え?」
 「ネコになれば、生きる意味とか、自分の命は一体何なのかとか、考えなくて済むだろう。ただ生きるだけで忙しいんだよ、ネコというのは」
 「そういうあなたは一体何者なんです?」と私は訊いてみる。
 「そんなことも来世では気にならなくなるだろう」とネコは言った。
 私とリョウタの2人は目を閉じてネコの首の方に手を伸ばした。私はあの一対の瞬く星を思い浮かべた。やがて何かあたたかいものに包まれていくような感覚とともに、少しずつ意識が遠くなっていった。遠くの方で汽笛の音が聞こえたような気がした。

転生

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ネコはネコで楽じゃないと思うけれど。8,151字。

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