同調率99%の少女(18) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(18) - 鎮守府Aの物語

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=== 17 川内型の訓練4 ===
 川内と神通はいよいよ最後、自由演習を迎えた。那珂は二人の訓練に、鎮守府の皆に付き合ってもらうことにした。この日、鎮守府Aの敷地や周辺では艦娘たちの姿が良く目に留まる。

少女たちの計画

少女たちの計画

 翌日土曜日、これまでと同じ時間に来た那美恵と凛花は、本館の裏手にあるグラウンドから声がしたのを聞いた。一人分ではない。本館に入り、ロビーを突っ切って進んで裏手の扉から出ると、グラウンドでは流留と幸が運動をしていた。

「おぉ!?すっげぃ珍しい!流留ちゃんがこの時間にいる!!」
 那美恵が冗談めかして素っ頓狂な声を上げて驚きを表すと、流留はドヤ顔になって言った。
「ふふ~ん。あたしだってやればできるんですよ。どうですか!?」
 思い切り上体をそらして誇らしげに振る舞う流留。真夏ゆえ薄いTシャツ1枚にブラという男が見れば目の毒な流留の首から下にある大きい双丘が那美恵にも毒を撒き散らす。

「ふ……ふふふ。流留ちゃんそれはあたしに喧嘩売ってるってことでいいんですな?」
「えっ!?な、なんで!?」
 突然那美恵が普段の冗談めいた軽い声にもかかわらず、物騒な物事をすぐさま買い取りそうな発言をしたことに流留は素で驚き戸惑う。なぜ威嚇されているのかまったくわかっていない。流留以外の二人はすぐに気づいたため、仕方なく幸が肘でツンツンと流留をつっつき小声で教えた。そこでようやく流留は気づき、とっさに胸を両腕で隠して那美恵にツッコミを入れたのだった。


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 その後流留と幸は一旦運動を終え、那美恵たちとともに本館に入って着替えることにした。
「ところで今日は二人とも普通の運動だったのはなんで?」
「はい。昨夜さっちゃんから連絡ありまして、たまには普通の運動して体力付けたいって言われたもんで。で、あたしも努力しまくって早起きして二人で来たんですよ。」
「そっかそっか。基本に立ち返ったってことね。いいねいいね二人とも。」
 那美恵の大げさな感心のリアクションに、流留も幸も苦笑いした。

 ボディタオルで各部の汗を拭い取り、制汗スプレーをかけている流留が、隣のロッカーの前で同じく汗を拭っている幸に声をかけた。
「あ~~しまった。まだシャワー室できてないのに今すぐシャワー浴びたい!こんな真夏にシャワーなしで運動なんてあたしたちどうかしてるわ。さっちゃんもそう思わない?」
「……(コクリ)」
 幸は言葉なく頷くだけの返事をする。二人とも運動直後のためか、程よい疲れでけだるさが残っている。
「アハハ。でも今日はお泊りだから気が楽でしょ?」
「そりゃまあ。一応着替えとかお泊り用の小物は持ってきましたけど……ていうかなんでいきなりお泊り会なんて言い出したんですか?」
 那美恵の言葉に流留はひとまず同意するも疑問を口にする。その疑問が指すのは、昨日の夜、那美恵から流留たち、そして中学生組にも送られたメッセンジャーの内容にあった。
「え~、だってさ。ただ自由に訓練を夕方までするのってつまんないじゃん。せっかくの夏休みなんだしぃ、みんなでわいわい訓練やってそのままお泊りでもして訓練以外も楽しんでみたいって思ったのですよあたしは。」
「まぁ……気持ちはわからないでもないわ。那珂が来るまでは私や五月雨たちはあまり交流らしい交流はしなかったもの。あんたが来てからよ。急にみんなでおしゃべりしたり交流するようになったのって。」
 那美恵の思いを理解した凜花は那美恵が那珂として着任する以前の鎮守府の雰囲気の一部を明かす。
「せっかく違う学校や学年、はては妙高さんみたいなある意味おかんな人もいるっていうなんたらのサラダボウルや~ッて感じなんだもん。あたしはみんなと仲良くしたいの。まだ人少ないんだし、プライベートでもね。」
「あたしもワイワイ騒ぐの好きだから昨日のなみえさんの提案聞いてすぐにOKしましたけどね。」
 流留はカラリとした言い方で言った。
「わ、私は……あのその……皆で何かするのもお泊りとかも初めてなので……」
 語尾をモゴモゴさせて言葉を終える幸。全部言われなくても那美恵らは幸が最初は明らかに乗り気ではなかっただろうと容易に想像がついた。しかし幸が那美恵の提案に承諾した以上は彼女の決心を評価したく思っていたため、幸以外の全員はみなまで言うなと察した風のニンマリとした笑顔を幸に向けることにした。
「ま、強制するのは好きじゃないからお泊まりは任意参加だったんだけど、まさかさっちゃんもOKしてくれたのは嬉しかったなぁ~。さっちゃんさ、ちゃーんと自分の目的、実現出来てると思うよ?だから今日は皆で夜まで楽しもーよ。」
「そうだよさっちゃん。あたしなんか今から夜が楽しみだもん。」
「うぅ……なんとか楽しんでみます。」
 那美恵の言葉に流留も乗る。幸は恥ずかしさでたじろぎながらもその意志を伝えた。

「凜花ちゃんも話にノってくれてありがとーね?」
 続いて那美恵は凜花にも感謝を述べる。
「べ、別にいいのよ。私だってこれからは……艦娘仲間を大事にしたいし。ちょうど渡りに船だと思ったもの。」
「ムフフ~。それじゃ~夜はとっことん楽しみましょ~ね~?」
「はいはい。よからぬことしたらあんた縛り付けて私たちだけで楽しむからね?」
「うおぉ~!?凜花ちゃん辛辣~。」
 凜花は真面目に返すも那美恵の反応にやはり茶化しが混ざっていることを察し、やや厳し目に突っ込んで那美恵を適度に満足させた。


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 着替え終わり、那珂たちは提督に挨拶をしに執務室へ足を運んだ。しかし執務室には鍵がかかっており借りていた本館の鍵の一つで開けるも当然誰も居ない。自動的に五月雨もいないことがわかった那珂たちはひとまず待機室に戻り、雑談交じりにこの日の訓練内容を詰めることにした。

「それじゃあ今日の訓練のお話しよっか。」
「「はい。」」
「今日は自由演習ってことで、好き勝手やってもらっていいんだけど、さすがに全部が全部自由ッて言われたら困るよね?だからイベント的にやることを考えて欲しいんだ。どうかな?」
「はーい。それで張り合いが出るんならまったく問題なしです。」
「わ、私は何かしら課題を提示してもらったほうが……助かるので。」
 二人から承諾を得た那珂は改めて言葉を続ける。
「メインになる楽しいイベント風訓練と洒落込みたいねぇ。本当なら夕立ちゃんたちが来てから内容を決めたいんだけど、とりあえず二人の考えをまとめておこっか。それじゃー何をしたいか希望を言ってくださーい!」

 那珂が促すと、すぐに川内が意見を口にし始める。
「はい!あたしは、ロールプレイングゲームとかアクションゲームのようなことをやってみたいです。う~んとね、プールか海をゲームのステージばりにして途中で的や誰か他の艦娘を倒して進む、そんな感じの。例えるなら○○や□□、△△といったゲームかなぁ。」
 最初から最後まで自身の好きなゲームに喩えて説明する川内。彼女の言葉の最後の実例のゲームタイトルに那珂はもちろん五十鈴・神通もサッパリわからんというにこやかな無表情をするが、少なくともやりたいことだけは理解できたので普通の笑顔を取り戻した。
「お~、さすがゲームオタクの川内ちゃん。アイデアが冴えてる~!」
「エヘヘ。それほどでも。」
「川内さん……それあまり褒められてない気が……。」
 那珂の賞賛に川内は素直に喜ぶも、深読みした神通は最小限の小声でそれとなく呟いて教えた。ただやはり誰にも聞こえなかったために神通の発言はまったくなかったこととして表向きの話題は進む。

「確かに、普通に砲雷撃繰り返すよりかはよほどモチベーションも保てそうでいいわね、ゲーム方式。正直今言われた喩えのゲームぜんっぜんわからなかったけど。」
「五十鈴さんはゲームやらないんすか?」
「やらないわ。私の周りでも……いないわね。」
「そうですか~残念。普通の女子ってゲームやらないのかなぁ?」
 五十鈴の言葉を受けて川内は至極残念そうな声色でもって呟いた。それに対して那珂は一言言い返す。
「いや~あたしだってたまに携帯でやるけど、川内ちゃんのそれはガチでしょ?」
「えぇまぁ。遊ぶために遊んでますし。てかそうじゃないとゲームに失礼っしょ?多分提督もあたしと同じような言い方すると思いますよ。」
「へ、へぇ~、そんなもんですかねぇ~?」
 突然提督に言及されたためにわざとらしい敬語で那珂は言った。
「そんなもんです。ゲームやるんならしっかり楽しむためにやらないと。というわけでゲームっぽい訓練、どうですか?」
 ともかくも川内の人となりがまた一つ分かった気がした那珂たちは、当人の反応はひとまずさておき、提案には賛成できるものとしてそれぞれ賛同の意を示した。
「まぁいいんじゃないかな。文化祭の出し物みたいで準備も楽しくやれそう。」
「私も……それでいいです。」
「そうね。それじゃあ決まりね。あとは夕立たちが来てからあの子達にも確認してみましょう。」


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 自由演習の案の有力候補がまとまった那珂たちは夕立たちが来るまで待つことにした。その間、那珂は提督と五月雨に連絡を取ってみる。提督からの返事はすぐには来なかったが、五月雨からの返事は1分ほど経ってからメッセンジャーで受信した。
 那珂が連絡を取ってから1時間が過ぎた。その間、連絡を提督に任せていた不知火が先に姿を現す。不知火は高校生組の那珂たちに比べ小柄な体躯に似合わず山にでも行くのかと言わんばかりの大きめのリュックサックを背負って待機室に入ってきた。そして気配の殺し方が完璧すぎたため那珂たちはすぐには気付かなかったが、いち早く後ろを振り返って気づいた神通の一言で全員小さな悲鳴を挙げて不知火を向かい入れる形になった。

 その後再び五月雨から那珂の携帯電話に連絡が届いた。見てみると、鎮守府のある街の駅に着いたという。その連絡から10数分してようやく五月雨らも待機室に姿を見せた。全員私服のまま入ってきて、荷物を置いてすぐさま更衣室に向かい、制服・およびジャージに着替えて再び待機室に入ってきた。
「お待たせしました~。」
「うぅん!!五月雨ちゃ~ん!土曜日もあなたの姿見ないと寂しくて寂しくて~!」
「ふわぁ!? も~~、那珂さんったらぁ~。恥ずかしいじゃないですかぁ。」
 那珂のいつもどおりの猫撫で甘え攻撃を受けて五月雨は恥ずかしがって那珂を振りほどくも、本気で嫌というわけではない。五月雨の身悶えが緩やかになったのに気づいた那珂はそこでタイミング良く彼女を解放してあげた。
「ねぇ那珂さぁん。昨日メッセージいただいたとおりお泊りの準備してきましたよぉ。」
「あたしもあたしも!鎮守府に泊まるの初めてだからなんかワクワクっぽい!」
 村雨に続いて夕立、二人が那珂に声をかける。
「うん、話に乗ってくれてみんなありがとーね。不知火ちゃんもまさかそんな……おっきい荷物まで持ってきて協力してくれるなんてほんっと感謝感謝だよ~。」
「五月雨が。」
「あ、うんうん。お泊りのことは私から詳しく不知火ちゃんに伝えておきました。」
 ぼそっと五月雨の名前だけ口にする不知火。言及された五月雨が代わりに答えた。
「ありがと。あたし不知火ちゃんの連絡先知らなかったからさ。」
 そう那珂が明かすと、不知火はリュックサックからゴソゴソと何かをあさり始めた。
 取り出したのは携帯電話である。
 不知火は携帯電話を両手に持ち 黙って那珂に差し出してきた。
「え?え~っと……教えてくれるの?」
「(コクコク)」
「そっか。うんうんありがとね。これで不知火ちゃんともお友達になれたね~!」
 那珂は川内と神通に手招きして二人にも不知火の連絡先を受け取らせた。神通は相手に聞き出す勇気がなかったために思わぬタイミングでの連絡先ゲットにほのかに頬を緩ませる。これで那珂は現在所属の艦娘全員の連絡先をゲットしたことになった。

 その後しばらく雑談をして場の空気を温めた一同。全員この日の自由演習(の協力)とお泊り会の準備は万全ということで、これからの出来事を想像して心躍り、全身に湧き上がる高揚感を態度に表し隠せないでいた。


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 待機室には那珂たち軽巡、高校生組が4人、五月雨たち駆逐艦、中学生組が4人揃った。那珂は早速五月雨たちに彼女らが来るまでの話を説明し、意識合わせをした。五月雨たちは快く承諾の意を見せる。

「へぇ~ゲームっぽい?楽しそー!!」
「お! 夕立ちゃんならきっとノってくれると思ってたよ。さっすが同志!」
「どうし?」夕立が聞き返す。
「うん。だって夕立ちゃんもゲームとか漫画好きでしょ?」
 川内が自身の夕立像を打ち明けると、夕立は納得の表情をしてコクコクと勢い良く連続で頷いた。
「それでぇ、ゲーム風の訓練っていっても具体的にはどうするんですかぁ?」
「そうそう、それが大事なんだよ村雨ちゃん。それを皆で話して決めたいの。」
「ゲームですかぁ~。どんなのがいいのかさっぱり想像つきませんね~。」
 話に快諾したはいいがいまいちピンと来ていない様子を見せる村雨と五月雨。そこに提案者である川内が例を示す。

「ゲームって言い方でわからないなら体育祭とか文化祭でもいいよ。あたしは単にゲームが例えやすかっただけだし。」
 五月雨や村雨、夕立はいくつか競技を口にし、過去自身の学校の体育祭・運動会の思い出話に花を咲かせ始める。
 そんな中学生組をよそに神通は自身の携帯電話でインターネットを見て何かを検索していた。五十鈴はそれをチラリと見て再び那珂たちに視線を向け、そして議論に入り込んだ。
「もう午前も結構過ぎてるしあまり時間ないわよ。決めるなら簡単なものでもいいから決めましょうよ。」
 そんな五十鈴の意見に頷く那珂と神通。その時川内が再び提案の声を挙げた。

「そうだ!あたし達艦娘じゃん。だからさ、モチーフになった艦にちなんで海戦や作戦を再現してみない?」
「海戦?」那珂が聞き返す。
「そうです。まぁ140~150年前の出来事だから普通の人はだーれも知らないと思うけど、あたしたち艦娘のモチーフになってる艦は第二次大戦で太平洋を駆けまわって戦ったそうなんですよ。」
 川内が語りだしたので川内を除いた全員は黙って聞くことにした。それは自身の担当艦の由来に関わってきそうだという一筋の興味によって引き起こされた態度である。
「例えばですね、あたしのモチーフになった軽巡洋艦川内はマレー沖海戦やエンドウ沖海戦、ガダルカナル島の戦いとか参戦したらしいんですよ。なんか川内は夜間に米軍や英軍の艦と交戦することが多かったとか。他には兵士を島から島へと輸送する作戦とかも支援したんですって。」
「ふむふむ、それで?」
 軽快な口調で語る川内の説明に那珂は催促する。

「はい。つまりあたしが言いたいのはですね、ゲームなら艦隊を率いて輸送作戦を何回繰り返して運んだらミッションクリアとか、視界の悪い夜戦でどれだけ早く敵を見つけて倒せば日中よりクリアポイント高いとか、そういうのをやりたいんですよ。」
 川内の説明が一区切りして沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは神通だった。
「川内さんの……そのお話を簡単にしますと、例えば何か物を運んでどこか……例えば演習用プールに入れられたら合格とか、そういう感じで……どうでしょう?」
「サッカー、みたいです。」
 神通の例えを聞いて隣に座っていた不知火がぼそっと単語を口に出す。思わず全員不知火に視線を向けるも、不知火はまゆをピクリともせず無表情でぼーっとしてそれらの視線を受け流す。
「サッカーって……まぁ点を入れて競うとかそういう要素は似てるかもね。そうすると勝敗がわかりやすくていいと思うわ。実際の艦は人を輸送したんでしょうけど、今私たちがやれるとしたら人の代わりにボールとか、何か小物を使いたいわね。」
 不知火の発言に反芻してツッコミとしつつも五十鈴は不知火の言葉を受けて内容を掘り下げて発言した。

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「じゃあ皆何を運びたいでしょ~か!?」
 那珂の促しを受けて一同が再び頭を悩ませ始めると、まっさきに口火を切ったのは五十鈴だった。
「私の意見いいかしら?」
「はい、五十鈴ちゃんどうぞ~。」
「輸送するのは武器なんてどう?今うちにありそうなものである程度適当な数を用意できるものといったら武器だと思うの。例えば各自の装備可能な予備の武器を陣地まで運ぶ。とか?」
 五十鈴の案を聞いて噛みしめるように那珂と川内は何度も頷く。
 那珂ら高校生組と同じように頭の中で噛みしめていた村雨が案に追加要素・代替要素を加えるべく口を開いた。
「それなら魚雷を使いませんかぁ?魚雷を適当な数生成してもらってそれを使うんです。あれならいくつでも数揃えられますし、余っても今後の出撃のためのストックでとっておけばいいんですよ。」
「おぉ~、村雨ちゃん冴えてる~!」
「それほどでも~。」
 那珂が素直に褒めると、村雨はやや照れが混ざった得意げな表情で返事をした。
「ていうか村雨ちゃんさ、魚雷が3Dプリンタで作れるって知ってたの?」
「えぇ。だって私達川内さんより前からいるんですよ。訓練の時に教わりましたよぉ~。」
「アハハ、そっか。」
 川内からの質問ににこりとして答える村雨。軽い雰囲気ながらも的確に返されて川内は口の端をやや吊り上げ苦笑いした。

「それじゃー運ぶのは魚雷にしよっか。本番用の魚雷だと危ないかもしれないから訓練用の魚雷ということで。」
「「はい。」」
 那珂がまとめると一同を代表して川内と神通が返事をし、輸送の対象が決まった。


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 波に乗り始めた一同が訓練の主目的と詳細を詰め始めて30分経った。ここまでの流れと想定では川内が仕切るべきはずだったが、何度那珂が川内に振っても川内はなんだかんだと案を出してすぐに那珂に振り戻して確認を求めていたため、いつの間にか那珂にそのバトンが戻ってきていた。一方で書記は黙々と携帯電話とタブレットでメモを取っていた神通が一手に引き受けている。
「結構アイデア出てきたね。それじゃーみんなの案をまとめるよ。神通ちゃん手伝って。」
「はい。」
 那珂は神通がメモを取っていたタブレットを指差して神通に見せてもらい、操作は神通に任せて自身は脇からあれこれそれと編集の指示を出す。神通のまとめ方は元から整っていたため、大して時間はかからずにこれまで話し合ってすりあわせた案がまとまった形を見せた。

「それじゃー神通ちゃん、発表して。」
「……えっ!? わ、私が言うんですか……?」
「もち。ろん!」
 神通の恐る恐るの確認に那珂は軽快なリズムで返事をした。
 神通はてっきり先輩たる那珂がこの8人の場で発表してくれるとばかり思って安心しきっていたため、急に役割を振られて緊張で顔を強張らせる。
「みんなの前で説明をするのもある意味訓練の一つだよ。まぁ艦娘というよりは日常生活で大切なことだよね、自分の口できちんと言えるの。」
「う……はい。」
 ぼそぼそと小さな声ながらも訓練の概要が神通の口から説明され、どうにか聞き取って理解できた一同は互いに感想を述べ合う。
「わぁ~なんか簡単そうですけど、実際やったらきっと違うんですよね~。」
「まぁ分量としては妥当だと思うわ。あまりボリュームありすぎても私たち自身が内容忘れてしまいそうだし。」
「そーだよね。ま、試しにやってみよってことで。」
 ふんわりとした言い方で楽観的に五月雨が感想を口にすると、五十鈴がその内容に肯定を示しつつ慎重な面持ちで訓練に臨む決意を匂わせる。それに那珂は軽快な雰囲気で頷く。
 夕立や村雨もそれぞれの感じ方で感想を口にし、これから臨む訓練(の協力)に心を踊らせ始めた。


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「それじゃー、チーム分けしよっか。」
 次の議題に移り、那珂が全員を促す。すると誰よりも先に夕立が口を開いた。
「はーい!だったらさ!ゆそーを邪魔する敵役!あたし悪役やりたーい!」
「ゆうちゃんだったらそう言うと思ったな~。」
「えぇ。私もすぐ想像ついたわ。」
 夕立が率先して役割を求めると、五月雨と村雨は苦笑いを浮かべて友人の分かりやすい行動を察した。しかし夕立は二人のそんな反応なぞ気にせずどんな役でもいいと言い放って椅子に何度も寄りかかってキコキコ鳴らす。
 駆逐艦勢の反応をよそに那珂が川内に言った。
「次はあたしから案言っていい?」
「はい!那珂さん。お願いしまっす!」川内は待ってましたと言わんばかりの勢いで身を乗り出す。
「川内ちゃんたちと五月雨ちゃんたち合わせて6人いるじゃん?ちょうど3人ずつでチーム組めるよね。チームとしては川内ちゃんと神通ちゃんは別々のチームね。」
「はぁ。それはいいんですけど、なぜに6人?那珂さんは?」
 川内が尋ねると那珂そして続けて五十鈴がその問いに回答した。
「あたしと五十鈴ちゃんは直接参加はしないほーしんで。」
 そう言って那珂は五十鈴にチラリと目配せをする。すると五十鈴がけだるい表情を一瞬作った後、口を開いた。
「これはあくまでも二人の最後の訓練なのよ。だからあなたたちが主導でやるの。二人が競いあってそれぞれの結果を出せるようにしないと。私と那珂は監督役に徹するんでしょ、那珂?」
 那珂はコクコクと頷いて肯定し補足する。
「うん、そーそー。でもただ見てるだけじゃなくて、審判役として参加程度かな。作戦行動には一切手を貸さないからね?」

 那珂と五十鈴のあっさりとした非参加の意を認識した川内と神通はやや不満・物寂しさを感じつつも代わる要望を口にした。
「うー、じゃあせめてあたしは夕立ちゃんとチーム組みたいよ。」
「そ、それでは私は……不知火さんと……組みたいです。」
「うん。それじゃー川内ちゃんと神通ちゃんがそれぞれの 旗艦、つまり チームのリーダーね。」
「おぉ!あたし旗艦か!なんかうれしい!」
「うぅ……リーダー……苦手。」
 那珂のさらなる提案という名の指示を受けて川内と神通はそれぞれの反応を示す。ほぼチームは確定し始めていた。あとは五月雨と村雨が余っていたが、
「五月雨、来て。」
という突然の不知火の懇願の一言が皆の輪の中に響き渡る。特に断る理由もない五月雨はそれに承諾することにした。
「あ、うん。いいよ。神通さん、私そっちのチームに入ってもいいですか?」
「え!?え……とあの、うん。いい……よ。」
「やったぁ!不知火ちゃん、一緒に頑張ろうね!」
 五月雨は夕立を挟んでその隣にいる不知火に対して腕を伸ばしてテーブルの上でブンブンと手のひらを振り、不知火に喜びと鼓舞の意を伝えた。それに対して不知火は手は振り返さなかったが無言でコクコクと頭を縦に振って相槌を打つ。
 神通はいきなりリーダーの仕事たる決断を迫られてドキリとしたが、相手が五月雨という一切毒気のない純朴な少女、かつ秘書艦として自分が知らぬ艦娘の活躍をしている先輩であるがため、その眩しさに緊張でどもりつつもどうにか最初の責務を果たした。

「それじゃーますみん、一緒に組むっぽい?」
「そうねぇ。そうなるわね。」
 必然的に最後まで残ったメンバーとなった村雨が夕立に確認混じりの一言を受けて川内のチームに加わった。
「となるとこれでチーム分けは決まりってことだね。」
「はい。」
 那珂の一言に川内が頷いて返事をする。これをもって訓練のチームが確定した。
「それじゃあ皆、早速工廠行こー!」
 那珂の号令に一同は気合に満ちた返事をし、そして工廠へと向かって行った。


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 工廠に着いた那珂たちは事務室にいた明石と技師たちにこれから行う訓練の仔細を伝え、協力を仰いだ。説明を聞いた明石は一言感想を口にする。
「へぇ~。随分本格的な作戦に近い訓練をするんですね。感心感心!それじゃあお姉さんたちも協力しないわけにはいきませんね。」
「そうね~。初めてじゃないかしら? そういう訓練する五月雨ちゃんや五十鈴ちゃんたちの姿、そういえば見たことないかも。」
 明石に続いて同僚の技師たちも那珂たちの訓練に対する意気込みを察して評価しあう。
 明石の同僚の技師たちが口にした範囲の意味は、最初の五月雨から那珂が着任する直前の艦娘までのそれを指していた。彼女らの言葉を聞いた五月雨や五十鈴らは決まりの悪そうな顔になって明石たちから視線をそらす。それを見た那珂はからかいたくなるが、こらえて乾いた笑みを発するだけにした。

 軽く雑談した後、明石と技師らは那珂の依頼どおり訓練に必要とされる機材を準備し始めた。
「訓練用の魚雷を運ぶと言ってましたけど、魚雷発射管のコントロールがないままうっかり海水に浸したら危ないので、信管は生成しないでおきますね。」
 明石の配慮で3Dプリンタで生成された訓練用の魚雷は、エネルギー波を発する装置たる信管が生成されずに組み立てられた、一切爆発しないまさに魚の骨な金属物として那珂たちの前に用意された。
「あ、はーい。ありがとーございます。数もこれくらいで十分です。」
 那珂が代表して感謝を述べた。
 そして一行は出撃用水路まで行き、台車に乗せていた魚雷を小型のボートに積み各々水路から発進していった。


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 出撃用水路を出て外の桟橋の側で一旦集まった那珂たちは訓練の役割を確認し合った。
「それじゃー最初は川内ちゃんチームが輸送する側ね。神通ちゃんチームは輸送を妨害する側。おっけぃ?」
「「はい。」」
「うー、あたし最初にぼーがいするほうがよかったっぽい~。」
「アハハ。まぁまぁ。交代すればゆうちゃんたちが次は妨害する側だから我慢しよ?」
 夕立の愚痴りに五月雨が眉を下げて乾いた笑いを浮かべながらフォローをした。
 那珂や川内たちも苦笑いしながらも確認を進める。

「川内ちゃんたちは海に出て、堤防沿いで準備してね。誰が輸送担当かはその時決めて。輸送担当になった人が3回ペイント弾で被弾するか、ボートを奪われたり魚雷にタッチされたら負けだからね。」
「はーい。」
 川内のけだるい返事が回りに響いた。那珂がウンウンと頷くだけで言葉を発さないでいると、続きの説明は五十鈴がした。
「それじゃ妨害側の神通たちへの確認よ。あなたたちは川内たちがここからいなくなったら話し合って決めてね。それと撃てるペイント弾は一人5発まで。明石さんはえらくたくさんペイント弾用の弾薬エネルギーを補充してくれたけど、決めた回数以上は撃ったらダメよ。いいわね?」
 神通が静かな口調で短く返事をして頷くと、駆逐艦らがそれに続いて返事をした。

「それと機銃パーツでの射撃はOKだけど、それは当たり判定にしないからあくまでも補助用ってことで。輸送側も撃っていいけど、あくまで早く輸送するのが目的だから、妨害側を轟沈扱いにするまで時間をかけるのはダメよ。いいわね?」
 引き続きの説明で念を押す。説明が一段落すると、川内を始めとして神通、五月雨たちがそれに続いて意気込みを口にしあう。
「うお~。直前でいざ説明を確認するとドキドキするなぁ~。自分たちで決めたことなんだけど、本当に上手くできるかなぁ?」
「……川内さん、私、負けませんから。」珍しく強気で川内に恐々としながらも鋭い視線をおくる神通。
「ゆうちゃん、ますみちゃん、絶対邪魔してみせるからね。」
「……沈める。」
 五月雨も同じように強気に出て夕立と村雨に言うと不知火も続き、一言だけの尖すぎる決意の言葉を発した。

「さみは怖くないけどぬいぬいは本気も本気で怖いっぽい~。でも勝つのはあたしたちだもんね~!」
「絶対避けきって輸送成功させるわ。みてなさいよね~?」
 夕立と村雨も負けじと対抗心をむき出しにして五月雨と不知火に鋭い視線を向けた。

 説明と内容の確認の締めくくりは那珂が行なった。
「それじゃー両部隊とも、心の準備はいいかな?1回目だから探りながらで悪いけど、せめて思いっきりやってね。」
「「はい!」」
 川内と神通に続いて駆逐艦の4人が改めて威勢よく返事をした。
 返事の後、川内たちは湾を出て海へ出て堤防に沿って海岸近くまで行き、消波ブロック帯まで行ってそこで3人揃って話し合いをする。川内たちには加わらないが川内側の審判役として五十鈴が数m離れた位置で彼女らの様子を眺めている。
 一方で出撃用水路沿いの桟橋付近に残った神通たちはすでにその場で話し合いを始めていた。神通側の審判役として監視することにした那珂はニマニマしながら数m離れたところにいる3人を眺めていた。否、監視というよりも、後輩や駆逐艦たちのやり方に興味津々で間近で観戦したい、つまりはスポーツ試合の観客の目つきそのものだった。

午前の訓練

 海岸の端と堤防の開始地点の間には消波ブロックが積み重ねられて正方形の区画になっている場所がある。鎮守府Aの敷地内の湾や堤防沿いの海は元々は県の所有地で実際の管理はヨットハーバーの運営組織のものであった。その一帯の海浜公園の浜辺までは一般市民が自由に立ち入りできたが、元々遊泳に適した水質や地形ではないために遊泳は禁止されている。
 現代では鎮守府Aが設置されその海岸付近は国に戻り、そして最終的には国から委任される形で、名目上は県と鎮守府Aが管理する土地となっている。元々あったヨットハーバーは海浜公園の一部の施設だったが、現代では鎮守府Aが設置されたために、当地稲毛海浜公園の検見川地区だけは管理元の違う区画になり、海浜公園は実質分断された状態になってしまっている。

 川内と夕立・村雨は誰もいない海岸を視界に収めつつ、消波ブロックのその区画の手前で停止した。魚雷を載せていたボートを留めて話し合いを始めていた。
「さてと、あたしらはこのボートを奪われたり被弾させることなく、プールまで運べばいいわけだ。二人とも、作戦カモーン。」
「えっ!?川内さんが旗艦じゃないですかぁ。だったら川内さんがぁ……」
「川内さんが作戦考えるべきっぽい。だってあたしたち川内さんたちの訓練に付き合ってあげてるんだよー。なんたってあたしたち先輩だし~。」
 駆逐艦二人のツッコミに川内は普段の中性的な声のまま僅かに茶目っ気を交えて愚痴った。
「う!?あたし細かいこと考えるの苦手なんだよ~。」

 すると夕立はブーブーとわざとらしく不満を口にし、村雨はというと頭をわずかに前に傾けて脱力気味にため息をつく。そして村雨が口を開いた。
「はぁ、いいですよ。とはいえ私も作戦考えるの得意じゃないので、せめて役割分担だけは先にしましょ~。一人はボートを引っ張る輸送本体残り二人は護衛ということですけどぉ、さてどれをやりたいですかぁ?」
 言い終わるが早いか村雨の目の前の二人が一気に沸き立った。
「はいはい!それじゃーあたし護衛したいっぽい!戦いたい!」
「はいはい!それじゃあたしも!妨害するやつらをガンガン潰したい!」
 両手を上げて思い切り自分の希望を口にする夕立、それを見た川内も続いて叫ぶ。
 二人揃って同じ勢いな様を見て村雨はまたしてもため息を今度は大きめにつき、そして二人に向かって言った。
「わかりましたよぉ。それじゃあ私が輸送本体するので、二人は護衛お願いしますね。」
「「やったー!」」
 しぶしぶとはいえ承諾の意を得て川内と夕立は海上で跳ねて揃ってハイタッチをして喜びを表した。村雨の心境は、まじめに付き合うと気苦労が耐えない友人が二倍・気疲れも二倍、そんな心境であった。

 3人の作戦はとりあえず護衛の川内と夕立が揃って壁になって前へ前へと出るのみ。旗艦の川内は掛け声をあげる。
「さてと、それじゃあ行きますか。川内抜錨!」
「ばっびょー?」夕立が呆けた声で反芻する。
「あぁうん。船とかの用語ね。錨を挙げて出航することだよ。こういう用語使うとホントに艦隊になった気がしない?」
 川内が得意げな口調で夕立へと質問の回答をすると、夕立と村雨は呆けた相槌を打った。それにはもちろん感心の意が込められているのは明白だった。
「川内さん物知りなんですねぇ~!」
 村雨が軽い拍手を送ると川内は後頭部をポリポリと掻きながら言った。
「いや~あたしの知識は大体がゲームか漫画絡みで得たもんだから、物知りなんて照れるわ~。でもかっこいい言葉多いの知ってるし、こんな知識でいいならどんどんあたしに聞いてよ!」
 自分より年下、中学生の二人に自分の知識を感心されて気を良くした川内は鼻を高々と伸ばすがごとくドヤ顔になり、背筋をピンと伸ばす。その仕草で図に乗ってるということを察した二人はあえて首を突っ込まずに乾いた笑いだけを流してその場をやり過ごす事に決めた。川内は年下の二人の表向き感心し続ける様にさらに鼻を高くしてふんぞり返った。
 そして雑談もほどほどに、川内たち3人は消波ブロックの側から移動し始めた。


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 川内を先頭として2番めに夕立、最後尾にボートを引く村雨という順番で堤防に沿って河口目指して進む。途中まで進んだとき、夕立がふと上を見上げて何かに気づいた。
「ん~~?ねぇ川内さん。あれなぁに?」
「え?」
 夕立に尋ねられた川内が視線を上空に向けると、そこには先日まで自身が四苦八苦してとうとうまともに操作することを諦めた物体が飛んでいることに気がついた。それと同時に操縦者の意図にも気がつく。一瞬にして顔色を変えて川内は後ろにいた二人に指示する。
「やっば!あれ神通の操作する偵察機だよ。まずい、うちらの隊列とか動きが丸見えだわ。神通のことだからうちらのことあれで偵察して、なにか作戦でも立ててるに違いない。二人とも、スピード上げて一気に行くよ、いいね?」
「「はい。」」
 川内の真剣味のある焦りを見て駆逐艦二人は精神状態を普段の出撃時のそれに切り替えた。


--

 堤防と道路、そして工廠の敷地内の3つを挟んでその先の桟橋沿いにいる神通たちは、偵察機を飛ばして川内たちの動向を探ることにした。小さな範囲とごく簡単な作戦による訓練とはいえこれまで苦労して行ってきた訓練の総仕上げ、甘く見て手を抜くことはできない。それは訓練に協力する側の立場である五月雨と不知火もほぼおなじ気持ちであった。
 偵察機から見えた映像では、川内たちは縦一列の並びでスタート地点の消波ブロックから移動し始めていた。小回りをきかせて旋回しながら3人をカメラにおさめていると、そのうち真ん中の艦娘が上空を見た。続けて先頭と最後尾の艦娘も見上げる。どうやら気づかれた、そう神通は察する。その直後3人はスピードを一気にあげて河口を目指し始めた。

「……おそらく輸送本体は村雨さん。彼女の前に川内さんを先頭にして夕立さん、そして村雨と続いてます。……あ、速度を上げました。」
「うわぁ~神通さんすごいですね~。那珂さんみたいに艦載機使ってる~。かっこいいです!」
「……(コクリ)」

 神通が口にした分析結果ではなく行動に関心を示す二人。ワイワイ・ポワンポワンとはしゃぐ二人。
 神通は再び目を閉じて偵察機からの映像に集中しつつ二人に分析結果と指示を出すことにした。
「川内さんのことだから……細かい作戦なしに突っ込んで来るのだと思います。私はあそこに隠れて最初に飛び出します。なんとか誘導してみせるので、二人はあそことあそこに隠れて順番に出てきて攻撃してください。細かい立ち回りは……お二人に任せます。」
 神通がそう説明しながら指を差したのは、今自身らがいる人口湾の湾口を構成している突き出た波止、そして出撃用水路だった。海寄りの波止にはなんの目的なのか、ビニールカバーがかけられた木箱のようなものが並んで数個設置されている。そのため湾側でその手前に行ってしゃがんでしまうと、川からはその位置の湾側の様子が見えない。逆に川側の様子も見えない。
 神通はこれまで訓練中に朝早く来て、朝練の前に鎮守府Aの敷地内を散歩して各場所を観察するというのを何度もしていた。そのためとっさにその波止と箱を活用しようと思いついた。そして出撃用水路と、工廠1ブロック離れた区画にある演習用水路の物陰だ。ゴールは演習用水路の柵にタッチという簡単さだが、工廠内の水路部分に入ると、水場が入り組んだ構造になりさらに壁もあるためそれらが使えると神通は踏んでいた。
 神通が指差した方向を見た五月雨と不知火が振り返り元気いっぱいに返事をした。
「わかりました!わぁ~頑張ろーね、不知火ちゃん!」
「了解致しました。この身に代えても、任務を遂行します。」
 五月雨が不知火の手を握ってフリフリ小さく振ってにこやかに励まし合っているその様を見て、神通はその眩しい微笑ましさと明るさに僅かに口元を緩ませて笑みを出す。
 神通の心の中に気づくはずもないのに、五月雨はホンワカした雰囲気に似合わず鋭く触れてきた。
「あ、神通さんなんだか嬉しそうです。」

 言われて気づいて口の両端を下に下げる。それまではつり上がっていて笑みを作っていたのだと気づいたのだ。なぜ微笑みを浮かべていたのか自身でわからないが、艦娘仲間として一緒に何かをするということに実感を持ち始めていたのは確かだった。
 右手を胸元に当て気持ちを落ち着けて再び口を開いた。
「……私にとってはこれが初めての作戦行動です。ですから本当はどういう時にどのように動けばいいのかわかりません。だから……私が今できる精一杯の作戦。どうか、協力してください。お願い……します。」

 神通が初めての指揮と戦闘ということと普段から自信なさげだということは五月雨も不知火もわかっていたため、それならば最初から、あるいはその次に長くいる艦娘として余りある経験を存分に発揮せねばなるまいと意気揚々と乗り出す。

「あの~神通さん!きっとうまくいきますよ!私たち、ちゃんと指示どおりに動いてみせるので、任せてください!」
「……私も。意地でも。」
「ほら!不知火ちゃんも頑張るって言ってますので、神通さんの初めては私達がカバーします!」
 頼もしげなはずなのにどこか不安を微かに匂わせる五月雨の発言に、神通は妙な安心感も感じていた。曖昧なものは好まないはずなのに、まぁなんとかなるだろうと川内のような物言いをしそうになる。思っただけで実際には口にはしなかったが。
 今までの人生では少しでも不安を感じたり疑問に思ったら自分で納得行くまで調べて、時には手を出せずにやり過ごしてきた神先幸としての人生ではありえなかった、大胆さという要素の混じった曖昧さ。不思議と心地良いと神通は感じる。そして目の前の駆逐艦二人に視線を送り、一言だけ発した。
「はい。みんなで……頑張りましょう。」
 輸送の妨害という目的を果たすため、神通たちは足の主機に移動を念じ、それぞれのポジションに付くことにした。
 神通たちの一連やりとりを少し離れた場所でニヤニヤと見ていた那珂は3人が離れてからポソリと
「うん。神通ちゃんもコミュニケーション問題なさそう。微笑ましい青春だぜぃ~」
と妙な達観モードに入っていた。


 やがて河口に3つの移動する物体が姿を見せた。川内たちである。


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 速度を上げて河口を目指す川内たち。最後尾にはボートを引っ張る村雨がいる。同調して筋力や脚力など総合的な能力が高まるとはいえ体力は別である。ボートを引く体力的コストがあるため、スピードを上げ過ぎるとついていけなくなって間が空く恐れがある。そして一般的な鎮守府の敷地よりも小さめな鎮守府Aとはいえそれなりの距離があるのでいざ対峙して途中で分断でもされるとまずいと川内は危惧した。
 作戦を考えるのは苦手とは言ったが、川内は結局のところ普段のゲームプレイの感覚を再現して訓練に自然と挑んでいた。本人的には意識して取り組んでいるわけではないが、隣り合っている夕立よりも1~2歩分前に出て先頭を進む川内の表情は真剣にゲームをプレイしている顔そのものになっていた。

 工廠と道路を隔てる壁は2m弱の煉瓦とその上は10mほどの高さの金網で出来ている。高低差としては堤防の手前の道路から工廠までのほうが海抜が高く、海側から艦娘が工廠の方へと視線を向けても湾の様子は確認できない。



 川内たちは河口で一旦停止した。ほぼ無策とはいえ警戒しないと流石にまずいと感じた川内は後ろを振り返って二人に言う。
「ここから警戒しながら行こう。なんか陣形組んでみる?」
 川内がそう提案すると、夕立と村雨はコクリと頷いてその案に乗ってきた。
「神通さんたちは左側から出てくるはずですし、川内さんとゆうを左側に配置して壁にして、私がこうやって立ち位置にして行きませんか?」
 ボートを引っ張る紐から一旦手を離して両手を使って説明する村雨が出した案は、次の形になっていた。

 川
夕 村

 ちょうど三角形の並びである。指で指し示しても呆けた顔をしている二人に村雨は実際に自分らで形作って示すことにした。実際に立ってみて川内はようやく合点がいった様子を見せる。

「おぉなるほど。こういうことね。わかったわかった。」
「どうせなら川の反対側にうんと近寄って遠回りに行った方がいいっぽい?」
 夕立は右人差し指を右頬に当てて虚空を見ながら追加で提案した。
「うんうん、いいね。それも採用~。いや~、あたしは良いメンバーに恵まれたわ~。」
 川内は軽い拍手をして夕立と村雨を素で褒める。

 二人の考えを受け入れて手で合図して川の反対側、排水機場のある岸にギリギリまで近寄り、沿って移動し始めた。
 川を上る3人。そろそろ湾口に差し掛かる距離である。しかし神通たちの姿はまだ見えない。
「……なんだ?まだ神通たち見えないんだけど。」
「そうですね~。そんなに凝りまくった作戦をしてるのかしら……」
 輸送担当の村雨は急に不安をもたげさせる。

 仕方なくそのままゆっくりと湾に入った。湾の端、桟橋の近くでは那珂が手を振っている。川内は口に手を添えて大きめの声で那珂に話しかけた。
「ね~~那珂さ~ん。神通たち、どこにいるか知りませんか~~?」
 その質問に那珂は苦笑しながら返す。
「それあたしが教えたらさ~、勝負にならないでしょ~?冗談きっついよ~。」
「アハハ。そっか。ですよね~~!」
 後頭部に手を当ててわざとらしく照れを見せる川内。湾口、波止の木箱の陰がまだ見えないその場で足を上げて方向転換して夕立と村雨に向き合う。
「まぁ~いいや。今のうちに演習用水路に入れれば勝ちだし。速攻で行こっか!」
「「はい!」」

 妙な安心感を得ていた川内らは陣形をいつの間にか単縦陣に戻し、一路演習用水路を目指して発進し緩やかに速度を上げ始めた。3人が湾口から離れて3分の1に達しようとしたところ、最後尾にいた村雨は左側、9時の方向から水をかき分ける音を聞いた。
 振り向くと、そこには全く掛け声を出さずに身を低くしながら忍び寄る神通の姿があった。

「うわぁ!!神通さん!?」
「「えっ!?」」

 村雨の悲鳴にも似た第一声で前を進んでいた川内と夕立が振り返ってようやく気づく。
「ちょっ!神通そこ!?夕立ちゃん、戦闘態勢!村雨ちゃんはあたしたちの後ろに下がって!」
「は~い!」
「はいぃ!」


--

 気づかれた。あと10mほどの位置まで迫っていた神通は相手が慌て出すのを見て同じく心落ち着かなくなる。こうなったら早くしなければ。
 夕立の背後に回ろうとしている村雨めがけて砲撃した。

ズドッ!

「ますみんあぶない!」
 村雨とペイント弾の間に夕立が割り込む。

ベチャ!

 神通のペイント弾の砲撃は村雨ではなく夕立に当たった。それを確認するやすぐさま神通はもう一度村雨を狙うべく次発で砲撃するために右腕をつきだし、連装砲を打ち出せるよう指を曲げてスイッチに軽くあてがう。
 しかしすぐには撃たずに、ひとまず距離を詰めることを考えて一歩、そして水上を滑るべく主機に任せてダッシュする。その際心震わせて気合を入れるのを忘れない。

「やあぁーーー!!」

 実際の神通の掛け声は蚊の鳴くようで大した迫力がなさそうなものだったが、夕立にとって適度に効果があった。夕立は神通とはほとんどまったく一緒に訓練したことなく、これまでの日常で神通という人は大人しい人という印象しか持てずにいた。そのため掛け声を挙げながら突進してきたその人に驚きを隠せないでいる。

「え?え? わあぁぁ!!」

 自分の思考・意識外のことが間近に迫り、一気にパニクる夕立。手に持っていた単装砲のトリガースイッチを何度も押す。

ドゥドゥ!!

ベチャ!

 夕立からの砲撃。
 1発めは食らってしまったが2発めを前のめりに転ぶように右斜め前に身体を倒して回避に成功する。地上の要領で思わず手を付こうと伸ばすが、よく考えなくても手からは艤装の浮力は出ないのでこのままでは沈むのみだ。そう感じて引っ込めようとするも時すでに遅しであった。
 行動が思考に追いつかずに神通は右手から海面に全身を浸し、柔道で受け身をとるがごとくそのまま一回転しながら海中に沈んでいく。
「うぶっ……」
 無我夢中で海中で足をジタバタさせどうにか姿勢を足の艤装の主機の浮力発生装置を海底に向ける。孔からゴボゴボと泡だった音が響いてきて神通の身体が浮き上がっていく。
「ぷはっ!」
 海面から神通が顔を出してホッと一安心して眼前を見ると、川内が夕立と村雨に発破をかけて今まさに離脱しようとしていたところだった。

 まずい。
 そう感じた神通は言葉以上に焦りを感じ始める。その焦りは早く追いつかないとという考えに至る。しかしそれを思っただけで、それ以上に具体的にどうするというのは考えていないつもりだった。
 目の前の三人組のうち、夕立を追い越せばなんとかなるかもしれない。ボートを引く村雨は夕立の先、川内の後ろだ。神通はすでに立ち上がって直立していた姿勢で、腕を前方に伸ばして構えてみるが狙いが定まらない。すぐにはボートを狙わない。というよりもまだ落ち着いて集中した後でないときちんと当てられないため、撃つことができない。
 今の神通の位置からでは夕立がとにかく邪魔だ。なんとか追い抜きたい。

 その神通の思考は自身が思った以上に艤装に理解された。足の艤装、主機からウィーンという鈍い音が聞こえてきた。一度経験していたため察しがよい神通はすぐに気づく。
((あ、これはまたやらかした。))
 今度はそれを逆手に取ってみる。身をかがめて陸上選手さながらの姿勢をとる。とはいえクラウチングスタートではなく、運動に慣れていない人がする可能なかぎりの低姿勢のスタンディングスタート状態である。今この時の神通にとって、その姿勢が一番こなしやすい。
((お願い……神通の艤装。私を、助けて……!))

ズザバァァーーーー!!


「ひっ……ぐっ……うぅ!」
 前傾姿勢のスタンディングスタートが功を奏し、水上移動訓練当時とは個人的に比べ物にならないほど安定しつつも爆速ダッシュをできたと神通は感じた。しかし勢いがありすぎて姿勢が左右に傾かないように保つだけでも精一杯だ。
 あっという間に夕立に追いつく。その水を激しく掻き分ける音に夕立が振り向いた。
「うあぁ!神通さんめちゃ迫ってきてるぅ!!」
 しかし神通の練度云々は関係なしにその動きだけで、川内チームへの牽制は十分だった。上半身と頭だけをわずかに後ろに振り向かせ、川内がメンバー二人に向かって大声を上げる。

「村雨ちゃんは全速力で離脱しろ!!夕立ちゃんはちょっと落ち着け!!」
「は、はい!!」
「っぽい!!?」

 スピードを落とした川内は後ろから来ていた村雨と夕立と並走する形になる。その際左手をブンブンと払って村雨に演習用水路に行くよう合図し、夕立に対しては口だけで叱る。
 村雨は慌てながらも足の艤装に意識を集中させ、とにかく全力でこの場を離脱することを優先させた。それを目の当たりにした神通は思った。
 ((今ならこんな私でも……陣形を崩せるかも))
 川内たちの陣形をさらに崩すべく、村雨をとにかく狙う。爆速ダッシュを意識して鎮めつつもダッシュの終点を川内と村雨の間に定める。高速移動しながらの砲撃をする心構えができていないなら、そのまま勢いに任せて突進すればいい。両腕を前方に伸ばし、わざと撃つ仕草をしつつ神通は低空ジャンプしてヘッドスライディングばりに前方の二人の間に飛び込まんとする。
「くっ!?だからさせないってば神通!!」
 川内は主砲ではなく、左腕に取り付けていた機銃を連射する。


ガガガガガガッ!!


 川内の射撃は突進してきた神通の電磁バリアで弾かれる。その効果はわかっていたことなので川内は気にしないし、攻撃されている神通もビクッと驚きを見せるがすぐに無視する。というよりもタックルの勢いの最中なので余計な心配をしている暇などなかった。
 ただひとつ、川内と神通の想定外のことが起こった。

「きゃああ~~!」

 村雨はまっすぐ演習用水路を目指すはずが、なぜか驚きのけぞって方向転換し針路を9~10時の方向、実際には南に向けて湾を移動し始めた。その方向には出撃用水路があるのみである。
「「えっ!?」」

 村雨は、神通のバリアが弾いて防いだ流れ弾に驚き、針路を一転させてしまっていた。
「ますみん!?そっちは違うっぽい~!!」
 思わず夕立も、わざわざ川内の後ろを瞬間的にダッシュして飛び抜けて村雨を追いかけようとする。
「おいおい!!夕立ちゃんも!……くっ、今は神通だ!」
 思わぬ展開と成果に神通は僅かに俯いてほくそ笑む。ホッと安心したのもつかの間、宙を一回転して背中から海面に着水し、再び全身を海中に浸してしまった。衝撃のため多量の水しぶきが周囲に撒き散らされる。神通のタックルをギリギリでかわした川内だが、その飛沫に身をよじり腕で顔をカバーして動きを止めてしまった。
 海中から顔~肩口までを出した神通は可能な限りの大声を上げ、村雨の向かった先に指示を出した。

「お願いします~。さ、五月雨さぁーーん!!」

「は~~い!」

 間延びして少々間の抜けたほんわかした返事を掛け声として出撃用水路の真ん中2番目からダッシュで飛び出してきたのは、叫び通りの人物の五月雨だ。鎮守府の敷地内、湾内で出すには際どすぎて危ない速度でもって、出撃用水路へと近寄ってきていた村雨めがけて突進していく。


「ますみちゃん覚悟ー!」
「あ、わぁぁ!!さみぃー!うわっうわっ!」

ドドゥ!!
ドドゥ!

 突然猛スピードで目前に迫ってきた五月雨は右手の端子に取り付けていた連装砲を構えて砲撃する。迫ってくる五月雨を目の当たりにして村雨はボートを持っていない方の手に持っていた連装砲を構えて応戦した。

ベチャ!ベチャ!

 五月雨の放ったペイント弾は村雨の左胸元に付着する。一方で村雨の放ったペイント弾は五月雨の右肩付近に付着するが、あまりにも猛スピードで迫って通り過ぎたためにその量はわずかだ。
 加えて五月雨は自身のスピードに足の艤装と足の耐久力がついていけなくなる。ふとした拍子に足をもつれさせすっ転び、低空飛行で宙を三回転ほどしたあげくに盛大に水しぶきをあげてヘッドスライディングばりに着水してしまった。その先には村雨を追いかけてきた夕立がいる。
 五月雨が転んだ拍子の水しぶきに驚いて夕立は急停止した。
「うぅ~、さみってばぁ~。なんなのよぉ~そんな豪快な転び方ぁ~!」
「アハハ……ゴメンね。ちょっと引っ張ってぇ~。」
 驚きはしたが夕立はすぐに目の前の五月雨を気にかける。親友からの救援依頼に快諾して五月雨が立つのを助けるべく手を伸ばした。
 一方で村雨は衣服についたペイントを確かめるべくヌチャっという生理的に受け付けぬ音と感触を味わってその場で呆然としていた。
 その様子に気づいた川内が村雨に対し怒号をあげる。
「ちょっと村雨ちゃん!何してんの!?今のうちに演習用水路に行けっての!」
「うぇ~……だって気持ち悪くって……」
「そんなの洗えるんでしょ?さっさと行け!」
「は、はい!」

 村雨は今までなんとなく川内に対して感じていた、ゲーム・スポーツ好きのただのお気楽で活発そうな女子高生という印象をこの瞬間雲散霧消させた。
 ゲームもスポーツも好きであるがゆえ、神通と向き合って構えている川内はいざ演習(試合)に取り組むときは本気も本気なのだ。その迫力や、直情的であるがゆえに受ける印象はまさに男勝り、気迫十分だ。
 なんだかんだ言ってもさすが年上、高校生だ。川内を信じて頼ることを決めた村雨は主機に高速の移動を念じて移動を意識し始めた。お互い助けあっておしゃべりし始めている五月雨と夕立を無視し、1番目の出撃用水路の脇を過ぎて北上し演習用水路のある工廠の第一区画へと目指し始めた。ボートをひっぱりながらの急な方向転換のため出だしはゆっくりと、途中で一気に速度を上げて向かっていく。

 この状況を川内はホッと胸をなでおろして見守る。神通はようやく起き上がってコソッと村雨を狙おうとしたが、川内に気づかれて身体を抑えこまれて思うようにできないでいる。腕を抑えこまれた神通は撃てないために俯く。川内はそんな同僚の姿を見て勝利を確信する。
「へっへ~ん。これであたしたちの勝ちだね。旗艦のあんたを押さえ込みゃあ、あとは五月雨ちゃんだけだったし、楽勝でしょ。へん!」
 そんな物言いをする川内に、神通は肩を震わせる。
 川内はその震えを見て感情をあまり出さないこの親友もこんな感じで悔しがることもあるんだなと、優越感に浸りながら鼻息一つ鳴らして周囲に視線を送り、村雨がゴールに到着するのを見守り続ける。
 誰もが誰も、もう一人演習参加メンバーのことを頭から抜け落ちていた。ただ一人、神通を除いて。


ベチャ!ベチャ!ベチャ!


 村雨はあと十数mというところで、急に左側からペイント弾を数発食らった。
 未だ乾かず取れることのない先ほどのペイント弾の影響からほどなくしての出来事、村雨の左肩~太ももにかけて新たなペイント弾のペイントがベットリと付着する。あまりに突然のことのため村雨本人は驚きの声を上げることも忘れて急激に減速し、ほどなくして完全に停止した。思わずボートを引っ張っていた片手の力が抜け、ボートと自身の間が開く。
 演習用水路の柵まではわずか5~6mという間近の距離であった。
 ペイント弾が飛んできたと思われる工廠のドックの屋内の物陰からそうっと姿を現したのは、神通以外全員がその存在を忘れていた不知火その人であった。

「沈みなさい。」

 少女にしては低すぎてドスの利いた声でぼそっと一言だけ言いながら不知火は鈍速で屋外に完全に姿を現す。頭を左に向け、村雨に視線を送る。
 村雨がゆっくりと左斜め後ろを向くのとほぼ同タイミングで、川内そして夕立が工廠の第二区画の前に姿を見せた不知火を見る。目を開いて口が半開きになっている。
 対して五月雨と神通はふぅ……というため息の後、微笑~笑顔~満面の笑みと移り変わっていく。
 全員が全員、この瞬間に勝敗を理解した。

「負けですぅ~……。」
 村雨はようやく思考が現実に追いつき、素直に負けを認めて短い言葉でスッパリと宣言した。
 そこまでの状況を見届けて、審判役の那珂と五十鈴が速度をあげて不知火と村雨の側にやってきた。

「村雨、被害状況を教えて。」
 五十鈴がそう言うと村雨はほとんど全身と言ってもよいくらいに付着したペイントをざっと見渡し、五十鈴と那珂に聞こえるよう声を張って報告した。それを受けて那珂が全員に聞こえるよう大声で宣言する。
「今回の演習試合、神通ちゃんチームの勝利とします!!」
 那珂の宣言か5秒ほどして神通達、そして川内達が堰を切ったように感情を爆発させあう。

「ちくしょーー!負けたぁ~~負けた!!」
 川内は両手で顔を覆い、しゃがんで地面でもないのに水面を叩いて小さな水柱を何度も巻き上げる。
「うあああ~~あたしも悔しーー!悔しい悔しい悔しい!!」
 夕立に至ってはその場で地団駄踏むように水面を蹴りまくって川内よりも大きな水しぶきをあげた。
「……はぁ。私がもっとちゃんとしてれば……はぁ……。」
 五月雨ほどではないが普段おっとりやの村雨が思い切り悄気げて憂鬱な言葉をぼそぼそとつぶやいている。負のオーラがこみあげているのが誰の目にもわかった。

 五月雨が神通の側まで移動する。神通と二人揃って不知火の側へと寄ると真っ先に五月雨が喜びの声を上げた。
「やったねぇ!!不知火ちゃんが一番の活躍だよぉ~!」
「……いえ。二人の。」
「ううん。二人ともよく頑張ってくれました。いえ、先輩方、ご協力……ありがとうございました。二人のおかげです、本当に。」
 神通は目の前の二人が年下ながらも艦娘としては先輩だったことを思い出し、言葉を改めて感謝の意を示した。


--

 川内チームの3人もほどなくして集まり、お互い声を掛け合う。
「川内さぁん。本当にゴメンなさい。私が慌てたりぼうっとしてたせいで……。」
「ううん。気にしないでよ。最後の不知火ちゃんの攻撃、絶対気づくわけ無いって。あんなんされたらあたしだって下手すりゃ那珂さんだってかわせずに被弾しちゃうよ。つまるところ、あたしたちはまだまだ経験不足ってわけだ、うん。」
「あたしも神通さんの変な勢いっていうか迫力にビビっちゃったっぽい~。もっと強くならなきゃ~~。はぁ~あ。」
 ひたすら謝る村雨を川内と夕立はお互いの立場から慰め、励ましあうのだった。

 2つのチームの反応を伺っていた那珂が再び声を上げる。
「さ~て。一回めはこれにて終了。まだまだいけるかな?」
 那珂の言葉にピクンと反応した川内が言う。
「もちろんですよ。この悔しさを思いっきり発散させたいし。すぐいけるよね、村雨ちゃん、夕立ちゃん?」
「はぁい。」
「はーい。問題ないっぽい。」
「私……たちも、大丈夫です。」
 神通の言葉にコクリと頷く五月雨と不知火。
 那珂と五十鈴はお互い見合わせ、意識合わせをしたの次の演習試合に向けた宣言をした。


--

 その後午前が終わるまで、2回演習試合が行われた。2回めは攻守交代として神通たちが輸送、川内たちが妨害となった。川内たちは意表を突いた妨害の仕方を発揮し、臨機応変さが足りなかった神通たちをあっという間に撃破する。輸送担当は五月雨だった。
 すぐに決着がついた2回目が終わり、あまりに早い勝敗に思うところあった那珂はもう一度同じ攻守の立場でするよう6人に言い渡す。
 そして迎えた3回目、3人一丸となって固まって突進し、輸送担当となった五月雨をひたすら守りぬいたことが功を奏し、川内たち3人の猛攻をくぐり抜けてギリギリで神通が演習用水路の柵をタッチできたことで、輸送側たる神通チームが勝利を得た。


「お互いよく頑張りました!午前の部は2対1で神通ちゃんチームの優勢ってところだね。」
「ふん!たまたまですよ。こんな狭いフィールドなら神通たちだって勝てますって。やっぱもっとでかいフィールドでやりたい!!」
 川内が不満と要望を口にする。同じ気持ちだったのか、残りの5人は思い思いのタイミングと強さで相槌を打った。それを見て那珂は提案を交えて午前の演習の締めの言葉とした。
「それじゃー午前はこれまで。午後も続きやるけど、次もっと動きまわって見応えある試合を展開してほしいねぇ。まぁもしかしたら進める上でルールに問題があったかもだから、お昼食べたら話し合お? 今のルールが絶対ってわけじゃないからさ。皆で作っていきたいのですよ、今日の自由演習は。」
 那珂の鼓舞の言葉に真っ先に反応したのは川内と夕立だった。
「はい!もっとゲームっぽいアイデアまぜて楽しくしましょうよ」
「あたしももっと遊びた~い!」
 二人して両腕をあげて海上をぴょんぴょん跳ねる。水しぶきが四方八方に散るがごく僅かなもののため二人以外は誰も濡れずに済んでいる。
「ゆ、ゆうちゃん……本音が出ちゃってるよ~!」
「ちょっとゆう~。あくまでも川内さんと神通さんの訓練の協力なんだからねぇ~?」
 五月雨と村雨がその物言いにすかさずツッコミを入れ、訓練終わりの皆を笑みで癒やした。


--

 一同が時間を確認するとすでにお昼を数分過ぎていた。腕時計をチラリと見て五十鈴が尋ねる。
「もうお昼ね。ねぇ那珂どうする?一旦上がりましょ。」
「そーだねぇ。よっし皆でお昼ごはんいこ!」
 那珂と五十鈴の言葉に賛同した一同は演習用水路の側から工廠に上がり、艤装を仕舞って本館へと戻ることにした。その際、那珂たちから艤装を受け取って仕舞ってきた明石が那珂たちにサラッと伝える。
「そうそう。提督もう出勤してきてますよ。」
「お~提督やっと来たか~。」と那珂。
「みんな演習に随分熱中してましたからね、工廠にちらっと姿現してそこの演習用水路の側から見てたのも気づかなかったでしょ?」
「あ~~。だってあたしたち湾の端っこでやってましたもん。そりゃ気づきませんって。」
 川内が苦笑いしながら明石の言葉に返す。それを受けて明石は提督の様子の一部を誇張して冗談めかした依頼をしてくる。
「さみしそうな背中で帰って行きましたから、ぜひかまってあげてくださいね。」
「はーい。」
 那珂は間延びした返事と合わせて手を挙げて賛同を示す。他のメンツもクスッと笑いながら返事をした。そして工廠から出ようと向きを変え始めた時、一同は明石から追加でお泊りに期待を持てる言葉を聞いた。
「そうそう。今日のみんなのお泊りに私もお付き合いしますよ。提督が自分だけじゃ気まずいっておっしゃるんで、保護者代表追加です。」
「お~明石さんも一緒!夜絶対楽しそう!おしゃべりしましょうね!」
「アハハ、は~い。本館戻ったら、色々と楽しみにしてみてくださいね。」
 明石も泊まりと聞いて一際沸き立ったのは川内だった。川内の素の欲望でのお願いに明石はクスッと笑いながら手を振る。那珂や神通が察するに明石もノリ気なのは間違いない。
 そして事務室へ戻っていく明石の背中を数秒確認した後、那珂たちは工廠を後にした。

入渠設備、完成

 本館へ戻った那珂たちは執務室に向かうことにした。本館へ入っていつものコースで更衣室に行こうとすると、1階女性用トイレのそばの工事区画で慌ただしく工事関係者と提督が話し合っていることに気がついた。
「あれ?提督ってばあそこにいる。どーしたんだろ?」
 那珂たちはどうせ2階に行くのに通るのだからと、特に気に留めずに提督が立っている工事中の部屋の前へと向かう。すると那珂たちに気づいた提督が軽く振り向き、手を振ってきた。

「おー、君たちか。ちょうど良かった。」
「どーしたの?」
「なんでしょ~?」
 那珂に続いて五月雨が返事をすると、提督は満面の笑みで返してきた。
「ついに工事が終わったんだよ。今日から使えるぞ!」
「えー!!」
 那珂と同時にほぼ全員が驚きの、歓喜の念を伴って声を上げる。少女たちが挙げる黄色い声に提督はもちろんのこと、工事関係者も思わずニンマリとする。工事の現場責任者も提督と同じような言い回しで、ぜひ存分に使ってくださいと言葉をかけてくる。
 那珂が代表して感謝の言葉を返すと、現場責任者や作業員は更に破顔して喜びをこぼすのだった。
「皆さん、ありがとうございます!毎日作業ほんっとご苦労様でした~!大切に使わせてもらいますね!」
「ねぇねぇ提督!早速使っていい?」
 川内が急き立てながら尋ねると提督はなだめるような手つきで川内を制止してピシャリと言う。
「まぁ待ってくれ。現場責任者の○○さんから、設備の説明を受けるから、せめて夕方からだぞ?」
「うわぁ~い!楽しみだなぁ~。ね、那珂さん!?あたしだってシャワー室できればちゃんと毎日でも綺麗にして帰りますよ。」
「アハハ、はいはい。わかったから落ち着こ~。」

 那珂の宥めを受けてどうにか落ち着いた川内を背に提督は現場責任者に一言で合図を伝えて説明を求めた。案内のもと、提督を先頭に那珂・川内、神通と一同は女性用トイレの隣の部屋、シャワー室となったはずの部屋へと入った。


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「え、うわぁ~結構広い。ていうかシャワー室としては広すぎじゃない?」
 那珂が驚いたその広さは、まずは洗面室・脱衣室たる区画だった。

「まずはここが脱衣室になります。職員さんが今後大勢使われるかもしれないと最初に伺っております。約60m2のうち、脱衣室についてはこのくらいの広さとなっています。備え付けなのは水道と、洗濯機用の配管のみです。」
 現場責任者が指し示す場所と面積の数値にふむふむと頷く一同。そして提督と同じくらい本館の隅々を知っている五月雨が提督に問いかけた。
「あの~提督。この部屋って会議室と同じ位の奥行きですよね?」
「ん?あぁそうだよ。」
「脱衣室でこんなに広いということはぁ……、残りの奥行き全部シャワー室ってことですか?」
 五月雨の質問に提督は言葉を発さずにコクンと頷いて微笑した。五月雨はすぐに察し、誰よりも真っ先に驚きを表す。五月雨がまだシャワー室を見てもいないのに先に驚いたのを見て那珂たちは何事かと確認する。五月雨はそれに対して
「うふふ。見てのお楽しみだと思います。」
とだけ言っておっとりした雰囲気の物言いで優越感を含んだ笑顔を那珂たちに向けるに留めた。
「なーーーーんか五月雨ちゃんと提督、二人だけ知ってる感じでずっるいなぁ~~。」
 冗談めかしているが明らかな嫉妬をする那珂。本気も半分だったがあえて冗談風を貫き通してジト目で五月雨に視線を送り、周囲に笑いを誘いかけた。

「そりゃ~ね~。さみはうちの初めての艦娘だもんね~。本館のコンセントの位置も全部さみに聞けば知ってるっぽい。」
「さ、さすがにそこまでは知らないよぉ……。」
 夕立が言う妙な例えに照れと苦笑いを同時に織り交ぜてモジモジする五月雨だった。


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 脱衣室と浴室を隔てる戸を開けて次の区画に入る。那珂たちの目に飛び込んできたのは、シャワーだけではなく浴槽も、そして部屋の壁の端には蛇口と鏡が4基とりつけられた設備も揃っている、一般家屋の浴室というよりもちょっとした旅館の浴室並の広さのそれだった。
「さて、どうかな?感想を聞きたいな、まずは那珂。」
「え? え、え~っと……あたしはてっきりシャワーだけかと思ってたんだけど、ていうかすごくない!?なんで?なんでこーなったの~!?」
 提督から感想を聞かれて一瞬慌て、素で質問し返す那珂。続いて川内も驚きの感想を述べる。
「そうですよ!これって普通に銭湯並じゃないですか!?」
 川内の大げさな評価の感想に黙ってコクコクと頷く神通と不知火。あえて黙っているのではなく、二人とも那珂たちと同様に想像以上の浴室の設備に圧倒されているがゆえであった。続いて那珂よりも控えめながら五十鈴も驚きと感心の声を上げる。
「私も簡易的なシャワー室だと思ってたのに、こんなに豪華になったのね。ねぇ提督、なんで設備のこと私達に話してくれなかったの?」
 五十鈴から質問を受けて提督はようやく艦娘たちの驚きと問いに答えた。
「一応明石さんには本当は浴室を作ることも全て相談していたんだ。あの人にはうちの機械面や設備周りのことは全部知っておいてほしいからね。それから妙高さんにもね。君たちに言わなかったのは、ぜひとも驚いて喜びを何倍にも高めて欲しかったんだ。大人げなくて申し訳なかったかな?」
「いいえ。そんなこと気にならないくらい驚いたわ。これだけ豪華な入浴設備、すごく嬉しい。」
「ホントだよ~。提督ってばナイスなことするんだから素敵なおっさんだよぉ~。ありがとね!」
 五十鈴が素直に評価し、那珂もいつもどおり茶化して周りに笑いを誘いながらも好評価する。五月雨たち駆逐艦勢は那珂たちのセリフに深く頷いた。
 現場責任者の案内で各箇所を見、そして簡単な使い方の説明を受け続ける一行。すでに水が通っているため、蛇口をひねると水とお湯が出る。シャワーのスイッチとダイヤルを回せばシャワーも出る。浴槽は完成したばかりのためにまだ湯は張られていない。そんな浴槽では那珂たちが説明を受けているのを我気にせずとばかりに浴槽に入って遊ぶ夕立の姿があった。引っ張られて付き合わされていたのは不知火だが、心なしか頬を緩ませ静かな笑みをこぼして夕立の遊びに付き合っていた。


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 一通りの案内と確認が終わった一行は脱衣室を抜けて廊下まで戻ってきた。案内されている間に廊下にあった工事用の機材等は全て片付けが済んでいた。
 提督と現場責任者の男性は工事完了の最終の打ち合わせをするために執務室へと向かっていった。
 廊下に残った那珂たちは別れ際に提督から昼食は各自適当に済ませろと言われたため、一旦更衣室そして待機室に戻ったのち、全員揃って本館を出て昼食を買いに行くことにした。
 道中の話題はやはりつい先程説明を受けたシャワー室改め入浴設備、浴室である。誰が最初に使うだの石けん等の備品は誰が買ってくるかだの、真面目な五十鈴が心配するところにより誰が掃除を担当するかだのと多岐に渡る。泊まりがけの自由演習という元々の要素に素敵な調味料が加わったため、少女たちの胸踊る思いとおしゃべりは止まる気配がない。


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 そんな最高の気分と最高の艦娘仲間同士のおしゃべりの最中、那珂はふと全員に向かって言葉をかけた。それは元々前日より密かに暖めていた考えである。
「そーだ!せっかくお風呂もできたんだしさ、遅くまで訓練して汗かいてもあたしたちは問題ないわけだよね?」
 突然の発言に川内たちはとりあえずの相槌を打って続きを待つ。

「夜の訓練もしてみない?あたしや五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんと村雨ちゃんは夜の戦いを経験したことあるけど、みんな夜の戦いはまだまだ経験不足だと思うの。」
「夜かぁ~。艦隊的に言うと夜戦っすね。うん、夜戦。一度は体験してみたいなぁ。ね、神通?」
「……えっ!?で、でも……夜です……よ?怖い。」
 艦娘になったとはいえ普通の女の子であることには間違いない一同。神通はそんな女子として当然の不安を口にする。しかし同僚たる川内の口ぶりは全く違う。

「いいじゃん夜遊びって感じでさ。大体明石さんや提督も泊まるんだよ?保護者いるじゃん。だから全く問題なーし。ねぇ那珂さん?」
「アハハ。そーだねぇ。あたしも川内ちゃんにいっぴょー。」
 と言い終わるが早いかそんなノリノリになりかける那珂の服の襟元を五十鈴が掴んでツッコミを入れる。
「ちょっとあんたらねぇ。艦娘とはいえ五月雨たちはまだ中学生なのよ?夜遊びとかそんなことすすんでたぶらかしたり吹き込むのやめなさいよね。」
「ちょ!ちょ!ちょ!五十鈴ちゃ~ん!小動物みたいに首根っこ掴むの禁止ぃ~~!」
 那珂の襟元を掴んでいる五十鈴を川内がまぁまぁとなだめる。
「五十鈴さん真面目だなぁ~。あたしたちも五月雨ちゃんたちも、世界を救う艦娘ですよ?夜戦問題な~し。ね、夕立ちゃんも夜戦したいでしょ?」
 が、言葉の端々に反省の色もなだめる意味すら持っていないのは明白である。そんな川内の口ぶりに、中学生組で固まっていた当の夕立は視線を川内に向けるとすぐに片手をあげて弾けるような返事を返す。
「うん!夜戦やってみたいっぽい!さみとますみんだけやっててあたしと時雨だけ経験してないなんてやだもん!」
 夕立は要望ともにすでに夜戦経験済みな二人に対してズバリはっきりと愚痴る。五月雨も村雨も苦笑するしかない。

「ね?ね?夕立ちゃんたち中学生もああ言ってることだしぃ~、ここでは五十鈴ちゃんの常識はポイしちゃお~ね~?」
 那珂が茶化し満点の発言をすると、五十鈴はフンと鼻息荒くそっぽを向き、数秒遅れて快諾とはいえないしぶしぶの承諾を表した。那珂たちは賛同を得られたと判断してさらに沸き立つのだった。


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「夜戦するってことは、夜の訓練ということで市の広報の掲示板に案内出しておかないといけないですね~。」
 五月雨が突然事務的な事を言い出したので那珂はすかさず聞き返す。
「案内?」
「はい。提督によりますと、市とのお約束ごとなんだそうです。夜に砲雷撃でバンバン撃つとうるさくて迷惑になってしまうので、事前に案内出してこの辺りに住む市民の皆さんにお知らせして、ご理解をもらわないといけないんです。」
「へ~~。さっすが秘書艦様、あたしたちが知らない事務的なことも知ってるんだね~。たのもし~!」
 ややドヤ顔で説明する五月雨にぐっとキた那珂はそう言いながら褒めるのと同時に茶化しの意味を込めて抱きつく。
「ふわぁ!!も~~、那珂さんってばぁ~、熱いですよ~!」
 しかし今は当然この真夏まっただ中。日が一番強く出ている昼時のため、早く肌と肌の触れ合いをやめたい五月雨は、弱々しくも巧みに身体をくねらせて那珂を振りほどき、文字通り熱い抱擁によってクシャっとたゆんだ髪や制服の襟元を正す。
 そんな五月雨に謝った後、那珂は茶化しはほどほどに思考を切り替えて皆に言った。

「真面目な話、そのあたりの事務的なことは提督以外では五月雨ちゃんがよく知ってるみたいだから、これからは周知が必要になる訓練の時は必ず秘書艦の五月雨ちゃんか提督に確認や連絡してからしよ~ね。これから人増えるんだし、あたしたちは鎮守府Aの草創期メンバーということで、あたしたち自身で運用をしっかり決めて、後から入る人たちが安心してお仕事できるようにしないといけないと思うの。どうかなみんな?」
「えぇ。あなたの意見に賛成よ。」
「はぁい。私も役割とか決めておいて安心して過ごせるようにしたいですし。」
「私も……役割はきちんとしたい、です。」
 五十鈴に続いて村雨、神通、そして声は出さなかったが不知火がコクリと頷いていって那珂の真面目な意見に賛同する。

「あたしは任せられることは他の人に任せて思いっきり艦娘の仕事できればいいや。ね、夕立ちゃん?」
「うん!あたしもあたしもー!」
 自分の欲が真っ先な川内と夕立は先の4人とは全く異なる言い方をする。川内の自分勝手な言いっぷりには那珂と神通が、夕立のそれに対しては五月雨と村雨が頭を悩ませた。

 一通り話が終わる頃には一同は本館にたどり着いていた。那珂たちはすぐさま冷房の効いた待機室へと駆け込み、午後の訓練までの数時間、昼食とおしゃべりに興じることにした。


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 昼食が終わり、那珂たちはまどろみながら待機室でゆったりした雰囲気のもと休憩していた。五月雨は秘書艦の仕事があるため提督に呼ばれておりいない。夕立は不知火を強引に連れて先ほど見学したシャワー室改め浴室を再び見に行っていない。残るは那珂たち軽巡4人と村雨になっていた。

 ふと気になったことがあり、那珂は村雨に尋ねた。
「そーいやさ、時雨ちゃん全然顔見せないけどどーしたの?」
 村雨はあくびをしかけていた口を手で隠し、潤んでいた目をシパシパさせながら答える。
「時雨は旅行行ってますよぉ。」
「いや、でもさすがに2週間近くも顔見せないってなるとちょっと心配にならない?」
 那珂がやや声のトーンに不安を織り交ぜて言うと、村雨は親友のことだからなのか至って平然に明るく答える。
「時雨のパパとママってものすっごく旅行好きなんですよ~。なんかバイク乗り回してよく行くそうなんですぅ。夏休みだから時雨は連れ回されてるらしくて。」
「へぇ~時雨ちゃんとはほとんど全く話してないけど、そんなアクティブな娘なの?」
 川内がテーブルの上で組んだ腕に頭を乗せて寝ながら尋ねる。その質問にはまず那珂が答えた。
「逆逆。落ち着いてて淑やかな娘だよ。」
「えぇ、それとですねぇ……」
 その後の村雨の説明の続きによると、両親がしばしば出かけるせいで家事・炊事を代わりに一人で行うことが多くなり、今では中学二年にして同級生の中だけでなく上級生の三年生や教師にも一目置かれるほど家庭的なスキルが異様にレベルアップしているのだという。時雨の家庭の事情を聞いた那珂たちは苦笑いしながらも時雨に感心する。
 那珂は以前より聞いていたことなので細かく言わず、村雨の言に任せるため相槌を打つだけにする。そのため率直な感想は主に川内と神通が発した。
「へぇ~。親がそんなふうなら娘もそうなりそうなイメージあるけど、時雨ちゃんの場合は逆なんだね~。こういうのなんて言うんだっけ、神通?」
「……反面教師、かと。」

 顎を腕に乗せたまま顔の向きだけ変えて川内が尋ねると、神通は短くぼそっと答えた。那珂は後輩二人の言い方に少し失笑してしまう。
「二人して地味にひどいなぁ。本人いないからいいけど、あまりそういう言い方は口に出さないで心に思うだけにしておいてね。」
 那珂が二人に注意すると村雨は眉を下げて心配がちな表情を浮かべて口を開く。
「時雨、しょっちゅう旅行とか遊びで出かけてていないことが多い両親のこと、結構気にしてるらしくて話のネタに出されると躍起になってというかやけになって無理やり明るく振る舞おうとするんです。親友の私達からするとちょっと痛々しいというか……」
 村雨が歯切れ悪く言葉を締める。那珂はそれを耳にしてさりげなくフォローした。
「まぁたまにいるよね。弱いところ突かれちゃうと崩れるどころか逆に頑張り過ぎちゃう子。あたしの友達のみっちゃんにも似たところあるもん。あの娘は弱点突くと攻撃力強くなっちゃうから可哀想というよりもむしろ怖いんだけどねぇ。」
「へぇ~あの副会長がねぇ。まーなんとなくそんな雰囲気あるわぁ。」
「三千花さんはそういう性格あるんだ。ふ~ん。覚えておきましょう。」
 川内がこれまで触れ合った間での印象を素直に伝える。懇親会の時に会話して仲良くなっていた五十鈴は新たな友人のまた違った一面を知ることができ、わずかに口の端を釣り上げつつ柔らかな笑みをたたえている。

「あ、そうそう。昨日時雨からメッセージあったんですけどぉ、今両親のバイクに乗せてもらって軽井沢あたりまで戻ってきたそうです。」
「軽井沢って……時雨ちゃん一家は一体どこ行ってたのさ?」呆れ顔で那珂が呟く。
「さぁ~?関西行ってるとまでしか細かいことは聞きませんでしたけど、あの両親のことなんできっといくつか転々と観光地巡ったんじゃないですかぁ~。」
 時雨の両親の性格を分かっているためか、村雨は軽く言い放つ。それを聞いて那珂は一般的なあるあるネタを口にしつつも時雨を気にかける。
「子どものうちって親が色んな場所に旅行に連れてってくれるけど、大体興味ないから子どもとしては退屈で仕方ないよね。時雨ちゃん、だいじょーぶかなぁ?」
 那珂の言葉に川内や五十鈴がウンウンと頷く。当の子どもの身として思い当たるフシが存分にあるのだ。村雨も頷きつつも時雨のことをフォローすべく、自身の携帯電話を操作して画面を那珂たちに見せつつ言った。
「あの娘のメッセージに写真ついてましたけど、意外と楽しそうでしたよ。」
「そっか。それならあたしたちが変に心配することもないか。」
「そうなると時雨ちゃんのお土産、楽しみっすね!」

 時雨の事情を気にかける那珂や村雨と異なり、川内はまたしても素直な欲望を口に出して那珂たちの失笑を買うのだった。


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 しばらくして五月雨、そして夕立と不知火の3人が戻ってきた。再び全員が揃ったタイミングで五月雨が那珂たちに伝える。
「あのー、那珂さん。さきほどの夜の訓練のことなんですけど、提督に話したらOKもらえました!」
「おぉ~!ありがとね。」
「ただ時間を指定しないと市の方から怒られちゃうらしくて、何時から何時にするか聞いてこいと言われたので、何時にします?」
 時間帯も決める必要があると知り、那珂はうーんと唸りながら考える。そして川内と神通に要望を求め、決めた時間を五月雨に伝えた。
「それじゃ、8時~9時でお願いね。」
「はーい。提督に伝えてきますね。」
 五月雨は那珂の回答を受けて元気に返事をし、パタパタと小走りで待機室を出て行った。

 その後五月雨が戻ってきてから那珂は午後の訓練の進め方に触れる。
「それじゃーみんな、午後の訓練のことだけど、午前に試してみてここはこうしたい、とか何か意見ある?」
 那珂の言葉を受けて一同はワイワイと話し始める。しばらくして勝手に皆を代表して川内が喋り始めた。
「輸送っていうミッションがあるのはいいんですけど、使うのがボートっていうのがちょっと面倒かなぁ。ぶっちゃけそこまで本物の艦隊に近づけなくてもいいかなぁって気付きましたよ。ねぇ、神通?」
 同意を求められた神通は一瞬首と頭をのけぞらせるがすぐに頷く。
「もっと広い場所でしたら……ボートでもより戦略の立てようがあると思いますけれど……やはり私たちにとっては荷物過ぎて。軽く持てる状態の方がいいかもしれません。」
 神通の指摘はもっともだとして那珂と五十鈴は頷く。中学生組では村雨が同意を示して頷いた。

「広い場所ねぇ~。鎮守府の目の前の海浜公園の海岸線範囲の海が使えればいいんだろーけど、そのあたり何か申請とか必要なのかな、五月雨ちゃん?」
「えっ!? そ、そうですね~。確か。」
 五月雨の戸惑い気味な返事を受けて那珂はため息をわざとらしくついて言葉を返す。
「はぁ~~そーですかぁ~。県とか市への場所の利用許可とか確認はいっそのこと秘書艦の五月雨ちゃんだけで全部やってもらえると、あたしたち艦娘だけで色々出来ていいのになぁ。」
「あんまり五月雨に権限が集中すると、西脇さんはもう不要になるかもね……」
 那珂の考えに五十鈴が冗談めかしてツッコミを入れて笑いを誘うのだった。


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 その後那珂たちが話しあった内容により、午後の訓練の方針が午前のそれよりもいくつか修正が入った。今まで輸送担当が使っていたボートはやめて工廠で適当な袋を借りてそれを持つ、袋にタッチされたり破けて中の魚雷が落ちたり、そもそも袋が奪われたらアウト。輸送隊の実際の輸送担当艦も明確に砲撃可能とした。
 各々問題に気づいていた演習で用いる場所については、その後執務室に押しかけて那珂たちが提督に確認を求めると、1時間だけ鎮守府前から隣町までの地元の海岸線の範囲で演習をしてもよいことになった。
 善は急げとばかりに執務室を思い切り出ようとする那珂たちに提督は
「うちの(鎮守府の)手前の浜辺と海浜公園は結構地元の人が歩いてるから気をつけてくれよ。特にペイント弾に対応できない機銃は訓練用とはいえ一般人には致命傷になりかねないから、絶対浜辺に向けて撃つなよ?ただでさえ機銃は軽くて広範囲に良く飛ぶんだから。那珂、五十鈴。みんなをしっかり見といてくれ。頼むな?」
 と強めの口調で念押しし、那珂達の背中を見送った。責任と期待を一身に受けた二人は強く頷いて提督に返事をした。

午後の訓練

 爆発しない魚雷を明石ら技師から再び受け取り、那珂たちは外の出撃用水路の脇の桟橋に集まっていた。

「さて、これからまた演習を始めるよ。今回はあたしも五十鈴ちゃんも参戦することにします。」
「お~!二人ともやる気!?待ってました!」
「ほら川内、話をちゃんと聞いて。」
 すぐに沸き立つ川内を五十鈴がピシャリと注意する。

「いちおー審判役もやらなきゃいけないから~、どちらかは審判も兼ねて参加ってことね。それでね、五十鈴ちゃんとも話したんだけどねぇ~はいどうぞ!」
「んん!変なタイミングで振るわね……まったく。旗艦は引き続き川内と神通がやること。私たちはあくまで一メンバーとして参加するので、一切口を挟まずに二人の指示に従うわ。二人からの的確な指示を期待しているわね。」
 午前中は実は二人とも退屈していた。しかし監督役として指示した手前、身体を動かしたいから参加したいですとは午前の時に言えなかった。あくまで川内と神通の訓練の一環としての自由演習。参加するにしても二人の自主性や指揮能力を見極めるための立場としての参加という考えは堅い。先輩ズとして自制するところはする。
「え~~~!?なんかすっげぇプレッシャーなんですけど。」
 川内が口をとがらせてやや不満気に吐露するとそれに神通もコクコクと頷く。
 一方で駆逐艦勢に至っては
「わぁ~~。なんだか久しぶりに那珂さん五十鈴さんと一緒に訓練できますね~。私楽しみです。」と五月雨。
「そういえばこの前の雷撃訓練には私もさみも参加しなかったものねぇ。ウフフ。私も今日はずっとワクワクよぉ。しっかり軽巡のお二人のテクニックを学ばせてもらいますねぇ~。」
「わ~い!那珂さんも五十鈴さんも一緒っぽ~い!」
 村雨そして夕立もほぼ似た口調と雰囲気で口にする。3人の側で黙りこくっていた不知火も
「……那珂さんの、勉強。」
とぼそっと口に出して心境を表し、訓練の主役たる二人と比べて実に脳天気な様子であった。


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 鎮守府敷地外、海浜公園の沿海約1.2kmの範囲を使える時間は1時間と決められているため、訓練中のタイムロスを考える必要がある。できれば無駄なく存分に動きまわりつつ2~3巡は試合形式でこなしたいという考えを持つ那珂である。そのように考えて時間配分を気にするが、川内と神通は本格的な試合形式の演習は午前に行ったとはいえこの日が初めてのため勝手がわかっていない。とりあえずとばかりに時間配分をきにせず、午前の結果を踏まえての作戦を立てるべく先のメンバーとワイワイ話し始めている。

 那珂と五十鈴は6人から少し離れてヒソヒソ話し始めた。
「ねぇねぇ。今回は使える場所が広いし、午前中のと同じ時間でこなせるかわからないよね?」
「そうね。でも鎮守府内の湾でせせこましくするよりかはよほど期待通りの任務遂行と戦いが期待できるんじゃないかしら。私はどちらかというと1試合だけでもいいから中身を取りたいわ。」
「おぉ、五十鈴ちゃんってばそういう考えでしたか~!あたしはぁ~、回数も取りたい欲張りなお・ん・な!」
「はいはい。それで、最初はどっちが審判する?」
「さらっと流してくれましたよこの人。……うーん。あたしはガッツリやりたい。五十鈴ちゃんが審判兼ねてくれる?」
「えぇ、わかったわ。」

 那珂と五十鈴の分担が決まると、チームと順番の割り振りも進行していた。午後1回目の輸送隊は神通らが行うことになった。妨害はもちろん川内達だ。神通のチームには那珂が、川内のチームには五十鈴が加わりなおかつ審判も担当する。神通ら輸送隊は工廠前の湾からスタートし、海浜公園の端をゴールとする。
 鎮守府Aの隣の海浜公園の浜の両端には遊歩道にもなっている突堤が湾曲してかなり沖の方まで海に突き出ている。鎮守府Aと真逆の突堤は船着場としても使われ、市や国、企業の船舶にも開放されるが、今この時は何も止まっておらず、市民の遊歩の格好の場所になっている。
 那珂たちは輸送のゴールを真逆の方の突堤に定めることにした。突堤に袋詰の魚雷を荷降ろしできれば輸送隊の勝利である。


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 荷降ろしとして判定するためにはゴールに誰かいなければいけないと判断した神通。輸送隊メンバーを見渡す。神通の視界には左から不知火、五月雨、そして那珂が順に入ってくる。
 考えを言おうとするがまた尻込みの気配が立ち込めてしまい言いよどむ。今回は直接の先輩である那珂もおり聞く人が3人になっている。人前で何かすることが苦手な神通は2人が3人に増えたこと、今までは艦娘としては先輩でも学年的には後輩な二人だけだったために適当な口調でもしゃべることができた。しかし今回はこの状況が多大なプレッシャーとなって仕方がない。
 やや鼓動が早まるがいつまでも沈黙してるわけにもいかないので普段通りにしゃべり始める。

「あの……ゴールのところに誰か一人いて、荷物を……受け渡せるようにしようかと。」
「ほう。そのこころは?」那珂が素早く聞き返す。

「私達がまとまっていっても、全員やられる可能性はあると……思います。それなら一人は先行して行かせて待っててもらって、途中で荷物を受け渡してリスクを……分散しようかと。」
 おどおどした声量の小さい説明だったが那珂たちはその作戦を理解できた。しかし那珂はその作戦には前提が必要であることに気がつく。その前提を決めてなかった今、それがまともに遂行しきれるかどうか怪しい。しかしそれを試し現実を目の当たりにさせてこその訓練であり、見守る者であると考えである。などと那珂は達観ぶってはみたが、つまるところルール決めの時点の落ち度であるとも気づいていた。今言ってもよいが、それではつまらない。
 那珂自身ほどではないが察しがよい神通に、今彼女自身が口にした案が破綻するかもしれない前提の落ち度についてこのタイミングで気づかれてはつまらない。とりあえず自然に任せることにした。失敗したらそれはそれで良い経験としてもらう。那珂はいくつか余計な思案もし、顔を上げて神通に向かって言った。
「川内ちゃんたちがどう行動するかによると思うけど、うん、いいと思う。今回はそれでやってみよ!さ~て、私たちに指示をくださいな。神通ちゃんの案をなんとか遂行してみせるよ。ね、五月雨ちゃん、不知火ちゃん。」
 那珂の言葉に五月雨と不知火が「はい」と返事をして賛同の意を示した。

 3人の反応が怖いものでなかったので神通は小さくホッと安堵の息をつく。だが安心したのもつかの間、待ち遠しいとばかりに五月雨と不知火が役割を求めてきた。
「じゃあ神通さん!早く役をください!私頑張っちゃいますから!」
「この身に代えても、神通さんの命令を。」
「それじゃあ神通ちゃん。私にも命令をくださらないかしら~?」
 二人に追随して、那珂は腕を組んで貴婦人のようなふざけた振る舞いをして指示を仰ぐ。
 そんな三人を眼前に見て二人は真剣に、一人は絶対自分をからかっていると気づいた。しかしそれらの要素に適切に突っ込めるほど臨機応変さは持ち合わせていないしそもそも面倒くさい。
 三人それぞれへの反応は返さず神通は考えを全員見通して伝えた。

「……ということです。」
 神通の指示通りに先行してゴールの突堤に行って待つ役割は五月雨となった。輸送担当は不知火、護衛は旗艦神通と那珂という構成である。
 指示を受けた那珂は未だ気にしていた。だが任された五月雨が上手く行動すれば神通の面目は保たれる。こと訓練中の身に至っては保てても仕方ないが。心の中でそう締めくくる那珂だった。


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 妨害側の川内たち4人は先に浜辺の沿海に来ていた。鎮守府敷地内の湾とは異なり、身を隠せる障害物的なものは一切存在しない。あえて身を隠せるとすれば鎮守府側の突堤や浜辺中央の船着場くらいだが、足場の石の背が低すぎる。
 川内たちは悩んでいた。こうも見通しがよいとどう作戦を立てていいかわからないのだ。

「えーっと。あの~だね。これだけ視界がいいと作戦もなんも思いつかないんですがね。」
「別にいいっぽい?神通さんたちが来た時に邪魔すれば。」
「そんな簡単な考えでいいのかしら~?」
 呆ける川内に楽観的&僅かに現実的な心配をする夕立と村雨がそれぞれ口にした。それでも悩んで頭をクルクル動かす川内を気にかけた五十鈴が提案する。
「夕立の言うことに一理あるわね。神通たちが進む針路を塞いだりとにかく袋奪う。相手の出方は完全にはわからないんだし、その場で臨機応変に動きまわったほうがいいわ。」

 五十鈴の案を聞いて川内はうーんと唸ったのち、自身も案を述べだす。
「よし。皆適度に動けるようにとりあえず陣形だけは決めとこう。浜辺ちかくの海でもこんだけ広いんだからあたしたち一人ひとりが2~3人分の動きをしないといけないわけだ。つまり4人で普通のサッカーばりにフォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパーをする的なもんだよね。」
「サッカーかぁ~。あたしよくわかんないっぽい。球蹴ってゴールに入れるだけでしょ?」
「私もよくわかりません。」
「一応なんとなくわかるけど……ゴメンなさい、詳細なルールまではちょっと。」
 川内が案に交えたサッカーの役割に3人はそれぞれ申し訳無さそうに言い合った。

「えっ?3人ともサッカーしたことないの!?」
 他校だが一学年先輩と中学生二人のまさかの発言に唖然として聞き返す川内。
「授業ではしたことありますけどぉ~。男子じゃないんですし、普通はやりませんしルールとか全然わかりませんよ。」
「うんうん。○組の○○ちゃんとかはスポーツ好きだから男子に混じってお昼休みとかよくサッカーしてるっぽいけど。あたしたちはやらないしルールもわからないっぽい。」

 自身の数少ない経験と常識に当てはめ、てっきり一般的な中高生の女子でもサッカーくらいはやったこともあって多少はルールも知っているものだとばかり思っていた川内は、目の前の二人の言い振りにあっけにとられた。そして心の中でひそかにもたげてきたのは、やはりあたしは普通の女子ではないのかもしれないという、懸念。
 今まで築き上げてきた、男子に混じってゲーム話やスポーツをするという男勝りな自身の世界観と、あのいじめ以来光主那美恵と出会ってから少しずつ目覚めた(と自身では思っている)自身の女子本来の世界観が心の奥底でカチンカチンと刃を交えてせめぎ合っている気がする。
 だがそれはそれ、今は今である。このモヤモヤはあとで明石さんや提督と趣味の話でもして発散させよう。そう心に決め、引きつった笑顔で3人に簡単に説明をすることにした。
 五十鈴は説明の早々にある程度理解の表情を表すも夕立たちは未だ要領を得ないという表情を続ける。業を煮やした五十鈴が喩え方を変えろと突っ込んできたので川内は大人しく従うことにした。そして自身らの共通したネタである艦娘の行動に置き換えて説明を進めたことで、中学生組はようやく理解に至った。

「……というわけだから。簡単に言うと異なるポイントで神通達を待ち受けて動けばいいってこと。五十鈴さんの最初の考え聞いてそう思ったんだ。どう動くかは3人に完全に任せるから、頼むね?」
「う~~わかった。とにかくあたしはあそこあたりで待ってて神通さんたちが近づいてきたら撃ちまくればいいってことだよね?」
「私はあっちの端の船着場みたいなところの近くで待ってて近づかれたら邪魔すればいいんですね?」
「で、私は川内、あなたとタッグを組んで中央を担当すればいいわけね。了解よ。」
「はい。あたしと五十鈴さんで神通たちを全員叩き潰すくらいの勢いです。」
「わ、わかったわよ。あなた結構物騒な言い方するわね……。」

 3人の理解を見てようやく仕切りなおしだ。あとは神通たちが近づいてきたら、まさに試合または妨害作戦開始である。ゲームとして考える脳の一部では、タワーディフェンス的だなぁ~という思考をした。課金すればこの場で艦娘増えたりしないかなとほんの少しだけ現実逃避する余裕も川内にはまだある。
 頭をブンブンと振って前方、つまり鎮守府のある方向を向き直した。目の前には夕立がスイ~っと移動して鎮守府寄りの突堤に近づいている。後ろを振り向くと村雨が隣町の海浜公園寄りの突堤にもうまもなくたどり着くという状態だった。


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 神通らは単縦陣に並んで湾口を出て川を下り海へと出た。出る前、すでに川内たちが海へと向かっていなくなったのを見計らい、神通は工廠に戻って偵察機を1機手に持って戻ってきた。それを見た五月雨が言い、その感想に不知火もコクリと頷く。
「あ、また偵察機使うんですね?それならバッチリですね~。」

 二人の反応を受けて若干慌てるもすぐに冷静さを取り戻し、神通は偵察機を左腕の発着レーンに載せる。すぐに飛び立たせて偵察機のコントロールに意識を向けた。今度は見つからないよう、最初から高度を上げるため機体を上に向け、工廠の上空でクルクル旋回させる。ある程度高度を確保できたタイミングで川内達の待ち受ける浜辺の沿海に向けて旋回して向かわせよう。そう考えて神通は実行に映した。
 偵察機からの視界で川内らの陣形がはっきり見て取れた。しばらく遠巻きに旋回して前方斜め下に向いたカメラで敵チームの様子を収める。川内らがこれ以上動かない様子を確認した神通はすぐに偵察機を帰還させて五十鈴たちに伝える。
「私たちから見て……手前の、最初の突堤の側に夕立さん、その先に川内さんと五十鈴さん、そして奥の突堤の側に村雨さんがいます。先に五月雨さんをゴール地点に行かせるには……あ!」
 神通はそこまで言いかけて、ある一つのことに気がついた。それは先程自分が打ち明けた案の問題であった。神通の様子に那珂はわずかに口の両端を上向きにし、気づかれないように笑みを作りすぐに真顔に戻る。

「あの……五月雨さん。」
「はい?」
 五月雨の全く何も不安のない気にしてない雰囲気の反応に神通は心苦しかったが、ここで言わないと危ないことが容易に想像出来たため、意を決して打ち明ける。
「さきほど私が……お話した五月雨さんに先にゴールに行ってもらう案、あれを考えなおそうと思っているのですが。」
「えっ!?ど、どうしてですか?私じゃ役不足ですかぁ……?」
 先程までの素の明るさのリアクションはどこへやら、まゆをさげて不安顔になって聞き返してくる五月雨。明るい印象しかなかった五月雨に悲しそうな顔をさせてしまった。神通は焦ってブンブンと頭を振り全力でその言を否定し、弁解する。
「いいえ。そうじゃ……ありません! 私のさきほどの案をそのまま進めると、五月雨さんが真っ先に攻撃されて危ないことに気づいたんです。ですから作戦を一から練りなおそうと思うんです。」
 神通の弁解と再提案を聞き、一同はしばらく沈黙を保っていた。神通にとって次の反応が心苦しいが、覚悟して待つ。

「そうだ!私思いつきました!」
 若干俯いていた五月雨が勢い良く手を上空向けて差し伸ばして発言する。
「お?おぉ?なになに五月雨ちゃん?」
 那珂が尋ねると得意げな表情を浮かべて語りだした。
「はい。あのですね、神通さんの作戦で、私このまま先に行って囮になろっかなって思ったんです。そうすればぁ、私が夕立ちゃんたちを引きつけてる間にあとは神通さんと那珂さんで不知火ちゃんを守っていけば敵が少なくなります!いかがですか!?」
 目をキラキラさせながら3人に向かって話す五月雨。何の根拠があるのか異様なほど自信満々な様子をみせている。その褒めてもらいたそうな子犬のような様を見て那珂は抱きしめたい衝動に駆られたが今は試合中だし海上まっただ中。ふざけて転べば二人ともびしょ濡れだ。湧き上がる欲望を必死に抑え、後を任せるべく神通に視線を送る。
 神通は那珂の視線に気づき、視線と頭を僅かに下に傾けて思案し、そして五月雨に向けて言った。

「そう……ですね。本当であれば……ううん。お願い、できますか?」
「はい!私、頑張っちゃいますから!」
 元気いっぱいに返事をする五月雨。その側で那珂は神通の下した決断を密かに思い返す。
 この演習試合が初の(模擬)戦闘であり、作戦実行の勉強の機会である神通(と川内)。二人は艦娘仲間と話し合い、お互いの得手不得手を確かめ合って知る経験がまだない。二人の指揮能力・チームの運用能力がどこまで発揮できるのか、楽しみでもあり不安でもある。
 神通自身の身体面や遂行能力もそうだが、この演習という集団戦を経て事前に仲間同士のことを知って実戦に活かせるようになってくれるのを密かに期待したい。今ならどんな失敗もガンガンしてもらおう。
 那珂の見立てでは、囮になるならば自在に動ける自分が相応しいと考えていた。不知火のことを那珂はまだ詳しく知らないため判断できないので、あえて役割の編成からは除外する。そして五月雨と神通では、学年的な差はあるが経験や実線での体力面からすると、五月雨の方がまだまだ上であるという捉え方である。しかしどちらも那珂自身より機動力は低いため、無難に行動して立ち回りできる輸送担当の護衛が本当ならば相応しいはず。
 リーダーたる人物に進言するのもメンバーの役目だが、今回はあえて黙ることにした。


--

 神通たちは作戦を話し合っていた河口を出て完全に海に出た。消波ブロックの先はすぐ浜辺になっており、突堤が海へと伸びている。そのそばには夕立が立っていた。
「夕立さんが……います。」
「あ、気づいたみたいですよ。なんか単装砲構えてます!」神通に続いて五月雨が言った。

 神通たちが進み、ある程度距離が詰まってきたその時夕立が動き出した。
「五月雨さん、お願いします。」
「はい!」
 最後尾にいた五月雨はわずかにスピードをゆるめて神通達3人から離れたかと思うと11時の方向に向けて一気にスピードを上げて進みだした。そして神通の前方数十m先に出て夕立を狙い定める。
「ゆうちゃーーーん!かくごーーー!」
「えぇ!?さみが突撃してきた!?生意気っぽい!返り討ちにしてやるーー!」
 五月雨が突撃してきたのを敏感に反応を示し、友人ながら何かピンと来るものがあった夕立の意識は完全に五月雨に向かった。

ドゥ!

 五月雨の初撃が夕立に向かう。その軌道は本気で狙ったわけではない甘いものだったため、夕立はそれを難なくかわす。そしてお返しとばかりに反撃に転じた。

ドゥ!

 夕立のそれもやはりわかりやすい軌道だったため、さすがの五月雨でもあっさりとかわすことができた。というよりも速度をあげたためかわすというよりも当たらなかったというのが正解だ。

「ちょ!待てさみ!突撃はあたしのほうが得意なんだからね!させないっぽい!!」

 五月雨が夕立を通り過ぎ、方向転換すべく急旋回して夕立と向かい合う。夕立は五月雨と対峙する形になった。

「「えーーい!」」

ドゥ!
ドゥ!

 お互い似たような急スピードで突進しながら砲撃しあい、そして……

ベチャ!

 五月雨のペイント弾が夕立にヒットした。 急に止まり、付着したペイント弾のペイントをぼうっと眺めていた夕立だが、カチンときて頭に血が上った彼女はほどなくして奇声をあげてジタバタしはじめる。

「きーーーー!!!ぜ~~~~~ったい許さないぃ!!!」

 歪めた顔と視線を自身の後ろへ通り過ぎていた五月雨に向ける。五月雨もちょうど方向転換し終わって夕立の方を向いていた。友人の本気の怒り顔を目の当たりにした五月雨は一瞬怯むが、五月雨もまた時雨らと同様に夕立にツッコみ、適度にあしらう術を身に付けていたため、戦場とはいえその対処はわかっていた。そのためすぐに平常心に戻り、怒りで顔を歪めたままの夕立に対して言った。
「ふ~~んだ。運動神経良いゆうちゃんを見返してやるんだから。私だって負けないよ~!」

「てえぇぇーーーいい!」
「やあぁーー!!」

 再び夕立と五月雨はお互い間近で砲撃による着弾を狙うべく急スピードで突進し始めた。


--

 五月雨と夕立が激しい戦闘を始めたその脇では、神通・那珂そして不知火がその戦いを横目にして通りすぎようとしていた。3人とも、特に那珂は自分では知っていたと思っていた五月雨が目の前で展開させる熱く燃えるような戦いっぷりに驚きを隠せないでいる。
「ひぇぇ~。五月雨ちゃんってばあんな戦い方もできたんだぁ~。人は見かけによらないなぁ~~。見直しちゃったよあたし。」
「は、はい。私の想像を……遥かに超えて囮以上の活躍ですよ……。」
「見る目、変わった。」

 3人が3人感心の感情しか持てないでいた。
「おおっと。あっけにとられてる場合じゃないや。神通ちゃん、今のうちにすすも?」
「は、はい!」

 那珂の気づきと促しで神通は我に返り、激しく戦っていいる夕立に気づかれないうちにと速度をあげて進みだした。
 3人はすでに地元の浜の沿海、中央部に入りかけていた。その先には川内と五十鈴が真横に並んで立っていた。


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「な、何やってるのよ夕立は。あの五月雨は明らかに囮じゃないの。あ、あ~あ~。夕立ってば完全に五月雨しか見えてないわねあれ。」
「うーん、五月雨ちゃんを囮に使うとは。神通もなかなかやるな。」
 川内が素で感心のように語ると、隣に立っていた五十鈴がツッコむ。
「なに感心してるのよ!前線は神通の作戦勝ちよ?ほらもう神通たちこっちに向かってきてるじゃないの!夕立ってば自分が作戦に引っかかってることすら気づいてないかもしれないわねあれ。」
「アハハ、仕方ないっすよ。それじゃあ、お次はあたしと五十鈴さんの番ですよね。あたしたちはあんな簡単な作戦に引っかかったりしないから。二人で神通たちを全滅させてやりましょう。」
 非常に軽快な口調で思いを口にする川内を見て五十鈴は額を抑えて僅かに苦悩した。しかしその意気込みは買う。

 夕立のラインを超えて中央の沿海に侵入してきた神通たちを未だ遠目ながら見る川内と五十鈴。編成は神通・那珂・不知火という並びで一直線で向かってくる。
「ほう、ありゃあ単縦陣ですな。」
「単縦陣。そうね。艦娘の陣形よね?」
 五十鈴が反芻して尋ねる。それを見て川内は少しドヤ顔になって解説を始めた。
「はい。でも、実際の軍艦の艦隊にもありますよ。サッカーで言えばフォーメーションのことです。艦隊ゲームとかだと攻守ともにバランスが取れた、味方の能力値補正が一番ノーマルで扱いやすい陣形なんです。まぁ現実はどうだかパンピーのあたしたちが知るわけないっすけど。まぁつまり相手のどんな行動にも誰でも対処しやすい陣形ですね。」
「なるほどね。あなた結構物知りね。」
 五十鈴が感心すると川内はさらにドヤ顔になって笑い始める。
「アハハハ。五十鈴さんに褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~。まぁあたしの知識はゲームとか漫画で得たものなんで、普通の女子な五十鈴さんや村雨ちゃんたちにはわかりづらいことがあるかもですけど、ガンガン頼ってください!」
 一応自分を卑下しているつもりらしいが微塵もその配慮が感じられない川内の物言い。五十鈴はすぐに気にするのをやめる。

「はいはい。ホラ、そろそろ相手のお出ましよ。どっちが誰を攻撃する?指示をちょうだい。」
 川内は五十鈴の確認を受けて、視線は迫ってきている神通に向けたまま数秒して言った。
「あたしは那珂さんと戦いたい。後ろに不知火ちゃんもいるから、あわよくば不知火ちゃんを狙います。五十鈴さんは神通を片付けてください。あの子の体力とか素早さなら、五十鈴さんなら簡単でしょ?」
「……簡単に言ってくれるわね。あんたら川内型とは艤装の作りや出っ張りが違うんだから実際はそう簡単に行かないと思うわよ。けど後輩に負けるのは嫌ね。全力を尽くすわ。」
「はい、期待してます。」



 神通たちは川内たちの目の前十数mにまで迫った。一旦止まり、川内たちと対峙する。

「さて、目の前に川内ちゃんと五十鈴ちゃんがいるわけですが。神通ちゃんどうする?」
 那珂の問いかけを受けて神通は数秒考えた後どもりつつも答えた。
「は、はい。……ええと、うーんと……。あの、那珂さん。」
「はーい?」
「那珂さんの……全力に期待してもいいですか?」
「おぉ!?どーした神通ちゃん?」
 神通は深呼吸をした後再び口を開いた。

「私では……きっと五十鈴さんはおろか川内さんにもかなわないと思います。狭い湾ではなんとかなりましたけど、これだけ広い海の上だと、私きっと早々にバテてしまう気がします。だから、那珂さんに川内さんと五十鈴さんのお二人を倒して欲しいんです。」
 神通のとんでもない頼みに那珂はさすがに躊躇する。戦闘能力的には問題ないと踏む。が、問題があるのは演習の時間だ。ここで本当の本気を出すとあっという間に勝負がつきかねない。それでは後輩二人のためにならないかもしれない。そう感じて一応反論した。
「さすがにそれはなぁ~。あたしが本気出すとあっという間に倒しちゃうよ?それじゃあ神通ちゃん面白く無いでしょ?」
 傍から聞いていれば自信過剰・自意識過剰な物言いな那珂のセリフだが、それを言われても許せるだけの実力(の一端)は、これまでの訓練の指導で神通はわかっていた。
 そのため食い下がって那珂にお願いを続ける。
「……私にとっては、那珂さんの本気を見ることはためになると思っています。那珂さんの全力を見たいんです。……ダメ、ですか?」
「う……。」

 妙に母性本能をくすぐられる小動物のような後輩の表情を見た那珂はその表情が真剣なことを配慮し、それに答えてあげる気持ちになった。二人のためにするならば、自分の本当の本気を見せるのもある意味その目的に適う。
「それじゃーあたしが二人を倒したら、神通ちゃんは不知火ちゃんを連れて村雨ちゃんを倒してね。ぐれぐれも言っておくけど……あたしのこれからの行動をボケ~っと見てないで、さっさと動いてね?」
 セリフの後半に進むにつれ、那珂の声は低くドスの利いた声になっていく。神通はそれに敏感に気づき、一瞬「え?」と小さく声を発する。
 那珂が神通の横に立った。
 神通がチラリと横を見ると、那珂の表情は普段の明るくチャラけた雰囲気は完全に消え、静かな気配の中にも鋭い睨みで獲物を狩ろうとする猟者の表情になっていた。
 那珂が身をかがめて溜めの体勢を取る。 そして次の瞬間。


ズバァ!!!


 神通が最初の1週間で見た時の様子とは全く異なる、激しい水しぶきをあげて強烈なスタートダッシュをし川内たちとの距離を一気に詰める那珂が眼前に垣間見えた。そしてその場にいた全員は次の瞬間、那珂の身体が5~6mの空中に飛び上がったのを目の当たりにした。

「「えっ!?」」

 川内と五十鈴が驚きの声をあげた直後、上空から那珂の掛け声と砲撃音が辺りに響いた。

「てやぁ~~!」
ドゥ!ドゥ!

 那珂の両腕の単装砲からペイント弾が発射されたのだ。

「あ……危ない!!」
 辛くも気づいた五十鈴は川内を全力で突き飛ばし、川内を砲撃から逃れさす。


ベチャ!

 五十鈴の右手に持っていたライフルパーツに白いペイントが付着した。爆発するわけではなく衝撃等も本物よりはないが、それでもペイント弾の落下速度に応じた衝撃がライフルパーツを押し下げ、五十鈴の腕にその軽度の衝撃を伝える。
「くっ!」
 五十鈴が顔を歪めた後上空を見るとそこには誰もいない。那珂はスタートダッシュの勢いを最大限に利用した跳躍力でもってジャンプの頂点近くで砲撃し、そのまま川内たちの背後へと降り立っていたのだ。
 突き飛ばされていた川内が背後に回りこんだ那珂の行動に気づく。

「那珂さんは……上にはいない?……あ!うしr」

 が、その反応は今この時、同調率98%でなおかつ艤装の仕様上の性能の70~80%を発揮して動いていた那珂にはゆっくりすぎる反応速度だった。

「遅いよ川内ちゃん。」
ドゥ!ドゥ!ドゥ!
ドゥ!ドゥ!

ベチャ!ベチャ!ベチャチャ!

 那珂がそう言い放ち終わるのとほとんど同時に川内の右肩・右脇腹、右足の太もも、そして五十鈴の背中に2発にペイント弾がヒットしていた。
 当初の決め事における一人3発ペイント弾がヒットしたら轟沈扱いをあっさりと、しかも2人同時に那珂はやってのけた。しかし那珂はすぐにあることに気づいて普段の軽い言い方で宣言する。

「あ!まっず~~い。あたし5発以上打っちゃったわ~。ゴッメ~ン!川内ちゃんか五十鈴ちゃんどっちでもいいから2発取り消していいよぉ~!」
 後頭部をポリポリ掻きながらそう言う那珂を背後にし、五十鈴はとてもそんな気分になれないほど青ざめていた。ゆっくり振り返る、その途中で川内の表情が伺えた。その川内も五十鈴と同じような気持ちの顔つきになっている。

「い、いい。いいわ。普通に負けでいいわ。せ、川内、あなたが復活しなさい。」
「えっ!?え……えと。あの……じゃあそのはい。」
 戸惑いつつもどうにか返事を小さな声でひねり出す川内。それを受けて那珂は軽い口調で言う。
「というわけで、あたしはもう砲撃できないので川内ちゃん、あたしを轟沈させるチャーンス到来!」
「うえっ!!?」

 軽々しく那珂は言ってクネクネとアクションを交える。しかし今のその姿に対してさえ、川内はとても那珂に対抗できるほどの戦意を持ち合わせていなかった。さきほど右耳から入ってきた那珂の言葉が、あまりにも恐ろしい死の宣告のような印象で脳に焼き付くように残る。
 あれが自身の先輩である光主那美恵の、那珂の本気なのか。同調して普通の人間よりはるかにパワーアップすると言われる艦娘だが、それでもとてもあんなアクションをしてまで戦うことなどできそうにない。格が違いすぎる。あれで本当に着任して数ヶ月の女子高生なのか?
 戦意を失ってはいたが、心の中ではズキリと痛む何か・暗闇の中に薄ぼんやりとした光を放つ何かがあった。それは今の川内自身には明確に理解することは出来ないものだったが、右を向けばそこにいる先輩那珂が恐ろしいのと同時に、ポジティブに捉えられる感情で見られる存在であるのは確かだった。

「あ、やっぱりあたしも負けで……いいです。」
「え~~!それじゃあつまんないよ!あたしルール守らなかったんだからせめて川内ちゃんからは1発喰らわないとスッキリしないよ。」

 口を尖らせてブーブーと筋の通った不満を漏らす那珂を見て川内はようやく気持ちを奮い立たせようと思い立ち、そして両手で自身の頬を軽く叩き、小声でつぶやいた後気合を入れて那珂に視線を向けた。

パン!
「あ~~。こんなウジウジ怖がるなんてあたしらしくない。だったら……やってやる。」

 右手の連装砲を那珂に向けながら川内は言った。
「それじゃあ那珂さん。お返しです。いっきますよ!」

ドゥ!ドゥ!

 川内が撃った直後、那珂はその砲撃めがけて直進してきた。そして……


ベチャ!ベチャ!

 自身の言動通り、自らペイント弾に当たりにいった。すでに鬼気迫る表情は完全に消えてなくなり、普段の茶化しを言う明るい表情でもって額をわざとらしくぬぐう那珂。言っている最中で肝心の神通たちが危惧したとおり呆然と立ち尽くしているのに気づいた。

「よし。これでスッキリした。おーい神通ちゃん!?なんでまだいるの?早く行きなっていったでしょぉ~?」


--

 川内と五十鈴があっけにとられていたのと同じく、神通と不知火も呆然としていた。那珂の普通の艦娘すら超越しているのではと思える程の動きを見て驚くなというほうが無理なのであった。
 神通と不知火は ようやく我に返る。
「は、はい……!」
 那珂・川内&五十鈴のいる領域の脇をそうっと通る神通と不知火。川内がその隙を狙うものとばかり思っていた那珂だったが、その密かな期待は裏切られ、那珂を撃ったあとも呆然と立っている川内が目に飛び込んできた。その態度に彼女らしくないと思った那珂はやはり発破をかける。

「あっれ~、川内ちゃ~ん?今なら神通ちゃんたちを撃てるチャンスだったのに、どーしたのかなぁ?」
「ふぇ!?あ、え……あ!そうか。あ~あ。」
 那珂から言われて初めて気づいたという様子を見せる川内。その様は素の反応であると那珂は気づく。そのまま行かせてもよいが今は試合中、あえて川内の好きそうなネタを絡めて作戦を吹っかけることにした。

「それじゃー川内ちゃん。あたしはあと1発当たれば轟沈だよ。ここでスーパーチャンス!直々に一騎打ちを申し込もうと思うんだけど……受ける気はあるかな?」
「え、一騎打ち!?」

 この先輩は突然何を言い出すのか。川内は那珂の突然の申し入れに驚かされた。この日連続しての驚きだ。
 今の状況を川内なりに頭の中で整理しはじめた。何かのゲームでそんな展開があったのを思い出す。修行を受けた主人公が、最後の仕上げとして、師匠から本気のバトルを申し込まれて戦うイベントだったか。勝てば師匠の最強技を伝授してもらえ、一人前の戦士として冒険が始まるゲーム。そんなことを川内は思い出した。そしてそれを自身の今の状況に当てはめる。

 つまりあたしは那珂さんから優秀な弟子(後輩)として認められている!?

 これまでわずか1~2ヶ月の付き合いではあるが那珂こと光主那美恵という人物の人となりを知ってきたつもりである。普段からちゃらけていて軽かったり突然真面目になったりとらえどころの難しい先輩。
 この先輩のこの申し入れ、その思いに答えるには一騎打ちを承諾すべきだろうという結論になった。その思いが口から飛び出ようとする。

「の、望むとこr

 望むところです、そう言い終わる前に先ほど轟沈した五十鈴が叫んだ。

「ダメよ川内!今すぐ神通を追いなさい!」

 五十鈴から突然の叱責に近い注意を受けて川内はハッとした表情になる。
 二人の側におり、ようやく冷静さを取り戻していた五十鈴が審判に専念しようと思考を切り替えようとしていた矢先に聞こえてきた那珂の提案。
 川内の返答は五十鈴によって押しとどめられた。
 川内チームの実質的な頼みの戦闘力は、もはや川内しかいない。彼女を足止めしさえすれば後は神通・不知火vs村雨となる。似た気質を持つ3人ではあるがゆえに、2対1なら数でどうにか押せる。
 那珂はそう考えていた。
 そして川内を制止した五十鈴は那珂がそう考えていると瞬時に察した。しかし川内の思考は那珂の言葉を鵜呑みにしようとしていたのだ。

「うぇ!?で、でm
「いいから!!」

 五十鈴の怒号が響き渡る。他校の先輩たる五十鈴の初めて見る叱責。五十鈴が気づいたことなぞ思いもしなかった川内は怒鳴られ、とにかくも踵を返して神通たちの向かった背後へと戻り始めた。

「ちっ。五十鈴ちゃんにしてやられたわ。」
「……ったく。那珂、あんたにもね。なんであんなこと言ったの?」
 わざとらしく悔しそうに舌打ちをして愚痴る那珂に五十鈴は質問する。
「そりゃあーた、作戦ですよ作戦。あたしはもう砲撃できないし実質負け要員ですからぁ?知恵を張り巡らせてあっちの旗艦さんを足止めするしかないじゃない?」
「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて。普通に足止めする行動なり取ればいいんじゃないかってこと。」
「あ~言い方のほうね。」

 那珂の回答は五十鈴の意にそぐうものではなかったため、言い換えて質問する。那珂はその意図にようやく気づいた。
「川内ちゃんのこと考えたらさ、きっとゲーム的な内容で吹っかけたらノってくれるんじゃないかって思ったの。それでなくても呆けてるあの子を現実逃避から呼び戻すのに効果的なんじゃないかって。」
「はぁ……そういうことね。」

 那珂は同じ足止めでも、人によってそうなるための内容を変えるつもりでいた。単に戦闘中の進路妨害を実行するのではない。効果的に相手の意識をそらし、確実に動きを制限させる。
 それが深海棲艦相手に通用するかどうかは別として、少なくとも艦娘あるいは意思の疎通が図れる相手には通用する手法を考えて実践しようとしている。
 五十鈴は那珂の考えの一端を理解することができた。そんなこと、各々をよく理解していないとやれない芸当だ。少なくとも、自分はあまり協調性があるとは言えないので同じことはきっとやれないだろう。五十鈴はそう自己分析して捉えることにした。

決する勝敗

 神通たちを追いかける川内は、神通たちが思いのほか村雨に接近しているのを確認できた。
 速い。意外と速いぞあの二人。侮れない!
 川内は焦り始めていた。もしあのまま那珂の提案に乗っていたら……と想像して、そこで初めて五十鈴が叱ってきた理由を理解する。
 あやうく作戦に引っかかるところだった。危ない危ない。
 そう頭の中で自身に注意深く念を入れて締めくくった。実際、川内は引っかかっていたが本人的にはセーフなのである。
 意識を足の艤装に向ける。爆発的なダッシュを想像し、スピードに耐えられるよう姿勢を低くして準備する。

「てえぇーーりゃーーー!神通覚悟ーー!!」

ズバアアアァ!!


 先ほどの那珂よりも激しい水しぶきを巻き上げて川内はダッシュしはじめた。速度は那珂ほどではないが、見た目のインパクトと音は絶大である。

「えっ!?」
「!?」

 同時に振り向く神通と不知火。
 叫ばずに忍んで近づけばいいものを、川内は思い切り自身をアピールしまくって高速で神通たちに接近し、そして輸送担当の不知火めがけて撃ち込んだ。


ドゥ!


ピチュ


 ロボットアームの1本にフックをつけ、それに袋を引っ掛けて持っていた不知火は手に持つ・背負う感覚がないがために自身の艤装の奥行き、袋の大きさを加味した位置取りを認識できないでいた。そのため大声を発した川内のほうをチラリと振り向いて見た際に、非常に狙いやすい位置と死角となる部分に袋が位置していたのに気付かずにいた。
 その結果、かすった形になったがペイント弾が袋にあっさりと付着してしまった。しかしその感覚がないため、それに気づいたのは不知火本人ではなく隣りにいて目の前でペイント弾が付着する様を見届けた神通だった。

「不知火……さん!付いちゃってる!!」
「!」
 神通のやや甲高くなった声で不知火はようやく自身の身に起きた事を認識する。袋を取り付けていたロボットアームを慌てて操作し、背後から自身の左側面に動かして川内の死角に追いやる。

「こっちです!」

 川内が目前に迫っているために神通は慌てて急発進し、ひとまずゴール地点の突堤とは違う方向の9~10時の方向、実際には南目指して移動し始める。不知火もそれに続く。二人の速度は川内のそれよりも遅く、なおかつ不知火の操作のために袋はまたしても狙われやすい位置に固定されてしまっていた。


「不知火ちゃん、狙いやすくしてくれてありがとね!そりゃ!」

ドゥ!

ペチャ!!


 川内の素早い砲撃は再び袋に着弾し、袋のライフを残り1まで減らす。
 連続してヒットさせられてしまった不知火は珍しく焦りを表面に出し始めた。着弾の音を耳にしていた神通は不知火を川内の死角に置くために僅かに減速して不知火と並走する位置取りをする。
「このまま遠回りにですが回り続けて村雨さんの背後を突きます……え?」
 神通はそこまで言いかけて初めて不知火の顔色を目の当たりにした。普段無表情に近いポーカーフェイスを保っている少女が泣きそうな顔になっている。その様を見て心臓がズキッと痛む。
 袋にあと1回でも当てられたら、あるいはタッチされたら負け。東からは川内が追いかけ、北西の方角からは村雨が接近してきている。両者とも自身らを狙うべく迎撃体勢を取りつつある。
 自分一人で不知火を守り切れるのか。相手を倒すには自身らも砲撃して応戦する必要がある。神通自身は砲撃する気力は十分にあるが、当てられる自信はない。泣きそうな顔をしている不知火に至ってはその気があるほどの精神状態なのかすら怪しい。
 先輩である那珂に動いてもらうことは叶いそうにない。そもそも意思の疎通を図ることが出来ない距離である。なおかつ5発すでに撃っているために攻撃手としては頼れない。

 考えが浮かんでこない。神通ももはや焦りが顔に現れ始めていた。艦娘としては先輩でも不知火は年下、自身は年上。いわゆるお姉さん的立場としてしっかりせねばとやる気には燃えるが焦りによって空回りする。
 思考が進まないことは経験がないことにほかならないためなのだと冷静に捉える。

 ふと前方を見ると、鎮守府Aのある町と隣町をつなぐ橋の手前まで来ていた。その時背後から大声が聞こえてきた。
「お~~~い、神通ちゃーん!みんなー!そっから先は行かないようにね~!」
 那珂の注意喚起で神通と不知火は減速しつ回頭し、東を向いて停止した。向いた方向からは追ってきていた川内と村雨が同じく減速して停止していた。


--

 自然と向かい合って対峙する形になった神通と川内。
 川内の後ろには那珂そして審判役に徹することにした五十鈴が距離を詰めてきている。形としては挟み撃ちになっているが、意思の疎通を図っていない那珂にそれを伝達して協力してもらうことはできない。
 実際はやろうと思えばできるが、神通にはそれを宣言するだけの度胸がない。しかし隣には泣きそうな年下の先輩艦娘がいておそらくというかほぼ確実に神通を頼って心の拠り所にしている。
 自身もたまに思われてる(からかわれている)フシがあるが、今のこの不知火も小動物のように感じられる。跳びかかってベタベタしてくる那珂の気持ちがなんとなくわかった気がした。しかし那珂のような真似なぞ自身のキャラではないから絶対にやらないしやれない。
 ふざけた思いを馳せている場合ではないと頭をブンブンと振って思考を元に戻す。ここはすでに知り合い同士の場。そして実質的な訓練結果のお披露目の場。何を恥ずかしがることがあろうか。こういう時くらい、自分自身の殻を破らないでどうする。
 神通の心は決まった。

 途中で咳き込んで途切れないように息を吸い込む。そして吐く勢いを利用して神通は叫んだ。


「那珂さぁーーん!そちらから支援お願いしまぁーーす!!」

 突然の神通の大声に隣りにいた不知火はもちろん、川内達、そしてギリギリ聞こえたであろう那珂たちもハッとして驚きの様子を見せる。
 那珂は神通の声掛けに反応する。

「はあぁーーい!でもあたしー、もう砲撃できないよー!?」

 わかっていた那珂の今の設定。神通は隣にいた不知火に目配せをしてぼそっと呟いて何かを伝えた後、前方を向き再び那珂に大声で言った。

「不知火さんの砲撃の権利3回を差し上げまーす!それでいかがですかぁー!?」


 神通の妙案。
 神通から目からうろこな案を聞いて那珂はハッとする。そうきたか。那珂はあくまでも自分ベースの視点でしか砲撃5回までのことを捉えていなかった。それを神通は譲渡可能な「権利」として捉えたのだ。
 自身には思いつかなかった案を後輩から聞いて那珂は驚きの顔のあと、満面の笑みになって神通の案と想いに応えることにした。

「おっけーーー!旗艦さんに従いまーーーす!」

「ちょ!?そんなのありなの!?」
 ほぼ隣でそのやり取りを聞いていた五十鈴が那珂の方を向いて食ってかかるように慌てながら問いかける。しかし那珂はそれをのらりくらりとかわす。
「だって~、旗艦さんの言うことだしぃ~。そもそもあたしたち砲撃の制限なんてあんなことまで想定して決めてなかったでしょ?神通ちゃんのアイデア勝利ですよ。そんなわけで……行ってきまーす!」

 五十鈴に答えるが早いか那珂はすぐに姿勢を低めてダッシュの体勢に入り、普段の速度で川内たちに向かっていった。


--

「えええ!?神通ってばひきょーだわ!!」
「そんなのありなんですかぁ~~!?」

 神通の発案に仰天してのけぞる川内と村雨。優勢だと思っていた自分らの立場が急にガラガラと音を立てて壊れ始めたような感覚を覚えアタフタする二人。

「ヤバイヤバイ!那珂さん来てる!どうしよう村雨ちゃん!?」
「お、落ち着いてくださぁい!もうこうなったら不知火ちゃんを攻めましょう!那珂さんは無視です!」
「おぉ!?ゲーム的に言うと背水の陣ってやつだね?それじゃあ行こう!!」
「はぁい!」

 背後から迫り来る那珂という恐怖はもはや気にしないことにし、とにかく目の前の手負いの獲物に標的を絞ることにした川内たち。気にしないとはいったが距離だけは気にして二人揃ってスタートダッシュのイメージを抱いて主機をフル動作させる。

ズザバアアァ!!

 那珂の支援は得られたが、追いつかれまいと焦る川内たちが目前に迫っている。神通の希望的観測では川内たちが動き始めた直後くらいにはすぐに那珂が片方を倒しナイスアシストをしてくれると思っていたが、さすがにそこまで現実は甘くない。那珂の支援うんぬんは抜きにしてもとにかくここから離れなくては。
 目指すは隣町寄りの突堤だ。

「と、とにかく行きましょう、不知火さん!」
「(コクリ)」

 移動して川内たちをかわすにしても不知火が何の障害も隔てず川内たちに晒されながらの移動はまずい。神通は自身が盾となりカバーする形で二人で並走して10時、北北東の方向目指して速力を上げて移動を再開した。

 神通たちに近い村雨は通り過ぎた二人にこれ以上距離を離されないよう2時、北西の方向にゆるやかに移動する。神通ら二人を真正面に捉えるためだ。しかし二人の速力と距離が思いの外あったため、村雨が追いつく頃には神通らの背中を視界に収める位置になってしまっていた。一方の川内は神通らを北北西、彼女らにとって7~8時の方角から襲うため、大きめの弧を描いて方向転換する。
 そして四人の視界の遠く先からは那珂がようやく追いつこうとしていた。

「あとは任せて、神通ちゃん!」
「はい!」
 そう一言で言葉をかわして那珂と神通・不知火はお互い通り過ぎる。

「ヤッバ!那珂さんに正面に立たれた!!」
「は、反撃しましょ!」

ドゥ!
ドゥ!
 川内たちの砲撃が那珂に襲いかかる。それと同時に那珂の砲撃も川内たちに襲いかかった。
「「きゃあ!!」」

ベチャ!ベチャ!

 川内と村雨それぞれに1発ずつヒットした。それを確認することはせずに那珂は撃った直後に3時の方向に急旋回して二人の正面を横切り、大きく離脱する。そのまま3時の方向に針路を取り続ける。
 那珂の向かう先は神通・不知火と同じ方角だ。

「くっ、こんなんで怯んでいられるかっての!てや!」
「わ、私だってぇ~!」
 それぞれ服に当たったがいちいち気にしていられない切羽詰まった状況のため、川内と村雨は愚痴りながらも砲撃する。

ドゥ!
ドゥ!

 背後に敵を迎える立ち位置になった那珂は背面に迫る川内たちのペイント弾を蛇行してかわす。その際両腕を真横にのばし、そのまま砲撃した。

ドゥ!
ガガガガガガッ!

 片方の腕は連装機銃だった。ペイント弾のヒットおよび保有しているペイント弾のストックとはみなされない、牽制のための攻撃だ。機銃の銃撃は弾幕となって主に村雨を襲う。川内はというと那珂が左腕から撃ったペイント弾がヒットし、当初取り消してもらった2発分がここにきて完全に意味なくなってしまった。

「うっ……ちっくしょー!当たっちゃったよ~~」

 すぐに気づいた川内はやる気が急激に落ちていく。その様はスピードにも現れていて、並走していた村雨の視界から急に川内は消える形になった。
「えっ、川内さん?」
「ゴメン村雨ちゃん!あとはギリギリまで任せたよー!」
 頭を軽く振り向けて川内を見ようとしたが、自身はスピードに乗っていたため川内が視界に収まることはなく、彼女の声だけが後ろから聞こえてくる形となった。川内の言葉を受けた村雨はまゆをひそめ口をモゴモゴさせて不満気な表情を作る。
 旗艦のあんたがやられてどうするんだ!と村雨は文句を言いたかったが今は自チームの目的達成が優先。細めた目の視界には速度を上げたと思われる那珂がすでに神通と不知火の背後に接近していた。三角形の陣形を作っていることを想像できる。
 突堤はすぐ側まで迫っていたためもう間に合わない。

「あぁ~~!もう!なるようになってぇ~~!!」

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 自身の可能な限り速度を上げてから村雨は一気に三連撃した。

ベチャ!

 しかしヒットできたのは、那珂の背中のみだった。
「わぁ!当てられた~~」
 那珂の軽い雰囲気による悲鳴が聞こえた直後、不知火が減速・徐行して突堤に接岸した。続いて神通も接岸する。
「着いた。」
「……着きました!」
 そこまで視界に飛び込んできたのを現実のものと認識した後、村雨は減速しやがて停止し呆然と立ち尽くした。


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「そこまで!不知火がゴールに触れたわ。今回の演習試合は神通チームの勝利とします!」
 突堤に近寄って状況を確認した五十鈴が高らかに宣言した。その瞬間、その言葉は現実として皆が認識し、片方を喜ばせもう片方を落胆させることになった。

「やったね~~!神通ちゃん、不知火ちゃん。よく頑張りました!!お姉さん撫で撫でしちゃう!」
 有限即実行して那珂は神通と不知火の頭をワシワシと撫でた後、頭を抱き寄せて喜びを伝える。二人とも恥ずかしがったがその後にじわじわと湧き上がってきた喜びによって、乏しかった表情から珍しく破顔させる。
「は、はい……ありがとうございます。今回は……疲れましたけど。」
「感無量……!」

 一方で落胆する村雨の背後まで近寄っていた川内が言葉をかけながら肩に手を置いた。
「村雨ちゃん、最後はナイスガッツだったよ。村雨ちゃんも結構アクティブに動けるじゃん!中学生組って夕立ちゃんだけバリバリ動けるのかと思ってたら結構皆イけるのね。うん。それがわかっただけでもあたしの気持ち的には勝利だわ。」
「川内さぁん……ゴメンなさぁい~!」
「ドンマイ!いいっていいって。お互い艦娘部なんだからこれは部活動の練習試合みたいなもんじゃん。負けるのなんて気にしないでいいって。次頑張ろう!」
「はぁい……。」

 川内はあっけらかんとして負けなど一切気にしていない様子で村雨を励ました。村雨はその言葉にグッと胸打たれる思いを感じつつ気恥ずかしさを伴った返事と相槌を返す。
 那珂たちと川内たちが集まり、五十鈴がその中央に来て言葉を全員にかける。
「やっぱり広い場所で演習するのはいいわね。皆思い切りがすごかったもの。この形式の演習は色々勉強になるわ。これからもしたいと思うけどみんなはどうかしら?」
「うん!あたしも同じこと思ったよ。川内ちゃんと神通ちゃんだけじゃなくて、参加するみんなの確実な経験値になるもの。ゲーム的に言うとどー表現するの、川内ちゃん?」
 那珂がそう振ると、川内は満面の笑みで言った。
「レベルアップっすね!」
 その場にはアハハ・ウフフと勝ち負け関係なく全力を出し、疲れきってはいるが気持ちの良い笑い声が響き渡るのだった。


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「ところで夕立ちゃんと五月雨ちゃんは?」
 那珂がふと思い出して鎮守府寄りの方向を向く。皆も釣られて振り向くと、そこにはまだ戦っている二人の姿があった。距離がそれなりにあったため、審判たる五十鈴の宣言が聞こえていない様子だった。
「ちょ!二人ともまだやってるよ!なんかすっごく熱中してるよ!!」
 目を凝らして見た川内がそう言うと、誰からともなしにダッシュして二人の戦場へと慌てて駆けて向かって行った。

 五月雨と夕立の戦場に入った那珂たちが見たのは、5発どころの騒ぎではないペイント弾で全身真っ白になった二人の姿だった。
 夕立はこのくらいのやんちゃはよくあり、なんとなく性格的予想がついていたため那珂たちは皆揃って苦笑いしたが、五月雨に対しては想像だにしていなかったので驚きを隠せない。
「しっかし二人ともものの見事に頭からスネまで真っ白だねぇ……。」と那珂。
「ゆうはまだわかるとしても……さみもなんだってそんなになるまでムキになって熱中してるのよ?」
 村雨が呆れて言うと五月雨と夕立は揃って物言いをし始めた。
「だってだって!ゆうちゃんが素直に負けを認めないんだもん!先に3発当たったの、ゆうちゃんなのに!」
「違うっぽい~!あたしの砲撃は連装砲だったからあれ1回で2ヒットしたはずだし、さみのほうが先に負けだよ!!」
「う~~!ずるいよゆうちゃん!頑固!」
「さみの方こそ頑固じゃん!」
 普段仲良く接している間柄の喧嘩っぷりに友人たる村雨はもちろんのこと、完全に部外者である那珂や川内たちは呆気にとられて眺めていることしかできない。

「あちゃー……もしかしてまた始まっちゃう?」
「で、ですねぇ……ホラホラ二人とも!演習試合は終わったんだからいいかげんにしなさいよぉ~!」
 おそらく展開されていたであろう口論が再び展開され始めたのを目の当たりにし、那珂そして村雨は顔を見合わせて頭を悩ます。口に手(砲撃)が加わる前になんとかせねばと感じそれを行動に移すべく村雨が真っ先に仲裁に入り、那珂たちもそれに続いて宥め始める。
 その後、五月雨と夕立の喧嘩を仲裁して宥め終わるのに十数分を要する羽目になる那珂達だった。

初めての入渠(入浴)

初めての入渠(入浴)

 時間を忘れて演習試合に熱中して取り組んでいた一同。気がつくとなんだかんだで1時間近くやっていた。終了した直後はまだ15分ほど余っていたが、真夏の日中の気候とそれに影響される疲れを各々感じていた。第2戦をする気力が残っていない那珂たちは喧嘩仲裁の後、鎮守府寄りの突堤の先で数分間休憩を取っていた。

「それじゃー皆、鎮守府戻ろっか。大丈夫かな?」
「えぇ。時間もいい頃合いだものね。」五十鈴が腕時計を見た後同意する。
「はい。結構熱い戦いできたと思ってますし満足満足。てかぶっちゃけ汗かいて身体が火照って暑っ苦しくて仕方ないんですよね。さっさとお風呂入りたい。」
 川内の言葉の最後の要望にコクコクと頷く神通と不知火。
「あたしもあたしも。アハハ!さみってば鼻の穴にまでペイント弾ついてる~!」
「むー……ゆうちゃんだって口の端についてるペイント固まりかけててしゃべりづらそーだよ?」
 五月雨と夕立はすっかり仲直りしたのか、全身真っ白になっている互いを見てクスクスアハハと笑い合って茶化しあう。その様子を見て那珂は、喧嘩するほど仲が良いということわざは本当なのだなと微笑ましく感じ、もはや二人の状況を憂いてはいない。

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 那珂たちから二人分離れて突堤に腰掛けていた神通と隣りに座っている不知火がふと上空を見ると、偵察機が自身らの上空を通り過ぎ、町の方へ旋回して飛んで行くところだった。
 それを見た後不知火は確認のため神通にチラリと視線を向ける。その視線に気づいた神通は僅かに戸惑いの表情を浮かべた後自分の仕業ではないという意味で頭をブンブンと振って否定する。
 二人は気づいたが、那珂たち他の6人はおしゃべりに熱中していたため気づいていない様子だった。神通と不知火はひとまず気にしないことにした。


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 工廠に戻り、艤装や機材を全て片付けて本館に戻ろうとする那珂たち。訓練終わりの那珂たちのそれぞれの格好を見た明石や技師らは苦笑しつつもねぎらいの言葉をかける。
「それにしてもみなさん見事にボッロボロですねぇ~。五月雨ちゃんと夕立ちゃんにいたっては頭から爪先までペイントで真っ白ですねぇ。そんなに熱中してたんですか?」
 明石のやんわりとしたツッコミに珍しく夕立もバツが悪そうに俯いて照れている。友人の代わりに五月雨が説明する。
「エヘヘ。私とゆうちゃんは……なんと言いますか、訓練そっちのけで対決しちゃったっていうか……。」
 その説明も照れが混じっていてまともな説明ではない。見かねて那珂が訓練の一部始終を交えて説明した。それを聞いた明石は再び苦笑しつつも、もはやその内容には深入りせずに二人の格好だけを心配するに留めるのだった。
「そ、そうですか。二人がそこまでするのは珍しいですね~。ともあれ早く身体綺麗にしてきたほうがいいですよ。完成したばかりのお風呂を楽しんでいらっしゃいな!」
「はい!」
 五月雨と夕立はもちろんのこと、那珂たちも元気に返事をして工廠を後にした。


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「そーいえばさ、お風呂で使う石鹸とかシャンプーとかまだ買ってないよね?どーする?」
 本館手前あたりでふと思い出したことを口にする那珂。一同はハッと気づいて足を止める。
 工廠を出る前に洗浄水と乾燥機でざっと服装だけを綺麗にした一同。ペイントによる汚れの度合いが高い五月雨・夕立・川内・五十鈴はそのままではショッピングセンターに行くにはかなり気まずい状態だ。
 比較的服装がまともな状態な那珂・神通そして不知火と村雨が買い出し係を担当することにし、五月雨ら4人を待機組とさせた。

 一旦待機室まで戻った那珂たちは訓練終わりを伝えるため執務室に行き提督に事の次第を報告する。
「……というわけで、本日の演習は終わりだよ。」
「そうか。ご苦労様。川内と神通はどうだったかな?良い演習試合になったかい?」
 提督の問いかけに川内と神通は思い切りコクッと頷いて答える。
「うん!今までの訓練の中で一番楽しかった!ゲームっぽいというか普通のスポーツの試合みたいでいいねぇ。やっぱ実際に身体を動かすのは違うよね。なんか充実ッて感じ!」
「私も……皆のおかげで動けるようになりましたし、楽しかった……です。」
「それはなによりだ。確かに君たちは結構動けるようになってたね。」
「え?」
 提督の言葉に那珂たちは呆けた一声をあげる。
「あぁいや。実は明石さんに頼んで偵察機で君たちの演習の様子を撮影してたんだよ。」
「な~んだ!そーだったの!?全然知らなかったよぉ~。」
「うん。いつの間にやってたの、提督?」
 那珂と川内が声を揃えて驚きながら問う。村雨や五十鈴らもそれに乗る。
「これも艦娘の訓練の貴重な映像資料ってことでさ、盗撮みたいでゴメンな?」
 提督から納得できる弁解を聞いた那珂らは本気でその行為を咎めるつもりはなかったため、適当な軽口で提督を茶化してその場の会話を流す。
 誰もが思ったのは、見ていないようで意外と自分たちのことを見てくれている、信頼できるおっさん(お兄さん)だということだった。


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「それにしても五月雨と夕立はまだペイントが落ちきってないようだね。それに顔も……それはそれで可愛いけど。」
「ホラ提督ってば!女の子の顔見て吹き出すなんてしつれーだぞ?早くお風呂入らせてよね?」
 言葉の最後にプッと吹き出す提督。自分らに言及された二人は顔を真赤にして照れて身体をモジモジさせて縮こまる。そんな二人の代わりに那珂が冗談めかしてふくれてツッコミを入れた。
「あぁゴメンゴメン。皆疲れてるだろうと思って、先にお湯張っといたぞ。けど石鹸とかそういうの買ってないから……」
「あ、それはダイジョーブ。あたしや神通ちゃんたちで買ってくるから。それまでは五月雨ちゃんたちには待っててもらうの。」
 那珂から分担を聞いた提督はニコッと微笑んで納得の意を表情で示した。
「そうか。それなら任せるよ。君たちの気に入った物を買ってくるといい。経費で落とせるから領収書はキッチリもらってきてくれよ?」
「はーい、わっかりましたー。」

 軽快に返事を返し、那珂たちは未だ提督が残る執務室を後にした。


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 その後待機組の五月雨ら4人を残してショッピングセンターに行った那珂たちは、入浴に必要な道具を買って鎮守府に戻ってきた。8人は各々のバッグから着替えを持ち、ウキウキした表情を浮かべて足取り軽く浴室に赴く。
 脱衣室に入った一同は改めて部屋の中をざっと見渡し、着衣を置く簡易的な棚の前に立ち並んで脱ぎ始めた。
「いや~鎮守府の中で更衣室以外で裸になるのってドキドキしますな~。」と那珂。
「アハハ。でも安心して思いっきり脱いでお風呂に入れますよね!」
「(コクコク)」
「新しいお風呂ってなんだかワクワクするわね。」
 川内・神通そして五十鈴は思い思いの反応を返す。
 一方の駆逐艦・中学生組も4人思い思いの言葉を交わしながら衣服を脱いで入浴の準備をしていた。

 威勢よく脱いで真っ先に裸になった那珂と川内が揃って浴室の扉を開けて入った。お湯で発生した湯気と熱が脱衣室に漏れ出て、モワッとした空気が那珂たちの後ろに続こうとしていた神通や五十鈴らの全身に絡みつくように当たる。
 夏場ではあるがその熱い空気は嫌な熱さではなくむしろ気持ち良い熱さだ。これから始まる癒やしの時間を期待させる。

「うわぁ~!改めて見てもやっぱりちょっとした旅館のお風呂並の広さだよね~素敵!」
 那珂が入室一番に感想を口にすると、それに川内、夕立が続く。
「これだけ広いと走りたくなりません?」
「あ!分かる分かる!あたしも走りたいっぽい!」
「おっし夕立ちゃん!行くかいね?」
「おー!」
「ちょっと二人とも!滑って転んだら危ないよ!初めての入浴で怪我したらもったいないからね。」
 足を今すぐ駆け出しそうなくらいバタバタさせる夕立。川内も身体を思い切り動かそうとするが、すかさず那珂からの真面目なツッコミが入ったのでその行動はキャンセルさせられる羽目になった。
「え~!でもはしゃぎたくなりません?」
「まぁ気持ちはわかるけどね~。」
 川内の密かな誘惑をサラリとかわすも、実は那珂もまんざらでもないといった表情ではにかむ。
「あんた先輩なんだから……あんたまでやらないでよね?」
 真面目な注意のその後にウズウズしているのが感じ取れたため、五十鈴は那珂を至極真面目にツッコむのだった。

--

 湯船に浸かる前に蛇口の前に座る那珂たち。蛇口は4基しかないため、残りの4人は買ってきた新品のプラスチック製の桶で湯船からお湯をすくい身体を流している。
 ペイントによる汚れが酷かった五月雨・夕立・川内そして五十鈴が優先的に蛇口を使っている。
 4人のうち脱衣室に一番近い端の蛇口を使って身体を流している五月雨とその隣の夕立は互いのペイントの付着部分を指摘しあううちにお湯かけ合戦になり、バシャバシャとはしゃいでいた。
 それを横目で見ていた川内だが、さすがに中学生二人のじゃれあいに混ざる気にはならず、ざっと湯で濡らした身体をタオルで軽くこすった後、他の3人より早く立ち上がって湯船へと向かう。
 五十鈴はというと、ボディーソープを使い黙々と丁寧に身体を洗っている。

 残る那珂・神通らは早々に湯船に浸かって早速心から癒やされていた。
「は~気持ちい~!やっぱ日本人ならお風呂にゆっくり浸かる、これに限りますな~。」
「……はい。でもその言い方はちょっとババ臭い気も。」
「おぅ!?神通ちゃんからまさかの強烈なツッコミ~!那珂ちゃんかなしぃ~~!」
「ウフフ。でも那珂さんの言うことももっともですよねぇ~。鎮守府でお風呂にゆっくり浸かれるなんて、私たち幸せですよねぇ。」
 村雨のセリフにコクコクと頷く不知火。目を閉じて身体の全神経を湯からの癒やしの効果を満喫していた。


--

 その後蛇口が全部空いたので交代で那珂たちが使い始める。そして再び湯船に浸かって8人で会話をしてのんびりと疲れを取り除いて癒やしを高め合う。
 ある話題が途切れた後、全員の正面を見渡せる位置に座っていた那珂は全員にざっと視線を送り、視線移動の終点を五十鈴と川内にした。
「な、何よ?何こっちじっと見てるのよ?」
「う……嫌な予感がする……。」
 五十鈴と川内が目を細めて苦々しい表情を作ると、那珂はわざとらしくねっとりとした口調で見たまんまの感想を口にし始める。
「むーーーー。やっぱ二人ともお胸おっきいよねぇ~~~~? 何食って何をしたらそれだけなるんでしょうかね~~?」
 那珂がセリフに五十鈴と川内は敏感に反応してしまった。
「ちょ!?また胸の話!?」
「だ~か~ら!あたしそういうの意識したくないんだからやめてくださいよぉ!」
「わ、私も……よ。」
 そう言って川内と五十鈴は両手で胸を隠す。抗議の言を受けた那珂は悪びれずに感じたままを追撃の手(口)を緩めない。
「だ~ってさぁ~~。目の前に素敵な膨らみがあったらツッコまずにはいられませんよ。そうは思いませんかねぇ、神通さん、五月雨さんや。」

 話題に巻き込まれまいと必死に目をつぶって顔をそらしていた神通と、まさか振られるとは思っていなかった五月雨は二人揃って同じような焦り具合を見せる。
「えっ!?わ、私ですか!?」
「……う。」
「そ~そ~。同盟組みましょうや、同盟!」
 そう言う那珂を受けて神通が自身と那珂そして五月雨の胸元に視線を向けると、あまり名誉な目的の同盟ではないことがすぐに理解できた。顔が熱くなってきた感じがするが、それが湯船から発する湯気のためなのか話題のためのか、それともその両方なのかまでは理解できない。
「わ、私まだ中学2年ですし、あまり胸は……気にしてないですからぁ!」
「……私も……です!」
 二人とも先刻の五十鈴と川内のように胸元を両手で覆う。五月雨に続いて神通からの反応もあまりよろしくないことを見て感じると、那珂は仲間を村雨と不知火に求め始める。が、那珂はあることに気づく。
「ん……あれ?もしかして……村雨ちゃんも……お、大きいってやつですか!?」
「ちょ!那珂さぁん!?」
 普段余裕ある姉っぷりを見せる村雨が珍しく慌てて照れる様を見せた。頭だけ那珂の方を向いて背を向けて前面を見せないようにするも、那珂は瞬間的な観察力でその行動を逃さない。
「ふ~~~~ん。そうですかそうですか。中学生のくせに夕立ちゃんと村雨ちゃんは良い具合なんですかぁ~~~。将来有望ですなぁ。」
「エヘヘ。那珂さんから有望って言われちゃった!」
「ちょっとゆう!その有望はあまり大きい声で言われたくない有望さよぉ!」
 自身のサイズや評判なぞ一切気にしない夕立は那珂の言葉をそのまま受け取って喜び、村雨は友人のあまりのマイペースさに頭を悩ます。
 もう一人、話題を振られた不知火については、もともとが無表情なのが湯気で顔が見えづらくなっていた今のこの状況のため、彼女が照れているのかそれとも困惑しているのかはたまた怒っているのか、さらにわかりづらくなっていた。全員の視線が集まってから数秒遅れて不知火は一言ボソリと言って意思表示をした。

「気にしてないので。」

 口調から表情がまったく見えずにスッパリとそう言われると、あまり接してこなかった関係だけにさすがの那珂も不知火に関してはそれ以上話題振りを続けられない。
 全く同意を得られず意気消沈する那珂に一矢報いたのは、最初に視線を送られた五十鈴だった。

「そんなに胸を気にしてるんなら、だ、誰かに揉んでもらいなさいよ?」
「なんですとーー!?そんな人いるわけないじゃないのー!彼氏なんていないんだぞー!?」
 五十鈴の口撃を憤りに半分くらい交えた茶化しでもって言い返す。
 こいつに半端な言い回しでは通用しない、そう感じた五十鈴はさらに口撃する。
「ふん!だったら(あんたも気になってる)例えば……に、西脇さんとか。」
 途中の言葉は最小限の声量でもって言い、最後まで言い切った五十鈴の言葉にその場にいた全員が一瞬凍りつく。そして自己解凍して本気の照れと怒りを那珂が見せた。
「い、五十鈴ちゃんのバカァーー!」

バシャッ!

「うわぁぷ!ちょ!やめ!」

バシャッ!バシャッ!

 那珂は両手でお湯をすくい上げて五十鈴に向けて投げ放つ。お湯しぶきが五十鈴の顔に何度も直撃する。余波が二人の間にいた神通にちょっぴりかかったが本人含めて気にしないことを努める。
 お湯かけ攻撃のために湯気でさらに見えにくくなっていたが、感じ取った那珂の焦りと湯気の切れ目から見えたその表情から、五十鈴はその真意を悟った。その想いの恥ずかしさを隠す行為、自分が消極性であるならば、この少女は積極性であるのだと。

 似た者同士、ライバル、そんな表現が五十鈴の頭をよぎる。しかしさすがに言い過ぎたかもしれない。五十鈴はそう思って宥めるべくフォローの言葉を投げかけた。
「……ゴメン、さすがに悪い言い方だったわね。でも人をからかう前に陰ながら努力でもしてみなさいっての。じ、自分で揉むのもある意味いいんじゃないかしらね?」
 フォローはしたがやはり一撃食らわせるのを忘れない。
「む~~~~、ふん!」
 五十鈴の言葉に那珂は口をとがらせてそっぽを向いてしまうのだった。


--

 その後何人かの小さな会話の隙間で再び口を開く那珂。
「そういえばさ、明石さんや妙高さんは絶対大きいよね?」
「あんたまだ胸の話引っ張る気!?」
 五十鈴が激昂すると那珂は両手を振って五十鈴を制止した。
「いやいや!もうこれで終わりにするから!」
「……ったく。あの二人は大人なんだから当たり前でしょ。」
「いやぁだってさ!大人だって小さい人もいるじゃん!うちらの周りの大人の女性ってみ~んなスタイルよさげでうらやましいな~って。それだけ思ったの。」
 那珂がそう言うと、話題の矛先が自身に向いてないことを認識した川内が思い出すように話に混ざった。
「そういえば、あがっちゃんこと四ツ原先生もおっぱいでかいですよね。男子たちは全員あれにやられてる感じだったですよ。ね、神通?」
 同意を求められた神通はそんなことまで知らんと言わんばかりに首を傾けて話題に乗ることはしなかった。代わりに話題に乗ってきたのは五月雨や村雨だった。
「うちの黒崎先生はどうだったっけ?」
「そうねぇ。あの人 いつも上はふんわりしたカーディガン着てるけど、パンツルックだから割りと体型わかるわよねぇ。多分ホントにスタイルいいんじゃないかしら。」
「そうだよね~。実は私ね、黒崎先生って結構理想なんだぁ。エヘヘ。」
「そうだったの?さみってば意外ねぇ~。○○先生とかああいう感じの活発なスッキリしたスタイルの人が理想なんだと思ってた。」
 村雨が示した別の女性教師に五月雨は気乗りしない反応を示し、自身らの部活の顧問である黒崎先生についての評価を口にする。
「だって~、黒崎先生私たちの話一人ひとり真面目に聞いてくれるし優しいし。」
「え、あぁ。内面の話?あたしはてっきりスタイルの話かと思ってたわぁ。」
「先生ってば身長それなりにあってスタイルもいいからあたしも割りと好きだよ。」
 いきなり話題に混ざってきた夕立の言葉に五月雨は同意だったのかウンウンと頷いた。


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 話を教師のことに向けて展開させている五月雨たちをよそに、那珂たちも胸の話から女性としてのスタイルやファッションの話に転換させていた。
「そういえば四ツ原先生、胸だけじゃなくて何気にスーツの着こなしもいいよね。あたし2年だからほとんど接点なかったけど、あの人顧問になってから服装見てるとなんとなくわかってきたかも。」
「あ~~。あがっちゃんセンスいいですよ。たまに私服で出勤してきますけど、そういう私服の時はすっげぇ大人の女性って感じのちょっと高貴そうな服着てますし。あの抜けてる感じに似合わず侮れませんよ、あの先生。」
「ほうほう。神通ちゃんもそう思う感じ?」那珂が尋ねる。
「え……?わ、私はあまり四ツ原先生気にしたことないので……。」
「神通ってばあんまキョロキョロ観察しなさそうだもんね。」
 川内からスパっと自身の評価に切り込まれて一瞬悄気げるが、図星だったためにそれ以上気に留めないよう適当な相槌を打ち返した。

「ねぇねぇ。五十鈴ちゃんの高校にもそういうスタイルやファッションセンスいい女の先生いる?」
「そうね。理想にしたいって先生がいるわけじゃないけど、良いと思える先生はいるかな。どちらかと言うと先生よりも生徒のほうで素敵で参考にしたい人が多いわね。例えば3年の先輩で可愛い私服着こなしてる人がいていいなって思うわ。」
「へぇ~~。そういえば五十鈴ちゃんの高校、制服自体もなにげにオシャレ感あるよね。あたしそっちの学校のスカートいいなって羨ましいんだぁ~。」
「数年前に大々的に今の制服に変更されたらしいのよ。それまでは進学校によくある垢抜けないだっさい制服だったらしいって。○○っていう有名なファッションデザイナーに依頼して作ってもらったそうよ。」
「へぇ~。五十鈴ちゃんの高校の制服、一度着てみたいなぁ~。」
「いいわよ。だったら今度持ってきてあげるわ。」
「あ、だったらあたしにも着させてくださいよ!実は可愛い服に興味ありです。」
 川内の要望に珍しいと感じつつも、五十鈴は二人の要望に快く承諾するのだった。


--

 その後も会話が弾んだお風呂でのひとときを過ごした那珂たちは、ややのぼせた感覚を覚え脱衣室で湯冷まししてから着替えて入浴施設を後にした。
 のんびりと歩いて待機室に向かう最中、海軍・艦船周りの知識が(ゲームを通じて)ある川内が言った言葉が那珂たちの気に留まる。
「そういえば、実際の船をドックでメンテするのって入渠っていうらしいですよ。あたしたち人間でいえば、まさに入浴とか療養です。」
「へぇ~。艤装を入渠っていうのは前に明石さんや技師の○○さんが言ってたの耳にしたことあるよ。だったらさ、あたしたち艦娘の方もこれからは入浴じゃなくて入渠って言ったほうがなんかそれっぽくない?」
「いいですねぇ!なんかかっこいい!」
「にゅうきょ!かっこいいっぽい!あたしもそれ使うー!」
 気に入った様子を見せる那珂が提案すると、川内に続いて夕立もその案に乗り始める。
「アハハ。なんだか提督がたまに使う業界用語みたいで楽しそうですね~。私も使おっかな?」
 さらに五月雨もノリよく賛同する。他のメンツもはっきりとは示さなかったが、まんざらでもないという様子で那珂の提案を耳に入れていた。

 待機室の前に着くと、すぐに入ろうとする川内たちから那珂と五月雨が離れた。
「私、提督に今日のお仕事とかもうないか確認してきますね。」
「あ、それじゃ~あたしもこのあと皆ご飯とかどうするのか聞いてくるよ。」
「じゃあ私も付き合うわ。」
 と五十鈴も那珂の隣に移動した。
「決まったら教えてくださいね~!」
 そう言ってそのまま直進した那珂に手をプラプラと振り、川内に続いて神通らも待機室へと入っていった。

お泊まりの夜、始まり

 執務室に入った那珂たちは早速提督にそれぞれ聞きたいことを確認し始めた。

「提督!お風呂上がったよ。」
「おぉ。どうだった、使い心地は?」
 提督の質問に3人は顔を見合わせてから揃って答えた。
「さいっこうだったよ!」
「最高でした!」
「とても気持ちよかったわ!」
 中高生3人から満面の笑みで評価をもらった提督は笑顔で返す。
「そうか。これで皆に戦いの疲れを癒やしてもらえるね。俺としても一安心だよ。」
「アハハ。ところでさ、うちらは泊まりなわけだけど、皆でこの後夕ご飯どうするかって聞きたくて。」
「私も、もう秘書艦のお仕事はありませんか?」
 那珂と五月雨が質問すると、提督は少し思案した後答えた。

「もう仕事はないから夕飯でいいよ。そうだなぁ。みんなでどこか食べに行くか?」
「えーー!?せっかくのお泊まりなのにそれじゃつまんない!なんかみんなで作ろーよ?」
 提督の提案に素早く拒否を示し対案を提案しはじめる那珂。提督はその反応を受けて再び頭を悩ました後に口を開いた。
「とは言ってもなぁ。西の新棟の調理場はまだ使えないから、何か作ると言っても給湯室でお湯使って何かするくらいしかできないぞ?」
「でもせめて食堂になる予定の部屋くらいは使えるんでしょ?」

 そう那珂が口にした食堂、そして提督が口にした調理場は、本館西側に建設されて先月ようやく入館できるレベルには出来上がり、使用目的に合わせた部屋の構造は調整中の新棟のことだった。
 これまでは鎮守府内で調理をする機会もしたいと言い出す者もいなかっために特に皆話題に触れようとしなかった。そのため提督もあえて聞かれないかぎりは言わずにいて、工事の優先度も低く建設会社とも調整を遅らせていたのだ。
 その代わり優先度的にはシャワー室改め浴室のほうを高くしていた。それは艦娘の心身の健康にも直結しており、なおかつ艤装装着者制度的には厚生労働省からの通達で、艤装装着者の保養施設の一つとして民間の入浴施設との優先提携あるいは鎮守府内への設置が義務に近い推奨をされていたからだ。
 提督は新棟の設備調整よりも浴室に向けた部屋の下準備のほうを密かに進めていため、本格的な工事着手後わずかな日数でも後者のほうが完全な姿を現したのだった。
 とはいえ新棟の方も目的がはっきり決まっているだけに未完成のまま放っておく気は提督にはさらさらない。ある一定の規模の鎮守府には飲食のためのスペースおよび調理設備の設置は推奨よりは度合いが低い奨励がされている。今後の艦娘の大量採用に備え、保養施設の一環として投資的に作っておきたい。そんな考えが提督にはあった。

 那珂としてはせっかくのお泊まりなのだから、食事も楽しく演出して皆で一夜を過ごしたい考えである。提督は那珂の気持ちには察しがついていたが、それを大々的にさせられるだけの環境がないために期待されている返事をできない。
 仕方なく那珂の言葉を再び否定で返すことにした。

「入れるけどまだテーブルとかなにも入れてないから食堂としては使えないぞ?せめて何か買ってきて机のある会議室を使うくらいだなぁ。」
「うーーーん、ちょっとしたお料理したかったけど、仕方ないかぁ。……あ!それならさ。妙高さん家の台所貸してもらえたりはd
「あんたね……いくら黒崎さんが艦娘っていっても一般家庭の台所よ。普通に迷惑かけちゃうからやめなさいよね?」
 言葉の最後にまたしても突飛な考えを飛びださせた那珂をすかさず五十鈴が適切な注意で叱った。さすがに本気ではなかった那珂はエヘヘと笑ってごまかす。
 何も解決策がないままだとすでに夕方なのでまずいと思った那珂はさらなる案を示した。

「それじゃーさ、せめて前のショッピングセンターでお惣菜とかおかず買ってきて鎮守府の中で食べようよ?食べに行くよりも勝手知ったるここで食べたほうが楽しいよ。ね、五十鈴ちゃん、五月雨ちゃん。」
「はい!なんかパーティーみたいで楽しみですねぇ~。」
「それじゃあお皿とか必要な物も買ってこないといけないわね。提督、また私たちで買い物行ってくるけどいいかしら?」
「あぁ、君らに任せるよ。」
「おっけぃ。じゃあちゃっちゃと行ってこよ?」

 提督から許可とお金を受け取った那珂たちは早速鎮守府前のショッピングセンターに買い物に行き、人数分の料理や食器類を買って戻ってきた。準備が終わる頃には夜の帳は下り、すっかり真夏の夜になっていた。

 泊まりと決めた大人である提督と明石は、念のためと思い明石の同僚の技師らにも誘いかけたが、住まいが遠かったり泊まりの準備をしていない、予定があるなどで結局宿泊の協力を得られなかった。せめてものということで何人かの技師は夕食を一緒に取ることを決め、机のある会議室の準備に協力した。
 艦娘たる少女たちはというと、お泊りのメインイベントの一つ、食事のために全員揃って食事の準備をしている。普段自宅や周囲に対して手伝いをするほど気が利かない川内や夕立も珍しく手伝いに勤しむ。
 そして始まった鎮守府内での夕食会は10数人が思い思いの会話を楽しみながらの憩いのひとときになった。


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 自宅以外で過ごす夜ということで普段よりテンションが2割増し高い夕立と川内。二人の異様なテンションを肝を冷やしながら側でツッコミと制御をするのは神通や五月雨の役目となり、那珂と村雨はせっかくの楽しい時間、そんな役割知らんとばかりに完全に第三者としてその光景を見てケラケラ笑って楽しんでいる。

 提督ら大人勢は後からアルコール飲料を買い揃えてきて、職場での酒の席を堪能している。それに気づいた那珂たち学生は陽気に呑んで会話ではしゃぐ提督や明石らを見て聞こえるようわざとらしくツッコミを入れた。

「な~んかお酒くさいな~って思ったらどこかの誰かさんたちがこっそり持ち込んでる気配がするね~。さてどうしますかねぇ~村雨さんや。」
「ウフフ。私達も飲んでみたいですねぇ~。」
「おぅ!?村雨ちゃんってば大人の階段登りたげ~!」
「パパとママが飲んでほろ酔ってるの見てちょっと羨ましいなぁ~って思うんですぅ。那珂さんはどうですか?」
 那珂は以前合同任務の時に、隣の鎮守府の天龍とこっそり飲んだチューハイのことを思い出し、思わず口に出しかけてしまう。
「あたしはなぁ~、前に天龍ちゃんにもらって飲んだ時苦かったからあんま好きじゃなi
 言い終わる前に五十鈴が肩を素早くつつき、ウィンクをして必死に知らせてきたためそれに気づいた那珂はハッとした表情を浮かべて慌てて言葉を濁し始めた。
「な~んつって天龍ちゃんってば飲んでそーな不良っぽい感じだったなぁ~アハハハ!あたしも飲んでみたいなぁ~アハハ!」
 なんつう微妙なごまかしっぷりだ、と五十鈴は頭を悩ませる。
 二人とも未成年なのにあの夜こっそりアルコール飲料を口にしたことは同学年の女3人の秘密にしていたため、こんななんの気なしの場所でうっかりバレるのは非常に心苦しい。
 とはいえその当時護衛艦の寝室ですでに寝ていた村雨はそんなこと知る由もなく、那珂の必死のごまかしに対しても頭に?を浮かべ、気にする段階までは達していない様子が伺えた。
 ホッと胸をなでおろす五十鈴と引き続きケラケラ笑いながら場をやり過ごそうとする那珂。村雨はもちろんだが、提督や明石も酒の酔いのため、那珂たちがごまかしをするまでもなくまったく気に留めていなかった。


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 人一倍騒いでいる川内・夕立ペアはツッコミ役だった神通と五月雨を巻き込んでおしゃべりをしている。
 話題はこの後やる予定の夜間演習だ。この4人の中で唯一実戦における夜戦を経験したことのある五月雨に3人が向かい、熱い眼差しを送るという不思議な光景が展開されていた。

「ねぇねぇ五月雨ちゃん、前に夜戦を経験したことあるって聞いたんたけど、ホント?どうだった?楽しかった?」
「はい。合同任務のときです。あの時はますみちゃんも那珂さんも五十鈴さんも一緒でしたよ!」
 川内の矢継ぎ早の問いかけに対し答え始める。
「んで!?楽しかった!?」
「う~んと、わたし的には夜の戦いは怖かったです。那珂さんは夜遊びするみたいでワクワクするって言ってましたけど……私はちょっとダメでしたね~。あんなおっきな深海棲艦と真っ暗な中で会って戦うなんて、今でも思い出したらドキドキしますよ~。」
「へぇ~~。最古参の五月雨ちゃんが言うくらいだから昼と夜とじゃあ戦いの感覚が全然違うんだろうねぇ。」
「はい、多分。」

 五月雨の感想にもう少し深く切り込みたい川内だったが、ひとまずここでその感想に対する反応を示し、自身の中のイメージを膨らませ始める。
「ねぇ。夜の海に出てくる深海棲艦って見えるの?あたしたちは同調して艦娘になると視力めっちゃよくなるじゃん。昼間はわかるんだけど、それでも夜全く見えなかったら話にならないな~って思うんだ。どう?」
「あ、それは……私も知りたいです。」
「あたしもあたしもー!」
 川内が抱いた疑問に神通と夕立も続く。

 3人から引き続き熱い眼差しを受ける五月雨は頼りにされている感覚から心地良くなり、笑顔そして得意気な表情を浮かべて3人の次なる質問にも答える。
「そ、そうですね~。さすがに真っ暗だと見えないですけど、あの時は那珂さんがライト当ててくれたので、そうすれば動くものなら割と見えましたね~。」
「動くもの……なるほど。」
「ん?どうしたの、神通?」
 五月雨の説明を聞いた神通がわずかに俯いてぼそっと小さな声で独り言をつぶやいた。川内がそれにすかさず反応すると、神通はコクリと頷きながらわずかに視線を川内に向けて言った。
「ええと。あの……同調して身体能力が向上するのはいいのですが、なぜ目まで良くなるのかなって疑問に思ってまして。艤装の構造はわかりませんけど、動体視力が向上するというのは、納得できないを通り越して身体への影響を考えるとちょっと怖いなと。」
「艤装の仕組みなんて考えても無理だって。あたしたちはただ使えばいいの。神通はさ、遠くのもの見えるようになってないの?」
 川内がふと疑問を漏らす。
「え、私は動くものがよく見えるようになるだけでしたが。え?? 川内さんは……違うの?」
 神通が目をパチクリさせて川内を見る。すると川内の隣に立っていた夕立、そして五月雨が口々に言い出した。
「あの~神通さん。艦娘になると、パワーアップする能力って人や艦によって微妙に違うっぽいよ。」
「そうですね。あまり意識することないんですけど、私もゆうちゃんもますみちゃんも時雨ちゃんも同じ白露型?ですけど違うみたいです。私は動くものがよく見えるようになったり、何か見た時にその物の回りに何があるのかすぐ分かるようになりました。」
「あたしは動くものがよく見えるようになったのと、見たものとどのくらい離れてるとか近いとか、そういうのがなんとなく同調する前より分かるようになったっぽい。」

 五月雨と夕立が口にしたそれぞれの向上する能力の違いに、神通は目を普段より見開いて驚きを隠せないでいる。川内もその内容に微妙に追いつけないでいるも、驚いていた。
「へぇ~~!それじゃあ同じ川内型でもあたしと神通それから那珂さんだと、もしかして視力以外にも違うかもしれないんだぁ。なんだかまっすますゲームのキャラみたいでいいじゃん!面白いじゃん!」
「うんうん!あたしもそー思うよ川内さん!」
「おお!やっぱ夕立ちゃんはわかってくれるかぁ!よっし、この後の夜間演習、一緒にやろうね?」
「はーい!」


「私の……向上してる能力……どうすれば確認……」
「あの……神通さん。」
「は、はい?」
 俯いて再びブツブツと独り言を言い出していた神通に向かって五月雨が語りかけた。一人の世界に入りかけていた神通はいきなり呼び戻されてビクッとする。
「神通さんもきっともっと違うものが強くなってるはずですよ。私だって自分の何がパワーアップしてるのかまだまだよく分かってないところありますし、一緒に見つけていきませんか?」
「五月雨さん……はい。」
 川内とノリとテンションがよい夕立とは違い、穏やかな雰囲気で神通に囁きかけてくる五月雨。その言葉の中に神通はこの年下の少女がかけてくれている気遣い・素の優しさそして弱々しいながらも導いてくれる鋭い何かを感じた気がした。
 思いにふけっていると、神通はクイッとスカートの端を引っ張られているのに気づく。引っ張られた先を見ると、先程まで那珂や村雨らの輪の端にいた不知火がチョコンと側に立っていた。
「ど、どうした……の?」
「私も。」
「え?」
「私も、見つけますので。」
 不知火は少し前から川内らの話を聞いていた。言葉足らずなセリフを察すると神通はそう気づく。しかし不知火の片頬が不自然に膨らみ、片方の眉に皺が寄っていることにまで気づくのには少々時間を要した。
 ようやく不知火の心境を想像して気づいた神通は、嫉妬するほどのことかと顔には出さなかったが心の中で苦笑する。先輩艦娘とはいえ年下の少女たちの人となりをまた知ることができた満足感からか、笑顔になっていた。
 五月雨と不知火はその笑顔を自分たちの言葉の賜物だと思い込み、コクリと頷く仕草で応対するのだった。


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 やがて夕食会が終わった。というよりも那珂と五十鈴が強制的に終わらせた結果である。時間に厳しい二人は夜間演習開始15分前になると、その場にいた全員に改まって声をかけて意識を正させたのだ。

「はーいみんなぁ!ちょっといいかな?」
「主にそっちの6人向けよ。聞いて。」那珂に続いて五十鈴がピシャリと注意を指し示した。

「この後8時から9時まで、外に出て夜の海で訓練をします。それなりに身体を動かすことになるので、そろそろ飲み食いは控えてねー。あとそこでニヤニヤケラケラ笑ってる大人二人!」
 那珂が言葉の最後に鋭い視線と言葉を突き刺したのは、提督と明石のことである。二人はほろ酔い気分で心地よく、子どもたち艦娘らの話を適当に聞き流そうとしていたところで言及されて途端に焦る。焦るが酔いが回っているので大して真面目な表情ではない。
 そんな二人の反応は完全に無視し那珂は続けた。

「まずそこの酔ってるおっさん。一応管理者なんだから、夜の海の出たあたしたちがすること、改めて市の広報ページとやらに案内出すか周辺住民に案内とか、問合せ来たら応対できるようにしておいてよ。いいね?」
「は、はい。」
 おっさんこと提督の弱々しい返事を聞いた那珂は視線をその隣りにいた明石に向ける。

「そっちの顔真っ赤にしてるおば……明石さん。このあとあたし達の艤装の運び出しとかメンテ、きっちりできるようにしておいてくださいね?」
「アハハ、はい。」
 提督とは異なり陽気な雰囲気の返事を返す明石。
 言いかけたが単語の最後まで言わずに名前で改めて呼んであげたのは那珂の良心だ。とはいえたとえ最後まで言っても今の明石には単語を解釈する能力が著しく低下していてまったく気にならなそうなのは、第三者の目から見ても明らかである。

 その後那珂と五十鈴の解散の合図で夕食会が終了した。
 片付けは自分らがやっておくからと、技師たちが率先して片付けをし始める。酔いが技師らよりも回っていてマゴマゴしていた提督については那珂がその尻をはたいて片付けに協力させ、自身らは着替えて工廠へと向かうことにした。

夜間訓練

 必要な装備を持って那珂たちは夜の海、いつもの堤防の側の消波ブロック帯の近くに集まった。夜も完全に更けて全員の気分がおやすみモードに入りかけていることわかっていたので、夜間演習・訓練が可能な制限時間の1時間きっちりやるつもりはない。
 那珂と五十鈴としては、夜動くことの感覚を少しでも掴んでもらえればよいと考えていた。一度全員で経験しておいて後は各自必要に応じて経験を積んでくれて慣れていけばよい。

 訓練は、砲撃をする組・雷撃をする組で分かれた。那珂は雷撃組の指導を担当し川内・夕立が、砲撃組は五十鈴が指導を担当し、神通・不知火・五月雨・村雨が集まっている。


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 雷撃をするグループとして集まった那珂たち3人。川内は雷撃をしたい人が夕立しかいないことに不満を持ち愚痴をこぼす。
「な~んで魚雷撃ちたい人があたしたちだけかなぁ~?夜に豪快に撃つのってきっと楽しそうなのになぁ。」
「うんうん!あたしたちだけで楽しも~よ!あたしと川内さんで那珂さんをふたりじめできるっぽいし~!」
「アハハ。それじゃー雷撃を選んだ二人にはあたしがこれでサポートしちゃおう。」

 そう言って那珂は右手に持っていた道具を持ち上げた。
「「それって?」」
「うん。前の合同任務のときに使った業務用のライトだよ。川内ちゃんならもっとちゃんとした言い方知ってるでしょ。」
「おぉ!探照灯!サーチライト!本物初めて見た!」
 那珂が掲げて示したその道具に川内は鼻息荒く興奮しながらその名を口にする。その様子を見て那珂はスイッチをONにした。探照灯の光は夜8時の浜辺沿海から立ち上る一筋の光の柱となった。さすがにそのままでは近所迷惑になりかねないと思い、海面に当たるように探照灯の向きを変える。

「まぁ本物って言っても護衛艦とかに使われるやつと同じサイズじゃないよ。」
「いや~普通の懐中電灯なんかとは全然違うものってだけでもワクワクですよ。」
「ワクワクっぽい!」
 声を揃えて興奮を表す二人に那珂は探照灯の効果や使い方を説明することにした。


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 一方の砲撃組も、五十鈴が持つ探照灯の説明に入っていた。
「私達艦娘は個人差もあるけれど、視力が良くなることは知っているわね?とはいえ夜間とか暗がりだと目が慣れるまで少し時間がかかるのは同じ。それから慣れた後も明るい時と同じような視力を発揮するには、やっぱり光が必要よ。こうしたライトを使うことで、私達の高まった視力を普段に近い水準で発揮できるようになるの。この辺りは五月雨と村雨は知ってるわね?」
「「はい。」」
「使い方は簡単よ。進行方向に向けたり、後は海中に向けたりね。」
「あの……光はどのくらい届くのですか?」神通が先陣を切って質問する。
「このサーチライトは確か……明石さんによると、地上や海上を照らす分には1km先まで、海中に向かって照らした場合は水質にもよるけど、12mくらいって言ってたわ。」
「普通、海中にいる生物を探すにはソナーが必要って本で見たことがあるんですけど。」
「良い質問ね、神通。」
 神通のさらなる質問に五十鈴は冷静な受け答えで対応する。とはいえ自身も明石など他者からの又聞きなのであまり偉そうに、全て知ってるような口調で言うことはできない。それを断った後続けた。
「私も艦娘になって、曲がりなりにも海の仕事についたことになるけど、ソナーとかそういう漁師や海自など海の仕事する人たちが使うものを全てが全て理解できたわけではないわ。それから深海棲艦には音を跳ね返さない個体が多いから、ソナーとか自動追尾の魚雷は効かないってことは前に明石さんから聞いたわよね?」
「はい。」
「ソナーにあまり頼れない以上、視覚・聴覚など、基本的な感覚に頼るしかないわけ。だから艦娘になると、身体能力以外にもそういう感覚が高まるようになっているの……だと思うわ。これも明石さんの受け売りだけどね。そしてそういう基本的な感覚のサポートをする道具を使うことで、その効果をより高める必要があるわけ。こういうライトもその一つ。もちろんソナーも必要に応じて使うわよ。基本中の基本だものね。」

 五十鈴の解説に神通はもちろん村雨も、そして最古参の五月雨・不知火までふむふむと頷いている。
「五十鈴さんすごいですねぇ。よく覚えられますよねぇ~。」
「ほ~へ~。そうなんですか~。」
「ためになる。」

 村雨・五月雨・不知火と連続して他人事のように感心する様を見た五十鈴は呆れ顔でツッコんだ。
「村雨は私よりも後だから仕方ないとしても……ちょっと二人とも。一応私より経験がある先輩の艦娘でしょ。どちらかというと二人からこういう説明を聞きたかったわよ。」
「エヘヘ。そこは適材適所といいますか、皆お互いで補完しあえればいいかなぁ~って。」
「中学では、そんなこと習わないので。」
「普通の高校だってそんなこと習わないわよ!!学校以外での勉強時間がモノを言うのよ……。」
 五十鈴が声を荒げながら言うと、五月雨が微妙なフォローの言葉をかけた。
「五十鈴さんはお勉強家みたいですし、私はお任せできるところはお任せしたいかなぁ~って。」
「そうそう。私もそう思いますぅ。」
 五月雨の言に村雨が相槌を打ち、さらに不知火が無言でコクコクと頷いている。そんな様を見て五十鈴は額に手を当てて俯いてしまった。

「はぁ……あんたら気楽でいいわねぇ……。てかなんか那珂に変に影響されてきてない?その返しが……なんかむず痒いわ。」
「アハハ……気のせいですよ。気のせい。それじゃあ、五十鈴さんが苦手なところは私や不知火ちゃんに任せて下さい!頼ってもらえるよう勉強しておきます。ね、不知火ちゃん。」
「(コクリ)はい。不知火に、お任せあれ。」
 その言いっぷりに五十鈴は変なデジャヴ感を覚え、もはや二人にツッコむのはやめにして話を戻した。
「はぁ……もういいわ。それじゃあ、砲撃の説明に入るわよ。」


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 那珂たちも探照灯・ライトの説明が終わり、メインである雷撃訓練の説明と準備に入っていた。
 砲撃組からは距離を開けて沖に出て的を投げ放って浮かべる。的はランダム移動モードだ。川内にライトを持ってもらって那珂が的の設定を終えると、ほどなくしてLED部分が青白く点滅し始め、起動したことがわかった。

「さて、これからあの的を狙って撃ってもらいます。」
「撃つって言われても、夜に撃つ時ってどうすればいいんすか?」
 川内が真っ先に質問する。
「普通に撃てばいいんだよ。点滅してる的の動きをよーく観察してから撃ってね。」

 川内と夕立が的の方向を見ると、月明かりと周囲の工場の照明があってわずかに照らされているとはいえ、青白く点滅しながら動く的は見えづらかった。
「うー。暗いのに慣れてはきましたけど、やっぱ的わかりづらいなぁ。まぁいいや。とりあえずやってみます。」
「あたしも!あたしも!」
 川内の言葉の後に夕立がパシャパシャと軽く飛び跳ねて主張する。

「はい、ライト。」
「あ!あたしが持ちたい!」
 那珂はコクンと頷いて二人の意志を確認しライトを差し出す。すると夕立が素早く近寄ってそれを手に取る。
「それじゃー夕立ちゃん。川内ちゃんのサポートお願いね。ちなみにライトの光でも的は反応して逃げようとするから、そこんところ上手く使ってみてね。」
 那珂の言葉を全部聞く前に夕立は川内のもとへと駆け寄って行ってしまう。那珂はそれを見て苦笑しつつも、これから二人がする行為を見守ることにした。

「さーて、あたしから撃つよ、いいね?」
「はーい。それじゃーあたしはどうすればいいの?」
「あたしが狙いやすいように的に当ててみて。」
「りょーかい!」
 そう返事すると夕立は川内から離れて的に近づいていった。
 的の一部分を示すLEDの発光は不定期にゆっくりと切り替わる。消灯している間も的は動いているため、瞬きを何度かした夕立がふと的に視線を戻すと、すぐにその位置がわからなくなる。しかし今の夕立にはライトがあるため、彼女の表情は自信に満ちた笑顔だった。
「ウフフフ~。どこへ逃げたって問題ないっぽい~!」


パァー……


 ライトの光が的を強く照らし、直線的にその先の海上をも照らす。的はその強い光によってその場でブルブルと振動し出した。夕立がわずかにライトを動かすと、その隙を狙ったかのように的は瞬発的なダッシュでライトとは逆の方向へと移動し始める。
 同調しているとはいえ意外と重いライトを両手で持ち、夕立は改めて的に光を当てる。
 逃げまわる的に何度目か当てたとき、的はその位置でピタリと止まり、進行方向を変えようと動きが鈍くなった。

「川内さん!あそこっぽい!」
「よっし!」

 夕立の合図を耳にした瞬間に川内はあらかじめ指を添えていた魚雷発射管装置のボタンの一つをグッと押し込んだ。魚雷の軌道やスピードのインプットも忘れない。


ドシュッ!
サブン

シュー……

 川内がイメージしたのは、細かいコースは考えずにとにかく夕立の持つライトが照らしたその場所目指して一直線であった。そのとおりに進んだ魚雷は的がサーチライトの光に反応しきって逃げるべくダッシュをし始める直前に当たった。


ズドオオォ!!


 的の周囲に激しい水しぶきが発生して的は爆散した。川内の雷撃がクリーンヒットしたのだ。

「うお!?あたしの雷撃、初めて綺麗に当たった!?」
「川内さ~~ん!!やったっぽい~!おめでとー!」
 自分の綺麗な雷撃と結果に驚きを隠せないでいる川内の側に賞賛の声をかけるべく夕立が駆け寄っていった。ライトをぶんぶん振り回しながらの駆け寄りのため光が四方八方に走ってあらぬ方向を照らすが、手にしている本人はまったく気にする様子はない。
 そして川内と夕立は声を掛け合った。

「夕立ちゃんありがとね!撃っといてなんだけど、自分でびっくりしたわ。」
「うんうん!あたしだってあんな気持ちいい当たり方したことないっぽい!すっごいすっごい!」
 興奮する川内と素直に川内に尊敬の念を示している二人に那珂はゆっくりと近寄って声をかけた。
「川内ちゃんってば夜なのにあそこまで綺麗に当てて爆破できるなんてすっごいよ。おめでと!」
「アハハ。ありがとうございます!那珂さんに認めてもらえてうれしいなぁ。」
「それじゃあ綺麗に雷撃できた川内ちゃんにお知らせです。」
 喜びあふれる川内に向かって那珂は口調はそのままで話の展開を急転直下させた。
「的の復元、頑張ってやってね。夜だからライト使って、しっかりとね!」
「う。そういや的戻さないといけないんでしたっけ……。せっかくうれしいところに嫌なこと思い出させるなぁ那珂さんってば。」
「ホラホラ、あたしも手伝うから。夕立ちゃんはライトで照らす係引き続きお願いね。」
「う~~あたしは雷撃だけしたいっぽい……。」

 ブーブー文句を垂れる夕立をなだめつつ那珂は川内の背中を押して的が爆散したポイントに向かい、的の破片を集め始めた。
 数分して破片を全部集め終わった那珂は川内と夕立に的の形を作り変えるのを任せ、組み直した後に再び音頭を取って雷撃訓練を再開した。


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 那珂たちが雷撃の準備を始めた場所から少し離れた海上、五十鈴はいざ砲撃訓練をすべく、神通ら4人に号令をかけた。

「それじゃあ砲撃してもらうわ。的は最高レベルに近いランダム移動モードにしてるから、結構素早く逃げまわるはずよ。4人で協力して倒してみてね。ライトは……そうね。神通に渡しておくわ。はい。」
 五十鈴からサーチライトを受け取った神通はすぐに不知火・五月雨・村雨のもとに戻り、相談しあう。
「それでは……私が的を照らしますから、皆さんはすぐに撃ってください。」
 神通のとりあえずな感じのする作戦に3人ともコクコクと頷く。
 的は神通たちが話し合っている最中にもフラフラと動いているが、艦娘たちがまだ攻撃の意志を見せていないために的のセンサーは彼女たちを検知せず、ゆっくりとしたスピードを保っている。
 的に視線を送る神通と3人の駆逐艦。駆逐艦3人がそれぞれの単装砲・連装砲を構えると、的は対人センサーで前方に察知した人間の攻撃性を検知し、本格的にランダム移動とスピードを出し始めた。
 神通は手に持っていたサーチライトをすかさず当てて的を照らす。

「今です!」
 神通の掛け声とともに3人は神通のサーチライトが発する光線の先めがけて撃ちこみはじめた。


ドゥ!
ドゥ!
ドドゥ!!

 不知火・五月雨・村雨の砲撃はそのまま的に当たるかと思われたが、各砲のエネルギー弾が当たる前に的は光が当って以降震わせていた本体を、その光線から逃れるべく横に飛びのけるように自身を弾き飛ばし、エネルギー弾が当たるポイントから逃れた。
 結果として不知火たちの砲撃は当たらず、的は再びスムーズな移動で不知火たちからつかず離れずの移動をする。

「えっ……なんで?」
 あまりにタイミング良く光線から逃れた的を目の当たりにし神通怪訝そうにすでに何も浮かんでない海上を見つめる。
 そんな神通に対し五十鈴がボソリと現実に起こった事の正解を告げる。
「そうそう。的はサーチライトの光が当たっても反発して逃げようとするわよ。」
「!! ……それを早く言って欲しかった……です!」
「一度は何も知らないで経験しておいたほうがためになるでしょ?那珂がやりそうなことをやってみたまでのことよ。」
 珍しく声を荒げて文句を言う神通だが、もっともらしいことを言う五十鈴にサラリとかわされてしまった。五十鈴の言い分には一理あったために神通はそれ以上は文句を言えず、しぶしぶ視線を的があった方向に戻した。
 その際、ふと先刻の五十鈴の物言いを思い出した。

「那珂に影響されてきてない?」
 思い出したと同時に
((そりゃあんたもだろう。))
 という100%ツッコミの感想が神通の頭の前面を通りすぎていった。口に出して言ってしまうような性格ではないため神通はあくまで頭の中で目の前の先輩艦娘にツッコミを入れるに留める。
 とにかくも的の動作を学んだ神通は駆逐艦3人に作戦を相談することにした。

「あの、……ということなので。光が当たったら単純に砲撃……というわけにはいかないようです。」
「へぇ~。あの的ってそこまですごい高性能になってるんですねぇ~。」
「私と五月雨だけの時は……動くだけだった。」
「明石さんどんどん改良してくれるのはいいけど、やりすぎてとんでもない機能の的になったりしないかしらぁ~。」
 どうでもいい感想を述べる駆逐艦3人。神通は3人の感想を無視して視線を的の方に向けながら3人への言葉を再開する。
「的は光が当たるとさっきのように逃げようとします。加えて的は元々衝撃や爆風なども検知してそれらからも逃げようとしているはずです。……私の砲撃では動きがゆっくりな相手でしか、しかも集中してでしかまだ当てられません。なので私はこのままライトを当てる担当になりますので、3人でなんとか当ててください。」

 神通の言葉をフムフムと聞く3人。その最中で五月雨が何か言おうと手を上げかけたが、それは村雨の率先した提案によってキャンセルされた。
「あのぉ~神通さぁん。誰かが的の後ろに回り込むのはいかがですかぁ?それで的の逃げ道をなくすんです。」
「え? ええと、はい。いいと思います。」
 夜戦を経験したことのある村雨の言い分だけに神通はそれに対し反対意見を出す気はなく、素直にその意見に賛同する。
「それじゃーさみ。一緒に行きましょ?あの時やったことを思い出せば私たちなら楽勝よ。ね?」
「え、うん。なんとかやれるといいね。頑張る。」
「それでは……私が合図をしたら的を撃ってください。私は的が変に逃げないように光の当て方を工夫してみます。」
「それじゃー私とさみは早速~。」
 神通の行動を確認した村雨は五月雨を連れて移動し始めた。少し離れると二人の姿はあっという間に見えなくなる。二人が移動し始めた向きは的とは方向がかなり違っていたが、神通は二人がわざと遠回りして的に回りこむつもりなのだろうと推測し、見えなくなった二人の方向に無言で視線を送り、期待を祈った。
 指示を特に受けなかった不知火は
「私は、あっちから。」
とだけ言い、村雨たちが向かった先とは真逆の方向を指差して移動し始める。その場には神通だけがポツンと残る形になった。


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 一人になり、回りに人が見えなくなったことに急に心細くなってブルっと震える。真夏だが変に涼しい夜。当たり前だが暗い夜。何もない海上。鎮守府の本館ははるか遠くに感じられ、点灯している部屋の明かりが恋しい。
 そういえば夜に出かけるなんて、今までの人生で家族旅行以外でしたことがない。思えば変化を求めて来なかった日常から随分離れてしまったものだとしみじみ思い返していた。これが成長といえるのか明確な判断を下せない。
 とにかく今は駆逐艦たる中学生3人と協力して夜の海で逃げ回る的を撃破する。それ以外の余計なことは考えないようにしよう。マルチタスクではないくせに思いにふけりながらあれもこれもと考えがちなのは自分の悪い癖だ。反省で思いをそう締めくくる。頭をブンブンと振ってゴクリと唾を飲み、神通は的を求めて移動し始めた。

 すでに的を見失っていたので、神通は両手で持っていたサーチライトを目の高さより気持ち下まで上げ、2時の方向から反時計回りに海上の数十m先を照らし始めた。どのくらい照らすと的が反応するのかまだわかっていないため、ゆっくりと1時、0時、11時の方向へと動かしていく。
 途中で誰かの足の艤装がチラリと光に照らされて金属の光沢を見せる。五月雨か村雨のそれだろうと想像した。
 神通自身も1時の方向へゆっくり移動しているため、光線の照射も同じ場所を照らさないし角度も方向も少しずつ異なる。そしてしばらく反時計回りに照らし続けていると、人のものではない表面の物体が見えた。
 的に光が当たったのだ。

 離れた場所からそれぞれその光の当たる先の物体を見た不知火・村雨・五月雨の3人は砲撃の構えをするが、神通の合図がまだ出てないために引き金を引かない。
 神通はわずかに当たったライトを離して一度消灯させた。消したままサーチライトを顔の高さまで上げ、再び点灯させる。サーチライトの光は的の上空から照射が始まった。サーチライトを動かす前に神通は思案した。というよりもふと思いついたことがあった。的が反応しないギリギリまで光を当て、位置が分かったら一旦照射を離す。あとは光線の乱反射をうまく利用し、反応しないギリギリの照射を保ちそして3人に砲撃させる。暗い中であれば、光が当たる部分がわずかでもそこが異様に目立つため、狙いは自然とその照射部分の周囲に集中しておのずと命中精度は高まるに違いない。
 そう考えた神通は意を決してサーチライトで照らす角度を下げ、的に僅かに当てた。そしてすぐに上に向かって戻した後短い一言で合図した。

「今です!光の下部分を狙ってください!」
 もともとが声量の小さい神通の言葉だったが、静かな海上のためそれは駆逐艦3人の耳に確かに伝わった。3人は今か今かとウズウズしていたところに待望の合図を受けて、掛け声とともに一斉に各装砲から火を吹かせた。

「や~!」「そーれっ!」「沈める」
ドゥ!
ドドゥ!
ドゥ!!


ズバン!
バァン!!
ズガァッ!!


 再び3人が砲撃する。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 しかしその砲撃はヒットせず、すでに的は被弾のために急激な反応を引き起こしてその場から離脱していた。
「あっ!逃げられた!」
 五月雨がそう叫ぶとライトを向ける前に神通は目を凝らして的らしき物体を探す。すると不知火が珍しく叫んだ。

「こっち! 私の後ろに回っ……た!」

 叫びを受けて神通は不知火の声がしたほうに素早くライトを向けた。サーチライトの光線が不知火を思い切り照らす。彼女に当たり漏れた僅かな光線がそのはるかうしろに迫ろうとしている的を捉えた。それを見た神通は不知火の足もと、海面だけを照らすようにしてそのまま不知火の脇を抜けてその後ろに迫っていると思われる的を探した。あくまでも海面を照らしてじわじわと場所を判別させるつもりだった。

「さ、3人とも動いてくだs」
 神通の指示の言葉が最後まで響く前に、駆逐艦3人は素早く身体と意識を反応させ行動に移し始めた。

 一度反応した的は一見すると止まることを知らないかのように機敏に海上を移動する。そしてどういう意図の動作かは知る由もないが的は不知火に向けて接近していた。
 攻撃者から逃げる動作ではなかったのか……。神通は怪しむが今はその意味を探る暇はない。近づいてきているなら好都合だ。あとはライトを当てても多少は問題無いだろう。

 神通の考えを察知したかのように、一番近かった不知火が先に砲撃し、続いてダッシュのごとくスピードを上げて迫る。的の方へ接近していた五月雨と村雨が神通のいるラインを超えて1~2秒してから砲撃し始めた。
 なぜか村雨は砲撃ではなく、機銃パーツで範囲を掃射した。

ドゥ!
ドドゥ!
ガガガガガガガ!

 的は不知火の砲撃こそ食らったが五月雨の砲撃をかわした。しかし弾幕になって間近に迫っていた村雨の機銃掃射をかわしきれなかったのか、的はその本体を横に細かく傷をつけて連続ヒットしていた。
 神通のサーチライト照射は的の素早い移動のためにすでに的を捉えていない。神通は慌ててサーチライトの光線を海面移動させて探す。しかし的の位置に気づけたのはサーチライトの光ではなく、村雨の機銃掃射の当たった効果によってだった。
 同じく村雨の機銃掃射の効果によって的の位置を察知した不知火と五月雨が再びの砲撃をした。二人とも曲がりなりにも古参の艦娘としての経験上、戦場での判断力が養われていたのか、手探り状態試験状態の神通の行動と指示を待っておらず、その場の判断で村雨の行動を頼りにいち早く的に向かって攻撃していた。
 そして三度四度の3人の砲撃・機銃掃射が続いた。


ガガガガガガガ!
ドドゥ!
ドドゥ!

ドガアァァーーーン!!

 真っ先に当たったのは村雨の銃撃だった。弾幕の被弾判定のため、行動制御の処理が追いつかずに計算している的はその場で停止した。そこに連続で砲撃がヒットし続ける。
 神通は3人の行動がすでに自分を起点・頼っていないことにようやく気づいた。神通が何かしら行動しようと移動し始めた時には時すでに遅く、的は爆散していた。

「やったぁ!的倒したよ!ありがとーますみちゃん。場所わかりやすかった!」
「えぇ。途中で機銃掃射に切り替えてよかったわ。」
「村雨の、機銃助かった。気づけた。」

 駆逐艦3人は神通の目の前はるか先で集まってハイタッチをするなどして言葉を掛けあっていた。その様子を、サーチライトの光は海面に彼女らの声だけでその様子を見聞きしていた神通は呆然としていた。年下・中学生だからと高をくくっていた面があったのは正直否めなかった。
 やはり3人とも経験者なのだ。何度か戦場に出て本物の深海棲艦と立ちまわったことのある艦娘。臨機応変に行動した結果の結果だった。そこに仮初の旗艦たる自分の行動の功績はあったのかと途端に自信を失う。

 艦娘に着任してから軍艦の艦種の本を見て勉強した。軽巡洋艦が駆逐艦よりも平均して高い性能を誇り、艦隊を牽引する存在だと理解した。それをそのまま艦娘の担当艦の種類に当てはめて考えようと試みた。自身は軽巡洋艦神通担当なのだから、水雷戦隊旗艦の戦歴を持つ艦と同じ名を持つ艦娘になったのだから、彼女ら駆逐艦を率いられる存在にならなければと自分に言い聞かせやる気に燃えていた。しかし焦りもあった。
 冴えない自分と輝かしい戦歴を持つ艦にはあまりにも乖離があるからだ。
 拭い去ることができない不安な気持ちがもたげてきたが、幸いにも今は夜。その表情は誰にも気づかれずに済む。基本ネガティブな思考の路線なのに、神通は妙な部分でポジティブに考えていた。


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 神通らが的を破壊したことを確認した五十鈴が4人に号令をかけた。
「どうやら無事に破壊できたようね。最後の方で村雨たちがした行動、あれは実際の戦いの場では必要であり正解である行為よ。神通にはライトを使ってもらったけど、必ずしも夜間の戦闘でライトが使えるとも限らないわ。状況によって昼間の作戦行動中から夜までかかってしまうこともある。だから今手に持っている道具を臨機応変に使って立居振舞ってみてね、というのが私の言いたいことよ。」
 五十鈴の側に集まっていた4人は思い思いに感想を述べ合う。その中で神通は暗い雰囲気を保っていた。納得できない気持ちが苛立ちと悲しみになって表面に現れようとしていた。この苛立ちは誰に対してのものなのか。
 情けない自分に対してなのか、リーダーたる自分の指示を聞かずに行動して勝利を勝ち取ったメンバーたる駆逐艦3人に対してなのか。

 もらった名は凛然と輝かしく存在の大きいものの、素の神先幸は取るに足らない引っ込み思案で情けない女だ。
 唐突に今日のこれまでの訓練での自分の行動を思い返した。
 尊敬できる先輩那珂からあなたのためにと旗艦というリーダー職を任され一日過ごしてきた。
 しかし自分がしたことはなんだ?自分の行動は誰の役に立ったのだ?

 午前の訓練。対峙する川内に立ち向かった。が、グダグダな流れで結局のところ自分の功績はない。あえていえば湾の地形を活かせただけであって、少なくとも自分の行動の賜物とは思えなかった。
 午後の訓練。旗艦として作戦指示という名の口出しをした。実力が伴っていないのに仲間を顎で使っていいのか。結局のところ午後の訓練で一番活躍したのは那珂と五月雨だ。自分は輸送担当である不知火を逃がすために変に距離長く海上を移動させてしまったに過ぎない。結果としては勝てた。
 学校の体育でもそうだったが、幸はバレーボールやバスケットボール、ソフトボールなど、チームプレーが大の苦手だった。艦娘になってから、艦娘というものは艤装などの諸々の道具もあるから自分が強くなれればとりあえずどうにかなるのかもと考えていた部分があった。しかし訓練終わりに近づいてまさかの本格的なチームプレー。そうなると幸の苦手な分野だ。
 艦隊戦や海軍の歴史書を見てから、作戦を立案する軍師的な立ち位置を振る舞えば運動が苦手な自分でもそれなりに参加できると思っていたが、やはり動かない・動けない自分をどうしても引け目に感じてしまう。年下の中学生の少女たちがガンガン動いて自分たちで考えて戦えているその様を見ると、その度合はより強かった。
 夜の闇が神通の負の気持ちの増大に拍車をかける。それは同調率にも表れていたことに五十鈴たち周りの少女たちはもちろん、神通本人でさえすぐには気づけないでいた。


バシャ!!


「わぷっ!きゃ!!」
 突然近くで響いた水に何かが落ちる音と悲鳴。神通からライトを返却してもらっていた五十鈴は辺りを照らした。すると神通が溺れている。
 五十鈴は慌てて海上をダッシュして神通のもとへと駆け寄って声と手を出した。

「ちょっと!?神通大丈夫!?どうしたのよ?」
 五十鈴の言葉はややヒステリックな上ずった声で発せられた。少し離れて仲良く雑談し始めていた五月雨ら3人もその異変に気づいて駆け寄った。

「え、え?どうしたんですか!?」
「なぁに!?神通さんどうしたんですか!?」
「……!?」

 駆け寄った3人のうち特に前面に出た不知火は、五十鈴と協力して神通を海中から引き上げた。神通は両腕を五十鈴と不知火両方の肩にそれぞれ載せて支えてもらってようやく海上にあがり、肩で息をして呼吸を整えた。

「どうしたっていうのよ突然!?あなた同調は……してるわよね?」

 そう言って五十鈴は神通がスマートウォッチをつけている腕を強引にグイッと引き寄せて小さなモニタを眺めた。
 すると、同調率の欄の数値が32.1%と、一度同調に合格した人間であればあえて出すことも珍しい低い数値になっていた。それはつまり、神通こと神先幸の艦娘としての適性が低下していて海上で浮かぶことすらままならない状態になっていることを示していた。

 神通の呼吸は再び乱れ、海水を払い吐き出す咳の音に混じってすすり泣く声が周囲に響いてしまった。突然の事に普段冷静な五十鈴はもちろん、中学生組も艦娘としては後輩はいえ年上の高校生の異変に驚きを隠せないでいる。

「同調率が下がってるわ。どうしたの?言ってごらんなさい。」
 五十鈴が柔らかい口調で問いかける。すると神通は再び鼻をグズッと鳴らしてボソボソと告げ始めるが、声も雰囲気も普段より2割減で暗いため聞き取れない。
「とりあえず……深呼吸して気持ちを落ち着けましょうか。自分で浮かべる程度にまで同調率を元の水準まで戻して。できるでしょ?」
 神通はコクンと頷き、五十鈴と不知火に肩と腕を持って支えてもらいながら大きく息を吸い、そして吐く。それを数回繰り返し慎重に艤装に意識を向け、同調を高い水準まで戻そうと試みる。
 その後数分かけてゆっくりと同調率を戻していった神通は80%を確認し、ようやく自力で海上に浮かべるようになった。同調率が戻ったのと比例して心境も艤装との同調に影響しない程度にはネガティブさが影を潜める形となっていた。
 何度目かの深呼吸ののち、神通は五十鈴に無言で視線を向ける。五十鈴はそれを見て視線の色に気になるものを垣間見たのか、軽く目を閉じてハァ……と溜息ののち、背後に立っていた駆逐艦たちに指示した。

「悪いけど3人で訓練続けてて。的の設定は適当に変えてもいいから。」
「え?で、でも……。」
 心配げに食い下がる五月雨に対して五十鈴は優しくも強めに断る。
「神通のためなの、お願い。」
「は、はい。わかりました……。」
 心配そうな口調はそのままで五月雨は返事をし、村雨と不知火と顔を見合わせて的を破壊したポイントへと戻っていった。
 3人が離れたのを見届けると五十鈴は今度は那珂に声をかけた。雷撃訓練をするのに距離がかなり開けてあるため声を張って呼びかけた。

悩む神通

 3回めの雷撃訓練をさせていた那珂は突然離れたところにいた五十鈴から呼びかけられた。

「なぁに~~?」
「ちょっと来てー!」
 はっきりと言われないがあちらで何かあったのかと不安を持った那珂は五十鈴の言葉に承諾することにした。川内と夕立にそのまま続けておくよう言いつけ、サッと移動して五十鈴のもとに向かった。

「どうしたのさ五十鈴ちゃん?」
 問いかけた後、那珂は五十鈴の隣で普段より俯いて悄気げる神通の姿を目に留めた。何か言葉を続ける前に五十鈴が先に口を開いた。
「神通のことよ。あなたたち離れてたから気づいたかわからないけど、実はさっきね……」
 五十鈴の口から告げられたことを那珂は知らなかった。彼女の言うとおり、離れていたので気づけなかったのだ。五十鈴の口から語られた一部始終を聞いて那珂は心配を顔に出して神通の顔を覗き込みながら確認する。

「神通ちゃん?」
 五十鈴も神通の口からまだ詳しい事情と神通が崩れ落ちたその真意を聞いていない。五十鈴も心底心配そうな表情を浮かべて神通の顔を覗き込む。
 神通の目の前には、自身を心配してなんとか理由を聞き出そうとする先輩二人の顔があった。ただ、神通本人にとってみれば語る気が失せてしまうプレッシャーたる原因だ。また陰を落とし始めてしまう。
 その仕草を見た那珂は神通の素である幸の性格を察し、顔を一旦上げて五十鈴に向かって言った。
「ちょっとこの後はあたしに任せてくれる?」
「え?いいけど。大丈夫?」
「ま~いろいろ思うところあるんだけどさ、やっぱ同じ学校の先輩後輩だし。あとはあたしに……ね。」
 那珂の言い分に一理あると思った五十鈴は了解の意を示した。那珂は神通の手と肩を引いて五十鈴から少し離れて消波ブロックの一角によりかかってから会話を再開した。

「ねぇ神通ちゃ……ううん。さっちゃん。どうしたの?艤装との同調が途切れかけるって相当なことだよ?何か不安に思ってることがあったら言ってほしいな。どう、言えそう?」
 那珂は声色を非常に柔らかく優しく囁きかける。その口調に普段の軽いノリや茶化しは一切含まれていない。
 自分を心底心配して気にかけてくれるその様に心の片隅がじんわりと暖かくなった神通は、ゴクリと唾を飲み込んだ後にゆっくりと口を開いた。

「わ、私……今日一日、何も皆の役に立てて……ません。」
 その後堰を切ったように弱々しくも語り出す神通の愚痴を那珂は黙って聞き続けた。その間も那珂は神通の肩に手を添えている。神通の心境の大半を聞いた那珂はウンウンと途中に相槌を打ち、約1分の沈黙を作った後に言葉をゆっくりとかけ始めた。


--

「そっか。うん。でもさっちゃんは今日一日動けてたと思うよ?あたしはずっと見てきたから、そうわかってるよ。」
「で、でも!私はただみんなに口出ししただけなんですよ!私……体育の授業思い出しちゃって……嫌になってきて。」
 再び涙ぐんで鼻声になっていく神通。那珂はどう声をかければいいか迷っていた。
「さっちゃんはやれることをやった。それだけのことだと思うけどなぁ。」
 那珂のその言葉に神通は思い切り頭を横に振って全力で否定する。それを見てん~と小さな唸り声を上げて那珂は続ける。ここで言わないといけないと思ったことがあった。
「さっちゃんはみんなで何をするってのが苦手なのかな?」
 少しずつ順序立てて確認する。そんな那珂の問いかけに神通はコクリと頷いた。

「そっか。艦娘っていうのはさ、結局のところ一人で戦うものじゃないんだよね。みんなで出撃する、戦う、助ける。さっちゃんはスポーツらしいスポーツほとんどやったことないって言ってたから今までわからなかったんだと思うけど、艦娘の活動は団体競技・スポーツと似てるかなって思うの。どっちも同じでチームプレーが大事。艦娘の活動が特別なんじゃないよ。攻める担当の人もいれば守る担当の人もいる。あと皆に指示を出す監督とかリーダーがいる。サッカーとか野球だってそうだよね? おんなじおんなじ。でも普通の体育の授業や団体競技と違うのは、命をかけて戦わなきゃいけないからこそ、あたしたちは適材適所でそれぞれを補って一緒に活動しなきゃいけない度合いがはるかに高いの。ここ大事ね。無理して自分が不得意なことまで担当して戦ってたらいつか死んじゃうかもしれない。だから、無理してまであれもこれもと担当して戦うんじゃなくて、やれることだけを担当して他のことは他の人に任せる。それが何人も何十人も集まって一つのチームを作る。それが大事なんだとあたしは思うの。だからできないことがあっても何もおかしくないんだよ?」
「でも!那珂さんはなんでも……できます。」
 神通は俯きながらも声を僅かに荒げて反論した。その言葉に自身が言及されていたために那珂は苦笑した。
「あ~~。そういうふうにあたしのこと捉えてたんだ。」
 耳にかかる髪をクルクルと弄りながら那珂は続ける。
「なんでもできるわけじゃないよ。あたしだってできないことあるもん。あたしはできないこと、興味持てないことは徹底して無視してるだけ。なるべくあたしができないことは見せないようにしてるだけ。だからかな?生徒会長としてなんでもできる人って学校でも見られがちだけどホントは結構偏った人間だよ。」
 そう言う那珂だが、かなり接近して見ていた神通の表情に絶対納得していないという色が見え隠れしているのに気づいた。那珂はどう言えばこのネガティブ思考な神通を納得して復活させられるか悩み考えた。

「とりあえずあたしのことは気にしないでいいから。自分で言うのもなんだけどあたしなんか比較対象にしたっていいことないから。今はさっちゃん自身のこと。いい?」
「(コクリ)」
 神通の顔色や肌で感じる雰囲気がまったく変わっていない。頑固なところがあるのだなとやや懸念したが一切顔には出さず、話題の軌道を少し変えて進めてみることにした。

「それじゃあさっちゃんは今日一日、自分がしたことが全てが全て失敗、まったく何の経験にもなっていないって思う?」
「そうは……思いません……けど。でも失敗は多かったと。」
「うんうん。あのさ、今自分が訓練中の身だってことわかってる? 失敗して当然なの! むしろあたしや五十鈴ちゃん・五月雨ちゃんたちからすれば、失敗してもらえたほうがあたしたち自身のためにもなるの。」
「なみえさんや……五十鈴さんのため?」
「そーそー。さっちゃんが失敗したのを思いきり見せてくれればさぁ~、あたしたちは指導の仕方・協力の仕方を変えなきゃいけない。工夫しなきゃいけないって反省する。それは今後皆で出撃したり任務したときの作戦行動のための経験になるんだよ。今日は二人の訓練の最後の自由演習って名目だけどさ、実際はあたしたちすでにいる艦娘の訓練でもあるんだよ。だから今こうしてさっちゃん自身の気持ちを少し話してくれてるでしょ?それはあたしたちのためになってるし、今の今までさっちゃんの気持ちに気づけなかったのはあたしや五十鈴ちゃんの落ち度でもあるわけ。それはあたしたちの失敗なわけだ。うん。」
 神通はそれまで俯きがちだった顔を上げて那珂の顔の下半分まで視界に納め始めた。

「失敗を恐れないでっていつかの誰かがどこかで言ってた気もするけど、まさにそうだよ。訓練中なんだからよほどのことがない限りは死にやしないんだからさ、思う存分失敗してよ。もちろん上手くこなしてくれればそれはそれで良いけどね。あと五月雨ちゃんたちを中学生だからって高をくくっちゃダメ。あの子たちはあたしたちより前に着任して、いくつかの実戦を経験してるんだから。あの子たちの判断で動いたことを気にしたり咎めるのは良くないかな。むしろ、私の判断を補って動いてくれて嬉しい!って思えるようにならなきゃね。」
「……わかってます。わかってますけど、すぐにそうは思えません。私は……やっぱり失敗が怖い。年下のあの子たちからバカにされてるような気がして怖いんです。性分なんだと思います。すぐには……変えられません。ゴメンなさい。」
 神通が言い終わると那珂は深い溜息をついた。本人の言うとおり性分なのだ。この諭し方ではダメだと那珂は判断する。

「はぁ……突き放すようで悪いけど、気持ちの面は他人がどうこうできる話じゃないからさ、そこはさっちゃんのペースで上手いこと乗り切って欲しいな。でもこれだけは約束して。覚えておいて。」
 そこで言葉をすぐには続けず溜める。神通はさらに那珂の顔を見上げてゴクリと唾を飲んで次の言葉を見守っている。
「撃てなくなってもいいから、あたしたちの陰に隠れてもいいから、せめて海に勝手に沈まない程度には気持ちをしっかりポジティブに保って。前も教えたと思うけど、あたしたちを艦娘たらしめる艤装っていうは、人の考えを理解して動く機械なんだよ。だからあたしたちの思考をネガティブにしたり混乱させたら、あたしたちは動く力をあっという間に失う。それは艦娘にとって致命的なの。さっきさっちゃん自身で思い知ったでしょ? 海の上に浮かぶことすらできなくなっちゃう。実戦に出てもそんなネガティブな気持ちでずっといてもらったら、助けるあたしたちまでヘタすると敵にやられちゃうかもしれない。誰か一人の気持ちはね、あたしたち全員の命にもつながってるんだよ。」

 那珂の言葉が神通にとってズシリと、背中に石が乗っかる感じでプレッシャーになる。神通は確かに先程身を持って思い知った。那珂の言葉は図星だ。あまりにも暗く考えすぎたから、自分は艦娘として最悪なことになったのだ。
 自分一人の気持ちの勝手な浮き沈みが、皆を危険に晒すかもしれない。そう思うと重くなった背中が更に重くなりと背筋が曲がり始める。
 するとその微妙な動きを察知した那珂が突然神通の真正面に立ち位置を変え、神通の両頬を手のひらでグニッと押して目を見つめた。

「ホラそれダメ!!今の気持ちを艤装に悟られちゃうよ!?今の同調率見てみなさい!!」
 那珂が両頬から手を離したので神通は片手につけていたスマートウォッチを近づけてその数値を見てみる。すると艤装のコアユニットは想像以上に正直に神通の今の心境を表していたのか、さきほど五十鈴に手伝ってもらって復活させていた同調率が80%を切って70%台に突入している最中だった。
 神通がスマートウォッチの画面を眺めるその脇で那珂も同じ画面を眺めていた。そしてお互い顔を上げて再び視線を絡める。

「どう?数値はさっきより上がってる?下がってる?」
「う……下がってました。」
「ホラね。あたしたち人間の気持ちを察知するこの艤装っていう機械は、きっとかなり正直に明かしちゃうんだよ。この機械の前じゃあたしたちは隠し事なんてできないよ。」
「は、はい。」

 神通が頷いて理解を示すと、那珂は叱るために寄せていた眉間の皺を平に戻し、つぼめていた口元を緩めて笑顔に戻して続けた。
「失敗したかも!?って身を持って思い知れば、きっと人間って近いうちにその問題を解決できるってあたしは信じてる。流留ちゃんだってあたしに怒られてもその後ちゃんと自分の身にしてるようだし、あの娘にできてさっちゃんに出来ないことなんてきっとないよ。自分のペースでさ、引き続き取り組んでみてよ。あたしも五十鈴ちゃんも急かなさいで見守ってるからさ。」
「……はい。頑張ります。」
「ううん。頑張らなくていい。さっちゃん自身のペースで進めることが大事。周りの目なんか気にしないでね。むしろ周りの人はみんなあたしに一目置いてるんだ!って考えるくらい図太くてもおっけぃ! 何度も言うけどあたしたち艦娘はココ次第。だからこそ普通の武器の攻撃が効かない化物相手にあたしたちみたいな少女でも戦えるんだし。」
 そう言いながら那珂が手を置いたのは自身の胸だった。膨らみ的なその存在ではなく、その内に秘めるものの意味であることはさすがに神通にもすぐに察しがついた。
 那珂の言い回しに戸惑い続けるも、伝えたいことの意図は頭の片隅でわかっていた神通は何度も頷いて那珂の言葉を噛みしめていた。


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 那珂は相槌を打つ神通のその表情が、自分たちが会話し始めた頃よりも和らいでいるのに気づいた。しかしどういう言葉で、どう与えればこのネガティブな後輩少女の心に響いて影響させることができるのか、未だハッキリしたトリガーがわからない。そもそも他人にここまで親身になって会話することなぞ、実のところ親友の三千花にだってやったことがない。
 偉ぶっているが那珂自身も探りながら必死の弁である。しかしそんな心の内を他人に悟られるわけにはいかないので普段通り振る舞い続ける。那珂は口元を一瞬僅かに緩ませた後、人差し指を立てて他人に言い聞かせるような偉ぶった仕草で神通に最後の言葉を放った。

「うーんとね、今のさっちゃんに足りないのは多分コミュニケーションだと思うの。あたしや川内ちゃんのことだってまだ大して知らないでしょ? それが不知火ちゃんや五月雨ちゃんたちだったらなおさらだよ。皆のことが分かってないから余計なこと……被害妄想っていうべきかな。ともかくそういうこと考え過ぎちゃうんだと思う。」
「それは……。」
 またしても那珂の指摘は図星だったため言葉が言いよどむ。神通の反応なぞ待つつもりない那珂は間髪入れずに続ける。

「昨日までの訓練でやったことはあくまでも一人で戦う技術の基礎。今日さっちゃんが経験したことは皆で戦うための技術。今日初めてやることを失敗したってそりゃ当たり前だよ。だからさ、さっちゃんには宿題出しておくね。不知火ちゃんや五月雨ちゃんたち中学生と一度は遊びに行っておくこと。艦娘のことは抜きにして、プライベートでおもいっきりね。」
「ひぇっ?」
 急に方向性が違うように思える那珂の言葉を聞いて、これまでも戸惑っていたがさらにその度合いが強くなってそれが表情に現れる。思わず変な悲鳴にも似た素っ頓狂な声が漏れた。

「簡単に言うと、仲良くなっておいてねってこと。後で五月雨ちゃんたちにも話しておくからさ。もうパァ~っと遊んできてよ。」
「わ、私……そういうの苦手……です。」
「なにおぅ~~!?遊んでこいよぉ~~。」
 眉間にしわを寄せてしかめっ面を作り、わざとらしく神通の顔に自身の顔を近づける那珂。しゃべるときの那珂の吐息が頬に直に当たるくらい近かったため、神通の頬は少し赤らんで微熱を持った。
「さっちゃんはもしかしてあれですか。年下の同性と遊ぶのは苦手?そ・れ・と・も~~~実はボーイフレンドがいてその子と遊ぶのに忙しくて付き合ってらんねーよって感じですかぁ~?」
「ぼ、ボーイフレンドなんていません!そ、そもそも……私友達ほとんどいなかったですし。高校生になってからはたまに和子ちゃんと出かけるくらい……でしたもん。」
 思わず自身のプライベートを明かしてしまう。茶化しのエンジンがかかっていた那珂はそれを掘り下げようと思ったがさすがに自重した。
「じゃあさ、あの中学生4人を友達にしちゃえ。いい機会じゃん。友達と遊ぶ・出かけることの酸いも甘いも味わってきちゃえ。和子ちゃん以外にも仲良く出来る子作っておけばさ、高校生活きっと楽しいよ?よく言うでしょ、高校で一生付き合える友達できたとかさ。さっちゃんにとって良いと思える場所で友達作れればそれでいいんだよ。学校で友達作ってもいいし仕事場の仲間な五月雨ちゃん達でもいいの。プライベートで遊ぶ・交流するのは、自分を変えるための格好の行動だと思うなぁ。遊ぶんだから気を張らずに自由に楽しんできてくれればそれでいいよ。さすがにどう遊ぶかとかはあたしも口出すつもりないしね。」
 茶化し満点の言い出しからセリフを進めるに従ってさきほどまでの親身な柔らかい口調に戻っていく那珂の言葉。最後まで聴き続けた神通は、ゆっくりと頷いて了解する。
「わかりました。」
「うん。期待してるよ。」

 慣れない関係の人との遊びや外出を強要された気がしてプレッシャーを感じまくる神通だったが、やはり那珂の言葉には一理も二理もあったので反論の余地はなく、おとなしく承諾するしかなかった。
 再び顔を上げた神通のその表情は、話し合う直前まで浮かべていたどんよりとした重苦しく自信のなさがにじみ出ていたものから、なんとなくスッキリ、を連想させる微笑を浮かべるまでになっていた。
 那珂はその変化を逃さない。

「ね~ね~さっちゃん。ありがとね。」
「へ?な、なんでなみえさんが……感謝を?」
 目を少し見開いて驚きを示す神通。
 那珂はようやく神通の肩から手を離し、それまでよりかかっていて中腰だった姿勢を正して直立した。自然と顔はまだ中腰の神通を見るために俯く形になる。
「だってさ~、さっちゃんが抱えてた気持ちを話してくれたのか嬉しいんだ! こういうお話はできればお風呂とかお布団の中で寄り添ってしたかったけど、あたし的には結果オーライって感じかな。だから、あたしに打ち明けてくれて、ありがとーって。」
 曇りのないその笑顔・接する人に対して慈愛に満ちた表情。前にチラリと垣間見た、五月雨の純朴な表情にも似ていた。月明かりで僅かに照らされる那珂のその表情は、今の神通にはとてもまぶしく見えた。
 人を安心させてくれる、勇気を与えてくれる存在。こんな人ならば生徒会長としても学校内外でそりゃ活躍できるわけだ。
 神通は改めて那珂に心酔し始めていた。人とコミュニケーションを取るのが苦手な自分には絶対なれない存在でないものねだりかもしれないけれど、いつかこうして誰かの役に立てるようになりたい。
 思いが口に伝わって出た。

「こちらこそ、ありがとうございます。わた、私も……なみえさんのように、なりたいです。」
「え?」
「これからも、ちょっとしたことで悩んじゃったり、くじけてしまう可能性がありますけれど、一人で立てるように頑張るので、見守っていてください。」
 言いながら神通も消波ブロックから背を離して完全に海上に直立する。
 那珂がその時見た神通の表情はまだ決して自信を取り戻したなどという感じには遠いが、もう大丈夫だろう判断できるのは間違いなかった。
「あたしが高校卒業するまでは見ていてあげるよ。その後は、ぜひ対等な立場で一緒に仕事していこーね?」
「……はい。」
 那珂が差し出した手を、神通はそうっと握る。那珂はそれを包み込むように優しくそして次第に力を込めて握り返すのだった。


--

 那珂と神通が話し合っている間、五十鈴は砲撃組と雷撃組をひとまとめにして夜間訓練の仕上げとした総合訓練に変更していた。神通のことも気になるが、自分に任されたのは訓練の指導役。自分の役目はきっちり果たしたい五十鈴は気持ちの切り替えをしっかりしていた。
 訓練再開前、神通のことを気にかけた川内が言った。
「あの~神通マジで大丈夫なんですか?あたしも行ってあげよっかな。」
「あの子のことは那珂に任せましょう。きっとうまく解決して神通を元気にさせてくれるはずよ。信じて私たちは訓練を続けましょう。」
「はい!よっし、夕立ちゃんいくぞー!」
「おー!」
「五十鈴さん!私たちもお願いします!」
 と五月雨。それに続いて村雨と不知火が頷く。
 そうして訓練再開していた6人の前に、那珂と神通が戻ってきた。


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 2度の雷撃と2巡の砲撃の後、那珂と神通は五十鈴たちの前に戻ってきた。
「おまたせみんな!」
 皆の側に戻って那珂が真っ先に宣言した。

「もう、大丈夫なの?」
「……はい。ご迷惑を……おかけして申し訳ありませんでした。」
 深々と頭を下げる神通を見て五十鈴は一旦視線を五月雨たちにざっと向けたあと、苦笑しながら言った。
「元気になってくれたならそれでいいわ。あまり心配かけないでちょうだいよ?」
 五十鈴の心配に神通は再び頭を下げる。
「色々聞きたいところだけど……今はやめておくわ。それでいいのよね?」
「うん。そーしてくれると助かるかな。神通ちゃんもそれでいい?」
「(コクリ)」
 神通の同意を得た那珂は続いて五月雨たちにも視線を向けて伝える。五月雨たちもわかりましたとだけ言い、それ以上は神通のことをその場では聞こうとはしなかった。
 そんな中、川内だけは違った。川内は通常の水上移動するのを忘れ水しぶきを巻き上げながら海面を普通に走って神通に近づいてガシっと抱きしめる。
「ふぇ!?せ、川内さん!?」
「……もう!さっちゃん!聞いたよ?あんま心配させないでよね。あたしは同じ学年だし同期だし一番近いんだからさ、何か心配事あったらあたしだって聞いてあげるくらいはできるから一人で悩まないでよ!さっちゃんは出会った時からそうだよ。考えこむところあるからさ、あたしほんっと何かと心配なんだよ?」
「は、はい……うん。ゴメン……ね、ありがとう。」
 感情に素直でもここまでしたことがなかった同期からの抱擁を受け、その力強さに苦しいと感じつつも決して悪い気持ちはしなかった。ストレートに感情をぶつけてくるその様が、那珂とは違う形で嬉しく暖かく包まれる感覚を覚えた。
「それじゃああたしも今は聞かないでおくよ。あとできっちり話してもらうからね。」
「うん。」
 神通の返事の声に鼻をすする音が僅かに混じる。普段であれば他人の細かい仕草や意味など察するのが苦手な川内でも、さすがに抱きしめてゼロ距離にいれば黙っていても言われなくても気づく。
「バカァ!なに涙ぐんでるのよ~!」
「(ぐずっ)せ、川内さんだってぇ……!」

 抱擁し合いながらすすり泣き始める二人を那珂と五十鈴が背中をさすって慰めた。すでに訓練を続ける雰囲気は皆の心からは綺麗に雲散霧消していたため、8人は片付けをして湾に入り、工廠へと戻っていった。

就寝

 工廠で艤装を片付けた那珂たちは工廠の戸締まりをした明石と一緒に本館に戻ってきた。すでに他の技師たちは退勤していていない。
 大して汚れてはいないが潮風と若干の水しぶきにあたっている一同は当然お風呂で頭がいっぱいである。出撃していない明石も夕食を食べ終わった後の少女たちの夜間訓練準備と工廠の戸締まりなど最後の一仕事を終えた後なので入りたくて仕方がなかったが、それよりも責任ある大人として少女たちの今夜の寝床の確認を優先させた。

 先に入浴を済ませた那珂たちが提督と明石に案内されたのは1階の和室だった。9人分の布団がまだ丸まって置いてある。提督が布団の側に立って那珂たちの到着を待っていた。

「お風呂ゆっくり浸かってもらってるところ悪かったね。寝るのはこの部屋を使ってもらいたいんだけど、ここに8人9人は狭いと思うから部屋割りして誰がどこで寝るのか決めてくれ。」
「それはいいんだけど、あぶれた人はどこに寝るの?」
 那珂の当然の質問にその場にいた少女たちがウンウンと頷く。
「2階にも和室があるだろ?そっちと分けて使ってくれ。」
「な~るほどね。そっかそっか。そしたら早速決めよっか。どーするみんな?」
 那珂の音頭で8人はぺちゃくちゃと相談し始める。完全に蚊帳の外の提督と明石はしばらくその相談という名のおしゃべりを見守っていた。そのうちに二人のことを思い出した那珂が話題を提督と明石に振る。

「そーいや二人はどこで寝るの?まぁ提督はどこかそこら辺で寝転がってもらうとしてさ。」
「俺そこら辺なのかよ!?」
「そ・れ・と・も~。あたしたちの誰かに混ざって寝る~?」
「お、おいおい……そういうのは勘弁してくれよ~。」
 その場にいた誰もが那珂のいつものスイッチが入ったことを察した。察したが自分らに直接絡まなそうなので口を挟まずに黙って見ていると那珂は想定通りの茶化しの言葉を投げつけて提督をたじろがせている。そのうち提督は自分で那珂の口撃包囲網を脱出した。
「いいんだよ俺は。普通に執務室で寝るから。ホラホラ君たちで寝る部屋さっさと決めなさい!」
「は~~い。」

 ほのかに小寂しい表情を含んだ笑顔で那珂は返事をし話題を軌道修正することにした。
 思考を切り替えた那珂は部屋割りの提案を述べ始める。那珂が提案すると、唯一不満を持った五十鈴がツッコミを入れ、最終的には次の構成になった。

1階和室:村雨・不知火・神通・五十鈴
2階和室:那珂・川内・夕立・五月雨・明石

 那珂としては一緒に寝床で語り合うのに五十鈴も欲していたが、五十鈴は那珂の最初の提案を聞いて、絶対寝させてくれない駄目メンバーばかりだと瞬時に判断して提案に対案を出したのだった。しぶしぶながらも那珂は納得の意をみせる。
 部屋割りに全員承諾したところで2階和室に5人分の掛け布団と敷布団を運び入れ、寝る準備を完了させた。
 本格的に寝る準備の前に、思い思いの時間を過ごす那珂たち。何人かは明日の朝ごはんのために提督を連れて買い物に出かけたり、また何人かはロビーのソファーに腰掛けて携帯電話を操作したり本を読んだり、おしゃべりをしている。
 そうして過ごしているうち、気づくと午後10時を過ぎていた。
「それじゃー4人ともお休み~!」
「神通と一緒に寝られないのは悲しいけどまぁいいや。夜中起きたら遊びに行くわ。」
「え……いや。別に遊びに来なくても……。」川内の言葉を真に受けた神通は普通に受け答えした。
「ふわぁぁ……悪いけどさっさと寝させてもらうわ。」
 すでに眠りかけてウトウトしていた五十鈴はうるさそうな3人に邪魔されないことが明確になっていたのでその表情が安堵に包まれている。那珂はそれを見て寝させねーよとばかりに脇や肩をツンツン突いて別れの言葉代わりにするのだった。
 ふと那珂は思い出したことがあり、神通に一言声をかけておいた。
「……って感じだから。そうなると4人の中で頼りになるのは神通ちゃんだけだからね。いちおー忠告というか、警告というか。」
「アハハ……覚えておきます。」
 苦笑いしかできそうにない那珂の忠告に神通は口を挟まずただ頷くだけで済ませる。一方で中学生組も各々言葉を掛けあって自分たちの寝床へと向かって行った。


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 1階和室に戻ってきた神通たちは4人とも早速寝る準備を整え始めた。比較的穏やかな性格の少女たち。比較的社交的な村雨も、実は微妙な人選だと感じていた1階和室メンバーのため思うように喋り出せないでいる。準備をする最中の会話はほとんどなく進む。
 パジャマやジャージ・半袖短パンなど四者四様な寝間着になった。布団を敷いて4人がそれぞれのペースで寝る前のひとときを過ごしていると、神通は隣に布団を敷いて寝ようとしていた不知火がリュックサックからどでかいものを出したのに真っ先に驚いた。

「え……不知火ちゃん?それって……?」
 不知火は珍しく頬を僅かに染めて恥ずかしそうにモジモジさせている。その恥じらい方は歳相応と言うべきか、ともかくめちゃ可愛い。そう神通は感じた。
 続きを聞く前に本人がスパっと答えた。
「謙治くんです。」

「え?だれだれ!?けんじくんって誰!?」

 いつも一緒にいるメンバーがいないために手持ち無沙汰に携帯電話をいじっていた村雨が、突然聞こえてきた男性と思われるその名に素早く反応してきた。
 村雨は五十鈴とともに神通と不知火に頭を向けて寝るよう布団を敷いてる。そのためこの4人が何か話そうとするには、枕ごしに部屋の中央を全員で向く必要がある。それまで天井を向いて携帯電話をいじっていた身体をクルリと回転してうつ伏せにし、枕に顎を乗せてその視線を向かいの不知火に向けた。そのあまりの反応の素早さに神通は他人ながらたじろいでしまう。
 不知火が言及したその名に興味津々になった村雨の目に飛び込んできたのは、人間の3~4歳児くらいはあろうかというサイズの熊のぬいぐるみだった。

「へ? 不知火さん……それは?」
「だから、謙治くんです。」

 素っ頓狂な声を上げて再び問う村雨に不知火は“謙治くん”なるぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら答えた。村雨は意外な人物の意外な趣味に萌えたが、それ以上に自分が期待していた話題ではなかったことに落胆して脱力するほうが強かった。
「あぁそう……ぬいぐるみのことなのねぇ……。」
 脱力して顔の下半分を枕に埋めたまま目を瞑るように細めて再び視線は携帯電話に移して操作し始めた。

 一方で不知火の意外な趣味に食いついたのは年長者の五十鈴だった。眠そうな目を擦りながらとろっとした口調で不知火(と神通)に絡み始める。
「あら?そのぬいぐるみかわいいじゃないの。なぁにそれ。お気に入り?」
「はい。とても。」
「それって、なんで持ってきたの……ですか?」
 神通が尋ねると、やはり不知火はかすかにモジモジさせてつぶやいた。
「謙治くんがないと、眠れないので。」
 鼻をフフッと吹き出しそうなくらい可愛い、神通はこの妙にフィーリングが合って普段は無愛想な少女に萌え始めていた。
「ウフフフ。かわいいわね~。ぬいぐるみを抱いてる不知火さんも。……可愛いわ。」
 五十鈴も同じ気持だったのか、神通に続いて不知火への感想を口にするが、その言動とまどろんだ瞳に若干熱が篭ってきているのに神通は気づいた。
「五十鈴さん……?」
「なぁによ神通。」
 恐る恐る、少しずつ尋ねる神通。
「……酔ってないですよね?」
 その言葉に五十鈴は憤りを見せるも、雰囲気怪しいとろっとして怒りにも満たなそうな、傍から聞いていればむず痒くなる感情の吹き出し方だった。
「未成年よぉひどいわねぇ~呑むなんてぇ天龍じゃあるまいしぃ。私は素直にぃー……そう思っただけよぅ……。」
 消えるような語尾に到達する度に五十鈴は頭をカクンカクンとさせてもはやまともに起きてるのかどうかすら怪しい状態だった。
 別れ際に那珂が、「五十鈴ちゃんは夜早いから。あとあまりに眠いと言動怪しくなるからそこんとこよろしく!」と忠告してきたのを思い出した。この事だったのかと神通は面食らう。
 まさか言われて1時間以内に遭遇するとは思わなかった神通はこの厄介な先輩をどうしようか、1秒で1分位悩んだ感覚の後、適当に会話を繋げてあしらってみることにした。

「五十鈴さんも……ぬいぐるみお好きなんですか?」
「ふぁ……う、うん。そう……ねぇ。ぬいぐるみも好きよ。」
「そう……ですか。……も?もって?」
「……さんが……好きねぇ……ふぁぁ~ふぅ……。」
「……え?」
 このまま誘導尋問的なことを続けたら何か危険な秘密を知りそうな気がしてドキドキしてきた神通はこのやりとりをやめたくなった。眠そうですね、もうお休みになっては?と言おうとしたその時、村雨がおしゃべりに介入してきた。
「今五十鈴さん誰が好きっておっしゃいましたぁ~?恋愛トークなら私も混ぜてくださ~い。五十鈴さんの好きな人って興味あるなぁ~。」
 恋愛話絡みになると五感が強くなるのか、ませた中学生の村雨が目ざとく参戦してきた。これはヤバイ。今この場で明かしてしまったらイケない匂いがプンプンする話題になりそう、神通はそう直感する。
 夢見ていたお泊り会とガールズトークだが、こと恋愛系に関してはテレビドラマでも小説でも、いつでもどこでも誰でも必ず集団の何人かは死にたくなるようなこっ恥ずかしい思いをすることを神通はそれとなく知っていた。今回は自分ではないが、仮にも尊敬している先輩の一人が半分以上無意識の状態で本人の意志に関係なくその想いを勝手に明かして、本人のあずかり知らぬところで想いの暴露の結果と噂が一人歩きするようなことがあったら?
 もし自分が曝露される側だったら絶対死にたくなる。死んでしまうかもしれない。自分がされて嫌なことはしたくない。させたくない。なんとか村雨の興味本位な尋問を阻止せねば。そう決心する神通だが、いい対処がまったく思い浮かばない。
 マゴマゴしているうちに、知ってしまった。

「私はぁ……西脇さんが……好き……ふぁぁ~……すぅ……」

 それだけつぶやいて五十鈴は眠りの世界へと旅立っていった。
 現実の世界に取り残された3人は時を止められてポカーンとしていた。
 冷や汗が出てきた神通をよそに、思わず自分の問いかけで五十鈴の想いを聞けてしまった村雨は枕に口を当てながらきゃーきゃーと黄色い悲鳴をあげ始めた。

「うわ~~!五十鈴さんってばマジなのかな~~?職場恋愛?結構な歳の差ですよねぇ~!?きゃー!なんかすっごいこと聞いちゃった~!」
「む、村雨……さん!」
「はい?」
「こ、このことは……3人の秘密、です。いい……ですね?」
 人のことなのに泣きそうな顔で神通は向かいにいた村雨に訴えかける。
「ウフフ。だいじょ~ぶですって。那珂さんやゆうじゃないんですし。聞いちゃったものはしょうがないですけどぉ、私は誰にも言いませんよ。そこは安心してくださぁ~い。」
 村雨の物言いに神通はホッと胸を撫で下ろす。村雨のことをそれほど知っているわけではないが、少なくともあの夕立よりかはよほど信頼できるだろう。自分の中での他人の評価を更新しておいた。
 ふと神通が隣の布団の不知火を見ると、熊のぬいぐるみの謙治に顔を埋めて耳を真っ赤にしていた。
「不知火……ちゃん?」
「!!」
 神通が恐る恐る尋ねると不知火はぬいぐるみごと身体をビクッと跳ねさせた。ぬいぐるみから顔を鼻の根元までゆっくりと離して晒し目を微かに潤ませ耳と頬を真っ赤に染めながら神通たちに言った彼女の様子は、おそらくはこの4人の中で一番純真無垢・乙女だと捉えさせるのに十分だった。
「い……五十鈴さんは、大人、です……ね。」
 普段の彼女からは想像できないくらいか細く必死に気恥ずかしさを隠そうとする口ぶりに、歳相応の少女らしさが伺える。そんな強烈にギャップの乙女チックな様を見せつけられては神通も村雨もすっかり毒気や気持ちの硬化が解けてしまった。


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 恋愛話に対する耐性はどうやら村雨が一番高く不知火が一番低いことが、3人のその後のガールズトークで判明した。神通はというと、恋愛も一応憧れではあるが自身には体験も思いも全然無いために判断つかんということで、中学生二人(実質的には村雨だけ)の判断に委ねることにした。
 その結果、二人の中間ということで落ち着く。

 それぞれが寝落ちというかたちで脱落するまでの数十分間、会話の主導権はほぼ村雨が持ってボールが回され続ける。
 会話の最中で、神通は夜間訓練の時に那珂に言われた“苦手があってもいい・それぞれの得意分野だけでもいい”と解釈したアドバイスの内容を思い出していた。年上だから・軽巡だからとこんなプライベートな場でも無理に主導権を握ろうと頑張る必要はない。(そもそも主導権を握れない話題だったが)
 早速にも無理をしない交流ができているかもと心の奥底で喜ぶ自分があり、(村雨が展開する)ガールズトークの場で自然と笑顔が漏れて自分なりの会話を楽しむことができたのだった。
 その後、1階の和室は誰からともなしにいつからと気づくこともなく、寝息がほのかに響き渡る空間となっていた。


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 1階の和室で布団を敷く準備が始まる頃、2階でも那珂たち5人が準備を始めていた。寝る準備というのは名目上で、実際は寝っ転がりながらできる遊びやおしゃべりの準備が万端という状態だ。
 1階が寝静まる頃でも2階のメンツはワイワイキャッキャと割りと大きめの声で和気あいあいとガールズトークを楽しんでいる。
 会話の主導権は主に那珂と川内の間を行ったり来たりしている。その中で五月雨と夕立、そして時々明石が混じり、夜も更けているにもかかわらず黄色い笑い声が和室の外まで漏れ出ていた。

「いや~なんか楽しい!なんか普通の女子っぽいぞあたし!」
「あたしもあたしもっぽい!」
「あぁん!もうゆうちゃん~!枕パンパンしないでよぉ。ホコリ立つよ?」
「さみってばうるさいっぽい~。そりゃ!えい!えい!」
「わぁ~ん!?」
「「アハハハハハ!!」」
 川内がそう率直な思いを口にすると夕立が素早く反応して勢いに乗る。夕立はしばしば手足を布団の上でバタバタさせてはしゃぐため、ホコリが立つのを嫌がる五月雨がそのたびに注意する。しかし夕立はお泊り会という喜びで何かのリミッターが外れているのか、親友の注意なぞ知らんとばかりにお返しを必ずして五月雨をいなすのだった。

 会話の最中、那珂はふとチラリと川内の表情を見た。実に心から楽しそうに笑っている。なんの意図も混じりけもなく、くったくのないその笑顔に、那珂は一安心して思った。
((流留ちゃんはもう大丈夫かな。もともと人付き合いが得意そうだったからこうして学校外でもあっというまにみんなと仲良くなれたみたいだし。学校での問題は根本解決してないけど……流留ちゃんならきっと大丈夫。あたしだって守ってあげられるし。))

 少々思いにふけりすぎたのか、川内が那珂の視線に気づいた。
「アハハ……ん?どーしたんすか那珂さん?あたしの顔なんか見ちゃって。なんかおかしいところありました!?」
「いやいや!えーっと……うーんと。」
 必死に茶化しの方向を考えつつなんとか川内に言葉を返そうと思考を巡らせていると、明石の助け舟が入る。
「ウフフ。川内ちゃんすごく楽しそうですね~。ね、那珂ちゃん?」
「そうそう!そーですよ! てか一人だけ声でっかいよぉ?」
 明石の支援もあって適当な茶化しを投げかけることができた那珂。すると川内なりに周りを気にかける気持ちが残っていたのか、声のトーンを少し下げて気持ちを打ち明けそして聞き返してきた。
「あたしこういうお泊り会とかガールズトークすっごく楽しみだったんですよ!あ……でも下の神通たちに聞こえちゃったら迷惑ですかね?」
「さすがにそこまでは気にしないでいいよ~。」
 那珂の言葉に悪びれた様子なく返してすぐに川内は本流の会話に戻っていった。


 その後部屋の電灯を消しておしゃべりを続ける5人。そのうち真っ先に寝息を立てたのは五月雨だった。元々からして一番先に寝入りそうな雰囲気をトーク開始の数分後から醸し出していたため、想像に難くない。その次にダウンしたのは、川内と揃ってケラケラ笑って会話を楽しんでいた夕立だった。彼女は五月雨のように徐々に寝入っていったのではなく、プツリと電池が切れたかのように一言だけ言って宣言通り寝てしまった。

「うぅ~ん。寝るっぽい!」
 川内が喋っていると、突然そう言ってそれまで腕を組んで枕に置いていた頭と身体を仰向けにし、プスンと一つ鼻息を鳴らした。
「え?夕立ちゃん?」
 川内が確認のため呼びかけてももはや反応しない。それを見た那珂・川内・明石は顔を見合わせて苦笑する。
「中学生は二人ともダウンだねぇ~。」
 那珂がクスクスと笑いながら中学生二人の寝顔を見て言うと、反対に川内は不満気に憤りを見せていた。
「まったくもう!夕立ちゃんは最後まで起きていてくれると思ったのになぁ~~。」
「まぁまぁ。なんだかんだいってもまだ十代前半のお子様ですよ?」
 明石の言葉に那珂がウンウンと激しく頷いた。しぶしぶ川内も無理やり納得の様子を見せ、話題を転換させた。

「そーですねぇ。まぁいいや。なんたってあたしたちは高校生、いわば大人の女ですし。ところで明石さんは……いくつでしたっけ?」
「ううん!? お姉さんの歳なんて聞いても仕方ないでしょ~?」
「明石さんじゅうg
「はいホラ那珂ちゃ~ん!?人の年齢を勝手に言わないでくださいね~?しかもなんですかその言い方。」
 明石は自分のタイミングで年齢を明かしたかったのに、那珂が悪乗りした言い方でバラそうとしたためにすかさず口を塞いだ。
「別にいいじゃん明石さん。ここには女しかいないんだし。」
 川内もまたしても悪びれた様子なく言い放つ。明石はきまり悪そうに口を開いた。
「はいはい。私の年齢知ったっておもしろくもなんともないでしょうに……。」

 明石の年齢から始まった新たな会話は那珂と川内の学校の話題、社会人明石への進路相談そして明石と川内のヲタトークと流れていった。最初の方は完全に自分の流れでもって会話のリーダーを勤められていたが、川内と明石の趣味全開のやりとりが始まると途端に勢いが収縮して聞く・相槌を打つオンリーの立場に成り下がっていた。
 正直なところまったく面白くない。表情はそのままで心の中でむくれていた。

「ふわぁ……二人ともよく話のネタ続くねぇ~。さすがのあたしももう限界だよぉ……。」
 全く興味が持てない話題を聞き続けるうちに本当に眠気の限界が訪れてしまった那珂はとうとうリタイア宣言をした。
「え?マジっすか那珂さん!? まだ11時すぎですよ? 夜はまだまだこれからなのに。」
「そうは言いますけど、みんな今日は朝から晩まで訓練して疲れてるでしょ? ホラあの二人もすっかり寝てますし、あまり遅くまでおしゃべりしてると起こしちゃいますよ。私もそろそろ寝ないとお肌に優しくない歳に差し掛かってるので、寝させてくれると助かりますね~。」
 那珂の気持ちを自身に置き換えて明石が代弁する。
「うー。明石さんがそう言うんだったら……はぁ。じゃああたしも寝ます。」
 まだ話し足りず不満をにじませる川内だが、那珂と明石がおやすみ宣言をしたのでしぶしぶながらも二人に合わせて寝ることにした。
「それじゃ、おやすみ~。」
 と那珂。続けて川内と明石も挨拶をかけあって布団に潜った。
「はーい。おやすみなさーい。」
「おやすみなさい。」

 その挨拶の数分後、3人も本当に夢の世界へと旅立っていった。
 1階和室に遅れること約1時間、2階和室も5つのスヤスヤとした寝息が静寂の場を作り出していた。

深夜の鎮守府

「ん?ふぁぁ……。」

 眠りが浅かったのか、那珂は深夜に目を覚ましてしまった。携帯電話の時計を見ると1時を回って十数分だ。3人でしていた枕越しのトークを打ち切ってから2時間ほど経っている。夏向けの薄い掛け布団に包まれた自身の体をもぞもぞと動かし体勢を変えて再び寝ようとしたその時、自身の隣、和室の入口に近い方に寝ていた明石がいないことに気づいた。
 念のため他のメンツの様子を伺うと、明石とは逆の隣にいる五月雨、そして向かいにいる川内と夕立は寝息を立てている。特に気にすることでもあるまいと考えてそのまま寝ようとしたが、妙なタイミングで目をさましてしまったため目が冴えてしまっていた。
 そしてよくよく考えると変に深読みしてしまって気になる存在がいるため、那珂はそうっと布団から出て和室の扉を開け、廊下に出てみた。

 深夜、鎮守府本館2階の廊下は非常灯の明かりだけがついていて静寂に包まれる闇の世界がそこにあった。2階の窓から見える景色は、高さがそれほどないために町中の先までは見えないが、本館前の正門と壁代わりの木々の隙間の先に僅かにショッピングセンターの看板が見える。ショッピングセンターの向かいには海浜病院が見え、一部の部屋の電灯だけがついているのが見えた。
 普段は絶対夜にいない場所に、パジャマを着て立っている。不思議な感覚を覚えるのと同時にわずかに心細くなってブルっと震える。
 それは決して他人には明かさない・明かしたくない、那美恵としての本来存在する、万物への恐怖の部分だ。艤装を付けて同調していると感じにくくなる感情の一つである。

 目が冴えてしまったので那珂は和室から東へ向かって廊下を歩いた。
 2階の中央には1階ロビーほどではないが開けた広間があり、ソファーが不自然に置いてある。以前提督が艦娘たちにほのめかした、まだレイアウトを明確に決めていないという場所の一つだ。いずれ人が増えればここも家具の配置やレイアウトを変える必要があるだろう。

 那珂は広間を後にし、本館の東の突き当りにある階段を登った。登ってすぐには艦娘待機室がある。そういえば冷蔵庫にお茶を仕舞ってあるのを思い出した。扉を開けて入り、冷蔵庫からお茶のペットボトルを手に取る。ひんやりして気持ちいい。真夏の夜には大変癒される冷ややかさである。那珂は一口お茶を飲み、すぐ蓋をに締めて手に持って歩き待機室を後にした。
 そのまま歩けば3階の開けた広間に突入する。那珂は時々立ち止まって廊下の窓から外を眺め見てのんびり歩いていった。


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「……っと。西脇さぁん、ペース早すぎますって~」
「仕方ないだろ。……しながら……するのって久々で気持ちいいんだから。」

 潜めた声だが聞こえた。声の主は明らかに提督と明石だ。那珂がそう気づくのはあまりにも容易かった。しかしそれは別にいい。いる人物は問題ない。問題なのは会話内容だ。那珂は二人の声が気になり、耳をよく澄ませた。
 声が小さく、くぐもっているため耳を澄ませてもたまに聞こえない単語がある。
「明石さんだってペース早いでしょ。俺もイケる口だと思ってけど、……では明石さんに敵わねぇや。」
「ウフフフ。あ、西脇さんのそれ、私のこれに早く入れてくださ~い。」
「ちょ、おいおい。そんな乱暴に引っ張るなっての。」
 広間に入る3歩手前の壁際に張り付いて声を聴き続けていた那珂は頬を引きつらせて顔を真赤にさせる。大人な二人の逢引?の言葉の重ね合いに頭が真っ白になりアタフタとせわしなく両手をふらつかせる。
 そして次の明石の艶やかな(と那珂が勝手に認識した)小さい悲鳴を耳にした瞬間、那珂の下半身と足は広間目指して4~5歩踏み出していた。もちろんその目的は、ヤラかしている二人を注意&見てみたい欲望まっしぐらだ。

「くぉぉぉぉらあぁ! 二人して何ヤっとるかぁ~~!!?」
「「!!?」」

 勢い良くフロアに飛び出した那珂が見たのは、月が見える窓際に椅子を並べて置いて何かを飲んでいる提督と明石だった。

「へ? ……えと。え? 提督と明石……さん?」
 いきなり大声を出されて驚きのあまり息が止まりかけた提督と明石が、那珂の間の抜けた一声を受けてようやく反応した。
「那珂こそ……なんでこんな時間に起きてきてるんだよ?」
「え……た、たまたまだよ!目が冴えちゃったんだもん!ふ、二人は…な、何をしてたのさ!?」
 慌てているも自分のこれまでの状態を一言で口にする。嘘は言っていないためその口調と言葉に冷静さが少しはあったが、それを上回る心の動揺があった。その後に続いた問いかけにドモリとしてモロに出てしまっている。
 それがわかりやすかったのか提督と明石はクスクスニヤニヤしながら那珂に言葉をかけた。

「飲んでたんだよ。」
「明石さんも?」
「えぇ。西脇さんにお酒がないか聞きに来て、ね?」
「もう最初っからお酒目当てだよなぁ~。」
「当然です。夕飯のときのあれだけじゃ飲み足りませんしね。」
「うん、俺も。」
 軽く言葉を交わし合う提督と明石。二人分のアハハという笑い声が響く。

「ホラ早く寝なさい。高校生が起きてていい時間じゃないぞ?」
「そ~ですよ。い・ま・は、大人が夜更かししてイロイロする時間よ~?」
 明石は自身の言葉にわざとらしい大人風をふかしながら那珂に言葉を投げかける。

「な~んか二人してあたしを遠ざけようとしてない?ってかすっごく嫌なんですけどぉ!」
「ハハッ。普段からかう側がからかわれるのは嫌かな?」
「うーー、提督ってば普段のスーツ姿じゃないしなんか大人な余裕だしやがってぇ~。似合わねぇぞー。」
「ホラホラ悪態つかないつかない。」
 那珂が提督に食って掛かるとそれを明石が間に入ってやり取りを取りなす。那珂は明石のその微妙な配慮に気になるものがあった。
 大人同士だからなのだろうか。それとも普段こんな場所に絶対にいない時間にいるという、時間的空間的雰囲気のなせる所業なのだろうか。二人の関係が違って見える。普段ならば余裕を出してからかう側に立つが今は自身の勘違いもあり動揺がまだ残っている。その心境が那珂に普段ならば口に出さないような安易な質問を出させてしまった。


「二人は……さ。実は、つ……付き合ってたりするの? なーんか、二人仲良く飲んでてさ、いい……感じじゃん。」
 ただやはり恥ずかしいために俯いてモジモジしながら、顔を上げて自然と上目遣いになりながらとなった。
 那珂の突拍子もない質問を聞いて再び時が止まる提督と明石だったが、失笑とともに時を動かし始めた。

「ぷふっあっはっはっは!!」
「クスッ……アハハ!」

 二人同時の笑い声を聞いて那珂は途端にまゆを下げて不安げな顔になり狼狽し始める。
「え?え?え!?なんで笑うの!?あたしなんかおかしいこと言った!?」
「いやいや。別に全くおかしくないよ。至って自然な質問だ。うん。」
「えぇ。女の子としてはぁ~、どうしても気になっちゃいますよね~~。ね、なみえちゃん?」

 明石は那珂をあえて本名で呼ぶ。その言い振りは那珂のことを見透かしたような雰囲気だ。
「ていいますか、那美恵ちゃんは私たちのどこを見て付き合ってるなんて思ったんですかぁ?」
「え……だからぁ、こんな夜遅くにすっごく……近くに寄り添ってさ。普段は提督って呼んでるのに今は西脇さん?なんて本名で呼んでるし。そんなのこ、恋人同士じゃないとできないんじゃないかって。」
 続けざまに明石が突きつけた言葉は、那珂の心臓をズキリと何度も痛くする。
「ウフフ。那美恵ちゃんってばぁ。しっかりしててデキる娘だけど、恋愛方面はからっきしなんだねぇ~。ちょっと男女が仲良くしてるだけで付き合ってるって思っちゃうなんて。いや~、お姉さんはその若さに感動しちゃった。」
「うっ!?」
「俺も昔は町中で男女歩いてるの見てさぁ、あ!あの二人付き合ってるんじゃね!?とか色々妄想したもんだよ。」
「アハハ、西脇さんってばぁ~!意外と純情なところあったんですねぇ~。」
「おいそこ!うっさいよ~?」
「「アハハハ」」

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 明石の言葉は針を突き刺したようにチクチク、そしてぐさっと心臓に突き刺さった。那珂は途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。明石の口ぶりはまるで自身が普段するような軽い雰囲気でおどけているものだ。本心を突くその言葉。

 今の自身の顔がどんな表情になっているのか、那珂は客観的に知りたかった。どれほど狼狽えてみっともない顔になっているのか。
 ふと那珂は提督の顔を見る。彼もまた、明石と同様にニヤニヤ笑っている。しかし口の端がひきつっておりその笑いが苦笑いということが感じ取れた。それが何を意味するのか、那珂ははっきりとは理解できない。しかしながら自身にとってはいけ好かない表情だ。

 那珂自身をだしにして笑っているのが気に入らない。
 自身が知らぬ大人の顔と雰囲気を見せているのが気に入らない。
 明石と一緒にいるのが気に入らない。
 他の女とまるで恋人(に見えた)のように仲良く膝を突き合わせているのが気に入らない!!

 あくまで那珂の勝手な捉え方によるものでしかないが。

 恥ずかしい。
 茶化され、からかわれるのが五十鈴や川内、学校のみんなならまだやり返してその場をなごませることができる。しかしこの二人に対しては違う。自分よりはるかに年上の、自分の知らぬ2倍近い長い人生の道を歩んできた立派な大人だ。それでも普段の他愛もない話題や艦娘の仕事の延長線上であれば言われてもなんとかやり過ごせるだろうが、自分が制御出来ぬ感情に依る想いに触れられてしまうとなるとどうしようもできない。
 言い返せないのが悔しい。むかつく。
 普段の調子づいた様子が完全に影を潜めていた那珂は俯き、口をまるで幼児が拗ねるようにギュッと窄めてとがらせて言った。
「……当たり前じゃん。あたしまだ彼氏なんていたことないし。他の人がどう見えるかなんて全部わかるわけないじゃん……。」
 てっきり普段の雰囲気で言い返してくるとばかり思っていた提督と明石は、那珂のしおらしい言い返し方に呆気にとられてしまった。呆気にとられはしたがその驚きはすぐに影を潜める。驚きの代わりに出てきた同情と茶化しが、那珂への声掛けを促す。

「そうか~。那珂はまだ付き合ったことないのか。お兄さんなんだか安心したぞ! でも恥ずかしがることじゃないぞ。むしろ君みたいなお調子者な娘が実は……っていうシチュは、ある方面の男性にはツボったりするからグーだぞ、グー!!」
「アハハハ~西脇さんったら~!純真な娘をからかったらいけませんよぉ~。」
 ガハハと笑い、普段絶対にしそうにない形の軽口を叩いてくる提督と、その言い回しを注意しながらも同調して笑いの種にする明石。その言葉に那珂は胸を締め付けられるような痛みといらだちを覚えたが、それと同時に二人の雰囲気の違和感にも気づいた。
 二人とも普段とぜんぜん違う。これはもしかして結構な酔いのためなのか。
 つまり、今の自分は提督と明石にとって酒の肴?

 想いをかき乱されかけていたが、現実を様子見する冷静さはかすかに残していた那珂は普段の自分のペースを少し取り戻す。
「二人とも……酔ってない?」
 眉をひそめて言う那珂に提督と明石は浮ついた明るい声で答えた。
「うん?おぉ、ハハハ!だって酒飲んでるしなぁ~。」
「ですよね~。飲まなきゃやってられない時も大人にはあるんですよ、那美恵ちゃん。」
「あぁあぁ。那珂も早く社会人になって周りにもみくちゃにされれば色々わかってくるんじゃないかな~?」
「「アハハハハ!」」

 ふと那珂が二人の足元、つまりテーブル代わりに持ち運んできたと思われるキャビネットの隣を見ると、すでに飲み終わって空けたと思われる発泡酒とハイボールの缶が並んで置かれていた。
 二人のアルコールの許容量や酔いやすさがどれくらいかは未成年である那珂はあずかり知らぬところだが、足元の数缶とキャビネットの上の発泡酒の缶を見る限りは、二人は深夜なのにハイペースに見える呑み方をしているように見えた。
 酔いによって人の人格が変わるというのは両親の例や雑誌・ドラマ等で知っているつもりだが、両親以外で酔ってる人を間近に見たことはなかった。
 酔える人の気持ちがわからない。
 自身も以前合同任務の夜に天龍と飲んだことはある。それは確かだ。あの時飲んだのはカクテルベースのお酒でほんのり甘かったが、それでも那珂にとっては苦々しいもので、決して美味しい・また飲みたいと思えるものではなかった。今目の前で酔いながら自身をからかってきた二人のようになるならば、自分はお酒なんか二度と口にしたくもない。酒に呑まれるなんて嫌だ。

 頭が痛い。
 それは目の前の酔いどれ二人の言を真に受けて一人ドギマギしてしまったことがバカバカしく思えたことへの反省だった。確かに自分自身の素の心をえぐられ、現実を思い知ったのは確かだ。このまま自身が心をかき乱されたまま朝を迎えてもこの二人が今この時のことを覚えている保証はない。一人で動揺して苛立ちを覚えるのは損だ。

 高校生がこんな時間まで起きてていい時間じゃない。
 提督が酔いながら言った言葉を思い出し、その通りもう寝ることを決めた。しかしこのままおめおめと引き下がるのは性に合わない。せめてこの酔っ払いに一泡吹かせてやりたい、そう思った。

「そ、それじゃーお二人は恋愛初心者のあたしがとーっても参考にできるくらいの恋愛をしてきたんでしょ~ね~!?ぜひ聞かせてもらいたいなぁ~~?」
「ん~?こんなおっさんの恋愛を聞きたいのか?」
「あ!西脇さんの恋愛話気になりますね~。聞かせて聞かせて!」
 酔っているためか、普段ならば照れて言いそうにない話題に素直に提督は乗り始める。明石は普段でも乗ってきそうなノリで、那珂の想いを知ってか知らずかその反撃に自然と参加してきた。
「俺は自慢じゃないけどな~、今までで彼女は二人だけだったぞ!」
「あらま。西脇さんってば意外と恋愛経験少ないの?」
「恋愛ってのは人の数じゃない、どれだけその人を愛してその人を尊重して互いのペースを守って過ごせるかだぁ! ……まぁ趣味が合えばつまるところお互い気兼ねなく気持ちよく接して過ごせるしなぁ。そういう意味では社会人になってから付き合ってたあの娘は良かったんだよなぁ~~。はぁ~……」
「わぁ~、西脇さんの持論!ぶっちゃけ趣味があえば誰でもよかったりしますかぁ?私なんかどうなんでしょね~?」
 しみじみと締めたかった提督に明石は皮肉を交えてツッコむ。提督はすぐに感情を切り替えて明石の言に乗って自身のタイプを告白した。
「おぅ!そうだなぁ。ぶっちゃけると明石さんや妹さんの夕妃ちゃん、あとうちの艦娘でいえば内田さんなんてめっちゃタイプだぞ!ぶっちゃけ付き合うなら話の合う娘だなぁ~!突き合いたいなぁ!」
「きゃ~~!西脇さんってば大胆発言!パチパチパチ~!」

 那珂が未だ知らぬ“夕妃”なる明石の妹の存在を匂わせつつ、その後もぺちゃくちゃと続ける提督と明石のふざけた態度による恋愛話を聞いて、那珂は呆れ果てた。駄目だ。酔ってるから半端な話題なんて通用しない。

 そして、提督の好みのタイプを知ってしまった。

 酔ってるがゆえにリミッターがなかったのか。普段ならば聞いても離してくれないだろう心の内を那珂は聞いてしまった。迂闊だったと瞬時に猛省するが、もう遅い。

 フラれた。
 やはり提督は、趣味が合う人がいい。

 那珂は、想いが本物になる前に崩れた感じがした。薄々感づいていたことだが、趣味嗜好という初期装備の時点で川内たる流留に差をつけられていたのだ。時間なんて関係ない。一瞬で縁を感じることがある。自身がかつて見知った小説で共感を受けた言葉。それがまさか自分に降り掛かってくるとは思いもせず、完全に自滅してしまった。
 那珂は目の前で展開される酔っぱらいの会話なんぞすでに頭に入らなくなるくらい遠い世界に放り出された感覚を覚えた。自分の迂闊さ加減に泣きたくなっていたが、この酔っぱらいの前で泣いたりしたらそれこそどう茶化されるか知れたものじゃない。我慢するが、すればするほど鎮守府に初めて来てから抱いていた想いの収縮先が一人歩きしてしまって心が落ち着かなくなる。

グズッ……。

「提督の馬鹿!明石さんの馬鹿!せーぜー川内ちゃんとお幸せにぃ!!おやすみ!!」

 鼻をすすって声を荒げて怒鳴りつけた後、那珂は脱兎のごとく3階の広間から駆け出していた。その際後ろから何か声が聞こえたが聞こえないフリをして足を止めなかった。


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 このまま寝られない。那珂は2階を通り過ぎ、1階に降りてきていた。向かうあてもなく、とりあえずたどり着いたのは1階のロビーだった。施錠しているため外には出られない。出てもよいと思っていたが、そこまで自暴自棄になれない。
 那珂は靴を脱いでロビーに設置されているソファーに座って身体を横たえた。
 そういえば提督と明石は本当に付き合っているのか?なぜ今あの時間に本名で呼んでいたのか?など回答を聞いていない。が、もはやそんなことはどうでもよかった。

 自分の経験のなさを見透かされ、迂闊な話題提供で自滅した。これほど馬鹿らしく愚かしいことはない。
 高校2年にまでなって、特段好きになった男子はおらず交際に発展することなどありえなかった。自身の昔からの周囲との距離感や性格上、誰かを好きになって誰かと付き合うなぞキャラではないと那珂自身思っていたからだ。ムードメーカー・リーダーを自然と役割担ってきた自分が恋に落ちてイチャイチャするなんて想像できない・したことがなかった。
 恋をしたとは思っていない。今にして思えば結果的にそれに近い想いを抱いただけだったのかもしれない。
 初めて鎮守府の扉を叩いたあの日、まったく接点のなかった男性との出会い。何かに向ける信念や想いに惹かれた。那珂たちが現場に出てしまえば表立った活躍の機会はほとんどない立場の人だが、現場まで自分ら運んでくれる・帰ってきた時に出迎えてくれるまめな優しさと影で支えてくれる姿に安心感を得られた。実際の指揮や仕事の運用はなんだか不安に思えて、逆に支えてあげなきゃと思わざるを得ないこともある。そこまで含めて、気になる存在だった。
 学校以外での活動と付き合いに夢を見ていた。良く思われたい・彼の第一人者になりたいと勝手な想いを膨らませ、世間一般でいうところの恋という感情に繋げてしまおうとしていたのかもしれない。だからそこに対象者自身の想いは存在しない。あるのは自身の勝手な思いだけだった。

 昔から那珂は極大のヘマをしでかしたときに、親友の三千花から「あんたは自分勝手なところがある。人の思いをないがしろにするところがある」と諫言されてきた。それまでは親友の言葉を話半分に聞いて過ごしてきた。親友は分かってくれていて、そんな態度でも黙って見て付いてきてくれた。
 しかしその親友は今この場にはいない。親友が入ることを拒んだ戦いの世界だ。忠告してくれる人がいなければ自分で立ち止まって気づくしかない。そして本人の想いを耳にして思い知ったのだ。相手の好みや想いなぞ無視して自分勝手に願望や想いを突き進めようとした結果、実は最初から選ばれていなかった。一人で想い込み一人で勝手にフラれる。
 あたしは、あの人に恋をしていたのか?それとも恋に恋していた(たかった)のか?
 事実が那珂の心に重くのしかかる。真なる想いを分析しようとして那珂は自身の心にどす黒い靄をかける。両腕を胸の前でキュッと重ねて押し付けて胸を抑える。

 だがこれで諦めと決心がついた。仕事は仕事、恋愛は恋愛で切り離して動ける。支えてあげたいという想いはそのまま仕事の出来だけに還元して、個人的な想いは今後一切膨らませない。支えてあげるのは相手の想いでもいい。タイプだと言っていた川内との仲を取り持ってこそのデキる女だ。
 私情を挟まないようにと何度も心がけてきたのに想いをぶり返させていたのは自分の意志の弱さと那珂は認識していた。今までが自分らしくなかったことも痛感していた。だからこそこれからはやる時はやる、仕事の鬼にでもなってやろうと心に強く刻みこむ。しかしながらまた意志弱く想い返すかもしれない。その時はまた自分で自分の心を痛めつけてでも自身を戒めよう。そうでないと感じたくもないさらなる痛みを味わうことになる。それだけは避けたい。

 そうやって心の切り替えを進めた那珂だったが、細めている目の端からは、涙が浮かんでいることに自身で気づかなかった。そしてもう一つ気づかなかったことは、ここまでの思考もやはり自分勝手に進めていた点であった。

 思考の自暴自棄になりかけていた那珂を寝静まった深夜の鎮守府・現実に呼び戻したのは、突然のブザーの音だった。

同調率99%の少女(18) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=64634703
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1f_38uEWkvUWBAI8sVABbwqi4O_iigIMgGnsxylJ_SJU/edit?usp=sharing

同調率99%の少女(18) - 鎮守府Aの物語

川内と神通はいよいよ最後、自由演習を迎えた。那珂は二人の訓練に、鎮守府の皆に付き合ってもらうことにした。この日、鎮守府Aの敷地や周辺では艦娘たちの姿が良く目に留まる。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。 --- 2017/10/18 - 11話目公開しました。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-09-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 少女たちの計画
  2. 午前の訓練
  3. 入渠設備、完成
  4. 午後の訓練
  5. 決する勝敗
  6. 初めての入渠(入浴)
  7. お泊まりの夜、始まり
  8. 夜間訓練
  9. 悩む神通
  10. 就寝
  11. 深夜の鎮守府