鬼多見奇譚 余話 続くつぶやき

鬼多見奇譚 余話 続くつぶやき

天城 翔

()()()(ゆう)()は探偵の(さん)(ぺい)(しげ)()に呼び出されていた。
 以前の貸しを返せと連絡があったのだ。つまり、今回はタダ働きだ。
 (ゆう)(うつ)な気分で事務所の扉を開けると、スク水姿の茂子が居た。
 彼女は悠輝と同い年、今年で二七になる。
「いらっしゃい」
「三瓶、何のマネだ?」
 茂子は人差し指を左右に振った。
「チッチッチッ、三瓶じゃない、ボクは天城、『(あま)() (しよう)』だ」
 彼女は、ビジネスネームで天城翔を名乗っている。
「ここも三瓶興信所じゃなく、今は天城探偵事務所だ」
 ここは元々、彼女の父が経営する事務所だった。
「ったく、三瓶はこの辺の名士なんだから、そのままでいいだろ?」
「イヤだ!」
「あっそ。で、おれに何をやらせたいんだ」
「ノリの悪いヤツだな、せっかくサービスしてやっているのに」
 天城は胸を反らせて、スクール水着姿を強調した。
「スク水なんて見たくない」
「ウソつけッ、君の趣向は調査済みだ。こういうの好きだろ?」
「リサーチ不足だな。『お前』のは興味がない」
 天城はこれ見よがしに溜息を吐く。
「素直じゃないなぁ、嬉しいくせに。
 まぁ、フザけていても仕様がない、本題に入るよ」
 天城探偵事務所に、亡くなった娘がSNSに書き込みを続けているので、調べて欲しいという依頼が来た。
 依頼主の鹿沼日文は、アカウントが乗っ取られたと思っていたが、確認すると書き込みは全て娘のスマートフォンからされていた。
 母親は誰もそのスマホを触っていないという。
「お前が解決すればいいだろう?」
 一通り話を聴き終えて、悠輝は答えた
「いや、別な依頼があってね。専門家を寄こして欲しいってさ。
 ボクもその方がいいと思う」
「おれだって専門家じゃない」
「探偵よりは専門家さ、拝み屋さん。どっちにしろ、今回、ボクが解決すべき事件はない」
「わかった、やればいいんだろ。これで貸し借りナシだ」
「ちょっと待て、これでチャラはないだろ?
 この前頼まれた仕事、けっこう大変だったんだぞ」
 悠輝は溜息を吐いた。
「じゃあ、あと一回だ。厄介な仕事は断るからな」
「OK」
 悠輝は天城探偵事務所を後にした。

鹿沼 日文

 依頼者の家は郡山市郊外の住宅地にあった。
 鬼多見悠輝は依頼者にアポを取り、愛用のMTB(マウンテンバイク)で向かった。
 拝み屋と言っても、悠輝はそれらしい格好をしていない。
 今日もグレーのジーンズに白い革ジャンを羽織っている。
 これにヘルメットとサイクルグローブを着けて、MTBを漕いでいるのだ。
 目的の家に着くと、ヘルメットを脱いでインターホンを鳴らした。
〈はい〉
 中年の女性の声がインターホンのスピーカーから流れる。
「御連絡致しました、鬼多見です」
〈お待ちしていました、今開けます〉
 どうやら声の主が依頼者の一人、鹿()(ぬま)()(ふみ)だろう。
 悠輝は日文にリビングに通された。そこにはもう一人の依頼人、鹿()(ぬま)()(いち)もいた。
「これが娘の(せい)()です」
 写真には日文と高校生ぐらいの少女が写っていた。娘の両肩に手を添えるその姿と表情だけでも、母がいかに溺愛していたかを察せられる。
「話は天城から聞いています。お亡くなりなられた後も、SNSにお嬢さんのアカウントで書き込みが続いているんですね?」
「ええ……。亡くなったのは三ヶ月前です。書き込みは、二ヶ月ぐらい前から始まりました。初めは、ニュースでも話題になっている乗っ取りかと思ったんですが……」
「調べてもらったら、お嬢さんのスマートフォンから書き込まれていた」
「はい」
 悲しそうでありながら、嬉しそうな、何とも言えない表情を日文はした。
 一方、太一は苦虫を噛み潰したような顔をしてうつむいている。
「スマートフォンを拝見できますか?」
 日文がスマホを差し出した。
「済みません、ロックを解除していただけますか?」
「失礼しました」
 ロックを解かれたスマホでSNSを立ち上げる。

『今日は晴れてて風が気持ちいいー《*^▽^*》』

『友達とランチ。パスタとドリア、どっちがいいかな? カロリーも気になるし……』

『今朝、ママとケンカした。もう、どうして私の物勝手にさわるかな《`へ´》フンッ』

『あ~ん、雨。傘忘れた《>o<》』

『しまった! 課題するの忘れた《x_x》』

 聖子が書いたと思われる書き込みが続く、最新の日付は昨日だ。
 少なくても一日に一言は呟いている。
 そして、日文が言うように亡くなった日からひと月程度は、何も書き込まれていない。「では、家の中を視させていただきます」
 悠輝は一つ一つ部屋を確認していった。
 特に聖子の部屋は念入りに調べた。部屋は聖子が生きていた頃のままにしてあるらしい。
 塵一つないので、日文が掃除を欠かさないのだろう。
 一通り視終わると、悠輝はリビングに戻ってきた。
「どうです? 聖子はまだこの家にいるんでしょう?」
 確信しきった口調で日文が言う。
 悠輝は静かに首を振った。
「いいえ、何処にもいらっしゃいませんでした」
「うそッ、だって現にこうして……」
「奥さん、どうしてスマートフォンのロックを外せたんですか?」
「え?」
「お嬢さんが教えてくれたのでしょうか?」
「いいえ……」
 本人もなぜロックを外せるようになったのか思い出せないのだろう、戸惑った表情を浮かべた。
「別にそんな事、どうでもいいじゃないですか! 私が書き込んでいるとでも言うんですかッ?」
 今度はゆっくりと頷く。
「な、なにを証拠に……」
「このスマホのロックの解除が出来ず、奥さんはショップに持ち込んでいます。
 その際にスマホは初期化されてしまいました」
「初期化? でも、こうしてデータが残っているじゃないですか!」
「それはSNSのアカウントにバックアップされたデータです。スマホのロックは奥さんが再設定しています」
「ウソよッ。いい加減な事を……」
「本当だよ」
 今まで沈黙していた、太一が口を開いた。
「何度もそう言って、お前がスマホを操作している動画も見せたじゃないか」
「あなたまで何を言っているの……」
「もう一度、よく見なさい」
 優しく言うと、太一はテレビの電源をいれて動画を再生した。
 もう何度も見せているのだ。
 画面に一心不乱にスマートフォンを操作する日文が映し出される。
 カメラは彼女の手元に移動するが、彼女は全く気づかない。

『しまった! 課題するの忘れた《x_x》』

 送信ボタンを日文が押す。
「そんな、ウソ……ウソよ……あの子は……」
 ヒステリックな声を上げる。
「いますよ」
 遮るように悠輝は言った。
「え? 今いないって……」
「家には居ないと言うだけです。しかし、あなたの中にはいます」
「そんな、気休めを……」
「違います。あなたの中に聖子さんがいるからこそ、代わりにこの呟きができたんじゃないですか?」
 日文はスマホの画面に映し出された文字を見つめる。
「人は二度死ぬという話があります。一度目は肉体的な死、二度目は誰も覚えていてくれる人が居なくなった時」
「聞いた事が……あります」
 悠輝がうなずく。
「ご主人の中にもお嬢さんはいます、友人や親戚などの人たちの中にも。
 それを忘れないでください。悲しいのは、辛いのは、あなただけじゃない。
 傷はそう簡単に癒やされないでしょう。
 でも、それで良いのです。忘れる必要なんてありません、むしろ覚えていてください」
「はい……」
 最後に悠輝は、日文に精神科を受診する事を約束させた。彼女に本当に必要なのは拝み屋ではなく医師だ。
 太一からの依頼は、書き込みが心霊現象でないことを日文に理解させて、受診を了承させることだった。
 天城が言うように、これは探偵の仕事ではない。

天城 翔

 依頼を終えたので、鬼多見悠輝は再び天城探偵事務所を訪れた。
「やあ、お疲れ」
 今日はボサボサの頭でジャージを着ている。
「随分と緩んでいるな」
「君に毎回サービスする理由はない」
「誰も頼んでねーって」
 悠輝は簡潔に対処した内容を話した。
「よかった、メンタルクリニックに行くことも了承してくれたんだ。
 じゃ、また頼むよ。まだ、貸しを全部返してもらったわけじゃないからね」
「わかってる。でも、ある程度は返してるって事も忘れるなよ」
「りょ~かい」
 次の依頼も結局ロクな物ではないのだが、それはまた別の物語だ。
                                    ―終―

鬼多見奇譚 余話 続くつぶやき

お読みになってくださった方、誠に有り難うございます。
少しでもお楽しみいただければ本望です。

鬼多見奇譚 余話 続くつぶやき

死んだ娘がSNSに書き込みを続けている。 副業で拝み屋をしている鬼多見悠輝に、彼女の両親から依頼が来た。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-09-02

Copyrighted
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  1. 天城 翔
  2. 鹿沼 日文
  3. 天城 翔