気まぐれ
「私たち、付き合ってるのかな」
朝、誰かの隣で起きたら聞きたい言葉ナンバー1。
別にどんな答えでもいい。そうだよ、ちがうよ、そうなのかな、わかんないね。
どれでもいい。
でも私みたいな人間には、キスしてはぐらかすのが大正解だと思う。面倒くさいとか思いながら、黙れよって思いながらキスして、時間があったらそのままセックスして。そうしてくれればいい。そしたら次の朝までは、ううん、次の次の朝までくらいは、何も聞かないで黙っていられる。
でも今日は聞かないでいよう。さすがに昨日会ったばかりでそれは重過ぎるだろうから。
私は薄手の毛布にくるまった男を見て、そう思った。
私は蛇のようにするりとベッドから抜け出して、食器が重なったままのシンクを見つめた。側にはやかんと、飲みかけのコーヒー。それから、真ん中で曲げられたビールの缶が置かれたままだった。
私は隣にあった白くて小さな冷蔵庫を開けて、寝ている彼を呼んだ。
「ねえ、ここ牛乳ないの?」
「なに?」
「牛乳。ないの?」
まだ眠そうな彼は、片目だけ開けて気怠そうにこっちを見る。そういう面倒くさそうな態度が、人間らしくて良いなと思う。鷲鼻なのが残念だけれど、眉をひそめた顔は、傷一つない陶器みたいに見えた。
「ないよ」
「なんでないの。好きなんだけど」
「いや知らねえし。ていうか寝させてよ」
そう言うとその人は、枕に顔を押し付けて黙ってしまった。十分ほど待ってみても、彼は一言も喋らなかった。試しに冷蔵庫をがさがさと漁ってみたけれど、眉間のしわを深くするだけで、何も言わなかった。
「起きてよ」
「うるせえな」
「うるさくないでしょ」
「……めんどくさ」
よれた白いシーツに横たわるその男は、開けっ放しの冷蔵庫と私を交互に見て、舌打ちだけを三回した。
起き上がってあくびをして、冷蔵庫の扉を乱暴に閉める。
どうやらこの人は寝起きが悪いらしい。それに、朝に牛乳を飲まないなんて、もしかしたら人間じゃないのかもしれない。
「わかった。じゃあ私、帰る」
私は、無理だな、と思ってそのまま家を出た。後ろから何か声がしたけれど、小さすぎてよく聞こえなかった。
だって、起きてからキスしてくれない時点で、まず無理だもの。優しくしてくれないのはもっと無理だし、牛乳を飲まない人は、とにかく、とにかく絶対に無理だった。
私は見知らぬ白い階段を駆け下りて、通りかかったタクシーを捕まえた。
「駅前のコンビニまで」と運転手に告げてから、あれ、と首をかしげた。
なんで私、牛乳なんか飲みたかったんだろう。
気まぐれ
なんだこれ、と思ってます。