Nへ

Lilac

亡きグレッグに捧ぐ

親愛なるNへ
僕は君の想像している人と同一人物であるとだけ述べておきます。名前を書いてしまうと少々厄介なので。
この手紙が君のもとへ届くように祈っています。(手紙とは紙にペンで自分のことを書いて相手に伝えることです)
さて、今僕は久しぶりに落ち着いた生活を享受しています。
今日はバイクに乗って近くの(といっても20milほどあるんだ)図書館に行っていました。(こちらには図書館があるんですよ!本物の!!)
心配は無用です。なにせほとんど人がいませんから。
このご時世にそんな場所が存在するなんて驚きでしょう。
しかし人というのはいい加減なのか、適応力が良いというべきか僕は今の現状に満足しています。
また手紙を出します。
お元気で。


こんにちはN
お返事ありがとう
今日こちらは雨が降っていました。(そうあの空から降ってくる雨なのです!!)
おんぼろな家なので壊れないか肝を冷やしましたがなんとか持ちこたえてくれました。
だけど雨漏りは仕方ないようで下に受け皿を構えることになってしまいました。
雨音が奏でる大合唱がうるさくて眠れなかったことには参りました。
なにせ初めてのことなので。
また手紙を出します。


返事が遅くなってしまい申し訳ないN
こちらにきてもう1ヶ月ほど経つのにまだまだ新しいこと、学ばねばならないこと続きなのです。
今日はたまたま街にきていた古本屋から料理本を買いました。
驚いていることでしょう。そっちにいた頃は料理はおろか調理器具さえ持っていなかったんですから。(いやそれよりも本というものを買ったことのほうが驚きかな?)
にんにくを油で炒めて肉と野菜の炒め物を作りました。われながら満足のいく出来になりました。
いつか君にも食べさせてあげたい。
また手紙を出します。


こにちはN
君はおそらく察しているとは思うのだけれどいつかはそちらに戻る予定です。
でももう少しこんな世捨て人みたいな生活を楽しみたい自分がいるのです。
君やそちらの人間からしたらとんでもないことのように思うかもしれませんが、ここのほうが随分と人間らしい生活を送れているように思えてなりません。
準備ももうすこしかかりそうなので辛抱強く待っていてくれないかい?
また手紙を出します。


親愛なるNへ
予定が狂ってしまったこと本当に申し訳ないと思っている。
今は野宿で毎日をやり過ごしています。
あのおんぼろな家でさえありがたく感じるような生活ですがこれはこれでなかなか楽しくやっています。
そっちにいたら絶対体験できないでしょうから。
詳しい話はまた今度話します。
では。


Nへ
今日は曇っていて星を見ることはかないませんでした。
普段はなかなか素敵な星空を拝むことができます。
偽物ではなく本物の星と月は優しく瞬いています。一晩中見上げることができたあの頃はなぜ太古の人々がそれらを崇め奉るのか理解に苦しんだものですが、今はなんとなくだけれどわかるような気がします。
住む家や外界を遮断する壁の外で感じた本物の片鱗は計り知れない大きさと偉大さを感じるのです。
いつか君にも見せてあげたい。今回の手紙は少し哲学チックになってしまいましたね。
また手紙を出します。



親愛なるNへ
今日は野生の動物たちを見ました。
見たことの無い生き物でした。
きっとどのデータベースにも載ってないものだと思います。見た目は狼に近く鮮やかな青色の体毛に夕立が降った後の水溜まりみたいに潤んだ大きな目。二股になったしっぽという出で立ちでした。(ということは独自に進化していった新種の生き物なのかも!)
彼らはじっと僕を見つめたかと思うとそのまま前を横切って草むらの中に紛れていきました。
僕はぼんやりとした感動と衝撃を感じていました。
人間という生き物はなんと弱いこと。他を排除することで個を守っているのですから。
最近寒くなってきました。君も冷やさないようにするんだよ。(まあそちらはうまく空調が効いてると思うけど)
また手紙を出します。



Nへ
しばらくお返事を描くことが難しくなりそうです。
落ち着いたらまた手紙を出します。



お久しぶりですN
前の手紙から2ヶ月も空いてしまい心配をかけたかと思いますが、ここ数日は再び穏やかな生活を送っています。
最近はバスの中で寝泊まりしています。
もちろん誰も乗ってくることもなく平穏無事に過ごしていたバスが感傷に浸っているような雰囲気を壊してしまうことにいささか罪悪感を覚えなかったわけではありませんがとにかく僕はたった一人の乗客としていつくことにしました。
ここには前世紀のさらにもっと前の遺物がたくさんあります。1つとりわけおもしろそうなものが見つかったので持って帰ります。楽しみにしていてください。
追伸雪が降り始めました
また手紙を出します。


こんにちはN
僕としたことがちょっとしたミスを犯してしまいました。今日この無人バスに突然の来訪があってそいつにヘッドカバーを壊されてしまいました。
幸いにも大事には至らなかったものの少し外気を吸ってしまいました。でもほんとにたいしたことはないんだ。
そいつを撃退した後すぐに簡易のハウスでシャワーを浴びたし。
一応伝えておきます。君も注意してください。
また手紙を出します。



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古ぼけた旧式の簡易セーフハウスが廃バスの中に展開されていた。
その傍らには人が突っ伏していた。
正確には人だったモノだ。

「エドウィンそっちはどうだ?」
「あー・・・・」
「多分この人だろう」
モノは力尽きたように倒れこんだようだ。修理されたヘッドカバーをかぶっていたようだが茶色とも紫とも取れるシミがフロント部分にこびりついていた。
「ああ、きっとそうだな。っとこの仏さんまだナンバリング制度が始まる前の人か・・・・これじゃあ身元の特定が面倒だな」
「いや、大丈夫だろう」
「どうして?」
「おそらく俺のおじいさんだからさ」
側に居たメッセンジャー用に改造されたドローンには届けられることのなかった“手紙”が中に入ったままになっていた。
「お前のじいさんってあれか?前言ってたシェルターから出たって言ってた人か?」
「ああ。」
取り出した手紙には俺の父ニールに宛てた手紙だった。

祖父は、ある日突然姿を消した。
その時ニールはまだ9才だった。それからしばらくして不定期にある場所から“Nへ”と書かれた手紙が届くようになった。宛名は全く知らない人から。そもそも手紙というものを知らない少年はこの“メモ”をさぞ不思議に思ったことだろう。
とにかくニール少年は手紙を書いた。
そして確固とした自信はないものの父と子の奇妙な手紙のやり取りが始まった。
そしてなんの予告もなくその書簡は終わりを告げる。
ニールはずっと手紙を待っていた。
死ぬ間際まで。

父は、よく祖父の話をした。

「お前のおじいちゃんは冒険家だったんだぞ。若い頃はいろんなところに探検に出かけていたんだ」
そして今ではすっかり姿を消した写真を二人で眺めるのが常だった。(そのせいもあってか他人よりも昔の生活道具がよく分かる)
小さい頃はそんな父の話す祖父が好きだったが、年を重ね世界がわかると疑問に思うことの方が強くなった。
どうやって外に出た?外でどんな暮らしをしていたんだ?わからないが確かめるすべもなく俺は大人になり、父は10年ほど前咽頭癌で亡くなった。俺には祖父と父の手紙とアルバムが残された。

地下にあるシェルターと呼ばれている巨大な施設にはある程度のインフラが整っていた。
数百万の人口がひしめき、けして広いとは言えない地下都市に人類は押し込められていた。そこから外への出入り口は幾つかあるが、どれも固く閉ざされていて近寄る者は誰もいなかった。
それはそうだ。なにせ地上は10分でも息を吸い込もうものなら即刻死に至るほどの放射能が蔓延っていたのだから。
「じいさん気の毒だな。この感じだと多分急性放射線障害だろ?」
「ああ。手紙に襲われたって書いてたからそのヘッドカバーが原因だろう。」
「苦しかったろうなぁ。」
相棒が無言で十字をきって祈った。
おそらく手紙から推察するに祖父は何らかの動物に目をつけられ追われていたのかもしれない。
正直本当に祖父がシェルターから外に出ていたとは思わなかった。
しかし、遺体は実際にあって手紙もある。誰か協力者がいたのだろうか?
そんなことを考えながら現場検証をしているところで相棒が手を止めた。

「こりゃぁなんだ?」
そう言ってセーフハウスの中から持ち出したものは今は亡き前時代の遺産たちだった。
一冊の料理本
ポロライドカメラ(よくわからない生き物が写っていた)
数百年前のニューヨークタイムズ紙(当時の世界情勢の記事だ)
メガネ(今は新たな治療法のおかげで誰もメガネをしていない)
ピストル(スラッグ弾3発装填済み)
写真(家族写真)
手紙(差出人はN)

そのほか祖父の持ち物は簡単な料理キットと非常食、寝袋、電灯、電池が数個、衣類程度だった。
俺はドローンの中の手紙とカメラをカバンに詰め、祖父の遺体を丁寧に寝袋に包んだ。

「そろそろ行こう」
「他のものは持っていかなくていいのか?」
「もう十分だ。」
「オーケー。本格的に冷えてきたしな。ちょうどいい頃合いかもしれん。」
相棒は両手をさすりながらトラックの助手席に座った。俺は遺体をトラックの荷台に乗せた。

もう50年以上前の核戦争の負の遺産はついこの間まで休まず俺たちに与えられ続けていた。
しかし、このような状況下でも天才は存在するようで、偉大な若き科学者がついにこの放射能に苦しめられる日から俺たちを救い出してくれた。と思っていた。

確かに彼の新たな理論、発明で俺たちは放射能を掌握し無力化することに成功した。だが、この長い間に地球はいつの間にか凍てついていたと誰が想像できただろうか。

かくして、地球はいつのまにか氷河期に突入したのである。人類は再び地下へと押し戻された。

俺たちの仕事は先の放射能によって突然変異し、寒さにも耐える獰猛な生き物の駆除及び、そんな中でも外で生きていた人間の保護だった。外にいる人間つまり、核戦争の生き残りの子孫が少数ではあるが存在する。(祖父のような例外もいるかもしれない。)しかし放射能地獄は生き延びれても八寒地獄は不可能なようで、地上に出て他に生き残りはいないかと立ててみたアンテナに微かな救援を求める声が砂嵐の中に小さく聞こえた。そして俺たちが見つけて保護しに行くことがいつの間にか仕事になった。
地上に出たいと思う人間は皆無に等しかったが、それでも外に夢を見た。俺は祖父が行き、父が語る外を見たいと思ったことは確かだ。

「エドウィン、東に40mil行ったところに人がいるようだぜ」
旧式の無線機だけが頼りとはつくづく心細いが仕方ない。
「了解すぐ行こう」
俺は救護トラックのエンジンをかけた。


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愛するNへ
君にもう会えないと思うと悲しいがこれも仕方あるまい。
実は家族で地上に住めるように準備していたのだけれどやはり出るべきではないね。
もう何十年も経つのに爆弾の放射能は全然減らないのだから。君が居るシェルターの方が確実に安全なのは間違いありません。でも、やっぱり君にはいつか本物を見て欲しい。陽の光の暖かさ、本の重み、植物の緑を。
僕の愛する息子、元気に育ってくれるよう祈っています。
母さんにも謝っておいてください。
愛してるよ


Jへ
僕にはもう時間がありません。でも全く後悔はしていません。
迷惑がかかると思い、最後まで君をイニシャルでしか呼べない事を残念に思うよ。
君の手引きがなければ僕は外に出る事すらままならなかった。
本当にありがとう。おかげで僕は若い頃に見た本物にまた会う事ができた。本当に嬉しく思っています。
息子に手紙を届けてくれてありがとう。
君に直接礼が言えない事だけが心残りです。
では、お元気で

Nへ

往復書簡風に語る物語は前々から書いてみたいと思っていた文章構成だったので実現できてよかったのですが、予想以上に続いてしまい、孫視点の語りが長くなってしまったのはいささか不服であります。
ともあれ、こんな未来がこないよう祈るばかりです。

Nへ

僕からNへ、手紙から覗く彼らの世界とはーーーーー その先にあるものとはーーーーー

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-31

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