こんな自由研究はイヤだ

 同級生の唐木から、自由研究が完成したので見に来て欲しい、とのメールあった。イヤな予感がする。いや、イヤな予感しかしない。
 おれたちの高校には夏休みの自由研究がある。文字通り内容は自由なのだが、自称未来の大発明家で、親が大富豪の唐木の作るものは、高校生のレベルをはるかに超えているのだ。去年は『生ゴミ燃料自動車』を作ったというので、おれもその試運転に付き合わされた。二人ともまだ免許が取れない年齢だから公道は走れないが、唐木の家には東京ドーム十個分ぐらい(と、言われてもピンとこないが)の庭があるのである。
 唐木は、燃料タンクに適当に生ゴミを放り込み、運転席に乗り込むと、渋るおれに助手席に乗るよう促した。だが、走り出してすぐ、二人とも脱出カプセルで車外に放り出され、その直後に車は大爆発した。幸い二人とも怪我はなかったものの、改良したという二号機の試乗はさすがに断った。
 今回は最初から断ろうと思っているところへ、次のメールが来た。
《デザートブッフェも用意しているよ》
 唐木家のデザートブッフェときたら、超高級ホテルも真っ青のクオリティである。散々迷ったあげく、結局、行くことにしたのは言うまでもない。
 OKの返信をして数分後、うちの前にリムジンのお迎えが来た。
「ずいぶん早いですね」
 顔見知りの真行寺さんという運転手にそう言うと、「近くで待機しておりました」との返事。計画的犯行だ。
 リムジンは唐木の家の凱旋門のようなゲートをくぐり、母屋とは別棟になっている勉強屋敷(?)に横付けした。お気に入りの白衣を着た唐木が、もう入口の前で待っていた。おれがリムジンから降りて来るのが待ちきれないらしく、こちらに走り寄って来た。段差でつんのめって、危うく転びそうになっている。こんな優雅な暮らしをしているのに、結構そそっかしいのである。
「やあ、小暮くん。急に呼び出して申し訳ない」
 さすがに言葉遣いだけは、常に上品である。
「いいさ。もうすぐ夏休みも終わるし、そろそろかな、と覚悟していたよ」
「では、早速だが、きみに試して欲しいものがある。どうぞ中に入ってくれたまえ」
「え、また乗り物系かい?」
「うーん、まあ、そうだね」
 なんだか怪しいぞ。
 屋敷の中は吹き抜けのラボになっているのだが、わけのわからない機械が所狭しと置かれていて、足の踏み場もない。その奥に、どこかで見たような、大きなカプセル型の機械があった。
「ええと、何だっけ。そうか、あの、これはあれだ。古い映画で見たことがある、人間を転送する機械だ。だけど、機械の中にハエがいて、人間と合体するやつだ。おれはイヤだ、絶対にイヤだぞ!」
 なるべくその機械から離れようと壁に張り付いているおれを見て、唐木は呆れたように首を振った。
「小暮くん、ちゃんと説明を聞いてくれたまえ。これは物質転送機などではないよ」
「じゃあ、何だよ!」
「まだ試作段階だが、タイムマシンだよ」
「あ、あ、もっと悪い、もっとヒドい。ものすごい大昔とか、うんと未来とかに飛ばされちゃうんだろう!」
 すると、唐木は何故か悲しげに首を振った。
「残念だが、そこまでの性能はないのだよ。精々五十年ぐらいだね。これを見てくれたまえ。五十年後の未来に送ったものが、先ほど送り返されてきた」
 唐木が手に持っているのは、幼児用の小さなホワイトボードである。なかなか達筆な文字で、こう書いてあった。
《実験成功おめでとう。こちらは五十年後のぼくだよ。次は、いよいよ小暮くんだね》
「ウソだ、こんなのウソに決まってる。そうか、ジョークだな。おれを驚かせるために、自分でホワイトボードに書いたんだろう?」
「違うよ。ぼくがウソなどつかないことは、小暮くんも知っているだろう。大丈夫だよ。絶対に安全だ。ぼくが保証するよ。万一の場合には、自動安全装置が働くようになっているしね。安心して試乗してくれたまえ」
「おれはイヤだと言ってるだろう。自分でやればいいじゃないか!」
「それでは実験を記録する人間がいなくなってしまう。さあ、早く試乗を終わらせて、一緒にデザートブッフェを楽しもうじゃないか」
 その後、結局、おれが説得されてしまったのは、これまた言うまでもない。
 中に入るとカプセルの内部は思ったより狭く、直立したまま入るミイラ用の棺桶を連想させた。
「なんか、ヤだなあ」
「大丈夫、大丈夫。向こうで五十年後のぼくが待っているから、これで記念写真を撮って、戻って来てくれたまえ」唐木はおれに小型カメラを渡して微笑んだ。
「では、始めるよ」
「あ、ああ」
 すぐにカプセルが閉じ、変な秒読みが始まった。
『マイナスサン、マイナスニ、マイナスイチ、ゼロ、イチ、ニ、サン……』
 軽い衝撃があり、ものすごい速さで秒読みが続いた。速すぎて、ほとんど聞き取れない。
『……ジュウニオクロクセンヨンヒャクマンナナセンゴヒャクハチジュウサン……』
 と、その時。
『警告、警告、異常事態発生、タダチニ緊急停止シマス!』
 それ見ろ、やっぱりじゃないか、とおれは焦った。
 だが、すぐに警報は止まり、プシューッという音とともにカプセルが開いた。目の前に先ほどと変わらぬ唐木がいた。
「だからイヤだって言ったのに。もうやらないよ。誰か他のやつに頼んでくれ」
 唐木が黙っておれを見ている。納得していないようだが、おれの知ったことか。
「とにかく、無事に戻れたのが不幸中の幸いだったということで、実験は一旦中止にしようぜ」
 ところが、唐木の顔色は冴えず、「いや、無事では」と言いかけて口をつぐんだ。
 急に不安に襲われたおれは、カプセルを飛び出し、唐木に詰め寄った。
「どうした、何かあるのか。結局、タイムマシンは動かなかったんじゃないのか」
 唐木はしばらく目を泳がせていたが、仕方なさそうに口を開いた。
「ある意味、ちゃんと動いた、ということのようだ」
「おい、どういう意味だよ。もしかして、ここは五十年後の未来で、おまえは六十七歳の唐木なのか。ちっともそうは見えないぞ。ってことは、孫か。いやいや、孫がこんなにソックリってことはないな。じゃあ、あれか、年を取らない薬でも発明したのか」
「だったら、良かったけどね」
 唐木の曖昧な態度に、さらに問い詰めようとしたおれは、次の言葉が出なかった。息が切れたのだ。
「ちょ、ちょっと、水を、一杯、くれ」
「ああ、待ってくれたまえ」
 手渡されたペットボトルのミネラルウォーターを飲み、唐木が用意してくれた椅子に座った。
「ふーっ、興奮しすぎたらしい。まだ心臓がバクバクいってる。とりあえず、ありがとよ」
 もう一口ミネラルウォーターを飲もうとしたおれは、思わずペットボトルを落としてしまった。
「な、なんじゃ、こりゃあ!」
 おれは自分の手を見て愕然とした。筋張って、血管が浮き出ており、皮膚にツヤがなく、ところどころシミがある。まるで、年寄りの手だ。
 唐木は気の毒そうに、「良かったら、鏡を見るかい?」と言って、部屋の隅を指した。
 おれはゆっくり立ち上がり、姿見の前に立った。
 そこには知らない老人が立っていた。いや、よく見ると、おれの田舎のじいちゃんによく似ている。
 おれはもはや叫ぶ力もなく、「どういうことだよ」とつぶやいていた。
「小暮くん、すまない。どうも主観時間軸と客観時間軸がシンクロしてしまったらしい。そのままだと、五十年後の未来に五十年後のきみが出現することになり、時間旅行の意味がない。安全装置がそれを回避しようとして、きみの主観時間を強制的に現在に引き戻したため、肉体だけ五十年経過してしまったようだ。詳しいことはこれから解析するよ」
 おれは「おい、ふざけるな!」と叫んで、唐木につかみかかろうとした。
 ところが、また心臓がバクバクして、よろよろと椅子に座り込んでしまった。
「まあまあ、小暮くん。興奮すると体にさわるよ。必ず元に戻すから、今日はうちに泊まっていきたまえ。ぼく以外の家族は海外旅行中だから、遠慮はいらない。きみのご両親には、一緒に夏休みの宿題をやりますとでも言っておくよ」
「本当に元に戻せるのか?」
「ああ。原因はわかっているからね」
 唐木を信じるほかなかった。
「ぼくはもう少し原因を調べるから、小暮くんは先にデザートブッフェに行っててくれたまえ」
 デザートが準備されている母屋に戻るためには、またリムジンに乗らなければならない。唐木から事情を聞いたらしい真行寺さんは、精一杯の愛想笑いでドアを開けてくれた。
「お足元、お気をつけくださいませ」
 完全に年寄り扱いだ。
「すみません、真行寺さん。驚かれたでしょう」
「あ、いえ、長年おぼっちゃまにお仕えしておりますので」
 それはそれで恐ろしい。
「失礼ですが、真行寺さんって、おいくつですか?」
「来年、古希でございます」
 とすると、六十八か九だろう。今のおれとあまり変わらない。
「変なことを聞きますが、年を取るのって、どういう気持ちですか?」
「さあ、人によるのでしょうが、わたくしは幸せだと思っていますよ」
「どういうことですか?」
「もちろん、体力は衰えますし、健康面でもあちこち不具合が出ますが、その代わり、思い出という財産が年とともに増えて行きます。若いころ辛かったこと、悲しかったことも、今はすべて良い思い出でございますよ」
 じゃあ、おれみたいなケースは救いようがないじゃないか。
 真行寺さんも、しまったと思ったらしく、「あ、もうすぐ到着でございますよ」と言って、ルームミラー越しに愛想笑いを見せた。
 母屋はほとんど宮殿である。リムジンから降りて、一度行ったことのある大広間に入ると、食べきれないほどのデザートが並んでいた。
 しかし、……。
 三十分ほど遅れて入って来た唐木は、おれの様子を見て首を傾げた。
「どうしたの。ほとんど食べてないじゃないか。遠慮しなくてよかったのに」
「遠慮なんかしてない。マカロン一個で胸焼けして、もう食べられないんだよ!」
 夕食もステーキを用意するというのを断り、お茶漬けにしてもらった。
 九時を過ぎると猛烈に眠くなり、来客用の寝室に寝かせてもらった。だが、夜中に何度もトイレに行きたくなり、熟眠できぬまま、早朝に目が覚めてしまった。なんなんだよ、もう。
 結局、唐木は徹夜したらしく、目を真っ赤にして、朝食が用意されたダイニングルームに来た。
「小暮くん、安心してくれたまえ。修正方法がわかったよ」
 味噌汁だけで腹一杯になっていたおれは、お箸を置いて立ち上がった。
「よし、じゃあ、今すぐ元に戻してくれ!」
「あ、でも、ぼくはまだ食べてないし」
「後にしろよ!」
 それでもカフェオレを飲むぐらいは待ってやり、またリムジンに乗り込んで勉強屋敷に向かった。
 中に入ると、昨日以上の散らかりようで、唐木なりに頑張ってくれたことだけはわかった。奥にある機械の見た目は昨日と変わらないが、プログラムはすでに修正済みだという。
「さあ、カプセルに入ってくれたまえ」
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんだよ。さあ」
 おれは覚悟を決めて中に入った。まあ、これ以上悪くなることはないだろう。
『サン、ニ、イチ、ゼロ、マイナスイチ、マイナスニ、マイナスサン……、警告、警告、異常事態発生、タダチニ緊急停止シマス!』
 またかよ!
 プシューッという音とともにカプセルが開き、目の前に先ほどと変わらぬ唐木がいる。おれは、よちよちと唐木に詰め寄った。えっ、よちよち、って?
「どういうことでちゅか、だいじょぶって、ゆったじゃないでちゅか!」
「ごめんね。少し戻し過ぎたみたいだ。もう一回調整するよ」
 そう言うと、唐木はおれを抱っこした。
(おわり)

こんな自由研究はイヤだ

こんな自由研究はイヤだ

同級生の唐木から、自由研究が完成したので見に来て欲しい、とのメールあった。イヤな予感がする。いや、イヤな予感しかしない。おれたちの高校には夏休みの自由研究がある。文字通り内容は自由なのだが、自称未来の大発明家で、親が大富豪の唐木の作るものは、高校生のレベルをはるかに超えているのだ……

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-31

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