ALIVE アライブ

赤い死神

序章 赤に染まった平和 ーPeace dyed redー

犬、猫、鼠、小鳥、兎、狐…

とある廃ビルの立体駐車場に広がる
見渡す限りの死屍累々。

本来の活発な姿からは考えられない彼らの静けさは、まさに不気味の一言だった。

死臭に塗れた肺の空気を小さく静かに吐き出し、両眼を閉じる。

そうでもしないと、正気を保てそうになかったからだ。

こめかみの奥に痛みが鈍く走った。

頭を二度三度大きく振って痛みを外へ追い払うと、重い瞼を再び開ける。

すると、静寂が支配する暗闇の中で闇の一部が動いた。

「動くな!」

静止の声をかけながら持っていた懐中電灯を闇に向けるのと、乾いた銃声がしたのはほぼ同時。

金色に輝く鋭利な銃弾が、風を切って頬の肉を抉った。

   今まで激しく脈打っていた血液が急激に温度を下げ、傷痕から血の気が引いて行くのを感じる。

   自分は今、判断を一つ誤れば血を派手にまき散らして死ぬ危険に身を晒しているのだと、改めて男は納得した。

まだ姿見えぬ敵に対して男は柱に身を隠し、周囲の闇に溶け込むような黒いスーツの裾から拳銃を取り出す。

そこから流れるような手つきで、銃の安全装置(セーフティ)を解除。
敵の位置を探る為に柱から少し横顔を覗かせていると、暗闇の中で微かな音が響いた。

男が聞いた金属の摩擦音は、敵が拳銃の遊底(スライド)と呼ばれる部分を後退させることで、次弾装填を行った音だ。

音がする方角、距離から男は敵が身を潜めている大体の位置を特定し、その場所にあった柱に銃弾を数発叩き込んだ。

手慣れた反動が肩を蹴って、老朽化の進んだ柱のコンクリートを抉る。

暗闇の中に小さな火花が散り、隠れていた中年の男が驚いて思わずこちらを覗き込む。

その一瞬の隙を、男は見逃さなかった。

物にして数秒。
だが、その間に呼吸を止めて照星を確実に敵の眉間に合わせる。

手の震えが完全に消えたところで、引き金に添えていた指先を絞る。

スライドが勢いよく後ろに跳ね、発砲したばかりの熱を持った空薬莢が金属音を立てて男の足元へ転がる。
同時に、標的は狙い通り眉間に穴を開けてその場に崩れ落ちた。

「……ふぅ」

静寂を取り戻した暗闇の中で、男は安堵の息を漏らした。
念の為に空になった弾倉を外し、素早く充填された弾倉を装填して立ち上がる。

歩み寄る先で、男は先ほど自分が殺した敵の死体をマグライトで照らした。

仰向けの状態で頭部を中心に、黒い赤がゆっくりと血溜まりを作っていた。

首筋に手を当てて確認するまでも無く、即死だった。

首元から胸にかけて赤い斑点が広がっているところから見るに、殆ど末期だったんだろう。左手の薬指には錆びたリングが嵌められていた。

敵の死を確認した男は今度こそ安心し、拳銃をスーツ下のホルスターに戻した。

辺りを軽く見渡し、長期間放置されて埃が積もった廃車を見つけ、そのボンネットに腰掛ける。

男は腰のベルトに取り付けた特定小電力トランシーバーを取り外し、交信アンテナを伸ばしてスイッチを入れた。

「…冴芝(さえしば)だ。今、依頼が片付いた」

右手を無造作にポケットへ突っ込み、男は左手でトランシーバーを耳に当てた。

「あぁ、PF(プライベートフォース)の小僧か。ご苦労だったな。相手は複数だったのか?」

ノイズ交じりの中、低い男の音声が聞いてくる。

「いや。始末したのは一人だけだ。何処にでもいそうな中年のオッサンだな」

「そうか。しかし、奴は何故小動物の死体集めなんかしたんだ?」

藤崎がトランシーバーの向こうで暫し唸って考え込んでから答えた。

「……まぁ、今考えても仕方ないな。第一、感染者が考えてることなんて俺らに理解できる訳がない。
報酬は百貨店前の車の中に入れてある。また機会があれば頼むよ。冴芝 (くろ)

「了解」

玄自身には、何故彼が死体を集めていたのかは大体検討が付いていた。

だが、玄はそれを話そうとはしなかった。話が長くなるのが面倒に感じたからだ。
それに徹夜作業の疲れもある。

トランシーバーをベルトに戻し、報酬を受け取る為、駐車場の脇にある階段に向かおうと玄が身を翻したときだった。

「まっ、待て! そこを動くな!」

恐怖と怒りが混じった声が静寂に響いた。
背後に感じる、新たな人間の気配。
ーーやはりな、玄の口元に薄い笑みが浮かんだ。
時間をかけて両手をゆっくり上げながら、声主の方へ振り返る。

先程撃ち殺した死体の前に、二人の子供が立っていた。
こちらに銃口を向ける短髪の少年と、その勇ましい姿に隠れる小柄な少女。
まだ、どちらも年齢は二桁にも達していないだろうか。

「パ、パパが。お兄ちゃん……」

玄が子供たちの姿を見下ろしていると、少女が震えた声で呟きながら足元に転がる亡骸を見ていた。
なるほどな、今ので状況を理解した玄が口を開く。

「お前らの父親を殺したのは俺だ。復讐したいなら、今ここで俺を撃ち殺せば良い。父親と同じようにな」

冷酷なまでに非情な視線と台詞を放ち、玄は敢えて兄妹との距離を詰め寄った。

「っ! う、動くな! この人殺しがっ!」

慌てて拳銃を構え直した少年は、大きく見開いた目を閉じて引き金にかけた指を動かした。
しかし、起きたのは虚しい沈黙のみ。
少年の瞳から感情が欠落し、代わりに虚無の空間が広がる。
その間に、玄は少年の前まで歩み寄っていた。
小刻みに震える唇から、声にならない悲鳴が漏れる。
華奢な手首を折らないよう力加減しながら捻り挙げ、玄は少年の手から拳銃を奪い取った。
そして、銃にかかった安全装置(セーフティ)を解除して、その小さな銃口を少年の頭に向ける。

「お前は俺に銃口を向けた。これでお前も立派な人殺しだ。
だがな、人を殺すならこれだけは覚えておけ」

赤く腫らした目で涙を流しながら、必死に叫び両手で殴りつけてくる少女を横目に、玄は少年を解放した。
少年は糸の切れた人形のように、その場へ膝をつく。
直ぐに傍らへ少女が寄り添う。

「人を殺すということは、自分も殺される覚悟があるってことだ。時間はたっぷりある。技術と知識を磨け。この世界で生きていけるようにな」

手に持っていた拳銃と共に、玄は胸元から取り出した名刺サイズの紙をすすり泣く少女に手渡した。

「そこで十分な力を身に付けろ。そしていつか、父親を殺した俺に復讐しに来い」

それだけ言い捨てると、玄は駐車場の脇にある階段に向かい歩き始めた。

小動物の死体を集めていたのは、その死体を難民に売りさばいて子供たちを食わしていく為。
だが、それを知って彼を見過ごせるほど、今の世界は優しく出来ていない。

恐怖や殺意、耐え難い飢餓。無秩序。
その中で生きていくには、子供たちに同情していては彼らの為にもならないのだ。
だが、罪悪感を感じていないかと言われれば嘘になる。
だから、責めてもの……父親に対する償いとして、子供たちに生き残る為の道を示した。

……力を求めるには理由が必要だ。それが復讐であるなら、より強く求めるだろう。

廃ビルの出口が見え始めたところで、外が明るくなってきていることに気付いた。

「…もう朝か」

玄が呟いて、ガラスの割れたエントランスの扉を潜った時だった。
唐突に、冷たく乾いた風が吹き上がった。
禄に手入れをされていない玄の黒髪は強風を浴びて好き勝手に舞い踊り、鬱陶しそうに歪ませた瞳で目前の景色を眺める。

「相変わらず、酷い光景だな」

ただ疲れたような、悲しいような表情に顔を歪め、玄は小さく呟いた。

ひび割れ陥没した一般道や先端の垂れ下がった高速には、帰らぬ持ち主を待ち続ける放置車が群がるように積み上げられて塞がれており、全ての階の窓が内に粉上のガラスを飛び散らせる高層マンションや大型店舗は原型を失った廃墟と化していた。
遥か彼方にそびえ立つ赤茶けた巨大な電波塔が、かつてここが『東京』と呼ばれていたことを感じさせる。 

擦れた白文字を残す標識のある交差点の中央で、黒焦げになった装甲戦闘車両(戦車)が放置されていた。
近場まで寄ると、迷彩服を来た自衛官が白線の引かれた横断歩道を這いずるかのように赤く染めて倒れているのを見つけた。完全に事切れており、身体全体を中心に乾いた血溜まりを作っている。

顔を上げて周囲を見てみると、周りにも同じような光景が幾つも広がっていた。

朽ち果てた大地を埋め尽くす、身体を赤に染める大量の人間の死体。

ただ茫然と立ち尽くしていた玄には街が、世界が赤に染まっているかのように思えた。

冷たい風が吹くたびに、そこら中に転がっている死体の破れた服がはためく。
辺りにたちこむ死臭は、もう嗅ぎ慣れていた。
いったいここで、どれほどの血が流れただろう。
無数の骸の血を吸ってなお乾いてひび割れたアスファルトの地面は、もっともっと、人の血を欲しているのかもしれない。

Episode 1 絶死の病 ーAbsolute mortal sicknessー

「助けて…」

まるで鈴の音のような、小さく消えてしまいそうな少女の声。

ゆっくりと眼を開ける。
剥き出しのコンクリートに囲まれた薄暗い空間。
その中を、左右に小さく揺れながら照らす小さな照明。

眩しげにその光を見つめ、視界を徐々に下げて行く。

すると、目の前には五人の人間が立っていた。
いや、そのうち四人は人間というより影と言ったほうが的確だろうか。
なぜなら、四人は容姿が全て黒い霧のようなもので包まれていたからだ。
まるで、幼児が黒のクレヨンで塗り潰したような、見ていて精神が可笑しくなってしまいそうな不気味さに思わず目を背けたくなる。

真ん中には、一人の影がまだ中学生ぐらいの子供の首に手を回して締めあげている。
先ほどの声主である少女だった。
そしてその整った顔立ちにポッカリと開いてしまった黒い二つの穴を見て、激しい罪悪感に押しつぶされそうになる。

「…どうしてタスけてくれないの…」

俺は彼女の名前も、家族も、思い出も全て知っている。
だが、知っていても彼女の言葉に答えることが出来ない。
身体が、自分の意図に反して指先一つ全く動かせないからだ。

「お前は、また自分の前で大切な人間を殺すんだよ」

すると、彼女は小刻みに震えながら声にならない篭った悲鳴を上げ始めた。

ーー待て…。 やめろ、やめろぉ!!

声の限りを尽くし叫んだ声は、彼女に届くわけもなく、ただ虚しく俺の胸の内に残っただけだった。

彼女の黒い穴のような両目から赤黒い液体が溢れ、頬を滴り落ちる。

それから、彼女は一切動かなくなった。

すまない。
俺のせいで…すまない。
お前を守ってやれる力さえあれば、救えたかも知れないのにーー。

そこで目が覚める。

三年前から、ずっと繰り返される悪夢から。

ゆっくりと傾けていた首を元に戻す。

「…いつの間にか、寝ていたのか」



(くろ)は両目を擦りながら、昨日寝る前にどのような行動を自分がしたか思い返す。最初はまどろんでいた意識も視界も、徐々にはっきりしてきた。

「確か…報酬を受け取りに行って…」

ーーそうだ。そこで言われた車を見つけたんだっけか。で、そのまま疲れて車内で寝たんだった。

玄はリクライニングシートに預けていた身体を起こし、汚れたフロントガラス越しに外を見る。

頭上一面を、途切れを見せることのない重苦しい灰空が覆っている。

透明な雫で織られたカーテンの奥で、一匹の黒いカラスが道端に放置された死体へと舞い降りてきた。

漆黒の翼をゆっくりと羽ばたかせてながら、赤く染まり果てた死肉を啄ばみ始める。

玄はその光景を静かに眺めながら、昨日の血に染まった人々の亡骸を思い出していた。

「赤死病…か」

赤死病、それはかつて世界有数の平和国である日本を地獄のような惨状へと変えた元凶である病の通り名だった。

その病が何の予兆もなく唐突に日本に姿を表したのは今から三年前、成田空港にて第1号患者となる男が発症を起こした。
男は一ヶ月間、東南アジアに海外出張にて滞在していた。
帰国する一週間前から高熱を発症し体調が優れなかった男は、帰国して間も無く保健所にて隔離された。
その2日後、男の病状は急速に悪化し、各消化器官及び口や鼻からの出血が相次いだ。
症状からして見れば、かつて世界を恐怖で震わせたエボラなどのウイルス性出血熱に似ていたが、有名な疫学者によればそれとはまったく別の未知の病気だそうだ。
男は異常な高熱にうなされながら吐血と鼻血を度々繰り返し、さらに死ぬ間際に全身の肌に赤い斑点が現れそこから血を撒き散らして血溜まりの中でもがき苦しんで亡くなった。

昨日玄が立体駐車場で見たあの亡骸は末期を迎えた人間たちの成れ果ての姿だった訳だ。
昨日の子供たちの父親も、既に赤死病の餌食となってしまっていた。
全身が真っ赤な血で染まる感染者の最後の姿から、赤死病と病に名前が付いた。

当時の政府はこの新たな未知の病に対し、国民の混乱を防ぐために秘密裏で抗生物質やワクチンの研究を緊急に進めた。
しかし、まるでそれを嘲笑うかの如くウイルスは猛威を容赦無く振るい始める。
第1号患者の男と同じ旅客機を利用客の大半が、その一週間後に赤死病の特徴である異常な高熱を訴え日本各地の医療機関へ流れ込んできたのだ。
まだ対策が全く出来ていない政府は、とにかく感染を防ぐために患者全員の隔離を行なった。
その後、今度は隔離した患者の家族やその周囲の人間、更には隔離施設の人間までもが赤死病を発症した。
赤死病には実は潜伏期間がある。
その期間は一週間で、この特徴が惨状を拡大する上で大きな役目を果たした。
感染してから発症するまでの一週間の潜伏期間の間は、発症者は無自覚のまま周囲にこの病をばら撒くことになる。
感染経路に関しては詳しいことは今になってもはっきりとは判明していないが、空気感染や感染者との接触から感染するケースも考えられるということだ。
それから日本という国の崩壊はあっという間だった。
赤死病発症者の爆発的増加により、今までの平穏が嘘だったかのように、全て崩れ去った。
患者を対応しきれなくなった医療機関がまず破綻し、それに乗じて起こる暴動や混乱に対して警察や消防、自衛隊といった治安維持関係者が対応する。
だが、その治安維持関係者も人間である以上、感染、そして発症していき次々に亡くなっていった。
その後、医療が破綻してしまったせいで赤死病以外の病も流行してしまい、人口はその総人口の七割以上を失ったと推定される。
電気、ガス、水道、存在して当然のライフラインは全滅し、勃発した暴動の中で人が人を殺し合う。
赤死病の流行が去った今現在、人類に残されたのは絶望だけだった。

そんな世界に、希望なんてあるんだろうか。

玄は上を見上げ問いかけるが、錆びた空は何も答えない。 
ただ絶望だけが広がる世界。
悲しき罪を背負い 死に抗おうというのか。
心拍が枯れるまで 雨がやむまで 永遠に――。

車の助手席にリュックサックに詰められて置かれていた報酬の一つである、肉の缶詰を玄は昼飯として食べていた。
雨脚が弱くなって来たのに気付いたのは、その途中にふと外を見たときである。

「さて、次は何処に向かうとしようか」

スーツのポケットから四つ折りの紙を広げ、膝上に置く。
かなり色褪せてはいるが、この辺り近辺の地図だった。
まだ地獄への変貌を遂げていない、平和な頃の日本のーー。
彼方此方に赤書きで現実に合わせた補足情報を書き加えた地図を眺めて、次の目的地を探しているときだった。

ーーピピピッ、と腰のトランシーバーが電子音を鳴らしたので、玄は驚いて耳に当てる。

交信ランプが赤く点灯しているということは、誰かが玄の持つトランシーバーの周波数を調べ上げて通信してきてるということだ。

無論、玄は仕事を進める上で依頼主とのやり取りを容易にする為この機器を使っているだけであり、機器の周波数を誰振り構わず公開などしている筈もない。

また、使用する周波数も仕事が変わるのに合わせ異なるものを使っている為、先ほどの藤崎からしか通信はこない筈だ。

だが、依頼は既に完了し報酬も受け取った。

今更何の用だと、玄は疑問に思いながら応答した。

「……もしもし」

「おお、繋がったぜ。アンタ、傭兵だろ? いや、この世界だとPF(プライベートフォース)(プライベートフォース)って言ったほうが良いのか」

どこか粗野な口調の若い男の声がして、玄は周りを見渡しながら答えた。

「確かに、俺はPFだが…」

玄の持つ特定小電力トランシーバーは知識がない人間でも扱える手軽さで、ちょっとしたやりとりに日本のあちこちで使われていた。
ただそんな特定小電力トランシーバーの欠点は、交信距離がかなり短いことだ。
つまり、玄と交信している相手は極めて近い場所にいることになる。
車の陰や廃墟の中、目視が可能なところは全て潰していく。

「アンタに依頼があってな。直接会って話がしたいんだ。場所は…アンタから見て左にある百貨店の受付にでも置いておく。直ぐに来いよ」

「あっ、オイ…!」

声の主を見つける前に通信を切られてしまい、玄は舌打ちをしてトランシーバーを助手席に放り投げる。

「一体何なんだよ、今の奴は」

一方的な押し付け依頼に対し、玄はもはやあきれ果ててそれ以上何も言う気になれなかった。

左手にある百貨店の受付……。

扉を開けて車を降り、軽く伸びをした後に玄は腕にした黒い腕時計を見る。

時間は既に昼時を超えていたーー。

Episode 2 足止め ーConfinementー

荒れ放題の草原に通る道路の真ん中を、一台の黒い四輪駆動車が走っていた。雲ひとつない青空の下で、ひび割れたアスファルトを四駆は軽快に走り進む。
道路の脇には枯木を思わせる街灯の成れ果てが、赤茶色になりながらも規則正しく並んでいた。
そんな道は別名「死道」と呼ばれる旧国道で、路面の状態の悪さもあってか普段から利用する人間は誰一人いない。
そんな静かな道路の脇をふと見ると、街灯に激突した挙句、黒焦げになった乗用車が放置されていた。
運転席には炭化したその車の持ち主が、無残にもフロントガラスを突き破っている。
それを見て、(くろ)は自身の背筋が少し冷たくなるのを感じていた。
さっきの遺体はいずれは烏に唾まれ腐敗が始まり、そして白骨化する。
誰かに知られるわけでもなく、ただ静かにここで朽ち果てて行くのを抵抗も出来ずに待つしかないのだ。
その見るも無残で残酷な結末を、いつか今度は自分が迎える日が来るかも知れない……。
無意識のうちに、玄のハンドルを握る両手に力が篭った。

長らく続いた死道は短なトンネルを境に、緑色が視界一面を染める山道へと姿を変える。

緩やかな坂道が始まると同時に、後部座席で藤崎から受け取った報酬たちが車の振動に合わせて揺れ動いていた。

ジャガイモや人参などの箱詰めの野菜、米袋、現金の入ったアタッシュケース、また無骨なデザインの銃火器が数丁、強固なケースに納められてる。

こんな世界になってから、物価は金より高くなった。
金は価値が低い為に使用できる相手や場所を制限してしまうが、食料などの物資は欲する相手が溢れ物々交換を始めとするあらゆる交渉で使える。

藤崎からの報酬も、主に食料が殆どを占めていた。これだけあれば、暫くは飢えを凌ぐことが出来る。

玄は助手席に置いていたロードマップを拾い上げて、目的地までの距離を再確認し始めた。

このマップは、あの自分勝手な通信相手が言っていた場所に置かれていたものだった。
指定された場所は、岐阜県の山中にある小さな村落。
そこで彼は待っていると言う。

「しかし、どうして奴は俺のことをPF(プライベートフォース)だと知ってたんだ……?」

PFはいわゆる傭兵稼業のようなもので、収入の不安定や個人業であることからあまり職業として普及されていない。
何よりPFを便利屋か何かと勘違いして依頼してくる人間も多々いる面もある、社会にもきちんと認知されていない職業だ。
PFの逆、個人ではなく企業として展開するPMC(民間軍事会社)のほうが今の日本には定着しつつある。
現に安定した収入を求める難民からの志願者が毎月後を絶たないらしい。
的勢力に対する直接戦闘、要人及び施設の護衛、物資移送車の警備、難民に対する軍事教育など、こなす仕事の多種多様さは玄たちPFを糧にする人間にとって敵わない魅力だった。
玄はPFを始めてまだ半年程しか経っていない、業界では駆け出しの新人だが、実はそれ以前に東北の小さな街を中心に展開するPMCの一員だったこともある。
だから銃器を始めとする武器に関する知識もそこそこあり、戦闘についても一般人相手なら軽々対処出来るよう訓練も受けていた。
平和な世界に生きて来た日本人にとっては信じられない話かもしれないが、玄は今までPMCの任務で何十人もの人間を平然と撃ち殺している。
そのスキル面の高さと度胸から、他のPMCからスカウトが来たくらいだ。
ただし、どのスカウトも提案書をロクに見もせずに全て断ってしまったが……。

ロードマップに指定された玖多比(くたび)村へと通じる一本の曲がりくねった山中の道路を走りながら、玄は車窓から外を見た。
もう既に日が沈みかけ、辺りの草木に滴った雫が夕陽の光で輝いていた。
この調子なら夜までには村に着きそうだな。そしたら村の様子を少し見て回るのも良い、玄はそんなことを考えながら車を走らせていた。

ところが、制限速度が書かれた標識のあるカーブを曲がったところで、玄はブレーキを踏んで車を停めた。

カーブを曲がったところで、大きな岩が道路を塞いでいたからだ。
こんな世の中だからと、玄が制限速度を守らずにカーブに突っ込んでいたら危うく激突するところだった。

「マジかよ、参ったな……」

玄はぼやきながら車のエンジン切り、周辺を警戒しながら下車。
早速、目の前の岩を調べにかかった。
岩は玄の背丈を悠々と越える大きさで、完全に道を塞いでしまっていた。
岩の左は崖になっており、その反対側は鬱蒼とした森林が広がっている。
岩を避け、車で向こうに行くのは無理なようだ。
しかし、玖多比村に続く山道はこの一本道しかない。
岩をよじ登るか、道路脇の草木を掻き分け獣道を見つけるか考えていると、奥の茂みに白い石のようなものを見つけた。
近くまで寄って石を拾い上げる。

「これは……人骨か?」

近場に似たような形の特徴的な石があることから、恐らく人の骨であると玄は判断した。
少し離れたアスファルトには、赤茶けた染みが乾いてこびり付いている。
その周辺を更に捜索していると、木の幹に光を反射する金属片のようなものがあるのが目に入った。
持っていた果物ナイフを鞘から抜き、その刃先で弾痕を抉り、中に潜り込んでいたそれをほじくり出した。

「銃弾だな……」

ひしゃげた弾頭を眺めながら、玄は考え込んだ。
原型を殆ど留めていない為に種類までは分からないが、少なくともライフル系の銃器により発砲されたものだろう。
それもかなり大口のライフルから撃ち出された弾に見える。

玄はそのまま最初に岩を見つけた場所まで戻り、車に乗り込んだ。
エンジンをかけ、バックしながら道沿いにちょうどいいスペースを探す。
少し戻ったところに車一台分が入れるほどの木々の隙間を見つけた。
そこへ車を移動させてから、車体に軽く草木を被せて周囲から見つからないようカモフラージュした。
忘れずに近場にあったタイヤ痕も同じように草木で誤魔化す。

一通りの作業をこなした後に車の後部座席の扉を開け、玄は村へ向かう前に護身用の装備を取り出した。

まずケースに入っていたのは、藤崎との依頼にも使用していた拳銃、ベレッタPx4Stormだった。この銃は玄がPMCにいたときから使用している為、彼方此方にキズが目立つが、各機構のスムーズな動きからメンテナンスは入念にされていた。
グリップの大きさを3段階に変換でき、「バレル」「マガジン」「スライド」のパーツの交換が必要だが、異なる4種の銃弾を撃ち出すことが出来る。聞けば、それが名前の由来だとか。
また、自分好みにカスタマイズもし易い。
簡単にPx4のチェックした後、玄はそれを黒いスーツの下のホルスターに納めた。
次にメインの武器として、種類で言えばアサルトライフルの分類に入る、89式小銃を取り出した。
その銃座には薄汚れている為見づらいが、日本製であることを示す桜の刻印が打ち込まれていた。かつての陸上自衛隊の主力武器となっていたコイツは、PFの仕事中に寄った雑貨屋で横流しにされていた品物だった。
その89式小銃をスリングで肩から吊るし背中で受け止める。89式もまたカスタマイズがし易く、玄の手によりこの銃はダットサイト射撃照準器を設け、更にセミオートと3発バーストの発射機構に代えてフルオート機構を備えている。
命中精度もそこまで悪くなく、性能としては悪くない。
だが、玄としてはPMC時代に愛用していたM4カービンと呼ばれる米軍が採用しているライフルのほうが扱い易く、性能も比べるべくもないが贅沢は敵だった。
考えながらも、玄は手早く準備を進めて行く。
右腰には近接戦闘用に刃先をさらに鋭利にしたスペツナズナイフを装備する。
更にマグライトなどを詰め込んだリュックサックを背負い、車の扉を閉めた。

銃器を持つ人間がいる可能性があることが分かったので、玄は道路ではなく脇の茂みを歩くことに決めた。
ただし、闇雲に茂みを歩いて暗がりが増えつつある山中で迷わないよう、道路からは一定の距離を保ながら歩いて行く。玖多比村まであと数キロ、その道のりを玄は注意を払いながら慎重に歩き始めた。

Episode 3 教会の待ち人

生い茂る草木を掻き分けながら、歩き続けること約30分。
辺りは僅かな夕陽の光を失い、完全な闇に飲まれてしまった。
そんな暗闇で、息を潜めている男が一人。
眼下に玖多比(くたび)村を望める山の中腹、そこに(くろ)はいた。
木々の影に溶け込むようにしながら茂みの上でうつ伏せになって、携帯していた小型の双眼鏡で村を観察していた。
ざっと村全体を見渡した感じだと、まず村の中央には教会のような建物があり、その周囲には田んぼや畑に木造の住宅が並んでいる。
10分も歩けば、村全体を一周出来るほどの小さな村だった。

「? 人の気配がまるでしない……」

暫しの間、村の様子を探っていた玄だったが、双眼鏡の視界で動くものを何一つ見つけられなかった。
山間の村は明かり一つ見せず、不気味に静まり返っている。
それを不審に感じた玄は、とりあえず一番近くにある村の民家まで移動することにした。
複雑に絡み合った草木が広がる傾斜を、木や石の影に隠れながら慎重に進む。
目標にしていた木造建築の民家の影に身を潜めた玄は、そこで腰に備えるトランシーバーの受信ランプが赤く点灯していることに気付いた。

「よう。無事に村まで来れたみたいだな」

周囲に気を配りながら玄がトランシーバーを耳に当てると、聞こえてきたのはやはりあの若い男の声だった。

「何が無事に来られた、だ。簡素なロードマップに、赤丸を一つ付けただけのあんな不親切な案内だけを頼りに、ここまで来たっていうのに……」

「アンタならそれで情報は十分だろ? 字なんて書くだけ時間の無駄だ」

軽快に話す男のあまりにも身勝手な言い分に対し、玄は怒りを忘れて深い溜め息を吐いた。

恐らく文句を言うだけ時間の無駄だろう。

「とにかく、お前の要望通り村まで来たんだ。さっさと依頼内容を言え」

「そう急かすなよ。まだアンタは俺の言った場所まで辿り着けてねぇんだぜ?」

「何? 俺は確かにお前の指定した村まで来たはずだぞ……」

「アンタから見て北西に小さな教会があるだろ? そこまで来てくれ」

玄は男が言った方角を見て思い出した。さっき村を見降ろしていたときに見えていたあの教会か、と。

「お前には俺が見えているのか?」

「あぁ、見えてるぜ。随分と物騒なものを持って来ているんだな。……まぁ、この村にはアンタを歓迎しない奴らもいるから丁度いいか」

「何だと……!」

言って、玄は周囲の空気の変化に気づいて顔を上げた。
眼前に広がっていた闇に一筋の光が差し込む。
感覚を研ぎ澄まして耳を向けると、まだ微かではあるが光の根源から足音が聞こえる。

「アンタの実力、見せてもらうぜ」

小さな微笑を含んだ台詞を最後に、男の通信は途切れてしまった。
それに吊られ、玄も精悍な笑みを静かに浮かべてしまう。
依頼人はどうやら玄の実力を完全に信じてはいないようだった。
信用してもらうには、彼の用意した適性試験の場で確かな成果を示すしかないようだ。
だったら、殺るしかない。
玄は腰の鞘から鈍く刃先が光るスペツナズナイフを抜き構え、民家の影から少しだけ身を乗り出してライトのほうを覗き込んだ。

如何にも柄の悪そうな若い男が二人、互いに死角を補うようにライトで村の様子を警戒しているようだった。
二人とも拳銃が一丁と胸元の小型ナイフ、その下には頭の悪いデザインの入ったパーカーだけしか身に付けていない。
そのあまりにも貧弱な装備を見て玄は、相手が村に居ついている暴徒か何かだと思った。
恐らく、定時警備の時間か何かで姿を現したのだろう。

夜風に乗って、近づいてきた奴らの会話が聞こえて来る。

「そういや、三日前に襲った村で手に入れた女はどうすんだ?」
「皆で廻すに決まってんだろ。あんな上玉、今の世の中じゃ滅多にいないからな」

ゲス野郎の腐った会話を聞いたことで、玄は決心した。

コイツらは数え切れない罪を犯してきた罪人であり、その償いにはやはり死が最も相応しいと。

玄は民家の陰から勢い良く飛び出した。足音も気にせず一気に男たちに走り寄る。

「な、なんだてめっ……っ!?」 

先頭にいた男は不意に飛び出して迫り来た玄に驚き、バランスを大きく崩した。
その隙に男の胸へと玄は、構えていたスペツナズナイフを深く突き刺した。
肋骨の間を通り抜け、刃は狙った心臓を貫いた。
両目を見開き、男は声を上げる猶予もなく即死。
そのまま玄はスペツナズナイフを抜こうとはせず、変わりに刺殺した男が持っていたナイフを奪い取った。
後ろにいた男めがけ、絶命した男の死体を両手で力一杯押し倒す。
こういうときに一番大事なのは、相手に反撃を許さないリズミカルなスピードだ。 
吹き飛んだ仲間の死体に激突して先に旅立った男と同様にバランスを崩した男の頸動脈へ、玄は奪取したナイフを刃を一閃させた。
カシュッと空気の抜けるような音がし、男が鮮血のシャワーを草木に浴びせる。
ドサリと倒れた男の異変に気付いたのか、暗闇の向こうから別の男たちの怒声が上がった。

「侵入者だ! 村の東にいるぞ!」
「見つけたら殺せ! 絶対に村の外へ出すな!」

悪党丸出しの台詞の後に、こちらへと慌ただしく駆けて来る足音が複数。
玄は死体からスペツナズナイフを引き抜くと、近くの大木へと素早く身を隠した。

そのまま鞘にナイフを納め、引き換えにホルスターからPx4を取り出して直ぐに発砲出来るよう安全装置(セーフティ)を解除する。

「こっちにいるはずだ!」

大木の影に身を潜める玄に見向きもせず、真横を通り過ぎて行った間抜け共の背中へ、玄は銃弾の雨を喰らわした。

血の糸を引きながら倒れこむ仲間を見た横の男が、振り向いてこちらに拳銃の銃口を向けようとする。
が、それは叶わなかった。
先手を取った玄から放たれた四十径の弾丸が、既に男の胸に突き刺さっていたからだ。
男が胸を押さえて倒れた刹那、突然玄の背後から銃弾が連続して響いた。
眼下の土が複数の砂煙りを上げ、玄は近場にあったゴミ箱の影へ飛び込んだ。
どうやら今度は玄のほうが不意を突かれたらしい。
だが、所詮は素人。狙いは定まらず、照準は大きくブレているため玄には当たらなかった。

「野郎……! 馬鹿な癖に舐めた真似してくれるじゃないか」

悪態を吐きながら玄はP×4の弾丸を補充してホルスターに戻すと、今度は背中に掛けていた89式小銃の安全装置を解除した。
相手がアサルトライフルを使用してくるなら、こちらも出し惜しみしてる場合じゃない!

再び、民家の窓から激しく撃ちかけて来る。
盾にしているゴミ箱に弾丸が命中し、鋭い金属音が村に響く。
数秒後、装弾していた銃弾を撃ち尽くしたのか銃声が止んだ。
敵が窓の下で身を屈ませてライフルの装弾をしている間、玄はゴミ箱の中に捨ててあったアルミ缶を拾い上げた。

「グレネード!」

叫ぶと同時に、民家目掛けてアルミ缶を放り投げる。
アルミ缶は民家の壁に直撃し、派手に金属音を響かせて地面に転がった。
その音を聞き、窓の向こうに見える立ち上がった男の姿を玄は見逃さなかった。
ゴミ箱から少しだけ身を乗り出しフルオートで89式小銃の銃弾を数発、民家の窓へ叩き込んだ。
放たれた弾は敵の脳天に直撃し、血しぶきがはじけ飛ぶ。
確認せずとも即死は確実だった。

「暴徒はこれで全部か?」

村に静けさが戻り、玄は小さなマグライトを取り出して辺りを見渡した。
どうやらさっき殺したのが最後の一匹だったらしい。
人の気配が消え、微かな夜風で靡く草木の音を聞きながら、玄は手にしていた装備を一度背中に戻した。

頬に付いた返り血をスーツの裾で拭い、少し先に見える小さな教会への道を歩き始める。

あそこで待ってる依頼主に対して、実力は十分に示せただろう。
後は、その生意気な面を拝んでサッサと仕事を問いただすだけだ。

ALIVE アライブ

ALIVE アライブ

絶死の病により終焉を迎えた世界で人々はそれぞれの道を歩いていく。 PF(プライベートフォース)という珍しい仕事を職とする傭兵、冴芝 玄。 そんな彼の生き様を描いたストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2017-08-30

Copyrighted
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  1. 序章 赤に染まった平和 ーPeace dyed redー
  2. Episode 1 絶死の病 ーAbsolute mortal sicknessー
  3. Episode 2 足止め ーConfinementー
  4. Episode 3 教会の待ち人