今も彼のメガネは伊豆の海底に静かに佇んでいる。
大学生のころの日記であり、思い出である。
僕は教育学部だったため、体育教員の免状を取るため、必修科目として、『体育学概論』といった学科試験があった。
※当たり前の話だが、実技だけじゃダメなのである。
大事な大事なテスト当日。
開口一番、YAZAWAが吠えた。
※YAZAWAとは、色黒マッチョ&薄毛の体育ティーチャーである。Mっパゲであったため、YAZAWAと呼ばれていた。
※本名はタナカマナブである。
「この、バカ野郎!俺はそんなに見栄っ張りじゃねえぞ!この、大バカ野郎どもが!シラバスに載ってるのは俺じゃねぇぞチクショウ!」
続けてYAZAWAはまくし立てた。
「まったくクソ野郎が余計なことしやがって!!!な・ん・で、あんなに髪がフサフサになってんじゃコラ!俺は若いころからハゲてんだよくそったれ!!」
「俺はウソっぱちとか見栄っぱちは大嫌いなんだ!犯人探しをするつもりはねぇが、犯人を見つけたらタダじゃおかねぇ!!!」
…。
「ハイ、それではテストをはじめまーす」
何がなんだか分からなかったが、ものすごい緊張感の中、『体育学概論』のテストがはじまった。
※後で分かったことだが、学事課が誤ってハゲをロン毛に合成した写真をシラバスに載せてしまっていたのだった。
僕は勢いよく答案用紙を開いた。
今日のために必死で勉強をしてきたのだ。
なぜならば、僕は他の体育専攻のヤツたちと比べると運動神経がいささか劣っており、学科に懸ける思いは人一倍強かったのである。
…。
あれ?
何かの間違いかな??
…。
見事に一問も分からなかった。
なぜだ。あんなに教科書を読み込んだのに…。
僕が勉強した箇所はまるで見当外れだったのである。
しばらく放心状態だったが、気を取り直して僕は友人Yから借りた筆箱を開いた。
(情けないことに筆箱を家に忘れてしまったのである)
ブルーと白地のカラーに、見慣れたロゴ。
某有名家電メーカーのロゴがでかでかと刻まれている。
天下のPANASONIC(パナソニック)。
ん、しかし、よくみると何か少し違和感が…。
PENESANIC
ん?
ペネ…?
なんだ。
ペネサ…
…
PENESANIC(ペネサニック)
ペネサニック!!!
ペ、ぺぺぺ、ペネサニック!!
筆箱にペネサニック!
なんてことだ!めちゃくちゃ面白い。
僕は吹き出しそうになった。
僕は他の体育専攻の野郎たちと比べると、笑いのツボがかなり浅いほうであり、ものすごいゲラであった。
横で友人Kが呟いた。
これ、Z会ではやらなかったなぁ。
ひー、Z会!
ウソつけ、お前は学部指折りのバカじゃないか!
吹き出しそうになりながら、僕は必死で堪えた。
ここで吹き出したらYAZAWAに殺される。
何とか気を取り直して…
「てめぇ!バカ野郎!!!ふざけんなオラー!!!」
YAZAWAの怒号が聞こえた。
友人Tが立たされている。
「なんじゃコラ、カンニングするつもりかてめぇはー!!!」
YAZAWAの手には見慣れたキャラクターか描かれたファンシーな鉛筆。
…。
バトル鉛筆じゃないか(腐った死体)。
※一部のメンズにしか分からないネタ恐縮です。
Tが必死に弁明している。
「違うんです!これはバトル鉛筆といって、ドラクエのモンスターが…」
「あぁ!?ドラえもんが何だって!?カンニングに見えるじゃろがアホが!!!」
ひー、'ドラクエのモンスター'を強引に'ドラえもん'に聞き間違えてるよ!
「だから違うんです!これは、塾の生徒と交流を深めるために…」
「お前は塾の生徒まで巻き込んでカンニングをしようとしとるんか!言い訳なぞいらん!もう表へでろ!」
半べそをかきながら肩をガックリ落とし、とぼとぼと教室を後にするT。(それはさながら腐った死体の後ろ姿のようであった)
YAZAWAが呟いた。
「ん?'全員にダメージ30'??なんじゃこら」
全員にダメージ30!
まさしく全員今の出来事でダメージ30以上は受けてるよ…。
もはやゲラな私は、笑いと恐怖の入り交じったヘンな感情のため、瀕死であったが、とにかく答案を埋めねばならない。
'ペネサニック'がなるべく目に入らないように注意深く筆箱を開け、中からシャーペンを取り出した。
KOKUYOのシャープペンシル。
良かった。シャーペンは普通だ。
バトル鉛筆でなくて良かった。
ここでバトル鉛筆だったら間違いなくYAZAWAにSATUGAIされてしまう。
よし、気を取り直して…
ん?
何か違和感が…
KAKUYOのSHARPPENSO
…。
カクヨのシャープペンソー!!!!!
あーヤバイ。
ヤバイよヤバイよ。
カクヨってなんだよカクヨって。
シャープペンソーって…
何でちょっと上手なそれっぽい発音なんだよ。綴り違うし。
あー、もう。どこに売ってんだよこんな面白シャーペン。
だいたいKAKUYOってものすごく書く気マンマンみたいじゃんか。
俺、これからKAKUYO!、書いちゃうよ!!
KOKUYOなんかとはヤル気が違うよ!!
みたいな。
解答まったく分からないから答え書けねーのに…。
…。
そして、KAKUYOのシャープペンソーには芯が入っていなかった。
僕は絶望し、完全にテストを諦めた。
そのときである。
「てめぇこら!ふざけてんじゃねぇぞ!!立てオラー!!!」
YAZAWAの雄叫びとともに、斜め前方に座っていた背の高いメンズが立たされている。
あれ?
なんだ、高瀬じゃないか。
※高瀬とは以前日記に登場したことがあるが、人畜無害の埼玉県代表のような男であり、マジメでおとなしいナイスガイである。
…。
……。
なぜ、お前は、水中ゴーグルをかけている。
…。
光に反射してレインボーに輝く水中ゴーグル。
メガネでもサングラスでもなくそれは紛れもなく水中ゴーグルであった。
高瀬の耳横から後頭部にかけて、これでもかってくらいキチキチにゴムバンドが食い込んでいる。
なぜ、なぜ、お前は筆記試験で泳ぐ気マンマンなんだ。
僕は状況が全く理解できなかった。
「オゥコラ、ふざけんのも大概にせぇよ!どうゆうことか説明せぇや!!!」
YAZAWAの顔が真っ赤になり、ゆでダコのようになっている。
高瀬は小刻みに震えながら黙っている。
「なんとか言えや!黙ってたら分からんやろが!!!」
「罰ゲームかなんかかコラ!それともお前イジメにおうとるんか!イジメなんか絶対許さんぞ!!」
震えながら高瀬が声を絞り出した。
「イジメになんかあっておりません!!!僕はみんなが大好きです!!!」
一体どうゆう回答なんだお前は。
「じゃあ早く状況を説明せいや!!!」
「これは、水中ゴーグルなんかじゃありません!メガネです!!!」
「なんやとコラ!!お前、普段からそんなメガネかけとらんやないか!!なんで今日に限ってそんなふざけたことするんや!!!」
「普段かけているメガネは自殺しました」
「どうゆうことじゃコラ!!!」
「伊豆の海に身を投げたのです」
「お前・・・」
「お前・・・・テスト前日に海に行ったんか」
「はい」
「ええご身分やな。波にメガネ持っていかれたんか」
「はい」
「逆に聞くが、なぜお前は、海に入るときにこそ水中ゴーグルをしてなかったんだ」
「これ・・・実は僕のじゃないんです」
「じゃあ誰のや、やっぱりお前イジメにおうとるん違うか」
「さっきも言いましたが、イジメになんかあっていません。これ、パパのなんです。僕、パパと度が同じなんです」
なぜか誇らしげに高瀬が言った。
「知らんがな、そんなこと」
呆れたように呟いたあと、YAZAWAは少し考え込んだ。
「つまりは、こういうことやな。お前のメガネは伊豆の海底に静かに佇んでいて、お魚ちゃんが通るとちょっと大きく見える。そういうこっちゃな?」
「はい」
「水族館の水槽と同じ原理やな」
「よく分かりませんが、たぶんそうだと思います。僕ド近眼ですし」
・・・。
「今日はどこから電車に乗ったんや??」
「浦和です」
何人かが吹き出し、答案用紙が宙を舞った。
お前、浦和から水中ゴーグルかけて電車に乗ったのか・・・
ド変態だ。よくぞまあ痴漢のメッカ埼京線に乗り、捕まらずここまできたものだ。
痴漢をしていなくても、痴漢のような容貌をしているのである。
僕は笑いを必死に堪えながらも、マジメな高瀬に心から同情した。
普段は決してこんなことでは目立たないタイプの男である。
きっと、本当にメガネを外すと何も見えず、やむをえずに七色に輝く水中ゴーグルを装備してきたのだ。(だって昨日の今日じゃメガネ市場だってパリミキだって新しいメガネを作るのは無理だもの)
さすがのYAZAWAも少し同情したと見えて、高瀬に着席を促した。
その時である。
なんと、
ありえないことだが、
高瀬の白い半ズボンの腰のあたりから、ヒモが4本ちょろんと飛び出ている。
そう、ヒモが4本。普通のズボンからはヒモは2本。
視線の先には、うっすらとブルーに透けたパンツ。
腰のあたりにハッキリとロゴが印字されている。(イトマンスイミングスクール)
お前!!!!
泳ぐ気マンマンじゃねーか!!!
モロ競泳用のパンツ。
しかもイトマンて!!!
※僕らの時代、一時代を築いたイトマンスイミングスクールは既に滅亡しておりました。
YAZAWAが吼えた。
「てめえ!!!やっぱり泳ぐ気マンマンじゃねえか!!!ふざけやがって!!!出て行け!!!早く教室から出て行け!!!!」
つまみ出される高瀬。
「お前もだ!!後ろのお前も出て行け!!!何で家までガマンできねーんだ!!!この変態野郎!!!!」
つまみ出される友人G。
「さっきからシコシコシコシコしてんじゃねー!!!!」
友人Gは、学内でも有名な本物のゲイであり、幸か不幸か、たまたま高瀬の真後ろに座ってしまって、透けた競泳水着と、日焼け痕のためキュっと引き締まった高瀬のケツを数分間真正面から嗅いでしまったことにより欲情してしまったのであった(と、後に本人から聞いた)。
もはや誰もテストどころではなかった。
僕は吹き出すのを堪えすぎたのか、肋骨が痛くて堪らず(後から判明したのだが肋骨にヒビが入っていた)、途中退出をした。
こうして、『体育学概論』のテストは、受験者30名中、
失格3名(バトル鉛筆、イトマン、シコシコ)
棄権1名(俺)
継続不可能6名(6名ほど笑いにより答案用紙を遥か彼方に吹き飛ばしていた)
0点15名
といった惨憺たる結果を残し、伝説となったのだった。
オチとして・・・
なぜ0点がこんなにも多いのかというと、YAZAWAが、1年生の僕たちに、誤って3年生のテスト問題を配布してしまったのである。
YAZAWAは最後まで誤りを認めようとはしなったが、結局全員再試、合格となったのであった。
ぎりぎりめでたし。
そんな思い出。
今も彼のメガネは伊豆の海底に静かに佇んでいる。