無剣の騎士 第2話 scene10. 奇襲

馬場 久志

(ネタバレになるので、コメントはあとがきに書きます。)

 アストリアとリヒテルバウムは様々な点で非常に異なる特徴を持つ国だが、その国境付近で見られる景観もまた対照的だった。リヒテルバウム側には多くの山々が連なっているのに対して、アストリア側は平野部が広く比較的見通しが良い。それぞれ国土全体を見れば、リヒテルバウムは平野部が多くアストリアは山岳部が多い地勢なのだが、国境付近だけは正反対だった。例えリヒテルバウム軍が大挙して押し寄せてきても、アストリアに攻め入る前には峡谷を進むために隊列を一旦細長くせざるを得ない。
「敵軍の隊列が細く長く伸びているところを両側から一気に攻める。さすれば兵力の少ない我が軍でも大軍と対等以上に渡り合えよう。多勢に無勢で戦をするときの定石だ」
エドワードは地図を使いながら、そう説明した。
 ここはアストリア宮殿、エドワードの執務室。机の上にはアストリアとリヒテルバウムの国境付近の地図が広げられ、その上には軍の小隊を表わす駒が配置されていた。
「う~ん、なるほど……」
腕組みしたメルキオが唸った。
「でもそれだと、まず国境を越えて敵地に入らなければなりませんよね。関所を通過するのも一苦労ですし、不案内な場所で戦うのも少々不安ですが……」
「いや、関所越えはさほど困難ではなかろう。リヒテルバウム側の警備兵は元々少ない。正攻法で正面突破できるはずだ」
「そうだとよいのですが」
「その先、確かにリヒテルバウムの地には不案内やもしれぬが、決して不慣れな地形ではない。我がアストリアの兵士達は山間部での戦闘に慣れている」
それに、とエドワードは付け加えた。
「念のため周囲には偵察兵を放つ。尤も、山頂付近に大軍を配置することなど不可能だがな。偵察兵が敵軍を発見することはないであろう」

        *    *

 さて、エドワードの予想通り難なく関所を通過したアストリア軍は、二手に分かれ、両側の山の斜面を静かに行軍していた。そして、両方の部隊からそれぞれ偵察兵が放たれた。ある者達は谷へ下りて行って、突撃に支障がないことを確認した。また別の者達は両側の山を登って行って、万が一にも伏兵や罠が潜んでいないかを調べることとなった。
 一方の山を探索していた兵士達は、深い森を進んだ末に小さな湖に行き当たった。水が澄んだ、美しい湖だった。
「へぇ、こんな所にこんな場所があるのか」
「地図によるともっと小さな池だったはずだが……」
一人は小さく感嘆の声を上げたが、もう一人は地図を広げて軽く首を傾げた。
「ま、この地図もちょいと古いからな」
アストリアが入手しているリヒテルバウムの地図は最新の情報ではない。つい先日まで休戦していたとはいえ敵国の、しかもこんな辺鄙な場所の情報にまで正確性を期待するのは土台無理な話だ。
「ここらが水源だろうな。こっから先ゃ部隊を置くなんざ無理そうだ」
「そろそろ戻るか」
見回したところ、湖に流れ込む水の流れはなさそうだ。この先はますます木々が生い茂り、人が歩くのも困難と思われた。そこで彼らは引き返した。
 もう一方の山を探っていた兵士達は、また別の景色に遭遇していた。生い茂る木々は山の中腹辺りで段々とまばらになり、岩石ばかりの光景に変わっていった。山頂から中腹までは、草木のない岩山だった。
「こっから先は行けないな。敵がいたら俺らが見つかっちまう」
「だな。それは向こうにとっても同じだろうが……」
見上げると、山頂からはうっすらと煙が立ち上っているようだ。
「火山なのか」
「ああ、ここは休火山らしい。そこらの石も、昔 溶岩が流れた跡らしいぞ」
もう少し行けば火口にたどり着きそうだが、そこまで行く理由はない。
「よし、引き上げだ」
そこで彼らも引き返した。
 こうしてアストリアの偵察兵達は、安全を確認して帰って行った。否、安全を確認したと《信じて》帰って行った。実際、彼らが偵察した範囲には何も怪しいところはなかったのだから、彼らを責める訳にはいかない。
 ただ、彼らが引き返した湖や火口のその先――つまり山を越えた向こう側に、実はリヒテルバウムの部隊がいたのである。しかもその部隊は、決して数は多くないものの、脈玉入りの武器を携えていた。

        *    *

 偵察兵が帰還してから数刻後。
「報告します! リヒテルバウム軍の進軍を確認したとの報が見張りから届きました!」
天幕に駆け込んできた兵士が敵の到来を報告した。
「来たか」
天幕の中で待機していた指揮官達は顔を見合わせると、それぞれ椅子から立ち上がった。
「突撃合図の準備を。谷の向こう側にいる部隊と頃合いを合わせて一気に攻め下りるぞ!」

 谷間の細道を進むリヒテルバウム軍は歩兵のみのようだった。
「おい、大軍って言ってた割に、数が少なくねぇか?」
「隊列の横幅が狭いからそう見えるだけだろ」
アストリアの兵士達は物陰から敵をこっそりと覗きながら、攻撃の合図を待っていた。
「ま、敵が少ない方が楽でいいけどな」
「とにかく、俺らは敵の大将首を取りゃいいんだ」

 細長く伸びた隊列、それに合わせるべく細長く伸びた両脇の布陣。それらが十分に重なり合おうとしていた時、谷全体にラッパの音が響き渡った。アストリア軍突撃の合図である。
「行くぞ!」
兵士達は一斉に飛び出し、怒涛のように斜面を下っていった。

        *    *

 ヴュールバッハが執務室を訪れた時、コンラートは紅茶を片手に小さな本を読みふけっているところだった。ヴュールバッハは大袈裟に皮肉たらしく口を開いた。
「戦略を授けた部隊が敵国へ侵攻している時にこんな所で油を売っているとは、良い身分だな」
「ほんの休息ですよ。閣下も御人が悪い」
もとより、コンラートは頭脳労働が専門であって荒事には向いていない。そんなことはヴュールバッハも百も承知だ。
「それに、この本は今回の戦と無関係ではございません」
「ほう? 何の本だ?」
「実は、脈玉入りの武器と共にオークアシッド候から送って頂いた本でしてね……」
彼は眼鏡を掛け直すと唇の端を上げてニヤリと笑った。
「アストリアに古くから伝わる兵法書です」
「兵法書だと? そんなもの、そちは既に何冊も読んできただろう?」
ヴュールバッハは部屋の壁を覆っている本棚を見やった。そこには、リヒテルバウムをはじめ各国の名高い兵法書が何冊もあったはずだ。
「それが、アストリアの兵法書は独特でしてね」
コンラートは本を持ち直してパラパラと頁を繰った。
「脈玉入りの武器を用いた戦術が数多く解説されているのです」
そしてある箇所に行き当たったところで、その見開きをヴュールバッハに向けて見せた。
「例えば、ここ。
 赤の脈玉を集めれば、自然界の力をも幾らか操ることができる。水脈を刺激して水を湧き出させたり、火山を刺激して噴火を誘発したりといったことでさえ、原理的には可能だ、とあります」
「此度の作戦でそちが伝えていたのは、まさか……」
コンラートは紅茶の残りを飲み干すと、本を手にしたまま立ち上がって掌を挙げた。
「素晴らしいと思いませんか。これまで可能とされていながら一度も実行されなかった戦術が、我々の手で史上初めて敢行されるのですよ?」

        *    *

 リヒテルバウム軍に攻め下ったアストリアの兵士達は戦闘が始まって間もなく違和感を覚えた。
 大国の正規軍にしては、今ひとつ統率が取れていない。鎧も剣を一応リヒテルバウムのものだし、士気も決して低くはないが、個々の技量に差がありすぎる。全体としては、アストリア兵の方が明らかに強かった。このまま押し切れるか、と思われた矢先、遠くから地鳴りのような音が響いてきた。
「ん? 何だ!?」
地響きのする方角、つまり山の方を振り向いた者達は、山の木々が次々と倒れていく音を耳にした。その音の原因を考えかけた次の瞬間、大量の水が津波のように押し寄せてくるのが見えた。
 逃げる間もなく、次々と水に飲み込まれていく兵士達。
「逃げろ! 反対の山へ登るんだ!」
辛うじて水を逃れた者達は、一目散に反対側の斜面を駆け上がり始めた。しかしすぐに、先程より大きな地響きと振動を感じ、再び驚愕せずにはいられなかった。
 今度は前方の火山が噴火を起こし、こちらに火砕流が迫ってきたのだ――。

        *    *

 奇跡的に難を逃れた兵からの報せを聞いて、エドワードは愕然とした。
「両軍ともほぼ壊滅だと……!?」
それは勿論、メルキオやケネス達にとっても信じられない報せだった。
「水攻めか? 偵察兵は何をしていたんだ?」
「水攻めはともかく、同時に火山の噴火まで起きるとは……何たる不運」
「いや、これは不運や偶然などではない。恐らく意図的なものだ」
エドワードの言葉に一同は驚いて視線を向けた。
「脈玉を用いて災害を発生させる――。確かそのような兵法があったはずだ」
一同から驚きと困惑の声が漏れた。
「敵が脈玉を所持している時点で、可能性を考慮しておくべきであった。まさか実戦に投入する者がいようとは……」
しかし何より信じ難いことは、とエドワードは首を振った。
「リヒテルバウム……。自国の兵を捨て駒にするというのか……」

        *    *

「犠牲を厭わない戦い方は圧倒的な兵力を誇る我が軍ならではと思われているかもしれんな。アストリアには」
「例え掃いて捨てるほど兵がいたとしても、無駄死になどさせませんよ」
 ヴュールバッハの言葉をコンラートは笑って否定した。
 冷酷残忍なこの男も、兵の命を気遣う情は持ち合わせていたのか。ヴュールバッハはそう思ったのだが、その考えもまた否定された。
「そんな戦術では、残された兵の士気を下げるだけですからね」
「あの者達ならば死んでも他の兵に動揺はないと申すか」
ええ、とコンラートは頷いて眼鏡を片手で押し上げた。
「あの部隊は、死刑囚および他国からの捕虜で編成されております。どうせ死にゆく命ならば、少しでも有効に活用してやったほうが彼らも浮かばれるというものでしょう?」

無剣の騎士 第2話 scene10. 奇襲

という訳で、日本史で有名な桶狭間の戦いにおける信長の作戦と、アニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』の山を噴火させる作戦 (うろ覚えですが...) にヒントを得た対決をお送りしました。

次回予告:
衝撃の敗北を受けて、エドワードはどう動く。
彼とシェリアの日常を垣間見ることのできる回。
⇒ scene 11. 幕間 につづく

無剣の騎士 第2話 scene10. 奇襲

軍事関係の知識はさっぱりなので、軽く『孫子の兵法』に目を通したりしましたが、それでもこんな出来です……。細かいことは気にしない方向でお願いします。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-29

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