性春の思い出~インモラル天使~
あれは忘れもしない中学3年の夏休み。
テニス部の部長であった私は意気揚々と、朝一番乗りで部室に向かった。
部室が燃えていた。
煌々と燃えあがる炎。
紛れもなくテニス部(男子)の部室から火の手があがり、窓からはもうもうと黒煙があがっている。
なんで??
なんで部室燃えてるの??(゜ロ゜;
テンパった私は、慌てて、ドアノブを開けようとして触れ、
あっつぅっっ!!!
となり、火傷した。
どうしようもないので、職員室に駆け込み、幸い野球部の顧問の先生がいたので、消防車を呼び、火は一時間後に無事消し止められた。
その日は警察がきたり部活どころではなく、第一発見者の私は、さんざん事情聴取を受け、なかば犯人扱いをされ、深夜に泣きながら帰宅したのだった。(後日、犯人はテニス部OBの先輩であり、先輩の代の合鍵を使用し、早朝に部室に侵入し、タバコを吹かしてた際の残り火だと判明はするのだが…)
次の日。
秋季の地区大会まで日がない中、どうやって練習しよう…
肩を落としながら焼け焦げた部室に向かう私。
部室の前にはいつもより早く部員たちたが集合をしていた。
私が、昨日、掌を焼いたドアノブをゆっくり開けて中をおそるおそる覗くと、まだ焦げた匂いが鼻を突く。
えいやっとドアを開ける。
真っ黒に焼け焦げたラケットにシューズ、それからネット…
ラケットはガットの部分が見事に溶け落ち、ネットもズタボロの布切れみたいになっていた。
私は絶望した。
こんなんじゃ練習できない…。
そのとき、ひとりの後輩部員がかすれた声でつぶやいた。
「ふたり○っちが…燃えてる」
「…」
横にいた他の部員もつぶやいた。
「ふたり○っちが…」
そう。部室の最上段の棚上に隠し、保管していたあの名作、「ふたり○っち」が全焼していた。(ちなみに、高橋(仮名)の家宝であった、菅○美穂のヌード写真集「ヌーディティ」と、副部長木村(仮名)のやる気の源であった広末○子の写真集「L・R」も焼け焦げていた。)
「ふたり○っち」は、中学生の我々にとって、青春のバイブルであり、親に聞けない大事なことは全て「ふたり○っち」が教えてくれたといっても過言ではない。
そして、「ふたり○っち」(当時20巻くらい刊行されていたと思うが)は、代々先輩たちから受け継がれ、時に勝手に持ち帰ったやつに借りパクされ、何刊か歯抜けになりながらも、それは、先輩から順番に読むことのできる、謂わば一種の禁書のようなものだった。
一年生が涙目でつぶやいた。
「焚書坑儒…」
まだ、一年生は「ふたり○っち」は解禁されていなかったのだ。二年生も全員は読み終えてないだろう…
というより、先週末借りてたのは俺だ…。
明らかにテンションがガタ落ちしている部員たち。
私は思った。
このままでは、ダメだ!
なんとかヤツらにやる気を起こさせなければ!
こんなときの部長じゃないか…!
私は高らかに宣言した。
「よし、俺が新しいのを買ってきてやる!」
後輩はおろか、同学年の仲間たちからも羨望の眼差しが私に向けられる。
兄貴のいない中坊にとって、エロ本を直接買うという行為。これはこの時代、地区大会の優勝選手より尊敬されたかもしれない。
週末早速私は、自宅近くのブッ○オフに出掛けた。
まずは「ふたり○っち」を探す。
あった。
だが、高い棚の上に並んでいる「ふたり○っち」はずらり20巻ほど。
これを、全部抱えてレジに並ぶなんてハードルが高すぎる…
中途半端に2〜3巻買ってもしょうがないし…
私は考えに考えた末、意を決してアドルトなコーナーに足を踏み入れた。
特に仕切りもなく、死ぬほど恥ずかしい。
目の前には様々なジャンルが取り揃えてある。
私は選ぶことができず、コーナーを出てしまった。
大好きなドカベン(私はテニス部だったが、野球に強い憧れがあった。)を読むフリをしながら必死に呼吸を整える。
二時間ほど店内をうろちょろした後、ついに私は再度アドルトなコーナーに踏みいった。
ラックに掛けてある最新刊らしい写真集を手に取り、漫画コーナへ戻った。
この間、体感速度で、五秒ほど。
あんなに早く動いたことは人生において後にも先にもない。
写真集のタイトルをチラ見する。
「インモラル天使」
よく意味は分からないけど完璧だ。若い女性のヌード。漫画なんかではないリアルがこれにはある。
部員たちの興奮した顔が頭に浮かぶ。
漫画コーナーで呼吸を整え、レジに向かった。
レジに向かう途中で、会計時に目立たなくするため、小説コーナーで、適当に一冊を手に取った。
へルマン・ヘッセ
「車輪の下」
人気のブック○フのレジはさすがに混んでいた。
心臓バクバクのまま、五分ほど待ってようやく自分の番。
「車輪の下」の下に「インモラル天使」。
若い男性の店員が、ピッ、ピッとレジを打ちはじめお会計。
「千と五十円になります。」
お小遣い2ヶ月分…。
支払おうとしたその時…
「あれ?お客さんどうみても未成年ですよね??」
「…」
「あの、申し訳ないんですけど、未成年にはこれ、お売りできないんですよね。」
な・ん・て・こ・と・だ。
「違うんです!」
私は完全にテンパり、違うんです!を連発しながら、終いには、
「そんなの買うつもりじゃなかったんです!」
と意味不明な言葉を発し、「車輪の下」だけを購入した。
会計五十円。
引き上げられていく「インモラル天使」。
私はこのときほど、ジャニーズ系美少年に生まれてしまった自らの顔を憎んだことはない。
とぼとぼと店を後にし、しかし私は諦めなかった。
必死でエロ本を探した。
公園のゴミ箱。
草むらの奥。
となり街のゴミ集積所。
学校近くの側溝。
森の中。
林の中。
利根川の土手沿い。
街中の路地裏。
そんなところに、あるハズもないのに…
次の日も、せめて湿っぽいのでもイイから…と1日徘徊してみたが、私の切なる願いも虚しく、結局探し求めたもの(エロ本)は見つからなかった。
明日みんなになんて言おう…。
明くる日私は、言い訳も思いつかないまま、朝一番に部室に向かった。
珍しく副部長の木村が早くきている。
「蓮太郎!これを見ろ!!!」
木村の鼻息が荒くなり、頬が赤らんでいる。
テニスバッグからおもむろに取り出す茶封筒。
まさか…
まさか木村のやつ…
私が木村をさすが頼りになる副部長だ!と見直しかけたそのとき…
「緊縛熟女」
木村が誇らしげにいう。
「オヤジからくすねてきた。」
「…」
「……」
ダメだ。これだけは絶対にダメだ。
これじゃ一部しか喜ばない…
というより、誰も喜ばない(木村を除いて)かもしれないし、一年生の性癖が歪んでしまう可能性すらある。
私は木村の労をねぎらいつつ、やんわりと木村を静止した。
そもそもなぜ、広○涼子と、熟女SM嗜好が同じ人格に同居するのか。
私は完全に絶望した。
そして、ゆっくりと部室のドアノブに手を掛けた。
火傷した掌が擦れて痛い。
とにかく練習の準備をしなければ。
その時、私の眼に、信じられない光景が飛び込んできた。
なんと、
部室の棚の上に、
「ふたり○っち」全巻。
(20巻弱)
背表紙にふせんが貼られ、
「迷惑かけたな。Buy・下条」
と書いてある。
下条先輩…。
そう、部室でタバコを吸い、全焼させた張本人からのプレゼントだった。
しかし、私は思った。
そういうことじゃないだろう…と。
みんなの大事なラケットやネットやシューズが焼かれ、大事な最後の秋季大会前に練習ができない状況なのだ。
しかも私は、なかば犯人のような扱いで、警察に深夜まで事情聴取をされた。
しかもだいたいバイ(by )の綴りがちが…
…
Buy(買う)とかけたのか…
腸が煮えくり返りそうだ。
というより、まず引退してるんだから部室の合鍵返せ。
私はとにかく無性に腹が立ってしかたがなかった。
しかし、後ろに立つ木村は、だらしなく口を半開きにし、ズボンに立派な三角錐を形成している。
そういうことではない、と私が思った先輩の行動は、思春期真っ只中の男子たちにとっては、実際、そういうことなのであった。
私も開き直って、誇らしげに、次から次にやってくる後輩たちに、真新しい「ふたり○っち」を見せつけていった。
ふせんは、はがしてしまっていた。
だいたい、下条先輩のことは後輩は知らないし、部員たちにとっては、部室に聖書(ふたり○っち)さえ戻ってくればいいのだ。
誰が買ったかなんて関係ない。
興奮する部員たち。
手には皆、真新しいラケット。
そう。同情したPTAからの寄付金や、それぞれの両親らによって、ラケットは新品となっていた。
我々はひとつになった。
あんなにも効率的に、そして熱心に練習をした日々はない。
ネットを女子テニス部に借りる(顧問の発注忘れ)といった屈辱と、ブック○フでの店員とのやり取りを、実は同じクラスの女子にこっそり遠目で見られていて、しばらくの間、私のあだ名が「インモラル天使」となるという恥辱はあったが、もはやそんなことはどうでもよかった。
そして向かえた秋季大会当日(顧問病欠)。
我々は全力を出し切り、
そして、
さわやかに、一回戦でストレート負けをした。
私の中学校最後の大会はこうして幕を閉じた。
そんな青春の思いで。
性春の思い出~インモラル天使~