散歩道
三題話
お題
「散歩」
「丸刈り」
「唐辛子」
今ではもう日課となっている夕方の散歩。大学からの帰り道、少し遠回りをして川沿いの堤防をぶらぶらと歩く。
ここは遊歩道になっていて、ジョギングをしている人がいたり犬の散歩をしている人がいたり。こうしてゆっくり歩いていると、日常の疲れが取れてゆくように感じる。
心の休め方は人それぞれだ。
小さく口笛を吹きながら、穏やかな風を受けながら歩く。
まだまだ寒いが、もこもこしたダウンジャケットに蒸されて体が熱くなってくる。
ふと土手に目を向けると、膝を抱え小さくなって座っている、野球部風の男子高校生がいた。
頭を丸刈りにしているとみんな野球部員に見えてしまう不思議。でも傍らには駅前にあるアニメショップの袋があるから帰宅部かもしれない。これも明らかな偏見である。
「こんにちは」
近寄ってみると身体はかなり大きそうで、やっぱり野球部なのかなぁと妄想。
彼は聞こえなかったのか聞いていなかったのか、はたまた声を掛けられたのが自分だとは思っていないのか、顔を上げることすらなかった。
私は彼の横に腰を下ろして、今度は伏せた顔を覗き込むようにして声を掛けてみた。
「こんにちは」
「う、え?」
驚いたのか少し身を引きながら、それでも彼は一瞬の間をおいて挨拶を返してくれた。
「……こんにちは」
なぜ声を掛けたのかというと、特に理由はないというのが本音だが、制服に見覚えがあったからだ。去年まで私が通っていた高校。つまり私の後輩。面識は全くないけど。
「こんなところで、どうしたのかな?」
「え、いや、別に」
「悩みがあるのなら、お姉さんにどーんとぶつけちゃいなさいよ」
「…………」
そしてまた、俯いてしまった。
「いきなり何なんですかあなたは」
彼の口調はとても冷ややかなものだった。
「あー、うん。私は山田真夜。大学一年生。去年まで高校生。ちなみに通ってた高校は君と同じ」
「…………」
沈黙が多くてなかなか話が先に進まない。そして初めに名乗っておけば良かったと後悔。
彼はいぶかしむように、やはり身体は引きぎみに私を見ている。
「えっと、俺は、斉藤っす」
「おはようございます」
「え?」
「ごめん。なんでもないから気にしないで……」
「はあ、変な人ですね、山田さんは」
「タッチでポン!」
「はい!?」
「山田は地味だから禁止ー。マヤって呼んでください」
「は、はあ」
変な人と評されたのは心外だが、ここまでのやり取りは完全に変な人だからそこは流すことに。
斉藤君もだんだん慣れてきたようで、普通に話せるようになった、と思う。
「そして斉藤君。下の名前はなんなのだ?」
「……言いたくないです」
「なんで?」
「個人情報だから」
「なるほど、それは一理ある」
私は色々と言ってしまったから不公平であるような気もするが、ここは強制するわけにはいかない。
付かず離れず、肩を組んで仲良くおしゃべりしてみよう。
「じゃあ仕切りなおして斉藤君。悩みがあるのなら打ち明けちゃいなさい」
「……プライバシーなので」
肩を組んだときに身体を強張らせた斉藤君。どうやらこういうことは慣れていないらしい。
「ははーん。彼女が出来なくて悩んでいるのか」
私がそう言うと斉藤君は急にこちらへ顔を向けた。
のだが、私も顔を近付けていたためおでこに頭突きされる形になってしまった。
「ぐはんっ」
「ああ、大丈夫すか?」
「ぐぬぬ……私は大丈夫。それより斉藤君は大丈夫?」
かなり痛かったが、斉藤君がわたわたと慌てる姿がかわいかったから許してあげよう。
「は、大丈夫、です」
「……図星だったわけだね。そんなことで悩むには早い早い。高校生なんだからまだまだこれからだ」
「ああもう。こうなったら言いますけど、俺にとってはそれが切実な悩みで……」
色恋に悩む初々しい高校生男子。モテそうな感じはするのに。
「斉藤君なら女の子を落とすなんて楽勝でしょ。見た目は良さそうだし。私視点で」
「本当にそうだったらいいんすけどね」
「まあもっと掘り下げれば、まだ童貞なことを気にしてるわけだ」
「そ、それはっ!」
これも図星だったらしい。顔が真っ赤になっている。
そういう私も経験してないからある意味仲間なんだけど。
私はダウンジャケットのポケットからあるものを取り出して、彼の目の前に掲げた。
「唐辛子、食べる?」
「いや、いりません」
「じゃあ私が頂いて……辛い!」
「当たり前じゃないすかっ」
「そう。唐辛子を食べると辛い。そしていろいろなことに思い悩むのは辛い。ここで“からい”と“つらい”って同じ漢字を書くから、似たモノ同士ということよね」
「……意味がわかりません」
「だよねー」
私も全くわからなかった。
…
それから陽が沈むまで彼からのツッコミを受け続けて。
「ふああ、もう夜になっちゃったね。早く帰らなくて大丈夫?」
「あ、そろそろ帰ります」
「うんうん。いやあ、楽しかったよ」
「俺も、楽しかった」
話しているうちにだんだんと打ち解けて、斉藤君の笑顔も見ることが出来た。
「ねえ、友達になろっか。ほら、斉藤君もスマホ出して」
「は、はい」
お互いのアドレスを交換して、遊歩道まで一緒に上がる。
「それじゃあ、またね」
ようやく斉藤君のフルネームを知ることが出来た。
散歩道