もしも魔法少女の一生が終わったら
8月分のSSになります。
先々月? あたりから、公募の作品を書きながら、SSを投稿することにしています。
よければ、この先の作品も、これまでの作品も、読んでいってください。
また、恥かしいものを書いてしまった。
もしも魔法少女の一生が終わったら
もしも魔法少女の一生が終わったら
the1343401th(ホシ)
小さい頃のことをよく覚えている。私は泣き虫で、臆病で、何より輝いているものに、目を惹かれていた。
そうして私は小学五年生の頃、魔法少女になった。
それは誰にでもなれるというものじゃなかったし、まるで神様から皆を守れというお達しかのように思えた。でも本当のことは、今になってもよくわからない。
初めて魔法少女になった時は酷かったな。私は脚が震えて、逃げ回ってばかりで、結局他の魔法少女が応援に駆けつけて、戦いを終わらせていた。
私が泣き止んだころ、街はボロボロになっていた。それを見た瞬間、私は強くなろうと決心したんだっけ。
魔法少女には、「少女」というのだから、当然年齢制限があった。いつ魔法少女から卒業するのか、それは魔法少女によって区々だったけれど。
私にとって、それは昨日だった。
戦闘が終わって、魔法少女から普通の人間に戻るとき、僅かな違和感を覚えた。よくよく見ると、魔法少女だけが持つ、輝く結晶、スピノ、これが真っ黒に染まっていた。
私はもう魔法少女になることができなかった。
その日はよく眠りに就くことが出来なかった。明日は学校もあるのに、私はひたすら、初めて魔法少女になった瞬間を思い出していた。
朝特有の重たい瞼が私を襲う。目覚ましと格闘戦をして、熱い食パンにイチゴジャムを塗りたくって食べ、満員電車に揉まれながら学校へ行く。
なんとなく、いつもと同じように学校に流れ着く。私は授業を受けるような気分じゃなくて、でもどこかに居ないと不安だった。屋上で暇を潰そう。私はこう見えて、不良生徒なのだ。
時間を置いて、チャイムが何度か鳴った。昼休みはいつだろう。それもわからないな。早く昼休みならないと、お腹と背中がくっついちゃう。
「あれっ? ひなの? 学校に来てないと思えば、こんなところで何をしてるの?」
たまたま屋上で会ったのは、この街で大切な市民のひとりで、幼馴染で、私の親友、あおいだった。
「いやぁ、ちょっと、授業受けるような気分じゃなくてさ」
「だからってサボるのはよくないよー」
あおいは少し怒ってるような仕草をみせた。
「昨日も戦いに行ったんでしょ? お疲れ様」
「ありがと」
私は何気ないこういう一言のために、戦ってきたのかもしれない。
「お腹空いたな」
「ご飯食べてないの?」
「うん」
「じゃあこれ食べる?」
あおいは手作りの弁当を差し出す。
「ありがたく、いただきます」
こういうやり取りは初めてじゃない。むしろありがたいことに、やりすぎたぐらいだ。私はまず、卵焼きをいただくことにする。あおいの卵焼きが一番美味しい。
「ところでどうしたの? その傷」
「あぁ、これは」
魔法少女だった頃は、こんな傷すぐ治ったのに。
「ちょっと、張り切りすぎちゃって」
アハハ、と私は誤魔化した。きっと、うまく笑えてないんだろうな。もう、張り切ることも、できなくなってしまうのかな。
「この後出かけようよ」
きっと、あおいが言っているのは、シロベーンと戦ったあとの、いつもと同じ、アイスか何かを奢ってくれる、例のアレだ。
「いいよ」
何かを見計らったかのように、チャイムが鳴る。
「じゃあ、この後ショッピングで! あっ、ひなの、何があったかはわからないけれど、ちゃんと授業受けなよ」
「ハイハイ」
やっぱり、親友には何を隠しても無駄なのかもしれない。でも……でも……。
でももしかしたら、これが最後の誘いなのかもしれない。そう思うと、私は涙が出そうになった。
ポケットから真っ黒に染まったスピノを取り出す。
どうして、私は……。
言葉にならない、心の叫びだった。
◆ ◆
なんとなく授業を受け流して、私とあおいは、少しだけ電車に揺られて、ショッピングに繰り出した。この街も、大概古い。凹んだビル街、水が逆噴射しているマンホール、倒れた花壇。
「世界が終わるみたいだよ」
私がボソッと呟く。
「え? 何か言った?」
「うんうん、なんでも」
「もう、どうしたの、ひなの? いつもみたいにバカやってくれないと、アイス奢ってあげないよーっだ」
あれ、私何してるんだろう。一気に視界が暗くなった。周りが見えなくなって、何も聞こえなくなって、暗い、暗い闇の中にいる気がする。
「ひなの、ねぇ、ひなの、聞いてる?」
急に視界にあおいが飛び移ってきたような気がして、私はびっくりして背中を反らす。
「ちょっと、何その反応」
「いや、ごめん。ちょっと考え事してて」
「どうしたのよ、急に」
「いやぁ、それがさぁ」
私はなかなか切り出せなかった。どう言えばいいんだろう。もう魔法少女になれないって。そのままでいいのかな。でも、それを言ったら、もうあおいは、私を遊びに誘ってはくれないんじゃないかって思ってしまって。
「ねぇ、こんなこと言うの、ひなのだけだよ。お願い、悩みを聞かせて?」
その一言を聞いて、私は一気に視界が広がった気がした。
あぁ、そうか。私はこれから普通に生きて、ぱったり死ぬんだ。一生懸命勉強して、誰かのために働いたりして、途中、最悪な彼氏を作ったりして、その恋は曖昧に終わったりして。
私は幸せなんだ。世界をいくつも救って来たんだ。それに、こんなにいい親友がいる。それだけでも、私は幸せなのかもしれない。
正直に砕けよう。砕けて散ろう。
「あおい、私ね」
そう言った瞬間、いきなり警報音が鳴る。
「また? 昨日倒したばっかりなのに」
街中が一気に不安に溶かしていく。
「あおい、ごめん。私は行かないと」
「ひなの、この話の続き、させてよね」
「任せて」
親指を立たせて、あおいにサインを送る。恰好を付けるのは、ヒーローの悪い癖だ。もうそろそろ、直さないとな。
「ひなののバックも、シェルターに持っていくから、思いっきりやっちゃって」
「うん」
私は少し笑ってしまった。もう魔法少女になんてなれないのに、どうやって倒すんだろう。
私はとりあえずシロベーンに向かって走りだす。こういう勇気が出ること自体は、全く悪くないのだが。
今回のシロベーンはとりわけ巨大だった。大きな足音が、一歩ずつ歩く度に、地響きが聞こえる。
ヤバイ、シロベーンとビルの距離が近すぎる。エレベーターじゃ、一気に全員は降りれない。最悪、下敷き状態……。早くなんとかしないと。
くそっ、当たれ。
石ころを握ってシロベーンに向けて投げる。でもそれは、あっけなく近くの看板に当たる。
危険だけどもっと近づかないと。
「おっ、ひなのだ!」
「ひなのってあの魔法少女の?」
「あぁ、そうだよ、魔法少女の割には、右ストレートが半端ないんだ」
街は人の叫びで一杯だだけど、でもどこかで、魔法少女の戦いを観戦する輩も出てくる。
「おじさんたち、隠れてないと危ないよ」
「ひなの! やっちゃえ!」
ガヤは増えていくばかりだ。私に魔法少女の力があれば、こんなうるさいヤジ、すぐ収まるのに。
もう少しでシロベーンの近くまで行ける。でもなぜか、ビルから逸れて歩き出している。ラッキーか? でも、どこか変だ。いつもなら無差別に街を壊しまわるのに。
そしてふと気付く。ひとりの女の子の泣き声に。今まで大勢の人の声で、わからなかったけれど、それが今、はっきり聞こえる。
ランドセルを背負っていて、その場に泣き崩れて座っている。そしてシロベーンが彼女を襲う。
間に合え、間に合えっ。
シロベーンの足が振り下ろされて、大きな地響きが鳴る。私はなんとか、女の子を救うことに成功した。
「大丈夫?」
「ダメみたいですぅ」
「そんなこと言わないで。ほら、逃げるよ」
私が女の子の手を引っ張って走りだそうとしたけれど、彼女は全く動けなかった。
「どうしたひなの? まだ魔法を使わないのか?」
「早く見せてくれよ!」
「右ストレートだ! 右ストレート!」
あぁ、ヤジが五月蠅い。
ヤバイ、次の一撃がくる。今度は横からだ。この子を抱いたままだと救えない。
私は思いっきりその子を後ろへ投げ飛ばす。そして私は重い一撃を食らってしまう。
「痛ったいっ」
くそ、これじゃもう次の一撃が来たら、女の子を助けれれない。
私はポケットに入ってるスピノを取り出す。お願い、最後にもう一度、力を。もうこれ以上は望まないから、死んだっていいから、なんでもいいから、私に力を。
そうして手の中に納まっているスピノを見たら、結晶は脆く、砕けてしまっていた。
どうして? 私には、もう無理なの?
無慈悲にシロベーンは女の子に一撃を入れる。私はもう目を閉じてしまっていた。また、真っ暗な闇の中に、私は陥る。
でも閉じた瞳からでも伝わる、灯った灯り。温かい灯り。
振り返ると、そこには女の子が魔法少女になっていた。白とピンクを基調としたふわふわのワンピース。大きな木のロッド。白くて大きな羽根。脚は相変わらず震えていて、泣いている。あぁ、だからシロベーンはこの子を狙っていたのか。
「ど、どうすればいいですかぁ?」
「痛くない?」
「えぇ、全く」
「じゃあ、思いっきり、右手に力を溜めて殴ろう」
「えぇ、そんな、無理ですよぉ。一番怖いですぅ。もっと、魔法少女らしいことをさせてくださいよぉ」
「大丈夫、私は今までそうやってきた」
「えぇ、でもぉ」
「いいから、次来るよ」
シロベーンの右ストレートと、魔法少女の右ストレートが重なる。まるで必然だったかのように、この戦いは終わりを告げる。勝者を祝う、歓声が沸く。
「新しい魔法少女の誕生だ!」
「右ストレート半端ねえ」
「でもひなのはどうして魔法少女にならなかったんだ?」
そんなガヤは置いといて、私は新しい魔法少女に駆け寄る。
「よくやったね」
「その、私、あなたが助けてくれたから、だから、だから、私、強く願って。私ひとりじゃどうにもならなくて」
「いいのよ」
私は立ち上がって、彼女を抱く。
「いい? 私たちは、ひとりじゃどうしようもないの。
みんなに常に助けてもらって、時々みんなのことを助けるようなものなんだから。
それはね、決して無理なことじゃないの。あなたには、守りたいと思える世界があって、未来を一緒に見る仲間がいる。
だからそれはきっと、あなたにしかできないことなんだよ」
そう言った瞬間、女の子から涙がパタリと途切れて、最後の一粒が、キラキラ光って見えた。女の子は小さいけどはっきりした声で「はい」と言った。
そして私は気付く。あぁ、この子に言った言葉が、私自身のことなんだって。
私にも、守りたいと思える人がいて、未来を切り開く力がある。
それはきっと他の人にはできないことなんだ。私にしか、できないことなんだから。
だから私は今ようやくそこに、気付いたところななんだって――
【完】
もしも魔法少女の一生が終わったら
いかがだったでしょうか。
もし、お気に入りになれば幸いです。
ありがとうございました。