第01話

新たな地


何かが燃えた匂いと湿った土の匂いがする。
修也はふらつく頭を抑えながら、体を起こした。手を付いていたのは押し固められた土の地面。長い時間倒れ込んでいたためか、体はすっかりと冷え切っていた。土に触れるなんて、いつぶりか。
頭はガンガンと痛み、直近の記憶がひどく曖昧で、まるで深酒した翌朝のよう。気分は最悪だ。

「ケホッ、……水が飲みてぇ……」

呟いたところで、今がどういう状態かもわからない。土の床、土の壁、部屋の様子もよくわからない薄暗い埃っぽい室内。ただ、目の前の壁一面だけが木で作られていて、扉があるのがわかる。
なんというか、土手に横穴を掘って、木の板で塞いだような造りで、明かりは扉に付いている小さな窓一つ。時は夜中のようで、弱々しい一筋の月光が地面を四角く切り取っていた。
何が何だかさっぱりわからないが、ここは物置だろうか。目を凝らして周囲を見ると、古そうな木箱や埃除けの布を被った荷物が山積みになっている。
修也は立ち上がって、扉のノブに手をかけた。想像はしていたが、扉には鍵がかかっていて、落胆する。
窓の外を覗くと煙の立ち上る焚き火の跡が見えた。
近くに人は居るのだろうが……どうしたものか。
扉が蹴破れるか試そうかと、扉を見る。扉は雑な割には頑丈そうな作りをしてるので蹴破るのはやめた。

「誰かっ!誰かいるかぁー!!」

とりあえず人がいるならその人に聞いたほうがいいだろう。

「おーーーい!すいませーーーん!!…………ったく、なんでこんなことになってんだよ。クソっ!」

全く人が来る気配がなく一人毒づく。
まだ、頭痛はするし、気持ち悪さは消えない。その上で大声を出しているので、正直シンドイ。
「おーい!誰かいっ!?っぐ!!?」
突然、背後から伸びて来た手に口を塞がれ、羽交い締められた。
鍛えられた太い腕。抵抗しようとするも背後にいる相手の方が圧倒的にガタイが良いのがわかる。

「〜っ〜〜、〜〜っ!!」

やけくそになって身体を振り回し、腕を外そうとするが、変わらない。
押さえつけられている力が強くなり、修也は呻く。
他に人がいる様には見えなかったのに、こいつは誰だ。

バーンッ!!
壊すような勢いで扉 が叩かれた。
今度は一体なんだと、目を向けると、扉の前に人影がある。逆光で良く見えないが大柄な男か?
突然後ろの男が、人を羽交い締めにしたまま後ろに下がり、修也はそのままガクンと引き摺られるように下がった。突然の事に対応出来ず、完全に背後の人物にぶら下がった状態になる。
ふざけんなっ。
立ち上がろうと、脚に力を入れ体制を変えたところで、月光に照らされて目の前の状態が見える。

─マジかよ……
修也の顔の目の前5センチほどの所に銀色に鈍く反射する金属の板があった。
剣、なのだろうか。ゲームの主人公が持っているような綺麗なものではない。金属の板に、握り手を付けた無骨なもの。
それでも、振り下ろせば人の頭なんか十分カチ割れるだろうし、修也が後ろに下がらなければ、アレは今頃修也がの顔面にめり込んでいただろう。
今更になって、ざわざわと肌が粟立つ。

「w#%…us€!」

なんといった?
扉の向こう側の男怒鳴った言葉は、聞いたことのない言語だった。日本人じゃないのは、人影を見たときからなんとなく想像していたことだったが、感覚的にノイズが混じっているような、不快な感じがする。

「joας─……」

背後の人物人物が、また意味の分からない言葉を返す。もう訳がわからない。
二人の会話を聞き流しながら、修也は悩む。
何かの事件に巻き込まれたのだとして、どうしたら良い。確認はしていなかったが、感触からしてポケットの中には、多分、財布と携帯電話はある。電波さえ通じれば外部に連絡は取れる。
だが、ここは海外なのだろうか。海外旅行なんて今までしてこなかったせいで、そもそも海外で携帯電話が使えるか分からない。
取り敢えず電話は後で試してはみるが、身動きさえ取れない状況では、どうしようもない。

「……で、どうやら、イカれちまった様でなぁ、騒がない様に言い含めておくんで、勘弁してやってくれ。」

日本語!?
聞き流していたが、背後の人物の言葉が日本語に聞こえた。気のせいにしては、はっきりと、内容も解る。

「まだガキだ。急なことで混乱もする。こっちで落ち着かせとくから。な?」
「明日には隊長が戻り、そいつらをどう始末つけるか決めるだろう。どうせ長生きしない。かばう必要ないだろ。」
「こういう性分なんだよ。」
「……長生きしたければ、大人しくしておくんだな。」

扉の向こう側にいた男は吐き捨てる様に言い放ち、そのまま立ち去っていった。
今度はこそはっきり聞いた。日本語だ。ついさっきまでは意味の分からない言葉で会話をして気がするのだが、気のせいだったのか。

安堵した様に背後から溜め息が聞こえた。
おい、と声をかけられたため羽交い締めにされたまま後ろを見上げるが、押さえつけられている為、顔は見えない。ただ、意識しているのは伝わった様で、背後の人物はゆっくりと、子供に言い聞かせる様にこちらに話しかけてきた。男としても低く、ただ出来うる限り優しく諭す声だった。

「いいか?坊主。……これから俺は此の手を離すが、お前は、大声を出したり、暴れたりしない。分かるか?……分かったら頷け。……よし、いいな?絶対だぞ?」

拘束していた腕がゆっくりと解かれた。修也はため息を一つ、それから振り返った。
振り返った先にはダラダラと部屋の奥に歩きながら、地面に転がっている埃除けの布を取り上げる男。
ガタイが良く自分より頭一つ分大きな男は、布の埃を軽く払うと、そいつに包まり、荷物の隙間に横になった。

「あー、あのさ」
「まったく、世話かけさせやがって……。もう寝ろ。」
「いや、あの。……ここ、どこなんだ?……渋谷で待ち合わせしてたら、なんか気分が悪くなって。全然記憶ないし、なんか変なところにとじ止められてるし、脅されるし!ほんと!意味ワカンねぇんだけどっ!なぁ!あんたも同じなのか?!違うよなぁ、さっきの奴も、あんたも最初変な言葉で変なことばっかり……。わっけわからないんだよっ!なぁ!なんか知ってるのか!なぁ!」
「…………、ったくよぉ」

癖のついたダークブラウンの髪ガシガシと掻きながら、男が身を起こした。
まぁ、座れ。と言いながら、そこら辺から引っ張り出した布を投げてよこすので、思わず掴んだが、ザラッとした砂の感触に眉をひそめた。
顔を上げると、榛色の瞳が真っ直ぐ修也をみていた。ただ、静かに待ってくれてる。
修也は床に折り畳んだ布を引いて、その上に座った。聞きたいことは沢山あるが、何から話をするべきか考えたら途方もなく、自分の胸を騒つかせる予感だけが、ただ信じたくない憶測だけが、頭の中でぐるぐると巡って、喉の奥までくるのにどうしても口にするのをためらった。
ただ、一応……

「念のために、聞くんだけど。」

いっその事鼻で笑ってくれるとありがたい。

「…ここって地球だよな?」
「あー、悪いが、新大陸の地名は詳しくない。ここは、新大陸の南の端にある、ヴァイディス男爵の調査団が作ったキャンプ地だ。」

なるほど……。
言葉は分かっているようだが、意味が通じない、それだけで十分だった。信じられないが、ここまでに至る間、散々信じられない事はあった。
「貴族って本当にいるんだな。」
「当たり前だろ。……まぁ、なんだ。別に何も悪い事してるってわけじゃないんだ。時期にお前も他の奴らも解放されるだろ。そう落ち込むな。」
「他の奴ら?」
「知り合いじゃないのか?」

修也がどうやって此処まで来たのか、男は簡単に説明してくれた。
どうやら、修也とその他何人かは森の中で拾われたらしい。森の中で何やら異変を感じて見に行ったら人を見つけたが、全員が気絶していたため事情を聞くこともできず、だからといって放置するのも気が引けたため、取り敢えずキャンプ地まで連れ帰って隔離していたらしい。病気持ちだったらどうするつもりだったんだと聞いたら、大丈夫だと思ったと言われた。

「オレの事は分かったけど、アンタは何で此処にいるんだ?此処の人間なんだろ?」
「ほっとけ、俺にも色々事情があんだよ。」

苦虫を噛み潰したような顔とはこの様な顔を言うのだろう。男は思い出した事を振り払う様に頭を掻きむしった。

「そういえば、アンタの名前聞いてなかったな。俺は修也」
「ゲオルク・バンドールだ。」

差し出された手は力強く、ゴツゴツしていた。修也はどちらかと言うと、ヤワな方ではなかったが、これに比べると細く見える。環境の差か。

「……何だか。外、騒がしくないか?」
「お前は此処にいろ。」

ゲオルクは立ち上がり扉の窓から外を覗いた。大きな人の声こそ聞こえないが、忙しなく行き交う足音が異常を伝えていた。

「あ、待て!ハンス!何があった?」
「ゔっ!ちょ、ちょっと。突然襟首引っ張んないで下さいよ。ゲオルクさん」

修也の位置からはよく見えないが、ゲオルクは扉の小窓から腕も出して、通りすがりの誰かを捕まえた様だった。

「おそらく、襲撃です。柵の内側まで入られてはいないですが、遠すぎて此方から敵の数も確認できてません。」
「あいつらの方が夜目がきくからな。森には近づかず、柵の内側にできるだけ篝火を置くように伝えろ。森の中にいるやつは狙うな、暗闇に矢を放っても、奴等に矢をプレゼントしてるだけだ。森から出たやつだけ、数で叩け。」
「わかりました」

指示出しする様子は、先ほどまでダラダラと修也との話を聞いていた男とは別人のようだった。

「あと、俺を此処から出せ」
「えー、嫌ですよ。フェリックスさん絶対怒るじゃないですか。後で怒られるの俺なんですよ。それに、そもそもこの襲撃も、ゲオルクさんが情報漏らしたからじゃないんですか。」
「誤解だって、そんな事するわけ無いだろ。どうせあの頭デッカチは、見張りついでに俺を此処に突っ込んだだけだ。」

閂を外しているのかガチャガチャと音がした後、軋みながら扉が開いた。

「修也。お前は人間だな。」
「そりゃ、そうだけど。」
「ここで、出来るだけ物音立てずに、じっとしてろ。出来るな。」

第01話

byイツキ

第01話

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-23

Copyrighted
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