出ても良いの?(作・氷風呂)

お題「怪談」で書かれた作品です。

出ても良いの?

 その日は確か、雨が降っていたと思う。
 私は、携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。眠い目をこすりながら、時計を見る。針は午前2時を指していた。外を見ても、真っ暗だ。
 こんな時間になんの電話?私は、午前2時に叩き起こされた苛立ちと連勤バイトの疲れがやってくるのを感じた。今もなお、近所迷惑の事も考えずに携帯電話のコールが続いている。出ないわけにはいかなかった。私は仕方なく電源ボタンを押し、誰からの電話なのかを確認する。画面には、大きく『公衆電話』と表示されていた。普段なら私は、というかどんな人でも午前2時の公衆電話からの電話など取りはしないだろう。しかし、この時の私は、何かこの電話を取らなければならない、という直感、というか使命感のようなものに駆られていた。今でもなぜ、こんな考えに至ったのか、私でもよく分からない。ただ一つ言えることは、あの時電話に出なければあんな事は起こらなかっただろうという事だけだった。私は、とにかくこのけたたましいコール音を消すことに必死だったのかもしれない。私は震える指で、着信ボタンを押した。
 「もしもし?」
 「あ、真由?私だよ、絵里子だよ。」
 「え?絵里子?」絵里子とは私の親友の名前だ。高校時代からの親友で、高校卒業した今でも連絡を取り合う仲でいる。しかし、こんな時間に電話をしてくるなんていうことは、今まで無かったし、ましてや、公衆電話で私に電話を掛けてくる、などということも無かった。何か、事故などの重大な何かに巻き込まれたのだろうか。私は心配になった。
 「絵里子?どうしたの、こんな時間に。何かあったの?事故とか。」
 私はこの状況を理解するために最低限のことを聞こうと、絵里子に質問をする。しかし、彼女も動転してるのか私の言葉が聞こえないのか、勝手に喋り出した。
 「真由、わた……私、大変なことになっちゃった。」
 「大変なこと?」
 「私ね、彼氏の透と一緒にドライヴしている帰り道……透が、肝試しに行こうって言い出して。私……嫌だって、言ったんだけど、聞かなくて、県境の廃病院に行ったの。」
 「それ、ほんとなの?」
 私は堪らず聞き返したが、私の声など聞こえてない風でどんどんと、話を続けていった。電話を持つ手が異様に汗ばんでいる事にその時気付いた。
 「で、その廃病院に入ったんだけどね……怖がっている私をからかう様に、透……どんどん奥に入ってっちゃって。私は、止めよう、もう帰ろうって行ったんだけど聞かなくて。そしたら、急に、鍵のかかった部屋を見つけて、透、鍵壊して入ってっちゃって。」
 私は、まくし立てる様な絵里子の話に耳を傾けるしかなかった。何も言えなかった。絵里子は変わらず、不安な様な、困った様な声色で話を続けている。
 「入った瞬間、透……様子おかしくなっちゃってさ、私……私ね、怖くなって逃げてきちゃって……。」
 私は耳を疑った。
 「逃げてきた?透君は、じゃあ透君は、病院に置いてきちゃったって事?」
 「うん。ねぇ、私、怖いよ。真由の家行っていい?」
 「わ……わかったわ。取り敢えず、家に来て。詳しい話はその時、聞かせて。私は警察に……

 「良かったぁ。ありがとう。今から行くね。」
 私の言葉を遮り、絵里子はとても安心した様なこえを出した。恋人を置いていった人とは思えない様な心の底から安堵したような声だった。絵里子は話を続ける。
 「本当に良かった。ありがとう。私ね、こんな暗くて痛いところ、嫌だったのよ。本当なんだね?本当に出てもいいんだね?。」
 「暗くて……痛いところ?」
 この絵里子は何かおかしい、と気付いた瞬間、ドン!ドン!ドン!と玄関のドアを叩く音がして、私はビクッと震えた。
 誰……?
 「俺だ!透だよ!!真由!居るんだろ!開けてくれ!」
 「透……君?」
 私は混乱した。絵里子の話だと、透は病院に置き去りになって居るはずだ。絵里子に置き去りにされたはずだった。
 「真由、頼む。開けてくれ。俺、彼女の絵里子と一緒にドライヴした帰り道に、肝試しに行こうって、言って……怖がる絵里子連れて、県境の廃病院に行ったんだけど……あいつ、病院に着くや否や、どんどん奥に走って行っちまって。鍵のかかった部屋の鍵を壊し始めてよ……俺は止めろって言ったんだけど、聞かなくて。少し、目を離した隙にあいつ、鍵のかかった部屋に入ったらしくてよ……俺も入ったんだけど、絵里子の奴、見つからなくて。やっと……見つけたと思ったら、あいつ……目も虚ろで、ニタニタ笑っててよ……明らかに様子おかしくなってて……俺、怖くなって……あいつ置いて帰って来ちまってよ……

 私は、直前の絵里子の言葉を思い出した。暗くて……痛いところ……。明らかに、絵里子の様子はおかしかった。普通ではなかったのは、私が一番分かった。手元にある携帯電話を見るともう通話は切られていて、ツーツーという無機質な電子音が聞こえるだけだった。
 「待ってて。透君、今開けるね。」
 私はそう言いながら、ドアノブに手を掛けた。ドア。開ける直前、私は気付いた。いや、気付いてしまった。二人の話の矛盾に。『ねぇ、出てもいいの?』私は震える声で、ドアの向こうにいる透に話しかける。
 「ねぇ……透君は……透君は、本当に透君なの?」
 「何言ってんだよ、止めろよ。俺は俺だよ。良いから、ドアを開けてくれ。頼むよ。」
 「じゃあ……じゃあさ、透君っていう証拠だしてよ。もしかしたらさ……絵里子なんじゃないの……?」
 自分でもバカな事を言っているとは分かっている。もし、これが本物の透だったら、殴られても良いぐらいの覚悟だった。そして、あと一回、透の「何言ってるんだよ。」という言葉を聞いたら、迷わずドアを開けるつもりだった。つもりだったのだ。しかし、透の言葉は聞こえてこなかった。代わりに、ドンドンドン!!というドアを強く叩く音が気が狂うほどに襲って来た。私は、あまりの事に悲鳴も出せず、その場にしゃがみ込んだ。
 「出ても良いって、言ったじゃん!お前!言ったじゃん!なぁ!真由!!てめぇ、ここを開けてくれ!お願い!私は絵里子だ!俺は透よ!!」
絵里子ともつかない透ともつかない男とも女とも言えない怒号が、ドアを勢いよく叩く音と共にやってくる。私は、その場から動くことが出来なかった。
 その後の事は良く、覚えていない。私は眠っていたようで、ドアの前で倒れていた。ドアを開けると、叩かれた形跡などは何も無く、ただ、一つ、私の部屋のドアの前の地面はぐっしょりと濡れていた。その後、私は絵里子に電話を掛けたり、透に電話も掛けたが繋がらず、その2日後、絵里子と透は行方不明者になった。私は、もちろん、二人の友人であったから、警察にも話を聞かれたが、あの日の夜の事を言う気にはなれず、知りませんの一点張りだった。あの日あった事は、誰にも言う気は無いし、言っても信じないと思うが、確かに私は意識を失う直前に聞いたのだ。そして、私はそれをはっきりと覚えていて、頭の中にこびりついている。
 男とも女とも言えない言葉の
 『出ても良いの?』という声が。

出ても良いの?(作・氷風呂)

出ても良いの?(作・氷風呂)

深夜2時に鳴った電話。通話相手は親友の絵里子だった……の、だが。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-22

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