学校

教室の騒音に耐えられず、席から飛び出し教師を振り払い全速力で静かな場所を探し笑顔でマンションから飛び降りたある少年の話

屋上に運動靴が落ちている。ここから飛び降りた生徒のものだろう。彼は卒業したのだ。私は卒業できなかった。学校を卒業して早数十年、私はいつまでも卒業出来ずにいる。そっちはどうだ、こっちよりはましか。私は彼に話し掛ける。返事は無い。校長、早く集会を。彼の担任教師は震え声で私を呼んだ。

彼女は常に焦燥していた。己の少女時代を食い潰した。肌が紫外線の歴史を作らないうちに。脳がこれ以上皺を増やさないうちに。小さな胸が男性の乱暴な手を知らないうちに。唇が赤いルージュで染まらないうちに。卒業アルバム制作係を立派に務めて、その日の晩に笑顔で散った。

お父さんがさ、首絞めてくるんだよお。酒くっさい息をこう、顔面まで近づけてきてさあ、俺、もうやってらんねえよ。

初めて出会ったときにはもう左手に沢山の傷を持っていた。赤い血が滲んで、痛々しい。放課後に彼女は私の目の前で剃刀を軽やかに滑らせた。痛くないの?と聞くと、ちょうどいいんだよと答えた。それから3か月して、彼女の席に花が飾られた。大人にどうして早く言わなかったのかと責められて、初めて彼女の左手の意味を知る。

息子が生きた校舎を訪問した。この箱の中では3年前が遠い過去になる。高校生の生きる速度には目を見張るものがある。息子がこの教室で、死んだことを、誰が覚えて、いる、のか。5年経った。教室の掲示物も、生徒の使う言葉も、一瞬で塵となる。俺の息子はそんな無意味な箱の中に閉じ込められて何も残さず……。

君と手を繋いで屋上から飛び降りたら、先生驚くだろうねえ。そうしたら僕たちは一生幸せだねえ。

学校

過去作の手直しです。

学校

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted