メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第一話・下

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第一話「羊飼い」・下

 検査から一か月後、僕は以前よりも魔法が自由に使えるようになっていた。基礎的な攻撃と防御の魔法は難なく出来るようになり、詠唱して行う補助魔法や強力な攻撃や防御の魔法もいくつか覚えた。
 今はほかのパストラル訓練生とともに朝から実践訓練をしている。模擬戦というやつだ。
「くらえ!」
 対峙する坊主頭の訓練生、鮫島は開始するなり魔法弾を撃ってきた。僕はそれを難なく自分を中心に球体状に展開させた防御魔法で防ぐ。
 研究上の敷地内。芝生が敷いてある屋外の模擬戦場。周りにはセレナ博士のほか、数名の研究員と彼女らを守るようにパストラル訓練生が十名ほど広がっており、僕たちから最も近い位置に教官の正規パストラルがいた。
「ならば!」
 鮫島はそういうと、右手を前に出して、魔力を溜めた。
「収束せよ、収束せよ、我が掌に集いし魔力よ、我が敵を滅せん!」
 鮫島は魔法の詠唱をしている強力な攻撃魔法。このレベルになってくると、詠唱なしの防御魔法では防ぎきれない。といって、今から防御魔法を唱えても詠唱時間で差をつけられているため、分が悪い。それではどうするか。
 強力な攻撃魔法は精度に欠ける。では、どうするか。的が小さくなれば当てることは難しいはずだ。
 僕はファミリア形態であるツバメの姿に変身し、空へ舞い上がる。鮫島の撃った魔法弾はかすめることさえなく、どこかへ飛んでいった。
「野郎!」
 僕を見失った鮫島は周りを見る。そこで、僕は高く飛んで鮫島の直上まで上がるとそこから急降下する。ファミリア形態でも詠唱なしの魔法弾程度なら撃てるようになった。僕はさながら急降下爆撃機のように鮫島に魔法弾を連射する。一撃で仕留めるのではなく、マシンガンのように連射して、鮫島が防御魔法を展開できないようにする。ある程度近づくと、僕はファミリア形態を解き、固有魔法「ザムザ」で今度は熊に変身して、上から覆いかぶさった。鮫島は寸前で防御魔法を展開して重傷を免れたようだが、それは計算通りだった。なぜなら、これで彼は身動きが取れないのだから。僕はというと、ゆっくりと攻撃魔法を唱えて、鮫島の防御魔法を貫通させて倒すことが出来る。
「そこまで」
 教官の正規パストラル、尾上 一燈(おがみ いっとう)が大きな声で言った。僕は魔法を解き、鮫島も舌打ちをしながらその場に座りこんだ。
「二人ともなかなかの戦いだったが、天羽の方が上手だったな。魔法を柔軟に使っていた」
 時代劇に出てくる浪人のような袴姿の尾上が腕を組みながら言った。威厳のある太い声に鋭い眼光を秘めた厳つい顔立ちは威圧感抜群だ。
「は、はい、どうも」
 ぎこちなく言うと、尾上は口の端を緩める。
「自覚していないようだが、なかなかに見どころがある。その調子で精進せよ」
 尾上の威圧感のある声に思わず身体が硬直する。尾上は三十代後半の男性で、剣術家として有名な人物だ。無精ひげに鋭い眼光、立つほどに短く切った黒髪と、まるで時代劇の武士だ。手には鞘に収まった刀が握られているし、スーツ姿であることが惜しいと思ってしまう。
 尾上は剣術家ということもあり、礼にはうるさく、立ち上がった鮫島と僕に向かい合って礼をさせた。
 模擬戦が終わると休憩時間をもらえた。他のパストラル候補生の戦いを見てもいいし、教室まで戻って休憩していてもいい。いつもなら他の候補生たちの戦い方を見ているのだが、僕はふと周りの風景を見た。
 少し離れた位置にある大木の傍に黒色のワンピースを着た少女が立っていた。候補生ではない。年齢は僕くらいだから魔法少女かもしれない。
 彼女に少し興味を持ったので、僕は大木の方へ歩いた。少女は候補生たちの戦いをじっと見ているようだった。
 身長は僕と同じくらいだが、顔立ちからするともしかしたら僕より一、二歳下かと思った。髪を器用に編んでいてとても女の子っぽいと思った。顔立ちも元気がないところを別にすれば美少女と言ってもいいほど顔立ちが整っていた。傍に来ておいてなんだが、緊張してしまった。気になったのは右腕に黒色のロンググローブをつけていた。
「あっ、あの……」
 何か言わないと、と思い、言葉にならない声をかける。少女は反応せずただ候補生たちの様子を見ている。
「……えっと、パストラル候補生の方ですか?」
 魔法少女、という読みなのだが、なぜだかそう言ってしまった。すると、少女は視線を動かした。
「違うけど」
「それじゃあ、もしかして魔法少女の方?」
「どうしてそう思うの?」
「僕と同じくらいの年齢でここに、この時間にいるなんてパストラルか、魔法少女しかいないから」
 思ったことを言ってみる。すると、少女は小さく頷いた。
「当たりよ」
「それじゃあ、魔法少女なんですか?」
「その言い方はあまり好きじゃないかな。ウィッチって呼んだ方が格好いいでしょう」
 素人っぽい言い方だったか。でも、そこまで慣れているということは歴戦の魔法少女もといウィッチなんだろうか。
「もどき、みたいな感じかな」
 妙な表現だな。ウィッチにも確かに段階的なものはある。第一線で活躍する者たちの他に予備役というものや候補生はある。もどきなんていう曖昧な表現はないはずだ。
「もどきってどういう意味?」
 僕が尋ねると、少女は苦笑した。
「そのままの意味よ。ウィッチでなくなったまがい物」
 ますますよくわからない。ウィッチでなくなったということは以前ウィッチだったのだろうか。
「すいません、名前を、教えてくれますか?」
 ランキングに入っているか入っていたウィッチの名前はほとんど把握している。
「名前……私の?」
 他に誰がいるというのか。少女はしばらく黙った後で口を開ける。
「呼びたいなら、エスでいいよ」
「エス? なに、それ名前なの?」
「つけるならね。それじゃあ」
 エスと名乗る美少女は僕の前から去った。
 やけにクールな少女だった。顔立ちは子供っぽいのに眼は達観しているというか、冷めているというか、死んだ魚のようだというか、とにかく元気がなかった。
 彼女の後ろ姿を見ていると、尾上教官に怒鳴られたので、慌ててみんなのところへと戻る。

その日の夜、僕はセレナ博士の研究室を訪ねて、エスと名乗る少女のことを聞いた。
 セレナ博士も息抜きということで尋ねてきた僕の話を静かに聞いていた。
「それで、そのエス嬢のことを知りたいと」
「はい。僕くらいの年齢で魔法少女扱いの娘なんてすぐにわかるでしょう」
「うーん、どうかな。私は正規の魔法少女とパストラル、そしてパストラル候補生のことしか管理していないから。魔法少女の予備生はまた違う人が管轄しているからね」
「それでも、話くらいは知っているんじゃないんですか?」
 僕が少し語調を強くして言うと、セレナ博士は僕をじっと見る。
「どうしたんですか?」
「ん、いえ、天羽さんって、パストラルの訓練に一生懸命取り組んでいたからただのまじめ君かと思ったけど、意外に情熱的なところもあると思ってね」
「からかわないでください」
 セレナ博士の声の調子から、彼女が僕をからかっているように聞こえたので、思わず言ってしまった。すると、セレナ博士は笑って、両手を合わせて謝るような動作を見せた、
「ごめんなさいね。今の私にはわからないけど、調べておくわ。魔法少女の人事を担当している人とも仲が良いの」
 彼女はそう言って笑顔を見せて約束してくれた。すると、博士の助手が来て、試験結果の報告を始めると、僕は静かに研究室を去った。

 二日後の屋外での模擬戦、エスはいるかと思ったが、辺りを見回しても彼女らしき人物はいなかった。僕は気を入れ直して模擬戦に集中した。
 模擬戦が一通り終わったあと、僕は模擬戦に参加した候補生たちにエスという少女のことを尋ねてみた。
「エス? なにそれ、名前?」
「知らないな。でも、聞いた感じ、美人だな」
「十四歳のウィッチってけっこう多いからねぇ。正規のパストラルになったら調べてあげるよ」
 などと、結局わからなかった。
 座学の時間、僕はまたモニターを見ながらエスのことを考えていた。
 彼女は何者なのだろうか。僕は気になって落ち着かなくなった。なんだかとても重要な人だと思うようになった。そんな状態で座学なんて黙って聞いていられないので、教室を出てエスの探索をすることにした。
 ウィッチだというなら、練習場がある棟にいるはずだ。ファミリアの姿に変身して窓から外へと出る。鳥の姿であれば棟まで行くのに時間はかからない。
 地上から入ってもセキュリティで入れないからとりあえず、屋上に降り立つ。そこでファミリア形態を解いたが、ふと考えてみれば屋上へ出る扉にもセキュリティがかけられているのではないかと思い、屋内へ入るためのドアの傍まで行くと、カードキーを差し込む端末があった。
 やっぱり駄目か、と意気消沈する。
「どうしたの、君」
 エスの声が聞こえたので、振り返る。すると、まさに探していたエスがいた、なんという幸運だろうか。編んだ髪を、今日はさらに結っていた。服装は紺色のポロシャツに裾の短いスカートという格好だった。相変わらず右腕にはロンググローブを着けていた。
「あっ、エスさん。実は、その、ええっと」
 まさかエスに会いに来ました、なんて言えない。
「実は、私のことを調べるために来ました、じゃないの?」
 図星を見抜かれた。言葉に詰まる。すると、エスはため息をついた。
「私なんか調べてどうするの? 君の興味を引くようなところなんてなかったと思うけど」
「そんなことないよ。あの、それじゃあ、あなたは魔法少女、じゃない、ウィッチなのかって質問にちゃんと答えてください」
「もどきって、前も言わなかった?」
 エスは少し不機嫌な様子で言った。
「ウィッチもどきなんてないですよ。あるとすれば、正規、予備役、訓練生のどれかです」
「……どれだって言えば、君は納得する?」
「予備役ですかね。正規でエスなんて名前のウィッチはいない。訓練生にしては落ち着きすぎているし、今頃訓練しているはずだ」
「あなたみたいに抜け出したかもよ」
 僕は授業で習った相手のステータスを見るための魔眼を発動させて彼女を見る。攻撃はA級、防御はAマイナス級。なかなかの強さだ。他のステータスも訓練生にしては妙に整っている。これで、訓練生なんて冗談にしか聞こえない。
「魔眼でステータスを見るなんて行儀が悪いね」
 エスがますます不機嫌になった。僕は気まずくなって、とりあえず話題を変えようとする。しかし、どうするべきか。そうだ。そもそも、僕は自己紹介もなにもしていない。
「ぼ、僕の名前は天羽 遼斗っていいます」
「いきなり、なに?」
「いや、僕ばかり名前を尋ねて失礼かと思って、自己紹介を」
 そんなことを言うとエスは苦笑した。笑顔とは違うが、多少顔が綻んだので、なんだか嬉しくなった。
「変な人ね……パストラル候補生だっけ、君?」
「そうですけど」
 すると、エスは左手の甲を僕に見せた。なにもないけど、いや、僕のデバイスコアを見せろってことか。
 僕は左手の甲を見せる。すると、エスは僕に近づいて、両手で僕のデバイスコアを優しく包んだ。
「……まだ候補生に成り立てだけど、良い力を持っているね」
 そんなこと、機材がなくても分かるのか。本当に予備役か。
「短期間だけど、教官の仕事もしていたから、デバイスコアで君の素質は分かる」
 なんだか手を握られていると照れるな。もっと仲良くなりたいと僕は思った。合法的な仲良くなる理由、あったかな。
「……あの、折角ですから、ちょっと攻撃魔法と防御魔法を見てもらってもいいですか?」
 勢いでそんなことを言ってみる。
 すると、エスは少し躊躇ったが、小さく頷いた。
「少しだけなら」
 エスはそう言って、傍にあった空き缶を手にとって、僕から離れた位置に置いた。
「この缶だけを壊してみて。後ろのフェンスが傷ついたら駄目だよ」
「えっ?」
 的に当てる練習はしていたが、缶だけを壊す、というのは初めてだ。エスは空き缶の傍に立ったままだ。
「あ、危ないですよ」
「缶に当てれば大丈夫だよ。やってみて」
 エスは淡々と言った。僕は左手を空き缶に向ける。魔法弾を飛ばすイメージをする。手の先から魔法弾を撃つ。そう決めた瞬間、左手の先から水色の魔法弾を撃つ。真っ直ぐに空き缶に向けて、飛んでいく。魔法弾は空き缶を貫通し、後ろのフェンスも貫いた。エスはその魔法弾を見送っていた。
「……あっ」
「強すぎだね。コントロールは良いけど、加減が出来ていないね」
「でも、当てたんだから」
 悔しいのでそんなことを言うと、エスは僕の顔を見る。
「必要以上の力を使うのはあまり良くないよ。パストラルはウィッチよりも魔力の量は少ないんだからね」
 エスの言うことは正論だ。魔法少女と一緒に戦うこともあるパストラルはウィッチよりも魔力量が少ない。だから、浪費は避けるべきだ。魔法少女の監視役でもあるパストラルが戦闘中に脱落しては失格だ。
「……どうすれば良くなる」
 僕が尋ねると、エスは空き缶を手に取る。
「毎日練習して、後、頭の中で攻撃する時は出来るだけ数値的に、理論的に考えて」
 数値的? 理論的? 魔法なのに、理屈っぽくないといけないということ?
「えっ、イメージするだけだと駄目なの?」
「初歩の初歩はそれでいいけど、それじゃあ、加減も精密さも出せない。まあ、本来なら数ヶ月経ってから習う段階ではあるけど、出来るだけ早い時期からクセをつけておいた方が良いからね」
「数値……理論……僕は、理系というより文系だから」
 学校で点数が良かったのは国語と社会だ。すると、エスは少し呆れた様子でため息をつく。
「苦手意識を持ったら駄目だよ。これくらいできないといつまで経っても候補生、そして、正規のパストラルにならずに予備役行きか、最悪戦力外として候補資格剥奪だよ」
 剥奪! そんなこともあるのか。
「お、脅かさないでよ」
「脅してないよ。年齢が若いほど、魔力が多めになる傾向はあるけど、思考方法の形成が未発達で戦力外になる人も珍しくないんだよ」
 かなり詳しいな。教官歴が長いのか、年齢の割に魔法少女としての経歴が長いのだろうか。
「どうしたらいいかな」
 僕が尋ねると、エスは僕の顔や体つきを見る。
「君、何歳?」
「十四歳だけど」
「それなら分かるね」
 エスは言った後で小さな端末を取り出した。手のひらに収まる程度の大きさで四角い形状をしていた。彼女はそれでなにかを操作する。すると、僕のデバイスコアが青く光った。頭の中にいろいろな名前が浮かんだ。
「それじゃあ、今送ったタイトルの本を教材にして勉強しようか」
「えっ?」
 ざっと三十冊ほどはあったと思うけど。
「あの、それはちょっと……」
「考え方の基礎が大事なんだよ、魔法使いもパストラルも。魔力も技術も必要だけど、考え方が稚拙だと強くはなれないんだ」
 淡々と手厳しいことを言うな、この人は。
 ん、でもエスはなんて言った? 一緒に勉強しよう?
「……あの、僕に魔法を教えるつもりだったりする?」
 念のため尋ねてみると、エスは視線をそらした。
「あっ、その、良ければ教えてあげるけど」
「魔法について詳しいみたいだから、教えてほしいかな」
 折角、候補生になったのに資格剥奪されるのは嫌だ。実技の教官も教えてくれるけど、エスからも教えてもらえるならば、他の候補生よりも強くなれるだろう。
 すると、エスは目を閉じた。なんだか回答に迷っているようだ。しばらく待ってみると、目を開けた。
「いいよ。時間は、そうだね、私も今は気まぐれで来ているだけだから。五時からだとどうだろう。私も自由時間だし、君も自由時間だよね?」
 そういえば、今の時間、僕は座学をしているはずだった。だから、本来は来られない時間だ。五時からならば授業も終わっているから問題ない。
「分かった。場所はここで良い?」
「そうだね。ここにしよう。それじゃあ」
 エスはそう言うと、立ち去ろうとした。僕は彼女を呼び止める。
「まだなにかあるの?」
「あの、名前は本当にエスなの?」
「……そうよ」
 エスはそう言って、目の前から立ち去った。僕は納得できなことも合ったが、折角、教えてくれるという人に対していろいろと詮索するのも失礼だと思ってそれ以上のことは質問しなかった。

 翌日から、僕は授業とは別にエスと魔法の練習をするようになった。教材の本についてはセレナ博士に言ったらとても感心して、すぐに用意してくれた。
 初めて行ったときよりも大形の鳥に変身して、教材の入った鞄を爪でしっかりつかんで魔法少女たちの練習棟の屋上へ向かう。
 到着すると、エスはちゃんと勉強できるように折りたたみ式の机と照明器具を用意していた。備品だろうかと思っていたが、けっこう使い古されたものだった。後になって知ったことだがエスの私物だそうだ。
 エスの教えることは授業で教わるものよりも具体的で計画的だった。最初の一ヶ月は基礎的な考え方を構築すると言うことで数学やら科学など学校でいうと三年生のレベルの内容からスタートして、一ヶ月を終える頃には高校生レベルまで進んだ。僕が優秀というよりもエスの教え方がとても上手かった。次の一ヶ月では実技的なことも始まった。エスの教え方は魔力のコントロール、精度を重視するものだった。昼間の授業では出来るだけいろいろな魔法の種類を教え、あとは模擬戦で応用の仕方を鍛える方法だった。それに対してエスは魔法の種類ではなく、熟練度を上げるように教えていた。
 どちらの教え方が良いとか悪いとかはないと思った。後から考えてみると、両方の教え方にそれぞれメリットとデメリットがあったと思う。
 毎日、エスとの勉強が終わる頃には夜の十時になっていた。不思議と疲れるよりもエスと一緒に入れることに安心感のようなものを持っていた。昔から知っているような感覚さえあった。
 しかし、僕にそんな感覚があるからといって、この二ヶ月でそれほど仲が良くなったわけでもない。中学二年の夏を少し陰があるとはいえ、美少女と過ごせるだけでも十分幸せかも知れない。
「ところで、パストラルの選別試験は受けるの?」
 勉強中、気分転換のつもりだろうか、彼女はそんなことを尋ねてきた。
 パストラル選別試験とは候補生の中から正規パストラルを選ぶというものだ。ウィッチは百五十名がランキングにいるため、パストラルも正規の者は百五十名いる。選別試験は欠員が出たエリアのパストラル候補生の中から選ばれることになる。
「欠員が出たの?」
「出る予定のようだよ。早ければ九月かな」
「九月って……もう来月じゃないか」
 まだ八月の上旬とは言え、急な話である。
「それって、内部情報?」
「まあね。私もウィッチの端くれだから。それで、受けるの?」
「受けると思うよ」
「どうして?」
 どうして、と改まって言われるとなんだか照れる。
「うーん、パストラルになると僕が育った孤児院がたくさん補助金をもらえるし、僕も給料をもらえるんだ。あとで調べたけど、学校だって、パストラルを出したとなればいろいろと優遇されると聞いているし」
「みんなのためになるってこと?」
「そうだね、誰も損しないし」
 僕のその一言にエスは眉を顰めた。
「……誰かのために戦うことは大変だよ。振り返った時にどんな結果になっていても後悔しない覚悟が必要だよ」
 同じ年なのに随分と人生経験豊富な言い方をするんだな、と思った。彼女の物憂げな横顔はいつもよりも、陰があるように見えた。
 経験豊富、そう、彼女は以前似たようなことでもあったのか。
「……エス、前に何かあったの?」
 ふと質問してみると、エスの表情はこわばった。そして、何も答えずに勉強を再開した。僕もそれ以上は詮索しなかった。
 気まずい雰囲気は一時的にあったが、帰る頃にはいつもと変わらない様子になっていた。彼女の態度は何も変わらなかった。
 変わったとすれば、僕が変わった夢を見るようになったことだろうか。

 僕とエスの微妙な関係はパストラル選別試験当日になってもなんら変わらなかった。
 漫画であれば少しくらい距離が近くなって、良い雰囲気になるのだろう。しかし、エスのどことなく漂う陰鬱で終末的な様子が恋という状況にさせなかった、と今になってはそう分析する。
「次、候補生ナンバー、一一四四七、演習場へ入れ」
 試験官が僕の番号を読み上げた。僕は返事をして、目の前の白い大きな扉を見る。
 僕は今、首都にあるセイレム機関極東本部にいた。二十三区のうちの一つをまるまるセイレム機関に提供し、建設されたその巨大な研究棟の中の屋内模擬戦場の控え室の一つに僕はいた。
 今回、試験を受けているのは僕を含めて三十二名。一番成績が良かった者が正規パストラルとしてウィッチ(エスと一緒に勉強しているうちにこの呼び方にすっかり慣れた)とコンビが組める。そして、正規パストラルとして様々な栄典を受けることが出来る。
 さて、一番成績が良いということを証明するにはどうすればいいか。事前にいろいろと調べ、セレナ博士やエスから聞いたところ、それはどうやら相手を出来るだけ倒すことにつきるようだ。
 試験の方式は終始模擬戦形式だ。まずは三人勝ち抜きを行い、三人倒せた者が次のステージへと進む。最初相手にする三人というのはパストラル候補生たちで資格こそないが、実力は相応に持つ相手、油断なんてすれば次のステージへ進むどころではない。
 その次にトーナメント方式で戦いが進み、最後の一人になったところで正規パストラルに選ばれる。
 もしも、三人抜きを参加者全員がクリアすると五人と戦う。最大で八人と一日のうちに戦うこととなる。基本ステータスが高いだけでも、持久力があるだけでも、小賢しいだけでも勝ち抜くことはできない。総合力が試される。
 選抜試験を受ける候補生は橙色のフード付ローブを着る。デザインは正規パストラルと同じだが練習生という意味か、橙色をしている。左手のデバイスコアはそのままだ。正規パストラルになれば多少改造されるという。
「天羽 遼斗、行きます!」
 名前を言った後で、僕は白い扉から中へと入る。

 三人抜きは問題なく終わった。魔法の習熟度が高いおかげだろうか、相手の候補生たちよりも有利に戦うことが出来た。精度も高いから中距離で撃ち合えばまず負けなかったし、接近戦も冷静に対処することが出来た。
 エスからは『固有魔法』を明かさないようにすることが大事だと言われたことを思い出した。また、彼女は初歩的な魔法を駆使するだけでも決勝までいけるとも言っていた。それほど上手くいくものだろうか。
 内心、エスのその言葉は助言というよりも励ましとして受け取っていた。

 ところが、基本的な魔法弾と誘導性のある魔法弾、あとは前方に展開する『魔法の盾』と呼ばれる初歩的な魔法を駆使するだけで、僕は決勝まで進んでしまった。想定していた五人ではなく、三人と戦って決勝だから三人抜きの時点で候補者は半分になっていたようだ。苦戦と呼べるほど、苦戦はしなかった。僕より年齢が上の男や女ばかりだったけど、彼らは技術の高さを誇るような高等魔法を数多く使ったけど、精度や効率性の面では褒められたものではなかった。エスに言わせれば『派手で無駄な戦い方』というやつだろう。
 さっきからエスのことばかり思い出す。
「最終戦、両者、模擬戦場へ」
 この戦いに勝てば。僕は一度目を閉じた。
 なぜか思い浮かんだのは、あのどこか陰鬱そうだけど、同い年とは思えない知識と経験に裏付けされているとしか思えないほどしっかりした理論を持つ天才魔法少女。彼女は本当に退役なり、予備役になって第一線を退いたウィッチなのか? 茶髪の髪をいじりながら、物憂げな瞳を浮かべるエスという名の美少女。彼女が満面の笑みを浮かべる姿が見えた。それはどこかで見た顔だった。
「一一四四七、早く模擬戦場へ入りたまえ」
 後ろから試験官に言われると、僕ははっとした。
 そうだ、まずは戦わないと。エスのことを思い出している場合ではない。
 白い扉が開き、僕は模擬戦場に入る。
 背後で扉が閉まる音を聞きながら、屋内とは思えないほど広い草原を前にする。
 決勝戦は草原か。物陰もなく、青空と錯覚させるほどのドーム状のスクリーンが広がっている。見晴らしの良い戦場。接近戦よりも中・遠距離戦が中心になりそうだ。
 草原は風になびいている。相手の姿は見えない。
『それでは、戦闘開始!』
 電子音声が模擬戦場内に響いた。僕は左手のデバイスコアに意識を集中させる。不意に緑色の魔法弾が飛んできた。避けるまでもなく、距離は離れている。
 相手はまだこちらを発見できていないようだ。迂闊に反撃をすれば僕の位置を教えるようなものだ。
 とりあえず、草むらの中に隠れるようにリスに姿を変える。
 僕の固有魔法〈ザムザ〉の利点はその汎用性の高さだと思っている。僕がイメージすれば生物であればなんにでも変身できる。服が破れないことについては、このザムザ発動直前の瞬間が記憶され、ザムザを解除した際に再生されるというわけのようだ。
 リスとなって草原の中を走る。しばらくすると、僕の周りに緑色の魔法弾が降り注いだ。風を裂き、草むらを吹き飛ばし、大地に着弾し、小さく爆発する。
 相手はこちらの魔法を知っているのか、効果的な攻撃を仕掛ける。候補生の情報は特別なルートでもない限り、分からない。
 相手が僕の固有魔法を把握しているかのように範囲系の攻撃魔法を仕掛けているのはただの偶然だろうか、それとも……。
 とりあえず、身体が小さいと小さな魔法弾の直撃でもダメージは大きいから元の姿に戻る。橙色のローブを着た相手の姿が見えたが、すぐに魔法弾が機関銃のように連射された。
 魔法の盾で防ぎながら、相手との距離を推測する。
 ざっと五十メートル前後。一気に近づけない距離ではない、が。
 今の攻撃。魔法弾による弾幕こそ出来ているが、威力はそれほどではない。ということは飛び込んできた時にカウンターを叩き込む算段である可能性が高い。これはエスが教えてくれた戦術理論だ。
 では、どう攻めるか。
 ひとまず距離をとって、弾幕から逃れる。飛び込んでくると思っていた相手は肩透かしをくらったようで魔法弾を撃つのをやめて、僕の様子を窺う。フードを被っているが、肩幅の広さから男だと思った。
 初歩の魔法と固有魔法はデバイスコアによる処理で自動的に発動できるが、それ以上となると詠唱が必要だ。一度の詠唱にかかる時間は魔法の等級によるが、だいたい一分程度だ。相手の魔法を見てから対応する魔法を詠唱したのでは後手に回ってしまうため、パストラルもウィッチも二手、三手先は読んで戦わなければならない。迂闊に詠唱して相手の魔法と相性が悪ければ圧倒的に不利になる。
 こういう時はいかに相手を分析できた者が有利になるとエスは言っていた。
 相手はどんなパストラルだ? 分析を始める。とってきた行動は遠距離からの威嚇射撃。これは僕の姿を確認せずに反応を見るための攻撃だった。僕がザムザで姿を変えた後は僕の固有魔法を知っているかのように広範囲の攻撃魔法。その次は弾幕……。
 点ではなく、面での攻撃を好んでいる。僕の固有魔法について知っている。では、次の手はなんだろうか。そういえば、あいつ、弾幕の時に詠唱をしていたか? そして、中距離でお互いの姿ははっきり見えている。
 ……よし。
 僕と相手はほぼ同時にそれぞれの左手を相手に向けた。足下に魔方陣が展開される。
「我、汝を苦悶の黒き鎖に繋ぎ止めん!」
「遅い!」
 相手の左手の先より魔法弾が連続で放たれた。
「はははっ! 馬鹿め、この距離で呑気に詠唱するかよ。俺の固有魔法は連続射撃〈マキシム〉という。毎分五百発は撃てる高速射撃だ。この距離では避けきれないし、防御魔法は拘束魔法の詠唱で発動しない! 残念だったな!」
 相手の勝ち誇った声が聞こえた。
 彼の言うことは正しい。僕が拘束魔法『黒き鎖』で相手の動きを封じようにもその前にマキシムで無数の魔法弾に身体中を痛めつけられていただろう。
 しかし、実際は僕の左手には防御魔法が展開されていた。
 魔法の盾。デバイスコアのリソースと僕の魔力をたっぷり回したおかげで弾数と弾速こそ優れているが威力に欠けるマキシムを完全に防いでいた。
「……なっ、なぜ!」
「疑似詠唱だよ。一応、魔法のテクニックの一つだよ。あなたのような相手の動きを見極めてから魔法を発動させるタイプ向けのね」
「疑似……くそ、そんな手品レベルの魔法で俺を出し抜いたつもりか! お前の盾を壊すまでいくらでも撃ってやるぞ。
 弾幕で僕を防戦一方に出来ると思っているか。それは甘い考えだ。
 デバイスコアのリソースを一部、別魔法の発動に回す。盾は供給している魔力のおかげでなんとか防いでいる。おそらく、僕としてはこの攻防戦でほとんどの魔力を使い切ってしまうだろう。
 右手を背中に回した。
 これもエスからアドバイスをもらって、使う魔法だ。そして、僕が尊敬するウィッチが得意とする攻撃魔法でもある。
 右手の先から魔法弾を撃つ。目を閉じて頭の中で軌道をイメージし、そのために必要な計算もした。
 左手にかかる負担が消えたので、ふと目を開けると、相手は地面に倒れていた。
『勝者 一一四四七』
 電子音声が聞こえると、僕はその場に膝をついた。
「イメージ……イメージ通りに撃てた」
 そう言うと、僕はゆっくりと目を閉じた。周りの音が遠くなっていく。

 気がついた時、僕は控え室にいた。
 起き上がって周りを見る。あるのはロッカーとシャワールームへの入り口……あとは無味乾燥とした白地の壁だ。
「選別試験は?」
 思わずその言葉が出た。なぜ自分がここにいるかと不思議に思ったのは選別試験のことを考えてからだった。
「気がついた?」
 セレナ博士の声が聞こえて、僕はいくらか安心した。セレナ博士が僕の視界の中に入ってくると、僕はベンチから立ち上がる。
「博士、選別試験は?」
「終わったよ。今は結果待ちよ」
 大人の女性らしく落ち着いた笑顔を見せる。
「何時間くらい経ちましたか?」
「何時間もしていないわ、三十分程度と思うわ」
「そう、ですか」
 三十分にしてもそんなに気絶していたというのは少し衝撃的だ。まあ、六人と戦えば気絶くらいするかも知れない。
「正式決定は考査が終わってからだと思うけど、十中八九、あなたが正規パストラルに選ばれるでしょうね」
「勝ち抜いたからですか?」
「それもあるけど、なかなか実戦的な戦い方をしていて、審査官からの評価も良かったそうよ。なんだか、大戦中の速成コースで習っていたみたい、とか言われていたわ」
「速成コース?」
「大戦中は魔法少女の数も不足しやすかったから、出来るだけ早く前線に出られるようにということで実戦を重視した応用技を中心に指導されたそうよ」
 エスのアドバイスを中心に戦ったからかな。ということは、エスは戦時中に教育されたんだろうか。しかも速成コース……見た目的にもそれなら合点がいくかも知れない。そして、大戦終了と同時に予備役というところか……。
「勝手な妄想だよな」
「? どうしたの」
 セレナ博士が首を傾げて言った。
「あっ、いえ、なんでもないです。ところで僕はこの後、どうすれば」
「三日間だけど疲労回復のために訓練も座学もお休みよ」
「三日も休んで良いんですか?」
「初参加者だからね。あなたが思っている以上に身体は疲れているわ。魔法もあまり使わず休むことに専念すること」
 セレナ博士は僕の目の前まで顔を近づけて言った。これはまじめに休まないといけないかもしれない。
「いい?」
「は、はい」
 碧眼のきれいな瞳で僕を見ながらセレナ博士は笑顔を振り向けた。その笑顔は僕の勝利を祝福しているように感じた。
「よろしい、それでは戻りましょう」
 セレナ博士はそう言って顔を離した。
 ふと僕は彼女に疑問をぶつけた。
「そうだ、セレナ博士。エスって魔法少女のこと、何か分かりましたか?」
「エス? そんな魔法少女はいないわよ」
 博士は冷静にそう答えた。僕は疲労感など忘れてしまった。
 それでは彼女はいったい何者なのだろうか。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第一話・下

一話は以上です。今のところ、魔法少女が一人しか出て来ていないので、タイトル詐欺もいいところですね(汗)。

メイシュガール ~魔法少女大戦~ 第一話・下

パストラル候補生となった主人公の遼斗は日々訓練に励んでいた。ある日、彼は訓練を眺めていた少女と出会い、彼女に興味を持つ。魔法少女もどきとうそぶく少女は高い魔法の技術を持っていたため、遼斗は少女の指導を受けながら正規パストラルになるための修行をする。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-19

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND