Y
1.
あまり
言わなかったかもしれない
そう見えた
本当に寂しいって
今ならそれが
なぞれたかもしれない
駆け抜けただろうか
そう思えない
望みがあった
ありふれたものを
望んだに過ぎなかった
そこまでの過程が
大胆だったかもしれない
でも動機も根拠も
誰のそれとも変わらなかった
2.
強く
わかって欲しかっただろう
そう見えた
言葉も 絵も ピアノも
関わりも
求めたものにも
刻みつけた言葉にも
他人には
分かりづらかったかもしれない
でもシンプルな理由だった
大人びて見えたのは
理由が理解されなかったのか
距離を持ったかもしれない
近いとあどけなかった
3.
秘めた心は深かった
怯えてたのは
いつ頃からだったのか
本当に強いとは
決して言わなかった
怯えながら
書きつけたのか
怯えを離れれば
おだやかな感性で
静かにもっと
広がったかもしれない
その伸びやかを
どこかで
望んでいたのか
あれほど切迫させた理由は
多分数えられない
4.
身を粉にした
あまり眠らないのに
頑強じゃなかったのに
人並み以上を
痩せた体躯に積んだ
負けず嫌いであったし
言い訳を好まなかったと思うが
背負いすぎたのは
言えなかったからだったのか
そう見えただけかもしれない
恐れられたかもしれない
でもその弱さは
平凡に切なかった
5.
棘があると言っていた
毒とも棘とも
思えなかった
激しく怒っても
何度も訴えた
必ず戻ってくれた
怒っていても
深い求めがあった気がする
なぜわかってくれないかと
決して口にしたがらなかった
心極まるとこぼした
涙を多く流した
深刻だったかもしれない
泣く気持ちは素朴だった
6.
一度も会わなかったから
深い言葉のひとに思えた
人ごみのなかの心を描写するのは
印象深い説明力があった
きっと
人に紛れて癒されたのだろう
少なくとも
人に癒されなくても
人のなかを求めた気がする
ぽつんとした居場所を
守りながら
人に溶けたがった
言葉は
乾ききらなかった
7.
刻み付ける文字が
鋭すぎたから
声を聴くと
とても大人びた篤い情を感じた
年相応の口調は
ほんの一回しか聴かなかった
写真でしか見なかった眼は
二重が明確で
線のように綺麗だった
眼に強く人を惹く力を感じた
笑顔は人が喜ぶほど
数少ないらしかったが
笑うと必ず笑ってくれた
8.
試したり
駆け引きをしなかった
不器用を恥じなかった
気の強さはあったが
相槌の間合いや
会話の譲り方に優しさがあった
恥ずかしがりやだったかもしれない
いまそう思った
どちらかといえば
人を怖れるひとだったのだろうか
だが親愛は
数十年揺るがないほどの
信念があると思った
9.
相手の響きに強く呼応する
そうであったように
思えてならない
信ずればどこまでも信じ
一生かけて裏切らない
相手もまた
呼応したくなるような
絶対の誠実さを感じたかもしれない
自分を
苛める相手にも
自分への関心を読むような
底知れない孤立感が
絶対の誠実さだったのだろう
10.
顕示欲から遠かったと思う
だが知らせたい人へは
どこまでも求めた
好悪を感情問わずに
決して執拗という種類ではない
わかってほしかったのは
素朴で切ない求めだった
誰にでもあるもの
だが求めることに
誰より強く望んだ
その違いだけだ
特別ではない
愚直に問いかけ
欲したひと
この広すぎる街角のなかでは、多くの人に紛れるように、ありふれた少女だったひと。街角のありふれ
た日に、静かにそっと去った。行き交う人々、見えない、探されない出来事、どこにもある眠り。誰もが
ひとつは抱えている、永久に忘れない眠り。いつも紛れて消えるが、憶える人が、忘れぬ眠り。
忘れえぬ人が、永久にここを去らない眠りがある。このひとも、その例外ではない。出会った交錯から
最後の一瞬まで、言葉と像を残してくれる、永久に憶えさせてくれる。尊い眠りを、いまここで、そっと刻
んだ。忘れない。 わたしがそうだった。
2017年7月16日
午前9時
永眠 18歳
Y
タイトルは故人の本名のイニシャル。
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